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第四章 城下町紛争狂騒曲
第12話 卑劣な裏技 そして切なる祈り
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ミランダの死神の接吻によって倒れたはずのリードが再び立ち上がった。
それはあり得ないことだった。
リードは今少し前まで物言わぬ骸となって地面に横たわっていたはずだ。
原則、復活という概念のないこのゲームでは生き返る方法はないし、死んだキャラクターは所定の場所へ戻され再スタートとなる。
リードが今こうして立っている道理があるはずがなかった。
ジェネットは背中に突き刺さったナイフを苦しげな表情で引き抜いた。
鮮血が痛々しく地面に舞い散った。
そ、相当なダメージを負っているはずだ。
「ど、どうしてあなたが……」
ジェネットは呻くようにそう言った。
その額に脂汗が浮かんでいる。
リードは笑みを浮かべてジェネットを眇め見た。
その表情は以前の彼の様子とはどこか違っていた。
両目は赤く染まり、禍々しさを漂わせている。
彼のステータスを見ると、0だったはずのライフゲージは完全に回復していて、その属性の天秤は闇側に振り切れている。
リードはその性根はともかくとして、キャラクターとしては光属性側のNPCであり、こんなに急激に属性が大きく変化することはありえないことだった。
そして彼のステータス値の対物理攻撃および対魔法攻撃の防御力に見慣れない『∞』という値が記されている。
何だアレ?
見たことないぞ。
「あんた。どうやって生き返ったのよ」
不可解といった顔でそう言うミランダにリードはニヤリと笑みを浮かべる。
「新実装の特殊スキル・蘇生返魂だ。副産物として属性がひっくり返っちまうけどなぁ」
何だそれ?
聞いたことのないスキルだ。
ミランダとジェネットも同様みたいで、腑に落ちない表情を驚きとともにその顔に張り付かせていた。
驚く二人に対峙しながらリードは得意げな調子で口上を続ける。
「ライフゲージが0になった後に自動的に発動するこのスキルはな、その戦闘中に一度だけ甦ることの出来る優れものだ」
ミランダは忌々しげにリードを睨みつける。
「何よそれ。聞いたことないけど、あんたの妄言かしら?」
刺々しい彼女の言葉を一笑に付してリードは言葉を返した。
「虚勢を張るんじゃねえよ。現にこうして俺がここに立っていることが何よりの証だろうが。まだ試験段階だが、こいつはすげえ。力が溢れてくる」
正式運用される前の試験的スキルってことか。
リードが何でそんなスキルを持っているんだ?
「さて。第2ラウンド開始といこうか」
そう言うとリードは悠然とした歩調でミランダとジェネットに向かっていく。
やばい。
やば過ぎるぞコレ。
もうミランダもジェネットも戦う力はほとんど残っていない。
「フンッ。たった1回生き返ったくらいで、何が変わるってのよ!」
気丈にそう言うとミランダが黒鎖杖を握り、リードに素早く突進する。
そしてそのまま黒鎖杖を鋭くリードに突き出した。
だけどリードは武器を構えもせず、この一撃を腹部に受ける。
まったくよけようともしないなんて……え?
僕はリードのライフゲージを見て思わず言葉を失った。
確かに彼はミランダの攻撃をまともに受けたはずだった。
だというのにリードはまったくダメージを負っていなかった。
ミランダは一瞬呆気に取られたが、危険を感じて素早く後方に下がった。
傷を負ったジェネットは何とか立ち上がると、その場で清光霧をリードに仕掛ける。
闇属性となった今のリードには効果的なはずだ。
だけどリードは光の霧を全身に浴びても平気な顔をしていて、先ほどと同じようにそのライフゲージはまったく減っていない。
ど、どうなってるんだ?
