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第四章 『魔神領域』
第11話 草原の主
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「ハァッ……ハァッ……くそっ!」
疲労度のゲージが真っ赤に染まっている。
俺は草原の上で情けないことに息を切らせて座り込んでいた。
どこまでも続くだだっ広い草原には、まっすぐに黒く草が焦げた跡が続いている。
雷魔神シャンゴが駆け抜けた跡だ。
俺とは段違いの速度で走り続けるシャンゴは遥か先に進んでいて、もう姿も見えない。
俺は走っても当然奴には及ばず、羽を広げて全力で飛び続けたが、それでも差は開く一方だった。
全力で飛び続けて一時間。
ついに疲労度が限界を迎え、俺は地上に降下して今のこのザマだ。
「くそっ。あの野郎……速いだけじゃなく、体力も半端じゃねえな」
俺は草原に寝転がって真上を見上げる。
そこには空はなく、岩だらけのゴツゴツとした荒野が広がっている。
天地の概念がない奇妙な世界。
思えば遠くに来たもんだ。
「俺は何をやってんだろうな」
奇妙な世界で1人もがく自分の姿を俯瞰し、そこで俺は奇妙な心持ちになった。
前回の戦いでそれまで知らなかった世界を知り、俺はさらなる成長を求めて天国の丘へと渡った。
偶然にも地底世界エンダルシュアに潜り、さらにもう一段深い魔神領域へと足を踏み入れた。
知らず知らずのうちに俺はどんどん新しい世界へと飛び込んでいるんだ。
思うようにいかないことの連続だが、それでも俺が向かう先の世界には、成長できるチャンスがいくらでも転がっている。
「さっき見た技はとんでもねえ速さだった。あれが出来れば最高の武器になる」
シャンゴが俺に見せた必殺の超高速膝蹴り。
一瞬で十数メートルの距離を飛んで相手に鋭い膝蹴りを食らわせるあの技。
そう言えばこの辺りはさっきまでの森にいた赤肌男とは別の魔神の縄張りだとかシャンゴが言っていたな。
今のところそれらしい魔神は見当たらねえが……。
俺は疲れ切った体を起こして周囲を見回す。
360度見渡す限りの草原には何も見えない。
空にも鳥一羽として飛んでいなかった。
まさに無人の草原だ。
ま、これだけ広くて平坦で視界も良好なら、どこからか敵が襲ってくりゃ一目瞭然だな。
俺はアイテム・ストックから森トカゲの干し肉を取り出してそれをかじると、水袋の水を飲んだ。
とにかくまずは疲労度を回復させねえと、また走り出すことすら出来ない。
こんな状況で敵に襲われたら最悪だぜ。
俺は再び寝転がり、とにかく体を動かさずに疲労度の回復に努める。
情けねえがシャンゴを追うのは再び走れるようになってから……ん?
そこで俺は何やら背中から尻の下の地面がわずかに揺れ動くのを感じて顔をしかめた。
地震か?
いや、違うな。
まさか都市土竜のような魔物が地下にいるってことか?
俺は反射的に跳ね起きてその場から飛び退いた。
だが見ると俺の寝転んでいた地面には何もない。
そもそも土竜のような奴がいるなら、土の下から這い出て来る際に土が盛り上がって、土竜塚が出来るはずだ。
それがないってことは地下に蠢く魔物はいないってことだ。
そう思った俺の足元が再び揺れる。
俺は慌てて飛び退き、そこで見たものに目を剥いた。
草原に口が開いていたんだ。
奇妙な言い回しだが他に言いようがなかった。
草の生い茂る地面に2メートル程の裂け目が開き、その中からギザギザの歯とドス黒い舌が覗いている。
何なんだありゃ。
それを見ている俺の足元がさらにモゾモゾと動き出す。
俺のすぐ下にもまた奇妙な口が出現しようとしていた。
「チッ!」
俺は即座にそこから飛び退き、周囲を見回す。
草原に同じような地面の口が開き始めていた。
その数は十数か所にも及ぶ。
こいつらがこの草原を縄張りとする主か?
