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最終章 月下の死闘
第22話 消えていく命
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「ああっ! ブレイディー!」
アナリンの放ったすさまじい威力の鬼嵐刃によって中庭に倒れた木の下敷きとなったブレイディーは、倒木と地面に挟まれて動かなくなっている。
そして彼女が治療してくれていたミランダはその数メートル先の地面に横たわったまま動かない。
ふ、2人が危ない!
すぐに駆けつけたいけれど、僕の後ろには同じく気を失って倒れ込んだままのエマさんと王女様がいる。
アナリンが目の前にいる以上、今ここで中庭に降りればエマさんたちが危険だ。
僕1人ではどちらも助けられない。
危機的状況に陥った僕は即座に行動を取る。
「くっ!」
僕はすぐさま嵐龍槍斧を手にアナリンに斬りかかった。
この状態を打破するにはアナリンを倒すしかない。
アナリンは先ほど僕が放った氷刃槍で両足が凍りついたまま、足を動かすことが出来ずにいる。
だけどその状態でもアナリンは僕の一撃を簡単に受け止めると、黒狼牙を鋭く真上に跳ね上げた。
その強力な力に耐え切れず、僕は嵐龍槍斧を手放してしまった。
「うあっ!」
し、しまった!
嵐龍槍斧は宙を舞ってアナリンの頭上を越え、その後方の床に突き立った。
武器を失った僕は両手を突き出して即座に魔法攻撃に切り替える。
「清光霧!」
僕の両手からジェネット得意の神聖魔法が噴出される。
だけどまたしてもアナリンは黒狼牙でこれを斬り払い、そこから生じた真紅の光の刃が床を破壊しながら僕の足元に迫る。
僕は即座に呼吸を止めて瞬間硬化を試みたけれど間に合わなかった。
「うわっ!」
足元の床が吹き飛ばされ、その衝撃で僕は後方に大きく飛ばされ、またしても中庭に落下した。
「くっ!」
ダメージを受けたもののすぐに立ち上がろうとした僕は、落ちた場所のすぐそばにミランダが倒れていることに気が付いたんだ。
彼女の顔からは生気が失われていた。
ブレイディーの必死の治療の甲斐なく、ミランダのライフは今まさに0を迎えようとしている。
傷が深く、出血が続いているためだ。
「ミランダ!」
僕は咄嗟に自分の左手首を見た。
僕の体の中に宿っている4人は皆、瀕死の状態に陥った時に光の玉となって僕の体内に吸収されたんだ。
そうすることで窮地に陥った彼女たちを救うことも出来た。
それならミランダも……。
そう考えた僕は左手首に念じた。
ミランダ。
僕の中に入ってきて。
5つめの黒いアザはくすんだ色のままだったけれど、これが輝き出せば……。
だけどその思いは届かなかった。
僕のアザが何かの変化を見せることはなかったんだ。
僕の目の前でミランダのライフゲージが尽き、苦しげな呼吸が止まる。
弱々しく上下していた彼女の胸は、ピクリとも動かなくなってしまった。
「そ、そんな……」
間に合わなかった。
ミランダのライフは……ついに0になってしまったんだ。
僕は信じられない思いで彼女のライフゲージを見る。
そんな僕の見つめる中、ミランダの体が光の粒子に変わっていく。
ゲ、ゲームオーバーのエフェクトだ。
そんな……ミランダが死んじゃう。
待って……ちょっと待ってよ。
僕は少しずつミランダが天に召されようとしていくのを、涙でボヤける視界の中で見つめることしか出来ない。
いくらミランダでもゲームオーバーになってしまえば復活できる保証はない。
もしかしたらミランダにはもう会えないかもしれない。
これでお別れになってしまうかもしれないんだ。
頭の中がミランダのことでいっぱいになって、僕は無意識のうちに泣き叫んでいた。
「イヤだ……イヤだ! いかないでよミランダ! せっかく城が出来たのに! これからここでたくさん活躍するはずだったのに! こんなところで死んでいいはずないんだ! この先……もう二度と君に会えなくなるなんて……そんなの絶対にイヤだ!」
僕の慟哭は空に虚しく消えていく。
喉が張り裂けんばかりに叫んでもミランダの粒子化は止まらず、その体は薄く消えていく。
間に合わなかった。
助けられなかった。
黒い光の玉となって彼女が僕の左手首に吸い込まれてくれれば、彼女を救うことが出来たかもしれないのに。
「ミランダ……」
僕が涙に滲む目で呆然とミランダを見送ろうとしたその時だった。
フワッとやわらかな風がどこからか吹いてきて、僕の頬をそっと撫でたんだ。
するとミランダが横たわっている地面の少し先に植えられている、桜の苗木が僕の頬を撫でたその風にそよいだ。
次の瞬間……苗木だった桜がいきなり成長して大人の木となり、満開の花びらを咲かせたんだ。
「えっ?」
それは以前の花見の時にも見た景色だった。
まるで夢の中にいるような幻想的な光景だ。
そして驚く僕の目の前で、舞い散る桜の花びらが空中で静止した。
時間が……止まったんだ。
すると僕の耳に聞いたことのある声が響いた。
【大切な者の手を放してはいかん。どんなに後悔しても遅いのじゃから】
カヤさんだ!
