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最終章 月下の死闘
第15話 縁《えにし》の力
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「予想していたよりもずっと早い。アナリンがもうすぐ時間歪曲回廊を抜けて出てくるわ」
アナリンが出てくる……。
エマさんのその言葉に僕は息を飲み、拳を握り締めながらモニターを見る。
アナリンの前方には空中に浮かぶカヤさんのおぼろげな姿が見えるけれど、今やそれも頼りなく消えかかっていた。
「カヤさんが……」
「カヤおばあちゃん。そろそろ限界みたい。それにしてもあのサムライのお嬢さん、底なしのスタミナね。どれだけ魔物を斬り続けてもまったく疲れを見せていないわ」
「そ、そんな……アナリンが王女様の部屋にたどり着く前に何とかしないと」
そうしなければ、王女様はすぐにアナリンによって連れ去られてしまうだろう。
「お姫様のことも心配だけど、その前にこっちの心配をしないと」
「えっ?」
「姫様のいる寝室にたどり着くには、このバルコニーを通ってそこの外階段から上に上がらないと行けない造りになっているのよ」
えっ……じゃあもうすぐアナリンはここを通るってこと?
や、やばすぎる!
「な、何でそんな造りに……」
「仕方ないじゃない。ここはお客様をお招きする城じゃなくて、侵入者を排除する闇の魔女の根城なのよ」
そうだった。
敵が玉座の間までなかなかたどり着けないように工夫が凝らされているんだ。
「今のミランダにアナリンの相手をすることは出来ないわ。本当はアニヒレートを倒してから、アナリンの相手もするつもりだったんでしょうけど……」
アナリンが予想外に早くこの城の罠を突破してくる。
このままだとミランダはアニヒレートとアナリンに挟み撃ちにされてしまう格好になってしまう。
それだけは避けなきゃ……。
僕は決然と口を引き結ぶとエマさんに目を向けた。
「エマさんは今のうちに王女様のいる寝間に向かって。最悪の場合に備えて、王女様を逃がせるように準備を。僕は……。ここでアナリンを迎え撃つから」
「オニーサン……」
エマさんはわずかに言葉に詰まってじっと僕を見つめた。
翡翠色のその目に浮かぶのは深い憂慮の色だ。
僕はそんなエマさんに左手首を差し出した。
「大丈夫。僕、女抱え込み過ぎてるから」
そう言うと僕は精一杯の強がりを込めて笑って見せた。
そんな僕の左手首をエマさんはそっと握る。
「ジェネット。みんな。オニーサンを守ってあげてね。あと、オニーサン。このお城の城内図を渡しておくから」
いつもの妖艶な笑みとは違う、シスターらしい慈愛に満ちた表情でそう言うと、それからすぐにエマさんは外階段を王女様の元へと向かった。
階段の途中で彼女は一度だけ振り返ると手を振ってくれた。
「オニーサン! 私からのプレゼント、大事に使ってね!」
そう言うと彼女は自分の豊か過ぎる胸を指差して、それから階段を上って行った。
さっきの出来事が鮮明に甦って来て、僕は恥ずかしさのあまり自分の胸の辺りを拳でドンドンと叩いた。
「はぁ……っと。こんなことやっている場合じゃない。アナリンがもうすぐここに来るんだ」
僕はすぐさまメイン・システムを操作してアイテム・ストックの中を探る。
ここにアナリンが来たら一番危険なのは今動くことの出来ないミランダだ。
ミランダの存在を隠さなきゃならない。
そう思った僕が取り出したのは保護色マントというアイテムだった。
僕はミランダの目の前に恐る恐る出ると、彼女の視界を塞ぐようにその瞳に手をかざす。
だけどモニターを見つめているように見えるミランダはまったく反応せずに闇狼を操っている。
やっぱりそうだ。
今、ミランダは闇狼の目で全てを見ているんだ。
自分の目でモニターを確認しているわけじゃない。
「だったらこれが使えるはずだ」
僕は取り出した保護色マントをミランダの座る玉座の上にすっぽりと覆うようにかぶせた。
すると周囲の景色と同化してミランダの姿が見えなくなる。
もちろんこれはただの目くらましだ。
ただ見えないだけで、消えてしまったわけではなく、ミランダは今もここにいる。
だからこの場所を攻撃されてしまえば、その危害はミランダに及ぶ。
「後はミランダを巻き添えにしないよう、戦いの場所を移すだけだ」
僕は先ほどエマさんから受け取った案内図を自分のメイン・システムにインストールする。
これで僕はこの城内でも迷わずに行動できるぞ。
僕はふと背後を振り返ると、モニターの中で戦う闇狼の姿を見つめる。
そしてそこにいるはずの今は見えないミランダの姿を思い浮かべた。
「ミランダ。僕もがんばるよ。君もどうか無事で」
そう言うと僕はバルコニーから通路へと入っていく。
目指すはアナリンが出てくるであろう時間歪曲回廊の出口だ。
僕が持つアイテムを駆使してそこに罠を張って、アナリンを待ち伏せする。
そのために使うアイテムを頭の中で必死にリストアップしながら僕は廊下を全力で走り続けた。
そうしてほどなくすると、数十メートル先の廊下の突き当たりに大きな鉄拵えの扉が見えて来たんだ。
おそらくあれが時間歪曲回廊の出口だ。
あそこの手前に罠を仕掛けて……。
そう思ったその時、僕の左手首がいきなり熱くなった。
「ん?」
僕はその場に立ち止まる。
見ると左手首にある5つのアザのうち、白、青、赤、金の4つが急に強い光を放ち、熱を発し始めた。
手が……僕の意思とは無関係に震えている。
何かを知らせるかのように……ハッ!
