76 / 87
最終章 月下の死闘
第15話 縁《えにし》の力
しおりを挟む
「予想していたよりもずっと早い。アナリンがもうすぐ時間歪曲回廊を抜けて出てくるわ」
アナリンが出てくる……。
エマさんのその言葉に僕は息を飲み、拳を握り締めながらモニターを見る。
アナリンの前方には空中に浮かぶカヤさんのおぼろげな姿が見えるけれど、今やそれも頼りなく消えかかっていた。
「カヤさんが……」
「カヤおばあちゃん。そろそろ限界みたい。それにしてもあのサムライのお嬢さん、底なしのスタミナね。どれだけ魔物を斬り続けてもまったく疲れを見せていないわ」
「そ、そんな……アナリンが王女様の部屋にたどり着く前に何とかしないと」
そうしなければ、王女様はすぐにアナリンによって連れ去られてしまうだろう。
「お姫様のことも心配だけど、その前にこっちの心配をしないと」
「えっ?」
「姫様のいる寝室にたどり着くには、このバルコニーを通ってそこの外階段から上に上がらないと行けない造りになっているのよ」
えっ……じゃあもうすぐアナリンはここを通るってこと?
や、やばすぎる!
「な、何でそんな造りに……」
「仕方ないじゃない。ここはお客様をお招きする城じゃなくて、侵入者を排除する闇の魔女の根城なのよ」
そうだった。
敵が玉座の間までなかなかたどり着けないように工夫が凝らされているんだ。
「今のミランダにアナリンの相手をすることは出来ないわ。本当はアニヒレートを倒してから、アナリンの相手もするつもりだったんでしょうけど……」
アナリンが予想外に早くこの城の罠を突破してくる。
このままだとミランダはアニヒレートとアナリンに挟み撃ちにされてしまう格好になってしまう。
それだけは避けなきゃ……。
僕は決然と口を引き結ぶとエマさんに目を向けた。
「エマさんは今のうちに王女様のいる寝間に向かって。最悪の場合に備えて、王女様を逃がせるように準備を。僕は……。ここでアナリンを迎え撃つから」
「オニーサン……」
エマさんはわずかに言葉に詰まってじっと僕を見つめた。
翡翠色のその目に浮かぶのは深い憂慮の色だ。
僕はそんなエマさんに左手首を差し出した。
「大丈夫。僕、女抱え込み過ぎてるから」
そう言うと僕は精一杯の強がりを込めて笑って見せた。
そんな僕の左手首をエマさんはそっと握る。
「ジェネット。みんな。オニーサンを守ってあげてね。あと、オニーサン。このお城の城内図を渡しておくから」
いつもの妖艶な笑みとは違う、シスターらしい慈愛に満ちた表情でそう言うと、それからすぐにエマさんは外階段を王女様の元へと向かった。
階段の途中で彼女は一度だけ振り返ると手を振ってくれた。
「オニーサン! 私からのプレゼント、大事に使ってね!」
そう言うと彼女は自分の豊か過ぎる胸を指差して、それから階段を上って行った。
さっきの出来事が鮮明に甦って来て、僕は恥ずかしさのあまり自分の胸の辺りを拳でドンドンと叩いた。
「はぁ……っと。こんなことやっている場合じゃない。アナリンがもうすぐここに来るんだ」
僕はすぐさまメイン・システムを操作してアイテム・ストックの中を探る。
ここにアナリンが来たら一番危険なのは今動くことの出来ないミランダだ。
ミランダの存在を隠さなきゃならない。
そう思った僕が取り出したのは保護色マントというアイテムだった。
僕はミランダの目の前に恐る恐る出ると、彼女の視界を塞ぐようにその瞳に手をかざす。
だけどモニターを見つめているように見えるミランダはまったく反応せずに闇狼を操っている。
やっぱりそうだ。
今、ミランダは闇狼の目で全てを見ているんだ。
自分の目でモニターを確認しているわけじゃない。
「だったらこれが使えるはずだ」
僕は取り出した保護色マントをミランダの座る玉座の上にすっぽりと覆うようにかぶせた。
すると周囲の景色と同化してミランダの姿が見えなくなる。
もちろんこれはただの目くらましだ。
ただ見えないだけで、消えてしまったわけではなく、ミランダは今もここにいる。
だからこの場所を攻撃されてしまえば、その危害はミランダに及ぶ。
「後はミランダを巻き添えにしないよう、戦いの場所を移すだけだ」
僕は先ほどエマさんから受け取った案内図を自分のメイン・システムにインストールする。
これで僕はこの城内でも迷わずに行動できるぞ。
僕はふと背後を振り返ると、モニターの中で戦う闇狼の姿を見つめる。
