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第一章 長身女戦士ヴィクトリア

第8話 キーアイテムは……

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「オラオラオラオラァ!」
「くっ!」

 戦いが始まってからすでに10分が経過していた。
 果敢に攻めるヴィクトリアと懸命に守るノア。
 ノアの表情からは先ほどまでのような余裕が消え去っていた。
 今までヴィクトリアを相手にしていて、これほどまでに苛烈かれつな攻撃を受けたことがなかったんだろう。
 それにノア自身、体の大きさや手足の長さが変わって全体的なバランスが変化したことに戸惑っているみたいだ。

「うおおおおっ!」

 ヴィクトリアが咆哮ほうこうを響かせながらノアに襲いかかる。
 状況はヴィクトリア有利に傾きつつあったけれど、その割にはノアのライフが減らない。
 それは彼女の体を守るうろこの力だった。
 その秘密が何であるのか詳しくは分からないけれど、表面はまるで輝く麟粉りんぷんをまぶしたかのようにキラキラと光彩を放っている。
 事前に聞いたヴィクトリアの話によれば、武器を叩きつけても滑るような感覚があり、あまり手応えがないとのことだった。

「くそっ! 相変わらずテメーはのらりくらりとやりにくいんだよ!」

 ヴィクトリアが苛立いらだち紛れに上げる怒鳴り声が闘技場に響き渡る。
 おそらく本当にきっちりとした精密な角度から攻撃しなければ武器がうろこの表面を上滑りしてしまうんだろう。
 互いに激しく動く戦闘の中でそれがいかに難しいことか僕でも分かる。
 その上、まともにヒットしたとしてもその装甲の硬さから、与えられるダメージはたったの1。
 ライフ総量が7と極端に少ないのがせめてもの救いだが、それでもかなりの難敵だ。

 そんなノアを相手にヴィクトリアは勇猛果敢に攻めるけど、有効打はなかなか与えられない。
 ヴィクトリアの斧をノアにまともにヒットさせる確率を格段に上げるためには、4番目のアイテムが鍵になるんだ。
 僕はアイテム・ストックからそれを取り出した。

「これが仕掛けられれば、ヴィクトリアはもっと楽になるはずだ」

 そうつぶやいた僕がアイテム・ストックから取り出した4番目のアイテムは、手の平に乗るくらいの小さなスライムだった。
 スライムといってもモンスターではなく、意思のないアイテムとしてのスライムだ。
 僕はそれを手にすると口笛を鳴らした。
 ヴィクトリアへの合図だ。

 果敢に攻撃を繰り広げて優勢にありながらノアに有効打を与えられず苛立いらだっていたヴィクトリアが、チッと舌打ちをして後方に下がっていく。
 それを見たノアはヴィクトリアを追おうとはせず、その場に留まって槍を構えると二度三度と振るっている。
 変幻玉で幼女から大人の体に変身したから、早く体に慣れるために確認作業をしているんだろう。
 その冷静さにノアはまだ余裕があると感じた僕だけど、それでもこっちは作戦を決行するだけだ。

「あの竜人娘。もうあの体に慣れてきやがったぞ。憎らしい奴だ」

 戻ってきたヴィクトリアは疲れも見せずにそう吐き捨てる。
 ノアとの戦いでダメージを幾度となく負っているはずだけど、さすがに体力自慢の彼女だった。
 それでもいざという時に備えて、僕は7つのアイテムの中に回復ドリンクも含ませている。

「回復ドリンクはまだ必要ないかな?」
「当然だ。それより次のアレ、どうやってアイツに仕掛けるつもりだ? さすがにアイツもおまえのことを警戒し始めてるぞ」

 そう。
 それが問題だった。
 第4のアイテムをノアに仕掛ける必要があるんだけど、竜酒ドラコール、変幻玉、風妖精と立て続けに奇妙なアイテムを使う僕のことを怪しい奴だとノアも思い始めているに違いない。
 次のアイテムであるこのスライムは直接ノアの体に投与する必要があるんだけど、彼女もハイそうですかとそれを受けてはくれないだろう。
 さて、どうしたものか。

 そんなことを考えているうちにノアが槍を構えて再びこちらに向かってきた。
 ヴィクトリアは嵐刃戦斧ウルカンを構えるとそれを迎え撃つ。
 そして彼女はノアをにらみつけたまま小声で僕に言った。

「それをアタシのアイテム・ストックに移せ」
「えっ?」
「今度はアタシがやる。ノアの奴と面と向かって打ち合うアタシのほうがどう考えてもやりやすいはずだ。早くしろ」

 僕は慌てて彼女のアイテム・ストックにスライムを移した。
 それを確認するとヴィクトリアは静かにつぶやく。

「あくまでもおまえが何かをやるって雰囲気をにおわせておけ。それだけでアイツの気をそらせるはずだ」
「う、うん。念のため一緒に回復ドリンクも入れておいたから」

 僕は緊張を押し殺すように低い声を絞り出した。
 第4のアイテムであるこのスライムが今回の作戦の中で最も重要な鍵だった。
 これがうまくいけば勝利に直結するからだ。
 そうなれば5番目以降のアイテムは必要なくなる。
 
「やるぞっ!」

 ヴィクトリアは気合いの声と共に打って出た。
 ノアとの距離は詰まり、再び斧と槍との打ち合いが始まった。
 僕は少し離れた距離に立ち、自らのふところに手を入れる。
 次のアイテムを出す仕草が不自然にならないよう注意しながら。

