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第二章 天国の丘

第3話 あいさつ代わりの応戦

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 頭上から謎の矢が降り注ぐ奇妙な現象に見舞われた僕らだったけれど、次に上空からいきなり僕の目の前に落ちてきたのは矢ではなく人だった。

「ひえええっ!」

 僕は驚きのあまり、腰を抜かしてその場に尻もちをついてしまった。
 落下してきたのは真っ白な衣を着た女の人で、背中から生えている一対の白い羽には無残にも無数の黒い矢が突き刺さっていた。
 その女性はすでに息を引き取りゲームオーバーとなっている。

「ひ、ひどい……」

 その様子に僕が息を飲んでいると、いきなりミランダにえり首をつかまれた。
 
「アルッ! 次々と落ちてくるわよ! ボンヤリしてないでさっさと立ちなさい!」

 そう言ったミランダは無理やり僕を引き立たせる。
 弾かれたように上を見上げると、さらに2人の人が落下してくるのが見えた。

「アル君、危ないっ!」

 そう言うアリアナが大きく飛び上がって僕の真上に落ちてくる人を受け止め、そのまま着地した。
 さらにもう1人はジェネットが受け止める。
 2人ともさっき落ちてきた人と同じく、白い衣に身を包んだ翼のある人達だ。
 アリアナが受け止めたのは男性で、ジェネットが受け止めたのは女性だった。

「あ、ありがとう。アリアナ」
「んーん。でもこの人はダメみたい」

 そう言うアリアナの腕の中で翼を持つ男性はグッタリとしたまま動かなくなっている。
 どうやら先に落ちてきた女性と同様にすでにゲームオーバーになってしまっているようだった。
 だけどジェネットが受け止めた女の人はまだ息があるみたいで、その小刻みに震えるくちびるの間から苦しげにうめき声が漏れている。

「うぅ……」
「動かないで下さいね」

 そう言ってジェネットは彼女を優しく地面に横たえると、すぐさま『神の息吹ゴッド・ブレス』で女性の回復を試みる。
 その間にも降り注いでくる矢をアリアナは拳で次々とへし折ってくれた。
 上を見上げるとさっきまで黒い点だったものが人影とはっきり分かるほどまで近付いてきていた。
 それは黒い翼を持つ男たちで、その数は30を超えている。
 あれはもしかして……。
 その時、ジェネットの回復魔法で九死に一生を得た女の人がようやく身を起こした。

「た、助かりました。どなたか存じませんが、ありがとうございます」

 そう礼を述べる彼女にジェネットは即座にたずねる。

「あなたはもしや、天使の方ですか?」

 よく見るとその女性の亜麻色の頭髪の上には、白く輝く光輪が浮かんでいる。
 その女性はうなづくと、頭上を見上げた。

「は、はい。見回り業務から天国の丘ヘヴンズ・ヒルに帰還する最中、あの悪魔の集団に襲われまして……」

 やっぱりそういうことか。
 あの黒い男たちが悪魔なんだ。

「ジェネット。悪魔がどんどん近付いてくるよ!」

 僕の声にジェネットはうなづき、天使の女性に言った。

「天使の方。悪魔たちはここで私達が食い止めますので、天国の丘ヘヴンズ・ヒルまで全力で飛んで逃げて下さい」
「し、しかし……」
「今は何も言わずに早く!」

 ジェネットの厳しい口調に天使は息を飲んでうなづき、飛び去って行く。
 空から迫りくる黒い悪魔たちが彼女を追おうとしたけれど、ジェネットはそれを許さない。

断罪の矢パニッシュメント!」

 ジェネットが超悪杖アストレアを天にかざしてそう叫ぶと、滑空してくる悪魔たちのさらに上空から無数の光の矢が降り注いできた。
 断罪の矢パニッシュメント
 それはジェネットがもっとも得意とする神聖魔法だ。
 彼女の上位スキルであるそれは、僕らにとっては異世界となるこのゲームでも有効だった。
 まるで群れを成して飛ぶ鳥のような光の矢は、次々と悪魔の体に突き立ち、彼らを容赦なく撃墜していく。

 相変わらずジェネットのこの神聖魔法は威力、命中精度ともに抜群だった。
 だけど天使を追おうとしていた悪魔たちの中には持っている武器や防具で光の矢を弾き返す手強い奴もいて、そいつらはクルリと旋回すると、僕らの方へ向かって急降下してきた。
 や、やばい。
 敵として認識された。

 悪魔たちは漆黒の体毛に覆われた屈強な体を持ち、翼と尾が特徴的だった。
 そしてその顔は一見すると猿のように見えるけれど、その目は吊り上がり、口からは不ぞろいの牙が覗いていて恐ろしい形相をしている。

 ジェネットの断罪の矢パニッシュメントのおかげで悪魔たちの数は半分くらいに減っていたけれど、それでもまだ20体近くはいる。
 そして彼らは見たことのない禍々まがまがしい形の剣や槍をたずさえて襲いかかってきたんだ。

