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最終章 月下の死闘
第19話 決着! 魔獣大戦の終局
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『急ぎたまえ! アルフレッド君!』
先を行くムクドリ姿のブレイディーを追いかけて僕は廊下を駆け抜け、再びバルコニーに舞い戻った。
するとバルコニーから見渡す多くのモニターの映像が視界に入ってきた。
そこでは無数の黒い手・亡者の手にまとわりつかれて、それを振り払おうと暴れ狂うアニヒレートの姿があった。
アニヒレートは体のあちこちに深い傷を負い、左の前脚は骨が折れているようでダラリと力なく垂れ下っている。
そしてミランダの操る闇狼は片眼が潰され、後ろ脚も片方が折られて不自然に曲がってしまっていた。
どちらも満身創痍だ。
それでも闇狼はアニヒレートに向けて口から連続で黒炎弾を吐き出す。
巨大な火球がアニヒレートの腹に2発、3発と連続で直撃した。
アニヒレートの残りライフは……に、2000。
あとわずかだ!
アニヒレートは全身に負った傷のせいか、すでにフラフラと足元が覚束ない。
一方の闇狼も黒炎弾を吐き終えた後に、その口から血を吐き出して苦しそうにえづいている。
僕は玉座のあった場所に近付き、保護色マントを取り外した。
すると玉座に座るミランダはその顔に色濃い疲労を滲ませながらも、歯を食いしばっていた。
ミランダも苦しいんだ。
相当に魔力を消費しているはずだから。
がんばれミランダ!
あと少しだ!
「ゴアアアアッ!」
自慢の黄金の毛並みを赤い血で染めるアニヒレートは、最後の力を振り絞るように吠えた。
そしてその体が赤く染まっていく。
ボロボロの状態でアニヒレートが勝負をかけてきたんだ。
赤く燃え盛る巨大火球を吐き出そうとしている。
闇狼は目から闇閃光を発してアニヒレートを攻撃するけれど、脚や胴に闇閃光が直撃しても、すでに紅潮しきった体のアニヒレートは構うことなく巨大火球を吐き出した。
それは闇狼の放つ黒炎弾より数倍は巨大でとても跳ね返せそうにない。
まずい!
僕の見ているモニターの中、アニヒレートの巨大火球が闇狼に直撃する寸前、画面が真っ赤に燃えて見えなくなった。
闇狼の目についているカメラが炎に包まれてしまったんだ。
そして画面は即座にブラック・アウトして何も見えなくなってしまう。
「や、やられた!」
思わず声を上げる僕だけど、肩に止まったブレイディーが僕のこめかみを嘴で軽くつついた。
『落ち着きたまえ。闇狼がやられたら、この場にいる我々も無事では済まないはずだろう?』
そ、そうか。
ここは闇狼の頭の中だ。
でも衝撃や熱が伝わってこない造りになっているから、まるで別の場所にいるような錯覚に陥る。
「ゴアアアアッ!」
突然響き渡るアニヒレートの咆哮に僕はハッとして声を上げた。
いくつかあるモニターのうち、外部からのカメラの中でアニヒレートが吠えている。
敵を焼き尽くしたと確信したのか?
アニヒレートの様子に眉を潜める僕は自分が見落としていたものに気付いた。
それは玉座に座るミランダの前に表示されているコマンド・ウインドウだった。
【変形:闇鷲】
闇鷲?
その文字に目を凝らす僕は、モニターの中に黒い鷲が飛翔しているのを見たんだ。
両翼を大きく広げたそれは、アニヒレートの頭上から迫り来る巨大な鷲だった。
そして闇狼の姿は今はどこにもない。
これ、もしかしてこのミランダ城が狼から鷲に変化したってこと?
驚く僕の見つめる先、モニター上で闇鷲がアニヒレートに襲いかかり、その鋭い鉤爪でアニヒレートの片眼をえぐり取ったんだ。
「ングアオオオオオッ!」
アニヒレートがその顔から血を流して苦しそうに悲鳴を上げた。
す、すごい!
