45 / 87
第三章 リモート・ミッション・α
第14話 時間の止まった部屋で
しおりを挟む
「やっぱりアルフレッドおにいちゃんだ」
動かないアルフリーダの体の後ろからそう言って恐る恐る現れた小さな女の子に、僕は思わず声を上げた。
その小さな女の子は今の僕と同じく薄く透けた体をしているけれど、その姿はよく見知った相手だったからだ。
「マ、マヤちゃん?」
その不安げな表情をした幼い姿の少女は間違いなく僕の知り合いのマヤちゃんだった。
彼女は城下町に住む鍛冶職人のお父さんと菓子職人のお母さんの間に生まれた女の子で、アニヒレートに破壊された王都で僕は彼女を瓦礫の下から助け出したんだ。
その後、彼女は神様の用意したこの塔の避難所に家族と一緒に避難していたと聞いていたけれど……。
「マヤちゃん。こ、この状態はどうなってるの?」
「この部屋の中は時間が止まってるの。マヤが時魔法でそうしたから。時間凍結っていうの」
時魔法。
ミランダの使う暗黒魔法やジェネットの使う神聖魔法とは違い、時間と空間と物質に関わる特殊な魔法だ。
マヤちゃんは今は亡き高名な時魔道士のカヤさんの孫で、その強い時魔法の力を受け継いでいる。
だけどまだ10歳にも満たない彼女が、一部屋まるごとの時間を止めてしまえるほどの強力な時魔法が使えるなんて思わなかった。
「でも、どうしてマヤちゃんがここに?」
「うん。あのね……」
そう言うとマヤちゃんは辛そうに唇を震わせた。
「友達のアビーちゃんに会おうと思ってこの部屋に来たの。ちょうど廊下で見かけたアビーちゃんを追いかけて来たら、ここに入っていくのが見えたから。入っちゃダメかなぁと思ったけどこっそりこの部屋に入ったら、アビーちゃんがガイコツに襲われてて……マヤ怖くてこの下に隠れたの」
そう言うとマヤちゃんは僕の体のすぐ横にある受付カウンターの下を指差した。
魂のように透けた体の僕がフワフワと空中に浮かびながらそこに回り込むと、テーブルの下にうずくまっているマヤちゃんの姿があった。
その顔は恐怖に怯えている。
「アビーちゃんのこと助けたかったけど、どうしたらいいのか分からなくて」
アビーはこの司令塔の女性専用避難所に寝泊まりしていたんだけど、いつの間にか避難民のマヤちゃんと友達になっていたんだね。
マヤちゃんはテーブルの下に隠れている彼女の体そのままの怯えた表情で話を続ける。
「マヤが隠れていたら神様っていうオジサンが入ってきて……」
そこで神様がザッカリーのメスに刺されたのか。
まだ幼いマヤちゃんには酷な状況だ。
「怖かったね。マヤちゃん」
僕は透けた手で彼女の透けた頭を撫でた。
僕の手は彼女の頭をすり抜ける。
触った感触はない。
「ところで……どうして僕とマヤちゃんは幽霊みたいに体が透けてるの?」
「時間が止まった世界では全ての物質が動けないんだって。だからこれはマヤとおにいちゃんの体じゃなくて意識なんだよ」
マヤちゃんの話によると、この時間が止まった世界では物質に干渉することが出来ないらしい。
それが出来てしまうと時魔道士は時間を止めた状態で他人に危害を加えることが出来てしまうため、ゲーム倫理上、禁じられているという。
それはそうだろうね。
悪用されるのを防ぐのに必要な措置だ。
この状況を利用して神様やアビーを助け出すことやザッカリーに攻撃を仕掛けることが出来ないのは残念だけど仕方ない。
「マヤだけは止まった時間の中で意識の状態で動けるんだけど……」
そう言うとマヤちゃんは止まっているアルフリーダの体を指差した。
「なぜかこの蛇さん達がマヤを呼んだような気がして。こっちにおいでって」
蛇さんたち。
アルフリーダ姿の僕が持っている蛇剣にまとわりついている金と銀の蛇だ。
時折この蛇たちはゲーム世界の原理を無視した動きを見せることがあるんだけど、今回もそういうことらしい。
さっき背中を押されたような気がしたのは、マヤちゃんがそうしてくれたのか。
「それから触ってみたら、その女の人の中から、おにいちゃんが出てきたの」
「そうだったのか。マヤちゃん。そこの女の人は確かに僕なんだ。僕が変身した姿なんだよ」
僕がそう言うとマヤちゃんはようやく確信が持てたというふうに笑った。
「うん。何となくアルフレッドおにいちゃんに似てる気がしたよ。どうして女の人になったの?」
「理由は詳しく説明できないんだけど、マヤちゃんにお願いがあるんだ。僕は今、アルフリーダって名前になってるから、他の人がいるところではアルフレッドじゃなくてアルフリーダって呼んでもらえるかな」
「アルフリーダおねえちゃん……うん。いいけど」
マヤちゃんは少し戸惑いながらも了解してくれた。
とにかくこれで、命を今すぐに落としてしまう状況からは脱した。
だけどこの状況は決して楽観視することは出来ないぞ。
「マヤちゃん。この時間が止まっている状態はいつまで続けられるの?」
僕がそう尋ねるとマヤちゃんは天井の赤い時計マークを指差した。
その赤い光の時計は秒針が止まったままになっている。
「マヤが魔法時計の針を動かさなければ止まり続けるよ。でも気をつけないといけないことがあるの」
「気をつけないといけないこと?」
そう言うとマヤちゃんはメイン・システムを起動して、何らかのマニュアルを僕に見せてくれた。
「これは?」
「カヤおばあちゃんが残してくれた、ひでんのしょ」
ひでんのしょ?
