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第四章 難攻不落! 絶対無敵の魔神
第7話 まさかの再会
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作戦本部の置かれたモンガラン運河からわずか2キロメートル東に広がる雑木林。
ポイント・フォーとなるその雑木林の手前に僕とノアは降り立った。
すでに話が通っている部隊長の上級兵士がすぐに駆け寄って来て挨拶をしてくれた。
「ノア殿とアルフリーダ殿ですね。加勢に感謝します」
僕よりずっと年上にも関わらず男性隊長は背すじを伸ばしたまま敬礼をしてくれた。
僕も思わず背すじをピンッと伸ばしてこれに応えた。
「微力を尽くします。何としてもアニヒレートを食い止めましょう」
それから僕らは作戦の流れを確認し合った。
5000人の兵士が組織だった動きをする中で、僕とノアはアニヒレートの一番近くでアニヒレートを撹乱しながらその頭部を狙う遊撃任務を負うことになる。
そのために使うのが僕の持つ銀の蛇剣を銃形態に変化させたEライフルだ。
そのEライフルで弾丸の代わりに射出した銀色の蛇をアニヒレートはひどく嫌っていた。
「結局、なぜアニヒレートは蛇を嫌うのだ?」
部隊長との打ち合わせを終えて前線へと歩いて向かう途中でノアがそう尋ねてきた。
このポイント・フォーで行われる作戦『スネーク・カーニバル』は精霊魔術師による蛇神の精霊の召喚や、魔獣使いらによる様々な蛇の魔物がアニヒレートに総攻撃をかけるんだ。
だけど蛇がアニヒレートに本当に有効でなかったら、これだけ準備した作戦はすべてムダになってしまう。
でも神様はある確証を掴んでいたんだ。
僕はさっきそれを作戦本部で神様から聞かされていた。
「アニヒレートには元になったモンスターがいるんだ。いや、正確には『いた』と言うべきだね」
「元になったモンスター?」
アニヒレートという規格外のモンスターを創造するにあたり、運営本部は過去から現在に至るまでに存在したモンスターの中からモデルになる魔物をピックアップしたらしい。
その際に意見として出たのが、過去にロール・アウトしたモンスターの中から現在はすでにゲーム上で運用されていないキャラクターをリノベーションするという話だった。
そこで白羽の矢が立てられたのが、あるモンスターだった。
神様の話によればこのゲームが始まって間もない頃、比較的弱い魔物が分布している地域にボスとして君臨していたデイモン・グリズリーという熊の魔物がいたらしい。
闇の洞窟から出ることがほとんどなかった僕はもちろん知らなかったけど、このゲームの運営陣が最初に生み出したボスなんだって。
幾度目かのアップデートで大規模なマップ変更があって、デイモン・グリズリーが住んでいた森が砂漠化してしまったんだ。
生きる場所を追われたデイモン・グリズリーはアップデートの波に飲まれて退場することになった。
要するにこのゲームでの役目を終えたってことなんだ。
「その熊の魔物がアニヒレートの元になったのだな」
「うん。そのデイモン・グリズリーは大きさこそ3メートル程度だったらしいんだけど、周囲の魔物が弱いその地域では際立って強かったんだ。だからまだレベルの低いプレイヤーたちにとっては強敵だったんだけど……」
そのデイモン・グリズリーにも弱点があった。
それが蛇だ。
蛇に噛まれると能力が落ちて弱体化するという設定があり、プレイヤーたちは森の外の荒野で捕まえた毒蛇を連れて行き、デイモン・グリズリーの攻略に当たったらしい。