そしてそこにいるはずの今は見えないミランダの姿を思い浮かべた。
「ミランダ。僕もがんばるよ。君もどうか無事で」
そう言うと僕はバルコニーから通路へと入っていく。
目指すはアナリンが出てくるであろう時間歪曲回廊の出口だ。
僕が持つアイテムを駆使してそこに罠を張って、アナリンを待ち伏せする。
そのために使うアイテムを頭の中で必死にリストアップしながら僕は廊下を全力で走り続けた。
そうしてほどなくすると、数十メートル先の廊下の突き当たりに大きな鉄拵えの扉が見えて来たんだ。
おそらくあれが時間歪曲回廊の出口だ。
あそこの手前に罠を仕掛けて……。
そう思ったその時、僕の左手首がいきなり熱くなった。
「ん?」
僕はその場に立ち止まる。
見ると左手首にある5つのアザのうち、白、青、赤、金の4つが急に強い光を放ち、熱を発し始めた。
手が……僕の意思とは無関係に震えている。
何かを知らせるかのように……ハッ!
弾かれたように顔を上げた僕は即座に45度右を向くと、左右の蛇剣を抜いて目の前で交差させたんだ。
そんな僕の目の前で廊下の壁がいきなり崩れ去った。
そしてその壁の向こうから現れた人物が僕に向かって突進してくる。
僕の構えた剣にガツンと強い衝撃が走った。
「よくぞ反応したものだ」
冷たい声でそう言ったのは、今まさに僕の頭上から黒い妖刀・黒狼牙を振り下ろしたサムライ少女・アナリンだった。
そ、そんな……壁を壊して?
「くっ!」
僕の左手首に光る4つのアザのうち赤いそれがひときわ強く光る。
僕はヴィクトリアの力を用いて両足を踏ん張ると、アナリンを押し返した。
後方に押し戻されて立ち止まったアナリンはこちらを睨み付ける。
「貴様と魔女ミランダ。どちらもその体を八つ裂きにしてやる。あのような奇怪な場所に誘い込み、某を愚弄した落とし前をつけてもらおう」
アナリンの顔は冷然としていたけれど、その言葉には明確な怒りが滲んでいた。
時間歪曲回廊での出来事がよほど腹に据えかねたんだろう。
それにしてもあれだけの数の敵と戦い続け、時間の歪められた回廊を長く走ってきたというのに、アナリンは息ひとつ切らしていない。
こんなに早くここにたどり着いたってことは相当急いで来たはずなのに。
少しでも消耗していてくれれば……そんな風に願った僕は甘かった。
罠を張る時間も与えてもらえなかったし。
だけど、今ここを通すわけにはいかない。
王女様の元にはエマさんが駆けつけてくれている。
そしてこの廊下の先にあるバルコニーにはアニヒレートと戦い続けるミランダがいるんだ。
保護色マントでその姿を隠してあるとはいえ、絶対安全とは言えない。
だから……僕がここでアナリンに屈してしまえば、皆が黒狼牙の餌食にされてしまう。
「アナリン。絶対にここは通さないぞ」
「そんなセリフは某の刃を受け止めてからほざくことだな」
そう言うアナリンの握る黒狼牙が緑色の光を宿す。
鬼速刃だ。
空中に飛ばす速射型なら受け止められるけど、衝撃が物質を突き抜ける直撃型はそうはいかない。
ノアの金の鱗で強化された天樹の衣が僕を守ってくれるけど、それでもダメージは免れないだろう。
根本的にアナリンのこの攻撃を防ぐ手だてはない。
かと言ってアナリンの振るう刀をこちらの剣で受け止めずに完全に避けるなんて、とても出来ることじゃない。
ジェネット達の力を借りている今の僕でも無理だ。
アナリンもそのことが分かっているから、僕に考える暇を与えずに襲いかかって来る。
「鬼速刃!」
「くううっ!」
アナリンの振るう黒狼牙を蛇剣で受け止めるたびに、彼女の刃から発生した衝撃が僕の体を痛めつける。
旧モデルの蛇剣だったら問答無用で報復ダメージをアナリンのライフゲージから削り取ることが出来たんだけど、金銀の新モデルになってから蛇剣は僕が受けたダメージ量を剣に蓄積して、それで攻撃した敵に同程度のダメージを与える仕様に変わっていた。
だから僕がこの剣でアナリンに斬りつけることが出来て初めてダメージを与えられるんだけど……。
「ハアッ!」
「ううっ……くっ!」
アナリンの猛攻の前に相変わらず僕は防戦一方だった。
たったひと振りの反撃をする間さえ与えてもらえない。
このままじゃ僕のライフが減り続けるだけのジリ貧状態から抜け出せないぞ。
蛇を使って小細工しようにも、先刻の戦いで金と銀の蛇はアナリンに首を斬られて消えてしまっている。
アイテムを使う暇もない。
ど、どうすればいいんだ!
