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前編 ようこそ! ミランダ城へ

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 こんにちは。
 アルフレッド・シュヴァルトシュタインです。

 先日の大騒動イベント【襲来! 破壊獣アニヒレート】が終わってから3日が過ぎました。
 僕は今、ここミランダ城の城門前でソワソワしながら来客の訪問を待っているところです。

 イベントによって損壊したこのお城の修復は今もまだ続いているけれど、僕はこの3日の間でいつものやみ洞窟どうくつからこのミランダ城への引っ越しを無事に終えました。
 まあ引っ越しって言ったって、僕個人の荷物なんてほとんどないし、この場所もやみ洞窟どうくつのすぐ真上に位置する湖の中島だから、すぐ近所の移動なんだけどね。

 それより今、僕にとって憂鬱ゆううつなのは、この城の城主であるやみの魔女ミランダの機嫌が昨日からすこぶる悪いってことだった。
 それは昨日、運営本部から通達されたこのミランダ城への移住契約書の内容と、今からやって来る来客が原因なんだ。

やみの魔女ミランダと兵士アルフレッドのミランダ城への移住の条件として、光の聖女ジェネット、氷の魔道拳士アリアナ、長身女戦士ヴィクトリア、竜人ノアの4名に城内の所定の部屋を貸し出すものとする】

 この契約条件を見た時、ミランダは両目をり上げて怒りの声を上げたんだ。
 そりゃもう怒髪天どはつてんを突くって感じで怖かったんだから。
 そう。
 今からやって来る来客ってのは、お察しの通り、ジェネットたちだ。
 だから来客というよりは引っ越してくる同居人なんだけどね。

 ジェネットたち4人は僕にとっては大事な友達だから、この城に引っ越してきてくれるのは素直に嬉しいよ。
 でもミランダは違うみたい。
 先日からジェネットたちのこの城への移住希望をにべもなく拒否していたからね。
 でも運営本部からの通達なら、いかにやみの魔女ミランダだって拒否することは出来ない。
 だって彼女はNPCだから。

 そんなわけでミランダは今朝から寝室でフテ寝中で、僕がつたない料理の腕でせっせと用意した朝ごはんの時間になっても起きてこなかった。
 はぁ。
 ジェネットたちが来てくれるのは嬉しいけど、間違いなくこれはケンカになるな。
 うぅ……気が重い。

 そんなことを思っていると自動開門機能が作動して、ジェネットたち4人が姿を現した。
 皆、イベント終了後は各自の用事に追われていたから、会うのは数日ぶりだけど、全員元気そうだ。
 意気揚々いきようようと入城してきた彼女たちと挨拶あいさつを交わすと、僕は皆を玉座の間まで案内した。
 ちなみに城のそこかしこでは、ミランダが呼び出した小魔女リトル・ウィッチたちがせっせと働き、魔力で城を修復してくれている。

「ミランダはどうしたんですか?」
 
 玉座の間に到着すると、ジェネットは座る者のいない玉座を見てそう言った。

「うん。実は……」

 冴えない声でそう言う僕の様子で全てを悟ったのか、ジェネットはそんな僕の言葉を手で制した。

「分かりました。アル様。私が呼んできましょう」

 そう言うとジェネットは玉座の間の両端に設けられた階段を上って吹き抜けとなっている2階部分、この上にあるミランダの寝室へと向かい、そのとびらをノックした。

「ミランダ。ふてくされていないで出てきて下さい。今日は大事な取り決めがあるんですから」

 そう言うジェネットだけど、ミランダは一切無視しているようで、とびらは開かれない。
 それを見たジェネットはさっさときびすを返すと、とびらから離れてこちらに歩き出した。

「出て来ないのならばお好きにどうぞ。誰がアル様のおとなりの部屋を借りるのか、私たちだけで決めさせていただきますので」

 えっ?
 となり

 ジェネットの言葉におどろく僕は、寝室のとびらがバタンと開く大きな音でさらにおどろいた。
 中から出てきた仏頂面ぶっちょうづらのミランダにジェネットは足を止めて振り返る。

「あらミランダ。お元気そうですね」
「ジェネットあんた。神の奴に働きかけて契約書に余計な条項を付け加えたでしょ! 何で私の城の部屋をあんた達に貸し出さなきゃならないのよ!」

 開口一番にそう言うとミランダはジェネットに詰め寄っていく。
 ジェネットはやれやれと肩をすくめながら首を横に振った。

「落ち着きなさいミランダ。私はそのようなことを我が主に願い出た覚えはありません」
「ウソおっしゃい! 姑息こそくなことをしてくれたわね。聖女様が聞いてあきれるわ!」

 ああもう。
 やっぱりケンカになる。
 そうしてミランダとジェネットがやいのやいのと押し問答を始めたその時、この玉座の間に一羽の鳥が舞い込んできた。
 それはピイッと甲高く鳴くと、床に着地して人の姿に変わった。

「シスター・ジェネットの言っていることは本当さ。城主様」

 そう言ってそこに現れたのは、懺悔主党ザンゲストの科学者ブレイディーだった。
 彼女はいつもの白衣をひるがえし、メガネをキラリと光らせて言う。

「その契約書に彼女たちの同居申請をしたのはワタシだからね。ジェネットは潔白だよ」
「このメガネ! なに余計なことしてくれてんのよ!」

 ジェネットにぎぬを着せたことなどすっかり忘れ、ミランダはすごい剣幕で階段を駆け下りてくる。
 ブレイディーはすかさず僕の後ろに隠れた。
 ぼ、僕を巻き込まないで!

