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第三章 リモート・ミッション・α

第14話 時間の止まった部屋で

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「やっぱりアルフレッドおにいちゃんだ」

 動かないアルフリーダの体の後ろからそう言って恐る恐る現れた小さな女の子に、僕は思わず声を上げた。
 その小さな女の子は今の僕と同じく薄くけた体をしているけれど、その姿はよく見知った相手だったからだ。

「マ、マヤちゃん?」

 その不安げな表情をした幼い姿の少女は間違いなく僕の知り合いのマヤちゃんだった。
 彼女は城下町に住む鍛冶かじ職人のお父さんと菓子かし職人のお母さんの間に生まれた女の子で、アニヒレートに破壊された王都で僕は彼女を瓦礫がれきの下から助け出したんだ。
 その後、彼女は神様の用意したこの塔の避難所に家族と一緒に避難していたと聞いていたけれど……。

「マヤちゃん。こ、この状態はどうなってるの?」
「この部屋の中は時間が止まってるの。マヤが時魔法でそうしたから。時間凍結タイム・フリージングっていうの」

 時魔法。
 ミランダの使う暗黒魔法やジェネットの使う神聖魔法とは違い、時間と空間と物質に関わる特殊な魔法だ。
 マヤちゃんは今は亡き高名な時魔道士のカヤさんの孫で、その強い時魔法の力を受け継いでいる。
 だけどまだ10歳にも満たない彼女が、一部屋まるごとの時間を止めてしまえるほどの強力な時魔法が使えるなんて思わなかった。

「でも、どうしてマヤちゃんがここに?」
「うん。あのね……」

 そう言うとマヤちゃんは辛そうにくちびるを震わせた。

「友達のアビーちゃんに会おうと思ってこの部屋に来たの。ちょうど廊下ろうかで見かけたアビーちゃんを追いかけて来たら、ここに入っていくのが見えたから。入っちゃダメかなぁと思ったけどこっそりこの部屋に入ったら、アビーちゃんがガイコツに襲われてて……マヤ怖くてこの下に隠れたの」

 そう言うとマヤちゃんは僕の体のすぐ横にある受付カウンターの下を指差した。
 たましいのようにけた体の僕がフワフワと空中に浮かびながらそこに回り込むと、テーブルの下にうずくまっているマヤちゃんの姿があった。
 その顔は恐怖におびえている。

「アビーちゃんのこと助けたかったけど、どうしたらいいのか分からなくて」

 アビーはこの司令塔の女性専用避難所に寝泊まりしていたんだけど、いつの間にか避難民のマヤちゃんと友達になっていたんだね。
 マヤちゃんはテーブルの下に隠れている彼女の体そのままのおびえた表情で話を続ける。

「マヤが隠れていたら神様っていうオジサンが入ってきて……」

 そこで神様がザッカリーのメスに刺されたのか。
 まだ幼いマヤちゃんには酷な状況だ。

「怖かったね。マヤちゃん」

 僕はけた手で彼女のけた頭をでた。
 僕の手は彼女の頭をすり抜ける。
 さわった感触はない。

「ところで……どうして僕とマヤちゃんは幽霊みたいに体がけてるの?」
「時間が止まった世界では全ての物質が動けないんだって。だからこれはマヤとおにいちゃんの体じゃなくて意識なんだよ」

 マヤちゃんの話によると、この時間が止まった世界では物質に干渉かんしょうすることが出来ないらしい。
 それが出来てしまうと時魔道士は時間を止めた状態で他人に危害を加えることが出来てしまうため、ゲーム倫理上、禁じられているという。
 それはそうだろうね。
 悪用されるのを防ぐのに必要な措置だ。
 この状況を利用して神様やアビーを助け出すことやザッカリーに攻撃を仕掛けることが出来ないのは残念だけど仕方ない。

「マヤだけは止まった時間の中で意識の状態で動けるんだけど……」

 そう言うとマヤちゃんは止まっているアルフリーダの体を指差した。
 
「なぜかこのへびさん達がマヤを呼んだような気がして。こっちにおいでって」

 へびさんたち。
 アルフリーダ姿の僕が持っている蛇剣タリオにまとわりついている金と銀のへびだ。
 時折このへびたちはゲーム世界の原理を無視した動きを見せることがあるんだけど、今回もそういうことらしい。
 さっき背中を押されたような気がしたのは、マヤちゃんがそうしてくれたのか。

