上 下
56 / 87
第四章 難攻不落! 絶対無敵の魔神

第10話 モンガラン運河

しおりを挟む
 ポイント・フォーに集まっていた王国軍の軍勢がモンガラン運河への後退を始めてから5分が経過していた。
 僕とノアだけは人気ひとけの無くなった現場に残り、上空からアニヒレートの状態を見守っている。
 先ほど全身を灰色に変化させて動きを止めたアニヒレートだけど、その巨体にいまだ見たことのない変化が生じ始めていた。

 固まった状態のアニヒレートの肌に次々と亀裂きれつが走り、それが広がっていく。
 ピシピシッ!
 固い岩が裂けるような音が絶え間なく響き渡った。
 アニヒレートが唐突に硬化してからわずか1分少々でいきなり始まった奇妙な現象に、先ほど竜牙槍砲ドラゴン・バリスタでアニヒレートの脳天を激しくけずったノアも戸惑いを隠せない。

「あれは何が起きておるのだ? 話に聞いていた睡眠状態か?」
「いや、睡眠なら数時間に及ぶはずだから、これは短すぎるよ。一体何が……」

 そんな僕らの見つめる前で、ついにアニヒレートの体中に亀裂きれつが及び、硬化した体毛がパキパキと音を立ててがれ落ちていく。
 まるで建物の外壁ががれていくかのようにそれはバラバラとくずれ落ちていった。
 ア、アニヒレートの体が……。
 異様な光景に目をく僕のとなりでノアが声をらした。

「あれは……脱皮だ」
「だ、脱皮?」

 脱皮ってへびとかトカゲがする、あの脱皮?
 くまが脱皮するなんて聞いたことはないけれど、ノアの見立てが正しいことに僕も気が付いた。
 がれ落ちた体毛の下から新たな体毛が現れたんだ。
 そして硬化していた体毛がすべてがれ落ちると、そこにつやのある新たな毛並みを持った、まっさらな状態のアニヒレートが現れたんだ。

「そ、そんな……」

 脱皮したせいかアニヒレートの体は一回りサイズダウンしている。
 それでもまだ体長100メートル以上は軽く超えているだろう。

「ゴアアアアッ!」

 先ほどまで動かなかったアニヒレートは大きくひとえすると、前脚を地面について四足歩行の姿勢を取る。
 そして次の瞬間、四本の脚で地面を走り出したんだ。

「えっ?」

 その動きは先ほどまでとは違って早く、アニヒレートは猛烈な勢いで大地を駆けていく。
 面食らって唖然あぜんとする僕の手をノアが引っ張った。

「ボサッとするな。追うぞ!」

 僕らはアニヒレートを追って飛ぶ。
 作戦の最初に第一飛行部隊が投網とあみを行い、アニヒレートの体には鈍化どんかの精霊魔法がかかっているはずだった。
 あんなに速く走れるようになっているなんて……効果が切れたのか?
 いや……。

「脱皮だ。脱皮したせいで体の表面にかけられていた魔法の効果も一緒にがれ落ちちゃったんだ」
「そういうことであったか。しかしあの速さでは、先ほど後退した部隊がすぐに追いつかれてしまうぞ」

 そうだ。
 魔獣使いや精霊魔術師で構成された混成部隊がポイント・ファイブに向けて後退中だ。
 だけど彼らはへびたちも一緒だから、馬で一気に戻るというわけにもいかず、すぐにアニヒレートに追い付かれてしまいそうだ。
 そうなる前にアニヒレートの進路を変えないと。

 僕はEライフルを手に懸命に飛び、回り込むようしてアニヒレートの眼前におどり出ると、疾駆しっくするアニヒレートの顔に向けて銀色のへびを放った。
 だけどそれは四足で猛然と走り続けるアニヒレートの顔に当たった瞬間、その毛の上をすべるようにスルリと後方へ弾かれてしまう。
 こちらも全力で飛びながら、走り続けるアニヒレートに射撃を当てるのは簡単じゃない。
 それから僕は幾度か射撃を行うも、銀色のへびはアニヒレートに取りつくことが出来ずに弾かれて後方へと消えていく。
 
 脱皮して生え変わったつやのある毛は、妙にスベスベしていて、こうして互いに高速で移動している状態だと、風の作用もあってへびがアニヒレートの体表をすべってしまう。 
 くそっ!
 まずいぞ。
 もう前方数百メートルのところに混成部隊の姿が見えてきた。

「止まらぬか!」

 ノアが聖邪の炎ヘル・オア・ヘヴンをアニヒレートの顔面に吐きかけるけれど、アニヒレートは顔にそれを浴びても脚を止めない。
 精霊魔法のあみが消えたことで体にかかっていた重しが外れて、よほど気分がいいんだろう。
 アニヒレートは一心不乱に駆け続けている。

【後方よりアニヒレート接近! 混成部隊はただちに左右へ散開せよ!】

 作戦本部で情勢を見続けているブレイディーから通信が入り、混成部隊は左右に大急ぎで展開するけれど……すでに手遅れだった。
  
「ゴアアアアアアッ!」

 僕らを振り切ったアニヒレートはそのまま混成部隊に突っ込んでいき、右に左にと大暴れをし始めた。
 その太い前脚で次々と部隊の人たちやへびたちを弾き飛ばしていく。
 魔獣使いや精霊魔術師たちはへびで応戦する間もなく、アニヒレートの振るう剛腕によってあっけなく命を落としていった。
 主である精霊魔術師を失った精霊のへびたちは姿を保てず消えていき、魔獣使いを失った生き物のへびたちは散り散りに逃げ出していく。
 混成部隊は完全に統率を失い、生き残った兵士たちが潰走かいそうし始めた。

