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最終章 月下の死闘
第25話 予想だにしなかった結末
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「リ、リード……」
僕はそこに現れるはずのない人物の姿を見つめ、呆然と呟きを漏らした。
上級兵士リード。
彼は王城の兵士であり、優秀なサポートNPCとして活躍をしていた人物だ。
以前に僕はミランダとジェネットを守るために彼と戦い、からくも勝利を収めた。
その後、リードは運営本部によってゲームへの反逆行為の罪に問われ、そのプログラムを凍結されて拘束されていたはずだ。
罪人となった彼はその後、更正プログラムを受けていたはずだと思ったけど、どうしてここに……。
「リード。なぜここに……どうして天烈を!」
「ハッ! また正義漢ぶってやがるのか。ヘドが出るぜ。てめえの偽善者面を見てるとよ。天馬がどうしたって? 俺の仕事に邪魔だからぶっ殺しただけだ」
「し、仕事?」
「ああそうさ。それにしても相変わらずマヌケ面だな。モグラ野郎。以前の借りをここで返してやりたいところだが、今日はその仕事中でな。そこのサムライ女はもらっていくぜ」
「何だって?」
どうしてリードがアナリンを?
一体どこに連れていくつもりなんだ?
「何の権限があってあなたがそのようなことを? あなたは服役中のはずです」
毅然とした態度でそう言うのはジェネットだ。
彼女もリードのことは知っている。
リードはそんなジェネットを見下ろすと、その顔にいやらしい笑みを浮かべる。
「これはこれは。シスター・ジェネット。そのウザイ性格もお変わりないようで何より。権限? ハッ! そんなもんあるわけねえだろ。脱獄囚のこの俺に」
だ、脱獄囚?
運営本部の牢獄から逃げてきたってこと?
そんなこと一NPCに出来るわけがない。
どういうことだ?
僕の仲間たちも一様に怪訝な顔をしている。
その時だった。
リードがいるのとは反対の方向、中庭側の方角から別の女性の声が響いてきたんだ。
「その男の言っていることは本当ですわ。ワタクシたちは脱獄囚」
反射的に振り返った僕が目にしたのは、中庭の向こう側に聳え立つ城壁の上にいる1人の女の子だった。
その姿を見て真っ先に驚きの声を上げたのはアリアナだった。
「ア、アディソン!」
そう。
そこに立っていたのは、かつて敵として戦った暗黒双子姉妹の妹。
暗黒巫女のアディソンだった。
「お久しぶりですわね。アリアナ。ご挨拶代わりに熱い溶岩はいかがですか?」
そう言うとアディソンは彼女の自慢の武器である吸血杖を振り上げた。
するとすぐに地響きが聞こえてくる。
僕はアディソンのスキルを思い出した。
暗黒呪術・溶岩噴射。
激しい揺れがこの城を襲い、中庭の地面が裂けて真っ赤な溶岩が吹き出してきた。
「うわっ!」
「アルッ!」
強い揺れに思わず僕は倒れ込みそうになり、ミランダに襟首を掴まれて支えてもらう。
ジェネットやアリアナは倒れているエマさんと王女様を抱え上げ、ヴィクトリアとノアも警戒の構えを見せる。
そんな中、むせ返るような溶岩の熱に耐えきれず顔を背けた僕は見たんだ。
後方に倒れているアナリンの体に黒い鞭が巻き付いたのを。
その鞭は一瞬でアナリンの体を巻き取って運び去ってしまう。
「ああっ! アナリンが!」
僕の声に皆が反応してそちらを見る。
アナリンを鞭で巻き取ったその人物は、いつの間にかリードの隣に立っていた。
あの鞭は……。
「ハッハッハ! 回収完了!」
高らかな笑い声を響かせたのは、暗黒双子姉妹の姉・魔獣使いのキーラだったんだ。
アニヒレートとの戦いでモンガラン運河に落ちたまま行方不明になっていたキーラがまさかここに現れるなんて……。
そしてさらに僕を驚かせたのは、彼女の首に装着されていたはずの運営本部の首輪が消えていたことだ。
「ふぅ~。自由の身ってのはいいもんだな」
キーラは清々したといったように自分の首を撫でながらそう言った。
その様子にジェネットが不審そうに言葉を漏らした。
「あの首輪は自分では外せないはずです。一体どのように……」
するとジェネットの言葉を遮るように大きな声が辺り一帯に響き渡ったんだ。
『よくぞ務めを果たしてくれました。わたくしのかわいい新たな眷属たち』
それは静かな口調にもかかわらず、この世界中に響き渡っているんじゃないかと思うほど、明瞭に聞こえる女性の声だった。
そしてその声が響き渡った途端、アディソンが溶岩噴射の術を停止した。
それからすぐに僕らの頭上に警告のコマンド・ウインドウが開いた。
【システムダウン:バルバーラ大陸の全機能を停止】
シ、システム・ダウン?
