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最終章 月下の死闘

第3話 見えてきた敵の影

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「ダメだ。ザッカリーの言葉は本当だった。もう生き残っているのは誰も……」

 天幕に戻って来たブレイディーはそう言うと無念そうに首を横に振った。
 アリアナと一緒に見回りをしてきた彼女が伝えた外の惨状は、想像以上にひどいものだった。
 モンガラン運河のほとりから数百メートル南に設営されていたこの作戦本部は、不死暗殺者ザッカリーの手によって兵士の全員が殺害され、機能不全におちいっていた。
 ブレイディーは通信を使って各地に残っている兵士たちに向け、作戦本部の解散を告げると、あらかじめて決めておいた避難場所であるシェラングーンの北に位置する山麓さんろくの教会への避難を告げて通信を終えた。

「ご苦労だった。ブレイディー。ここまでの働きに感謝する」

 神様は悔しげなブレイディーにねぎらいの言葉をかける。
 僕は戻ってきたアリアナに聞きたかったことをたずねた。

「アリアナ。北の森で離れて以降、どこにいたの?」
「あのね、実はあそこで雪崩なだれに巻き込まれた後……」

 それからアリアナは北部の森ではぐれた後のことを手短に話してくれた。
 切先山きっさきやまから発生して北の森を飲み込んだ雪崩なだれに巻き込まれた彼女は、気付くとベッドの上にいたという。
 そこはダンゲルンから少し西に行ったところにある獣人たちの村だった。
 アリアナはひどいケガを負っていたんだけど、親切な獣人たちの治療のおかげで一命を取りとめた。

 それがつい昨日のことなんだって。
 治療のおかげで動けるようになったアリアナはすぐに僕らに連絡を取ろうとしたんだけど、北の地域ではメイン・システムによる通信が使えない障害が発生していたらしく、連絡できなかったらしい。

「何とか方法を探して王都に戻ろうと思ったんだけど、その時に切先山きっさきやまから変な光が発射されるのを見たんだ」
「変な光?」
「うん。真っ赤な色で、それが山頂から南の方角に飛んでいったの。大きな流れ星みたいだった」

 その話に僕や神様は顔を見合わせた。
 それって……。

「シーブリーズ山で天馬ペガサス雷轟らいごうを捕らえようとしていた我々を襲った爆撃のことじゃないか?」

 ブレイディーの言葉に僕もうなづいた。
 神様は間髪入れずにアリアナにたずねる。

「その光を見た後、どうしたのだ?」

 事情を知らないアリアナは僕らの様子に戸惑いつつ、続きを話した。

「獣人たちが災いの光だって騒ぎ出したから、彼らのうち飛べる人の力を借りて一気に切先山きっさきやまの山頂まで行くことになったんだけど、そこでさっきのリジーさんと出会ったの」
「リジーさん?」
「ここまで私を連れてきてくれたのはリジーさんっていう女の人なの」
「ああ~。あの悪魔のような女の人ですか~」

 リジーさん。
 聞いたことのない名前だ。
 アリアナの話によると、山頂で出会ったリジーさんはそこで何かを調べていたらしい。
 そして獣人のうち1人がリジーさんのことを知っていたのだという。

「私を雪崩なだれの中から助け出して近くの獣人の村に運んでくれたのは、そのリジーさんだったって、そこで分かったの」

 そのリジーさんはどうやら別のゲームから今回のイベントに参加したらしい。
 もちろん正規のルートで正規の手続きを踏んでのことだ。
 そしてある人からの依頼でこのゲーム内の調査をしていたんだって。

「そうだ。リジーさんからこれを受け取ったんだ。神様に渡してくれって」

 アリアナはそこまで話すとアイテム・ストックから取り出した1本のUSBメモリー・スティックを差し出した。
 すぐにアビーがその内容を端末で確かめると、そこには驚くべき情報が収められていたんだ。

「これは~……」

 そこに収められていたのは東将姫アナリンとその3人の部下たちの詳細な情報だった。
 そこには彼らのステータスや装備などの個人データのみならず、各自の出身のゲームについての情報なども収められている。
 そしていまだに姿が分かっていなかった妖精爆撃主メガリンの画像も保存されていた。
 メガリンは身長20センチのまさしく妖精サイズのNPCで、小麦色の肌に白髪の女の子だったんだ。
 僕はその姿に目を見張った。

「こ、これがメガリン……ん?」

 あ、あれ?
 この子どこかで……。
 僕の脳裏にある出来事が鮮明によみがえる。

「あ、ああああっ! こ、この子……」

 そうだ。
 今まですっかり忘れていたけれど、メガリンは僕が北の森で偶然出会った妖精の女の子だった。
 これには神様とブレイディーが目をり上げた。

「おまえ! メガリンに会っていたのか!」
「どうしてその時に捕まえなかったんだい!」

 いや落ち着いて2人とも。
 その時、僕はまだメガリンのことを知らなかったんだよ?
 2人だってそうでしょうが!