「ミランダ、アリアナ。どうやらあなどれない敵のようですから、心してかかって下さい」

 ジェネットはそう言うと、敵を迎え撃つべく法力による空中浮遊で上昇していく。

「フンッ。天使とか悪魔とかマジでどうでもいいけど、私に牙むく愚か者は私にやられて死になさい」

 戦意十分のミランダも勢いよく魔力で空中へと飛び上がっていく。
 3人の中でただ1人飛ぶことの出来ないアリアナは、僕の前に歩み出ると地上で悪魔を迎え撃つ態勢を取った。

「アル君は私の近くにいてね」
「う、うん」

 僕は緊張しながら槍を握りしめて空を見上げた。
 まあ僕はほとんど戦力にならないけど、せめて皆の足を引っ張らないよう自分の身くらいは守らないと。

 ちなみにこの世界でゲームオーバーになると一発退場となり、僕らが元いたゲーム世界へと戻されてしまう。
 そうなるとこのイベントにおいてはミッション失敗と見なされ、あらためてこのゲームに再参加することは出来なくなる。
 要するにゲームオーバーは一回きりなんだ。

 いきなり離脱したりしたら後でミランダにこっぴどくしかられるよ。
 家来のくせに何てザマだ、って。
 き、緊張感あるなぁ。

 僕が痛いくらいに槍を握りしめて顔を強張らせていると、頭上ではすでにミランダとジェネットが悪魔たちと交戦し始めていた。
 2人は巧みに悪魔たちの攻撃をかわしながら、それぞれの得意魔法で一体ずつ着実に悪魔を撃ち落としていく。
 2人の安定した戦いぶりに僕は安堵あんどするけれど、そこでいよいよ僕とアリアナの前にも3体の悪魔が降り立ち、奇声を上げながら襲いかかってきた。

「キィィィエエエエエッ!」

 き、来たぁ!
 三又の槍を持つ先頭の悪魔が鋭いその刃先をアリアナに向けて突き出す。
 だけどアリアナは腰を落とし、手甲でそれをガチンと弾くと、まるで滑るように悪魔のふところに入り込んだ。
 そして鋭い拳の一撃で悪魔の腹を思い切り突き上げる。

「グワッ!」

 必殺の拳がクリーンヒットした。
 容赦のないアリアナの一撃に腹部をえぐられた悪魔は、くぐもったうめき声を上げて体をくの字に折ると、ガックリとその場にひざをついて動けなくなる。
 間髪入れず、そのあごを突き上げるようにアリアナは強烈なひざ蹴りを浴びせた。
 その威力に悪魔は後方に大きく跳ね飛ばされ、草むらの中に仰向けに倒れて動かなくなる。
 そのライフは0になっていた。

「さ、さすがアリアナだ」

 長柄の武器を持った相手をも己の肉体ひとつで圧倒するその技量には目を見張るものがある。
 相変わらず接近戦では無類の強さを誇るアリアナの鮮やかな攻撃に、残った2体の悪魔はひるんだ。
 そこを見逃さずにアリアナは一気呵成かせいに飛びかかる。
 そして得意の体術で1体をあっという間にKOする間に、もう1体は接近戦を不利だと察して宙に舞い上がり、アリアナから距離を取ろうとした。

「逃がさないよ」

 だけどアリアナにも飛び道具はあるんだ。
 彼女が両手を空中に向けてかざすと、そこから無数の氷の刃が勢いよく放射される。
 アリアナの中位スキル『氷刃槍アイス・グラディウス』だ。

 宙に浮いた悪魔は避ける間もなく鋭利な氷の刃で斬り刻まれて落下し、地面に激突した。
 だけど僕の目の前に落ちてきたそいつは、死にかけているにも関わらず、その鋭い爪で僕を傷つけようと手を伸ばしてきたんだ。

「うわっ!」

 僕は咄嗟とっさに持っていた槍でその手を払った。
 悪魔の鋭い爪と槍の刃がぶつかってキンッと音が鳴った瞬間、悪魔の背後からアリアナが回し蹴りを放つ。
 それは悪魔の側頭部に命中し、悪魔は大きく飛ばされて空中で何回転もしながら地面に転がり、あえなく絶命した。
 
 あ、危なかったぁ。
 ドキドキしながら槍を握る僕にアリアナは親指を立てて笑みを浮かべた。

「やるじゃん! アル君」
「ぐ、偶然ですけどね」
 
 悪魔たちが襲いかかって来る戦場はヒリヒリするような緊張感に包まれていて、僕はもう心臓がドキドキしっぱなしだった。
 そんな中でアリアナがそばにいてくれると、とても心強い。
 だけど同時に僕は自分自身に不甲斐ふがいなさを感じていた。
 
 ミランダ、ジェネット、そしてアリアナ。
 彼女たちは強いから、弱い僕を守ってくれる。
 じゃあ僕は戦いの中で彼女たちに何がしてあげられる?
 もし仮に彼女たちがピンチに陥るような強大な敵が現れたその時、今の僕は皆の助けになってあげることが出来るんだろうか?
 それは漠然とした不安、不満であり、そのことは僕の胸にしこりとして今後も残ることになったんだ。
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