「くっ!」
ジェネットは背中の傷が思いのほか深いようで、その場に立ち尽くしたまま動けない。
そんな彼女の窮状を見てとった数名のプレイヤーやサポートNPCが駆け寄ってきた。
「ジェネット! 大丈夫か!」
全部で5人が助太刀に割り入ってくるのを見たジェネットは思わず声を上げた。
「ダメです! その人に近づいては……」
ジェネットの制止も聞かずに5人はリードに攻撃を仕掛ける。
5人のうち2人が火炎魔法をリードに浴びせかけ、残った3人が長槍をリードの体につきたてた。
だけどリードは涼しい顔でこれを受けきると、一転してケモノのような唸り声を上げながら5人に次々と襲い掛かった。
リードの攻撃は凄まじく、5人とも鎧ごと剣で貫かれて一撃で絶命してしまった。
そ、そんな……。
何かおかしいぞ。
強さが異常すぎる。
以前のリードはこんなに化け物じみた強さは持っていなかったはずだ。
「あなた。何か以前と変わりましたね」
仲間を倒されてジェネットは憤りに顔を赤く染めながら、リードを睨みつけてそう言った。
リードは邪悪な笑みを浮かべながら口元を歪めてこれに答えた。
「ひとつ言い忘れたけどなぁ、さっきの特殊スキル・蘇生返魂にはもう1つ副産物があるんだよ。スキルの書き換えだ」
「スキルの書き換え?」
ミランダが顔をしかめてそう問い返すのを聞き、リードは得意げに言った。
「そうだ。書き換わったスキルは物理攻撃無効、魔法攻撃無効、そして物理防御無効。この3つだ。もう俺には攻撃が一切効かない。武器での攻撃だろうが魔法攻撃だろうがな。逆に俺の攻撃をおまえらが防御することも不可能だ」
僕はリードの言葉に愕然としてしまった。
な、何だソレ。
完全にチートじゃないか。
何でそんなスキルをリードが身につけているんだ。
試験的運用なんて言い分が通じるような話じゃない。
そんなものがまかり通るなら、ゲームバランスは完全に崩壊するぞ。
「それはゲーム倫理に反しています。あなたを違反行為で運営本部に訴えますよ」
ジェネットは深い傷を負っているため、苦しげな顔でそう告げた。
だけどリードはまったくこれを意に介さない。
「無駄だ。このスキルはその運営本部様から与えられた、世界に二つとない優れものなんだからなぁ」
その言葉にジェネットは絶句し、ミランダは不満そうに鼻を鳴らした。
「フンッ。なるほど。運営と結託して汚いことやってたってわけだ」
ミランダがそう言うとリードは愉快そうに笑った。
「負け惜しみか。情けない魔女め。犬みたいに吼えてろ。プレイヤーのアンケートなんざ無効だ。ミランダ。てめえはここで死んでもらう」
リードはもはや正気を失っている。
運営本部の傀儡と化した彼は猛然とミランダたちに襲いかかった。
ミランダはもう魔力が残っておらず、それでも気力だけで黒鎖杖を振るう。
だけどリードにはもう攻撃そのものが効かないんだ。
勝負になるわけがなかった。
リードはミランダの黒鎖杖を受けてもものともせず、彼女の細い首につかみかかった。
「うぐっ!」
リードの右手がミランダの首をつかんで強烈に締め上げる。
「このまま確実に絞め殺してやる!」
ミランダのライフゲージが徐々に減少していく。
やばい。
やばいぞ!
「放しなさい!」
ジェネットは傷ついた体を顧みずに懲悪杖で思い切りリードを殴りつける。
だけど、逆にリードは空いている左腕でジェネットの杖を弾き飛ばすと、そのまま左手を伸ばしてジェネットの首にも手をかけた。
そしてジェネットの首をも締め上げる。
「くはっ!」
ジェネットの口からも苦しげな息が漏れる。
リードはジェネットを睨みつけると恫喝するように言い募った。
「尼僧ジェネット。おまえは反逆者ミランダをかばい立てし、人々を扇動してこのゲームに混乱をもたらした。重罪人としてここに告発する」
そう言うとジェネットの頭上に警告のメッセージが表示され、彼女が運営本部による審判にかけられたことが示される。
それを見たリードの顔に嗜虐的な笑みが浮かんだ。
「運営本部からのお達しが出たぞ。ジェネット。これでこのライフゲージが0になればミランダ同様におまえは消える。二度と甦らないぞ。これが本当のゲームオーバーだ!」
そう言うとリードは左右の手でミランダとジェネットの首をつかんだまま、その両手を上に引き上げる。
ミランダとジェネットの足が地面を離れて宙に浮き上がった。
リードに首を締め上げられて二人のライフゲージはじわじわと減っていく。
もう体は消えてしまって魂だけの存在となっている僕は、ただ見ていることしか出来ない。
だけど、このままじゃミランダもジェネットも消されてしまう。
そんなの……そんなの嫌だ!