ノアの鱗に守られているとはいえ、僕のライフは着実に削り取られていく。
「紛い物の貴様にいつまもで防がれる一刀ではないぞ!」
アナリンはそう言うと一層激しく斬撃を繰り出してくる。
くぅぅぅっ!
もう全てを防ぐ余裕がない!
こちらが攻撃を浴びてでもアナリンに一撃を浴びせなければ、この状況は1ミリも変えられない!
そう思って僕が必死に攻勢をかけようとした瞬間、アナリンが開けた壁の穴から、いきなり何かが噴き出して来たんだ。
僕とアナリンの間に舞ったそれは……大量の桜の花びらだったんた。
それはほんの一瞬のことだったけれど、不思議と僕にはスローモーションのように感じられた。
【若者よ。おまえさんの歩んできた道は間違ってはおらぬ。じゃからこそ多くの者がおまえさんに寄り添うのだ。縁の力を信じるがいい】
耳に響いたように感じられたそのしわがれ声は、カヤさんの声だった。
そしてその一瞬だけ、アナリンが僕を斬り裂こうと繰り出した黒狼牙が止まったように見えたんだ。
「くおおおおっ!」
僕は反射的に右手の金の蛇剣で黒狼牙を弾き、その勢いでわずかにのけ反ったアナリンの腹部目がけて銀の蛇剣を突き出した。
動きが止まったかのように見えたアナリンは、これをギリギリのところでかわす……はずだった。
だけど……。
「うぐっ!」
銀の蛇剣の刃がアナリンの脇腹をこするように斬り裂いたんだ。
「くっ……おのれ!」
それでもアナリンは引き下がることなく、剣を突き出した姿勢の僕に向けて素早く黒狼牙を振り下ろす。
狙いは銀の蛇剣を握った僕の左腕だった。
「いかに強固な鱗に覆われていようと、その細腕一本斬れぬ黒狼牙ではない!」
その太刀筋は先ほどのアナリンの言葉通り、伸び切った僕の左腕を狙っていた。
き、斬られる!
そう思った瞬間、僕は恐怖のあまり息が詰まって呼吸が出来なくなってしまった。
な、何だこれ。
苦しい!
息が吸えない!
