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第一章 長身女戦士ヴィクトリア

第3話 ヴィクトリアの独り言

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 長身女戦士ヴィクトリアのプレイヤーがこのゲームにログインしなくなってからすでに半年が経過していたらしい。
 24時間稼働のこのゲームの中で常に活動し続ける(睡眠も含めて)僕らNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)と違って、PC(プレイヤー・キャラクター)はプレイしてくれる人がゲームからログアウトしている間は、ロビーと呼ばれる待合室で待機し続けているんだ。
 次にプレイヤーがログインしてくれるまで彼らはそこで待ち続ける。
 中にはずいぶん長い間、プレイヤーのログインがなくて待ちぼうけになっているような人もいるらしい。

 そして前回のログインから180日が経過しても次のログインがないPCたちは、別のカテゴリーとなる第2ロビーへと移される。
 そこにいるキャラクターのことをLA(Leave Alone)キャラなんて揶揄やゆする人もいる。
 つまり置いてけぼりってことだ。

「アタシはLAキャラなんかになるはずじゃなかったんだ。多分アタシのご主人はケガかなんかで長期入院とかしちまって、それで……」

 たるの中からは彼女の表情はうかがい知れないけれど、それはまるで自分に必死に言い聞かせているかのような口ぶりだった。
 プレイヤーがゲームにログインしなくなる理由はさまざまだ。
 このゲームに飽きてしまったとか、別アカウントを作って別キャラクターでプレイしているとか。
 あるいはヴィクトリアの言うようにプレイヤーが何らかの事情でゲームをプレイできない状況に陥っていることもある。
 考え出したらキリがないし、キャラクターは結局その真相を知ることが出来ない。

「まあでもログインがしばらくないことも、そんなに珍しいことじゃないし、また戻ってくるかもしれないよ」

 一年以上も放置していたゲームにヒョッコリ戻ってきてまたプレイを再開する、なんて話も無くはない。
 でも僕がそう言った途端、ヴィクトリアは黙り込んだ。
 突然の沈黙。
 あれ?
 どうしたのかな?

「ヴィクトリ……」

 僕が彼女に声をかけようとした途端、僕の入っているたるが小刻みに揺れ出した。
 そしてそれはすぐに激しい振動に変わる。

「一丁前に分かったようなこと言ってんじゃねえぞ! オラオラオラオラァ!」
「うおああああっ!」

 ガタガタガタガタッ!
 た、たるが!
 激しく揺れるっ!

 僕の迂闊うかつな言葉に怒ったヴィクトリアが、たるつかんで猛烈な勢いでシェイクしてるんだ。
 や、やめてぇぇぇ!
 僕は真っ暗闇の中でたるの内側に頭やら背中やらを打ち付けて悶絶し、さらには激しい揺れによって吐き気をもよおすほど気持ちが悪くなった。

「し、死んじゃう。マジやめて。オエッ」
「フンッ! 思い知ったか! この野郎!」

 僕の死にそうな声を聞いてとりあえず気が済んだのか、ヴィクトリアはたるをドカッと荷台に置くと、その隣にドシンと腰を下ろした。
 ううっ……気持ち悪い。
 何で僕がこんな目に……。

 で、でも当事者でもない僕が軽々しく分かったようなこと言ったら、ヴィクトリアが怒るのも当然か……。
 僕は少し反省した。
 けどヴィクトリアはそれ以上怒るでもなく、力なく溜息ためいきをつく。

「はぁ。辛いんだよ。いつ来るのか分からないのを待つってのは。おまえは知らないだろうけど、第2ロビーは今、アタシみたいな奴がわんさかいるんだ」
「そ、そうなの?」
「そうさ。あそこで毎日毎日待ちぼうけしてる奴らの辛気くせえツラ見て、ああアタシもこんな顔してんのかなって思う瞬間、本当に嫌になるんだよ。そりゃそうだろ? 以前はフィールドを自由に駆け回って自慢の腕力で武器をガンガン振り回してモンスターをぶっ殺しまくってたんだぜ? そのアタシがロビーで椅子いすに座りながら、することもなく日がな一日、床を眺めてるんだぞ。クソッ! 何でこんなことに……とにかくアタシはあの場所が大嫌いなんだ。二度と戻りたくないね」

 そう言うとヴィクトリアは僕の入ったたるをゴツンと叩く。
 彼女の話を聞いている僕の頭には、当然のようにある疑問が浮かんだ。

「で、でもどうして外に出ることが出来たの? 今の君の状態は……」
「一時的に外に出られるよう、暫定ざんてい的にNPCの身分を与えられたんだ。これからアタシは試験を受けにいく」

 その話を聞いて僕はハッとした。

「試験? もしかしてNPCに転身するための試験?」

 それは以前に僕の友達の魔道拳士アリアナがPCからNPCに転身するために受けた制度と同じだった。
 アリアナをプレイしていた人がやむを得ない事情によりその後のプレイが困難になったため、アリアナをNPCに転身させることを望んだんだ。
 
「ああ。といってもプレイヤーが自分の意思でキャラクターをNPC化させる従来の制度とは違うけどな」

 ヴィクトリアの話によれば180日以上ログインがないPCについては運営本部の判断でNPC移行制度を利用してNPCに転身させることがあるという。
 その場合、180日を過ぎた時点でその旨をプレイヤーに通知し、それから13日以内にプレイヤーから拒否の連絡がない限り、移行手続きが進められる。
 
 そうしてNPCになったキャラクターはPCに戻ることは出来ない。
 だからNPC化を望まないプレイヤーはあらかじめ拒否の届け出を行う必要がある。
 ヴィクトリアのプレイヤーはその届け出を行っていなかったため、今回彼女はNPC化への移行試験を受ける運びとなったらしい。
 このNPC移行制度はゲーム開始時の利用規約にも明記されているんだけど、読み込む人はほとんどいないだろうね。
 何にしてもこれは、ヴィクトリアのような高レベルのキャラクターを何もさせずに閉じ込めておくのはもったいないという観点から整備された制度なんだって。

「でも、運営本部からのその通達を受けたなら、ヴィクトリアをプレイしていた人から連絡くるんじゃないの? もしかしたらまたこのゲームに戻って来てくれるかも……」
「もう猶予期間の13日間は経過したさ。アタシのご主人からは梨のつぶてだよ」
「そ、そっか……」

 ヴィクトリアの沈鬱ちんうつな声にその場の空気が重くなる。
 僕はそれを振り払うように努めて明るい声でたずねた。

「ところでそのNPCになるための試験って何なの?」

 アリアナの時はキャラクターのランクを最上級であるAにして、その後の大会で優勝することが条件だったんだけど、ヴィクトリアはすでにAランクの熟練キャラだ。
 Aの上に特級のSランクがあるけど、そこまで到達できるキャラクターはほとんどいない。

「話は単純さ。運営本部が王城の闘技場で主催する試合に勝てば合格。負ければ当然不合格。一発勝負でアタシの運命が決まるんだ」
「そ、それは本当に負けられない戦いだね」
「アタシはどうしてもNPCになりたいんだ。ご主人がもう戻って来ないなら、前みたいに自由にゲーム内を冒険できるようになるにはそれしかねえ!」

 ヴィクトリアは語気を強めて僕にそう言った。
 負けてしまえばヴィクトリアはこの先も第2ロビーで、もう帰って来ないかもしれない主人を待ち続ける日々に身を置くことになる。
 僕は普段ずっとやみ洞窟どうくつにいて、時々こうして王城に行くくらいの行動パターンしかないけれど、そんな僕と違ってヴィクトリアはずっと世界中を旅してきたPCだったんだ。
 その彼女にとって毎日閉じ込められている生活は耐え難い苦痛なんだろう。
 最近は僕も色々なところへ旅する機会があったから、この世界を巡る楽しさが分かるようになってきた。
 だから今のヴィクトリアの気持ちも少しは分かる。
 協力できるかどうかは分からないけれど、とにかく彼女の話を聞いてみようと思った。

「僕を仲間に誘ったってことは、試合はチーム戦ってこと?」

 僕がそう尋《たず》ねるとそこでたるふたがパカッを開けられて、上からヴィクトリアがのぞきこんできた。

「ああ。2対2のタッグ・マッチだ。対戦相手ももう決まってる。アタシには適当なパートナーがあてがわれる予定だったんだが、希望して外の世界で見つけてきていいことになった」

 それで僕に声をかけてくれたのか。
 ちなみに僕、以前はライフゲージを持たない一般NPCだったけれど、度重なる戦闘への参加(巻き込まれ)があったため、運営本部の判断で最近はサポートNPCへと規格が変更されていた。
 だから今の僕にはライフゲージがあり、自分の意思で戦闘への正式参加が可能だった。
 とは言ってもレベルもランクも最低クラスで、大して戦力にはならないけどね。

 僕がタリオを持っていなかったことでヴィクトリアのアテはすっかり外れてしまったんだけど、それでもそんな事情を抱えながら外の世界に出て来て必死に僕を探してくれたことを思うと、僕は光栄な心持ちになった。
 こんなヘタレな僕を求めてくれる人もいるんだなぁ。
 ありがたい。

「だからおまえを見つけた時……アタシはこんなショボイ奴に頼ろうとしてるのかと絶望しそうになったけどな。ワラにもすがるってのはこういうことを言うんだな。アタシもヤキが回ったと思うだろ? ハハハハッ!」

 ハハハハッ!
 前言撤回!
 さも自虐っぽい言い回しで僕をさげすんでますけど気付いてますか!

「はぁ……でもAランクでそんなにレベルの高い君が、わざわざタリオの性能を求めて僕のところに来たってことは、対戦相手は君よりもさらにメチャクチャ強いってこと?」

 僕がそうたずねるとヴィクトリアは苦虫を噛み潰したような顔で答えた。

「……10戦10敗だ。アタシはそいつに一度も勝ったことがねえんだよ。クソッ」

 ……マジか。
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