僕はすぐに理解した。
彼女の力で時間が止まっているのだと。
そして僕の見つめる先では、光の粒子と化していくミランダが、本来の姿を取り戻していく。
カヤさんの時魔法の力が作用している。
孫のマヤちゃんも使っていた時魔法、時戻しだ。
ミランダの体の状態がゲームオーバーからほんの少し前の状態に戻っていく。
だけどその力は長くは続かなかった。
【ここらが限界じゃ。許せ。若者よ】
カヤさんのその声が途切れると、空中で静止していた桜の花びらが再び舞い躍り始めた。
そして満開だった桜の木は再び小さな苗木へと戻っていく。
時間が再び動き出したんだ。
状態が戻ったのはほんの少しだけで、ミランダは先ほどと同様に瀕死の状態となっている。
このままじゃすぐにまたミランダのライフは尽きてしまうだろう。
だけど今の僕にはそれで十分だった。
大事な者の手を放してはいけない。
カヤさんのその言葉は僕の頭と心にしっかりと刻み込まれていたのだから。
「ミランダ! 君はずっと僕と……僕と一緒にいるんだ!」
僕は声を張り上げ、決然と左手をミランダに向けて伸ばす。
ミランダへの強い思いを込めて。
すると今度こそミランダの体は黒い光の玉と化して宙を舞い始めた。
そしてそれは僕の左手首へと吸い込まれていく。
すぐに左手首が熱くなり、最後に残されていた黒いアザが強く輝き出したんだ。
【Band of Alfred, Membership List】
【Miranda / Jennette / Ariana / Victoria / Noah】
【Integration rate 100% / ALL member to gather】
途端に体の中に攻撃的な息吹が吹き荒れる。
ミランダの力が僕の体に宿っていることがよく分かる。
そして5人の力がそろったことで、先ほどまでより僕の体が一段と強化されていることを感じる。
ステータスも自分のそれとは思えないほど各パラメータが増強されていた。
これで僕が倒されない限り、ミランダたちはすぐにゲームオーバーになることはない。
「よし。次はブレイディーだ」
僕はブレイディーを下敷きにしている木の幹を、ヴィクトリアの力でどかした。
ブレイディーは気を失ってしまっているけれど、まだそのライフは半分ほど残されている。
木の下敷きになった時に両足を負傷してしまっていたけれど、幸いにして命に別条はないようだった。
ホッと安堵した僕はすぐにブレイディーに神の息吹をかけてそのライフを回復させる。
それから即座にアイテム・ストックから取り出したブレイディーの薬液を気絶している彼女に飲ませた。
そうして小さなネズミに変身したブレイディーを、僕はそっと近くの花壇の陰に隠す。
「ブレイディー。ここに隠れていてね」
それから僕はすぐに中庭から飛び上がると再びバルコニーの上に着地した。
そこでは氷槍刃によって身動きを止められていたはずのアナリンが今まさに動き出そうとしている。
彼女の歩みを止めていた氷はまだその体のそこかしこに貼り付いていたけれど、足や腕を氷結させていた氷は無理やり破壊されたらしく、跡形もなくなっていた。
その代わりにアナリンの両手両足は傷ついて血だらけになっていた。
その痛々しい姿に僕は思わず唇を噛む。