「それから触ってみたら、その女の人の中から、おにいちゃんが出てきたの」
「そうだったのか。マヤちゃん。そこの女の人は確かに僕なんだ。僕が変身した姿なんだよ」

 僕がそう言うとマヤちゃんはようやく確信が持てたというふうに笑った。

「うん。何となくアルフレッドおにいちゃんに似てる気がしたよ。どうして女の人になったの?」
「理由は詳しく説明できないんだけど、マヤちゃんにお願いがあるんだ。僕は今、アルフリーダって名前になってるから、他の人がいるところではアルフレッドじゃなくてアルフリーダって呼んでもらえるかな」
「アルフリーダおねえちゃん……うん。いいけど」

 マヤちゃんは少し戸惑いながらも了解してくれた。
 とにかくこれで、命を今すぐに落としてしまう状況からは脱した。
 だけどこの状況は決して楽観視することは出来ないぞ。

「マヤちゃん。この時間が止まっている状態はいつまで続けられるの?」

 僕がそうたずねるとマヤちゃんは天井の赤い時計マークを指差した。
 その赤い光の時計は秒針が止まったままになっている。

「マヤが魔法時計の針を動かさなければ止まり続けるよ。でも気をつけないといけないことがあるの」
「気をつけないといけないこと?」

 そう言うとマヤちゃんはメイン・システムを起動して、何らかのマニュアルを僕に見せてくれた。

「これは?」
「カヤおばあちゃんが残してくれた、ひでんのしょ」

 ひでんのしょ?
 ああ、秘伝の書か。

「ここに書いてあるんだけど、時を止めたままの状態を続けると『時間のはざま』っていうのから抜け出せなくなるから、あまり長く使っちゃダメなんだって」

 そんな制約があるのか。
 時魔法はやっぱり分からないことが多い。

「あとどのくらいなら大丈夫なの?」
「たぶん……マヤが100をあと2回数えるくらいは平気。いーち、にーい、って」

 マヤちゃんはうーんと首をかしげて両手の指を折りながら答えてくれた。
 なるほど。
 たぶん5分程度だな。
 そんなにのんびりはしていられない。
 この状況を何とかしなきゃ。

 時間を止めているのは一時しのぎでしかない。
 今のうちに起死回生の一手を考え出さないと、時間は再び動き出してしまう。
 そして時間が動き出すとザッカリーにかけられた眼光縛りパララサスで動けないまま、安らかなる死ユーサネイジアによって僕のライフはすぐ尽きてしまうだろう。
 その状況は変わらないんだ。

「僕、時間が動き出すと多分すぐにゲームオーバーになっちゃう。マヤちゃんのことを助けてあげられないんだ。だからマヤちゃんは何が起きても隠れている場所から出ちゃダメだよ。怖いガイコツおじさんがいなくなったら、部屋を出てお母さんのところに戻るんだ」

 僕は自分にかけられているザッカリーの術のことを簡単に説明した。
 するとマヤちゃんが思いもよらないことを言ったんだ。

「マヤが時戻しリワインドを使ってあげる。おにいちゃんの体を10分くらい前の状態に戻すことは出来るから」
「えっ?」

 時戻しリワインド
 それはマヤちゃんの時魔法スキルで、以前にアリアナが凍結させてしまったチョコレートを元の状態に戻してくれたことがあった。
 あの時は偶然に時魔法のスキルに目覚めたマヤちゃんだったけれど、でも確か……。

時戻しリワインドって非生物にしか使えないんじゃなかったっけ? 人や動物には使えないはずじゃ……」
「あのね、城下町でおにいちゃんがネズミに変身させてくれたお母さんをマヤ、抱っこして避難所に連れて行ったの。でも、途中でお母さんが元の姿に戻って、そしたらケガしていたお母さんの足も治ってたの」
「そ、それって……マヤちゃんが時戻しリワインドでお母さんの体の時間を戻したってこと?」

 そう言う僕にマヤちゃんはコクリとうなづいた。
 マヤちゃんのお母さんは僕が投与したブレイディーの変身薬でネズミに変身したんだけど、その効果は一時間続くはずだった。

