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第二章 リモート・ミッション・β
第4話 川は流れて海へと注ぐ
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ふと目を開けると水の匂いが心地良く鼻孔をくすぐる。
目の前に広がっているのは幅の広い大きな川だ。
小舟が行き交うそこは物資を運ぶための運河だった。
王都の司令室で金のVRゴーグルを身に着けた僕は今、どこかの運河の上に浮かぶ船に上にいた。
「アル様。お目覚めですか?」
ふと頭上から聞き慣れた優しい声が聞こえてくる。
ジェネットだ。
どうやら僕は無事に彼女の率いるチームβに合流できたみたいだね。
だけど……変だぞ?
体を動かそうとして思うように動けない。
「ジェ、ジェネット? あれ? どうなってるの?」
「聞こえていますよ。アル様」
う、動けないぞ。
そこで初めて僕は自分の置かれた状況を理解した。
僕はジェネットの胸に抱っこされた状態で前を向いていたんだ。
その両腕にしっかりと抱きしめられているため、ふくよかな彼女の胸が思い切り後頭部に当たっている。
いきなりのボーナス・ステージ!
え?
い、いや違うぞ。
神に使える聖女様に対して何てバチ当たりな行為をしているのかって?
ぼ、僕のせいじゃないぞ!
役得なんて思ってないから!
やましい気持ちは1ミリもないから!
「ジェ、ジェネット。そろそろ降ろしてくれるかな」
「嫌です。せっかくアル様とこうして川下りをしているのですから、もう少しお付き合いして下さいな」
「で、でも……」
僕は頭を何とかずらして上を向いた。
ジェネットを顎の下から見上げるという珍しいアングルだけど、すぐに彼女の手で顔を覆われて視界を塞がれた。
「あう……」
「上を見ちゃダメです。鼻の穴が見えて恥ずかしいですから」
仕方なく周囲を見ると川を進む船はかなりの速度が出ていることは分かる。
川岸の景色がどんどん後ろへと流れていく。
「船で南に向かうの?」
「ええ。アナリンはどうやら南の海上へ向かったようなのです。このルートを辿れば最短で海へ出られますから、我が主が最速の船を用意して下さったのですよ」
「ミランダ達は気球を使って北へ向かったけど、こっちは船なんだね」
「ええ。この時期は南風が強く吹くので、気球で南に向かうには向かないのです。この船はガレー戦ですから風の影響を受けることなく海まで最短時間で向かえます」
そう言うジェネットが僕を抱きしめたまま船縁へ歩み寄る。
そこから見える船の側面には無数の櫂が突き出していて、勢いよく水をかいて船を進ませていた。
すごい推進力だ。
「でもこれ漕いでくれる人たちが疲れちゃって漕ぎ続けられないんじゃ……」
僕がそう言うとジェネットはフフッと笑みを漏らした。
「あれは人が漕いでいるのではありません。舟艇に乗っている魔道士たちが魔力で動かしているのですよ」
魔力で動く船かぁ。
そこはさっきの気球と同じなんだね。
「アナリンの向かう先は分かったの?」
「まだ南の海上としか分かりません。王の行方も不明ですが……」
そう言うとジェネットは僕の体の向きを自分の方にクルリと直して僕をじっと見つめた。
僕が小さいせいで間近に見るジェネットの顔は大きかったけれど、その清らかな美しさは変わらない。
「今、我が主はこのゲームのログアウト機能に制限をかけています。アナリンはNPCですがプレイヤーの協力者がいないとも限りませんから。全プレイヤーのログアウト時にプログラムやキャラクターの持ち出しがないか厳しくチェックしています。決してこのゲームから逃しはしませんよ」
ジェネットの言葉には絶対に相手を逃がさないという執念が滲む。
彼女の決意を見て取った僕が頷いたその時、背後から不意に声をかけられた。
「おいジェネット。何だそいつは?」
僕が首を捻って背後を見るとそこにヴィクトリアとノアが立っていた。
「ヴィクトリア。ノア」
ジェネットが手を放してくれたから、僕は宙に浮かび上がってヴィクトリアとノアの2人に向かい合った。
僕の言葉にヴィクトリアは怪訝な表情をして、僕の顔をマジマジと見つめる。
「おまえ……アルフレッドか!」
「う、うん。さっきはどうも」
さっき城下町の野営テントで僕の姿を見たヴィクトリアは、なかなかこのアルフリーダの姿が僕だと信じられなかったみたいだった。
今もどこか腑に落ちないような表情をして僕を見つめている。
そんな彼女の隣ではノアがじっと僕を見つめ、目を細めた。
「何だアルフレッド。そなた女になっただけではなく、今度はこんな小童になりおったのか」
そう言うとノアはいきなり僕の襟首を掴んで自分の顔の近くに引き寄せ、口を開けて牙を見せた。
「うわっ……」
「こんなに小さくては食いでがないのう」
そんなことでガッカリするな!
