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最終章 月下の死闘
第17話 嵐龍槍斧《シュガール》
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「馬鹿な……」
アナリンの繰り出す直撃型の鬼速刃を受け止めた僕は、本来だったら物質を突き抜ける衝撃波によってダメージを浴びるはずだった。
だけど僕が新たに手にした武器・槍斧は鬼速刃を受け止めて僕を守ってくれ、衝撃波がこの身に及ぶことはなかったんだ。
そして目の前に展開されたコマンド・ウインドウには、この武器の名前が表示されている。
【嵐龍槍斧】
それが新しい僕の武器の名だ。
初めて手にするはずのその嵐龍槍斧は非常に手に馴染み、まるで昔から使い込んできた愛用の武器を手にしているような感覚だった。
「武器が変わったか。奇妙な術を使う」
鬼速刃が効かないことでわずかに動揺の色を見せたアナリンだったけれど、すぐに彼女は冷静さを取り戻した。
そしてアナリンは立て続けに黒狼牙を振るって僕を斬り伏せようとする。
だけど僕は嵐龍槍斧でそれを次々と受け止めた。
アナリンは僕の動きが変わったことを感じ取ったのか、舌打ちをするとわずかに後方に下がって距離を取った。
「チッ!」
す、すごい……。
咄嗟に見せた自分の動きに僕は思わず感嘆して胸の内で呟きを漏らした。
我ながら先ほどまでとは比べ物にならないほど巧みな防御だ。
僕はすぐに理解した。
これは槍を得意とするノアと、斧の達人であるヴィクトリアの感覚が僕の体に乗り移っているからなのだと。
剣の使い手ではないからこそ、僕の太刀筋は素人くさいとアナリンが言っていたけれど、槍と斧の使い手として百戦錬磨のノアとヴィクトリアの力が発揮されれば、こんなに力強いことはない。
僕はあらためて自分が手にしている槍斧・嵐龍槍斧を見た。
全体が白金色のそれは長槍ほどの長さを持ち、先端の斧部分の重量を支えるために、柄はノアの蛇龍槍よりも太い。
そして一番目立つ特徴は、両側に斧が付属している柄の中央部分にゲージがあることだ。
これは金銀の蛇剣と同様に、僕と僕の中にいる4人が受けた直近のダメージ量を表しているんだろう。
これならいける。
防戦一方だった僕はここが好機と見て、一気に攻勢をかけた。
「行くぞ!」
「調子に乗るな!」
僕がアナリンに向かって鋭く踏み込むと、彼女は僕を斬り捨てるべく僕以上の速度で黒狼牙突き出した。
だけど僕はその刃を穂先で弾くと嵐龍槍斧を反転させて、底部である石突でアナリンの痛めた腹部を狙う。
「チッ!」
アナリンは舌打ちをしてそれを刀で払うと一歩後退し、黒狼牙を構えたまま僕を睨んだ。
その顔には警戒の色が滲んでいる。
反撃……出来た。
今まで防戦一方だったけれど、初めてアナリンに反撃することが出来たんだ。
この嵐龍槍斧と僕の内に宿る皆の力のおかげだ。
そこから僕は果敢に攻撃を仕掛けていった。
槍斧である嵐龍槍斧は先端の槍部分で突く、払う、そして両脇の斧部分で斬る、引っかける、さらには柄や石突の部分で叩くといった様々なバリエーションの攻撃が可能だ。
さらにこの武器の優れたところは、僕の意思で柄が伸縮自在なところだった。
槍のように長い状態で敵を突くことも出来れば、柄を短くして斧のように扱うことも出来る。
敵との距離を測りながら、より有利な状況で戦うことが出来るんだ。
まるで槍と斧の両方を持っているような便利さだった。
もちろん僕の技量じゃ満足に扱えなかっただろうけど、今はヴィクトリアとノアの技術がこの身に宿っている。
これならアナリンと渡り合えるかもしれない。
そこから僕は嵐龍槍斧を駆使してアナリンに連続攻撃を仕掛ける。
アナリンはさすがの刀さばきでこちらの攻撃を防ぎ、一撃も当てられないものの、彼女の攻撃もこちらはしっかりと防ぐことが出来た。
やれるぞ。
戦況が変わりつつあることを悟ったらしいアナリンだけど、その顔には微塵の変化もなく冷静そのものだ。
「少しはやれるようになったようだが、貴様の敗北は変わらぬ」
そう言うとアナリンは黒狼牙を鞘に収めて居合いの構えを見せる。
また鬼速刃がくる。
僕は腰を落として嵐龍槍斧を構えた。
「鬼速刃!」
一瞬で間合いを詰めてくるアナリンが僕の胸を目がけて抜刀する。
避けることは到底出来ないほどの速度であり、僕は反射的にそれを嵐龍槍斧で受け止めようとした。
さっきと同じように衝撃を受け止められるか?