弾かれたように顔を上げた僕は即座に45度右を向くと、左右の蛇剣を抜いて目の前で交差させたんだ。
そんな僕の目の前で廊下の壁がいきなり崩れ去った。
そしてその壁の向こうから現れた人物が僕に向かって突進してくる。
僕の構えた剣にガツンと強い衝撃が走った。
「よくぞ反応したものだ」
冷たい声でそう言ったのは、今まさに僕の頭上から黒い妖刀・黒狼牙を振り下ろしたサムライ少女・アナリンだった。
そ、そんな……壁を壊して?
「くっ!」
僕の左手首に光る4つのアザのうち赤いそれがひときわ強く光る。
僕はヴィクトリアの力を用いて両足を踏ん張ると、アナリンを押し返した。
後方に押し戻されて立ち止まったアナリンはこちらを睨み付ける。
「貴様と魔女ミランダ。どちらもその体を八つ裂きにしてやる。あのような奇怪な場所に誘い込み、某を愚弄した落とし前をつけてもらおう」
アナリンの顔は冷然としていたけれど、その言葉には明確な怒りが滲んでいた。
時間歪曲回廊での出来事がよほど腹に据えかねたんだろう。
それにしてもあれだけの数の敵と戦い続け、時間の歪められた回廊を長く走ってきたというのに、アナリンは息ひとつ切らしていない。
こんなに早くここにたどり着いたってことは相当急いで来たはずなのに。
少しでも消耗していてくれれば……そんな風に願った僕は甘かった。
罠を張る時間も与えてもらえなかったし。
だけど、今ここを通すわけにはいかない。
王女様の元にはエマさんが駆けつけてくれている。
そしてこの廊下の先にあるバルコニーにはアニヒレートと戦い続けるミランダがいるんだ。
保護色マントでその姿を隠してあるとはいえ、絶対安全とは言えない。
だから……僕がここでアナリンに屈してしまえば、皆が黒狼牙の餌食にされてしまう。
「アナリン。絶対にここは通さないぞ」
「そんなセリフは某の刃を受け止めてからほざくことだな」
そう言うアナリンの握る黒狼牙が緑色の光を宿す。
鬼速刃だ。
空中に飛ばす速射型なら受け止められるけど、衝撃が物質を突き抜ける直撃型はそうはいかない。
ノアの金の鱗で強化された天樹の衣が僕を守ってくれるけど、それでもダメージは免れないだろう。
根本的にアナリンのこの攻撃を防ぐ手だてはない。
かと言ってアナリンの振るう刀をこちらの剣で受け止めずに完全に避けるなんて、とても出来ることじゃない。
ジェネット達の力を借りている今の僕でも無理だ。
アナリンもそのことが分かっているから、僕に考える暇を与えずに襲いかかって来る。
「鬼速刃!」
「くううっ!」
アナリンの振るう黒狼牙を蛇剣で受け止めるたびに、彼女の刃から発生した衝撃が僕の体を痛めつける。
旧モデルの蛇剣だったら問答無用で報復ダメージをアナリンのライフゲージから削り取ることが出来たんだけど、金銀の新モデルになってから蛇剣は僕が受けたダメージ量を剣に蓄積して、それで攻撃した敵に同程度のダメージを与える仕様に変わっていた。
だから僕がこの剣でアナリンに斬りつけることが出来て初めてダメージを与えられるんだけど……。
「ハアッ!」
「ううっ……くっ!」
アナリンの猛攻の前に相変わらず僕は防戦一方だった。
たったひと振りの反撃をする間さえ与えてもらえない。
このままじゃ僕のライフが減り続けるだけのジリ貧状態から抜け出せないぞ。
蛇を使って小細工しようにも、先刻の戦いで金と銀の蛇はアナリンに首を斬られて消えてしまっている。
アイテムを使う暇もない。
ど、どうすればいいんだ!