「その時の名残でアニヒレートにも蛇に弱い特性があるということか?」
「うん。設定上、デイモン・グリズリーは砂漠の蛇系魔物のボスであるデザート・バジリスクに噛まれて死んでしまったってことになっているらしいから、そういう理由もあるだろうね」
そして神様はそれを立証するべく、アニヒレートのホンハイ襲撃時にテストを行ったらしい。
僕が眠っている間の出来事だ。
ホンハイに派遣していた懺悔主党のメンバーが蛇の魔物をアニヒートの頭上から投げ落としたという。
全長20メートルほどになる大蛇だ。
その蛇の魔物はアニヒレートの首に絡みつき、途端にアニヒレートは目の色を変えて大蛇と格闘し始めたという。
結果としてその大蛇はすぐにアニヒレートに殺されてしまったんだけど、蛇がまとわりついている間にある現象が発生したという。
「なるほど。話が見えてきたな。そのデイモンなんたらという古き熊の魔物と同様にアニヒレートが弱体化したのか」
「うん。ほんの1分ちょっとの間なんだけど、アニヒレートの防御力が25%ほど下がってダメージ量が多くなったらしいんだ」
その間、ホンハイの軍勢からの攻撃を受けていたアニヒレートが少し多めにライフを減らしたことで神様は気付いたらしい。
あらかじめ準備していた蛇たちをそれから急激に増強したんだ。
「しかしなぜ神はそのことを分かっていながら今回の作戦の初期段階から蛇を投入しなかったのだ? もっと楽にアニヒレートにダメージを与えられたであろうに」
ノアが口にした疑問は当然のことだった。
でもそれには理由がある。
「集められる蛇の数に限りがあったんだ。あの巨大なアニヒレートに攻撃を仕掛けるなら普通の小さな蛇では無意味だし、大きな蛇の魔物をかき集めるための時間もあまりなかったからね。でもそれだけじゃないよ。神様はアニヒレートが蛇に慣れてしまうことを恐れたんだ」
凍結系の攻撃に慣れてきたように、蛇の攻撃をあまり続けるとアニヒレートは慣れてきてしまう恐れがある。
神様はそのことを危惧したんだ。
ノアも納得して頷いた。
「なるほどな。ならばやはり蛇を一気に投入するここは我らにとって勝負どころだな」
「そうだね。がんばらないと……」
そう言ったその時、前から歩いてきた人物の姿が目に入り、僕は思わず歩みを止めた。
あ、あれ……?
目の前から歩いてきた1人の女の子が僕とすれ違う。
そこで僕は無意識に声を漏らしていた。
「え……き、君は……」
すれ違いざまに間近で見たその女の子の姿に、心臓が跳ね上がるのを感じて僕は息を飲んだ。
なぜなら僕はかつてその女の子に会ったことがあるからだ。
そして出来れば二度と会いたくないと思っていた。
今も強烈な印象が鮮烈に残っているからだ。
短く無造作な赤い髪に銀色の瞳、そして赤と黒を基調とした露出の多いレザーアーマー。
その手には黒光りする鞭が握られている。
かつて彼女はその鞭、獣属鞭を手に、僕の前に敵として立ちはだかったんだ。
「キ、キーラ……」
そう。
彼女は以前に砂漠都市ジェルスレイムで僕やアリアナを苦しめた暗黒の双子姉妹の姉。
魔獣使い・キーラだったんだ。
「あん? 誰だてめえは?」
彼女は振り返ると訝しげに僕を睨む。
相変わらず鋭い目つきだけど、その表情は見知らぬ誰かを見るそれだった。
あ、そうか。
今、僕はアルフリーダの姿だから彼女は僕が誰だか分からないんだ。
つい呼び止めるようなことをしてしまったけれど、彼女からしたらいきなり知らない人に呼びかけられたのと同じことだ。
「あ、あの……」
「うん? おまえ……どこかで見た顔だな」
ギクッ!