そう思った僕だけど、アナリンは黒狼牙が嵐龍槍斧とぶつかる瞬間に刀を止め、刃先は逆回転に弧を描いて僕の太ももを狙った。
フェイントだ!
「くっ!」
だけど僕は嵐龍槍斧を素早く動かしてそれに反応して見せた。
嵐龍槍斧の柄が黒狼牙を受け止め、硬質な音が鳴り響いた。
そして二度目となる打ち合いで僕は気が付いた。
鬼速刃の衝撃は嵐龍槍斧に吸収されるかのように消えたんだ。
僕はやはりノー・ダメージだった。
「おのれっ!」
アナリンは二度目の鬼速刃も僕にダメージを与えられなかったことに苛立ちを見せて、黒狼牙を嵐龍槍斧に押し込んでくる。
僕は両足を踏ん張ってこれに耐えた。
そこで僕は気が付いたんだ。
二度の鬼速刃を受け止めたことで、この嵐龍槍斧の柄に刻まれたゲージが減っている。
どういうことだ?
あのゲージは僕らのダメージ量を表しているはずで、金と銀の蛇剣と同様なら、この嵐龍槍斧で攻撃した際にそのゲージ量分の大きなダメージを与えられるものとばかり思っていた。
だけどこの嵐龍槍斧はそれを防御に使っている。
要するに嵐龍槍斧は僕の身代わりとなって、自らが衝撃を引き受けてくれたんだ。
これならこのゲージが空にならない限り、僕はアナリンの直撃型・鬼速刃を受け止めることが出来る。
「忌々しい!」
アナリンはそう言って後方へ大きく飛び退ると、すばやく剣舞を舞い始める。
「鬼嵐刃!」
光の刃が乱れ飛び、僕に襲い来る。
今のライフで一発でもクリーンヒットを浴びたらゲージが尽きてしまうだろう。
だけど僕の両腕は……いや、全身はスムーズに動いて嵐龍槍斧を操った。
次々と飛来する光の刃を僕は確実に弾き飛ばし、アナリンの鬼嵐刃を至近距離から浴びても無傷で済んだんだ。
それを見たアナリンは表情を改めた。
「なるほど……某は認識を改めなくてはならないようだな。そこまで力が変異するとは。どうやら貴様を侮っていた。認めよう。貴様の珍妙な力を」
そう言うとアナリンは黒狼牙の鞘に巻かれた金色の鎖を解き始める。
その動作に僕はハッと息を飲んだ。
黒狼牙・烈。
妖刀・黒狼牙の力を開放し、アナリンの能力を極限まで引き上げる恐ろしい戦法だ。
その鬼気迫る強さは一度見たら忘れられない。
僕はこの間にアイテム・ストックから最上級の回復ドリンクを取り出して、それを一気に飲んだ。
残り10%ほどだったライフが一気に70%まで回復する。
だけどアナリンはそんな僕を泰然と見据えて言った。
「フンッ。そんなことをしても一時しのぎに過ぎんぞ。それより貴様の相手をしている間にあの魔女にチョロチョロと動かれて、王女を取り逃がしでもしたら面倒なのでな。一気に決めさせてもらう」
そう言うと彼女は完全に金鎖を解き放った。
しょ、勝負を賭けてきたんだ。
僕がそれを邪魔することなく黙って見過ごしたのには、この隙に回復ドリンクでライフを回復したかった、という以外にも理由がある。
黒狼牙の力を開放することは、アナリンにとってリスクでもあるんだ。
一時的に戦闘能力を大きく向上させるものの、一定時間を過ぎてしまえば黒狼牙は力を使い果たして無力化してしまうからだ。
自慢の刀が輝きと切れ味を失えば、アナリンの戦闘能力は著しく低下する。