動物のような魔物が現れることを予想していた俺は、あまりにも奇妙な連中の出現にウンザリして悪態をつく。
「くそっ! こっちに来てから気味悪い奴ばかりだぜ」
あの口に万が一飲み込まれたら、あの鋭いギザ歯に咀嚼されちまう。
こんな魔物は見たことがない。
こいつらも魔神ってことか。
それを表すように地面に開いた口の上には六芒星のNPCマークが浮かんでいた。
そしてそれらの口は地面に密集するように次々と出現した。
くそっ。
俺の疲労度ゲージはまだ赤く染まったままだ。
10分も寝転がってりゃそれもだいぶ回復しただろうが、今はそれすらも許されない。
そんなことすりゃ食って下さいと言ってるようなもんだからな。
俺は草原口腔の中に落ちないよう空を飛ぶべく羽を広げた。
とりあえず地面から離れるしかない。
そう思った俺だが……。
【飛行禁止区域です。全キャラクターの飛行能力をエリア内では無効化します】
突然コマンド・ウインドウにそう表示され、いくら飛ぼうとしても羽が動かなくなっちまった。
飛行能力無効化?
何だそりゃ。
そんなもん聞いたことねえぞ。
このエリアに仕掛けられた罠みたいなもんか?
突然のことに困惑する俺だが、目を白黒させてる場合じゃない。
草原口腔どもが俺を喰らおうと、そこかしこに現れては大口を開けやがる。
「くっ!」
俺はとにかく跳ねるように草原を駆け回り、一ヶ所に留まらないようにした。
だが疲労度のせいで足がふらつき、本来のフットワークが発揮できない。
草原口腔は俺に避けられると草の中に消えるが、またすぐに別の場所に現れる。
この草原全体がこいつらの餌場ってわけかよ。
俺はまんまとそこに迷い込んだ餌も同然だ。
くそったれが。
俺はジャンプして食われるのを避けつつ、灼熱鴉を放とうとする。
しかし……。
「灼熱……くそっ!」
疲労度が赤い状態のため、両手に一瞬だけ宿った炎がすぐに消えちまう。
灼熱鴉一発すら放てねえのかよ!
俺は自分の弱り具合に腹を立てながら、懸命に足を動かして逃げ回る。
とにかく今、俺に出来ることは草原を駆け回って、こいつらに食われずにこの草原を踏破して抜け出すことだけだ。
シャンゴもその眷属どもも、草原口腔どもを振り切ってここから脱出したんだろうよ。
なら俺だってやってやる。
悲鳴を上げる足腰に鞭打って俺は息を切らしながら駆け回る。
だが連続して3体の草原口腔をジャンプしてかわし着地した際に、左膝の力がガクッと抜けて俺はその場に転倒してしまった。
「くはっ!」
俺はすぐさま起き上がり立ち上がろうとするが、左膝が痙攣して思うように動けない。
そうしているうちに俺の真下に黒い亀裂が走った。
まずい……食われる!
俺は苛立ち紛れに左膝を叩いた。
「くそったれが! 動けってんだよ!」
足元で地面がモゾモゾと蠢く感覚がして、いよいよ亀裂が開き始める中、バシッと叩いた俺の左膝に装備した雷足環からピリッと稲光が迸り前方数メートル先へと飛んだ。
その瞬間、必死で動こうとしていた俺の体が瞬時に数メートル前方へと飛んでいた。
なっ……。
「うげっ!」
突然のことに俺はうまく着地が出来ずに顔面から不格好に地面に突っ込んだ。
痛みを堪えて起き上がると、つい今まで俺がいた場所には草原口腔がパックリと口を開けている。
危うく食われるところだった。
見ると俺の左足はまだパチパチと静電気を放っている。
「こいつは……シャンゴが見せた動きと一緒だ」
シャンゴが一瞬で十数メートルの距離を移動した際は、事前に稲光が前方に向かって舞い飛んでいた。
ということは俺が今、咄嗟に見せたのは奴と同じような動きってことか?