まだ僕を食べる気でいるのか。
まったくもう。
「それよりヴィクトリア。もう包帯は必要ないの?」
ついさっきまで痛々しいほどの包帯を巻いていたヴィクトリアだけど、今はもうそれもなく甲冑もつけずにシャツ一枚という軽装だった。
彼女のたくましい肩や腕などには無数の傷が刻まれている。
まだ真新しい傷もあるけど、ヴィクトリアは平気な顔で胸を張った。
「アタシの回復力をナメんなよ? こんな傷、半日で治るぜ」
「ヴィクトリア……」
そんなわけはないんだ。
いくらヴィクトリアでもあれほどの傷がそんなに簡単に治るはずがない。
確かに治療によってライフは満タンに回復しているものの、おそらくその体は傷ついている。
そういう状態だと、次の戦闘時にライフが減るのが早くなるし、回復魔法やアイテムによる回復も鈍くなる。
絶対に彼女は無理をしている。
でも……傷の痛みよりアナリンにやられた悔しさのほうがよほど勝っているんだろう。
落ち着いて見えるけれどヴィクトリアの目には、燃えたぎる闘志が宿っているように見える。
アナリンを見つけなきゃいけないけど、そうなったらヴィクトリアは再び果敢にあの強敵に挑んでいくだろう。
僕は複雑な気持ちになった。
再戦するならせめてヴィクトリアの体が完全に治ってからにしてほしい。
けど、そんなこと言えないよね。
一度は敗れた悔しさはヴィクトリアにしか分からない。
ましてや彼女は戦士だ。
戦うことに誇りを持っている。
僕とは違うんだよね。
そんなことを思う僕の内心をこの表情から読み取ったのか、ノアが肩をすくめながら言う。
「案ずるなアルフレッド。このイノシシ女はノアに連戦連敗してもヘコたれなかった。図太さだけは一人前なのだ。サムライ女に一度や二度負けたくらいで今さら落ち込むものか」
「うるせえぞノアッ! もうアタシはおまえには負けねえし、サムライ女にだって二度目は勝つ!」
そう言うと掴み合いを始めようとする2人の間にジェネットは懲悪杖を差し入れて止めた。
「おやめなさい2人とも。体力の無駄遣いですよ。それに今のアル様はアルフリーダです」
「チッ。めんどくせえな。アルフレッドでいいじゃねえか」
「そのアルフリーダとかいう名前。ノアは発音しにくいのだ」
そんな3人のやり取りを間近で見守る僕のメイン・システムに再び神様からの連絡が入った。
【アルフリーダ。金のアバター妖精はどうだ】
【あ、神様。はい。問題なさそうです。でもこっちはどうやって戦うんですか?】
金の蛇剣は剣であり、銀のそれのように銃形態になることはない。
でもこんな小さな体では剣を振るって戦うことは出来ないんじゃないか?