「そんなに怒らないでくれたまえよ。これは我が主の判断でもあるんだ。君たちはもはや一蓮托生いちれんたくしょう。有事に備えて出来るだけ一緒にいたほうがいい。それが我が主のお考えなのさ」

 ブレイディーのその言葉にジェネットもうなづく。

「今後まみえるであろう密入国者たちとの戦いに備えて、我々も結束し、共闘できる体勢を整えておくように、ということですね」

 先日のイベント中に僕らは密入国者である東将姫アナリンというサムライ少女と戦った。

「西将姫ディアドラが四将姫とか言っていただろう? ということは北将姫や南将姫もいるってことさ。あの恐ろしく強いアナリン級のバケモノ女子があと3人もいるんだよ? ちょっと考えたくないね」
「それで我が主は敵の襲来に対応できるよう、出来るだけ私たちに共にあるようにと、今回の件をおはからい下さったわけですね」

 そういうことだったのか。
 神様の考えに僕らは納得したけれど、ミランダは不満げにまだ何かを言おうとして口を開く。
 それをさえぎったのは興味なさそうに話を聞いていたヴィクトリアとノアだ。

「そんなことよりアルフレッドのとなりの部屋に誰が住むのか、さっさと決めようぜ」
「うむ。一番強い者こそがふさわしかろう」

 そう言って2人はそれぞれの武器を取り出した。
 それを見たミランダの顔からようやく不満げな色が消え、代わりに不敵な笑みが浮かぶ。

「へぇ。そういうこと。いいじゃない。あんた達が私に勝てたら部屋を貸してやるわ。最初からそうしたほうが手っ取り早かったわね」

 おいおい……マジか。
 契約書の内容によると、ジェネットたち4人の部屋の割り当ては全部で4つ。
 そのうちの1つはこの南フロアにある僕のとなりの部屋で、残りの3つは渡り廊下ろうかを渡った先にある北側のフロアにある。

 それにしてもそんなに僕のとなりの部屋って条件良かったっけ?
 確かに南向きで陽当たり良好だけど、広さなら北側フロアの3部屋のほうが広い。
 僕がそんなことを考えていると、ミランダたちの様子にあきれてブレイディーがため息をつく。

「はぁ。どうして君らはそう何でもかんでも腕っぷしで物事を決めようとするんだい。血なまぐさいことはやめて、たまには理知的にプレゼンテーションでもしたらどうかな?」

 プレゼンテーションって何のことだ?
 そんな顔をするヴィクトリアとノアにブレイディーは端的たんてきに説明する。

「要するに自分がアルフレッド君のとなりに住んだら、こんなことやあんなことをしてあげられて、彼にとってどんなメリットがあるかをそれぞれが説明するんだよ。それでアピールポイントを競い合って、アルフレッド君にとって最も適した隣人りんじんを決めればいいじゃないか」

 そんなブレイディーの突然の申し出により、奇妙な競技大会が始まった。

 ☆★☆★☆★

「ええ~。ではプレゼン大会を始める前に、簡単なルール説明をするよ」

 そう言ったブレイディーは何故かやみの玉座の前に登壇とうだんし、少し高くなったそこから僕らを見下ろして言った。
 僕のとなりに立つミランダは自分の居場所を奪ったブレイディーを見上げながら僕に言う。

図々ずうずうしく私の玉座の前に立ってるけど、あいつ殺していい?」
「こ、殺しちゃダメ」

 そんな僕らの会話にもお構いなしにブレイディーはルール説明を始めた。
 
「今から1人ずつプレゼンテーションを行うわけだけど、持ち時間は1人5分。それぞれしっかりアピールしてアルフレッド君を幸せな気分にさせてくれたまえ」

 ブレイディーの説明に皆、首をかしげる中、アリアナが手を上げて質問する。

「ハイ! ブレイディー。アル君が幸せかどうか、どうやって分かるの?」

 確かにそうだ。
 幸せという曖昧あいまいな感情で、どうやって競うんだろうか。

模範的もはんてきな質問をありがとう。アリアナ。そして心配ご無用だ。生体信号測定アプリをアルフレッド君にインストールすれば、彼の心拍数や脳波、体温や血圧から割り出したHPハッピー・ポイントで、幸福を数値化することが出来る。これはね、我が主がNPCの感情を測定するために作った優れものなんだよ」

 そんなものがあるのか。
 神様は何でも作ってしまうな。

「さて、それではさっそくプレゼン大会を始めたいが、その前に注意事項があるよ。皆、きもめいじてくれ。視覚や聴覚にうったえてアルフレッド君に性的興奮を与え、ドキドキさせるのは反則だ。胸の谷間を強調するとかのエロ攻撃はNGってことさ。ワタシがエロと判断した時は即失格になるから気を付けたまえ。アルフレッド君はエロに即反応してしまうからね」
 
 人聞き悪いわ!
 まあ確かに時々そういうこともありますが。
 時々だぞ!
 たまにだからな!(必死)

「ではアルフレッド君にアプリをインストールするので、その間に各自アピールポイントを整理するなど準備をしてくれたまえ」

 それからほどなくして僕の体へのアプリのインストールが終わり、世にも奇妙なプレゼン大会が始まった。
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