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最終章 月下の死闘
第18話 100%の自分
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「死が近付いたな」
そう言いながらアナリンは赤い波紋をギラつかせた黒狼牙を握り、一歩ずつ僕に近付いて来る。
斬り裂かれた僕の左肩からはまだ出血が止まらず、僕は傷口を手で押さえたまま歯を食いしばった。
「先ほどはうまくさばいて見せたが、今度はどうなるかな」
そう言うとアナリンは目にも止まらぬ速度で刀を振り回し始めた。
き、鬼嵐刃だ。
僕は血に染まった左肩を右手で押さえながら即座に息を止めた。
ヴィクトリア。
力を貸して。
その瞬間、僕の体が鈍色に変わっていく。
瞬間硬化だ。
うまくいった!
そう思った僕だけど、アナリンはそれもお見通しだったんだ。
「そう来ると思ったぞ」
アナリンは鬼嵐刃を即座にキャンセルすると、僕に向かって走り出す。
し、しまった!
彼女の狙いを感知した僕は息を吐き出し、瞬間硬化を解いた。
だけどアナリンはもう目の前まで迫っている。
間に合わない!
だけど次の瞬間、構え遅れた僕に飛びかかろうとしていたアナリンの体に向かって頭上から何かが落下してきたんだ。
アナリンは反射的にそれを黒狼牙で斬り捨てる。
それは白い袋で、アナリンが斬った瞬間に中から白い粉が撒き散らされ、朦々と煙を立てて僕とアナリンを包み込んだ。
僕は反射的に地面を転がりながら後方へと退避する。
すると真っ白な粉塵を抜けたところで、羽音が聞こえたかと思うと、いきなり頭上で一羽の鳥がピイッと甲高い声で鳴いたんだ。
その鳥は僕の元へ降下してくる。
僕はすぐに腕を伸ばし、鳥はそこに止まった。
小さなムクドリだ。
『アルフリーダ君。お届け物だよ』
それはブレイディーの声だった。
彼女が薬で鳥の姿となってここまで来てくれたんだ。
そうか。
さっきの目くらましの白い粉は彼女が頭上から投げ落としたんだ。
そして彼女は自分のアイテム・ストックから僕のそれへとアイテムを譲渡してくれた。
僕はすぐにそれを取り出す。
これは……。
「て、転性の仮面だ!」
僕が今の女性姿に変身する時に使った物だ。
『お待ちかねだったろう?』
「な、直ったの? 修理に3日かかるって言ってたけど……」
『説明は後だ。すぐにそれを被りたまえ。女の体のままでは本来の力を発揮できないだろう?』
そ、そうだ。
考えている暇はない。
前方では白い粉塵の中からアナリンの姿がうっすらと見えてきた。
足止めできる時間はもう残されていない。
僕は一も二もなく仮面を被った。
すると体全体がムズムズする感覚に包まれて、僕の体が即座に男の姿に戻ったんだ。
僕本来の下級兵士アルフレッドの姿に。
すると僕の左手首のアザのうち、白、青、赤、金の4つが強く輝き始め、僕の目の前にコマンド・ウインドウが表示される。
【Integration rate 100%】
先ほどまで99%だったそれが100%になった。
その途端、僕の体に多くの機能が搭載されたことが追加表示される。
そしてそれを読むまでもなく、嵐龍槍斧の刀身が白と黒の炎を帯び始めたんだ。
これは……ノアの聖邪の炎だ!
