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第三章 『地底世界エンダルシュア』
第10話 製鉄所
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「あれが製鉄所でござるか。市長殿の言っていた通り、もう使われていないようでござるな」
ティナが残した桃色の妖精を追って、俺はパメラとクラリッサを背負いながら地下道を駆け続けた。
そして地上がもう完全に押し潰されているものと思っていた俺たちは、地下道を抜けた先にある階段を上ったところで息を飲んだ。
周囲を見渡すと街の中心部は完全に天井によって押し潰されていたが、その辺りから緩やかな下り坂が製鉄所に向かって続いているおかげで、この辺りはまだ十分に動けるスペースが残されている。
地下道の出口から製鉄所まではわずか200メートルほどの距離だった。
製鉄所は2階建てだがその屋根と天井の間にはまだ5メートルほどの余裕が残されている。
だが……。
「煙突は見事に崩れちまってるな」
天井が押し下げられた影響で、上に向かって伸びていた煙突は潰れて途中からポッキリ折れちまっている。
まるで上から頭を押さえつけられて首をへし折られちまったみたいにな。
あれでも外部との通信は可能なのかどうか分からんが、そもそもティナがいなけりゃ通信もクソもねえ。
追跡用の桃色の妖精はその製鉄所に向かっていく。
俺はそれを追って製鉄所の前に到達すると、背負っているパメラとクラリッサをそこで下ろした。
「かたじけない」
「バレットありがと」
「フンッ。ここに連れてきたことに見合った仕事をしてくれりゃいい」
そう言うと俺は注意深く製鉄所の外観を目で確認する。
敷地内へと続く門は鎖で施錠されているが、これといって不正プログラムの痕跡は見られない。
俺は指先を高熱化させ、鎖を焼き切ったが、門を開けようとしたところでエラー・メッセージが示された。
【立入禁止区域。解錠キーを提示して下さい】
「チッ。やっぱりそうなるか」
「キーはティナ殿が持ったままでござるな」
桃色の妖精は製鉄所の前でそれ以上進めず、困惑したようにグルグルと回っている。
ここにティナがいるのは間違いない。
「屋根に上るぞ」
俺はパメラとクラリッサの腕を取り、そのまま羽を広げて上昇する。
そして屋根の上の煙突の根元に降り立った。
煙突は上のほうから崩れてしまっていたが、根元の辺りはまだ元の形を留めている。
クラリッサは屋根の上を器用に歩いて煙突の根元へ歩み寄った。
「気をつけるでござるよ」
気遣わしげに声をかけるパメラに笑顔で手を振りながら、クラリッサは身軽に煙突の裏側に回り込んでいった。
「あったあった。隙間はそのままだよ」
クラリッサの声を聞いて俺たちも煙突の裏側に回り込む。
すると煙突の根元にようやくクラリッサが入れる程度の小さな隙間が顔を覗かせていた。
どうやら煙突がわずかに欠けて隙間が生じているようだ。
「これは拙者でも無理でござるな」
パメラは屋根に這うようにして隙間を見つめながらそう言う。
確かにこの小ささじゃチビのティナやパメラでも入るのは難しいだろう。
クラリッサだって余裕で入れるわけじゃない。
ここは試してみるか。
「クラリッサ。下がってろ。おまえの秘密基地みたいに入口を広げてやる」
そう言うと俺は足を振り上げた。
慌ててパメラがクラリッサを抱きかかえて後方に下がる。
俺は煙突の隙間の縁を思い切り足で蹴りつけた。
だがモロそうに見える煙突を踏み抜くことは出来ない。
何度か蹴りつけたり殴りつけてみても煙突はビクともしなかった。
【物理的破壊が不可能なオブジェクトです】
そうしたコマンド・ウインドウが表れ、俺は舌打ちをした。
「チッ。そういうことかよ。忌々しい」
「ボクなら入れるんだけどね」
そう言うとクラリッサは隙間からゆっくりと体をねじ込んでいく。
そしてクラリッサは完全に煙突の中へと入り込んでいった。
「おーいバレット。中に入れたよ」
中からクラリッサの声と、あいつが内壁をコンコンと叩く音が聞こえてくる。
だがクラリッサだけが中に入れたところでどうにもならん。
どうにかして俺が中に入れねえか。
ここまで来て足止めを食うことに腹を立てて俺は足を踏み鳴らした。
しかしその時、意外なことが起きた。
クラリッサが入っていった隙間の上、煙突の外面にピシッと亀裂が入る。
そしてそこから外壁がボロボロと崩れ始めたんだ。