ああ、秘伝の書か。
「ここに書いてあるんだけど、時を止めたままの状態を続けると『時間のはざま』っていうのから抜け出せなくなるから、あまり長く使っちゃダメなんだって」
そんな制約があるのか。
時魔法はやっぱり分からないことが多い。
「あとどのくらいなら大丈夫なの?」
「たぶん……マヤが100をあと2回数えるくらいは平気。いーち、にーい、って」
マヤちゃんはうーんと首を傾げて両手の指を折りながら答えてくれた。
なるほど。
たぶん5分程度だな。
そんなにのんびりはしていられない。
この状況を何とかしなきゃ。
時間を止めているのは一時しのぎでしかない。
今のうちに起死回生の一手を考え出さないと、時間は再び動き出してしまう。
そして時間が動き出すとザッカリーにかけられた眼光縛りで動けないまま、安らかなる死によって僕のライフはすぐ尽きてしまうだろう。
その状況は変わらないんだ。
「僕、時間が動き出すと多分すぐにゲームオーバーになっちゃう。マヤちゃんのことを助けてあげられないんだ。だからマヤちゃんは何が起きても隠れている場所から出ちゃダメだよ。怖いガイコツおじさんがいなくなったら、部屋を出てお母さんのところに戻るんだ」
僕は自分にかけられているザッカリーの術のことを簡単に説明した。
するとマヤちゃんが思いもよらないことを言ったんだ。
「マヤが時戻しを使ってあげる。おにいちゃんの体を10分くらい前の状態に戻すことは出来るから」
「えっ?」
時戻し。
それはマヤちゃんの時魔法スキルで、以前にアリアナが凍結させてしまったチョコレートを元の状態に戻してくれたことがあった。
あの時は偶然に時魔法のスキルに目覚めたマヤちゃんだったけれど、でも確か……。
「時戻しって非生物にしか使えないんじゃなかったっけ? 人や動物には使えないはずじゃ……」
「あのね、城下町でおにいちゃんがネズミに変身させてくれたお母さんをマヤ、抱っこして避難所に連れて行ったの。でも、途中でお母さんが元の姿に戻って、そしたらケガしていたお母さんの足も治ってたの」
「そ、それって……マヤちゃんが時戻しでお母さんの体の時間を戻したってこと?」
そう言う僕にマヤちゃんはコクリと頷いた。
マヤちゃんのお母さんは僕が投与したブレイディーの変身薬でネズミに変身したんだけど、その効果は一時間続くはずだった。
「マヤ、お母さんを抱っこしながら、お母さんの足のケガが早く治りますようにって神様にお祈りしてたんだ。そしたら急に両手が熱くなって、それからお母さんが元の姿に戻ったの」
「そうだったんだ。もしかしたらマヤちゃんの時魔法の力がまた成長したのかもしれないね」
「うん。その後、避難所で何度か練習してみて分かったの。あの凍ったチョコレートみたいにたくさんの時間を戻すのは無理だけど、10分くらいなら人の体の状態も戻せるようになったんだよ」
そうだったのか。
そもそもマヤちゃんが時魔法を使えるようになったのは、以前のバレンタインの時に起きたアリアナの凍結チョコ騒動がきっかけだった。
今回もお母さんのケガのことがきっかけでマヤちゃんの能力が新たに発現したってことか。
さすがカヤさんの孫だけあって、彼女はメキメキと成長しているみたいだ。
「じゃあマヤちゃん。僕が合図してから10数えたら、この時間凍結を解いてくれるかな」
「うん。そしたらすぐに時戻しでおにいちゃんの……じゃなくてアルフリーダおねえちゃんの体を戻すから」
「その机の下から出ないままでも時戻しは出来るの?」
「大丈夫。少しだけ手を出して、おにいちゃんの足に触るだけで魔法はかけられるから。でも……おにいちゃん。この時戻しも時間凍結も一日に何度も出来ないの。多分、両方使ったら今日はもう使えなくなると思う」