それを握る僕の体により一層の力感が溢れてきた。
詳しくは分からないけれど元の体に戻ったことで、僕は自分が先ほどまで以上の力を手にしたことは理解できた。
僕が元の姿に戻るのを見届けたムクドリ姿のブレイディーは即座にその場から離脱していく。
『この場にいると危険なので、ワタシは少し離れているよ! 健闘を祈る!』
ありがとうブレイディー。
僕は胸の内で感謝の言葉を呟くと、先手を打ってアナリンに飛びかかる。
彼女は白い粉塵の中から現れ、黒狼牙で僕の攻撃を受け止めた。
「ほう。ようやく男の姿に戻ったか。薄気味悪い女装には辟易していたところだ」
僕とアナリンは廊下に漂う粉塵を振り払うように二度三度と斬り結ぶ。
アナリンの力は強烈だけど、先ほどよりも押し負けていない。
もちろんアナリンの太刀さばきを前に一瞬も気を抜けないけれど、本来の男の姿に戻った僕の体には力が満ち溢れていた。
そして僕はある意図を持ってアナリンの姿を凝視した。
「縛竜眼」
そう言う僕の目から金色に輝く光の糸が放出されてアナリンの体にまとわりつく。
それはアナリンの動きをわずかに鈍くしてくれた。
それでもその効果は長く持続しない。
アナリンは金糸を振りほどかんばかりの勢いで刀を振り回す。
「こざかしい! 鬼嵐刃!」
「させない! 永久凍土!」
鬼嵐刃を繰り出そうとしたアナリンの頭上から、いくつもの巨大な凍土が落下してくる。
「フンッ!」
アナリンは後方に下がって、落下してくる凍土を次々と黒狼牙で斬り刻む。
破壊された凍土をほとんど蹴散らすようにして突っ込んでくるアナリンに対して僕は嵐龍槍斧の柄を瞬時に短く変化させると、それを8の字状に振り回す。
これはヴィクトリアの必殺技だ!
見よう見まねなんかじゃない。
僕の中に息づく彼女の意思が僕の体を動かしてくれる。
「嵐刃大旋風」
それを見たアナリンの目が大きく見開かれる。
そして彼女は黒狼牙をすばやく鞘に叩き込むと、腰を落として居合いの構えを見せた。
それは鬼速刃を繰り出す時よりも歩幅が広く、より深く腰を落とした姿勢だった。
「これで終わりだ!」
その薄紅色の目がギラギラと輝き、その表情が激情の色を帯びる。
僕は嵐刃大旋風を繰り出しながらも、自分の背すじがゾッと寒くなるのを感じた。
来る!
アナリンの奥義が!
「鬼道烈斬!」
僕の繰り出す嵐刃大旋風にまるで臆することなく、アナリンは猛然と突っ込んできた。
そして彼女が抜き放った黒狼牙が僕の視界に閃いた途端、嵐龍槍斧が弾き飛ばされて頭上高く舞い上がる。
そして僕の腹部が深く斬り裂かれた。
あまりに鋭い斬撃に麻痺しているのか痛みは感じない。
だけど、斬り裂かれた僕の腹部からは激しく血が噴き出した。
き、斬られた。
アナリンの鬼嵐烈斬は僕の嵐刃大旋風を軽々と打ち破り、僕の体を斬り裂いたんだ。
「かはっ……」
僕のライフが一気にゼロになり、体が光の粒子に包み込まれていく。
そんな僕の背後でアナリンが黒狼牙を鞘に収める音がチンッと聞こえた。
「さらばだ。雑兵」
視界が赤く染まり、僕はその場に膝から崩れ落ちる。
その瞬間だった。
【生命の泉:発動】
失血で冷たくなっていく体に急速に熱が戻り始め、出血が止まり、傷口が塞がっていく。
そしてわずか数秒の間に一気に僕のライフが全回復したんだ。
これこそがさっきエマさんが僕に残してくれたプレゼントだった。
彼女のスキル・生命の泉。
これをあらかじめ体内に宿しておくことで、ライフが0になった時に一度だけそのライフを全回復できる優れたスキルなんだ。
エマさんも一日に一度しか使えないとっておきの魔法だった。
施術してもらう時にエマさんに密着されるから恥ずかしいんだけど、これこそが僕がアナリンを出し抜くことが出来る唯一の方法なんだ。
僕はカッと目を見開くと、宙に舞って落ちてきた嵐龍槍斧を右手で掴んだ。
そして即座に振り向くとアナリンの背中に思い切り穂先を突き刺した。
「カハッ!」
アナリンは僕の一撃を避けることが出来なかった。
それは僕の読み通りだったんだ。
鬼道烈斬は強烈な大技だけど、僕はそれをこの目で二度見て知っている。
技を繰り出した直後に生じるわずかな隙を。
その間、アナリンは微動だにしなくなるんだ。
「き、貴様……」
まさかライフが尽きた僕が即座に復活するとは思わなかったんだろう。
彼女のその油断が、僕にチャンスをくれたんだ。
ここで決める!
