どうせ俺はNPCだから 2nd BURNING!

枕崎 純之助

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第二章 『盗賊団のアジト』

第3話 偽りの水辺

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 時刻は午後9時。
 天使どもの農村を出てから2時間以上が経過していた。
 夜の森の中を俺たちは堕天使だてんしどもに会うことなく着実に進み続けている。
 目的の座標まではもうじき到着するだろう。
 
 しかしながら、敵のアジトに近付いているってのに辺りは不気味なほどに静まり返っていた。
 月明かりの中で空を飛ぶ者の姿も皆無かいむだ。
 これなら森の上空を飛んで行ったとしても見つかることはないんじゃないかと思わせるほどの無人ぶりだった。
 だが、こっちはこの3人での強襲だ。
 少人数で強襲するからには不意打ちで敵の油断を突きたい。
 ギリギリまで徒歩で近付くほうがいいだろう。

 堕天使だてんしの小僧から聞き出し、連中のアジトの特徴はある程度まで把握している。
 奴らは森の中にある巨大樹の中に空洞をくり抜き、そこをアジトにしている。
 その巨大樹の根元に作られたアジトへの入口はせまく、そこに詰め込まれるようにして兵士どもが守っていることもあって、正面突破には不向きだという。
 だが小僧の話によれば巨大樹から200メートルほど東に掘られた穴が地中で巨大樹の根っこにつながっているらしく、そこは仲間内しか知らない脱出口のため、潜入は容易だとの話だった。

「ヒルダは今もアジトにいるでしょうか。農村の襲撃計画を放棄し、アジトからすでに逃げてしまっている恐れもありますよね」

 俺のとなりを歩くティナはやや不安げにそうつぶやく。
 確かにティナの言う通り、ヒルダの奴がとっくに逃げ去っている可能性はある。
 
「さあな。こればっかりは分からん。だがあいつはもう運営本部に目をつけられた。そうなった以上、この世界のどこに逃げても自分に居場所がないことは分かってるだろ。追い詰められたネズミは猫にみつくというし、俺たちはあいつが待ち受けてると考えて行動すりゃいい。もし逃げてたなら、その時また考えるだけだ」

 俺はヒルダの今の心境を想像してみる。
 自分が不正プログラムに関与していることをティナにぎつけられ、運営本部の知るところとなった。
 言わば指名手配犯だ。
 そうなれば運営本部の追及を受けて早晩、追い込まれるだろう。
 もし運良く逃げ切れたとしても、その後に待っているのは常に追手におびえながら潜伏し続けるみじめめな逃亡生活だ。
 心休まるひまなどない。

 そんな状況になるのならば、奴は不正プログラムを使って追手の届かない別の場所に逃げようとするだろう。
 ならば自分から出向いてティナの相手をするのは得策ではない。
 出来る限り遠くに逃げようとするはずだ。

 だが、俺はよく覚えている。
 ヒルダがちょうの大群を使って逃げ去る前に、ティナをにらみつけていたその目を。
 それは憎悪を超える怨念おんねんすら感じさせる目だった。
 ああいう目をした奴は、その目を向けた相手に執着する。
 ヒルダは損得勘定を二の次にしてもティナをどうにかしたいと思っているはずだ。

 これは勘なのでまだ口に出さなかったが、俺はヒルダが待ち受けているような気がしている。
 もちろん狡猾こうかつなあの女のことだから、当然、最終手段としての逃げ道は作っているはずだ。
 ヒルダは威勢はいいが臆病者だ。
 そういう奴はいよいよ自分の命が危ないとなったら、なりふり構わず敵を排除しようと牙をく一方で、自分が生き残るための方策を必死にひねり出そうとするはずだ。
 どんな方法で逃亡のための抜け道を作っているか分からん。

「とにかくアジトに行ってみないことには分からぬでござるな」
「アジトには不正プログラムによるわなが多数仕掛けられているはずです。私が先頭に立ってこの腕を振るいますから」

 そう言うティナは気がはやるのか、急ぎ足で先頭を歩き続ける。
 フンッ。
 張り切りすぎて現場でヘマこかなきゃいいがな。
 俺はティナの後を進むパメラの背中に声をかけた。