アナリンは敵だけど、自我を失って黒狼牙に操られるその姿は見ていて胸が痛んだ。
黒狼牙を握っている限り、彼女はその体が朽ち果てるまで平然と戦い続けるだろう。
そんなの……NPCのあるべき姿じゃない。
でも何となく分かってきたぞ。
どうにかして黒狼牙をアナリンの手から奪うことが出来れば、彼女を止めることが出来るんじゃないだろうか。
そうすればこの危機を乗り越えられるかもしれない。
僕は右手を前方に突き出した。
「来い! 嵐龍槍斧!」
アナリンの背後の床に突き立っていた嵐龍槍斧は僕の求めに応じて宙を舞い、僕の手元に戻って来てくれた。
僕はそれを手に突撃し、再び動き出したアナリンに斬りかかった。
「ハアッ!」
気合いを込めた僕の一撃をアナリンは真っ赤な刀身の黒狼牙で受け止める。
相変わらずアナリンは僕の全力の斬撃にもまったく揺らがない。
逆にアナリンが振るう一撃を受け止めた僕は後方に大きく飛ばされてしまう。
ミランダの力を借りてさらに強化されたはずの僕でも、アナリンの刀を受けると踏みとどまることが出来ない。
力の差は簡単には埋まらない。
でも、そんなことは分かりきっている。
戦う相手が自分より強いことはもう慣れっこだ。
「まだまだぁ!」
僕は恐れることなく次々と嵐龍槍斧で攻撃を繰り出す。
アナリンが放つ鬼速刃や鬼嵐刃は一瞬のタメが必要な技だ。
それを出させないためには、こちらから攻めまくるしかない。
そしてアナリンが黒狼牙・獄の状態になって一つだけ、僕には有利になったことがある。
確かに今の彼女の振るう刀の力と速度は尋常ではなく強烈だけど、本来アナリンが誇る精度の高い剣技は見る影もなくなっている。
前に彼女は僕の剣技を力と速さだけの紛い物と揶揄した。
だけど今はまさに彼女自身がその状態に陥っているんだ。
僕に勝機があるとすればそこだ。
僕は自分がすべきことを即座に頭の中で整理した。
アナリンに隙を作らせ、そこで攻撃を仕掛けて彼女に黒狼牙を手放させる。
そのためには大技が必要だ。
今、自分が持てる力を総動員して必ず勝つんだ。
「行くぞ。アナリン。僕たちの力を見せてやる」
これが最後の戦いになる。
いや、これで終わりにするんだ。
僕はそうした決意を胸に刻み、嵐龍槍斧を手にアナリンに向かっていった。
アナリンの放ったすさまじい威力の鬼嵐刃によって中庭に倒れた木の下敷きとなったブレイディーは、倒木と地面に挟まれて動かなくなっている。
そして彼女が治療してくれていたミランダはその数メートル先の地面に横たわったまま動かない。
ふ、2人が危ない!
すぐに駆けつけたいけれど、僕の後ろには同じく気を失って倒れ込んだままのエマさんと王女様がいる。
アナリンが目の前にいる以上、今ここで中庭に降りればエマさんたちが危険だ。
僕1人ではどちらも助けられない。
危機的状況に陥った僕は即座に行動を取る。
「くっ!」
僕はすぐさま嵐龍槍斧を手にアナリンに斬りかかった。
この状態を打破するにはアナリンを倒すしかない。
アナリンは先ほど僕が放った氷刃槍で両足が凍りついたまま、足を動かすことが出来ずにいる。
だけどその状態でもアナリンは僕の一撃を簡単に受け止めると、黒狼牙を鋭く真上に跳ね上げた。
その強力な力に耐え切れず、僕は嵐龍槍斧を手放してしまった。
「うあっ!」
し、しまった!