とにかく深く考えている暇はない。
こうしている間にも足元に再び亀裂が広がって行く。
俺は再び左膝をパシッと叩いた。
またしても稲光が前方に飛んで行くのと同時に、体が前に引っ張られるような感覚を覚えた。
その感覚に任せて俺は前方へ飛ぶ。
先ほどと同じように数メートル先へ俺は一瞬で飛んだ。
そして今度は身構えていたため、うまいこと着地することが出来たんだ。
「……いいぞ。こいつはいい感じだ」
シャンゴほど速くもなければ遠い距離を飛ぶことも出来ない。
だがこの感覚を掴めれば俺は今までよりも数段速く動けるようになるはずだ。
俺はシャンゴの足跡を追って再度移動を始めた。
まだ疲労度は赤く染まったままだが、稲光を感じて移動するのは意外なほど疲れない。
俺は左足を軽く地面で踏み鳴らし、稲光を前方へ飛ばしながら次々と移動していった。
草原口腔はそんな俺を追い、回り込むようにして前方で次々と口を開けるが、俺はそれをかわしていく。
そうしながら俺は超高速移動のコツを少しずつ掴んでいった。
変に力んでしまうと上手くいかない。
脱力した状態のほうがスムーズに稲光の速さに乗れる。
もしかすると疲労でヘロヘロになっている今の状態が逆に良かったのかもしれん。
稲光の速さに自分を乗せるというのは奇妙な感覚だ。
一瞬だけ自分のNPCとしてのプログラムがバラバラに分解されるような気がして、その後すぐに目的の場所に移動している。
自ら動くというよりもその場所に呼び寄せられる感覚だ。
だが、これで今すぐにあのシャンゴが使っていた超高速膝蹴りが使いこなせるとは思えない。
なぜなら俺が目標と定めた移動先に対し、左右前後に数十センチほど、どうしても着地点がずれてしまうからだ。
そうなると敵に確実にヒットさせられる保証はねえ。
せっかくの威力もクリーンヒットしなければ相手に大きなダメージを与えられないからだ。
俺はあの技をロドリックにぶつけることを念頭に起き、懸命に狙いを定めて移動していく。
なかなか狙い通りにはいかなかったが、そうこうするうちに少しずつ飛べる距離が長くなってきた。
最初はせいぜい4~5メートルだったが、それが6~7メートルまで増えてきた。
草原口腔どもはしつこく俺の行く手を阻もうとして、取り囲むように俺の周囲全方位に密集して口を開きやがる。
足の踏みどころもない。
その上、密集している連中の向こう側に見える緑の地面までの距離は10メートルほどもある。
チッ……こいつら。
いよいよ業を煮やして勝負をかけてきやがったか。
さっきから口を開き続けている割には俺を食い損ねていることで苛立っているんだろう。
へっ。
そう簡単に食われてやるかよ。
10メートル。
飛べるか?
迷ってるヒマはねえ。
俺の足元には奴らを代表して俺を食らおうとする草原口腔が今まさに口を開こうとしていた。
俺は神経を研ぎ澄まし、前方10メートル先の地面を見据え、そこに辿り着くという強いイメージ持って左足を鋭く踏み鳴らす。
電撃間欠泉を繰り出す時のように踏み込むのではなく、爪先でタンッと鳴らすイメージが一番しっくりくる。
そして俺は強い決意を持って宙を飛んだ。
10メートルの距離を渡り切るつもりで。
下に落ちれば草原口腔の口の中だ。
何としても渡り切る!