この闇鷹ならアニヒレートにトドメをさせるんじゃ……そう思った僕だけど、その目算は甘かった。
「ゴアッ!」
怒りのままに振り回したアニヒレートの右前脚が闇鷲を直撃した。
そして闇鷲に変身したからといって、闇狼の時に受けたミランダ城のダメージは無かったことにはならなかったんだ。
その結果……闇鷲のライフゲージは0になった。
【耐久度0:変形モード強制解除】
叩き落とされた闇鷲が地面へと墜落していき、途端に僕らを包み込んでいたこの中庭とバルコニーの空間に落下によるGがかかった。
「うわっ!」
『城が耐久度を失って、城内環境安定化の魔力が切れたんだ』
そのまま強い衝撃と共に闇鷲は地面に激突し、その途端に変身が解けてこのミランダ城は元の城の姿に戻ってしまった。
床に転倒した僕の頭上がスッと開け、月明かりが差し込んできた。
先ほどまで天井に覆われていたそこは、以前の中庭の姿に戻り、頭上には月の輝く明るい夜空が広がっている。
ブレイディーはムクドリの姿で宙に浮かんでいるから落下の衝撃も受けなかったけれど、ミランダは……。
そう思って見やった玉座には誰の姿もない。
そこに座っていたはずのミランダは……すでに玉座を離れて空中に浮かび上がり、アニヒレートに向かって猛然と飛翔している。
僕は反射的に声を上げていた。
「ミランダ!」
「トドメは私が刺す!」
彼女はこのミランダ城の操作によってほとんど魔力を使い切ってしまっている。
今回のイベントでは魔力の回復ドリンクは使用が禁じられているため、魔力を回復させるには一定時間の休養が必要だった。
だから減った魔力をすぐに回復する手段は無い。
それでも彼女は城が力を失った後すぐにアニヒレートに向かって行ったんだ。
そこに迷いも躊躇いもまるでない。
むしろこのチャンスを逃してなるものかと、勝負をかける時の表情を見せていた。
肉食獣が獲物を仕留める直前の猛々しい顔だ。
片目を潰されてなお猛り狂うアニヒレートだけど、そのライフはとうとう三桁、950まで減少していた。
それでもアニヒレートは大口を開けて、目の前を飛び回るミランダを噛み殺そうとする。
ミランダはすばやい飛翔でこれをかいくぐりながらアニヒレートの死角に入り込もうとしていた。
ミランダ……一体どうするつもりなんだ?
彼女の魔力ゲージを見れば僕には分かる。
残りわずかの魔力ではもう小魔女謝肉祭を繰り出すことは出来ない。
かといってミランダが単独で黒炎弾を数発撃ったところで、アニヒレートの残り950のライフを根こそぎ奪うのは不可能だ。
そうなると勝負できるのは……アレしかない。
成功すればNPC1人分のライフの最大値である999のダメージをアニヒレートに与えられるミランダの必殺技。
「死神の顎でその魂を食いちぎってやる! 死神の接吻!」
そう。
ミランダが単独で放つ即死魔法・死神の接吻。
アニヒレートの背後に回り込んだミランダの両手から放たれたそれは、黒い靄のドクロとなってアニヒレートに背中に襲いかかった。
だけど……。
「ゴアッ!」
ドクロはアニヒレートの体を胸側へとすり抜けて前方へと消えた。
し、失敗だ!
アニヒレートのライフは950のまま変わらない。
成功率33%の魔法だから仕方ないんだけど、本当ならここで小魔女たちと一緒に放つ複合技・死神達の接吻を繰り出したかった。
それなら多くのドクロがアニヒレートを同時に襲うため、33%の成功率でもどれかは当たるはずだから。
「チッ! 悪運の強い熊ね!」
ミランダはアニヒレートが振り回す前脚の攻撃をかいくぐりながら、もう一度死神の接吻を敢行するチャンスを窺っている。
ミランダの魔力は切れる寸前で、もうあと何発も撃てないはずだ。
空中を飛ぶのだって魔力が無ければままならない。
次で決めないとミランダの勝利は一気に遠のいてしまう。
何か手はないのか……何か。
そこで僕はハッとして自分の左手首を見た。
そ、そうだ……手はある。
やれるかどうかは分からないけど、やるしかない!