「マヤ、お母さんを抱っこしながら、お母さんの足のケガが早く治りますようにって神様にお祈りしてたんだ。そしたら急に両手が熱くなって、それからお母さんが元の姿に戻ったの」
「そうだったんだ。もしかしたらマヤちゃんの時魔法の力がまた成長したのかもしれないね」
「うん。その後、避難所で何度か練習してみて分かったの。あの凍ったチョコレートみたいにたくさんの時間を戻すのは無理だけど、10分くらいなら人の体の状態も戻せるようになったんだよ」

 そうだったのか。
 そもそもマヤちゃんが時魔法を使えるようになったのは、以前のバレンタインの時に起きたアリアナの凍結チョコ騒動がきっかけだった。
 今回もお母さんのケガのことがきっかけでマヤちゃんの能力が新たに発現したってことか。
 さすがカヤさんの孫だけあって、彼女はメキメキと成長しているみたいだ。

「じゃあマヤちゃん。僕が合図してから10数えたら、この時間凍結タイム・フリージングを解いてくれるかな」
「うん。そしたらすぐに時戻しリワインドでおにいちゃんの……じゃなくてアルフリーダおねえちゃんの体を戻すから」
「その机の下から出ないままでも時戻しリワインドは出来るの?」
「大丈夫。少しだけ手を出して、おにいちゃんの足に触るだけで魔法はかけられるから。でも……おにいちゃん。この時戻しリワインド時間凍結タイム・フリージングも一日に何度も出来ないの。多分、両方使ったら今日はもう使えなくなると思う」

 マヤちゃんは不安げにそう言うとザッカリーの姿を見やった。
 なるほど。
 一度時間が動き出したら二度目はもう止められないってことだ。
 同じように時戻しリワインドも二度目はない。
 不安げな彼女に僕は精一杯の笑顔を見せた。

「大丈夫。僕は強くはないけれど、誰かをおどろかせることはうまいんだ。あの怖いガイコツおじさんをおどろかせて追い出しちゃおう」
 
 僕は収納されたアイテムのうち、ザッカリーに対して効果があると思われるものをすぐに取り出せるように心を決めた。
 ザッカリーは不死者アンデッドだ。
 不死者アンデッドは火や神聖系の攻撃に弱い。
 ジェネットの神聖魔法だったらザッカリーに対しては効果抜群だろう。

 僕は神聖魔法は使えないけれど、僕が持つ金の蛇剣タリオはもともと天使長イザベラさんからもらった金環杖サキエルだ。
 固有能力として金色の聖なる粒子を噴き出すことが出来るその杖から変化した金の蛇剣タリオには、神聖属性が付いている。
 この剣ならザッカリーにも効果はあるだろう。

 問題は僕の技能でザッカリーの暗殺術を避けて攻撃を仕掛けられるかどうかだった。
 また眼光縛りパララサスを受けてしまえば身動きが取れなくなり、そうなればザッカリーの安らかなる死ユーサネイジアを受けて今度こそ僕は一巻の終わりだ。
 そして僕が倒されてしまえば神様とアビーを連れ去られ、マヤちゃんだって見つかってしまえばザッカリーに殺されてしまうかもしれない。

 頼りになるいつもの仲間たちがいない今、僕がこの場を何とかするしかないんだ。
 僕は今、自分が持っているアイテムのリストを頭の中で必死に思い出しながら打てる手を考える。
 戦闘能力も戦闘経験も不足している僕がこの危機を回避するには、小細工こざいくを重ねるしかないんだ。
 そのために僕は腐るほどの雑多なアイテムをストックしている。
 今こそその真価を発揮する時だ。

「マヤちゃん。じゃああと10数えたら、時間をまた動かしてくれる」
「うん。分かった」

 再び時間が動き出した瞬間。
 その一瞬にしかチャンスはない。
 ザッカリーは時が止まっていることなど知るよしもない。
 こうして次の対策を練ることが出来るのは僕の優位性アドバンテージだ。

「きゅ~う。じゅう!」

 マヤちゃんが数を数え終わった。
 すると天井付近に浮かんでいる赤い光の時計の針が動き出したんだ。
 それを目で確認した瞬間、アルフレッドとしての僕の意識は消えた。
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