そんな僕の疑問は神様の言葉であっさり霧散する。
【忘れたのか? その金の蛇剣が蛇剣になる前、何であったのか】
あ……そうだった。
この金の蛇剣は元々から剣だったわけじゃない。
これは元は天国の丘で天使長イザベラさんの装備していた黄金の杖・金環杖だったんだ。
【装備してみるがいい。今のおまえは妖精だ。きっと使えるはずだぞ】
神様の言葉通り、金の蛇剣を呼び出してみると、それは剣ではなく先端に金色の環がいくつもついた錫杖だった。
たしかにイザベラさんが使っていた金環杖だ。
これって確か……。
「ヴィクトリア。少しじっとしていてくれる?」
ヴィクトリアにそう声をかけると、僕は金環杖をシャンと鳴らしてみた。
するとコマンド・ウインドウにいくつかの選択肢が現れた。
僕はそのうちの一つを選択し、金環杖の先端をヴィクトリアに向けた。
「天の恵み」
僕がそう唱えると金環杖の先端についている宝玉から金色の粒子が降り注ぎ、ヴィクトリアの体を包んでいく。
その粒子に包まれたヴィクトリアの体から、真新しい傷がスッと消えていった。
彼女のライフは今は満タンなので変わりはしないけれど、明らかにその顔色が良くなっていく。
「な、何だか気持ちがいいぞ。アルフレ……いやアルフリーダ。おまえそんな能力も身に着けたのかよ」
ヴィクトリアは目をしばたかせて自分の体をマジマジと見つめている。
どうやらこの金環杖にはイザベラさんの回復魔法の力がそのまま受け継がれているみたいだ。
これは心強いぞ。
「いや、僕の能力じゃなくて、この金環杖に付与されている固有の能力だよ。この杖が有能なんだ」
そんな僕の様子を王都から見ているであろう神様からメッセージが届いた。
【金環杖は攻撃型というより回復補助型だな。だが十分に戦力になるであろう?】
【はい。皆の助けになれるなら大歓迎です】
【よし。アルフリーダ。これでとりあえず試運転は終わりだ。今のところチームαは危機に瀕していない。そのままチームβに同行して南を目指せ。ミランダ達に異変があればすぐに知らせる】
【分かりました。よろしくお願いします】
僕は金環杖を握り締め、ジェネット達の前の空中で静止した。
「アル様。このまま同行していただけるのですか?」
「うん。ミランダたちチームαも今のところ順調みたいだしね」
僕がそう言うとジェネットは嬉しそうに微笑んでくれた。
それから1時間ほどは気持ちのいい船旅で川を下って海に向かっていた。
海まではあと少しで、遠くに広がる水平線が見えてきた。
そしてその手前には栄えている港町がある。
その様子を見たジェネットが朗らかな笑みを浮かべた。
「アル様。シェラングーンですよ。懐かしいですね」
港町シェラングーン。
以前、おかしくなってしまったミランダを探して僕とジェネットは2人でそこを訪れたことがある。
まだアリアナやヴィクトリア、ノアと出会う前の話だ。
確かに懐かしい。
だけどそんな和やかな雰囲気を打ち破るかのように、神様からの通達が舞い降りてきたんだ。
【シェラングーンの沖合に船籍不明の船舶が出現。東将姫アナリンが向かったのと同じ方角だ。総員、その船に向かえ。敵の襲撃に備えろ。油断するなよ】
目の前に広がっているのは幅の広い大きな川だ。
小舟が行き交うそこは物資を運ぶための運河だった。
王都の司令室で金のVRゴーグルを身に着けた僕は今、どこかの運河の上に浮かぶ船に上にいた。
「アル様。お目覚めですか?」
ふと頭上から聞き慣れた優しい声が聞こえてくる。
ジェネットだ。
どうやら僕は無事に彼女の率いるチームβに合流できたみたいだね。
だけど……変だぞ?
体を動かそうとして思うように動けない。
「ジェ、ジェネット? あれ? どうなってるの?」
「聞こえていますよ。アル様」
う、動けないぞ。
そこで初めて僕は自分の置かれた状況を理解した。
僕はジェネットの胸に抱っこされた状態で前を向いていたんだ。
その両腕にしっかりと抱きしめられているため、ふくよかな彼女の胸が思い切り後頭部に当たっている。
いきなりのボーナス・ステージ!
え?
い、いや違うぞ。
神に使える聖女様に対して何てバチ当たりな行為をしているのかって?
ぼ、僕のせいじゃないぞ!
役得なんて思ってないから!
やましい気持ちは1ミリもないから!