「ブレイディー。転性の仮面をありがとう。僕、ミランダに加勢するから君は安全な場所に避難して」
僕はムクドリのブレイディーにそう言うと、天樹の衣の力で宙に舞い上がる。
そして一気に上昇すると、アニヒレートの頭上に躍り出た。
「ミランダァァァァ!」
声の限りに僕はミランダの名を叫ぶ。
アニヒレートの前脚をかいくぐりながら、ミランダはこちらをチラリと見た。
その顔に怪訝な表情が浮かぶ。
「アル! 何やってんのよ!」
「もう一発だ! もう一発、死神の接吻だ! 失敗しても僕が何とかする!」
僕は声を張り上げた。
するとミランダは僕が何かをやろうとしていることを即座に悟り、攻撃態勢に入る。
そんな彼女の態度が僕は嬉しかった。
あんたは引っ込んでなさい。
あんたに何が出来るのよ。
そんな言葉が投げ掛けられることもない。
それって僕のことも戦力的に少しは信頼してくれているってことだよね。
それが僕には嬉しかった。
そして何よりもミランダの支えるために自分の力を振るうことが出来るのが嬉しかったんだ。
僕はこれからも、この先ずっと、すぐ隣でミランダを支える。
その役目は……僕だけの役目だ!
「絶対にここでアニヒレートを倒すんだ」
僕は強い決意を持ってアニヒレートの背中付近を飛び回る。
ここならアニヒレートからは僕の姿が見えない。
アニヒレートは目の前のミランダを叩き落とそうと躍起になっているから、なおのことだ。
失敗しても僕が何とかする。
ミランダにはああ言ったけれど、もし僕が失敗したら僕自身にも死の危険性がある。
今から僕がやろうとしているのは、そんな危険な賭けだった。
だけどここまで来たらもうビビってなんかいられない。
腹を括った僕の目の前でアニヒレートが大きな咆哮を上げる。
「ゴアアアアッ!」
そしてアニヒレートはその口から前方のミランダに向けて青い光弾を放ったんだ。
僕はアニヒレートの背中側にいるから反対側のミランダの様子を見ることは出来ない。
それでも僕は彼女を信じた。
ミランダなら必ず回避していると。
そしてアニヒレートの放った光弾が遥か彼方の大地を焦がす音が響き渡る中、僕は確かにその声を聞いた。
「死神の接吻!」
光弾を放った後にわずかに身動きを止めたアニヒレートに向けて、死神の接吻が放たれたんだ。
すぐに黒い靄のドクロはアニヒレートの胸を突き抜けて僕のいる背中側に現れた。
またしても失敗だ!
だけど……まだだ!
ジェネット!
どうか僕に力を貸して!
「応報の鏡!」
僕がそう叫ぶと目の前に光り輝く大きな鏡が現れた。
そしてそれはアニヒレートの背中を突き抜けて僕のほうに向かってきた黒い靄のドクロを反射して跳ね返したんだ。
跳ね返ったドクロは再びアニヒレートの背中に吸い込まれていく。
次の瞬間、アニヒレートの動きが……ピタリと止まった。
そして……。
「ギャオオオオオオオオオオオオアアアッ!」
アニヒレートが苦しげに吠えて、膝からその場に崩れ落ちたんだ。
そしてその体をビクビクと痙攣させて力なく前のめりに地面に倒れ込んだ。
大きな地響きと共に土埃が盛大に舞い上がる。
「や、やった……」
僕は左手首に輝く白いアザを見てジェネットに感謝した。
応報の鏡。
ジェネットの特殊スキルで、相手の魔法を跳ね返す反射魔法だった。
そしてこの応報の鏡で反射された魔法は成功率が100%に跳ね上がるんだ。
死神の接吻と応報の鏡。
かつてこのコンビネーションでミランダとジェネットは強敵・上級兵士リードを倒したことがある。
その時のことを思い出して僕も見よう見まねでやってみたんだ。
ジェネットの力がこの身に宿っているとはいえ、本当に出来るか不安だったけど、結果は目の前に示されていた。
99999という途方もない生命力を誇るアニヒレートが、ついに地面にひれ伏した。
その巨大な体が光の粒子となって空に消えていくのを僕は呆然と見上げた。
空には大きなウインドウが開き、祝福のメッセージが浮かび上がる。
それはアニヒレートの敗北が紛れもない事実であるということを示していた。
僕はそれを見てようやく実感できたんだ。
自分たちの勝利を。
【Congratulations! Annihilate was defeated by Miranda & Alfred】
先を行くムクドリ姿のブレイディーを追いかけて僕は廊下を駆け抜け、再びバルコニーに舞い戻った。
するとバルコニーから見渡す多くのモニターの映像が視界に入ってきた。
そこでは無数の黒い手・亡者の手にまとわりつかれて、それを振り払おうと暴れ狂うアニヒレートの姿があった。
アニヒレートは体のあちこちに深い傷を負い、左の前脚は骨が折れているようでダラリと力なく垂れ下っている。
そしてミランダの操る闇狼は片眼が潰され、後ろ脚も片方が折られて不自然に曲がってしまっていた。
どちらも満身創痍だ。
それでも闇狼はアニヒレートに向けて口から連続で黒炎弾を吐き出す。
巨大な火球がアニヒレートの腹に2発、3発と連続で直撃した。
アニヒレートの残りライフは……に、2000。
あとわずかだ!