それだけじゃなくて体が動かない。
そんな苦しみの中で僕は見た。
僕の腕や体がまるで銅像のような鈍色に変化していたのを。
そしてアナリンの振り下ろした黒狼牙は、僕の腕に当たると火花を散らして弾き返されたんだ。
「なにっ?」
アナリンは驚愕の声を上げた。
一方の僕はすぐに自分の身に起きた現象に気が付いた。
アナリンの刀をも弾き返すほど体が硬質化し、その間は身動きが取れず呼吸も出来なくなる。
これは物理攻撃および魔法攻撃をすべて跳ね返すヴィクトリアの防御スキル・瞬間硬化だ。
先日の戦いではこれでヴィクトリアはアナリンの鬼嵐刃に耐え抜いていた。
「ぷはあっ!」
呼吸が元に戻った僕は動けるようになった体でそのまま金の蛇剣をアナリンに向けて横凪ぎに払った。
彼女はこれをやすやすと黒狼牙で受け止める。
だけどインパクトの瞬間、僕の腕に強烈なヴィクトリアの力感が溢れてきて、僕は力任せにアナリンを押し込んだ。
「くああああっ!」
「ぐっ!」
アナリンは後方に飛ばされて着地するけれど、銀の蛇剣で切り裂かれた脇腹は赤い血で染まっていた。
その顔から冷静さは失われていないけれど、脇腹の痛みのせいかアナリンはわずかに目元を歪めている。
戦える……戦えるぞ。
僕は1人じゃない。
皆の助力をこの身に感じながら僕は2本の蛇剣を強く握り締めた。
アナリンが出てくる……。
エマさんのその言葉に僕は息を飲み、拳を握り締めながらモニターを見る。
アナリンの前方には空中に浮かぶカヤさんのおぼろげな姿が見えるけれど、今やそれも頼りなく消えかかっていた。
「カヤさんが……」
「カヤおばあちゃん。そろそろ限界みたい。それにしてもあのサムライのお嬢さん、底なしのスタミナね。どれだけ魔物を斬り続けてもまったく疲れを見せていないわ」
「そ、そんな……アナリンが王女様の部屋にたどり着く前に何とかしないと」
そうしなければ、王女様はすぐにアナリンによって連れ去られてしまうだろう。
「お姫様のことも心配だけど、その前にこっちの心配をしないと」
「えっ?」
「姫様のいる寝室にたどり着くには、このバルコニーを通ってそこの外階段から上に上がらないと行けない造りになっているのよ」
えっ……じゃあもうすぐアナリンはここを通るってこと?
や、やばすぎる!
「な、何でそんな造りに……」
「仕方ないじゃない。ここはお客様をお招きする城じゃなくて、侵入者を排除する闇の魔女の根城なのよ」
そうだった。
敵が玉座の間までなかなかたどり着けないように工夫が凝らされているんだ。
「今のミランダにアナリンの相手をすることは出来ないわ。本当はアニヒレートを倒してから、アナリンの相手もするつもりだったんでしょうけど……」
アナリンが予想外に早くこの城の罠を突破してくる。
このままだとミランダはアニヒレートとアナリンに挟み撃ちにされてしまう格好になってしまう。
それだけは避けなきゃ……。
僕は決然と口を引き結ぶとエマさんに目を向けた。
「エマさんは今のうちに王女様のいる寝間に向かって。最悪の場合に備えて、王女様を逃がせるように準備を。僕は……。ここでアナリンを迎え撃つから」
「オニーサン……」
エマさんはわずかに言葉に詰まってじっと僕を見つめた。
翡翠色のその目に浮かぶのは深い憂慮の色だ。
僕はそんなエマさんに左手首を差し出した。
「大丈夫。僕、女抱え込み過ぎてるから」
そう言うと僕は精一杯の強がりを込めて笑って見せた。
そんな僕の左手首をエマさんはそっと握る。
「ジェネット。みんな。オニーサンを守ってあげてね。あと、オニーサン。このお城の城内図を渡しておくから」
いつもの妖艶な笑みとは違う、シスターらしい慈愛に満ちた表情でそう言うと、それからすぐにエマさんは外階段を王女様の元へと向かった。
階段の途中で彼女は一度だけ振り返ると手を振ってくれた。
「オニーサン! 私からのプレゼント、大事に使ってね!」
そう言うと彼女は自分の豊か過ぎる胸を指差して、それから階段を上って行った。
さっきの出来事が鮮明に甦って来て、僕は恥ずかしさのあまり自分の胸の辺りを拳でドンドンと叩いた。
「はぁ……っと。こんなことやっている場合じゃない。アナリンがもうすぐここに来るんだ」
僕はすぐさまメイン・システムを操作してアイテム・ストックの中を探る。
ここにアナリンが来たら一番危険なのは今動くことの出来ないミランダだ。
ミランダの存在を隠さなきゃならない。
そう思った僕が取り出したのは保護色マントというアイテムだった。
僕はミランダの目の前に恐る恐る出ると、彼女の視界を塞ぐようにその瞳に手をかざす。
だけどモニターを見つめているように見えるミランダはまったく反応せずに闇狼を操っている。
やっぱりそうだ。
今、ミランダは闇狼の目で全てを見ているんだ。
自分の目でモニターを確認しているわけじゃない。
「だったらこれが使えるはずだ」
僕は取り出した保護色マントをミランダの座る玉座の上にすっぽりと覆うようにかぶせた。
