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第二章 『盗賊団のアジト』

第1話 上級天使ライアン

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「世界の危機を救った炎獄鬼えんごくき殿が、こうもあっさりと負けるとはな」

 まじめくさった顔で俺をそう皮肉ったのは、天使長イザベラ亡き後、天使どもの総代を務める上級天使ライアンだった。
 この男はティナの直属の上司だ。
 そして俺の大嫌いな天使どもの中でもひと際ムカつく野郎だ。
 こいつのツラを見ていると俺はムカムカして悪態が止まらなくなる。

「うるせえ。ナメたこと抜かしやがると、その翼を引きちぎるぞ」

 そう言う俺のとなりでティナがほほを紅潮させてわめき立てる。
 
「バレットさん! ライアン様が来て下さったから私たちは助かったんですよ。いくらライアン様のことが嫌いでも、その点は感謝すべきです!」

 ティナの口ぶりにライアンは苦笑し、俺は苛立いらだちを込めてティナをにらみつける。
 だがティナも負けじと俺をにらみ返してきやがった。
 チッ。
 気に入らねえが、実際にこいつの言う通りだ。

 かつてのゾーラン隊時代の同僚ロドリックに俺は敗れ去った。
 下級悪魔同士が全力を尽くした戦いの末の、言い訳できないほど完全な敗北だ。
 そうして俺が殺されかけた時、ライアン率いる天使どもの守備隊が現れた。
 その数は総勢500名であり、100名近い上級天使が含まれているという豪華な顔ぶれだ。
 さすがにロドリックも部下どもを率いて即時撤退を余儀なくされ、そのおかげで俺はこうして生き残った。

 こうしてライアンに皮肉を言われることもムカつくが、ロドリックにケンカで負けたことはもっとムカつく。
 だが……負けたのは俺の実力が不足していたからだ。
 そのことを認め、天使どもに命を救われると言うこの屈辱的な状況も受け入れざるを得ない。
 俺が何度も味わってきた敗北の苦さってやつだ。
 俺は人生であと幾度この苦さに顔をしかめることになるんだろうか。

 ゲームオーバー寸前まで傷つきライフのほとんどを失っていた俺を回復したのはティナだ。
 ロドリックに折られた鎖骨はまだ痛むが、骨はくっついたようだった。
 ティナの奴は得意気に鼻の穴を広げて俺の肩に手を置く。

「ああ。バレットさん。私への感謝の言葉は不要です。あなたを回復して差し上げたのは私ですが、これはあなたのパートナーとして当然のことをしただけですから。でもバレットさんがどうしてもお礼を言いたいのであれば、私もやぶさかではありませんが」
「うるせえぞ! 嫌味いやみったらしいんだよ! チビが!」
「チビとは何ですか! 恩知らずにもほどがありますよ!」

 キーキー騒ぐティナを無視して俺はライアンをにらみつける。

「それで。天使どもの総代がこんな国境くんだりまで何しにきた? 兵隊引き連れて地獄の谷ヘル・バレーにでも攻め込むつもりか」
「フン。我々は君ら悪魔どもと違って敵国への侵略意思はない。君らも争い、他者から奪うだけではなく、己の国土を豊かにすることでも少しは考えたらどうかね。まあ、悪魔たちが畑をたがやす様子は想像するだけで滑稽こっけいだが」

 ライアンは小馬鹿にしたようにそう言うと、わざとらしく肩をすくめてみせる。 
 前回のグリフィンとの戦いの後、俺は天使どもによって運営本部に連行された。
 そこで裁きを受けるためだ。
 その場にこのライアンがいたんだが、その時もこんな感じだったな。
 第一印象から嫌な奴だったってことだ。

「南の国境で君の同胞が暴れていてな。それを鎮圧しに行く途中だったんだが、そこでティナからの救援要請を受けたのだ」

 それで泡食ってここに駆けつけたってわけか。
 過保護なこった。

「フンッ。そんな程度で本拠地を放り出してわざわざ総代自ら出向くとは、天国の丘ヘヴンズ・ヒルはよほど人材不足なんだな」

 俺の挑発にもライアンはすずしい顔だ。

「逆だよ。炎獄鬼えんごくき殿。私がいなくても天樹を任せられる有能な人材はいくらでもいるということだ」

 そう言うとライアンはそれ以上、俺の相手などしていられないとばかりにパメラに視線を転じる。

「ところでお客人。滞在許可期間はあとどれくらいかな」

 そう言うライアンの顔は相変わらず仏頂面ぶっちょうづらだが、その口調は柔らかい。
 俺に嫌味いやみを言うときとは大違いだぜ。
 先ほどティナがパメラを紹介する際に自分を守ってくれた恩人だと告げると、ライアンはうやうやしく頭を下げてパメラに礼を言ってやがった。
 本当に天使どもの仲間意識は気持ち悪いくらい固い。
 