僕は思わずギョッとするのを隠せずに目を逸らした。
キーラはそんな僕の顔をマジマジと見据えて、器用に片方の眉をクイッと上げる。
ま、まずい。
彼女は僕を恨んでいるはずだ。(逆恨みですけど)
僕だってことがバレたら何をされるか。
勘の鋭そうな彼女に気付かれる前に誤魔化さなきゃ。
「あ、い、いや。以前にジェルスレイムの放送でお見かけしたことがあるので……実際にご本人のあなたにお会いするのは初めて……です」
僕が消え入りそうな声でそう言うと、キーラはしげしげと僕を品定めするように見てからフッと肩をすくめた。
「ハッ。そうかよ。あの頃のアタシらを知ってんのか。なら今はさぞかし笑えるだろ。この通り、仮出所中の落ちぶれた身だからよ」
そう言うとキーラは自分の首を指差した。
そこには運営本部によって首輪がハメられていて、彼女が更正プログラムの途上にあることが示されていた。
さらに彼女の周囲には監視用の妖精が数体見張りをしている。
砂漠都市ジェルスレイムで不正プログラムを用いてゲームを混乱に陥れた罪によって、彼女とアディソンの双子の姉妹は運営本部に拘束されていたんだ。
そこで更正プログラムを受けていたらしいことまでは分かっていた。
その後のことは知らなかったけれど、こうして監視付きとはいえ外に出られるようになったのか。
「きょ、今日は妹さんは御一緒じゃないんですか?」
キーラにはアディソンという双子の妹がいる。
暗黒巫女アディソンがこれまた姉に負けず劣らず怖いんだ。
「アディソンはまだ牢の中だ。ムカつくことにな。運営本部様はアタシらを2人同時に娑婆に出すのをご法度にしてやがるんだよ。2人そろうと何をしでかすか分からんってな。ハッ! 臆病者どもが」
「そ、そうなんですか」
アディソンはここにいないのか。
僕は内心でホッとしていた。
この双子には僕もさんざん痛めつけられたからついビクビクしてしまうけど、何とか更正してくれればいいな。
そんなことを思いながら僕は自分がアルフレッドだということを悟られないように、女性らしい穏やかな口調で尋ねた。
魔獣使いたちが駆り出されているこの現場にキーラがいるってことは……。
「蛇を使役する任務でこちらにいらしたんですよね」
「気に食わねえことにな。運営本部さまに罪を許していただくためのありがた~い奉仕活動ってやつだ。クソ面白くもねえ」
そう言うとキーラは手に持っている獣属鞭をビシリと地面に打ち付ける。
ひえっ!
思わずその音にビクッとしてしまいながらも僕は必死に笑顔を保って言った。
「で、でも腕の見せ所じゃないですか。魔獣使いとしての腕を見込まれてここにいらしたんでしょうから」
「そりゃそうさ。ここにいるボンクラどもより遥かに強い蛇を使ってやるよ。アタシの蛇にかかりゃ、あんな、熊どうってことねえ。見ときな」
そう言うとキーラは踵を返す……けどすぐにこちらを振り返った。
「おまえ……やっぱりどこかで見たことあるような気がするな」
「ま、まあよくある顔ですから。似た誰かを見たんじゃないですか?」
僕の言葉にキーラは頭をかいて再び踵を返した。
「ま、どうでもいいか」
そう言うとキーラは荒々しい足取りで周囲の人たちを威嚇しながら雑木林の中へと踏み込んで行った。
「ふぅ~。怖かった」
「何なのだ? あの不躾な女は。そなたの知り合いか?」
僕の隣で一部始終を黙って見ていたノアがつまらなさそうに言う。
「知り合いというか、以前に敵だった子なんだ。ミランダやジェネットやアリアナは知ってるよ。まあ、悪さして運営本部に捕まってたんだけど、今は更正の途中みたいだね」
「なるほどな。そなたが怯えておったのはそういうわけか」