「おいパメラ。アジトがどの程度広くて、何人の部下がいるのか完全に把握しているわけじゃねえ。長期戦になることも考えられる。戦闘と休息のメリハリをつけねえと、あっという間に戦線離脱することになるぞ」
「心得ているでござるよ。拙者せっしゃら3人だけの敵陣突入でござるからな。戦力維持出来るよう考えて刀を振るうでござる。万が一、拙者せっしゃが戦えなくなったら容赦ようしゃなく捨て置いて下され」

 パメラはキッパリと言った。
 それは本心だろう。
 こいつには戦いで死ぬ覚悟がある。

「俺は当然そうするつもりだがな、張りきって歩いているそこの見習い天使は甘ちゃんだから、パメラが戦闘不能になったら必死に助けようとするだろうよ。そうして自分もアホみたいに巻き込まれるのが目に見えてる。やれやれ。そうなったら俺は2人とも余裕で見捨てるがな」
「バレットさん……そういうことは私に聞こえないように言うべきでは?」

 ゲンナリした顔でこちらをチラリと振り返ったティナは起動していたメイン・システムで展開した地図を俺たちに見せながら言う。

「そろそろ目的地です。あと数分で到着ですので、油断しないよう注意して下さい」

 いよいよ座標が近付いてきた。
 ヒルダ率いる盗賊団が根城にしている巨大樹が見えてくるはずだ。
 そう思っていた俺たちは3人とも、森の中に突然開かれたその場所に広がる光景に思わず足を止め、数秒の間、言葉を失った。
 一番最初に声を発したのはパメラだ。

「こ、これはどういうことでござるか?」

 俺たちの前方100メートルほどの場所に広がっているのは巨大樹のある光景ではなく、れかかった滝つぼだった。
 森の中に唐突に開けたそこはゴツゴツとした岩の多く転がる水辺で、10メートルほどの頭上のがけからは水はほとんどチョロチョロ流れ落ちている程度だ。
 多量の水が流れ落ちる滝ならば、その水音で1キロ先からでも滝の存在に気付いていただろう。
 巨大樹はどこいった?

「座標が間違っていたってことか?」

 俺の言葉にティナは困惑して首を横に振る。

「い、いえ。堕天使だてんしの彼から伝えられた座標は間違いなくここです」
「チッ。ってことは俺たちはまんまとあの小僧にかつがれたってことか」

 あのガキめ。
 適当なことを抜かしやがったのか。
 そう苛立いらだつ俺だが、ティナは目を凝らして俺を見ながら言う。

「いや……何かおかしいですよ。あの滝……いえ、滝というより滝つぼの周辺が」

 月明かりに照らされた滝つぼを見てティナはそう言うとさらに目を凝らすが、そこで夜空をただよう雲が月にかかって辺りが暗くなる。
 ティナは幾度か目をしばたかせて首をかしげ、翼を広げて飛び上がると手近な木の枝の上に陣取った。
 だがその高さからでもよく見えないようで、ティナは俺に声をかけてくる。

「すみませんバレットさん。私の目ではこの距離と暗さでよく見えません。滝つぼの周りを見ていただけませんか?」

 チッ。
 俺は羽を広げてティナのとなりに降り立つと、そこから滝つぼの周辺を見渡す。
 雲に月が隠れて辺りはやみが濃くなっているが、夜目の利く俺の目には木々の枝の間にハッキリと滝つぼの様子が見て取れた。
 そしてティナの言う通り、滝つぼには妙な点があることに気が付いた。

 普通、滝から流れ落ちる水を受け止める滝つぼには、その水の排出口となる河口が存在する。
 だが、あの滝つぼにはそれがない。
 微量とはいえ、滝の上からわずかに流れ落ちる水があふれることなく滝つぼに溜まっているのはどういうわけか。

「ここから見ていたんじゃラチが明かねえ。もっと近付くぞ」

 そう言うと俺は枝を蹴って、前方の滝つぼへと近付く。
 これだけ近付いているにもかかわらず、見張りの兵士などの姿がまったく見えないのは妙だ。
 本当にこの場所なのか?
 俺たちは滝つぼの手前に広がっている森の切れ目、最前線まで来た。
 そこで木の幹の後ろに姿を隠し、滝つぼをのぞき込む。