その表示が出た途端、周囲の景色が一変した。
朝焼けに染まる空も、朝露に濡れた大地も、遠くに見える山々も、全てが消え去ったんだ。
ただ唯一そのままの状態で残っているのはこのミランダ城だけだった。
それ以外の世界は灰色の無機質な空間と化していた。
こんなことは初めてで、僕だけじゃなく他の皆も困惑の表情を浮かべている。
そんな中、上空に突然、1人の人物が姿を現した。
それは銀色に輝くローブを羽織り、紫色の長い髪の毛を左右に結んだ1人の女性だった。
その女性が現れた途端、僕は背すじがゾワッと粟立つのを感じて思わず顔をしかめた。
ミランダ達も同じように感じたらしく、全員が緊張の面持ちで戦闘態勢を取る。
くっ!
この状況で新たな敵なんてカンベンしてもらいたい。
もう皆ボロボロで、とても戦える状態じゃない。
そう唇を噛む僕だけど、その女性はフッと口元を歪めて笑った。
「そんなに身構えなくともよろしくてよ。今日はただ荷物の回収とご挨拶に伺っただけですの」
そう言うとその女性は優雅に空中からミランダ城の崩れた円塔の上に降り立った。
顔立ちの整った美しさを持つ女性で、その口元に薄笑みを浮かべるその表情は妖艶そのもの。
綺麗な人だけど、そこにいるだけで禍々しさを漂わせた危険なニオイのする人物だった。
毒のある美しい花みたいなその女の人は、艶やかな笑みを浮かべて両手を広げた。
「わたくしは西将姫ディアドラ。誉れ高きトリスタン大王様の旗下たる四将姫が1人。この度は東将姫アナリンがお世話になりましたわね」
せ、西将姫……ディアドラ。
それに四将姫って……アナリンみたいなNPCが4人もいるってこと?
トリスタン大王ってのはどこかのゲームのボスキャラなんだろうか。
突然のことに混乱する僕の隣で、ミランダが不機嫌そうに声を上げる。
「フンッ。要するにサムライ女の仲間ってわけ。カタキ討ちにでも来たんでしょうけど、返り討ちにしてやるわ!」
ミランダのその言葉を聞くとディアドラは目を丸くして、それから愉快そうに笑った。
「フフフ。仲間? カタキ討ち? 随分と面白いことをおっしゃいますのね」
キーラからアナリンの身柄を受け渡されたリードが、ディアドラの隣に控えるように立つ。
キーラやアディソン、リードは彼女に従っているのか?
もしかして彼らを脱獄させたのはディアドラなんだろうか。
そんなことが本当に出来るかどうかは分からないけれど。
「この野蛮なサムライは四将姫の恥さらし。これ以上、恥の上塗りをされては困りますので、早々に引き取りに参上した次第ですのよ」
そう言うとディアドラはリードに抱えられたアナリンの黒髪を無造作に掴んだ。
アナリンに向けるその目は侮蔑の色に満ちている。
「まったく。困ったものですね。アナリン。大王様から名誉ある将姫の位を賜りながら、何たるブザマな姿。やはり刀を振るうしか能のない蛮人に将姫の名は重過ぎたのでしょう」
そう言うとディアドラは僕らの方に向けて手をかざした。
攻撃が来る!
そう思って皆、身構えたけれど、ディアドラの狙いは違った。
僕らの前方の床に落ちている、折れて活動を停止した黒狼牙が宙に浮かび、ディアドラの手元に飛んでいく。
ディアドラはそれを掴み取ると、薄笑みを浮かべて僕らを見下ろした。
「これで用事はオシマイです。では皆様。名残惜しいですが、わたくしたちは失礼いたしますわ。またいつかお会いしましょう。ごきげんよう」
ディアドラはそう言うとパチリと指を鳴らした。
途端に僕の体に強烈な重力がのし掛かってきて動けなくなってしまう。
「くっ!」
か、体が重い!