アニヒレートは全身に負った傷のせいか、すでにフラフラと足元が覚束ない。
一方の闇狼も黒炎弾を吐き終えた後に、その口から血を吐き出して苦しそうにえづいている。
僕は玉座のあった場所に近付き、保護色マントを取り外した。
すると玉座に座るミランダはその顔に色濃い疲労を滲ませながらも、歯を食いしばっていた。
ミランダも苦しいんだ。
相当に魔力を消費しているはずだから。
がんばれミランダ!
あと少しだ!
「ゴアアアアッ!」
自慢の黄金の毛並みを赤い血で染めるアニヒレートは、最後の力を振り絞るように吠えた。
そしてその体が赤く染まっていく。
ボロボロの状態でアニヒレートが勝負をかけてきたんだ。
赤く燃え盛る巨大火球を吐き出そうとしている。
闇狼は目から闇閃光を発してアニヒレートを攻撃するけれど、脚や胴に闇閃光が直撃しても、すでに紅潮しきった体のアニヒレートは構うことなく巨大火球を吐き出した。
それは闇狼の放つ黒炎弾より数倍は巨大でとても跳ね返せそうにない。
まずい!
僕の見ているモニターの中、アニヒレートの巨大火球が闇狼に直撃する寸前、画面が真っ赤に燃えて見えなくなった。
闇狼の目についているカメラが炎に包まれてしまったんだ。
そして画面は即座にブラック・アウトして何も見えなくなってしまう。
「や、やられた!」
思わず声を上げる僕だけど、肩に止まったブレイディーが僕のこめかみを嘴で軽くつついた。
『落ち着きたまえ。闇狼がやられたら、この場にいる我々も無事では済まないはずだろう?』
そ、そうか。
ここは闇狼の頭の中だ。
でも衝撃や熱が伝わってこない造りになっているから、まるで別の場所にいるような錯覚に陥る。
「ゴアアアアッ!」
突然響き渡るアニヒレートの咆哮に僕はハッとして声を上げた。
いくつかあるモニターのうち、外部からのカメラの中でアニヒレートが吠えている。
敵を焼き尽くしたと確信したのか?
アニヒレートの様子に眉を潜める僕は自分が見落としていたものに気付いた。
それは玉座に座るミランダの前に表示されているコマンド・ウインドウだった。
【変形:闇鷲】
闇鷲?
その文字に目を凝らす僕は、モニターの中に黒い鷲が飛翔しているのを見たんだ。
両翼を大きく広げたそれは、アニヒレートの頭上から迫り来る巨大な鷲だった。
そして闇狼の姿は今はどこにもない。
これ、もしかしてこのミランダ城が狼から鷲に変化したってこと?
驚く僕の見つめる先、モニター上で闇鷲がアニヒレートに襲いかかり、その鋭い鉤爪でアニヒレートの片眼をえぐり取ったんだ。
「ングアオオオオオッ!」
アニヒレートがその顔から血を流して苦しそうに悲鳴を上げた。
す、すごい!