僕は生まれて初めて心の底から神に祈った。
神様。
どうかお願いします。
僕はもう命も消えてしまって差し出せるものは何もないけれど、あの二人を救うためならば何でもします。
どうか彼女たちを消さないで下さい。
全身全霊を込めて僕は祈った。
そんなことで状況が変化するはずもないのに。
だけど……神様は僕を見ていた。
切なる願いが心身を満たしたその時、僕の体に未曾有の異変が起きた。
僕の足にくくりつけられている黒い鎖が音を立ててしなり、僕の目の前に突発的にコマンドウインドウが示されたんだ。
「な、何これ?」
そこにはパスワードを入力するよう文字が記されている。
パ、パスワード?
ここにきてまたパスワードなんて・・・・・・。
すぐにタイムカウントダウンが開始され60秒が59秒、58秒と進んでいく。
しかも時間制限付きかよぉ(泣)。
僕は必死に思考を巡らせた。
ミランダの持っていた手紙の内容やジェネットのブログの中身など、記憶の中を必死に探る。
だけど正直に言って僕にはまったく心当たりがなかった。
時間は45秒を切った。
こ、こうなったらダメ元で手当たり次第入力するしかない!
僕はそう思い、ミランダの名前を【Miranda】と入力する。
【エラー。パスワードが間違っています。あと2回入力できます】
そりゃそうか。
って、あと2回?
回数制限まであるのか?
それを越えたらどうなるんだ?
もう入力できないってことだよね。
まずい。
残り秒数も35秒を切った。
僕はもう一度、記憶の中を探る。
ミランダやジェネットとの会話の中で何か、何かキーになる言葉はなかったのか?
焦りが思考を邪魔して考えがまとまらない。
時間は刻々と過ぎていく。
僕は仕方なく二度目の入力を敢行した。
もちろんジェネットの名前で【Jennette】と。
【エラー。パスワードが間違っています。あと1回入力できます】
マ、マジか……。
ミランダでもジェネットでもなく他のパスワード?
そ、そんなの分からないよ。
肩を落とす僕だったけど、時間は無情にも残り20秒を切った。
僕はここにきて呆然としてしまい、思考停止の状況に陥った。
そうしている間にもミランダとジェネットはリードに首を締め上げられて悶え苦しんでいる。
もう二人のライフは残り10%を切り、ライフゲージの底をつこうとしている。
彼女たちのライフゲージを見ていると、僕は強い切迫感を感じて震え出しそうになる。
これだけの激しい戦いの中でライフゲージを背負って戦うことがどれだけ熾烈なことなのか、ライフの重みがどれだけ重圧となるのか僕は身をもって知ることが出来ない。
特に今の彼女たちは負ければ即消去されてしまうんだ。
文字通り命がけの戦いだ。
命がけ……ん?
ふいに僕はミランダが言っていた言葉を思い出した。
― フンッ! 少しはライフの重みを知りなさい! ―
そ、そういえばジェネットも似たようなことを言っていた。
― あなたはライフゲージをお持ちでないようなのでお分かりではないでしょうけれど、ライフの持つ重みを知る者であれば、そのように自らを危険にさらすような暴挙は冒さないでしょう ―
彼女たちのその言葉を思い返すと僕の体の中で何かが疼いた。
も、もしかして……。
僕は息を飲んでじっとコマンドウインドウを見つめる。
残り時間は10秒。
入力できるのはあと一回だ。
僕は頭で考えるのをやめ、自分の身で感じた言葉を決死の思いで入力した。
【LIFE】
……どうだ?