ノア、力を貸して。
僕は嵐龍槍斧の柄を即座に長くして、アナリンの背中に突き刺した状態のまま宙に浮かぶと、それを軸にしてドリル状にグルグルと回転し始めた。
あのアニヒレートすら苦しめたノアの大技だ。
「龍牙槍砲!」
僕が高速回転を始めると、アナリンの背中に突き刺さっていた穂先がさらに深く食い込んでいく。
背中を削られて激しく血が噴き出す様子は見ていて恐ろしいけれど、僕は歯を食いしばって技を繰り出し続けた。
躊躇したらやられる。
非情になるんだ!
「ぐあああああっ!」
アナリンはたまらず声を上げた。
だけどその状態でも彼女は黒狼牙を手放さずに振り上げた。
その動作は……鬼嵐刃だ!
な、何ていう闘争本能なんだ。
僕がそう歯噛みした瞬間、異変は起きた。
アナリンが振り上げた黒狼牙が急激にその力を失い始めたんだ。
黒い刀身は灰色にくすんでいき、禍々しい気配が消えていく。
来た……この時が。
解放した黒狼牙の力が尽きたんだ。
これでしばらくアナリンは黒狼牙を使えない。
僕は一気呵成に竜牙槍砲を加速させる。
「うああああああっ!」
「くはあああああっ!」
僕の叫び声とアナリンのそれとが共鳴するかのように響き渡り、ついに嵐龍槍斧がアナリンの背中から腹部を貫いた。
「かっ……ごほっ」
アナリンが血を吐く音が聞こえる。
僕はそのままの状態で回転を止め、嵐龍槍斧を手にしたままアナリンの背後に立った。
「そ……某を打ち破ったか。その……デタラメな力に敗れるとは……く、口惜しい」
アナリンはそう言ったきり、その場に倒れて動かなくなった。
そのライフが……ゼロになっている。
か、勝った……勝ったんだ!
僕は恐る恐るアナリンの体から嵐龍槍斧を引き抜く。
するとアナリンの体の下から赤い血が漏れ出し、そこに血だまりを作っていく。
その様子を呆然と見つめる僕の肩に、ムクドリが止まった。
変身したブレイディーだ。
『アルフリーダ……いや、アルフレッド君。ようやく東将姫殿を討ち果たしたね』
「う、うん。まだ信じられないけれど……僕、何とか勝てたんだね」
勝利の余韻は無い。
むしろ恐ろしい戦いに身を置いていたことで、今になって体が震え始めた。
だけど僕は口を真一文字に引き結ぶと、拳を握り締める。
こうして僕が戦ったことで今、玉座に腰をかけて闇狼を操っているミランダを守ることが出来たんだ。
それは誇っていいことだよね。
僕は左手首に光る4つのアザに右手を当てて、皆に感謝した。
ジェネット、アリアナ、ヴィクトリア、ノア。
皆のおかげで勝てたよ。
ありがとう。
僕は万感の思いとともに皆の顔を思い浮かべたんだ。
だけど僕のそんな思いは大音響にかき消されてしまう。
「ゴアアアアアアアアアッ!」
「ガァァァァァァウルルル!」
尋常ではないほどの二匹の魔獣の叫び声が城中に響き渡り、いよいよ魔獣大戦の決着が近いことを僕に知らしめていたんだ。
そう言いながらアナリンは赤い波紋をギラつかせた黒狼牙を握り、一歩ずつ僕に近付いて来る。
斬り裂かれた僕の左肩からはまだ出血が止まらず、僕は傷口を手で押さえたまま歯を食いしばった。
「先ほどはうまくさばいて見せたが、今度はどうなるかな」
そう言うとアナリンは目にも止まらぬ速度で刀を振り回し始めた。
き、鬼嵐刃だ。
僕は血に染まった左肩を右手で押さえながら即座に息を止めた。
ヴィクトリア。
力を貸して。
その瞬間、僕の体が鈍色に変わっていく。
瞬間硬化だ。
うまくいった!