この闇鷹ならアニヒレートにトドメをさせるんじゃ……そう思った僕だけど、その目算は甘かった。
「ゴアッ!」
怒りのままに振り回したアニヒレートの右前脚が闇鷲を直撃した。
そして闇鷲に変身したからといって、闇狼の時に受けたミランダ城のダメージは無かったことにはならなかったんだ。
その結果……闇鷲のライフゲージは0になった。
【耐久度0:変形モード強制解除】
叩き落とされた闇鷲が地面へと墜落していき、途端に僕らを包み込んでいたこの中庭とバルコニーの空間に落下によるGがかかった。
「うわっ!」
『城が耐久度を失って、城内環境安定化の魔力が切れたんだ』
そのまま強い衝撃と共に闇鷲は地面に激突し、その途端に変身が解けてこのミランダ城は元の城の姿に戻ってしまった。
床に転倒した僕の頭上がスッと開け、月明かりが差し込んできた。
先ほどまで天井に覆われていたそこは、以前の中庭の姿に戻り、頭上には月の輝く明るい夜空が広がっている。
ブレイディーはムクドリの姿で宙に浮かんでいるから落下の衝撃も受けなかったけれど、ミランダは……。
そう思って見やった玉座には誰の姿もない。
そこに座っていたはずのミランダは……すでに玉座を離れて空中に浮かび上がり、アニヒレートに向かって猛然と飛翔している。
僕は反射的に声を上げていた。
「ミランダ!」
「トドメは私が刺す!」
彼女はこのミランダ城の操作によってほとんど魔力を使い切ってしまっている。
今回のイベントでは魔力の回復ドリンクは使用が禁じられているため、魔力を回復させるには一定時間の休養が必要だった。
だから減った魔力をすぐに回復する手段は無い。
それでも彼女は城が力を失った後すぐにアニヒレートに向かって行ったんだ。
そこに迷いも躊躇いもまるでない。
むしろこのチャンスを逃してなるものかと、勝負をかける時の表情を見せていた。
肉食獣が獲物を仕留める直前の猛々しい顔だ。
片目を潰されてなお猛り狂うアニヒレートだけど、そのライフはとうとう三桁、950まで減少していた。
それでもアニヒレートは大口を開けて、目の前を飛び回るミランダを噛み殺そうとする。
ミランダはすばやい飛翔でこれをかいくぐりながらアニヒレートの死角に入り込もうとしていた。
ミランダ……一体どうするつもりなんだ?
彼女の魔力ゲージを見れば僕には分かる。
残りわずかの魔力ではもう小魔女謝肉祭を繰り出すことは出来ない。
かといってミランダが単独で黒炎弾を数発撃ったところで、アニヒレートの残り950のライフを根こそぎ奪うのは不可能だ。
そうなると勝負できるのは……アレしかない。
成功すればNPC1人分のライフの最大値である999のダメージをアニヒレートに与えられるミランダの必殺技。
「死神の顎でその魂を食いちぎってやる! 死神の接吻!」
そう。
ミランダが単独で放つ即死魔法・死神の接吻。
アニヒレートの背後に回り込んだミランダの両手から放たれたそれは、黒い靄のドクロとなってアニヒレートに背中に襲いかかった。
だけど……。
「ゴアッ!」
ドクロはアニヒレートの体を胸側へとすり抜けて前方へと消えた。
し、失敗だ!
アニヒレートのライフは950のまま変わらない。
成功率33%の魔法だから仕方ないんだけど、本当ならここで小魔女たちと一緒に放つ複合技・死神達の接吻を繰り出したかった。
それなら多くのドクロがアニヒレートを同時に襲うため、33%の成功率でもどれかは当たるはずだから。
「チッ! 悪運の強い熊ね!」
ミランダはアニヒレートが振り回す前脚の攻撃をかいくぐりながら、もう一度死神の接吻を敢行するチャンスを窺っている。
ミランダの魔力は切れる寸前で、もうあと何発も撃てないはずだ。
空中を飛ぶのだって魔力が無ければままならない。
次で決めないとミランダの勝利は一気に遠のいてしまう。
何か手はないのか……何か。
そこで僕はハッとして自分の左手首を見た。
そ、そうだ……手はある。
やれるかどうかは分からないけど、やるしかない!
「ブレイディー。転性の仮面をありがとう。僕、ミランダに加勢するから君は安全な場所に避難して」
僕はムクドリのブレイディーにそう言うと、天樹の衣の力で宙に舞い上がる。
そして一気に上昇すると、アニヒレートの頭上に躍り出た。
「ミランダァァァァ!」
声の限りに僕はミランダの名を叫ぶ。
アニヒレートの前脚をかいくぐりながら、ミランダはこちらをチラリと見た。
その顔に怪訝な表情が浮かぶ。
「アル! 何やってんのよ!」
「もう一発だ! もう一発、死神の接吻だ! 失敗しても僕が何とかする!」
僕は声を張り上げた。
するとミランダは僕が何かをやろうとしていることを即座に悟り、攻撃態勢に入る。
そんな彼女の態度が僕は嬉しかった。
あんたは引っ込んでなさい。
あんたに何が出来るのよ。
そんな言葉が投げ掛けられることもない。
それって僕のことも戦力的に少しは信頼してくれているってことだよね。
それが僕には嬉しかった。
そして何よりもミランダの支えるために自分の力を振るうことが出来るのが嬉しかったんだ。
僕はこれからも、この先ずっと、すぐ隣でミランダを支える。
その役目は……僕だけの役目だ!