7・・・・・・6・・・・・・5・・・・・・4・・・・・・
タイムカウントダウンは残り3秒のところで停止した。
【パスワードを認証しました。タリオの規定に従って復元プログラムを起動します】
と……通ったぁぁぁぁぁ!
本当に一か八かの賭けだったけど、僕は正解の糸を手繰り寄せることが出来た。
いや、そうじゃない。
ミランダとジェネットが僕を導いてくれたんだ。
「むふっ……」
急に体の中がムズムズとし始めて僕は奇妙な声を口から漏らしてしまった。
な、何か来る……。
そこから事態は急転した。
消えてしまっていた僕のステータスコマンドが復活したんだ。。
さらにはステータスコマンドの中に見慣れない項目が追加されていた。
あ、あれは……ライフゲージだ。
一般NPCである僕には無縁のものであるはずだった。
自分の身に起きた異変に目をしばたかせる僕の視界の中で、地上に落ちたまま横たわっていたはずの呪いの剣『タリオ』が、いつの間にか地面に突き立っていた。
そして刀身の周囲に施された二匹の蛇の装飾が再び生きているかのように動き出したんだ。
白と黒の蛇たちは刀身から離れて地面を這い出した。
すると二匹は這うほどに太く長くなり、大地を進み続ける。
その二匹が向かう先は僕だった。
世界の誰もが僕の姿を見ることが出来ないというのに、その二匹だけはそんな世界の理など自分たちには無関係だというように、まっすぐ僕に向かってくる。
蛇たちが僕を呼んでいる。
僕はそう感じた。
そしてついに蛇たちは僕の両足首に絡みつくと、螺旋を描くように僕の足を伝って上へと這い上がってくる。
不思議とこそばゆさも気持ち悪さもなく、あるのは体に力が満ちていく感覚だけだった。
蛇たちはついに僕の全身に長いその体を絡みつかせると、そのまま僕を引き寄せるように徐々に呪いの剣『タリオ』の元へ戻っていく。
大地に刺さったままの刀身に戻ろうとしているんだ。
僕は急激に自分の体内に満ちていく現実感に戸惑ってしまう。
呼吸した時の空気の匂いや、鼓膜と腹膜に伝わる音の振動。
そして目に鮮やかに映る世界の色感は先ほどまでのおぼろげなそれとは大違いだった。
そして『タリオ』の目の前まで引き寄せられた僕が、その柄に触れたその時、僕は完全に実感したんだ。
再びこの世界の一員になれたことを。
そしてほんの一秒にも満たない時間で、蛇たちの全てが僕の体内で細胞の隅々までインプットされていくのを感じていた。
僕は二匹の蛇と同化してこの世界に甦ったんだ。
それはあり得ないことだった。
リードは今少し前まで物言わぬ骸となって地面に横たわっていたはずだ。
原則、復活という概念のないこのゲームでは生き返る方法はないし、死んだキャラクターは所定の場所へ戻され再スタートとなる。
リードが今こうして立っている道理があるはずがなかった。
ジェネットは背中に突き刺さったナイフを苦しげな表情で引き抜いた。
鮮血が痛々しく地面に舞い散った。
そ、相当なダメージを負っているはずだ。
「ど、どうしてあなたが……」
ジェネットは呻くようにそう言った。
その額に脂汗が浮かんでいる。
リードは笑みを浮かべてジェネットを眇め見た。
その表情は以前の彼の様子とはどこか違っていた。
両目は赤く染まり、禍々しさを漂わせている。
彼のステータスを見ると、0だったはずのライフゲージは完全に回復していて、その属性の天秤は闇側に振り切れている。
リードはその性根はともかくとして、キャラクターとしては光属性側のNPCであり、こんなに急激に属性が大きく変化することはありえないことだった。
そして彼のステータス値の対物理攻撃および対魔法攻撃の防御力に見慣れない『∞』という値が記されている。
何だアレ?
見たことないぞ。
「あんた。どうやって生き返ったのよ」
不可解といった顔でそう言うミランダにリードはニヤリと笑みを浮かべる。
「新実装の特殊スキル・蘇生返魂だ。副産物として属性がひっくり返っちまうけどなぁ」
何だそれ?