中から驚いた顔で立ち尽くすクラリッサの姿が現れた。
クラリッサは目をパチクリさせている。
「ど、どうなってるの?」
「こっちのセリフだ。おまえ、何かしたのか?」
俺の問いにクラリッサは首を横に振る。
「してないよ。壁をコンコン叩いただけ」
「天井に押されたことで、煙突自体が脆くなっていたのではごさらぬか?」
パメラは煙突の上を見上げながらそう言った。
俺たちが首を捻っていると、近くを漂っていた桃色の妖精が煙突の中へと飛び込んで行く。
見ると妖精は煙突を下に向かっていった。
「あ、待ってよ」
「とにかくついていくでござるよ」
小娘どもは妖精を追って壁面に設置された梯子を降りていく。
俺は注意深く煙突の中へ足を踏み入れると、壁面に設置された梯子に足をかけつつメイン・システムを展開した。
すると通信状況を示す目盛りがわずかに動きを見せた。
市長やクラリッサの言った通りだ。
微弱だが、ここには通信電波が届いている。
「ティナをここに連れてくりゃ何とかなるかもしれねえな」
俺は上を見上げてそう言うと、小娘どもの後を追って煙突の下に降下していった。
着地点ではすでにパメラとクラリッサが降り立っている。
俺はその壁に設けられている防火扉を注意深く開け放つ。
そこはもう一つ小部屋となっていてまたもや防火扉が備えつけられていた。
天井の高い部屋で、多くの換気扇が設けられている。
煙突の排気が工場内に直接入り込まないようにするための排気部屋か。
俺はその扉をも開け放つと、姿勢を低くして転がる様に工場内に入り込んだ。
その後をパメラとクラリッサがついて来る。
「不法侵入は心苦しいでござるが仕方ないでござるな」
「フンッ。悪魔の俺には合法も不法も関係ねえな」
建物内には今のところ人の姿は見当たらない。
俺は周囲の気配を探りつつ、建物の中を見回す。
鉄臭さと埃臭さが鼻を突くそこは何の変哲もない製鉄現場であり、溶鉱炉をはじめとする各種の製鉄機械が今は使われることもなく静かに佇んでいる。
辺りには錆びついた鉄の台車が横倒しになって取り残されている。
天井にはクレーンなどが放置されていて、二度と来ないかもしれない出番を待っていた。
「ここでヒルダは何をしていたのでござろうか……」
パメラが建物内を見回しながら不思議そうに呟いた。
「製鉄ではないことは確かだな。ま、お得意のインチキ術で錬金術でもやろうとしてたんじゃねえか。何にせよ今はもう死んだ建物だな」
そう言うと俺は頭上を見上げる。
建物内は2階分の高さを吹き抜けにしていた。
桃色妖精は俺の頭上をグルグルと回りながらティナの居場所を探っている。
俺も羽を広げて上昇すると桃色妖精のすぐそばで静止した。
「ティナの奴はどこだ?」
桃色妖精は首を巡らせて方向を定めると建物の奥に向かおうとした。
そっちにティナがいるってことだ。
だが、そこで俺は何かが風を切る音を聞き、反射的に桃色妖精の体を掴んだ。
そしてもう片方の腕を勢いよく振るう。
「魔刃腕!」
鋭利な刃と化した俺の腕が叩き割ったのは、こちらに向けて放たれた金色に輝く金属の矢だった。
俺か桃色妖精を狙ったものだ。
矢は他にもいくつか宙を舞い、下ではパメラが白狼牙を振るってそれらの矢をへし折る音が聞こえる。
この矢は……。
「ヒャッハー!」
小柄な人影が建物内を躍動し、物陰から物陰へと移動しながら次々と矢を放ってくる。
「チッ!」
俺は桃色妖精を懐にしまい込むと、両腕を魔刃腕に変化させて次々と飛来する矢を叩き折っていく。
「フンッ。そんなもんいくら打っても矢の無駄だ。出てきやがれ」
俺の言葉に矢の雨が止んだ。
そして立ち並ぶ機械類の上に矢の主が降り立つ。
小柄な人影はその手に黄金の弓を携えている。
それは前に天使の農村でやり合った人間の弓手・金弓男だった。
あいつがここにいるってのは、どういうことだ?
ヒルダが待ち構えているものとばかり思っていた俺は、意外な人物の登場に眉を潜める。
だが金弓男も俺と同じように眉を潜めていやがる。
「おまえら……こんなところにいやがったのか」
金弓男は意外そうな顔で俺たちを見てそう言った。
俺たちを待ち伏せしていたんじゃなさそうだ。
そして奴が立っている機械の後ろから2人の男たちが姿を現した。
巨漢の大盾男と細面の長槍男だ。
2人ともあの農村を襲撃した奴らだ。
外から侵入してきたような気配や物音は感じなかったが、こいつら最初からこの場所に待機していやがったのか?