だが俺の体は緑の地面まで残りわずかというところであえなく推進力を失って落下した。
すぐ目の前に草原口腔の口が迫る。
「くっ! まだだっ!」
俺は空中で咄嗟に再度、左膝を叩いた。
稲光が走り、俺の体が空中でもう一度前方に引っ張られる。
二段ジャンプのように空中で軌道修正した俺の体が、緑色の草の上を転がった。
「くあっ!」
俺は10メートルを超える草原口腔どもの包囲網を飛び越えていた。
格好良くひとっ飛びとはいかなかったが、それでも今こうして食われずに済んでいるという事実が何より重要だ。
俺は即座に立ち上がる。
依然として奴らの縄張りの中にいることは変わりないんだ。
俺は再びシャンゴの後を追って走り出した。
草原口腔どもはしつこく追いすがってくるが、雷足環を駆使した移動を覚えた俺を食らうことは、奴らにはついに叶わなかった。
疲労度のゲージが真っ赤に染まっている。
俺は草原の上で情けないことに息を切らせて座り込んでいた。
どこまでも続くだだっ広い草原には、まっすぐに黒く草が焦げた跡が続いている。
雷魔神シャンゴが駆け抜けた跡だ。
俺とは段違いの速度で走り続けるシャンゴは遥か先に進んでいて、もう姿も見えない。
俺は走っても当然奴には及ばず、羽を広げて全力で飛び続けたが、それでも差は開く一方だった。
全力で飛び続けて一時間。
ついに疲労度が限界を迎え、俺は地上に降下して今のこのザマだ。
「くそっ。あの野郎……速いだけじゃなく、体力も半端じゃねえな」
俺は草原に寝転がって真上を見上げる。
そこには空はなく、岩だらけのゴツゴツとした荒野が広がっている。
天地の概念がない奇妙な世界。
思えば遠くに来たもんだ。
「俺は何をやってんだろうな」
奇妙な世界で1人もがく自分の姿を俯瞰し、そこで俺は奇妙な心持ちになった。
前回の戦いでそれまで知らなかった世界を知り、俺はさらなる成長を求めて天国の丘へと渡った。
偶然にも地底世界エンダルシュアに潜り、さらにもう一段深い魔神領域へと足を踏み入れた。
知らず知らずのうちに俺はどんどん新しい世界へと飛び込んでいるんだ。
思うようにいかないことの連続だが、それでも俺が向かう先の世界には、成長できるチャンスがいくらでも転がっている。
「さっき見た技はとんでもねえ速さだった。あれが出来れば最高の武器になる」
シャンゴが俺に見せた必殺の超高速膝蹴り。
一瞬で十数メートルの距離を飛んで相手に鋭い膝蹴りを食らわせるあの技。
そう言えばこの辺りはさっきまでの森にいた赤肌男とは別の魔神の縄張りだとかシャンゴが言っていたな。
今のところそれらしい魔神は見当たらねえが……。
俺は疲れ切った体を起こして周囲を見回す。
360度見渡す限りの草原には何も見えない。
空にも鳥一羽として飛んでいなかった。
まさに無人の草原だ。
ま、これだけ広くて平坦で視界も良好なら、どこからか敵が襲ってくりゃ一目瞭然だな。
俺はアイテム・ストックから森トカゲの干し肉を取り出してそれをかじると、水袋の水を飲んだ。
とにかくまずは疲労度を回復させねえと、また走り出すことすら出来ない。
こんな状況で敵に襲われたら最悪だぜ。
俺は再び寝転がり、とにかく体を動かさずに疲労度の回復に努める。
情けねえがシャンゴを追うのは再び走れるようになってから……ん?
そこで俺は何やら背中から尻の下の地面がわずかに揺れ動くのを感じて顔をしかめた。
地震か?
いや、違うな。
まさか都市土竜のような魔物が地下にいるってことか?
俺は反射的に跳ね起きてその場から飛び退いた。
だが見ると俺の寝転んでいた地面には何もない。
そもそも土竜のような奴がいるなら、土の下から這い出て来る際に土が盛り上がって、土竜塚が出来るはずだ。
それがないってことは地下に蠢く魔物はいないってことだ。
そう思った俺の足元が再び揺れる。
俺は慌てて飛び退き、そこで見たものに目を剥いた。
草原に口が開いていたんだ。
奇妙な言い回しだが他に言いようがなかった。
草の生い茂る地面に2メートル程の裂け目が開き、その中からギザギザの歯とドス黒い舌が覗いている。
何なんだありゃ。
それを見ている俺の足元がさらにモゾモゾと動き出す。
俺のすぐ下にもまた奇妙な口が出現しようとしていた。
「チッ!」
俺は即座にそこから飛び退き、周囲を見回す。
草原に同じような地面の口が開き始めていた。
その数は十数か所にも及ぶ。
こいつらがこの草原を縄張りとする主か?