マヤちゃんは不安げにそう言うとザッカリーの姿を見やった。
なるほど。
一度時間が動き出したら二度目はもう止められないってことだ。
同じように時戻しも二度目はない。
不安げな彼女に僕は精一杯の笑顔を見せた。
「大丈夫。僕は強くはないけれど、誰かを驚かせることはうまいんだ。あの怖いガイコツおじさんを驚かせて追い出しちゃおう」
僕は収納されたアイテムのうち、ザッカリーに対して効果があると思われるものをすぐに取り出せるように心を決めた。
ザッカリーは不死者だ。
不死者は火や神聖系の攻撃に弱い。
ジェネットの神聖魔法だったらザッカリーに対しては効果抜群だろう。
僕は神聖魔法は使えないけれど、僕が持つ金の蛇剣はもともと天使長イザベラさんからもらった金環杖だ。
固有能力として金色の聖なる粒子を噴き出すことが出来るその杖から変化した金の蛇剣には、神聖属性が付いている。
この剣ならザッカリーにも効果はあるだろう。
問題は僕の技能でザッカリーの暗殺術を避けて攻撃を仕掛けられるかどうかだった。
また眼光縛りを受けてしまえば身動きが取れなくなり、そうなればザッカリーの安らかなる死を受けて今度こそ僕は一巻の終わりだ。
そして僕が倒されてしまえば神様とアビーを連れ去られ、マヤちゃんだって見つかってしまえばザッカリーに殺されてしまうかもしれない。
頼りになるいつもの仲間たちがいない今、僕がこの場を何とかするしかないんだ。
僕は今、自分が持っているアイテムのリストを頭の中で必死に思い出しながら打てる手を考える。
戦闘能力も戦闘経験も不足している僕がこの危機を回避するには、小細工を重ねるしかないんだ。
そのために僕は腐るほどの雑多なアイテムをストックしている。
今こそその真価を発揮する時だ。
「マヤちゃん。じゃああと10数えたら、時間をまた動かしてくれる」
「うん。分かった」
再び時間が動き出した瞬間。
その一瞬にしかチャンスはない。
ザッカリーは時が止まっていることなど知る由もない。
こうして次の対策を練ることが出来るのは僕の優位性だ。
「きゅ~う。じゅう!」
マヤちゃんが数を数え終わった。
すると天井付近に浮かんでいる赤い光の時計の針が動き出したんだ。
それを目で確認した瞬間、アルフレッドとしての僕の意識は消えた。
動かないアルフリーダの体の後ろからそう言って恐る恐る現れた小さな女の子に、僕は思わず声を上げた。
その小さな女の子は今の僕と同じく薄く透けた体をしているけれど、その姿はよく見知った相手だったからだ。
「マ、マヤちゃん?」
その不安げな表情をした幼い姿の少女は間違いなく僕の知り合いのマヤちゃんだった。
彼女は城下町に住む鍛冶職人のお父さんと菓子職人のお母さんの間に生まれた女の子で、アニヒレートに破壊された王都で僕は彼女を瓦礫の下から助け出したんだ。
その後、彼女は神様の用意したこの塔の避難所に家族と一緒に避難していたと聞いていたけれど……。
「マヤちゃん。こ、この状態はどうなってるの?」
「この部屋の中は時間が止まってるの。マヤが時魔法でそうしたから。時間凍結っていうの」
時魔法。
ミランダの使う暗黒魔法やジェネットの使う神聖魔法とは違い、時間と空間と物質に関わる特殊な魔法だ。
マヤちゃんは今は亡き高名な時魔道士のカヤさんの孫で、その強い時魔法の力を受け継いでいる。
だけどまだ10歳にも満たない彼女が、一部屋まるごとの時間を止めてしまえるほどの強力な時魔法が使えるなんて思わなかった。
「でも、どうしてマヤちゃんがここに?」
「うん。あのね……」
そう言うとマヤちゃんは辛そうに唇を震わせた。