「ジェ、ジェネット。そろそろ降ろしてくれるかな」
「嫌です。せっかくアル様とこうして川下りをしているのですから、もう少しお付き合いして下さいな」
「で、でも……」
僕は頭を何とかずらして上を向いた。
ジェネットを顎の下から見上げるという珍しいアングルだけど、すぐに彼女の手で顔を覆われて視界を塞がれた。
「あう……」
「上を見ちゃダメです。鼻の穴が見えて恥ずかしいですから」
仕方なく周囲を見ると川を進む船はかなりの速度が出ていることは分かる。
川岸の景色がどんどん後ろへと流れていく。
「船で南に向かうの?」
「ええ。アナリンはどうやら南の海上へ向かったようなのです。このルートを辿れば最短で海へ出られますから、我が主が最速の船を用意して下さったのですよ」
「ミランダ達は気球を使って北へ向かったけど、こっちは船なんだね」
「ええ。この時期は南風が強く吹くので、気球で南に向かうには向かないのです。この船はガレー戦ですから風の影響を受けることなく海まで最短時間で向かえます」
そう言うジェネットが僕を抱きしめたまま船縁へ歩み寄る。
そこから見える船の側面には無数の櫂が突き出していて、勢いよく水をかいて船を進ませていた。
すごい推進力だ。
「でもこれ漕いでくれる人たちが疲れちゃって漕ぎ続けられないんじゃ……」
僕がそう言うとジェネットはフフッと笑みを漏らした。
「あれは人が漕いでいるのではありません。舟艇に乗っている魔道士たちが魔力で動かしているのですよ」
魔力で動く船かぁ。
そこはさっきの気球と同じなんだね。
「アナリンの向かう先は分かったの?」
「まだ南の海上としか分かりません。王の行方も不明ですが……」
そう言うとジェネットは僕の体の向きを自分の方にクルリと直して僕をじっと見つめた。
僕が小さいせいで間近に見るジェネットの顔は大きかったけれど、その清らかな美しさは変わらない。
「今、我が主はこのゲームのログアウト機能に制限をかけています。アナリンはNPCですがプレイヤーの協力者がいないとも限りませんから。全プレイヤーのログアウト時にプログラムやキャラクターの持ち出しがないか厳しくチェックしています。決してこのゲームから逃しはしませんよ」
ジェネットの言葉には絶対に相手を逃がさないという執念が滲む。
彼女の決意を見て取った僕が頷いたその時、背後から不意に声をかけられた。
「おいジェネット。何だそいつは?」
僕が首を捻って背後を見るとそこにヴィクトリアとノアが立っていた。
「ヴィクトリア。ノア」
ジェネットが手を放してくれたから、僕は宙に浮かび上がってヴィクトリアとノアの2人に向かい合った。
僕の言葉にヴィクトリアは怪訝な表情をして、僕の顔をマジマジと見つめる。
「おまえ……アルフレッドか!」
「う、うん。さっきはどうも」
さっき城下町の野営テントで僕の姿を見たヴィクトリアは、なかなかこのアルフリーダの姿が僕だと信じられなかったみたいだった。
今もどこか腑に落ちないような表情をして僕を見つめている。
そんな彼女の隣ではノアがじっと僕を見つめ、目を細めた。
「何だアルフレッド。そなた女になっただけではなく、今度はこんな小童になりおったのか」
そう言うとノアはいきなり僕の襟首を掴んで自分の顔の近くに引き寄せ、口を開けて牙を見せた。
「うわっ……」
「こんなに小さくては食いでがないのう」
そんなことでガッカリするな!
まだ僕を食べる気でいるのか。
まったくもう。
「それよりヴィクトリア。もう包帯は必要ないの?」
ついさっきまで痛々しいほどの包帯を巻いていたヴィクトリアだけど、今はもうそれもなく甲冑もつけずにシャツ一枚という軽装だった。
彼女のたくましい肩や腕などには無数の傷が刻まれている。
まだ真新しい傷もあるけど、ヴィクトリアは平気な顔で胸を張った。
「アタシの回復力をナメんなよ? こんな傷、半日で治るぜ」
「ヴィクトリア……」
そんなわけはないんだ。
いくらヴィクトリアでもあれほどの傷がそんなに簡単に治るはずがない。
確かに治療によってライフは満タンに回復しているものの、おそらくその体は傷ついている。
そういう状態だと、次の戦闘時にライフが減るのが早くなるし、回復魔法やアイテムによる回復も鈍くなる。
絶対に彼女は無理をしている。
でも……傷の痛みよりアナリンにやられた悔しさのほうがよほど勝っているんだろう。
落ち着いて見えるけれどヴィクトリアの目には、燃えたぎる闘志が宿っているように見える。
アナリンを見つけなきゃいけないけど、そうなったらヴィクトリアは再び果敢にあの強敵に挑んでいくだろう。
僕は複雑な気持ちになった。
再戦するならせめてヴィクトリアの体が完全に治ってからにしてほしい。
けど、そんなこと言えないよね。
一度は敗れた悔しさはヴィクトリアにしか分からない。
ましてや彼女は戦士だ。
戦うことに誇りを持っている。
僕とは違うんだよね。
そんなことを思う僕の内心をこの表情から読み取ったのか、ノアが肩をすくめながら言う。
「案ずるなアルフレッド。このイノシシ女はノアに連戦連敗してもヘコたれなかった。図太さだけは一人前なのだ。サムライ女に一度や二度負けたくらいで今さら落ち込むものか」
「うるせえぞノアッ! もうアタシはおまえには負けねえし、サムライ女にだって二度目は勝つ!」
そう言うと掴み合いを始めようとする2人の間にジェネットは懲悪杖を差し入れて止めた。
「おやめなさい2人とも。体力の無駄遣いですよ。それに今のアル様はアルフリーダです」
「チッ。めんどくせえな。アルフレッドでいいじゃねえか」
「そのアルフリーダとかいう名前。ノアは発音しにくいのだ」
そんな3人のやり取りを間近で見守る僕のメイン・システムに再び神様からの連絡が入った。
【アルフリーダ。金のアバター妖精はどうだ】
【あ、神様。はい。問題なさそうです。でもこっちはどうやって戦うんですか?】
金の蛇剣は剣であり、銀のそれのように銃形態になることはない。
でもこんな小さな体では剣を振るって戦うことは出来ないんじゃないか?