「う、うん。女子の姿になっておいて良かったよ。僕だとバレたら何をされることか。ノアもおとなしくしていてくれてありがとね。トラブルにならずに済んだよ」
ヴィクトリアとはしょっちゅうケンカをしているノアだから、キーラ相手にもケンカを始めてしまうんじゃないかと、それも心配だったんだ。
だけどノアは涼しい顔で言う。
「フン。取るに足らぬ小物相手に牙を剥くほどノアは子供ではない。行くぞ」
そう言うとノアは再び前線に向けて飛び立っていく。
僕は冷静な彼女を頼もしく思いながら、その背中を追って飛び始めた。
ポイント・フォーとなるその雑木林の手前に僕とノアは降り立った。
すでに話が通っている部隊長の上級兵士がすぐに駆け寄って来て挨拶をしてくれた。
「ノア殿とアルフリーダ殿ですね。加勢に感謝します」
僕よりずっと年上にも関わらず男性隊長は背すじを伸ばしたまま敬礼をしてくれた。
僕も思わず背すじをピンッと伸ばしてこれに応えた。
「微力を尽くします。何としてもアニヒレートを食い止めましょう」
それから僕らは作戦の流れを確認し合った。
5000人の兵士が組織だった動きをする中で、僕とノアはアニヒレートの一番近くでアニヒレートを撹乱しながらその頭部を狙う遊撃任務を負うことになる。
そのために使うのが僕の持つ銀の蛇剣を銃形態に変化させたEライフルだ。
そのEライフルで弾丸の代わりに射出した銀色の蛇をアニヒレートはひどく嫌っていた。
「結局、なぜアニヒレートは蛇を嫌うのだ?」
部隊長との打ち合わせを終えて前線へと歩いて向かう途中でノアがそう尋ねてきた。
このポイント・フォーで行われる作戦『スネーク・カーニバル』は精霊魔術師による蛇神の精霊の召喚や、魔獣使いらによる様々な蛇の魔物がアニヒレートに総攻撃をかけるんだ。
だけど蛇がアニヒレートに本当に有効でなかったら、これだけ準備した作戦はすべてムダになってしまう。
でも神様はある確証を掴んでいたんだ。
僕はさっきそれを作戦本部で神様から聞かされていた。
「アニヒレートには元になったモンスターがいるんだ。いや、正確には『いた』と言うべきだね」
「元になったモンスター?」
アニヒレートという規格外のモンスターを創造するにあたり、運営本部は過去から現在に至るまでに存在したモンスターの中からモデルになる魔物をピックアップしたらしい。
その際に意見として出たのが、過去にロール・アウトしたモンスターの中から現在はすでにゲーム上で運用されていないキャラクターをリノベーションするという話だった。
そこで白羽の矢が立てられたのが、あるモンスターだった。
神様の話によればこのゲームが始まって間もない頃、比較的弱い魔物が分布している地域にボスとして君臨していたデイモン・グリズリーという熊の魔物がいたらしい。
闇の洞窟から出ることがほとんどなかった僕はもちろん知らなかったけど、このゲームの運営陣が最初に生み出したボスなんだって。
幾度目かのアップデートで大規模なマップ変更があって、デイモン・グリズリーが住んでいた森が砂漠化してしまったんだ。
生きる場所を追われたデイモン・グリズリーはアップデートの波に飲まれて退場することになった。
要するにこのゲームでの役目を終えたってことなんだ。
「その熊の魔物がアニヒレートの元になったのだな」
「うん。そのデイモン・グリズリーは大きさこそ3メートル程度だったらしいんだけど、周囲の魔物が弱いその地域では際立って強かったんだ。だからまだレベルの低いプレイヤーたちにとっては強敵だったんだけど……」
そのデイモン・グリズリーにも弱点があった。
それが蛇だ。