「あと2日間でござる」
「そうであったか。もしよろしければ2日の間、ティナと行動を共にしていただけないだろうか。お客人がいてくれればティナも心強かろう」
「無論でござるよ。まだ拙者せっしゃらは堕天使だてんしの盗賊討伐とうばつの途上でござるからな。それにティナどのは拙者せっしゃにとっても恩人でござる。困った時はお互い様でござろう?」

 パメラの快諾かいだくにライアンはうなづき、今度はティナに目を向ける。

「ティナ。引き続き堕天使だてんしヒルダを追ってくれ。リストには名前は無いが、不正プログラムに関与していることは間違いない」
「はい」
「そなたの務めは天使長様のご希望により基本的には単独任務を貫かねばならぬ。同胞から助っ人を出すわけにはいかぬが、見事役目を果たして見せるように。この農村には防衛役として上級職を含めた我が兵を50人ばかり残していくので案ずるな」

 ライアンの言葉にティナは直立不動で胸に手を当て、深々と頭を下げた。
 かつての天使長イザベラはティナが自力で仲間をつのり、任務を達成することを望んでいた。
 自分自身がかごの中の鳥のように外界に出られなかったこともあり、後継者であるティナには外の世界を見て成長して欲しいという願いがあったという。
 その願いは奇妙な形でかない始めていると言えるだろう。
 今こうして見習い天使のティナが悪魔の俺や人間のパメラと行動を共にしているんだからな。

「それにしても炎獄鬼えんごくき殿を打ち負かしたというその下級悪魔。名は何と言ったか?」

 ライアンは周囲を見回しながらそう言う。
 辺りには先ほど俺たちが倒した天使剣士ソードマンらが、天使の兵士たちに捕縛されていた。
 ティナがそいつらに近付き、何やら話をしてやがる。
 奴らはこれからティナのシステム操作によって運営本部に送られることになるようだ。
 俺はティナが作業をする様子をチラリと見てから、ライアンに目を向けた。

「ロドリックだ。その炎獄鬼えんごくき殿ってのはやめろ。てめえに言われると虫唾むしずが走る」
「これは失敬。では君の流儀に従い敬称は省いてバレットと呼ばせてもらおう。そのロドリックと君とは知り合いだそうだな」
「単なる昔の同僚だ。ま、今日まで顔も名前も忘れていたがな」

 俺が倒れている間にロドリックは3人の部下ともども逃げ去っていき、近くを天使の連中が捜索したんだが、すでにどこにも見当たらなかった。
 すぐにでも奴を探し出して復讐リベンジを果たしたいが、その足取りを追う手段がない。
 くそったれめ。
 腹の中に消えない怒りの火種がくすぶり続けている俺だが、ライアンはそんなものはどこ吹く風とばかりにすずしげな表情をくずさずに口を開く。

「なるほど。かつての同僚か。再会は何年ぶりだ?」
「さあな。俺がゾーラン隊にいた頃のことだから、4、5年前じゃねえのか。何でそんなことを聞く?」

 俺の問いにライアンは自らのメイン・システムを起動する。
 そして何かの資料を閲覧し、それを俺に見せてきた。
 そこにはロドリックの顔写真が映し出されている。

「3年前のアップデートで大幅なNPCのリニューアルが成された。新たなNPCが新規登録される一方、一定数のNPCが人員削減リストラされたのだ。理由は様々だ。ロドリックはそのリニューアル審査において不適合と見なされ、アップデート後のこの世界には残らなかった。非情な話だが、新シーズンを迎えたこの世界からは姿を消したんだ」
「……何だと?」

 ワケが分からずに戸惑う俺にライアンはキッパリと言った。

氷爆鬼びょうばくきロドリックはもうこの世界には存在しないはずのNPCなのだよ」
 
 ……存在しない?
 だが、奴は実際に俺の前に現れ、俺と拳を交わした。
 折られた鎖骨の辺りが回復してもなお、まだ痛みを覚えている。

「じゃあ俺は亡霊にでも負かされたってのか?」

 そういぶかしむ俺にライアンはフムと息を吐く。

「現時点では何も分からぬ。しかしロドリックがこのゲームに登録されていないNPCだということは事実だ。何やらキナ臭いと思わぬか? それにその男は仮面で顔を隠していたのだろう? おそらく後ろ暗い事情があるのだろうな」
 
 そこで話に割り込んで来たのはパメラだ。

「バレット殿。覚えておられるでござるか? 拙者せっしゃが先の大会で予選の初戦に対戦した相手がロドリックという名の悪魔でござったことを」

 そう言えばそんなことすっかり忘れていた。
 
「それはさっきのあいつだったのか?」

 俺の言葉にパメラはうなづいた。 

「おそらくは。大会の時、仮面はフルフェイスの鉄兜てつかぶとをかぶってござったし、衣も違ったでござるが、体つきと雰囲気、そして身のこなしがよく似ていたでござる。何より彼の部下と思しき3人組もそれぞれが大会の出場者であったでござろう?」