「絶対にここでアニヒレートを倒すんだ」
僕は強い決意を持ってアニヒレートの背中付近を飛び回る。
ここならアニヒレートからは僕の姿が見えない。
アニヒレートは目の前のミランダを叩き落とそうと躍起になっているから、なおのことだ。
失敗しても僕が何とかする。
ミランダにはああ言ったけれど、もし僕が失敗したら僕自身にも死の危険性がある。
今から僕がやろうとしているのは、そんな危険な賭けだった。
だけどここまで来たらもうビビってなんかいられない。
腹を括った僕の目の前でアニヒレートが大きな咆哮を上げる。
「ゴアアアアッ!」
そしてアニヒレートはその口から前方のミランダに向けて青い光弾を放ったんだ。
僕はアニヒレートの背中側にいるから反対側のミランダの様子を見ることは出来ない。
それでも僕は彼女を信じた。
ミランダなら必ず回避していると。
そしてアニヒレートの放った光弾が遥か彼方の大地を焦がす音が響き渡る中、僕は確かにその声を聞いた。
「死神の接吻!」
光弾を放った後にわずかに身動きを止めたアニヒレートに向けて、死神の接吻が放たれたんだ。
すぐに黒い靄のドクロはアニヒレートの胸を突き抜けて僕のいる背中側に現れた。
またしても失敗だ!
だけど……まだだ!
ジェネット!
どうか僕に力を貸して!
「応報の鏡!」
僕がそう叫ぶと目の前に光り輝く大きな鏡が現れた。
そしてそれはアニヒレートの背中を突き抜けて僕のほうに向かってきた黒い靄のドクロを反射して跳ね返したんだ。
跳ね返ったドクロは再びアニヒレートの背中に吸い込まれていく。
次の瞬間、アニヒレートの動きが……ピタリと止まった。
そして……。
「ギャオオオオオオオオオオオオアアアッ!」
アニヒレートが苦しげに吠えて、膝からその場に崩れ落ちたんだ。
そしてその体をビクビクと痙攣させて力なく前のめりに地面に倒れ込んだ。
大きな地響きと共に土埃が盛大に舞い上がる。
「や、やった……」
僕は左手首に輝く白いアザを見てジェネットに感謝した。
応報の鏡。
ジェネットの特殊スキルで、相手の魔法を跳ね返す反射魔法だった。
そしてこの応報の鏡で反射された魔法は成功率が100%に跳ね上がるんだ。
死神の接吻と応報の鏡。
かつてこのコンビネーションでミランダとジェネットは強敵・上級兵士リードを倒したことがある。
その時のことを思い出して僕も見よう見まねでやってみたんだ。
ジェネットの力がこの身に宿っているとはいえ、本当に出来るか不安だったけど、結果は目の前に示されていた。
99999という途方もない生命力を誇るアニヒレートが、ついに地面にひれ伏した。
その巨大な体が光の粒子となって空に消えていくのを僕は呆然と見上げた。
空には大きなウインドウが開き、祝福のメッセージが浮かび上がる。
それはアニヒレートの敗北が紛れもない事実であるということを示していた。
僕はそれを見てようやく実感できたんだ。
自分たちの勝利を。
【Congratulations! Annihilate was defeated by Miranda & Alfred】
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バレットはまだ知らない。
彼女が天使たちの長たる天使長の2代目候補であるということを。
NPCの制約によって強さの上限値を越えられない下級悪魔と、秘められた自分の潜在能力の使い方が分からない見習い天使が出会ったことで、2人の運命が大きく変わる。
悪魔たちの世界を舞台に繰り広げられるNPC冒険活劇の外伝。
ここに開幕。
*イラストACより作者「Kotatsune」様のイラストを使用させていただいております。
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