蛇に噛まれると能力が落ちて弱体化するという設定があり、プレイヤーたちは森の外の荒野で捕まえた毒蛇を連れて行き、デイモン・グリズリーの攻略に当たったらしい。
「その時の名残でアニヒレートにも蛇に弱い特性があるということか?」
「うん。設定上、デイモン・グリズリーは砂漠の蛇系魔物のボスであるデザート・バジリスクに噛まれて死んでしまったってことになっているらしいから、そういう理由もあるだろうね」
そして神様はそれを立証するべく、アニヒレートのホンハイ襲撃時にテストを行ったらしい。
僕が眠っている間の出来事だ。
ホンハイに派遣していた懺悔主党のメンバーが蛇の魔物をアニヒートの頭上から投げ落としたという。
全長20メートルほどになる大蛇だ。
その蛇の魔物はアニヒレートの首に絡みつき、途端にアニヒレートは目の色を変えて大蛇と格闘し始めたという。
結果としてその大蛇はすぐにアニヒレートに殺されてしまったんだけど、蛇がまとわりついている間にある現象が発生したという。
「なるほど。話が見えてきたな。そのデイモンなんたらという古き熊の魔物と同様にアニヒレートが弱体化したのか」
「うん。ほんの1分ちょっとの間なんだけど、アニヒレートの防御力が25%ほど下がってダメージ量が多くなったらしいんだ」
その間、ホンハイの軍勢からの攻撃を受けていたアニヒレートが少し多めにライフを減らしたことで神様は気付いたらしい。
あらかじめ準備していた蛇たちをそれから急激に増強したんだ。
「しかしなぜ神はそのことを分かっていながら今回の作戦の初期段階から蛇を投入しなかったのだ? もっと楽にアニヒレートにダメージを与えられたであろうに」
ノアが口にした疑問は当然のことだった。
でもそれには理由がある。
「集められる蛇の数に限りがあったんだ。あの巨大なアニヒレートに攻撃を仕掛けるなら普通の小さな蛇では無意味だし、大きな蛇の魔物をかき集めるための時間もあまりなかったからね。でもそれだけじゃないよ。神様はアニヒレートが蛇に慣れてしまうことを恐れたんだ」
凍結系の攻撃に慣れてきたように、蛇の攻撃をあまり続けるとアニヒレートは慣れてきてしまう恐れがある。
神様はそのことを危惧したんだ。
ノアも納得して頷いた。
「なるほどな。ならばやはり蛇を一気に投入するここは我らにとって勝負どころだな」
「そうだね。がんばらないと……」
そう言ったその時、前から歩いてきた人物の姿が目に入り、僕は思わず歩みを止めた。
あ、あれ……?
目の前から歩いてきた1人の女の子が僕とすれ違う。
そこで僕は無意識に声を漏らしていた。
「え……き、君は……」
すれ違いざまに間近で見たその女の子の姿に、心臓が跳ね上がるのを感じて僕は息を飲んだ。
なぜなら僕はかつてその女の子に会ったことがあるからだ。
そして出来れば二度と会いたくないと思っていた。
今も強烈な印象が鮮烈に残っているからだ。
短く無造作な赤い髪に銀色の瞳、そして赤と黒を基調とした露出の多いレザーアーマー。
その手には黒光りする鞭が握られている。
かつて彼女はその鞭、獣属鞭を手に、僕の前に敵として立ちはだかったんだ。
「キ、キーラ……」
そう。
彼女は以前に砂漠都市ジェルスレイムで僕やアリアナを苦しめた暗黒の双子姉妹の姉。
魔獣使い・キーラだったんだ。
「あん? 誰だてめえは?」
彼女は振り返ると訝しげに僕を睨む。
相変わらず鋭い目つきだけど、その表情は見知らぬ誰かを見るそれだった。
あ、そうか。
今、僕はアルフリーダの姿だから彼女は僕が誰だか分からないんだ。
つい呼び止めるようなことをしてしまったけれど、彼女からしたらいきなり知らない人に呼びかけられたのと同じことだ。
「あ、あの……」
「うん? おまえ……どこかで見た顔だな」
ギクッ!