聞いたことのないスキルだ。
ミランダとジェネットも同様みたいで、腑に落ちない表情を驚きとともにその顔に張り付かせていた。
驚く二人に対峙しながらリードは得意げな調子で口上を続ける。
「ライフゲージが0になった後に自動的に発動するこのスキルはな、その戦闘中に一度だけ甦ることの出来る優れものだ」
ミランダは忌々しげにリードを睨みつける。
「何よそれ。聞いたことないけど、あんたの妄言かしら?」
刺々しい彼女の言葉を一笑に付してリードは言葉を返した。
「虚勢を張るんじゃねえよ。現にこうして俺がここに立っていることが何よりの証だろうが。まだ試験段階だが、こいつはすげえ。力が溢れてくる」
正式運用される前の試験的スキルってことか。
リードが何でそんなスキルを持っているんだ?
「さて。第2ラウンド開始といこうか」
そう言うとリードは悠然とした歩調でミランダとジェネットに向かっていく。
やばい。
やば過ぎるぞコレ。
もうミランダもジェネットも戦う力はほとんど残っていない。
「フンッ。たった1回生き返ったくらいで、何が変わるってのよ!」
気丈にそう言うとミランダが黒鎖杖を握り、リードに素早く突進する。
そしてそのまま黒鎖杖を鋭くリードに突き出した。
だけどリードは武器を構えもせず、この一撃を腹部に受ける。
まったくよけようともしないなんて……え?
僕はリードのライフゲージを見て思わず言葉を失った。
確かに彼はミランダの攻撃をまともに受けたはずだった。
だというのにリードはまったくダメージを負っていなかった。
ミランダは一瞬呆気に取られたが、危険を感じて素早く後方に下がった。
傷を負ったジェネットは何とか立ち上がると、その場で清光霧をリードに仕掛ける。
闇属性となった今のリードには効果的なはずだ。
だけどリードは光の霧を全身に浴びても平気な顔をしていて、先ほどと同じようにそのライフゲージはまったく減っていない。
ど、どうなってるんだ?
「くっ!」
ジェネットは背中の傷が思いのほか深いようで、その場に立ち尽くしたまま動けない。
そんな彼女の窮状を見てとった数名のプレイヤーやサポートNPCが駆け寄ってきた。
「ジェネット! 大丈夫か!」
全部で5人が助太刀に割り入ってくるのを見たジェネットは思わず声を上げた。
「ダメです! その人に近づいては……」
ジェネットの制止も聞かずに5人はリードに攻撃を仕掛ける。
5人のうち2人が火炎魔法をリードに浴びせかけ、残った3人が長槍をリードの体につきたてた。
だけどリードは涼しい顔でこれを受けきると、一転してケモノのような唸り声を上げながら5人に次々と襲い掛かった。
リードの攻撃は凄まじく、5人とも鎧ごと剣で貫かれて一撃で絶命してしまった。
そ、そんな……。
何かおかしいぞ。
強さが異常すぎる。
以前のリードはこんなに化け物じみた強さは持っていなかったはずだ。
「あなた。何か以前と変わりましたね」
仲間を倒されてジェネットは憤りに顔を赤く染めながら、リードを睨みつけてそう言った。
リードは邪悪な笑みを浮かべながら口元を歪めてこれに答えた。
「ひとつ言い忘れたけどなぁ、さっきの特殊スキル・蘇生返魂にはもう1つ副産物があるんだよ。スキルの書き換えだ」
「スキルの書き換え?」
ミランダが顔をしかめてそう問い返すのを聞き、リードは得意げに言った。
「そうだ。書き換わったスキルは物理攻撃無効、魔法攻撃無効、そして物理防御無効。この3つだ。もう俺には攻撃が一切効かない。武器での攻撃だろうが魔法攻撃だろうがな。逆に俺の攻撃をおまえらが防御することも不可能だ」
僕はリードの言葉に愕然としてしまった。
な、何だソレ。
完全にチートじゃないか。
何でそんなスキルをリードが身につけているんだ。
試験的運用なんて言い分が通じるような話じゃない。
そんなものがまかり通るなら、ゲームバランスは完全に崩壊するぞ。