嵐龍槍斧は宙を舞ってアナリンの頭上を越え、その後方の床に突き立った。
武器を失った僕は両手を突き出して即座に魔法攻撃に切り替える。
「清光霧!」
僕の両手からジェネット得意の神聖魔法が噴出される。
だけどまたしてもアナリンは黒狼牙でこれを斬り払い、そこから生じた真紅の光の刃が床を破壊しながら僕の足元に迫る。
僕は即座に呼吸を止めて瞬間硬化を試みたけれど間に合わなかった。
「うわっ!」
足元の床が吹き飛ばされ、その衝撃で僕は後方に大きく飛ばされ、またしても中庭に落下した。
「くっ!」
ダメージを受けたもののすぐに立ち上がろうとした僕は、落ちた場所のすぐそばにミランダが倒れていることに気が付いたんだ。
彼女の顔からは生気が失われていた。
ブレイディーの必死の治療の甲斐なく、ミランダのライフは今まさに0を迎えようとしている。
傷が深く、出血が続いているためだ。
「ミランダ!」
僕は咄嗟に自分の左手首を見た。
僕の体の中に宿っている4人は皆、瀕死の状態に陥った時に光の玉となって僕の体内に吸収されたんだ。
そうすることで窮地に陥った彼女たちを救うことも出来た。
それならミランダも……。
そう考えた僕は左手首に念じた。
ミランダ。
僕の中に入ってきて。
5つめの黒いアザはくすんだ色のままだったけれど、これが輝き出せば……。
だけどその思いは届かなかった。
僕のアザが何かの変化を見せることはなかったんだ。
僕の目の前でミランダのライフゲージが尽き、苦しげな呼吸が止まる。
弱々しく上下していた彼女の胸は、ピクリとも動かなくなってしまった。
「そ、そんな……」
間に合わなかった。
ミランダのライフは……ついに0になってしまったんだ。
僕は信じられない思いで彼女のライフゲージを見る。
そんな僕の見つめる中、ミランダの体が光の粒子に変わっていく。
ゲ、ゲームオーバーのエフェクトだ。
そんな……ミランダが死んじゃう。
待って……ちょっと待ってよ。
僕は少しずつミランダが天に召されようとしていくのを、涙でボヤける視界の中で見つめることしか出来ない。
いくらミランダでもゲームオーバーになってしまえば復活できる保証はない。
もしかしたらミランダにはもう会えないかもしれない。
これでお別れになってしまうかもしれないんだ。
頭の中がミランダのことでいっぱいになって、僕は無意識のうちに泣き叫んでいた。
「イヤだ……イヤだ! いかないでよミランダ! せっかく城が出来たのに! これからここでたくさん活躍するはずだったのに! こんなところで死んでいいはずないんだ! この先……もう二度と君に会えなくなるなんて……そんなの絶対にイヤだ!」
僕の慟哭は空に虚しく消えていく。
喉が張り裂けんばかりに叫んでもミランダの粒子化は止まらず、その体は薄く消えていく。
間に合わなかった。
助けられなかった。
黒い光の玉となって彼女が僕の左手首に吸い込まれてくれれば、彼女を救うことが出来たかもしれないのに。
「ミランダ……」
僕が涙に滲む目で呆然とミランダを見送ろうとしたその時だった。
フワッとやわらかな風がどこからか吹いてきて、僕の頬をそっと撫でたんだ。
するとミランダが横たわっている地面の少し先に植えられている、桜の苗木が僕の頬を撫でたその風にそよいだ。
次の瞬間……苗木だった桜がいきなり成長して大人の木となり、満開の花びらを咲かせたんだ。
「えっ?」
それは以前の花見の時にも見た景色だった。
まるで夢の中にいるような幻想的な光景だ。
そして驚く僕の目の前で、舞い散る桜の花びらが空中で静止した。
時間が……止まったんだ。
すると僕の耳に聞いたことのある声が響いた。
【大切な者の手を放してはいかん。どんなに後悔しても遅いのじゃから】
カヤさんだ!
僕はすぐに理解した。
彼女の力で時間が止まっているのだと。
そして僕の見つめる先では、光の粒子と化していくミランダが、本来の姿を取り戻していく。
カヤさんの時魔法の力が作用している。
孫のマヤちゃんも使っていた時魔法、時戻しだ。
ミランダの体の状態がゲームオーバーからほんの少し前の状態に戻っていく。
だけどその力は長くは続かなかった。
【ここらが限界じゃ。許せ。若者よ】
カヤさんのその声が途切れると、空中で静止していた桜の花びらが再び舞い躍り始めた。
そして満開だった桜の木は再び小さな苗木へと戻っていく。
時間が再び動き出したんだ。
状態が戻ったのはほんの少しだけで、ミランダは先ほどと同様に瀕死の状態となっている。
このままじゃすぐにまたミランダのライフは尽きてしまうだろう。
だけど今の僕にはそれで十分だった。
大事な者の手を放してはいけない。