そう思った僕だけど、アナリンはそれもお見通しだったんだ。
「そう来ると思ったぞ」
アナリンは鬼嵐刃を即座にキャンセルすると、僕に向かって走り出す。
し、しまった!
彼女の狙いを感知した僕は息を吐き出し、瞬間硬化を解いた。
だけどアナリンはもう目の前まで迫っている。
間に合わない!
だけど次の瞬間、構え遅れた僕に飛びかかろうとしていたアナリンの体に向かって頭上から何かが落下してきたんだ。
アナリンは反射的にそれを黒狼牙で斬り捨てる。
それは白い袋で、アナリンが斬った瞬間に中から白い粉が撒き散らされ、朦々と煙を立てて僕とアナリンを包み込んだ。
僕は反射的に地面を転がりながら後方へと退避する。
すると真っ白な粉塵を抜けたところで、羽音が聞こえたかと思うと、いきなり頭上で一羽の鳥がピイッと甲高い声で鳴いたんだ。
その鳥は僕の元へ降下してくる。
僕はすぐに腕を伸ばし、鳥はそこに止まった。
小さなムクドリだ。
『アルフリーダ君。お届け物だよ』
それはブレイディーの声だった。
彼女が薬で鳥の姿となってここまで来てくれたんだ。
そうか。
さっきの目くらましの白い粉は彼女が頭上から投げ落としたんだ。
そして彼女は自分のアイテム・ストックから僕のそれへとアイテムを譲渡してくれた。
僕はすぐにそれを取り出す。
これは……。
「て、転性の仮面だ!」
僕が今の女性姿に変身する時に使った物だ。
『お待ちかねだったろう?』
「な、直ったの? 修理に3日かかるって言ってたけど……」
『説明は後だ。すぐにそれを被りたまえ。女の体のままでは本来の力を発揮できないだろう?』
そ、そうだ。
考えている暇はない。
前方では白い粉塵の中からアナリンの姿がうっすらと見えてきた。
足止めできる時間はもう残されていない。
僕は一も二もなく仮面を被った。
すると体全体がムズムズする感覚に包まれて、僕の体が即座に男の姿に戻ったんだ。
僕本来の下級兵士アルフレッドの姿に。
すると僕の左手首のアザのうち、白、青、赤、金の4つが強く輝き始め、僕の目の前にコマンド・ウインドウが表示される。
【Integration rate 100%】
先ほどまで99%だったそれが100%になった。
その途端、僕の体に多くの機能が搭載されたことが追加表示される。
そしてそれを読むまでもなく、嵐龍槍斧の刀身が白と黒の炎を帯び始めたんだ。
これは……ノアの聖邪の炎だ!
