どうせ俺はNPCだから 2nd BURNING!

枕崎 純之助

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第一章 『堕天使の森』

第1話 狩る者と狩られる者

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「女の人が襲われています!」

 森の中で繰り広げられる事態を見下ろしながら、ティナの奴が低く抑えた声を上げた。

「見りゃ分かる。ま、よくあることだ」
「そんなノンキなことを言っている場合ですか! 助けにいきましょう!」
「やなこった。助ける理由がねえ」

 俺の言葉にティナはほほふくらませ立ち上がる。
 その顔は小癪こしゃくにも義憤ぎふんに満ちていた。
 俺の嫌いな面構つらがまえだ。
 こいつは誰かれ構わず助けようとする悪いくせがある。
 襲われている女を助けに今にも飛び出して行きそうな表情ツラだぜ。
 俺はそんなティナの腕をつかんで引き留めた。

「待て。あの女はただの旅人じゃねえ。見ろ。抵抗してるじゃねえか」

 襲われているその女は、剣で果敢に斬りつけている。
 その腕前はなかなかのもので、マヌケな堕天使だてんしの1人が無策に突っ込んでいき、女に斬り捨てられてアッサリと死んだ。
 カタナという名の剣の小気味いいほどの切れ味に俺は瞠目どうもくした。
 死んだ堕天使だてんしはその体が上下真っ二つになってやがる。
 大したもんじゃねえか。

「で、でもバレットさん。あれじゃ多勢に無勢すぎます。このままじゃ……」
だまって見てろ。あの腕前なら女はおそらく勝つ。ヘマしなきゃな」

 ティナの言う通り、堕天使だてんしどもはおそらく十数人で女1人を取り囲んでいる。
 一方の女は仲間もなく単独行動のようだ。
 それでも女がおびえたり取り乱したりしていないことがよく分かった。
 ここからだと面構つらがまえまでは判別つかねえが、身のこなしで分かる。
 じっと勝利への道すじを見据みすえている奴の動きだ。

 女は堕天使だてんしの放つ矢を刀で叩き折り、一気に間合いを詰めて1人また1人と斬り倒していく。
 身を隠せる木の多い森の中というのも幸いして、堕天使だてんしどもの攻撃は女に当たらない。
 それを利用して女は木々の陰から陰へと移り渡り、堕天使だてんしに攻撃を仕掛けていく。
 堕天使だてんしどもは数的絶対有利の状況にありながら、女の想定外の手強てごわさにあわて始めやがった。

「ケッ。情けねえ野郎どもだ」

 こりゃ勝負ありだな。
 そう思ったその時、それまで快調に堕天使だてんしどもを斬り刻んでいた女が、突然ガクッとその場にひざをついたんだ。

「何だ?」

 唐突に女の動きがにぶった。
 あれほど精力的に動き回っていた女が、いきなりその場から立ち上がれずにいる。
 何が起きたのか分からんが、妙な風向きになってきやがったぞ。 
 女が苦しげに肩を上下させている様子に、とうとうティナが我慢できずに立ち上がる。

「もう見ていられません!」

 そう言うとティナは翼を広げて一目散に岩山から森へと滑空かっくうしていった。 
 あのアホ。
 余計なことを。

「チッ……堕天使だてんし程度の相手じゃ腹の足しにもならねえが、ちょっと遊んでやるか」

 俺は仕方なくティナを追って森の中へと飛び降りた。
 1人の堕天使だてんしが弓矢を構えて太い木の枝の上からカタナ女をねらう様子が見えてくる。
 俺はティナを追い抜いて急降下し、堕天使だてんしの背後を突いた。
そして堕天使だてんしがこちらに気付くよりも先に、そいつを枝から蹴り落とす。
 
「ゲッ!」

 顔から地面に落下したその堕天使だてんしを即座に追って、俺は地面に降り立つと同時にそいつの腰を背面から踏みつける。
 起き上がろうとしていた堕天使だてんしは俺の足に踏みつけられ、うめき声を上げて再び地面に顔面を打ち付けた。

「あぐうっ!」
「よう。楽しそうじゃねえか。俺も狩りの仲間に入れてくれよ。ただし、狩られるのはてめえらだけどな」
 
 堕天使だてんしは俺を振り返ることも出来ずに暴れてもがくが、俺は思い切り足に力を入れてそいつの腰骨をくだいてやった。

「あがあっ!」

 ゴキッという音と共に動けなくなった堕天使だてんしの首根っこをつかむと、俺はそいつを片手で持ち上げる。
 そして息も絶え絶えになっているそいつを思い切り投げつけて、近くの木に叩きつけた。

「がはっ!」

 堕天使だてんしは木の幹に激突して、ライフが底を尽き、あえなくゲームオーバーを迎えて消えていく。
 思った通り、個々のレベルは大したことない連中のようだな。

「岩山のへびどもに比べたら遊びにもならねえが、クールダウンにはちょうどいいかもな」

 俺がそう言ったその時、木陰こかげから数人の堕天使だてんしどもが姿を現した。
 数は……4人か。
 連中は俺の姿を見て一様に気色けしきばんだ表情をその顔に貼り付かせている。