「友達のアビーちゃんに会おうと思ってこの部屋に来たの。ちょうど廊下で見かけたアビーちゃんを追いかけて来たら、ここに入っていくのが見えたから。入っちゃダメかなぁと思ったけどこっそりこの部屋に入ったら、アビーちゃんがガイコツに襲われてて……マヤ怖くてこの下に隠れたの」
そう言うとマヤちゃんは僕の体のすぐ横にある受付カウンターの下を指差した。
魂のように透けた体の僕がフワフワと空中に浮かびながらそこに回り込むと、テーブルの下にうずくまっているマヤちゃんの姿があった。
その顔は恐怖に怯えている。
「アビーちゃんのこと助けたかったけど、どうしたらいいのか分からなくて」
アビーはこの司令塔の女性専用避難所に寝泊まりしていたんだけど、いつの間にか避難民のマヤちゃんと友達になっていたんだね。
マヤちゃんはテーブルの下に隠れている彼女の体そのままの怯えた表情で話を続ける。
「マヤが隠れていたら神様っていうオジサンが入ってきて……」
そこで神様がザッカリーのメスに刺されたのか。
まだ幼いマヤちゃんには酷な状況だ。
「怖かったね。マヤちゃん」
僕は透けた手で彼女の透けた頭を撫でた。
僕の手は彼女の頭をすり抜ける。
触った感触はない。
「ところで……どうして僕とマヤちゃんは幽霊みたいに体が透けてるの?」
「時間が止まった世界では全ての物質が動けないんだって。だからこれはマヤとおにいちゃんの体じゃなくて意識なんだよ」
マヤちゃんの話によると、この時間が止まった世界では物質に干渉することが出来ないらしい。
それが出来てしまうと時魔道士は時間を止めた状態で他人に危害を加えることが出来てしまうため、ゲーム倫理上、禁じられているという。
それはそうだろうね。
悪用されるのを防ぐのに必要な措置だ。
この状況を利用して神様やアビーを助け出すことやザッカリーに攻撃を仕掛けることが出来ないのは残念だけど仕方ない。
「マヤだけは止まった時間の中で意識の状態で動けるんだけど……」
そう言うとマヤちゃんは止まっているアルフリーダの体を指差した。
「なぜかこの蛇さん達がマヤを呼んだような気がして。こっちにおいでって」
蛇さんたち。
アルフリーダ姿の僕が持っている蛇剣にまとわりついている金と銀の蛇だ。
時折この蛇たちはゲーム世界の原理を無視した動きを見せることがあるんだけど、今回もそういうことらしい。
さっき背中を押されたような気がしたのは、マヤちゃんがそうしてくれたのか。
「それから触ってみたら、その女の人の中から、おにいちゃんが出てきたの」
「そうだったのか。マヤちゃん。そこの女の人は確かに僕なんだ。僕が変身した姿なんだよ」
僕がそう言うとマヤちゃんはようやく確信が持てたというふうに笑った。
「うん。何となくアルフレッドおにいちゃんに似てる気がしたよ。どうして女の人になったの?」
「理由は詳しく説明できないんだけど、マヤちゃんにお願いがあるんだ。僕は今、アルフリーダって名前になってるから、他の人がいるところではアルフレッドじゃなくてアルフリーダって呼んでもらえるかな」
「アルフリーダおねえちゃん……うん。いいけど」
マヤちゃんは少し戸惑いながらも了解してくれた。
とにかくこれで、命を今すぐに落としてしまう状況からは脱した。
だけどこの状況は決して楽観視することは出来ないぞ。
「マヤちゃん。この時間が止まっている状態はいつまで続けられるの?」
僕がそう尋ねるとマヤちゃんは天井の赤い時計マークを指差した。
その赤い光の時計は秒針が止まったままになっている。
「マヤが魔法時計の針を動かさなければ止まり続けるよ。でも気をつけないといけないことがあるの」
「気をつけないといけないこと?」
そう言うとマヤちゃんはメイン・システムを起動して、何らかのマニュアルを僕に見せてくれた。
「これは?」
「カヤおばあちゃんが残してくれた、ひでんのしょ」
ひでんのしょ?