「てめえらがここにいるってことは、親分のロドリックも来てるってことか?」
そうだ。
こいつらはロドリックの子分だ。
俺は思わぬ状況に気が昂るのを感じた。
ヒルダを探しに来てロドリックも見つけられるなら一石二鳥だ。
そして俺はここにきてようやくピンと来た。
ヒルダがいるはずのこの場所にこいつらがいるってことは、ヒルダとロドリックはつるんでやがるってことだ。
そう言えば堕天使の小僧が言っていたな。
ヒルダと見知らぬ悪魔の男が会っていたと。
それはロドリックだったんだ。
俺の問いに金弓男はわざとらしい仕草で首を傾げてみせる。
「ケッ。さ~てどうだかなぁ。それより、てめえんところの天使の女はどうした?」
「あいつは今、野暮用で留守だ。俺が代わりに相手をしてやるよ」
俺はそう言うとサッとパメラの元へ降り立つ。
そして懐から桃色妖精を取り出してそれをパメラへと手渡した。
「パメラ。おまえはこいつを使え。あいつらの相手は俺がする」
「しかしバレット殿。お1人では……」
「いいから早くしろ。そのガキがいたんじゃおまえは戦えねえだろ」
パメラの背後にはクラリッサが不安げに隠れている。
ティナと同じくパメラも甘いからな。
クラリッサを守りながらじゃ満足に戦えねえはずだ。
そのことはパメラ自身も分かっている。
「……分かったでござる。ティナ殿のことは任されよ。バレット殿。ご武運を」
そう言うとパメラは桃色妖精を解き放つ。
軽やかに宙を舞いながらティナの居場所へ向かう桃色妖精を追って、パメラはクラリッサの手を取り駆け出して行った。
その後を追うように金弓男が矢を放つが、それを予想していた俺は素早く飛んでその矢を魔刃腕でへし折った。
「小娘どもの尻を追ってる場合か? てめえらは今から俺に殺されないように3人で一致団結して必死に戦わなきゃならねえんだ。よそ見している暇はねえはずだぜ」
俺はそう言い放つと魔力を体中に巡らせて拳を握る。
さあ楽しいケンカの始まりだ。
ティナが残した桃色の妖精を追って、俺はパメラとクラリッサを背負いながら地下道を駆け続けた。
そして地上がもう完全に押し潰されているものと思っていた俺たちは、地下道を抜けた先にある階段を上ったところで息を飲んだ。
周囲を見渡すと街の中心部は完全に天井によって押し潰されていたが、その辺りから緩やかな下り坂が製鉄所に向かって続いているおかげで、この辺りはまだ十分に動けるスペースが残されている。
地下道の出口から製鉄所まではわずか200メートルほどの距離だった。
製鉄所は2階建てだがその屋根と天井の間にはまだ5メートルほどの余裕が残されている。
だが……。
「煙突は見事に崩れちまってるな」
天井が押し下げられた影響で、上に向かって伸びていた煙突は潰れて途中からポッキリ折れちまっている。
まるで上から頭を押さえつけられて首をへし折られちまったみたいにな。
あれでも外部との通信は可能なのかどうか分からんが、そもそもティナがいなけりゃ通信もクソもねえ。
追跡用の桃色の妖精はその製鉄所に向かっていく。
俺はそれを追って製鉄所の前に到達すると、背負っているパメラとクラリッサをそこで下ろした。
「かたじけない」
「バレットありがと」
「フンッ。ここに連れてきたことに見合った仕事をしてくれりゃいい」
そう言うと俺は注意深く製鉄所の外観を目で確認する。
敷地内へと続く門は鎖で施錠されているが、これといって不正プログラムの痕跡は見られない。
俺は指先を高熱化させ、鎖を焼き切ったが、門を開けようとしたところでエラー・メッセージが示された。
【立入禁止区域。解錠キーを提示して下さい】
「チッ。やっぱりそうなるか」
「キーはティナ殿が持ったままでござるな」
桃色の妖精は製鉄所の前でそれ以上進めず、困惑したようにグルグルと回っている。
ここにティナがいるのは間違いない。
「屋根に上るぞ」
俺はパメラとクラリッサの腕を取り、そのまま羽を広げて上昇する。
そして屋根の上の煙突の根元に降り立った。
煙突は上のほうから崩れてしまっていたが、根元の辺りはまだ元の形を留めている。
クラリッサは屋根の上を器用に歩いて煙突の根元へ歩み寄った。
「気をつけるでござるよ」