つまり……アナリンが勝負を賭けてくる今この時を耐え抜けば、一気にこちらが有利になるってことだ。
もちろんこれは僕にとっても危険な賭けだった。
いくら能力を重ね着したような今の僕でも勝算は大きくない。
緊張に身を強張らせる僕の見つめる先では、アナリンの姿がまたしても禍々しく変貌を遂げていた。
薄紅色の瞳、頭部に生えた2本の赤い角、開いた口元からは鋭い牙が覗いている。
そして黒狼牙の刀身は緑色の波紋が、血を求めるかのような赤いそれへと変化していた。
何度見てもその様子には本能的な恐怖を覚えずにはいられない。
生ける者の命を断ち切るためだけに存在する死神の刃だ。
「さぁ……あの世行きの時間だ」
そう言うアナリンの姿が一瞬で視界から消えた。
僕の中に息づくジェネット達4人が脳内に警笛を鳴らす。
僕は振り向くことなく、ほとんど反射的にその場にしゃがみ込んだ。
すると背後からすぐ頭上を恐ろしいほどの剣圧が通り過ぎたのを感じて僕は察したんだ。
アナリンは一瞬で僕の後ろに回り込んだんだ。
それは目で追えないほどの速度だった。
しゃがみこんだ僕は地面に転がりながら自分の勘を信じて嵐龍槍斧を振り上げた。
そこにアナリンの振り下ろした一刀がぶち当たる。
「ハアッ!」
「くぅっ!」
その一撃を受け止めた僕の体に強烈な負荷がかかる。
な、何て重い一撃だ。
ヴィクトリアの力でも受け止めるのがやっとだ。
「ほう。貴様の頭を真っ二つにするつもりで攻撃を加えたのだがな。よく受け止めた。だが……」
必死にアナリンの刀を受け止める僕を、彼女は足で蹴り飛ばした。
「くっ!」
お腹に鋭い蹴りを浴びて地面に転がった僕はすぐに立ち上がる。
だけどすでにそこにアナリンの姿はない。
即座に背後を振り返っても、そこにも彼女の姿はなかった。
そこで再び僕の脳内に警笛が響く。
上だ!
そんな声が聞こえたような気がして僕は咄嗟に嵐龍槍斧を頭上に振り上げた。
硬質な音が鳴り響き、そこにアナリンの一撃が振り下ろされる。
アナリンは頭上へと舞い上がり、そこから刀を振り下ろしてきたんだ。
そして……。
「うぐっ!」
左肩に激痛が走る。
今度は受け止めきれずに嵐龍槍斧が押し返され、アナリンの握る黒狼牙の刃が僕の左肩を削ったんだ。
「それが精一杯か!」
アナリンは再び僕の腹を蹴りつけ。
さらに刀を横一閃に斬り払う。
僕はすぐさま嵐龍槍斧でこれを受け止めるけれど、強烈な一撃によろめいたところを足払いされてしまう。
「くっ!」
転倒した僕の首に向けて黒狼牙の切っ先が振り下ろされた。
僕はそれをギリギリのところで避けて地面を転がるけれど、黒狼牙はそのまま地面を削りながら僕を襲った。
「うわっ!」
僕は慌てて跳ね起きてそれをかわしたけれど、無防備になった腹部をまたしても蹴り飛ばされる。
「ごふっ!」
後方に飛んで距離を取りながら、僕は必死に冷静さを保とうと努力した。
だけど覚醒したアナリンの動きを目で捉えきれなくなっている。
一瞬でも気を抜けば致命傷となる一刀を浴びてしまうという緊張感に、どうしても焦りが募った。
「頃合いだ。そろそろ死ね」
そう言うとアナリンは居合いの構いを見せる。
く、来る!