すると周囲の景色と同化してミランダの姿が見えなくなる。
もちろんこれはただの目くらましだ。
ただ見えないだけで、消えてしまったわけではなく、ミランダは今もここにいる。
だからこの場所を攻撃されてしまえば、その危害はミランダに及ぶ。
「後はミランダを巻き添えにしないよう、戦いの場所を移すだけだ」
僕は先ほどエマさんから受け取った案内図を自分のメイン・システムにインストールする。
これで僕はこの城内でも迷わずに行動できるぞ。
僕はふと背後を振り返ると、モニターの中で戦う闇狼の姿を見つめる。
そしてそこにいるはずの今は見えないミランダの姿を思い浮かべた。
「ミランダ。僕もがんばるよ。君もどうか無事で」
そう言うと僕はバルコニーから通路へと入っていく。
目指すはアナリンが出てくるであろう時間歪曲回廊の出口だ。
僕が持つアイテムを駆使してそこに罠を張って、アナリンを待ち伏せする。
そのために使うアイテムを頭の中で必死にリストアップしながら僕は廊下を全力で走り続けた。
そうしてほどなくすると、数十メートル先の廊下の突き当たりに大きな鉄拵えの扉が見えて来たんだ。
おそらくあれが時間歪曲回廊の出口だ。
あそこの手前に罠を仕掛けて……。
そう思ったその時、僕の左手首がいきなり熱くなった。
「ん?」
僕はその場に立ち止まる。
見ると左手首にある5つのアザのうち、白、青、赤、金の4つが急に強い光を放ち、熱を発し始めた。
手が……僕の意思とは無関係に震えている。
何かを知らせるかのように……ハッ!
弾かれたように顔を上げた僕は即座に45度右を向くと、左右の蛇剣を抜いて目の前で交差させたんだ。
そんな僕の目の前で廊下の壁がいきなり崩れ去った。
そしてその壁の向こうから現れた人物が僕に向かって突進してくる。
僕の構えた剣にガツンと強い衝撃が走った。
「よくぞ反応したものだ」
冷たい声でそう言ったのは、今まさに僕の頭上から黒い妖刀・黒狼牙を振り下ろしたサムライ少女・アナリンだった。
そ、そんな……壁を壊して?
「くっ!」
僕の左手首に光る4つのアザのうち赤いそれがひときわ強く光る。
僕はヴィクトリアの力を用いて両足を踏ん張ると、アナリンを押し返した。
後方に押し戻されて立ち止まったアナリンはこちらを睨み付ける。
「貴様と魔女ミランダ。どちらもその体を八つ裂きにしてやる。あのような奇怪な場所に誘い込み、某を愚弄した落とし前をつけてもらおう」
アナリンの顔は冷然としていたけれど、その言葉には明確な怒りが滲んでいた。
時間歪曲回廊での出来事がよほど腹に据えかねたんだろう。
それにしてもあれだけの数の敵と戦い続け、時間の歪められた回廊を長く走ってきたというのに、アナリンは息ひとつ切らしていない。
こんなに早くここにたどり着いたってことは相当急いで来たはずなのに。
少しでも消耗していてくれれば……そんな風に願った僕は甘かった。
罠を張る時間も与えてもらえなかったし。
だけど、今ここを通すわけにはいかない。
王女様の元にはエマさんが駆けつけてくれている。
そしてこの廊下の先にあるバルコニーにはアニヒレートと戦い続けるミランダがいるんだ。
保護色マントでその姿を隠してあるとはいえ、絶対安全とは言えない。
だから……僕がここでアナリンに屈してしまえば、皆が黒狼牙の餌食にされてしまう。
「アナリン。絶対にここは通さないぞ」
「そんなセリフは某の刃を受け止めてからほざくことだな」
そう言うアナリンの握る黒狼牙が緑色の光を宿す。
鬼速刃だ。
空中に飛ばす速射型なら受け止められるけど、衝撃が物質を突き抜ける直撃型はそうはいかない。
ノアの金の鱗で強化された天樹の衣が僕を守ってくれるけど、それでもダメージは免れないだろう。
根本的にアナリンのこの攻撃を防ぐ手だてはない。
かと言ってアナリンの振るう刀をこちらの剣で受け止めずに完全に避けるなんて、とても出来ることじゃない。
ジェネット達の力を借りている今の僕でも無理だ。
アナリンもそのことが分かっているから、僕に考える暇を与えずに襲いかかって来る。
「鬼速刃!」
「くううっ!」
アナリンの振るう黒狼牙を蛇剣で受け止めるたびに、彼女の刃から発生した衝撃が僕の体を痛めつける。
旧モデルの蛇剣だったら問答無用で報復ダメージをアナリンのライフゲージから削り取ることが出来たんだけど、金銀の新モデルになってから蛇剣は僕が受けたダメージ量を剣に蓄積して、それで攻撃した敵に同程度のダメージを与える仕様に変わっていた。
だから僕がこの剣でアナリンに斬りつけることが出来て初めてダメージを与えられるんだけど……。
「ハアッ!」
「ううっ……くっ!」
アナリンの猛攻の前に相変わらず僕は防戦一方だった。
たったひと振りの反撃をする間さえ与えてもらえない。
このままじゃ僕のライフが減り続けるだけのジリ貧状態から抜け出せないぞ。
蛇を使って小細工しようにも、先刻の戦いで金と銀の蛇はアナリンに首を斬られて消えてしまっている。
アイテムを使う暇もない。
ど、どうすればいいんだ!