それを握る僕の体により一層の力感が溢れてきた。
詳しくは分からないけれど元の体に戻ったことで、僕は自分が先ほどまで以上の力を手にしたことは理解できた。
僕が元の姿に戻るのを見届けたムクドリ姿のブレイディーは即座にその場から離脱していく。
『この場にいると危険なので、ワタシは少し離れているよ! 健闘を祈る!』
ありがとうブレイディー。
僕は胸の内で感謝の言葉を呟くと、先手を打ってアナリンに飛びかかる。
彼女は白い粉塵の中から現れ、黒狼牙で僕の攻撃を受け止めた。
「ほう。ようやく男の姿に戻ったか。薄気味悪い女装には辟易していたところだ」
僕とアナリンは廊下に漂う粉塵を振り払うように二度三度と斬り結ぶ。
アナリンの力は強烈だけど、先ほどよりも押し負けていない。
もちろんアナリンの太刀さばきを前に一瞬も気を抜けないけれど、本来の男の姿に戻った僕の体には力が満ち溢れていた。
そして僕はある意図を持ってアナリンの姿を凝視した。
「縛竜眼」
そう言う僕の目から金色に輝く光の糸が放出されてアナリンの体にまとわりつく。
それはアナリンの動きをわずかに鈍くしてくれた。
それでもその効果は長く持続しない。
アナリンは金糸を振りほどかんばかりの勢いで刀を振り回す。
「こざかしい! 鬼嵐刃!」
「させない! 永久凍土!」
鬼嵐刃を繰り出そうとしたアナリンの頭上から、いくつもの巨大な凍土が落下してくる。
「フンッ!」
アナリンは後方に下がって、落下してくる凍土を次々と黒狼牙で斬り刻む。
破壊された凍土をほとんど蹴散らすようにして突っ込んでくるアナリンに対して僕は嵐龍槍斧の柄を瞬時に短く変化させると、それを8の字状に振り回す。
これはヴィクトリアの必殺技だ!
見よう見まねなんかじゃない。
僕の中に息づく彼女の意思が僕の体を動かしてくれる。
「嵐刃大旋風」
それを見たアナリンの目が大きく見開かれる。
そして彼女は黒狼牙をすばやく鞘に叩き込むと、腰を落として居合いの構えを見せた。
それは鬼速刃を繰り出す時よりも歩幅が広く、より深く腰を落とした姿勢だった。
「これで終わりだ!」
その薄紅色の目がギラギラと輝き、その表情が激情の色を帯びる。
僕は嵐刃大旋風を繰り出しながらも、自分の背すじがゾッと寒くなるのを感じた。
来る!
アナリンの奥義が!
「鬼道烈斬!」
僕の繰り出す嵐刃大旋風にまるで臆することなく、アナリンは猛然と突っ込んできた。
そして彼女が抜き放った黒狼牙が僕の視界に閃いた途端、嵐龍槍斧が弾き飛ばされて頭上高く舞い上がる。
そして僕の腹部が深く斬り裂かれた。
あまりに鋭い斬撃に麻痺しているのか痛みは感じない。
だけど、斬り裂かれた僕の腹部からは激しく血が噴き出した。
き、斬られた。
アナリンの鬼嵐烈斬は僕の嵐刃大旋風を軽々と打ち破り、僕の体を斬り裂いたんだ。
「かはっ……」
僕のライフが一気にゼロになり、体が光の粒子に包み込まれていく。
そんな僕の背後でアナリンが黒狼牙を鞘に収める音がチンッと聞こえた。
「さらばだ。雑兵」
視界が赤く染まり、僕はその場に膝から崩れ落ちる。
その瞬間だった。
【生命の泉:発動】
失血で冷たくなっていく体に急速に熱が戻り始め、出血が止まり、傷口が塞がっていく。
そしてわずか数秒の間に一気に僕のライフが全回復したんだ。
これこそがさっきエマさんが僕に残してくれたプレゼントだった。
彼女のスキル・生命の泉。
これをあらかじめ体内に宿しておくことで、ライフが0になった時に一度だけそのライフを全回復できる優れたスキルなんだ。
エマさんも一日に一度しか使えないとっておきの魔法だった。
施術してもらう時にエマさんに密着されるから恥ずかしいんだけど、これこそが僕がアナリンを出し抜くことが出来る唯一の方法なんだ。
僕はカッと目を見開くと、宙に舞って落ちてきた嵐龍槍斧を右手で掴んだ。
そして即座に振り向くとアナリンの背中に思い切り穂先を突き刺した。
「カハッ!」
アナリンは僕の一撃を避けることが出来なかった。
それは僕の読み通りだったんだ。
鬼道烈斬は強烈な大技だけど、僕はそれをこの目で二度見て知っている。
技を繰り出した直後に生じるわずかな隙を。
その間、アナリンは微動だにしなくなるんだ。
「き、貴様……」
まさかライフが尽きた僕が即座に復活するとは思わなかったんだろう。
彼女のその油断が、僕にチャンスをくれたんだ。
ここで決める!