まったく動かせない。
周りの皆も同じようで、そこから一歩も動けないみたいだ。
そんな僕らに一瞥もくれることなく、ディアドラは上空へと浮かび上がっていく。
その頭上、灰色で無機質な空に突如として真っ黒い渦が現れた。
それを見たジェネットが即座に声を上げる。
「あれは……脱出路です!」
それが見えるとアナリンを抱えたリードやキーラもディアドラの後について上昇し始めた。
あの2人は飛べないはずだけど、よく見ると同じ胸当てを装備していて、その背面から光の翼が現れていた。
飛行装備だ。
「くそっ! 逃げられちまうぞ!」
ヴィクトリアが怒声を上げながら懸命に腕を動かして羽蛇斧を投げつけるけれど、それは空中で重力に押し返されてあえなく地面に落ちた。
ヴィクトリアの腕力と念力をもってしても、あれが精一杯なのか。
他の皆も立っているのがやっとだ。
そんな中、ミランダが怒りの声を上げた。
「戦いもしないで帰るですって? ナメてんじゃないわよ!」
彼女は動けないながらも、その口から黒炎弾を吐き出した。
轟然と放たれた黒い火球はディアドラを正確に狙ったんだ。
だけどディアドラはフッと振り返ると、片手を伸ばして黒炎弾を軽々と掴み取ってしまったんだ。
「なっ……」
「まあ。かわいらしい花火ですわね」
涼しい顔でそう言うと、ディアドラは手に掴んだ燃え盛る火球にフッと息を吹きかけて、それを消し去ってしまったんだ。
まるでロウソクの火でも消すかのように簡単に。
そ、そんな……ミランダの黒炎弾が。
唖然とする僕らを見下ろしてリードやキーラ、アディソンが空へと昇っていく。
「じゃあな! モグラ野郎! 次に会うときはてめえを墓に埋めてやるよ!」
「アタシらにお縄をかけやがった忌々しいこのゲームともオサラバだぜ! ザマーミロ!」
「いずれ御礼参りにはきっちり伺わせてもらいますので、首を洗ってお待ちなさい」
僕らが成す術なく見送る中、彼らは空高く舞い上がっていき、真っ黒な渦の中へと消えていった。
こうして破壊獣アニヒレートの出現に端を発した一連の騒動は、最後の最後に予想だにしなかった結末を残して幕を閉じることになったんだ。
***************************************************************
ここまでお読みいただきまして、ありがとうございました。
次回、最終話になります。
最後までお楽しみいただけましたら幸いです。
僕はそこに現れるはずのない人物の姿を見つめ、呆然と呟きを漏らした。
上級兵士リード。
彼は王城の兵士であり、優秀なサポートNPCとして活躍をしていた人物だ。
以前に僕はミランダとジェネットを守るために彼と戦い、からくも勝利を収めた。
その後、リードは運営本部によってゲームへの反逆行為の罪に問われ、そのプログラムを凍結されて拘束されていたはずだ。
罪人となった彼はその後、更正プログラムを受けていたはずだと思ったけど、どうしてここに……。
「リード。なぜここに……どうして天烈を!」
「ハッ! また正義漢ぶってやがるのか。ヘドが出るぜ。てめえの偽善者面を見てるとよ。天馬がどうしたって? 俺の仕事に邪魔だからぶっ殺しただけだ」
「し、仕事?」
「ああそうさ。それにしても相変わらずマヌケ面だな。モグラ野郎。以前の借りをここで返してやりたいところだが、今日はその仕事中でな。そこのサムライ女はもらっていくぜ」
「何だって?」
どうしてリードがアナリンを?
一体どこに連れていくつもりなんだ?
「何の権限があってあなたがそのようなことを? あなたは服役中のはずです」
毅然とした態度でそう言うのはジェネットだ。
彼女もリードのことは知っている。
リードはそんなジェネットを見下ろすと、その顔にいやらしい笑みを浮かべる。
「これはこれは。シスター・ジェネット。そのウザイ性格もお変わりないようで何より。権限? ハッ! そんなもんあるわけねえだろ。脱獄囚のこの俺に」
だ、脱獄囚?
運営本部の牢獄から逃げてきたってこと?
そんなこと一NPCに出来るわけがない。
どういうことだ?