気遣わしげに声をかけるパメラに笑顔で手を振りながら、クラリッサは身軽に煙突の裏側に回り込んでいった。
「あったあった。隙間はそのままだよ」
クラリッサの声を聞いて俺たちも煙突の裏側に回り込む。
すると煙突の根元にようやくクラリッサが入れる程度の小さな隙間が顔を覗かせていた。
どうやら煙突がわずかに欠けて隙間が生じているようだ。
「これは拙者でも無理でござるな」
パメラは屋根に這うようにして隙間を見つめながらそう言う。
確かにこの小ささじゃチビのティナやパメラでも入るのは難しいだろう。
クラリッサだって余裕で入れるわけじゃない。
ここは試してみるか。
「クラリッサ。下がってろ。おまえの秘密基地みたいに入口を広げてやる」
そう言うと俺は足を振り上げた。
慌ててパメラがクラリッサを抱きかかえて後方に下がる。
俺は煙突の隙間の縁を思い切り足で蹴りつけた。
だがモロそうに見える煙突を踏み抜くことは出来ない。
何度か蹴りつけたり殴りつけてみても煙突はビクともしなかった。
【物理的破壊が不可能なオブジェクトです】
そうしたコマンド・ウインドウが表れ、俺は舌打ちをした。
「チッ。そういうことかよ。忌々しい」
「ボクなら入れるんだけどね」
そう言うとクラリッサは隙間からゆっくりと体をねじ込んでいく。
そしてクラリッサは完全に煙突の中へと入り込んでいった。
「おーいバレット。中に入れたよ」
中からクラリッサの声と、あいつが内壁をコンコンと叩く音が聞こえてくる。
だがクラリッサだけが中に入れたところでどうにもならん。
どうにかして俺が中に入れねえか。
ここまで来て足止めを食うことに腹を立てて俺は足を踏み鳴らした。
しかしその時、意外なことが起きた。
クラリッサが入っていった隙間の上、煙突の外面にピシッと亀裂が入る。
そしてそこから外壁がボロボロと崩れ始めたんだ。
中から驚いた顔で立ち尽くすクラリッサの姿が現れた。
クラリッサは目をパチクリさせている。
「ど、どうなってるの?」
「こっちのセリフだ。おまえ、何かしたのか?」
俺の問いにクラリッサは首を横に振る。
「してないよ。壁をコンコン叩いただけ」
「天井に押されたことで、煙突自体が脆くなっていたのではごさらぬか?」
パメラは煙突の上を見上げながらそう言った。
俺たちが首を捻っていると、近くを漂っていた桃色の妖精が煙突の中へと飛び込んで行く。
見ると妖精は煙突を下に向かっていった。
「あ、待ってよ」
「とにかくついていくでござるよ」
小娘どもは妖精を追って壁面に設置された梯子を降りていく。
俺は注意深く煙突の中へ足を踏み入れると、壁面に設置された梯子に足をかけつつメイン・システムを展開した。
すると通信状況を示す目盛りがわずかに動きを見せた。
市長やクラリッサの言った通りだ。
微弱だが、ここには通信電波が届いている。
「ティナをここに連れてくりゃ何とかなるかもしれねえな」
俺は上を見上げてそう言うと、小娘どもの後を追って煙突の下に降下していった。
着地点ではすでにパメラとクラリッサが降り立っている。
俺はその壁に設けられている防火扉を注意深く開け放つ。
そこはもう一つ小部屋となっていてまたもや防火扉が備えつけられていた。
天井の高い部屋で、多くの換気扇が設けられている。
煙突の排気が工場内に直接入り込まないようにするための排気部屋か。
俺はその扉をも開け放つと、姿勢を低くして転がる様に工場内に入り込んだ。
その後をパメラとクラリッサがついて来る。
「不法侵入は心苦しいでござるが仕方ないでござるな」
「フンッ。悪魔の俺には合法も不法も関係ねえな」
建物内には今のところ人の姿は見当たらない。
俺は周囲の気配を探りつつ、建物の中を見回す。
鉄臭さと埃臭さが鼻を突くそこは何の変哲もない製鉄現場であり、溶鉱炉をはじめとする各種の製鉄機械が今は使われることもなく静かに佇んでいる。
辺りには錆びついた鉄の台車が横倒しになって取り残されている。
天井にはクレーンなどが放置されていて、二度と来ないかもしれない出番を待っていた。
「ここでヒルダは何をしていたのでござろうか……」
パメラが建物内を見回しながら不思議そうに呟いた。