ノアの鱗に守られているとはいえ、僕のライフは着実に削り取られていく。
「紛い物の貴様にいつまもで防がれる一刀ではないぞ!」
アナリンはそう言うと一層激しく斬撃を繰り出してくる。
くぅぅぅっ!
もう全てを防ぐ余裕がない!
こちらが攻撃を浴びてでもアナリンに一撃を浴びせなければ、この状況は1ミリも変えられない!
そう思って僕が必死に攻勢をかけようとした瞬間、アナリンが開けた壁の穴から、いきなり何かが噴き出して来たんだ。
僕とアナリンの間に舞ったそれは……大量の桜の花びらだったんた。
それはほんの一瞬のことだったけれど、不思議と僕にはスローモーションのように感じられた。
【若者よ。おまえさんの歩んできた道は間違ってはおらぬ。じゃからこそ多くの者がおまえさんに寄り添うのだ。縁の力を信じるがいい】
耳に響いたように感じられたそのしわがれ声は、カヤさんの声だった。
そしてその一瞬だけ、アナリンが僕を斬り裂こうと繰り出した黒狼牙が止まったように見えたんだ。
「くおおおおっ!」
僕は反射的に右手の金の蛇剣で黒狼牙を弾き、その勢いでわずかにのけ反ったアナリンの腹部目がけて銀の蛇剣を突き出した。
動きが止まったかのように見えたアナリンは、これをギリギリのところでかわす……はずだった。
だけど……。
「うぐっ!」
銀の蛇剣の刃がアナリンの脇腹をこするように斬り裂いたんだ。
「くっ……おのれ!」
それでもアナリンは引き下がることなく、剣を突き出した姿勢の僕に向けて素早く黒狼牙を振り下ろす。
狙いは銀の蛇剣を握った僕の左腕だった。
「いかに強固な鱗に覆われていようと、その細腕一本斬れぬ黒狼牙ではない!」
その太刀筋は先ほどのアナリンの言葉通り、伸び切った僕の左腕を狙っていた。
き、斬られる!
そう思った瞬間、僕は恐怖のあまり息が詰まって呼吸が出来なくなってしまった。
な、何だこれ。
苦しい!
息が吸えない!
それだけじゃなくて体が動かない。
そんな苦しみの中で僕は見た。
僕の腕や体がまるで銅像のような鈍色に変化していたのを。
そしてアナリンの振り下ろした黒狼牙は、僕の腕に当たると火花を散らして弾き返されたんだ。
「なにっ?」
アナリンは驚愕の声を上げた。
一方の僕はすぐに自分の身に起きた現象に気が付いた。
アナリンの刀をも弾き返すほど体が硬質化し、その間は身動きが取れず呼吸も出来なくなる。
これは物理攻撃および魔法攻撃をすべて跳ね返すヴィクトリアの防御スキル・瞬間硬化だ。
先日の戦いではこれでヴィクトリアはアナリンの鬼嵐刃に耐え抜いていた。
「ぷはあっ!」
呼吸が元に戻った僕は動けるようになった体でそのまま金の蛇剣をアナリンに向けて横凪ぎに払った。
彼女はこれをやすやすと黒狼牙で受け止める。
だけどインパクトの瞬間、僕の腕に強烈なヴィクトリアの力感が溢れてきて、僕は力任せにアナリンを押し込んだ。
「くああああっ!」
「ぐっ!」
アナリンは後方に飛ばされて着地するけれど、銀の蛇剣で切り裂かれた脇腹は赤い血で染まっていた。
その顔から冷静さは失われていないけれど、脇腹の痛みのせいかアナリンはわずかに目元を歪めている。
戦える……戦えるぞ。
僕は1人じゃない。
皆の助力をこの身に感じながら僕は2本の蛇剣を強く握り締めた。
アナリンが出てくる……。
エマさんのその言葉に僕は息を飲み、拳を握り締めながらモニターを見る。
アナリンの前方には空中に浮かぶカヤさんのおぼろげな姿が見えるけれど、今やそれも頼りなく消えかかっていた。
「カヤさんが……」
「カヤおばあちゃん。そろそろ限界みたい。それにしてもあのサムライのお嬢さん、底なしのスタミナね。どれだけ魔物を斬り続けてもまったく疲れを見せていないわ」
「そ、そんな……アナリンが王女様の部屋にたどり着く前に何とかしないと」
そうしなければ、王女様はすぐにアナリンによって連れ去られてしまうだろう。
「お姫様のことも心配だけど、その前にこっちの心配をしないと」
「えっ?」
「姫様のいる寝室にたどり着くには、このバルコニーを通ってそこの外階段から上に上がらないと行けない造りになっているのよ」
えっ……じゃあもうすぐアナリンはここを通るってこと?