 そう反論しようと思ったけれど、神様とブレイディーは早くもメイン・システムを操作して、僕が銀の妖精としてチームαアルファに合流していた時の映像を即座に見始めた。
 するとそこには北の森の中で僕がメガリンと話している時の様子がバッチリ映っていた。
 そして去り際にメガリンが不意打ちで僕のほっぺにチュッてしたところも。
 こ、これは恥ずかしい!
 思わず顔を引きつらせる僕の背後から冷たい気配が忍び寄る。

「アル君……ほっぺにキスされてたね。どういうことかな?」

 背後から冷たい声でそう言うのはアリアナだ。
 うぅ……首すじが寒い。
 僕は即座に振り返ると弁解を口にする。

「い、いやアリアナ。ぼ、僕もいきなりあんなことされてビックリしたんだ。ハ、ハハハ。こ、困っちゃうよね~。女の子同士で何であんなことするのかね~」

 声を上ずらせてそう言う僕の腕をアリアナがギュッと握る。
 ひえっ!
 痛い!
 そして冷たい!

「ダメだよ。アル君。女子からいきなりキスされそうになったら、すばやくよけないと」
「す、すみません。次から気をつけます」

 女子からいきなりキスされそうになることなんて自分の人生で起きるとは思えない僕には、すばやくよけるのは無理ゲーですよ。
 そう思った僕だけど、これ以上言い訳をするとアリアナに握られた腕が凍傷になりそうなので素直に謝っておいた。

「し、知らなかったとはいえ、敵の人と仲良くするなんてダメだよね。ごめん」

 僕がそう言うとアリアナはなぜだか分からないけど目を丸くして、それから盛大にため息をついた。

「はぁぁぁぁぁ……いや、そういうことじゃないんだけど。まったく。アル君はまったく」

 そうブツブツ言いながらようやくアリアナは手を放してくれる。
 ふぅ……冷たかった。
 憤然ふんぜんとしていたアリアナがその表情をわずかにやわらげるのを待ってから、僕は恐る恐る彼女にたずねた。

「あの……アリアナ? 聞きたいことが……」
「アル君の聞きたいこと分かるよ。ミランダでしょ。私も彼女のこと心配だったんだけど、どこにいるか分からないの。ここに来る道中でリジーさんに聞いてみたんだけど、私の質問に答える義務はないとか言って、ロクに話も聞いてくれなかったし。リジーさん。助けてくれたからいい人だと思うんだけど、冷たい感じでとっつきにくくて」
「そっかぁ。ミランダ、どこにいるんだろう」
「気になるよね。彼女のことだからそう簡単にやられたりしないだろうけど」

 僕とアリアナは顔を見合わせて、ミランダの無事をいのることしか出来ない現状をなげいた。
 そんな僕らをよそに神様はUSBの詳細データのうち、妖精爆撃主メガリンの項目にじっくりと目を通しながら言った。

「ブレイディーの読みが当たったな。こいつはかなり広範囲を座評化して、爆撃位置を精密に特定し、超遠距離から爆弾を射出する能力者だ。しかも爆弾の出所を読まれないよう、頻繁ひんぱんにジャミング電波を飛ばして通信妨害を行っている。アリアナが北の地でメイン・システムによる通信を使えなかったのはそれが原因だろう」

 神様の言葉にアリアナはなるほどとうなづいている。
 僕は神様にたずねた。

「今もメガリンは切先山きっさきやまに隠れているんじゃないでしょうか?」

 それならそこに人を派遣してもらってメガリンを捕まえて……僕のそんな考えに首を横に振ったのはブレイディーだ。
 彼女はアビーと共に早くもデータの分析を行っている。

「その可能性は低いと思うよ。このイベント中にジャミング電波が観測されたのは南部で1回、北部で1回、そして再び南部で2回だ。我が陣営が爆撃を受けた回数と同じだね。メガリンは移動しているんだ。一ヶ所に留まることで居場所を特定されてしまうことを恐れたんだろう」

 ブレイディーの話にアビーも追随ついずいする。

「要するに~メガリンは今~この南部地域にいる可能性が高いのです~」

 南部地域か。
 そこまでしぼり込めるのはありがたいけれど、具体的な居場所の特定までは難しいんじゃないだろうか。
 そんな僕の考えを神様が一蹴いっしゅうした。

「北の森でアルフリーダが出会った時の行動から見れば、メガリンの足跡が見えてくる。まさに木を隠すなら森の中だ」

 そう言うと神様はアビーに指示を出し、それからメガリン討伐とうばつ作戦の詳細を僕に伝えた。
 僕はその内容を聞きらさずに頭に叩き込む。

「アルフリーダ。出撃だ。おまえに任せるぞ」

 そう言って神様が差し出したのはVRゴーグルだった。
 先刻のリモート・ミッションでおなじみのこれを再び着けることになるとは思わなかった。
 今現在、ヴィクトリアとノアは戦闘不能、ジェネットは2人を救出するためにアニヒレートを相手に孤軍奮闘中、そしてアリアナには神様の護衛をお願いすることになったから、今動けるのは僕しかいない。

 しかも今回はVRゴーグルを使って金の妖精になってのミッションだ。
 僕しかいない。
 不安だけどやるしかないんだ。

「アル君。無理しないでね」
「大丈夫。行ってくるよ。アリアナ」

 見送ってくれるアリアナや他の皆の前で、僕はVRゴーグルを装着した。
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