「それはゲーム倫理に反しています。あなたを違反行為で運営本部に訴えますよ」
ジェネットは深い傷を負っているため、苦しげな顔でそう告げた。
だけどリードはまったくこれを意に介さない。
「無駄だ。このスキルはその運営本部様から与えられた、世界に二つとない優れものなんだからなぁ」
その言葉にジェネットは絶句し、ミランダは不満そうに鼻を鳴らした。
「フンッ。なるほど。運営と結託して汚いことやってたってわけだ」
ミランダがそう言うとリードは愉快そうに笑った。
「負け惜しみか。情けない魔女め。犬みたいに吼えてろ。プレイヤーのアンケートなんざ無効だ。ミランダ。てめえはここで死んでもらう」
リードはもはや正気を失っている。
運営本部の傀儡と化した彼は猛然とミランダたちに襲いかかった。
ミランダはもう魔力が残っておらず、それでも気力だけで黒鎖杖を振るう。
だけどリードにはもう攻撃そのものが効かないんだ。
勝負になるわけがなかった。
リードはミランダの黒鎖杖を受けてもものともせず、彼女の細い首につかみかかった。
「うぐっ!」
リードの右手がミランダの首をつかんで強烈に締め上げる。
「このまま確実に絞め殺してやる!」
ミランダのライフゲージが徐々に減少していく。
やばい。
やばいぞ!
「放しなさい!」
ジェネットは傷ついた体を顧みずに懲悪杖で思い切りリードを殴りつける。
だけど、逆にリードは空いている左腕でジェネットの杖を弾き飛ばすと、そのまま左手を伸ばしてジェネットの首にも手をかけた。
そしてジェネットの首をも締め上げる。
「くはっ!」
ジェネットの口からも苦しげな息が漏れる。
リードはジェネットを睨みつけると恫喝するように言い募った。
「尼僧ジェネット。おまえは反逆者ミランダをかばい立てし、人々を扇動してこのゲームに混乱をもたらした。重罪人としてここに告発する」
そう言うとジェネットの頭上に警告のメッセージが表示され、彼女が運営本部による審判にかけられたことが示される。
それを見たリードの顔に嗜虐的な笑みが浮かんだ。
「運営本部からのお達しが出たぞ。ジェネット。これでこのライフゲージが0になればミランダ同様におまえは消える。二度と甦らないぞ。これが本当のゲームオーバーだ!」
そう言うとリードは左右の手でミランダとジェネットの首をつかんだまま、その両手を上に引き上げる。
ミランダとジェネットの足が地面を離れて宙に浮き上がった。
リードに首を締め上げられて二人のライフゲージはじわじわと減っていく。
もう体は消えてしまって魂だけの存在となっている僕は、ただ見ていることしか出来ない。
だけど、このままじゃミランダもジェネットも消されてしまう。
そんなの……そんなの嫌だ!
僕は生まれて初めて心の底から神に祈った。
神様。
どうかお願いします。
僕はもう命も消えてしまって差し出せるものは何もないけれど、あの二人を救うためならば何でもします。
どうか彼女たちを消さないで下さい。
全身全霊を込めて僕は祈った。
そんなことで状況が変化するはずもないのに。
だけど……神様は僕を見ていた。
切なる願いが心身を満たしたその時、僕の体に未曾有の異変が起きた。
僕の足にくくりつけられている黒い鎖が音を立ててしなり、僕の目の前に突発的にコマンドウインドウが示されたんだ。
「な、何これ?」
そこにはパスワードを入力するよう文字が記されている。
パ、パスワード?
ここにきてまたパスワードなんて・・・・・・。
すぐにタイムカウントダウンが開始され60秒が59秒、58秒と進んでいく。
しかも時間制限付きかよぉ(泣)。
僕は必死に思考を巡らせた。
ミランダの持っていた手紙の内容やジェネットのブログの中身など、記憶の中を必死に探る。
だけど正直に言って僕にはまったく心当たりがなかった。
時間は45秒を切った。
こ、こうなったらダメ元で手当たり次第入力するしかない!