や、やばすぎる!
「な、何でそんな造りに……」
「仕方ないじゃない。ここはお客様をお招きする城じゃなくて、侵入者を排除する闇の魔女の根城なのよ」
そうだった。
敵が玉座の間までなかなかたどり着けないように工夫が凝らされているんだ。
「今のミランダにアナリンの相手をすることは出来ないわ。本当はアニヒレートを倒してから、アナリンの相手もするつもりだったんでしょうけど……」
アナリンが予想外に早くこの城の罠を突破してくる。
このままだとミランダはアニヒレートとアナリンに挟み撃ちにされてしまう格好になってしまう。
それだけは避けなきゃ……。
僕は決然と口を引き結ぶとエマさんに目を向けた。
「エマさんは今のうちに王女様のいる寝間に向かって。最悪の場合に備えて、王女様を逃がせるように準備を。僕は……。ここでアナリンを迎え撃つから」
「オニーサン……」
エマさんはわずかに言葉に詰まってじっと僕を見つめた。
翡翠色のその目に浮かぶのは深い憂慮の色だ。
僕はそんなエマさんに左手首を差し出した。
「大丈夫。僕、女抱え込み過ぎてるから」
そう言うと僕は精一杯の強がりを込めて笑って見せた。
そんな僕の左手首をエマさんはそっと握る。
「ジェネット。みんな。オニーサンを守ってあげてね。あと、オニーサン。このお城の城内図を渡しておくから」
いつもの妖艶な笑みとは違う、シスターらしい慈愛に満ちた表情でそう言うと、それからすぐにエマさんは外階段を王女様の元へと向かった。
階段の途中で彼女は一度だけ振り返ると手を振ってくれた。
「オニーサン! 私からのプレゼント、大事に使ってね!」
そう言うと彼女は自分の豊か過ぎる胸を指差して、それから階段を上って行った。
さっきの出来事が鮮明に甦って来て、僕は恥ずかしさのあまり自分の胸の辺りを拳でドンドンと叩いた。
「はぁ……っと。こんなことやっている場合じゃない。アナリンがもうすぐここに来るんだ」
僕はすぐさまメイン・システムを操作してアイテム・ストックの中を探る。
ここにアナリンが来たら一番危険なのは今動くことの出来ないミランダだ。
ミランダの存在を隠さなきゃならない。
そう思った僕が取り出したのは保護色マントというアイテムだった。
僕はミランダの目の前に恐る恐る出ると、彼女の視界を塞ぐようにその瞳に手をかざす。
だけどモニターを見つめているように見えるミランダはまったく反応せずに闇狼を操っている。
やっぱりそうだ。
今、ミランダは闇狼の目で全てを見ているんだ。
自分の目でモニターを確認しているわけじゃない。
「だったらこれが使えるはずだ」
僕は取り出した保護色マントをミランダの座る玉座の上にすっぽりと覆うようにかぶせた。
すると周囲の景色と同化してミランダの姿が見えなくなる。
もちろんこれはただの目くらましだ。
ただ見えないだけで、消えてしまったわけではなく、ミランダは今もここにいる。
だからこの場所を攻撃されてしまえば、その危害はミランダに及ぶ。
「後はミランダを巻き添えにしないよう、戦いの場所を移すだけだ」
僕は先ほどエマさんから受け取った案内図を自分のメイン・システムにインストールする。
これで僕はこの城内でも迷わずに行動できるぞ。
僕はふと背後を振り返ると、モニターの中で戦う闇狼の姿を見つめる。
そしてそこにいるはずの今は見えないミランダの姿を思い浮かべた。
「ミランダ。僕もがんばるよ。君もどうか無事で」
そう言うと僕はバルコニーから通路へと入っていく。
目指すはアナリンが出てくるであろう時間歪曲回廊の出口だ。
僕が持つアイテムを駆使してそこに罠を張って、アナリンを待ち伏せする。
そのために使うアイテムを頭の中で必死にリストアップしながら僕は廊下を全力で走り続けた。
そうしてほどなくすると、数十メートル先の廊下の突き当たりに大きな鉄拵えの扉が見えて来たんだ。
おそらくあれが時間歪曲回廊の出口だ。
あそこの手前に罠を仕掛けて……。
そう思ったその時、僕の左手首がいきなり熱くなった。
「ん?」
僕はその場に立ち止まる。
見ると左手首にある5つのアザのうち、白、青、赤、金の4つが急に強い光を放ち、熱を発し始めた。
手が……僕の意思とは無関係に震えている。
何かを知らせるかのように……ハッ!