カヤさんのその言葉は僕の頭と心にしっかりと刻み込まれていたのだから。
「ミランダ! 君はずっと僕と……僕と一緒にいるんだ!」
僕は声を張り上げ、決然と左手をミランダに向けて伸ばす。
ミランダへの強い思いを込めて。
すると今度こそミランダの体は黒い光の玉と化して宙を舞い始めた。
そしてそれは僕の左手首へと吸い込まれていく。
すぐに左手首が熱くなり、最後に残されていた黒いアザが強く輝き出したんだ。
【Band of Alfred, Membership List】
【Miranda / Jennette / Ariana / Victoria / Noah】
【Integration rate 100% / ALL member to gather】
途端に体の中に攻撃的な息吹が吹き荒れる。
ミランダの力が僕の体に宿っていることがよく分かる。
そして5人の力がそろったことで、先ほどまでより僕の体が一段と強化されていることを感じる。
ステータスも自分のそれとは思えないほど各パラメータが増強されていた。
これで僕が倒されない限り、ミランダたちはすぐにゲームオーバーになることはない。
「よし。次はブレイディーだ」
僕はブレイディーを下敷きにしている木の幹を、ヴィクトリアの力でどかした。
ブレイディーは気を失ってしまっているけれど、まだそのライフは半分ほど残されている。
木の下敷きになった時に両足を負傷してしまっていたけれど、幸いにして命に別条はないようだった。
ホッと安堵した僕はすぐにブレイディーに神の息吹をかけてそのライフを回復させる。
それから即座にアイテム・ストックから取り出したブレイディーの薬液を気絶している彼女に飲ませた。
そうして小さなネズミに変身したブレイディーを、僕はそっと近くの花壇の陰に隠す。
「ブレイディー。ここに隠れていてね」
それから僕はすぐに中庭から飛び上がると再びバルコニーの上に着地した。
そこでは氷槍刃によって身動きを止められていたはずのアナリンが今まさに動き出そうとしている。
彼女の歩みを止めていた氷はまだその体のそこかしこに貼り付いていたけれど、足や腕を氷結させていた氷は無理やり破壊されたらしく、跡形もなくなっていた。
その代わりにアナリンの両手両足は傷ついて血だらけになっていた。
その痛々しい姿に僕は思わず唇を噛む。
アナリンは敵だけど、自我を失って黒狼牙に操られるその姿は見ていて胸が痛んだ。
黒狼牙を握っている限り、彼女はその体が朽ち果てるまで平然と戦い続けるだろう。
そんなの……NPCのあるべき姿じゃない。
でも何となく分かってきたぞ。
どうにかして黒狼牙をアナリンの手から奪うことが出来れば、彼女を止めることが出来るんじゃないだろうか。
そうすればこの危機を乗り越えられるかもしれない。
僕は右手を前方に突き出した。
「来い! 嵐龍槍斧!」
アナリンの背後の床に突き立っていた嵐龍槍斧は僕の求めに応じて宙を舞い、僕の手元に戻って来てくれた。
僕はそれを手に突撃し、再び動き出したアナリンに斬りかかった。
「ハアッ!」
気合いを込めた僕の一撃をアナリンは真っ赤な刀身の黒狼牙で受け止める。
相変わらずアナリンは僕の全力の斬撃にもまったく揺らがない。
逆にアナリンが振るう一撃を受け止めた僕は後方に大きく飛ばされてしまう。
ミランダの力を借りてさらに強化されたはずの僕でも、アナリンの刀を受けると踏みとどまることが出来ない。
力の差は簡単には埋まらない。
でも、そんなことは分かりきっている。
戦う相手が自分より強いことはもう慣れっこだ。
「まだまだぁ!」
僕は恐れることなく次々と嵐龍槍斧で攻撃を繰り出す。
アナリンが放つ鬼速刃や鬼嵐刃は一瞬のタメが必要な技だ。
それを出させないためには、こちらから攻めまくるしかない。
そしてアナリンが黒狼牙・獄の状態になって一つだけ、僕には有利になったことがある。
確かに今の彼女の振るう刀の力と速度は尋常ではなく強烈だけど、本来アナリンが誇る精度の高い剣技は見る影もなくなっている。
前に彼女は僕の剣技を力と速さだけの紛い物と揶揄した。
だけど今はまさに彼女自身がその状態に陥っているんだ。
僕に勝機があるとすればそこだ。
僕は自分がすべきことを即座に頭の中で整理した。
アナリンに隙を作らせ、そこで攻撃を仕掛けて彼女に黒狼牙を手放させる。
そのためには大技が必要だ。
今、自分が持てる力を総動員して必ず勝つんだ。
「行くぞ。アナリン。僕たちの力を見せてやる」
これが最後の戦いになる。
いや、これで終わりにするんだ。
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