動物のような魔物が現れることを予想していた俺は、あまりにも奇妙な連中の出現にウンザリして悪態をつく。
「くそっ! こっちに来てから気味悪い奴ばかりだぜ」
あの口に万が一飲み込まれたら、あの鋭いギザ歯に咀嚼されちまう。
こんな魔物は見たことがない。
こいつらも魔神ってことか。
それを表すように地面に開いた口の上には六芒星のNPCマークが浮かんでいた。
そしてそれらの口は地面に密集するように次々と出現した。
くそっ。
俺の疲労度ゲージはまだ赤く染まったままだ。
10分も寝転がってりゃそれもだいぶ回復しただろうが、今はそれすらも許されない。
そんなことすりゃ食って下さいと言ってるようなもんだからな。
俺は草原口腔の中に落ちないよう空を飛ぶべく羽を広げた。
とりあえず地面から離れるしかない。
そう思った俺だが……。
【飛行禁止区域です。全キャラクターの飛行能力をエリア内では無効化します】
突然コマンド・ウインドウにそう表示され、いくら飛ぼうとしても羽が動かなくなっちまった。
飛行能力無効化?
何だそりゃ。
そんなもん聞いたことねえぞ。
このエリアに仕掛けられた罠みたいなもんか?
突然のことに困惑する俺だが、目を白黒させてる場合じゃない。
草原口腔どもが俺を喰らおうと、そこかしこに現れては大口を開けやがる。
「くっ!」
俺はとにかく跳ねるように草原を駆け回り、一ヶ所に留まらないようにした。
だが疲労度のせいで足がふらつき、本来のフットワークが発揮できない。
草原口腔は俺に避けられると草の中に消えるが、またすぐに別の場所に現れる。
この草原全体がこいつらの餌場ってわけかよ。
俺はまんまとそこに迷い込んだ餌も同然だ。
くそったれが。
俺はジャンプして食われるのを避けつつ、灼熱鴉を放とうとする。
しかし……。
「灼熱……くそっ!」
疲労度が赤い状態のため、両手に一瞬だけ宿った炎がすぐに消えちまう。
灼熱鴉一発すら放てねえのかよ!
俺は自分の弱り具合に腹を立てながら、懸命に足を動かして逃げ回る。
とにかく今、俺に出来ることは草原を駆け回って、こいつらに食われずにこの草原を踏破して抜け出すことだけだ。
シャンゴもその眷属どもも、草原口腔どもを振り切ってここから脱出したんだろうよ。
なら俺だってやってやる。
悲鳴を上げる足腰に鞭打って俺は息を切らしながら駆け回る。
だが連続して3体の草原口腔をジャンプしてかわし着地した際に、左膝の力がガクッと抜けて俺はその場に転倒してしまった。
「くはっ!」
俺はすぐさま起き上がり立ち上がろうとするが、左膝が痙攣して思うように動けない。
そうしているうちに俺の真下に黒い亀裂が走った。
まずい……食われる!
俺は苛立ち紛れに左膝を叩いた。
「くそったれが! 動けってんだよ!」
足元で地面がモゾモゾと蠢く感覚がして、いよいよ亀裂が開き始める中、バシッと叩いた俺の左膝に装備した雷足環からピリッと稲光が迸り前方数メートル先へと飛んだ。
その瞬間、必死で動こうとしていた俺の体が瞬時に数メートル前方へと飛んでいた。
なっ……。
「うげっ!」
突然のことに俺はうまく着地が出来ずに顔面から不格好に地面に突っ込んだ。
痛みを堪えて起き上がると、つい今まで俺がいた場所には草原口腔がパックリと口を開けている。
危うく食われるところだった。
見ると俺の左足はまだパチパチと静電気を放っている。
「こいつは……シャンゴが見せた動きと一緒だ」
シャンゴが一瞬で十数メートルの距離を移動した際は、事前に稲光が前方に向かって舞い飛んでいた。
ということは俺が今、咄嗟に見せたのは奴と同じような動きってことか?