 水のにおいが鼻をつく。
 水は比較的透明度が高いが、水深はかなりあるようで滝つぼの水底までは見通せない。
 俺は地面から小石を拾い上げると、滝つぼにそれを放る。 
 小石はトプンと音を立てて水に沈んでいき、水面には波紋が広がっていく。

 特に不自然な点は見られない。
 もしかしたら滝つぼの水は地下に浸透して、地下水として別の場所に移動しているのかもしれねえな。
 そんなことを思った俺の目の前で、広がった波紋が岸に近付いた時、異変が生じた。
 波紋が水辺を越えて砂利じゃりの岸辺にまで及び、そこで空間が揺らいだんだ。
 同時に雲が流れて月が再び顔を出したことで、滝つぼの中がサッと明るくなる。

「こいつは……」
「不正プログラムによるバグです」
 
 すっかり見慣れたバグだ。
 この奇妙な森の中の滝つぼは不正プログラムによって作り出されたってことか。
 そしてここまで近付いて見ると分かるが、わずかな水が流れ落ちる岸壁の一部がバグで揺らいでいる。
 俺はその場所を指差した。

「見ろティナ。あそこにアジトの出入口が隠れているのかもしれねえぞ」
「ええ。あの堕天使だてんしうそはついていなかったってことですね」

 ティナはそう言うと銀環杖サリエルを握る手に力を込める。
 この場所を正常化するつもりだ。

「待て。こんな場所にこれ見よがしに不正プログラムの産物を残すってことは、ヒルダの奴はここをおまえが正常化することを予想してるってことだ。何かわながあると考えろ」

 堕天使だてんしの小僧がつい最近までアジトに出入りしていたんだとすれば、ここはほんの少し前まで巨大樹があった場所だったんだろう。
 それを急ごしらえでこんな滝つぼに変えたってことは、明らかにティナがここをぎ付けることを予測してのことだ。
 わなを仕掛けて獲物がかかるのをじっと待っていやがるはずだ。
 おいそれと正常化しようものならまんまとヒルダの手にかかることになる恐れがある。

拙者せっしゃが滝つぼの周囲を見回ってくるでござるよ」

 俺たちの会話を聞いていたパメラが、木の下からそう提案してきた。

拙者せっしゃ、体も小さく、すばしっこいので見つかりにくくて探索役に向いているでござる」

 確かにパメラはティナと同じくらいの背丈であり、その上、ティナの数倍は素早く動ける。
 用心深さもあり、先行して周辺を探る露払つゆはらいにはうってつけだろう。 

「分かりました。用心して下さいね」
「心得てござる」

 パメラは素早く森の中を木から木へと姿を隠しながら走っていく。
 この滝つぼをグルリと回るように探索するつもりだ。

「さて、何が出てくるか」

 そう言いながら周辺を警戒して見回す俺にティナがおずおずと声をかけてきた。

「あの……バレットさん。ものすごく言いにくいんですが、今のうちに……アレをやりませんか?」
「アレ? アレってアレか」

 アレ。
 ティナの言うそれが何を示すのか、俺にはすぐに分かった。
 ティナは気乗りしない表情で伏し目がちにうなづく。

「ここから先は何が起きるか分かりません。私とバレットさんが分断されてしまうこともあるかと思います。事前に対策しておかなければ、いざという時に対処できません。ほ、本当は……ものすごくやりたくないんですが」

 ティナがそう言う気持ちはよく分かる。
 俺も同じだからだ。
 だが、ヒルダの奴を確実に仕留めるにはアレが必要だった。

「フンッ。やるしかねえだろ。さっさと始めるぞ」
「は、はい。じゃあバレットさん。しゃがんで下さい」

 そう言うティナの言葉にうなづき、俺はティナの前にひざまずく。
 チッ。
 こいつの身長が低いせいだが、何で俺がこんな小娘の前にひざまずかなきゃならねえんだ。
 ティナは緊張の面持おももちでメイン・システムを操作する。

「バレットさん。手を」

 俺はティナに手を差し出し、その手をティナが握る。
 途端とたんにティナのひたいに【天】という文字が浮かび上がった。
 同時に俺のひたいがわずかに熱くなる。
 自分自身では見えないが、俺のひたいには今、【魔】の文字が記されているはずだ。

 ティナのひたいの【天】と俺のひたいの【魔】。
 これは俺とティナの間に交わされた、ある契約の証だった。
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