「ああっ……」

 アニヒレートは大きめのへびみちぎると、それを逃げ惑う兵士たちに叩きつける。
 僕とノアは少しでも兵士たちを現場から逃そうと必死にアニヒレートの周囲を飛び回りながら攻撃を続けたけれど、先ほどまでとは違って機敏に動くアニヒレートに僕が射出する銀色のへびは取りつくことが出来ずに振り落とされてしまう。

 そうこうしている間に多くの兵士たちが犠牲となり、アニヒレートは気分を良くしたようで意気揚々いきようようとモンガラン運河の方向へ駆け出した。
 多数の兵士たちがゲームオーバーを迎え、天に昇っていく光の粒子が月夜にまばゆかがやくのを僕は呆然ぼうぜんと見上げてくちびるむ。 
 
「皆を助けられなかった……」

 遊撃任務を受けてアニヒレートを撹乱かくらんする役目を負っていた僕とノアだけど、結果としてポイント・フォーを突破されてしまった。
 突破自体は想定内だったけれど、混成部隊があれだけ大きな被害を出してしまったことを僕は悔やんだ。
 そんな僕の頭をポンポンと叩くのは同じく悔しい思いをしたはずのノアだ。

「仕方あるまい。それだけの敵を相手にしておるのだ。クヨクヨしても時間のムダだぞ。悔やむのは最終作戦が失敗に終わった後にせよ」
「ノア……そうだね」

 僕らにはまだやれることが残っている。
 次のポイント・ファイブこそが最も効果的にアニヒレートを封じ込められると信じて戦うのみだ。
 遠ざかっていくアニヒレートの背中を追って僕らは飛び始めた。
 ポイント・フォーでの作戦終了後、速やかに本部に戻る。
 僕とノアは事前にそう決められていた通り、急いで作戦本部のあるモンガラン運河に向かった。

 飛び始めてすぐにブレイディーからの現状報告が全部隊に通達される。
 それによればこのポイント・フォーに展開していた混成部隊は、その8割近くの隊員がゲームオーバーに追い込まれてしまったということだ。
 多くの人が命を落としたんだ。
 それは本当に重い事実だった。

 生き残った2割の隊員たちは、作戦前に会ったあの部隊長が筆頭に立って、残存する兵力を集めて負傷者を救助するなど事後処理に当たってくれているらしい。
 すでに甚大じんだいな被害が出ているこの戦いだけど、作戦本部はまだアニヒレートの討伐とうばつをあきらめていない。
 ポイント・フォーに展開していた部隊がアニヒレートの手によって壊滅すると、ブレイディーからの指示がより一層忙しくなる。
 いよいよ最終ラインであるポイント・ファイブ、モンガラン運河でのアニヒレートとの戦いが始まろうとしていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

だって僕はNPCだから+プラス 4th 『お引っ越しプレゼンテーション』

枕崎 純之助
ファンタジー
バルバーラ大陸全土を巻き込む大騒動となったイベント【襲来! 破壊獣アニヒレート】が終わってから3日。 闇の魔女ミランダと下級兵士アルフレッドは新居であるミランダ城への引っ越しを終えた。 そんなミランダ城に彼女たちが引っ越してくる。 そしてアルフレッドの隣室を巡る彼女たちは、前代未聞のプレゼンバトルを繰り広げる! 誰がアルフレッドの隣の部屋をゲットするのか? 乞うご期待! *イラストACより作者「歩夢」様のイラストを使用させていただいております。

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

二人分働いてたのに、「聖女はもう時代遅れ。これからはヒーラーの時代」と言われてクビにされました。でも、ヒーラーは防御魔法を使えませんよ?

小平ニコ
ファンタジー
「ディーナ。お前には今日で、俺たちのパーティーを抜けてもらう。異論は受け付けない」  勇者ラジアスはそう言い、私をパーティーから追放した。……異論がないわけではなかったが、もうずっと前に僧侶と戦士がパーティーを離脱し、必死になって彼らの抜けた穴を埋めていた私としては、自分から頭を下げてまでパーティーに残りたいとは思わなかった。  ほとんど喧嘩別れのような形で勇者パーティーを脱退した私は、故郷には帰らず、戦闘もこなせる武闘派聖女としての力を活かし、賞金首狩りをして生活費を稼いでいた。  そんなある日のこと。  何気なく見た新聞の一面に、驚くべき記事が載っていた。 『勇者パーティー、またも敗走! 魔王軍四天王の前に、なすすべなし!』  どうやら、私がいなくなった後の勇者パーティーは、うまく機能していないらしい。最新の回復職である『ヒーラー』を仲間に加えるって言ってたから、心配ないと思ってたのに。  ……あれ、もしかして『ヒーラー』って、完全に回復に特化した職業で、聖女みたいに、防御の結界を張ることはできないのかしら?  私がその可能性に思い至った頃。  勇者ラジアスもまた、自分の判断が間違っていたことに気がついた。  そして勇者ラジアスは、再び私の前に姿を現したのだった……

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

処理中です...