僕の仲間たちも一様に怪訝な顔をしている。
その時だった。
リードがいるのとは反対の方向、中庭側の方角から別の女性の声が響いてきたんだ。
「その男の言っていることは本当ですわ。ワタクシたちは脱獄囚」
反射的に振り返った僕が目にしたのは、中庭の向こう側に聳え立つ城壁の上にいる1人の女の子だった。
その姿を見て真っ先に驚きの声を上げたのはアリアナだった。
「ア、アディソン!」
そう。
そこに立っていたのは、かつて敵として戦った暗黒双子姉妹の妹。
暗黒巫女のアディソンだった。
「お久しぶりですわね。アリアナ。ご挨拶代わりに熱い溶岩はいかがですか?」
そう言うとアディソンは彼女の自慢の武器である吸血杖を振り上げた。
するとすぐに地響きが聞こえてくる。
僕はアディソンのスキルを思い出した。
暗黒呪術・溶岩噴射。
激しい揺れがこの城を襲い、中庭の地面が裂けて真っ赤な溶岩が吹き出してきた。
「うわっ!」
「アルッ!」
強い揺れに思わず僕は倒れ込みそうになり、ミランダに襟首を掴まれて支えてもらう。
ジェネットやアリアナは倒れているエマさんと王女様を抱え上げ、ヴィクトリアとノアも警戒の構えを見せる。
そんな中、むせ返るような溶岩の熱に耐えきれず顔を背けた僕は見たんだ。
後方に倒れているアナリンの体に黒い鞭が巻き付いたのを。
その鞭は一瞬でアナリンの体を巻き取って運び去ってしまう。
「ああっ! アナリンが!」
僕の声に皆が反応してそちらを見る。
アナリンを鞭で巻き取ったその人物は、いつの間にかリードの隣に立っていた。
あの鞭は……。
「ハッハッハ! 回収完了!」
高らかな笑い声を響かせたのは、暗黒双子姉妹の姉・魔獣使いのキーラだったんだ。
アニヒレートとの戦いでモンガラン運河に落ちたまま行方不明になっていたキーラがまさかここに現れるなんて……。
そしてさらに僕を驚かせたのは、彼女の首に装着されていたはずの運営本部の首輪が消えていたことだ。
「ふぅ~。自由の身ってのはいいもんだな」
キーラは清々したといったように自分の首を撫でながらそう言った。
その様子にジェネットが不審そうに言葉を漏らした。
「あの首輪は自分では外せないはずです。一体どのように……」
するとジェネットの言葉を遮るように大きな声が辺り一帯に響き渡ったんだ。
『よくぞ務めを果たしてくれました。わたくしのかわいい新たな眷属たち』
それは静かな口調にもかかわらず、この世界中に響き渡っているんじゃないかと思うほど、明瞭に聞こえる女性の声だった。
そしてその声が響き渡った途端、アディソンが溶岩噴射の術を停止した。
それからすぐに僕らの頭上に警告のコマンド・ウインドウが開いた。
【システムダウン:バルバーラ大陸の全機能を停止】
シ、システム・ダウン?
その表示が出た途端、周囲の景色が一変した。
朝焼けに染まる空も、朝露に濡れた大地も、遠くに見える山々も、全てが消え去ったんだ。
ただ唯一そのままの状態で残っているのはこのミランダ城だけだった。
それ以外の世界は灰色の無機質な空間と化していた。
こんなことは初めてで、僕だけじゃなく他の皆も困惑の表情を浮かべている。
そんな中、上空に突然、1人の人物が姿を現した。
それは銀色に輝くローブを羽織り、紫色の長い髪の毛を左右に結んだ1人の女性だった。
その女性が現れた途端、僕は背すじがゾワッと粟立つのを感じて思わず顔をしかめた。
ミランダ達も同じように感じたらしく、全員が緊張の面持ちで戦闘態勢を取る。
くっ!
この状況で新たな敵なんてカンベンしてもらいたい。
もう皆ボロボロで、とても戦える状態じゃない。
そう唇を噛む僕だけど、その女性はフッと口元を歪めて笑った。
「そんなに身構えなくともよろしくてよ。今日はただ荷物の回収とご挨拶に伺っただけですの」
そう言うとその女性は優雅に空中からミランダ城の崩れた円塔の上に降り立った。
顔立ちの整った美しさを持つ女性で、その口元に薄笑みを浮かべるその表情は妖艶そのもの。
綺麗な人だけど、そこにいるだけで禍々しさを漂わせた危険なニオイのする人物だった。
毒のある美しい花みたいなその女の人は、艶やかな笑みを浮かべて両手を広げた。
「わたくしは西将姫ディアドラ。誉れ高きトリスタン大王様の旗下たる四将姫が1人。この度は東将姫アナリンがお世話になりましたわね」
せ、西将姫……ディアドラ。
それに四将姫って……アナリンみたいなNPCが4人もいるってこと?
トリスタン大王ってのはどこかのゲームのボスキャラなんだろうか。
突然のことに混乱する僕の隣で、ミランダが不機嫌そうに声を上げる。
「フンッ。要するにサムライ女の仲間ってわけ。カタキ討ちにでも来たんでしょうけど、返り討ちにしてやるわ!」
ミランダのその言葉を聞くとディアドラは目を丸くして、それから愉快そうに笑った。
「フフフ。仲間? カタキ討ち? 随分と面白いことをおっしゃいますのね」
キーラからアナリンの身柄を受け渡されたリードが、ディアドラの隣に控えるように立つ。
キーラやアディソン、リードは彼女に従っているのか?
もしかして彼らを脱獄させたのはディアドラなんだろうか。
そんなことが本当に出来るかどうかは分からないけれど。
「この野蛮なサムライは四将姫の恥さらし。これ以上、恥の上塗りをされては困りますので、早々に引き取りに参上した次第ですのよ」
そう言うとディアドラはリードに抱えられたアナリンの黒髪を無造作に掴んだ。
アナリンに向けるその目は侮蔑の色に満ちている。
「まったく。困ったものですね。アナリン。大王様から名誉ある将姫の位を賜りながら、何たるブザマな姿。やはり刀を振るうしか能のない蛮人に将姫の名は重過ぎたのでしょう」
そう言うとディアドラは僕らの方に向けて手をかざした。
攻撃が来る!
そう思って皆、身構えたけれど、ディアドラの狙いは違った。
僕らの前方の床に落ちている、折れて活動を停止した黒狼牙が宙に浮かび、ディアドラの手元に飛んでいく。
ディアドラはそれを掴み取ると、薄笑みを浮かべて僕らを見下ろした。
「これで用事はオシマイです。では皆様。名残惜しいですが、わたくしたちは失礼いたしますわ。またいつかお会いしましょう。ごきげんよう」
ディアドラはそう言うとパチリと指を鳴らした。
途端に僕の体に強烈な重力がのし掛かってきて動けなくなってしまう。
「くっ!」
か、体が重い!
まったく動かせない。
周りの皆も同じようで、そこから一歩も動けないみたいだ。
そんな僕らに一瞥もくれることなく、ディアドラは上空へと浮かび上がっていく。
その頭上、灰色で無機質な空に突如として真っ黒い渦が現れた。
それを見たジェネットが即座に声を上げる。
「あれは……脱出路です!」
それが見えるとアナリンを抱えたリードやキーラもディアドラの後について上昇し始めた。
あの2人は飛べないはずだけど、よく見ると同じ胸当てを装備していて、その背面から光の翼が現れていた。
飛行装備だ。
「くそっ! 逃げられちまうぞ!」
ヴィクトリアが怒声を上げながら懸命に腕を動かして羽蛇斧を投げつけるけれど、それは空中で重力に押し返されてあえなく地面に落ちた。
ヴィクトリアの腕力と念力をもってしても、あれが精一杯なのか。
他の皆も立っているのがやっとだ。
そんな中、ミランダが怒りの声を上げた。
「戦いもしないで帰るですって? ナメてんじゃないわよ!」
彼女は動けないながらも、その口から黒炎弾を吐き出した。
轟然と放たれた黒い火球はディアドラを正確に狙ったんだ。
だけどディアドラはフッと振り返ると、片手を伸ばして黒炎弾を軽々と掴み取ってしまったんだ。
「なっ……」
「まあ。かわいらしい花火ですわね」
涼しい顔でそう言うと、ディアドラは手に掴んだ燃え盛る火球にフッと息を吹きかけて、それを消し去ってしまったんだ。
まるでロウソクの火でも消すかのように簡単に。
そ、そんな……ミランダの黒炎弾が。
唖然とする僕らを見下ろしてリードやキーラ、アディソンが空へと昇っていく。
「じゃあな! モグラ野郎! 次に会うときはてめえを墓に埋めてやるよ!」
「アタシらにお縄をかけやがった忌々しいこのゲームともオサラバだぜ! ザマーミロ!」
「いずれ御礼参りにはきっちり伺わせてもらいますので、首を洗ってお待ちなさい」
僕らが成す術なく見送る中、彼らは空高く舞い上がっていき、真っ黒な渦の中へと消えていった。
こうして破壊獣アニヒレートの出現に端を発した一連の騒動は、最後の最後に予想だにしなかった結末を残して幕を閉じることになったんだ。
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ここまでお読みいただきまして、ありがとうございました。
次回、最終話になります。
最後までお楽しみいただけましたら幸いです。
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