「鬼速刃!」
アナリンが刀を抜き放った瞬間、僕が体の正面に構えていた嵐龍槍斧が大きく上に跳ね上げられた。
そ、速射型の光の刃が目に見えないほど速い。
「くあっ!」
僕は嵐龍槍斧を手放さないよう懸命に両手に力を込め、何度か踏みとどまる。
だけど次の瞬間、左の肩が大きく斬り裂かれて、おびただしい量の鮮血が舞い散った。
「うっ……ああああっ!」
左肩を斬り裂かれた痛みに僕は思わず苦痛の声を漏らしてその場に膝をつく。
ノアの鱗に守られているはずの僕の体が裂傷を負った。
そして一気にライフが半分以下になってしまった。
おそらく僕の反応が遅れて、光の刃を完全には受け止め切れなかったんだ。
この事実に僕は震える唇を噛んだ。
「死が近付いたな」
殺意に猛るアナリンは血走った目で僕を見据えてそう言った。
せっかく縮んだはずの実力差がまた広がったことに、僕は慄然として唇を震わせることしか出来なかった。
アナリンの繰り出す直撃型の鬼速刃を受け止めた僕は、本来だったら物質を突き抜ける衝撃波によってダメージを浴びるはずだった。
だけど僕が新たに手にした武器・槍斧は鬼速刃を受け止めて僕を守ってくれ、衝撃波がこの身に及ぶことはなかったんだ。
そして目の前に展開されたコマンド・ウインドウには、この武器の名前が表示されている。
【嵐龍槍斧】
それが新しい僕の武器の名だ。
初めて手にするはずのその嵐龍槍斧は非常に手に馴染み、まるで昔から使い込んできた愛用の武器を手にしているような感覚だった。
「武器が変わったか。奇妙な術を使う」
鬼速刃が効かないことでわずかに動揺の色を見せたアナリンだったけれど、すぐに彼女は冷静さを取り戻した。
そしてアナリンは立て続けに黒狼牙を振るって僕を斬り伏せようとする。
だけど僕は嵐龍槍斧でそれを次々と受け止めた。
アナリンは僕の動きが変わったことを感じ取ったのか、舌打ちをするとわずかに後方に下がって距離を取った。
「チッ!」
す、すごい……。
咄嗟に見せた自分の動きに僕は思わず感嘆して胸の内で呟きを漏らした。
我ながら先ほどまでとは比べ物にならないほど巧みな防御だ。
僕はすぐに理解した。
これは槍を得意とするノアと、斧の達人であるヴィクトリアの感覚が僕の体に乗り移っているからなのだと。
剣の使い手ではないからこそ、僕の太刀筋は素人くさいとアナリンが言っていたけれど、槍と斧の使い手として百戦錬磨のノアとヴィクトリアの力が発揮されれば、こんなに力強いことはない。
僕はあらためて自分が手にしている槍斧・嵐龍槍斧を見た。
全体が白金色のそれは長槍ほどの長さを持ち、先端の斧部分の重量を支えるために、柄はノアの蛇龍槍よりも太い。
そして一番目立つ特徴は、両側に斧が付属している柄の中央部分にゲージがあることだ。
これは金銀の蛇剣と同様に、僕と僕の中にいる4人が受けた直近のダメージ量を表しているんだろう。
これならいける。
防戦一方だった僕はここが好機と見て、一気に攻勢をかけた。
「行くぞ!」
「調子に乗るな!」
僕がアナリンに向かって鋭く踏み込むと、彼女は僕を斬り捨てるべく僕以上の速度で黒狼牙突き出した。
だけど僕はその刃を穂先で弾くと嵐龍槍斧を反転させて、底部である石突でアナリンの痛めた腹部を狙う。
「チッ!」
アナリンは舌打ちをしてそれを刀で払うと一歩後退し、黒狼牙を構えたまま僕を睨んだ。
その顔には警戒の色が滲んでいる。
反撃……出来た。
今まで防戦一方だったけれど、初めてアナリンに反撃することが出来たんだ。
この嵐龍槍斧と僕の内に宿る皆の力のおかげだ。
そこから僕は果敢に攻撃を仕掛けていった。
槍斧である嵐龍槍斧は先端の槍部分で突く、払う、そして両脇の斧部分で斬る、引っかける、さらには柄や石突の部分で叩くといった様々なバリエーションの攻撃が可能だ。
さらにこの武器の優れたところは、僕の意思で柄が伸縮自在なところだった。
槍のように長い状態で敵を突くことも出来れば、柄を短くして斧のように扱うことも出来る。
敵との距離を測りながら、より有利な状況で戦うことが出来るんだ。
まるで槍と斧の両方を持っているような便利さだった。
もちろん僕の技量じゃ満足に扱えなかっただろうけど、今はヴィクトリアとノアの技術がこの身に宿っている。
これならアナリンと渡り合えるかもしれない。
そこから僕は嵐龍槍斧を駆使してアナリンに連続攻撃を仕掛ける。
アナリンはさすがの刀さばきでこちらの攻撃を防ぎ、一撃も当てられないものの、彼女の攻撃もこちらはしっかりと防ぐことが出来た。
やれるぞ。
戦況が変わりつつあることを悟ったらしいアナリンだけど、その顔には微塵の変化もなく冷静そのものだ。
「少しはやれるようになったようだが、貴様の敗北は変わらぬ」
そう言うとアナリンは黒狼牙を鞘に収めて居合いの構えを見せる。
また鬼速刃がくる。
僕は腰を落として嵐龍槍斧を構えた。
「鬼速刃!」
一瞬で間合いを詰めてくるアナリンが僕の胸を目がけて抜刀する。
避けることは到底出来ないほどの速度であり、僕は反射的にそれを嵐龍槍斧で受け止めようとした。
さっきと同じように衝撃を受け止められるか?
そう思った僕だけど、アナリンは黒狼牙が嵐龍槍斧とぶつかる瞬間に刀を止め、刃先は逆回転に弧を描いて僕の太ももを狙った。
フェイントだ!
「くっ!」
だけど僕は嵐龍槍斧を素早く動かしてそれに反応して見せた。
嵐龍槍斧の柄が黒狼牙を受け止め、硬質な音が鳴り響いた。
そして二度目となる打ち合いで僕は気が付いた。
鬼速刃の衝撃は嵐龍槍斧に吸収されるかのように消えたんだ。
僕はやはりノー・ダメージだった。
「おのれっ!」
アナリンは二度目の鬼速刃も僕にダメージを与えられなかったことに苛立ちを見せて、黒狼牙を嵐龍槍斧に押し込んでくる。
僕は両足を踏ん張ってこれに耐えた。
そこで僕は気が付いたんだ。
二度の鬼速刃を受け止めたことで、この嵐龍槍斧の柄に刻まれたゲージが減っている。
どういうことだ?
あのゲージは僕らのダメージ量を表しているはずで、金と銀の蛇剣と同様なら、この嵐龍槍斧で攻撃した際にそのゲージ量分の大きなダメージを与えられるものとばかり思っていた。
だけどこの嵐龍槍斧はそれを防御に使っている。
要するに嵐龍槍斧は僕の身代わりとなって、自らが衝撃を引き受けてくれたんだ。
これならこのゲージが空にならない限り、僕はアナリンの直撃型・鬼速刃を受け止めることが出来る。
「忌々しい!」
アナリンはそう言って後方へ大きく飛び退ると、すばやく剣舞を舞い始める。
「鬼嵐刃!」
光の刃が乱れ飛び、僕に襲い来る。
今のライフで一発でもクリーンヒットを浴びたらゲージが尽きてしまうだろう。
だけど僕の両腕は……いや、全身はスムーズに動いて嵐龍槍斧を操った。
次々と飛来する光の刃を僕は確実に弾き飛ばし、アナリンの鬼嵐刃を至近距離から浴びても無傷で済んだんだ。
それを見たアナリンは表情を改めた。
「なるほど……某は認識を改めなくてはならないようだな。そこまで力が変異するとは。どうやら貴様を侮っていた。認めよう。貴様の珍妙な力を」
そう言うとアナリンは黒狼牙の鞘に巻かれた金色の鎖を解き始める。
その動作に僕はハッと息を飲んだ。
黒狼牙・烈。
妖刀・黒狼牙の力を開放し、アナリンの能力を極限まで引き上げる恐ろしい戦法だ。
その鬼気迫る強さは一度見たら忘れられない。
僕はこの間にアイテム・ストックから最上級の回復ドリンクを取り出して、それを一気に飲んだ。
残り10%ほどだったライフが一気に70%まで回復する。
だけどアナリンはそんな僕を泰然と見据えて言った。
「フンッ。そんなことをしても一時しのぎに過ぎんぞ。それより貴様の相手をしている間にあの魔女にチョロチョロと動かれて、王女を取り逃がしでもしたら面倒なのでな。一気に決めさせてもらう」
そう言うと彼女は完全に金鎖を解き放った。
しょ、勝負を賭けてきたんだ。
僕がそれを邪魔することなく黙って見過ごしたのには、この隙に回復ドリンクでライフを回復したかった、という以外にも理由がある。
黒狼牙の力を開放することは、アナリンにとってリスクでもあるんだ。
一時的に戦闘能力を大きく向上させるものの、一定時間を過ぎてしまえば黒狼牙は力を使い果たして無力化してしまうからだ。
自慢の刀が輝きと切れ味を失えば、アナリンの戦闘能力は著しく低下する。
つまり……アナリンが勝負を賭けてくる今この時を耐え抜けば、一気にこちらが有利になるってことだ。
もちろんこれは僕にとっても危険な賭けだった。
いくら能力を重ね着したような今の僕でも勝算は大きくない。
緊張に身を強張らせる僕の見つめる先では、アナリンの姿がまたしても禍々しく変貌を遂げていた。
薄紅色の瞳、頭部に生えた2本の赤い角、開いた口元からは鋭い牙が覗いている。
そして黒狼牙の刀身は緑色の波紋が、血を求めるかのような赤いそれへと変化していた。