ノア、力を貸して。
僕は嵐龍槍斧の柄を即座に長くして、アナリンの背中に突き刺した状態のまま宙に浮かぶと、それを軸にしてドリル状にグルグルと回転し始めた。
あのアニヒレートすら苦しめたノアの大技だ。
「龍牙槍砲!」
僕が高速回転を始めると、アナリンの背中に突き刺さっていた穂先がさらに深く食い込んでいく。
背中を削られて激しく血が噴き出す様子は見ていて恐ろしいけれど、僕は歯を食いしばって技を繰り出し続けた。
躊躇したらやられる。
非情になるんだ!
「ぐあああああっ!」
アナリンはたまらず声を上げた。
だけどその状態でも彼女は黒狼牙を手放さずに振り上げた。
その動作は……鬼嵐刃だ!
な、何ていう闘争本能なんだ。
僕がそう歯噛みした瞬間、異変は起きた。
アナリンが振り上げた黒狼牙が急激にその力を失い始めたんだ。
黒い刀身は灰色にくすんでいき、禍々しい気配が消えていく。
来た……この時が。
解放した黒狼牙の力が尽きたんだ。
これでしばらくアナリンは黒狼牙を使えない。
僕は一気呵成に竜牙槍砲を加速させる。
「うああああああっ!」
「くはあああああっ!」
僕の叫び声とアナリンのそれとが共鳴するかのように響き渡り、ついに嵐龍槍斧がアナリンの背中から腹部を貫いた。
「かっ……ごほっ」
アナリンが血を吐く音が聞こえる。
僕はそのままの状態で回転を止め、嵐龍槍斧を手にしたままアナリンの背後に立った。
「そ……某を打ち破ったか。その……デタラメな力に敗れるとは……く、口惜しい」
アナリンはそう言ったきり、その場に倒れて動かなくなった。
そのライフが……ゼロになっている。
か、勝った……勝ったんだ!
僕は恐る恐るアナリンの体から嵐龍槍斧を引き抜く。
するとアナリンの体の下から赤い血が漏れ出し、そこに血だまりを作っていく。
その様子を呆然と見つめる僕の肩に、ムクドリが止まった。
変身したブレイディーだ。
『アルフリーダ……いや、アルフレッド君。ようやく東将姫殿を討ち果たしたね』
「う、うん。まだ信じられないけれど……僕、何とか勝てたんだね」
勝利の余韻は無い。
むしろ恐ろしい戦いに身を置いていたことで、今になって体が震え始めた。
だけど僕は口を真一文字に引き結ぶと、拳を握り締める。
こうして僕が戦ったことで今、玉座に腰をかけて闇狼を操っているミランダを守ることが出来たんだ。
それは誇っていいことだよね。
僕は左手首に光る4つのアザに右手を当てて、皆に感謝した。
ジェネット、アリアナ、ヴィクトリア、ノア。
皆のおかげで勝てたよ。
ありがとう。
僕は万感の思いとともに皆の顔を思い浮かべたんだ。
だけど僕のそんな思いは大音響にかき消されてしまう。
「ゴアアアアアアアアアッ!」
「ガァァァァァァウルルル!」
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