ノアの鱗に守られているとはいえ、僕のライフは着実に削り取られていく。
「紛い物の貴様にいつまもで防がれる一刀ではないぞ!」
アナリンはそう言うと一層激しく斬撃を繰り出してくる。
くぅぅぅっ!
もう全てを防ぐ余裕がない!
こちらが攻撃を浴びてでもアナリンに一撃を浴びせなければ、この状況は1ミリも変えられない!
そう思って僕が必死に攻勢をかけようとした瞬間、アナリンが開けた壁の穴から、いきなり何かが噴き出して来たんだ。
僕とアナリンの間に舞ったそれは……大量の桜の花びらだったんた。
それはほんの一瞬のことだったけれど、不思議と僕にはスローモーションのように感じられた。
【若者よ。おまえさんの歩んできた道は間違ってはおらぬ。じゃからこそ多くの者がおまえさんに寄り添うのだ。縁の力を信じるがいい】
耳に響いたように感じられたそのしわがれ声は、カヤさんの声だった。
そしてその一瞬だけ、アナリンが僕を斬り裂こうと繰り出した黒狼牙が止まったように見えたんだ。
「くおおおおっ!」
僕は反射的に右手の金の蛇剣で黒狼牙を弾き、その勢いでわずかにのけ反ったアナリンの腹部目がけて銀の蛇剣を突き出した。
動きが止まったかのように見えたアナリンは、これをギリギリのところでかわす……はずだった。
だけど……。
「うぐっ!」
銀の蛇剣の刃がアナリンの脇腹をこするように斬り裂いたんだ。
「くっ……おのれ!」
それでもアナリンは引き下がることなく、剣を突き出した姿勢の僕に向けて素早く黒狼牙を振り下ろす。
狙いは銀の蛇剣を握った僕の左腕だった。
「いかに強固な鱗に覆われていようと、その細腕一本斬れぬ黒狼牙ではない!」
その太刀筋は先ほどのアナリンの言葉通り、伸び切った僕の左腕を狙っていた。
き、斬られる!
そう思った瞬間、僕は恐怖のあまり息が詰まって呼吸が出来なくなってしまった。
な、何だこれ。
苦しい!
息が吸えない!