弾かれたように顔を上げた僕は即座に45度右を向くと、左右の蛇剣を抜いて目の前で交差させたんだ。
そんな僕の目の前で廊下の壁がいきなり崩れ去った。
そしてその壁の向こうから現れた人物が僕に向かって突進してくる。
僕の構えた剣にガツンと強い衝撃が走った。
「よくぞ反応したものだ」
冷たい声でそう言ったのは、今まさに僕の頭上から黒い妖刀・黒狼牙を振り下ろしたサムライ少女・アナリンだった。
そ、そんな……壁を壊して?
「くっ!」
僕の左手首に光る4つのアザのうち赤いそれがひときわ強く光る。
僕はヴィクトリアの力を用いて両足を踏ん張ると、アナリンを押し返した。
後方に押し戻されて立ち止まったアナリンはこちらを睨み付ける。
「貴様と魔女ミランダ。どちらもその体を八つ裂きにしてやる。あのような奇怪な場所に誘い込み、某を愚弄した落とし前をつけてもらおう」
アナリンの顔は冷然としていたけれど、その言葉には明確な怒りが滲んでいた。
時間歪曲回廊での出来事がよほど腹に据えかねたんだろう。
それにしてもあれだけの数の敵と戦い続け、時間の歪められた回廊を長く走ってきたというのに、アナリンは息ひとつ切らしていない。
こんなに早くここにたどり着いたってことは相当急いで来たはずなのに。
少しでも消耗していてくれれば……そんな風に願った僕は甘かった。
罠を張る時間も与えてもらえなかったし。
だけど、今ここを通すわけにはいかない。
王女様の元にはエマさんが駆けつけてくれている。
そしてこの廊下の先にあるバルコニーにはアニヒレートと戦い続けるミランダがいるんだ。
保護色マントでその姿を隠してあるとはいえ、絶対安全とは言えない。
だから……僕がここでアナリンに屈してしまえば、皆が黒狼牙の餌食にされてしまう。
「アナリン。絶対にここは通さないぞ」
「そんなセリフは某の刃を受け止めてからほざくことだな」
そう言うアナリンの握る黒狼牙が緑色の光を宿す。
鬼速刃だ。
空中に飛ばす速射型なら受け止められるけど、衝撃が物質を突き抜ける直撃型はそうはいかない。
ノアの金の鱗で強化された天樹の衣が僕を守ってくれるけど、それでもダメージは免れないだろう。
根本的にアナリンのこの攻撃を防ぐ手だてはない。
かと言ってアナリンの振るう刀をこちらの剣で受け止めずに完全に避けるなんて、とても出来ることじゃない。
ジェネット達の力を借りている今の僕でも無理だ。
アナリンもそのことが分かっているから、僕に考える暇を与えずに襲いかかって来る。
「鬼速刃!」
「くううっ!」
アナリンの振るう黒狼牙を蛇剣で受け止めるたびに、彼女の刃から発生した衝撃が僕の体を痛めつける。
旧モデルの蛇剣だったら問答無用で報復ダメージをアナリンのライフゲージから削り取ることが出来たんだけど、金銀の新モデルになってから蛇剣は僕が受けたダメージ量を剣に蓄積して、それで攻撃した敵に同程度のダメージを与える仕様に変わっていた。
だから僕がこの剣でアナリンに斬りつけることが出来て初めてダメージを与えられるんだけど……。
「ハアッ!」
「ううっ……くっ!」
アナリンの猛攻の前に相変わらず僕は防戦一方だった。
たったひと振りの反撃をする間さえ与えてもらえない。
このままじゃ僕のライフが減り続けるだけのジリ貧状態から抜け出せないぞ。
蛇を使って小細工しようにも、先刻の戦いで金と銀の蛇はアナリンに首を斬られて消えてしまっている。
アイテムを使う暇もない。
ど、どうすればいいんだ!