ああ、秘伝の書か。
「ここに書いてあるんだけど、時を止めたままの状態を続けると『時間のはざま』っていうのから抜け出せなくなるから、あまり長く使っちゃダメなんだって」
そんな制約があるのか。
時魔法はやっぱり分からないことが多い。
「あとどのくらいなら大丈夫なの?」
「たぶん……マヤが100をあと2回数えるくらいは平気。いーち、にーい、って」
マヤちゃんはうーんと首を傾げて両手の指を折りながら答えてくれた。
なるほど。
たぶん5分程度だな。
そんなにのんびりはしていられない。
この状況を何とかしなきゃ。
時間を止めているのは一時しのぎでしかない。
今のうちに起死回生の一手を考え出さないと、時間は再び動き出してしまう。
そして時間が動き出すとザッカリーにかけられた眼光縛りで動けないまま、安らかなる死によって僕のライフはすぐ尽きてしまうだろう。
その状況は変わらないんだ。
「僕、時間が動き出すと多分すぐにゲームオーバーになっちゃう。マヤちゃんのことを助けてあげられないんだ。だからマヤちゃんは何が起きても隠れている場所から出ちゃダメだよ。怖いガイコツおじさんがいなくなったら、部屋を出てお母さんのところに戻るんだ」
僕は自分にかけられているザッカリーの術のことを簡単に説明した。
するとマヤちゃんが思いもよらないことを言ったんだ。
「マヤが時戻しを使ってあげる。おにいちゃんの体を10分くらい前の状態に戻すことは出来るから」
「えっ?」
時戻し。
それはマヤちゃんの時魔法スキルで、以前にアリアナが凍結させてしまったチョコレートを元の状態に戻してくれたことがあった。
あの時は偶然に時魔法のスキルに目覚めたマヤちゃんだったけれど、でも確か……。
「時戻しって非生物にしか使えないんじゃなかったっけ? 人や動物には使えないはずじゃ……」
「あのね、城下町でおにいちゃんがネズミに変身させてくれたお母さんをマヤ、抱っこして避難所に連れて行ったの。でも、途中でお母さんが元の姿に戻って、そしたらケガしていたお母さんの足も治ってたの」
「そ、それって……マヤちゃんが時戻しでお母さんの体の時間を戻したってこと?」
そう言う僕にマヤちゃんはコクリと頷いた。
マヤちゃんのお母さんは僕が投与したブレイディーの変身薬でネズミに変身したんだけど、その効果は一時間続くはずだった。
「マヤ、お母さんを抱っこしながら、お母さんの足のケガが早く治りますようにって神様にお祈りしてたんだ。そしたら急に両手が熱くなって、それからお母さんが元の姿に戻ったの」
「そうだったんだ。もしかしたらマヤちゃんの時魔法の力がまた成長したのかもしれないね」
「うん。その後、避難所で何度か練習してみて分かったの。あの凍ったチョコレートみたいにたくさんの時間を戻すのは無理だけど、10分くらいなら人の体の状態も戻せるようになったんだよ」
そうだったのか。
そもそもマヤちゃんが時魔法を使えるようになったのは、以前のバレンタインの時に起きたアリアナの凍結チョコ騒動がきっかけだった。
今回もお母さんのケガのことがきっかけでマヤちゃんの能力が新たに発現したってことか。
さすがカヤさんの孫だけあって、彼女はメキメキと成長しているみたいだ。
「じゃあマヤちゃん。僕が合図してから10数えたら、この時間凍結を解いてくれるかな」
「うん。そしたらすぐに時戻しでおにいちゃんの……じゃなくてアルフリーダおねえちゃんの体を戻すから」
「その机の下から出ないままでも時戻しは出来るの?」
「大丈夫。少しだけ手を出して、おにいちゃんの足に触るだけで魔法はかけられるから。でも……おにいちゃん。この時戻しも時間凍結も一日に何度も出来ないの。多分、両方使ったら今日はもう使えなくなると思う」
マヤちゃんは不安げにそう言うとザッカリーの姿を見やった。
なるほど。
一度時間が動き出したら二度目はもう止められないってことだ。
同じように時戻しも二度目はない。
不安げな彼女に僕は精一杯の笑顔を見せた。
「大丈夫。僕は強くはないけれど、誰かを驚かせることはうまいんだ。あの怖いガイコツおじさんを驚かせて追い出しちゃおう」
僕は収納されたアイテムのうち、ザッカリーに対して効果があると思われるものをすぐに取り出せるように心を決めた。
ザッカリーは不死者だ。
不死者は火や神聖系の攻撃に弱い。
ジェネットの神聖魔法だったらザッカリーに対しては効果抜群だろう。
僕は神聖魔法は使えないけれど、僕が持つ金の蛇剣はもともと天使長イザベラさんからもらった金環杖だ。
固有能力として金色の聖なる粒子を噴き出すことが出来るその杖から変化した金の蛇剣には、神聖属性が付いている。
この剣ならザッカリーにも効果はあるだろう。
問題は僕の技能でザッカリーの暗殺術を避けて攻撃を仕掛けられるかどうかだった。
また眼光縛りを受けてしまえば身動きが取れなくなり、そうなればザッカリーの安らかなる死を受けて今度こそ僕は一巻の終わりだ。
そして僕が倒されてしまえば神様とアビーを連れ去られ、マヤちゃんだって見つかってしまえばザッカリーに殺されてしまうかもしれない。
頼りになるいつもの仲間たちがいない今、僕がこの場を何とかするしかないんだ。
僕は今、自分が持っているアイテムのリストを頭の中で必死に思い出しながら打てる手を考える。
戦闘能力も戦闘経験も不足している僕がこの危機を回避するには、小細工を重ねるしかないんだ。