僕は思わずギョッとするのを隠せずに目を逸らした。
キーラはそんな僕の顔をマジマジと見据えて、器用に片方の眉をクイッと上げる。
ま、まずい。
彼女は僕を恨んでいるはずだ。(逆恨みですけど)
僕だってことがバレたら何をされるか。
勘の鋭そうな彼女に気付かれる前に誤魔化さなきゃ。
「あ、い、いや。以前にジェルスレイムの放送でお見かけしたことがあるので……実際にご本人のあなたにお会いするのは初めて……です」
僕が消え入りそうな声でそう言うと、キーラはしげしげと僕を品定めするように見てからフッと肩をすくめた。
「ハッ。そうかよ。あの頃のアタシらを知ってんのか。なら今はさぞかし笑えるだろ。この通り、仮出所中の落ちぶれた身だからよ」
そう言うとキーラは自分の首を指差した。
そこには運営本部によって首輪がハメられていて、彼女が更正プログラムの途上にあることが示されていた。
さらに彼女の周囲には監視用の妖精が数体見張りをしている。
砂漠都市ジェルスレイムで不正プログラムを用いてゲームを混乱に陥れた罪によって、彼女とアディソンの双子の姉妹は運営本部に拘束されていたんだ。
そこで更正プログラムを受けていたらしいことまでは分かっていた。
その後のことは知らなかったけれど、こうして監視付きとはいえ外に出られるようになったのか。
「きょ、今日は妹さんは御一緒じゃないんですか?」
キーラにはアディソンという双子の妹がいる。
暗黒巫女アディソンがこれまた姉に負けず劣らず怖いんだ。
「アディソンはまだ牢の中だ。ムカつくことにな。運営本部様はアタシらを2人同時に娑婆に出すのをご法度にしてやがるんだよ。2人そろうと何をしでかすか分からんってな。ハッ! 臆病者どもが」
「そ、そうなんですか」
アディソンはここにいないのか。
僕は内心でホッとしていた。
この双子には僕もさんざん痛めつけられたからついビクビクしてしまうけど、何とか更正してくれればいいな。
そんなことを思いながら僕は自分がアルフレッドだということを悟られないように、女性らしい穏やかな口調で尋ねた。
魔獣使いたちが駆り出されているこの現場にキーラがいるってことは……。
「蛇を使役する任務でこちらにいらしたんですよね」
「気に食わねえことにな。運営本部さまに罪を許していただくためのありがた~い奉仕活動ってやつだ。クソ面白くもねえ」
そう言うとキーラは手に持っている獣属鞭をビシリと地面に打ち付ける。
ひえっ!
思わずその音にビクッとしてしまいながらも僕は必死に笑顔を保って言った。
「で、でも腕の見せ所じゃないですか。魔獣使いとしての腕を見込まれてここにいらしたんでしょうから」
「そりゃそうさ。ここにいるボンクラどもより遥かに強い蛇を使ってやるよ。アタシの蛇にかかりゃ、あんな、熊どうってことねえ。見ときな」
そう言うとキーラは踵を返す……けどすぐにこちらを振り返った。
「おまえ……やっぱりどこかで見たことあるような気がするな」
「ま、まあよくある顔ですから。似た誰かを見たんじゃないですか?」
僕の言葉にキーラは頭をかいて再び踵を返した。
「ま、どうでもいいか」
そう言うとキーラは荒々しい足取りで周囲の人たちを威嚇しながら雑木林の中へと踏み込んで行った。
「ふぅ~。怖かった」
「何なのだ? あの不躾な女は。そなたの知り合いか?」
僕の隣で一部始終を黙って見ていたノアがつまらなさそうに言う。
「知り合いというか、以前に敵だった子なんだ。ミランダやジェネットやアリアナは知ってるよ。まあ、悪さして運営本部に捕まってたんだけど、今は更正の途中みたいだね」
「なるほどな。そなたが怯えておったのはそういうわけか」
「う、うん。女子の姿になっておいて良かったよ。僕だとバレたら何をされることか。ノアもおとなしくしていてくれてありがとね。トラブルにならずに済んだよ」
ヴィクトリアとはしょっちゅうケンカをしているノアだから、キーラ相手にもケンカを始めてしまうんじゃないかと、それも心配だったんだ。
だけどノアは涼しい顔で言う。
「フン。取るに足らぬ小物相手に牙を剥くほどノアは子供ではない。行くぞ」
そう言うとノアは再び前線に向けて飛び立っていく。
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