「あ、悪魔……貴様。狩りの邪魔をするな!」

 4人の堕天使だてんしは各々武器を構えた。
 俺は思わずこみ上げてくる笑いをみ殺し、そいつらをにらみつける。

「邪魔なんかするつもりはねえよ。ただな、俺の視界に入っちまったのが運の尽きだ。今から俺がおまえらを殺す。思い切りむごたらしくな。死にたくなきゃ必死に抵抗して見せな」
 
 そこからはいつも通りの手慣れたケンカだ。
 堕天使だてんしどもは4人同時にかかってくるが、俺は両足で軽くステップを踏みながら一番はしの奴にねらいを定めた。

魔刃脚デビル・ブレード!」
「ぎゃあっ!」

 右足のすねを鋭い刃物に変化させて相手を蹴りつける俺のスキルが炸裂し、一番はし堕天使だてんしの黒い翼が切り裂かれる。
 バランスをくずしたそいつに俺はすかさず左足の蹴りをくれてやる。
 勢いよく吹っ飛ばされたそいつは、木の根元に激突して絶命した。

 すぐに俺の背後から別の奴が槍らしき長物の武器を突き出してくるが、俺はそれを半身になってかわす。
 そしてその槍の堕天使だてんしと一瞬で距離を詰めると、そいつの頭に頭突きを食らわせた。

「がっ!」
「俺の頭は硬いだろ」

 ひたいから鮮血をき散らせてひるむそいつの腕をつかんで反対側に投げ飛ばすと、そこには3人目の堕天使だてんしがいる。

「くはっ!」
「うがっ!」

 そいつらが衝突して倒れ込むすきに、俺は両手に炎を宿した。
 俺の能力は炎だ。
 火遊びはお手のもんさ。

灼熱鴉バーン・クロウ!」

 俺が両手から放った炎は赤く燃えるからすの形となって宙を舞い、2体の堕天使だてんしを火だるまにした。

「ぎゃああああっ!」
「熱いぃぃぃぃっ!」

 堕天使だてんしどもは悲鳴を上げながら燃え上がり、すぐに倒れて動かぬ焼死体となった。
 それを見た4人目の堕天使だてんしはその顔を恐怖にゆがめて震えている。
 この中では一番若い、まだガキっぽいその堕天使だてんしにらみつけてやると、そいつは武器を放り出して一目散に逃げ出して行った。

「ひぃぃぃいぃっ!」

 その情けねえ後ろ姿に、俺の闘争心が急速に冷えていく。
 フンッ。
 手ごたえのねえ奴らだ。
 憎たらしいがさっきティナの言っていた通りだな。

 こんな連中をいくら倒したところで俺の力は上がらねえ。
 そもそも俺は下級種としてのレベルが上限に達して、ステータスはカウンター・ストップ=カンストを迎えている。
 普通にきたえたってこれ以上は何も成長できねえんだ。

 ただ、以前に奇妙な縁で出会った元・魔王の男が言っていたことだが、NPCにはステータス上には表れない裏パラメーターがあるらしい。
 それをきたえれば俺はまだまだ強くなれるということだったし、実際にそれを感じ取ることも出来た。
 だから俺には新たな刺激が必要なんだ。
 強くなるための刺激的な出来事が。

「さてと、ティナの奴は生きてんのか?」

 俺は森の中を進みながら耳を済ませた。
 堕天使だてんしどもの悲鳴が聞こえる。
 岩山から見下ろした時には十数人はいただろう堕天使だてんしどもは、かなり数が減ったようで、気配が少なくなっている。
 そして前方ではティナが片時も手放さない錫杖しゃくじょう銀環杖サリエルかかげて、得意の神聖魔法で堕天使だてんしどもを蹴散らしていた。

高潔なる魂ノーブル・ソウル!」

 ティナが放つあの神聖魔法は、極端に光属性が高い。
 個々のキャラクターが持つ光とやみの属性において、ティナのそれは光側に振り切った極端な属性だった。
 だからあいつの放つ神聖魔法は、俺みたいなやみ属性を持つ悪魔や堕天使だてんしどもにはムカつくほど効きやがる。
 俺も一度浴びたことがあるが、体がヒリつく不快な痛みは忘れられねえ。

 ティナは片ひざをついて動けなくなっているカタナ女を守るように立ち、神聖魔法を連発している。
 そのせいで堕天使だてんしどもは迂闊うかつに近寄れない。
 あの神聖魔法はティナがそのちっぽけな体全体から発する攻撃方式で、攻防一体となったなかなか厄介やっかいな攻撃方法だった。
 そして少し休んだためか立てるようになったカタナ女は、背後から回り込んできた堕天使だてんしども3人を次々と斬り捨てた。

 最後に残された1人の堕天使だてんし玉砕ぎょくさい覚悟でティナに突っ込んでいくが、高潔なる魂ノーブル・ソウルを浴びてあえなくゲームオーバーとなった。
 それで打ち止めだった。
 堕天使だてんしどもは全滅した。

「やれやれ。つまんねえな。遊びにもなりゃしねえ」

 結局、カタナ女を助けることになっちまった。
 人助けなんて悪魔にあるまじき行為だぜ。
 堕天使だてんしどもも大したことなかったし、時間の無駄むだだったな。
 あのカタナ女のほうがよほど強い……ん?

 そこで俺はちょっとした悪戯いたずらを思いついた。
 せっかくだし、ちょっと遊んでやろう。
 そしてティナがこっちに気付く前に全力で森の中を駆け抜けて……刀を持つ女に襲いかかった。
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