それだけじゃなくて体が動かない。
そんな苦しみの中で僕は見た。
僕の腕や体がまるで銅像のような鈍色に変化していたのを。
そしてアナリンの振り下ろした黒狼牙は、僕の腕に当たると火花を散らして弾き返されたんだ。
「なにっ?」
アナリンは驚愕の声を上げた。
一方の僕はすぐに自分の身に起きた現象に気が付いた。
アナリンの刀をも弾き返すほど体が硬質化し、その間は身動きが取れず呼吸も出来なくなる。
これは物理攻撃および魔法攻撃をすべて跳ね返すヴィクトリアの防御スキル・瞬間硬化だ。
先日の戦いではこれでヴィクトリアはアナリンの鬼嵐刃に耐え抜いていた。
「ぷはあっ!」
呼吸が元に戻った僕は動けるようになった体でそのまま金の蛇剣をアナリンに向けて横凪ぎに払った。
彼女はこれをやすやすと黒狼牙で受け止める。
だけどインパクトの瞬間、僕の腕に強烈なヴィクトリアの力感が溢れてきて、僕は力任せにアナリンを押し込んだ。
「くああああっ!」
「ぐっ!」
アナリンは後方に飛ばされて着地するけれど、銀の蛇剣で切り裂かれた脇腹は赤い血で染まっていた。
その顔から冷静さは失われていないけれど、脇腹の痛みのせいかアナリンはわずかに目元を歪めている。
戦える……戦えるぞ。
僕は1人じゃない。
皆の助力をこの身に感じながら僕は2本の蛇剣を強く握り締めた。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
異世界召喚で適正村人の俺はゴミとしてドラゴンの餌に~だが職業はゴミだが固有スキルは最強だった。スキル永久コンボでずっと俺のターンだ~
榊与一
ファンタジー
滝谷竜也(たきたにりゅうや)16歳。
ボッチ高校生である彼はいつも通り一人で昼休みを過ごしていた。
その時突然地震に襲われ意識をい失うってしまう。
そして気付けばそこは異世界で、しかも彼以外のクラスの人間も転移していた。
「あなた方にはこの世界を救うために来て頂きました。」
女王アイリーンは言う。
だが――
「滝谷様は村人ですのでお帰り下さい」
それを聞いて失笑するクラスメート達。
滝谷竜也は渋々承諾して転移ゲートに向かう。
だがそれは元の世界へのゲートではなく、恐るべき竜の巣へと続くものだった。
「あんたは竜の餌にでもなりなさい!」
女王は竜也を役立たずと罵り、国が契約を交わすドラゴンの巣へと続くゲートへと放り込んだ。
だが女王は知らない。
職業が弱かった反動で、彼がとてつもなく強力なスキルを手に入れている事を。
そのスキル【永久コンボ】は、ドラゴンすらも容易く屠る最強のスキルであり、その力でドラゴンを倒した竜谷竜也は生き延び復讐を誓う。
序でに、精神支配されているであろうクラスメート達の救出も。
この物語はゴミの様な村人と言う職業の男が、最強スキル永久コンボを持って異世界で無双する物語となります。
異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します
桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる
妹はわたくしの物を何でも欲しがる。何でも、わたくしの全てを……そうして妹の元に残るモノはさて、なんでしょう?
ラララキヲ
ファンタジー
姉と下に2歳離れた妹が居る侯爵家。
両親は可愛く生まれた妹だけを愛し、可愛い妹の為に何でもした。
妹が嫌がることを排除し、妹の好きなものだけを周りに置いた。
その為に『お城のような別邸』を作り、妹はその中でお姫様となった。
姉はそのお城には入れない。
本邸で使用人たちに育てられた姉は『次期侯爵家当主』として恥ずかしくないように育った。
しかしそれをお城の窓から妹は見ていて不満を抱く。
妹は騒いだ。
「お姉さまズルい!!」
そう言って姉の着ていたドレスや宝石を奪う。
しかし…………
末娘のお願いがこのままでは叶えられないと気付いた母親はやっと重い腰を上げた。愛する末娘の為に母親は無い頭を振り絞って素晴らしい方法を見つけた。
それは『悪魔召喚』
悪魔に願い、
妹は『姉の全てを手に入れる』……──
※作中は[姉視点]です。
※一話が短くブツブツ進みます
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾もあるかも。
◇なろうにも上げました。
【完結】聖女ディアの処刑
大盛★無料
ファンタジー
平民のディアは、聖女の力を持っていた。
枯れた草木を蘇らせ、結界を張って魔獣を防ぎ、人々の病や傷を癒し、教会で朝から晩まで働いていた。
「怪我をしても、鍛錬しなくても、きちんと作物を育てなくても大丈夫。あの平民の聖女がなんとかしてくれる」