僕はそう思い、ミランダの名前を【Miranda】と入力する。
【エラー。パスワードが間違っています。あと2回入力できます】
そりゃそうか。
って、あと2回?
回数制限まであるのか?
それを越えたらどうなるんだ?
もう入力できないってことだよね。
まずい。
残り秒数も35秒を切った。
僕はもう一度、記憶の中を探る。
ミランダやジェネットとの会話の中で何か、何かキーになる言葉はなかったのか?
焦りが思考を邪魔して考えがまとまらない。
時間は刻々と過ぎていく。
僕は仕方なく二度目の入力を敢行した。
もちろんジェネットの名前で【Jennette】と。
【エラー。パスワードが間違っています。あと1回入力できます】
マ、マジか……。
ミランダでもジェネットでもなく他のパスワード?
そ、そんなの分からないよ。
肩を落とす僕だったけど、時間は無情にも残り20秒を切った。
僕はここにきて呆然としてしまい、思考停止の状況に陥った。
そうしている間にもミランダとジェネットはリードに首を締め上げられて悶え苦しんでいる。
もう二人のライフは残り10%を切り、ライフゲージの底をつこうとしている。
彼女たちのライフゲージを見ていると、僕は強い切迫感を感じて震え出しそうになる。
これだけの激しい戦いの中でライフゲージを背負って戦うことがどれだけ熾烈なことなのか、ライフの重みがどれだけ重圧となるのか僕は身をもって知ることが出来ない。
特に今の彼女たちは負ければ即消去されてしまうんだ。
文字通り命がけの戦いだ。
命がけ……ん?
ふいに僕はミランダが言っていた言葉を思い出した。
― フンッ! 少しはライフの重みを知りなさい! ―
そ、そういえばジェネットも似たようなことを言っていた。
― あなたはライフゲージをお持ちでないようなのでお分かりではないでしょうけれど、ライフの持つ重みを知る者であれば、そのように自らを危険にさらすような暴挙は冒さないでしょう ―
彼女たちのその言葉を思い返すと僕の体の中で何かが疼いた。
も、もしかして……。
僕は息を飲んでじっとコマンドウインドウを見つめる。
残り時間は10秒。
入力できるのはあと一回だ。
僕は頭で考えるのをやめ、自分の身で感じた言葉を決死の思いで入力した。
【LIFE】
……どうだ?
7・・・・・・6・・・・・・5・・・・・・4・・・・・・
タイムカウントダウンは残り3秒のところで停止した。
【パスワードを認証しました。タリオの規定に従って復元プログラムを起動します】
と……通ったぁぁぁぁぁ!
本当に一か八かの賭けだったけど、僕は正解の糸を手繰り寄せることが出来た。
いや、そうじゃない。
ミランダとジェネットが僕を導いてくれたんだ。
「むふっ……」
急に体の中がムズムズとし始めて僕は奇妙な声を口から漏らしてしまった。
な、何か来る……。
そこから事態は急転した。
消えてしまっていた僕のステータスコマンドが復活したんだ。。
さらにはステータスコマンドの中に見慣れない項目が追加されていた。
あ、あれは……ライフゲージだ。
一般NPCである僕には無縁のものであるはずだった。
自分の身に起きた異変に目をしばたかせる僕の視界の中で、地上に落ちたまま横たわっていたはずの呪いの剣『タリオ』が、いつの間にか地面に突き立っていた。
そして刀身の周囲に施された二匹の蛇の装飾が再び生きているかのように動き出したんだ。
白と黒の蛇たちは刀身から離れて地面を這い出した。
すると二匹は這うほどに太く長くなり、大地を進み続ける。
その二匹が向かう先は僕だった。
世界の誰もが僕の姿を見ることが出来ないというのに、その二匹だけはそんな世界の理など自分たちには無関係だというように、まっすぐ僕に向かってくる。
蛇たちが僕を呼んでいる。
僕はそう感じた。
そしてついに蛇たちは僕の両足首に絡みつくと、螺旋を描くように僕の足を伝って上へと這い上がってくる。
不思議とこそばゆさも気持ち悪さもなく、あるのは体に力が満ちていく感覚だけだった。
蛇たちはついに僕の全身に長いその体を絡みつかせると、そのまま僕を引き寄せるように徐々に呪いの剣『タリオ』の元へ戻っていく。
大地に刺さったままの刀身に戻ろうとしているんだ。
僕は急激に自分の体内に満ちていく現実感に戸惑ってしまう。
呼吸した時の空気の匂いや、鼓膜と腹膜に伝わる音の振動。
そして目に鮮やかに映る世界の色感は先ほどまでのおぼろげなそれとは大違いだった。
そして『タリオ』の目の前まで引き寄せられた僕が、その柄に触れたその時、僕は完全に実感したんだ。
再びこの世界の一員になれたことを。
そしてほんの一秒にも満たない時間で、蛇たちの全てが僕の体内で細胞の隅々までインプットされていくのを感じていた。
僕は二匹の蛇と同化してこの世界に甦ったんだ。
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私は大聖女様だった。歴史上最強の聖女だった私はそのあまりに強すぎる力から、悪魔? 魔女?と疑われ追放された。
それも命を救ってやったカール王太子の命令により追放されたのだ。あの恩知らずめ! 侯爵令嬢の色香に負けやがって。本物の聖女より偽物美女の侯爵令嬢を選びやがった。
私は逃亡中に足をすべらせ死んだ? と思ったら聖女認定の最初の日に巻き戻っていた!!
もう全力でこの国の為になんか働くもんか!
異世界ゆるふわ設定ご都合主義ファンタジー。よくあるパターンの聖女もの。ラブコメ要素ありです。楽しく笑えるお話です。(多分😅)
だって僕はNPCだから 3rd GAME
枕崎 純之助
ファンタジー
【完結】
3度目の冒険は異世界進出! 天使たちの国は天国なんかじゃなかったんだ。
『魔女狩り大戦争』、『砂漠都市消滅危機』という二つの事件が解決し、平穏を取り戻したゲーム世界。
その中の登場人物である下級兵士アルフレッドは洞窟の中で三人の少女たちと暮らしていた。
だが、彼らの平和な日々を揺るがす魔の手はすぐそこに迫っていた。
『だって僕はNPCだから』
『だって僕はNPCだから 2nd GAME』
に続く平凡NPCの規格外活劇第3弾が幕を開ける。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
どうせ俺はNPCだから 2nd BURNING!
枕崎 純之助
ファンタジー
下級悪魔と見習い天使のコンビ再び!
天国の丘と地獄の谷という2つの国で構成されたゲーム世界『アメイジア』。
手の届かぬ強さの極みを欲する下級悪魔バレットと、天使長イザベラの正当後継者として不正プログラム撲滅の使命に邁進する見習い天使ティナ。
互いに相容れない存在であるはずのNPCである悪魔と天使が手を組み、遥かな頂を目指す物語。
堕天使グリフィンが巻き起こした地獄の谷における不正プラグラムの騒動を乗り切った2人は、新たな道を求めて天国の丘へと向かった。
天使たちの国であるその場所で2人を待ち受けているものは……?
敵対する異種族バディが繰り広げる二度目のNPC冒険活劇。
再び開幕!
*イラストACより作者「Kamesan」のイラストを使わせていただいております。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【完結】どうやら魔森に捨てられていた忌子は聖女だったようです
山葵
ファンタジー
昔、双子は不吉と言われ後に産まれた者は捨てられたり、殺されたり、こっそりと里子に出されていた。
今は、その考えも消えつつある。
けれど貴族の中には昔の迷信に捕らわれ、未だに双子は家系を滅ぼす忌子と信じる者もいる。
今年、ダーウィン侯爵家に双子が産まれた。
ダーウィン侯爵家は迷信を信じ、後から産まれたばかりの子を馭者に指示し魔森へと捨てた。
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