そんな僕の疑問は神様の言葉であっさり霧散する。
【忘れたのか? その金の蛇剣が蛇剣になる前、何であったのか】
あ……そうだった。
この金の蛇剣は元々から剣だったわけじゃない。
これは元は天国の丘で天使長イザベラさんの装備していた黄金の杖・金環杖だったんだ。
【装備してみるがいい。今のおまえは妖精だ。きっと使えるはずだぞ】
神様の言葉通り、金の蛇剣を呼び出してみると、それは剣ではなく先端に金色の環がいくつもついた錫杖だった。
たしかにイザベラさんが使っていた金環杖だ。
これって確か……。
「ヴィクトリア。少しじっとしていてくれる?」
ヴィクトリアにそう声をかけると、僕は金環杖をシャンと鳴らしてみた。
するとコマンド・ウインドウにいくつかの選択肢が現れた。
僕はそのうちの一つを選択し、金環杖の先端をヴィクトリアに向けた。
「天の恵み」
僕がそう唱えると金環杖の先端についている宝玉から金色の粒子が降り注ぎ、ヴィクトリアの体を包んでいく。
その粒子に包まれたヴィクトリアの体から、真新しい傷がスッと消えていった。
彼女のライフは今は満タンなので変わりはしないけれど、明らかにその顔色が良くなっていく。
「な、何だか気持ちがいいぞ。アルフレ……いやアルフリーダ。おまえそんな能力も身に着けたのかよ」
ヴィクトリアは目をしばたかせて自分の体をマジマジと見つめている。
どうやらこの金環杖にはイザベラさんの回復魔法の力がそのまま受け継がれているみたいだ。
これは心強いぞ。
「いや、僕の能力じゃなくて、この金環杖に付与されている固有の能力だよ。この杖が有能なんだ」
そんな僕の様子を王都から見ているであろう神様からメッセージが届いた。
【金環杖は攻撃型というより回復補助型だな。だが十分に戦力になるであろう?】
【はい。皆の助けになれるなら大歓迎です】
【よし。アルフリーダ。これでとりあえず試運転は終わりだ。今のところチームαは危機に瀕していない。そのままチームβに同行して南を目指せ。ミランダ達に異変があればすぐに知らせる】
【分かりました。よろしくお願いします】
僕は金環杖を握り締め、ジェネット達の前の空中で静止した。
「アル様。このまま同行していただけるのですか?」
「うん。ミランダたちチームαも今のところ順調みたいだしね」
僕がそう言うとジェネットは嬉しそうに微笑んでくれた。
それから1時間ほどは気持ちのいい船旅で川を下って海に向かっていた。
海まではあと少しで、遠くに広がる水平線が見えてきた。
そしてその手前には栄えている港町がある。
その様子を見たジェネットが朗らかな笑みを浮かべた。
「アル様。シェラングーンですよ。懐かしいですね」
港町シェラングーン。
以前、おかしくなってしまったミランダを探して僕とジェネットは2人でそこを訪れたことがある。
まだアリアナやヴィクトリア、ノアと出会う前の話だ。
確かに懐かしい。
だけどそんな和やかな雰囲気を打ち破るかのように、神様からの通達が舞い降りてきたんだ。
【シェラングーンの沖合に船籍不明の船舶が出現。東将姫アナリンが向かったのと同じ方角だ。総員、その船に向かえ。敵の襲撃に備えろ。油断するなよ】
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