聖女に助けてもらうのが当たり前になり、みんな感謝を忘れていく。「ありがとう」の一言さえもらえないのに、無垢で心優しいディアは奇跡を起こし続ける。
そんななか、イルミテラという公爵令嬢に、聖女の印が現れた。
ディアは偽物と糾弾され、国民の前で処刑されることになるのだが――
※ざまあちょっぴり!←ちょっぴりじゃなくなってきました(;´・ω・)
※サクッとかる~くお楽しみくださいませ!(*´ω`*)←ちょっと重くなってきました(;´・ω・)
★追記
※残酷なシーンがちょっぴりありますが、週刊少年ジャンプレベルなので特に年齢制限は設けておりません。
※乳児が地面に落っこちる、運河の氾濫など災害の描写が数行あります。ご留意くださいませ。
※ちょこちょこ書き直しています。セリフをカッコ良くしたり、状況を補足したりする程度なので、本筋には大きく影響なくお楽しみ頂けると思います。
超越者となったおっさんはマイペースに異世界を散策する
神尾優
ファンタジー
山田博(やまだひろし)42歳、独身は年齢制限十代の筈の勇者召喚に何故か選出され、そこで神様曰く大当たりのチートスキル【超越者】を引き当てる。他の勇者を大きく上回る力を手に入れた山田博は勇者の使命そっちのけで異世界の散策を始める。
他の作品の合間にノープランで書いている作品なのでストックが無くなった後は不規則投稿となります。1話の文字数はプロローグを除いて1000文字程です。
辻ヒーラー、謎のもふもふを拾う。社畜俺、ダンジョンから出てきたソレに懐かれたので配信をはじめます。
月ノ@最強付与術師の成長革命/発売中
ファンタジー
ブラック企業で働く社畜の辻風ハヤテは、ある日超人気ダンジョン配信者のひかるんがイレギュラーモンスターに襲われているところに遭遇する。
ひかるんに辻ヒールをして助けたハヤテは、偶然にもひかるんの配信に顔が映り込んでしまう。
ひかるんを助けた英雄であるハヤテは、辻ヒールのおじさんとして有名になってしまう。
ダンジョンから帰宅したハヤテは、後ろから謎のもふもふがついてきていることに気づく。
なんと、謎のもふもふの正体はダンジョンから出てきたモンスターだった。
もふもふは怪我をしていて、ハヤテに助けを求めてきた。
もふもふの怪我を治すと、懐いてきたので飼うことに。
モンスターをペットにしている動画を配信するハヤテ。
なんとペット動画に自分の顔が映り込んでしまう。
顔バレしたことで、世間に辻ヒールのおじさんだとバレてしまい……。
辻ヒールのおじさんがペット動画を出しているということで、またたくまに動画はバズっていくのだった。
他のサイトにも掲載
なろう日間1位
カクヨムブクマ7000
異世界のんびりワークライフ ~生産チートを貰ったので好き勝手生きることにします~
樋川カイト
ファンタジー
友人の借金を押し付けられて馬車馬のように働いていた青年、三上彰。
無理がたたって過労死してしまった彼は、神を自称する男から自分の不幸の理由を知らされる。
そのお詫びにとチートスキルとともに異世界へと転生させられた彰は、そこで出会った人々と交流しながら日々を過ごすこととなる。
そんな彼に訪れるのは平和な未来か、はたまた更なる困難か。
色々と吹っ切れてしまった彼にとってその全てはただ人生の彩りになる、のかも知れない……。
※この作品はカクヨム様でも掲載しています。
異世界に転生したけど、頭打って記憶が・・・え?これってチート?
よっしぃ
ファンタジー
よう!俺の名はルドメロ・ララインサルって言うんだぜ!
こう見えて高名な冒険者・・・・・になりたいんだが、何故か何やっても俺様の思うようにはいかないんだ!
これもみんな小さい時に頭打って、記憶を無くしちまったからだぜ、きっと・・・・
どうやら俺は、転生?って言うので、神によって異世界に送られてきたらしいんだが、俺様にはその記憶がねえんだ。
周りの奴に聞くと、俺と一緒にやってきた連中もいるって話だし、スキルやらステータスたら、アイテムやら、色んなものをポイントと交換して、15の時にその、特別なポイントを取得し、冒険者として成功してるらしい。ポイントって何だ?
俺もあるのか?取得の仕方がわかんねえから、何にもないぜ?あ、そう言えば、消えないナイフとか持ってるが、あれがそうなのか?おい、記憶をなくす前の俺、何取得してたんだ?
それに、俺様いつの間にかペット(フェンリルとドラゴン)2匹がいるんだぜ!
よく分からんが何時の間にやら婚約者ができたんだよな・・・・
え?俺様チート持ちだって?チートって何だ?
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
話を進めるうちに、少し内容を変えさせて頂きました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる