だって僕はNPCだから 4th GAME

枕崎 純之助

文字の大きさ
上 下
25 / 87
第二章 リモート・ミッション・β

第9話 海底終着駅

しおりを挟む
 僕のとなえた天の恵みディバイン・グレイスで、アビーの偽物にせものだった姿から本来の姿を取り戻した1人の少女。
 その子はよく日に焼けた褐色かっしょくの肌で、勝ち気そうな髪の短い女の子だった。
 年は10歳くらいだろうか。

「チクショウ! 放せ!」

 彼女はジェネットに押さえつけられて身動きが取れずにいたけれど、それでも目に涙をためて僕らをにらみ付けてくる。
 薄手の涼しそうな麻布の服の上に皮の胴当てという服装からして、この女の子も海賊かいぞくの子供なんじゃないだろうか。
 ジェネットは少し意外そうな顔で女の子を見下ろした。

「てっきりカイル本人が化けているかと思いましたが……」
「あ、あんな奴と一緒にするな! 放せコンチクショウ!」

 女の子は見た目にたがわず、負けん気の強い口調でそう言う。
 さっきの身のこなしといい、この荒い気性といい、海賊かいぞくの娘だけあって普通の10歳の女の子とは違う。

「あなたもカイルにとらわれた海賊かいぞくの子ですね?」

 女の子は歯を食い縛り、無言を貫いて抵抗の意を示す。
 僕はそんな彼女のすぐそばに降り立った。

「さっき君と同じ海賊かいぞくの人たちを元の姿に戻したよ。今のところ皆、無事だ。君のことも助けたい」

 僕の言葉に女の子はハッとしてこちらを見上げる。

「お、弟達は無事なのか?」

 弟たち?
 その言葉に僕はハッとした。
 そうか……さっきの子供たちはこの子の弟たちなんだな。
 ジェネットは女の子の体をあらため、他に武器が隠されていないのを確認すると、そっと彼女を解放した。

「私たちが通って来た通路に皆、倒れていますが、無事ですよ。私たちがカイルを倒します。だからあなたももうあんな男のために働かなくてもいいのです」
 
 ようやく体の自由を得て起き上がった海賊かいぞくの少女はわずかに安堵あんどの表情を見せたけれど、その表情はすぐにくもる。

「無理だ。アイツはあたしらの海賊かいぞく団をたった1人で滅ぼしたんだぞ。100人以上いたあたしの仲間たちはアイツに一撃も与えることが出来ないまま全滅したんだ」
「たった1人で100人以上の海賊かいぞくを? あのカイルという男はそれほどの実力者なのですか」

 ジェネットの言葉に女の子は首を横に振った。

「強いというか……アイツはまるで実体のない蜃気楼しんきろうみたいだった。あたしらの船の上に充満した霧の中にアイツが現れた途端とたん、あたしの仲間たちが次々と倒れていったんだ」

 そう言うと女の子は悔しそうにくちびるむ。

「仲間たちはあたしを小舟で逃がそうとしてくれたけど、なぜか船の外に出ようとしても見えない壁みたいなもんに邪魔されて逃げられなかった」

 その言葉に僕とジェネットは顔を見合わせた。
 多分それはカイルの魔術だろう。
 ジェネットも僕と同意見だった。

「相手を外部に逃さないための魔術結界のようなものでしょう。それからどうなったのですか?」
「すぐに……息が苦しくなって頭がフラフラして何も見えなくなった。気付いたらこの船の中でアイツに捕まってたんだ。チクショウ」

 女の子は無念を吐き出す様にそう言うとうなだれた。
 辛い思いをしたんだね。

「呼吸が苦しくなって頭がフラフラするというのは典型的な酸素不足です。もしかしたらカイルは結界内部の酸素濃度を自在に操って相手を窒息ちっそくさせる魔術を使うのかもしれません」
「ってことは……今この状態も危なくない? ここに閉じ込められて酸素を奪われたら……」

 僕は思わず息を飲む。

「確かにその危険性は考えておくべきですが、もしカイルがそれをやろうとするならば、すでにそうしているはずです。この状況まで私たちを生かしておいたということは、私たちをゲームオーバーに追い込むことはしたくないのでしょう。なぜなら仮にゲームオーバーになった場合……」
「そうか。僕らのプログラムが特別措置で神様の元に戻されるかもしれないと考えているってことだね」
「ええ。公平性を考えれば私たちも他の全NPCと同様に審査を受けるべきですが、カイルは我が主の手腕を警戒したのかもしれません」

 ジェネットがそう言ったその時だった。
 ふいに潜水艇にドンッと衝撃が走ったんだ。
 そしてズズズと何かを引きずるような音と振動が響いてきた。
 何事かと顔を見合わせる僕らの耳に聞こえてきたのは、例によってカイルの船内放送だ。

『海底に到着した。気分はいかがかな? 乗客の諸君』

 海底?
 そうか。
 さっきの音と衝撃は船体が海底にぶつかったせいだな。

『さて、あまりに唐突ですまないが、海中の旅はここが終着駅だ。諸君らにはこの水深200メートルの海の底でご歓談いただこうか。永遠にな。おおそうだ。一つ言い忘れた。この潜水艇は内側から壊そうとすれば仕掛けた爆薬が炸裂し、木っ端微塵こっぱみじんになる。おろかな真似まねつつしむことだな』

 その言葉を最後にカイルの船内放送はプツリと途切れた。
 終着駅?
 永遠に?
 どういうことだ?

 僕らが困惑していると、それまでゴウンゴウンと低くうなっていた潜水艇の駆動音がパタッと途絶とだえ、通路を照らしていた赤っぽい照明がふいに消えた。
 周囲が薄闇うすやみに包まれ、通路の先の突き当たりに設置してある非常灯の明かりだけが辺りを頼りなく照らし出している。
 僕は困惑して周囲を見回した。

「ど、どうなってるんだ?」
「どうやらエンジンが停止したようですね。非常電源以外の機能がオフになったのかもしれません」

 そう言うジェネットの顔に疑念の色が浮かんでいる。

「あのカイルという男、私たちを確実に仕留めるつもりならば、もうとっくに襲ってくるはずですが……」

 確かにそうだ。
 さっきジェネットは偽者にせものアビーに化けていたのはカイルだと思ったらしいけれど、実際には違った。
 このせまい船内に僕らを誘い込んだ割には、カイルは積極的に僕らを襲ってこようとはしない。
 なぜなんだ?
 カイルの目的が分からずに戸惑とまどう僕の前で、ジェネットの表情が疑念から確信のそれに変わっていく。

「……もしかしたら、私たちをここに釘付くぎづけにしておくことが彼の本当の目的なのかもしれません」

 そうか。
 そう考えると消極的な態度にも納得がいく。
 でも、僕らをここに閉じ込めてどうしようというのだろう。

「アル様。おそらくもう……あるいは最初からアナリンはこの船内にはいません。どこか別の場所へ王を連れ去ってしまったでしょう」
「そ、そういうことか。アナリンが逃げるための時間かせぎをするのがカイルの役目だったんだ」
「ええ。とにかくここから脱出しなければなりませんが……」

 そう言うとジェネットは自分のメイン・システムを起動して顔をしかめた。

「やはり……外部との通信が遮断しゃだんされています」

 そう来たか。
 僕も自分のメイン・システムを起動してみたけれど、神様との連絡も取れなければ、この姿からログアウトして王都に戻ることも出来なかった。

「さっきまでは神様とやり取り出来たのに……」
「おそらくカイルは先ほど姿を消してから、何らかの方法でこの船に結界のようなものを張り巡らせたのかもしれません。海賊かいぞくたちを時間かせぎに使ったのは、アナリンの逃亡を手助けするためと、結界生成のための二重の意味があったのでしょう」

 そう言うとジェネットは海賊かいぞくの女の子に声をかける。

「私たちはこれから操舵室そうだしつに向かいます。とにかくこの船を海上に浮上させなければなりません。あなたも一緒に来て下さい」
「イヤだ。あたしは弟たちのところへ行く」
「しかしそれではいつあなた方がカイルに襲われるか分かりません」

 彼女の身の安全を案じるジェネットだけど、海賊かいぞくの女の子は一歩も引こうとしない。
 そこで僕は申し出た。

「ジェネット。こう言う時のために便利なものがあるじゃない」

 そう言うと僕はアイテム・ストックからブレイディーの薬液を取り出したんだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうせ俺はNPCだから

枕崎 純之助
ファンタジー
【完結しました!】 *この作品はこちらのスピンオフになります↓ 『だって僕はNPCだから』https://www.alphapolis.co.jp/novel/540294390/346478298    天使たちのゲーム世界である「天国の丘《ヘヴンズ・ヒル》」と対を成す悪魔たちのゲーム世界「地獄の谷《ヘル・バレー》」。  NPCとして鬱屈した日々を過ごす下級悪魔のバレットは、上級悪魔たちのワナにハメられ、脱出不可能と言われる『悪魔の臓腑』という深い洞窟の奥深くに閉じ込められてしまった。  そこでバレットはその場所にいるはずのない見習い天使の少女・ティナと出会う。  バレットはまだ知らない。  彼女が天使たちの長たる天使長の2代目候補であるということを。  NPCの制約によって強さの上限値を越えられない下級悪魔と、秘められた自分の潜在能力の使い方が分からない見習い天使が出会ったことで、2人の運命が大きく変わる。  悪魔たちの世界を舞台に繰り広げられるNPC冒険活劇の外伝。  ここに開幕。 *イラストACより作者「Kotatsune」様のイラストを使用させていただいております。

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【完結】どうやら魔森に捨てられていた忌子は聖女だったようです

山葵
ファンタジー
昔、双子は不吉と言われ後に産まれた者は捨てられたり、殺されたり、こっそりと里子に出されていた。 今は、その考えも消えつつある。 けれど貴族の中には昔の迷信に捕らわれ、未だに双子は家系を滅ぼす忌子と信じる者もいる。 今年、ダーウィン侯爵家に双子が産まれた。 ダーウィン侯爵家は迷信を信じ、後から産まれたばかりの子を馭者に指示し魔森へと捨てた。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

処理中です...