とにかく深く考えている暇はない。
こうしている間にも足元に再び亀裂が広がって行く。
俺は再び左膝をパシッと叩いた。
またしても稲光が前方に飛んで行くのと同時に、体が前に引っ張られるような感覚を覚えた。
その感覚に任せて俺は前方へ飛ぶ。
先ほどと同じように数メートル先へ俺は一瞬で飛んだ。
そして今度は身構えていたため、うまいこと着地することが出来たんだ。
「……いいぞ。こいつはいい感じだ」
シャンゴほど速くもなければ遠い距離を飛ぶことも出来ない。
だがこの感覚を掴めれば俺は今までよりも数段速く動けるようになるはずだ。
俺はシャンゴの足跡を追って再度移動を始めた。
まだ疲労度は赤く染まったままだが、稲光を感じて移動するのは意外なほど疲れない。
俺は左足を軽く地面で踏み鳴らし、稲光を前方へ飛ばしながら次々と移動していった。
草原口腔はそんな俺を追い、回り込むようにして前方で次々と口を開けるが、俺はそれをかわしていく。
そうしながら俺は超高速移動のコツを少しずつ掴んでいった。
変に力んでしまうと上手くいかない。
脱力した状態のほうがスムーズに稲光の速さに乗れる。
もしかすると疲労でヘロヘロになっている今の状態が逆に良かったのかもしれん。
稲光の速さに自分を乗せるというのは奇妙な感覚だ。
一瞬だけ自分のNPCとしてのプログラムがバラバラに分解されるような気がして、その後すぐに目的の場所に移動している。
自ら動くというよりもその場所に呼び寄せられる感覚だ。
だが、これで今すぐにあのシャンゴが使っていた超高速膝蹴りが使いこなせるとは思えない。
なぜなら俺が目標と定めた移動先に対し、左右前後に数十センチほど、どうしても着地点がずれてしまうからだ。
そうなると敵に確実にヒットさせられる保証はねえ。
せっかくの威力もクリーンヒットしなければ相手に大きなダメージを与えられないからだ。
俺はあの技をロドリックにぶつけることを念頭に起き、懸命に狙いを定めて移動していく。
なかなか狙い通りにはいかなかったが、そうこうするうちに少しずつ飛べる距離が長くなってきた。
最初はせいぜい4~5メートルだったが、それが6~7メートルまで増えてきた。
草原口腔どもはしつこく俺の行く手を阻もうとして、取り囲むように俺の周囲全方位に密集して口を開きやがる。
足の踏みどころもない。
その上、密集している連中の向こう側に見える緑の地面までの距離は10メートルほどもある。
チッ……こいつら。
いよいよ業を煮やして勝負をかけてきやがったか。
さっきから口を開き続けている割には俺を食い損ねていることで苛立っているんだろう。
へっ。
そう簡単に食われてやるかよ。
10メートル。
飛べるか?
迷ってるヒマはねえ。
俺の足元には奴らを代表して俺を食らおうとする草原口腔が今まさに口を開こうとしていた。
俺は神経を研ぎ澄まし、前方10メートル先の地面を見据え、そこに辿り着くという強いイメージ持って左足を鋭く踏み鳴らす。
電撃間欠泉を繰り出す時のように踏み込むのではなく、爪先でタンッと鳴らすイメージが一番しっくりくる。
そして俺は強い決意を持って宙を飛んだ。
10メートルの距離を渡り切るつもりで。
下に落ちれば草原口腔の口の中だ。
何としても渡り切る!
だが俺の体は緑の地面まで残りわずかというところであえなく推進力を失って落下した。
すぐ目の前に草原口腔の口が迫る。
「くっ! まだだっ!」
俺は空中で咄嗟に再度、左膝を叩いた。
稲光が走り、俺の体が空中でもう一度前方に引っ張られる。
二段ジャンプのように空中で軌道修正した俺の体が、緑色の草の上を転がった。
「くあっ!」
俺は10メートルを超える草原口腔どもの包囲網を飛び越えていた。
格好良くひとっ飛びとはいかなかったが、それでも今こうして食われずに済んでいるという事実が何より重要だ。
俺は即座に立ち上がる。
依然として奴らの縄張りの中にいることは変わりないんだ。
俺は再びシャンゴの後を追って走り出した。
草原口腔どもはしつこく追いすがってくるが、雷足環を駆使した移動を覚えた俺を食らうことは、奴らにはついに叶わなかった。
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