 ヴィクトリアとノアの激しい打ち合いは先ほどまでとは異なる様相を呈していた。
 ヴィクトリアが防御を捨てて攻撃に偏重し始めたからだ。
 ノアの蛇竜槍イルルヤンカシュの穂先がヴィクトリアの体を次々とかすめる。
 炎の鎧が守ってくれるため大きなダメージはないけど、ヴィクトリアのライフは細かく削られていった。

 そうした代償を払いながらヴィクトリアはより深くノアの間合いに踏み込んで嵐刃戦斧ウルカンを幾度もノアの体に叩き込んだ。
 それでもノアのうろこは有効打を許さない。
 だけど間合いを詰めるヴィクトリアのすさまじい勢いにノアはわずかにたじろいだ。

 ノアの持つ蛇竜槍イルルヤンカシュは伸縮自在の槍で、相手が間合いに踏み込んできた時は短くして短槍として扱うことで接近戦にも対応可能なんだけど、相手を目の前にしたこの距離での戦いはやっぱりヴィクトリアのほうに分があった。
 ほとんどノアに体をぶつけるようにして斧を振るうヴィクトリアはまるで嵐のようだった。

「すごい。接近戦ならアリアナ以上かもしれないぞ」

 後退して間合いを取ろうとするノアを逃がさず、ヴィクトリアはさらに距離を詰める。
 とうとう斧と槍とのつばぜり合いとなり、互いの顔が十数センチというところまで近づいた。

「ヴィクトリア。必死すぎて見るに堪えぬ。顔もブサイクで見るに堪えぬ」
「黙れノア。その顔を泣きっ面のブス顔に変えてやる」

 互いにののしり合いながら押し合うけれど、力ではヴィクトリアのほうが優勢だ。
 ヴィクトリアは足を踏ん張って一気にノアをその場に押し倒しにかかる。
 その時だった。
 突如としてノアが口から光輝くブレスをヴィクトリアに向けて吹き出したんだ。

「おっと!」

 超至近距離からのブレス放射にもヴィクトリアは超人的な反応を見せて頭を下げ、顔への直撃を避ける。
 だけどノアはそれを見越していたかのように自らの尾を振ってヴィクトリアの顔面をピシャリと打った。

「うぷっ!」

 これにはたまらずヴィクトリアものけぞってしまう。
 そうだ。
 両手両足を使えない状態でも、彼女にはヴィクトリアにはない尾がある。
 そしてノアは一瞬のすきが生まれたヴィクトリアに対し、今度は黒くよどんだブレスを浴びせかけた。

「うああっ!」

 その直撃を受けてヴィクトリアは大きく後方に吹き飛ばされる。
 や、ヤバい。
 やみのブレスだ。
 ヴィクトリアのライフゲージが大きく減少した。

「ヴィクトリア!」

 僕は思わず彼女に駆け寄ろうとした。
 だけどヴィクトリアは苦しげな表情ながらも起き上がってそれを手で制した。
 そして腰帯から二本の手斧・羽蛇斧ククルカンを両手で抜き放つと、それをノアに向けて投げつけた。
 二本の手斧はヴィクトリアの念に応じてノアの周囲をぐるぐると回りながら彼女を牽制けんせいする。

 そのすきにヴィクトリアは先ほど僕から受け取っておいた第5のアイテムである超回復ドリンクをアイテム・ストックから取り出して一気に飲み干した。
 高価な回復ドリンクで、ライフが一気に全回復する優れものだ。
 さっき彼女に渡しておいてよかった。
 回復したヴィクトリアはすぐさま起き上がって大きく息をついた。

「ふぅ。危なかったぜ。ノアの聖邪の吐息ヘル・オア・ヘヴンはムカツクほど強力だからな。でもキッチリやることはやったぞ。スライムはノアのうろこにベッタリくっついた」

 そう言うとヴィクトリアは親指を立てて笑顔を見せた。

「え? い、いつの間に?」
「あの竜人娘が忌々いまいましいシッポでアタシの鼻っツラをはたきやがった時だよ」
「あの一瞬の間に?」

 驚いて口を開いたままの僕のあごつかみ、ヴィクトリアは僕の顔をノアのほうに向けさせた。

「見てみろ。アタシの羽蛇斧ククルカンがノアを捉えるぜ」

 ヴィクトリアが投げた手斧はノアの周囲を回りながら彼女を狙う。
 ノアはこれを嫌って空中に飛んで逃げるけれど、羽蛇斧ククルカンはそれをどこまでも追っていく。
 そしてノアが槍で一方の手斧を叩き落とした次の瞬間、もう一方の手斧が彼女の背中を捉えた。

「くはっ!」

 ノアはこれに耐え切れず地面に落下した。
 そのライフゲージから確かなダメージ1が消耗する。
 
「やった! 当たった!」
「よっしゃあ! ザマーミロ」

 僕らは歓喜の声を上げる。
 ヴィクトリアは会心の笑みを浮かべて言った。

磁力マグネスライムの効果が出たな!」

 第4のアイテム。
 磁力マグネスライム。
 一見役に立たなさそうなこのアイテムが、戦局を大きく変えてノアを窮地きゅうちに追い込む僕らの切り札なんだ。
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