何度見てもその様子には本能的な恐怖を覚えずにはいられない。
生ける者の命を断ち切るためだけに存在する死神の刃だ。
「さぁ……あの世行きの時間だ」
そう言うアナリンの姿が一瞬で視界から消えた。
僕の中に息づくジェネット達4人が脳内に警笛を鳴らす。
僕は振り向くことなく、ほとんど反射的にその場にしゃがみ込んだ。
すると背後からすぐ頭上を恐ろしいほどの剣圧が通り過ぎたのを感じて僕は察したんだ。
アナリンは一瞬で僕の後ろに回り込んだんだ。
それは目で追えないほどの速度だった。
しゃがみこんだ僕は地面に転がりながら自分の勘を信じて嵐龍槍斧を振り上げた。
そこにアナリンの振り下ろした一刀がぶち当たる。
「ハアッ!」
「くぅっ!」
その一撃を受け止めた僕の体に強烈な負荷がかかる。
な、何て重い一撃だ。
ヴィクトリアの力でも受け止めるのがやっとだ。
「ほう。貴様の頭を真っ二つにするつもりで攻撃を加えたのだがな。よく受け止めた。だが……」
必死にアナリンの刀を受け止める僕を、彼女は足で蹴り飛ばした。
「くっ!」
お腹に鋭い蹴りを浴びて地面に転がった僕はすぐに立ち上がる。
だけどすでにそこにアナリンの姿はない。
即座に背後を振り返っても、そこにも彼女の姿はなかった。
そこで再び僕の脳内に警笛が響く。
上だ!
そんな声が聞こえたような気がして僕は咄嗟に嵐龍槍斧を頭上に振り上げた。
硬質な音が鳴り響き、そこにアナリンの一撃が振り下ろされる。
アナリンは頭上へと舞い上がり、そこから刀を振り下ろしてきたんだ。
そして……。
「うぐっ!」
左肩に激痛が走る。
今度は受け止めきれずに嵐龍槍斧が押し返され、アナリンの握る黒狼牙の刃が僕の左肩を削ったんだ。
「それが精一杯か!」
アナリンは再び僕の腹を蹴りつけ。
さらに刀を横一閃に斬り払う。
僕はすぐさま嵐龍槍斧でこれを受け止めるけれど、強烈な一撃によろめいたところを足払いされてしまう。
「くっ!」
転倒した僕の首に向けて黒狼牙の切っ先が振り下ろされた。
僕はそれをギリギリのところで避けて地面を転がるけれど、黒狼牙はそのまま地面を削りながら僕を襲った。
「うわっ!」
僕は慌てて跳ね起きてそれをかわしたけれど、無防備になった腹部をまたしても蹴り飛ばされる。
「ごふっ!」
後方に飛んで距離を取りながら、僕は必死に冷静さを保とうと努力した。
だけど覚醒したアナリンの動きを目で捉えきれなくなっている。
一瞬でも気を抜けば致命傷となる一刀を浴びてしまうという緊張感に、どうしても焦りが募った。
「頃合いだ。そろそろ死ね」
そう言うとアナリンは居合いの構いを見せる。
く、来る!
「鬼速刃!」
アナリンが刀を抜き放った瞬間、僕が体の正面に構えていた嵐龍槍斧が大きく上に跳ね上げられた。
そ、速射型の光の刃が目に見えないほど速い。
「くあっ!」
僕は嵐龍槍斧を手放さないよう懸命に両手に力を込め、何度か踏みとどまる。
だけど次の瞬間、左の肩が大きく斬り裂かれて、おびただしい量の鮮血が舞い散った。
「うっ……ああああっ!」
左肩を斬り裂かれた痛みに僕は思わず苦痛の声を漏らしてその場に膝をつく。
ノアの鱗に守られているはずの僕の体が裂傷を負った。
そして一気にライフが半分以下になってしまった。
おそらく僕の反応が遅れて、光の刃を完全には受け止め切れなかったんだ。
この事実に僕は震える唇を噛んだ。
「死が近付いたな」
殺意に猛るアナリンは血走った目で僕を見据えてそう言った。
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現在、第三章フェレスト王国エルフ編

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