「製鉄ではないことは確かだな。ま、お得意のインチキ術で錬金術でもやろうとしてたんじゃねえか。何にせよ今はもう死んだ建物だな」
そう言うと俺は頭上を見上げる。
建物内は2階分の高さを吹き抜けにしていた。
桃色妖精は俺の頭上をグルグルと回りながらティナの居場所を探っている。
俺も羽を広げて上昇すると桃色妖精のすぐそばで静止した。
「ティナの奴はどこだ?」
桃色妖精は首を巡らせて方向を定めると建物の奥に向かおうとした。
そっちにティナがいるってことだ。
だが、そこで俺は何かが風を切る音を聞き、反射的に桃色妖精の体を掴んだ。
そしてもう片方の腕を勢いよく振るう。
「魔刃腕!」
鋭利な刃と化した俺の腕が叩き割ったのは、こちらに向けて放たれた金色に輝く金属の矢だった。
俺か桃色妖精を狙ったものだ。
矢は他にもいくつか宙を舞い、下ではパメラが白狼牙を振るってそれらの矢をへし折る音が聞こえる。
この矢は……。
「ヒャッハー!」
小柄な人影が建物内を躍動し、物陰から物陰へと移動しながら次々と矢を放ってくる。
「チッ!」
俺は桃色妖精を懐にしまい込むと、両腕を魔刃腕に変化させて次々と飛来する矢を叩き折っていく。
「フンッ。そんなもんいくら打っても矢の無駄だ。出てきやがれ」
俺の言葉に矢の雨が止んだ。
そして立ち並ぶ機械類の上に矢の主が降り立つ。
小柄な人影はその手に黄金の弓を携えている。
それは前に天使の農村でやり合った人間の弓手・金弓男だった。
あいつがここにいるってのは、どういうことだ?
ヒルダが待ち構えているものとばかり思っていた俺は、意外な人物の登場に眉を潜める。
だが金弓男も俺と同じように眉を潜めていやがる。
「おまえら……こんなところにいやがったのか」
金弓男は意外そうな顔で俺たちを見てそう言った。
俺たちを待ち伏せしていたんじゃなさそうだ。
そして奴が立っている機械の後ろから2人の男たちが姿を現した。
巨漢の大盾男と細面の長槍男だ。
2人ともあの農村を襲撃した奴らだ。
外から侵入してきたような気配や物音は感じなかったが、こいつら最初からこの場所に待機していやがったのか?
「てめえらがここにいるってことは、親分のロドリックも来てるってことか?」
そうだ。
こいつらはロドリックの子分だ。
俺は思わぬ状況に気が昂るのを感じた。
ヒルダを探しに来てロドリックも見つけられるなら一石二鳥だ。
そして俺はここにきてようやくピンと来た。
ヒルダがいるはずのこの場所にこいつらがいるってことは、ヒルダとロドリックはつるんでやがるってことだ。
そう言えば堕天使の小僧が言っていたな。
ヒルダと見知らぬ悪魔の男が会っていたと。
それはロドリックだったんだ。
俺の問いに金弓男はわざとらしい仕草で首を傾げてみせる。
「ケッ。さ~てどうだかなぁ。それより、てめえんところの天使の女はどうした?」
「あいつは今、野暮用で留守だ。俺が代わりに相手をしてやるよ」
俺はそう言うとサッとパメラの元へ降り立つ。
そして懐から桃色妖精を取り出してそれをパメラへと手渡した。
「パメラ。おまえはこいつを使え。あいつらの相手は俺がする」
「しかしバレット殿。お1人では……」
「いいから早くしろ。そのガキがいたんじゃおまえは戦えねえだろ」
パメラの背後にはクラリッサが不安げに隠れている。
ティナと同じくパメラも甘いからな。
クラリッサを守りながらじゃ満足に戦えねえはずだ。
そのことはパメラ自身も分かっている。
「……分かったでござる。ティナ殿のことは任されよ。バレット殿。ご武運を」
そう言うとパメラは桃色妖精を解き放つ。
軽やかに宙を舞いながらティナの居場所へ向かう桃色妖精を追って、パメラはクラリッサの手を取り駆け出して行った。
その後を追うように金弓男が矢を放つが、それを予想していた俺は素早く飛んでその矢を魔刃腕でへし折った。
「小娘どもの尻を追ってる場合か? てめえらは今から俺に殺されないように3人で一致団結して必死に戦わなきゃならねえんだ。よそ見している暇はねえはずだぜ」
俺はそう言い放つと魔力を体中に巡らせて拳を握る。
さあ楽しいケンカの始まりだ。
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