ノアの鱗に守られているとはいえ、僕のライフは着実に削り取られていく。
「紛い物の貴様にいつまもで防がれる一刀ではないぞ!」
アナリンはそう言うと一層激しく斬撃を繰り出してくる。
くぅぅぅっ!
もう全てを防ぐ余裕がない!
こちらが攻撃を浴びてでもアナリンに一撃を浴びせなければ、この状況は1ミリも変えられない!
そう思って僕が必死に攻勢をかけようとした瞬間、アナリンが開けた壁の穴から、いきなり何かが噴き出して来たんだ。
僕とアナリンの間に舞ったそれは……大量の桜の花びらだったんた。
それはほんの一瞬のことだったけれど、不思議と僕にはスローモーションのように感じられた。
【若者よ。おまえさんの歩んできた道は間違ってはおらぬ。じゃからこそ多くの者がおまえさんに寄り添うのだ。縁の力を信じるがいい】
耳に響いたように感じられたそのしわがれ声は、カヤさんの声だった。
そしてその一瞬だけ、アナリンが僕を斬り裂こうと繰り出した黒狼牙が止まったように見えたんだ。
「くおおおおっ!」
僕は反射的に右手の金の蛇剣で黒狼牙を弾き、その勢いでわずかにのけ反ったアナリンの腹部目がけて銀の蛇剣を突き出した。
動きが止まったかのように見えたアナリンは、これをギリギリのところでかわす……はずだった。
だけど……。
「うぐっ!」
銀の蛇剣の刃がアナリンの脇腹をこするように斬り裂いたんだ。
「くっ……おのれ!」
それでもアナリンは引き下がることなく、剣を突き出した姿勢の僕に向けて素早く黒狼牙を振り下ろす。
狙いは銀の蛇剣を握った僕の左腕だった。
「いかに強固な鱗に覆われていようと、その細腕一本斬れぬ黒狼牙ではない!」
その太刀筋は先ほどのアナリンの言葉通り、伸び切った僕の左腕を狙っていた。
き、斬られる!
そう思った瞬間、僕は恐怖のあまり息が詰まって呼吸が出来なくなってしまった。
な、何だこれ。
苦しい!
息が吸えない!
それだけじゃなくて体が動かない。
そんな苦しみの中で僕は見た。
僕の腕や体がまるで銅像のような鈍色に変化していたのを。
そしてアナリンの振り下ろした黒狼牙は、僕の腕に当たると火花を散らして弾き返されたんだ。
「なにっ?」
アナリンは驚愕の声を上げた。
一方の僕はすぐに自分の身に起きた現象に気が付いた。
アナリンの刀をも弾き返すほど体が硬質化し、その間は身動きが取れず呼吸も出来なくなる。
これは物理攻撃および魔法攻撃をすべて跳ね返すヴィクトリアの防御スキル・瞬間硬化だ。
先日の戦いではこれでヴィクトリアはアナリンの鬼嵐刃に耐え抜いていた。
「ぷはあっ!」
呼吸が元に戻った僕は動けるようになった体でそのまま金の蛇剣をアナリンに向けて横凪ぎに払った。
彼女はこれをやすやすと黒狼牙で受け止める。
だけどインパクトの瞬間、僕の腕に強烈なヴィクトリアの力感が溢れてきて、僕は力任せにアナリンを押し込んだ。
「くああああっ!」
「ぐっ!」
アナリンは後方に飛ばされて着地するけれど、銀の蛇剣で切り裂かれた脇腹は赤い血で染まっていた。
その顔から冷静さは失われていないけれど、脇腹の痛みのせいかアナリンはわずかに目元を歪めている。
戦える……戦えるぞ。
僕は1人じゃない。
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「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
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