 パメラの言葉を聞いた俺は、同じくその話を聞いていたライアンをジロリとにらむ。

「ロドリックがこの世に存在しないNPCだとして、そんな身元不明の奴が大会に出られるなんて随分ずいぶん杜撰ずさんな管理体制じゃねえか」
「いいや。大会出場者は全て身分照会をしているはずだ」

 そう言うとライアンはパメラに武術大会の開かれた街と日付を聞き、その大会の記録をメイン・システムで確認する。
 そうして出場者リストを俺たちに見せた。

「ロドリック。たしかにお客人の出場したその大会名簿に記録が残っている。だが、ここに記載されているのはかつてゾーラン隊に所属していた氷爆鬼ひょうばくきロドリックなる人物とはまったくの別人だ」

 ライアンの示す通りだった。
 そこに表示されている顔写真はロドリックとはまったく別人のそれだ。

「ロドリックという名前の悪魔のNPCは地獄の谷ヘル・バレーに何人かいる。まあ、さしてめずらしい名前ではないからな。おそらく奴は身分証を偽り、別のロドリックになりすましたのだろう。奴の部下と思しき3人組も全員が偽のIDだということで調査中だ」
「フンッ。要するにロドリックとその一味は不正プログラムの力で身分を偽ってやがるってことだろ。俺にはそんなことはどうでもいい。やられたらやり返すだけだ。あの野郎は必ず見つけ出して俺の前に這いつくばらせてやる」
「相変わらず威勢いせいのいいことだな。負けても心折れない君のその頑強さだけは尊敬に値する」
「あ? てめえ。俺をコケにしてんのか?」

 そこで1人の天使がライアンの横に背すじを伸ばして立つ。

「総代。悪魔たちの侵攻が始まりました」

 部下からの報告にうなづくとライアンは俺たちに目を向ける。

「さて、我らは今より国境に向かわねばならぬ。バレット。これから君の同胞を蹴散らすが異論はないな?」
「別に。他人のケンカに口をはさむ趣味はねえよ」

 俺たち悪魔は天使と違って仲間意識は薄い。
 他の悪魔が天使どもにぶっ飛ばされようが、俺にはまったくどうでもいい。
 弱い奴が負けるのは必然の道理で、ただただそいつの責任だからな。

「ああバレット。前もって言っておくが、紅蓮燃焼スカーレット・モードシステムの返還を私に求めても無駄むだだぞ。あれは運営本部の判断だ」
「そんなことを言うつもりは毛頭ねえよ。さっさと行け」

 紅蓮燃焼スカーレット・モードシステム。
 俺の力を一時的に大きく上げる特殊なシステムで、今は運営本部に取り上げられて使えない。
 あれがあればロドリックに勝てたかもしれねえが、そんなダセーことは口が裂けても言うつもりはねえ。
 相手は俺と同じで下級種。
 今のこの状態で勝てなかったこと自体が不満なんだからよ。
 俺がそんなことを思っているとパメラがおずおずとライアンに声をかける。

「あの……ライアン殿。ライアン殿はこのゲーム内にいるキャラクターの名前は全て網羅もうらされているのでござるか?」
「ん? いや、私自身が覚えているわけではないぞ。天国の丘ヘヴンズ・ヒルの責任者権限で運営本部に照会しているだけだ。それが何か?」
「なるほど。あの……厚かましい申し出ではござるが、人を……探してもらうことは出来るでござるか?」

 恐縮した口調でそう言うパメラを見てライアンはふとその様子を不思議そうに見つめるが、やがて口を開いた。

「ふむ。人をお探しか。だがそれは無理なのだ。私がこの権限を使えるのは、ゲームの進行上、必要な任務についてだけなのだ。個人的な理由でゲーム内の情報をNPCに伝えることは出来ぬのだよ」
「そ、そうでござったか」
「ご期待に添えず申し訳ない」
「いや、拙者せっしゃこそ勝手を申してかたじけない。今のは忘れてくだされ」

 わずかに悄然しょうぜんとした顔を見せたパメラだったが、すぐに気を取り直して笑顔を見せ、頭をペコリと下げた。
 ちょうどティナの奴が天使剣士ソードマンらを運営本部に送り終えたようで、こちらに戻って来た。 

「ライアン様。3人の送還を無事に終えました」 
「ご苦労だった。ではティナ。任務の完遂を祈っている」
「ライアン様もご武運を」

 それからすぐにライアン率いる天使の部隊は農村に残る警備部隊を残して飛び立って行った。
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