そのために僕は腐るほどの雑多なアイテムをストックしている。
今こそその真価を発揮する時だ。
「マヤちゃん。じゃああと10数えたら、時間をまた動かしてくれる」
「うん。分かった」
再び時間が動き出した瞬間。
その一瞬にしかチャンスはない。
ザッカリーは時が止まっていることなど知る由もない。
こうして次の対策を練ることが出来るのは僕の優位性だ。
「きゅ~う。じゅう!」
マヤちゃんが数を数え終わった。
すると天井付近に浮かんでいる赤い光の時計の針が動き出したんだ。
それを目で確認した瞬間、アルフレッドとしての僕の意識は消えた。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
エラーから始まる異世界生活
KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。
本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。
高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。
冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。
その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。
某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。
実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。
勇者として活躍するのかしないのか?
能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。
多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。
初めての作品にお付き合い下さい。
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ
25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。
目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。
ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。
しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。
ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。
そんな主人公のゆったり成長期!!
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
だって僕はNPCだから+プラス 4th 『お引っ越しプレゼンテーション』
枕崎 純之助
ファンタジー
バルバーラ大陸全土を巻き込む大騒動となったイベント【襲来! 破壊獣アニヒレート】が終わってから3日。
闇の魔女ミランダと下級兵士アルフレッドは新居であるミランダ城への引っ越しを終えた。
そんなミランダ城に彼女たちが引っ越してくる。
そしてアルフレッドの隣室を巡る彼女たちは、前代未聞のプレゼンバトルを繰り広げる!
誰がアルフレッドの隣の部屋をゲットするのか?
乞うご期待!
*イラストACより作者「歩夢」様のイラストを使用させていただいております。
異世界で穴掘ってます!
KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語
二人分働いてたのに、「聖女はもう時代遅れ。これからはヒーラーの時代」と言われてクビにされました。でも、ヒーラーは防御魔法を使えませんよ?
小平ニコ
ファンタジー
「ディーナ。お前には今日で、俺たちのパーティーを抜けてもらう。異論は受け付けない」
勇者ラジアスはそう言い、私をパーティーから追放した。……異論がないわけではなかったが、もうずっと前に僧侶と戦士がパーティーを離脱し、必死になって彼らの抜けた穴を埋めていた私としては、自分から頭を下げてまでパーティーに残りたいとは思わなかった。
ほとんど喧嘩別れのような形で勇者パーティーを脱退した私は、故郷には帰らず、戦闘もこなせる武闘派聖女としての力を活かし、賞金首狩りをして生活費を稼いでいた。
そんなある日のこと。
何気なく見た新聞の一面に、驚くべき記事が載っていた。
『勇者パーティー、またも敗走! 魔王軍四天王の前に、なすすべなし!』
どうやら、私がいなくなった後の勇者パーティーは、うまく機能していないらしい。最新の回復職である『ヒーラー』を仲間に加えるって言ってたから、心配ないと思ってたのに。
……あれ、もしかして『ヒーラー』って、完全に回復に特化した職業で、聖女みたいに、防御の結界を張ることはできないのかしら?
私がその可能性に思い至った頃。
勇者ラジアスもまた、自分の判断が間違っていたことに気がついた。
そして勇者ラジアスは、再び私の前に姿を現したのだった……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる