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第三章 迫り来る命の終わり

第15話 集結! 5人の女たち

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 実家の神社から取り寄せていた神衣かむいに着替えた雷奈らいな、白雪、そして弥生やよいの3名が横転したバスハウスの外に出ると、打ち倒されたサバドとフリッガーはすでに警察へと連行された後だった。
 彼らはこれから警察に拘留され、すでに響詩郎きょうしろうによって罪歴を登録済みのサバドは公判を待ち、まだ罪歴を登録していないフリッガーは取り調べを受けることになる。
 白雪の指示通り、紫水しすいは彼らの監視を終えたところであった。

紫水しすい。ご苦労さま」

 白雪が部下にねぎらいの言葉をかけたのと同時に、ふいに雷奈らいなと白雪の間に猛烈な突風が吹き抜け、彼女らの髪や衣服を跳ね上げた。

「きゃっ!」

 風は一瞬で収まり、いつの間にか雷奈らいなと白雪の間に小学生くらいの少女が立っていた。
 それはチョウ香桃シャンタオの弟子の一人であるシエ・ルイランだった。

「ルイラン。突然どうしたの?」

 よく見知った妖魔の少女が突然現れたことに雷奈らいなは目を丸くして驚いた。

きょうサンに仕事もらいに来たヨ。きょうサンいるカ?」

 無邪気にそう言うルイランに雷奈らいなは少し困った顔で事情を説明した。
 するとルイランも困った顔で頭をかきながら言った。

「あいやあ。きょうサン捕まってしまったカ。それなら雷奈らいなサンにお仕事もらうネ。ルイラン役に立つカ?」

 彼女の能力をよく知る雷奈らいなだったが、現状でルイランの出番があるかどうかは判断がつかなかった。

「そうね。まだ分からないけど、とりあえず同行してくれる? 御代はもちろん払うから」

 時は金なり。
 相手を時間的に拘束するには費用が要る。
 ルイランの場合ももちろん例外ではない。

「了解ネ。お金もらえるなら無問題ヨ」

 雷奈らいなの申し出を快諾かいだくしてルイランは満面の笑みを浮かべた。
 雷奈らいながルイランの素性をその場にいた皆に紹介している間、じっと何かを考えていた白雪は雷奈らいなに申し出た。

「ところで雷奈らいなさん。さっきの護符の切れ端。少しお借りできます?」

 雷奈らいなは白雪の意図が理解できずに怪訝けげんな顔をした。

「……いいけど。何するのよ」
「結界を破るためには波長の解析が必要ですわ」

 結界士の張る結界にはそれぞれの術者によって固有の波長があり、それを解析しない限り結界を破ることは不可能であると白雪は説明した。
 大抵の場合、結界を生成した本人にしかそれを破ることは出来ない。
 だが白雪は魔界に生きる者であり、雷奈らいなたち人間が知らないことを多く知っていた。
 雷奈らいなは護符の切れ端を白雪に手渡しながら眉を潜めてつぶやいた。

「この紙切れでそんなことが分かるの?」
「ええ。我が一族には優秀な解析士がいます。その者に命じればきっと敵の結界を解析できるはずですわ」
「時間はないわよ?」

 そう言う雷奈らいなに、白雪は切れ端を受け取りながら不敵な笑みを浮かべた。

紫水しすい。2時間で終わらせますわよ」
「かしこまりました」

 白雪から護符を渡された紫水しすいはすぐさま携帯端末を取り出し、リアルタイムで通信を始めた。
 その様子を背後から見ながら雷奈らいなは数時間前まで自分が心細さを感じていたことを初めて思い知った。
 5人もいると自分ひとりでは見えなかった道筋がおのずと浮かび上がってくる。
 文殊もんじゅの知恵とはよく言ったものだと雷奈らいなはそう思わずにはいられなかった。
 そして同時に響詩郎きょうしろうの不在を痛感した。

 この1ヶ月ほどの間、雷奈らいなかたわらには常に響詩郎きょうしろうがいた。
 共にいるときはその口やかましさに辟易へきえきすることもあったが、彼の知恵や気転にずいぶんと自分は助けられ、己が気性のままに振舞うことが出来ていたのだと感じた。
 今、響詩郎きょうしろうは敵の手に落ち、たった一人で何を思っているのだろうか。
 そのことを考えると雷奈らいなは自然と拳を握り締め、くちびるを噛み締めていた。 

(悔やんでる暇なんかない。響詩郎きょうしろうには時間がないんだ)

 雷奈らいな弥生やよいに目をやると覇気を取り戻した声で告げた。

弥生やよい。早速、追跡をするわよ」

 だが雷奈らいなのやる気に水を差すように紫水しすいが冷ややかな声で尋ねる。

「大事なことを忘れているようだが、いかに結界士の護符のニオイを覚えたといっても、肝心の結界士自体が結界の中に隠れてしまえば追跡は不可能なんじゃないのか」

 紫水しすいの言葉を聞き、雷奈らいな苛立いらだたしげに彼女をジロリと見た。

「他に手繰り寄せるべき綱がないでしょう? あんたは黙って護符の解析に集中してなさい」
「ふん。助けてもらっておきながら大層な言い草だな」

 そんな二人の間に割って入った白雪が核心に満ちた表情を浮かべた。

「私の放った矢のうち一本は手ごたえを感じました。多分それがあの幻術士の本体でしょう。【千斬光せんざんこう】は私の妖気を寄り合わせて幾重にも返しのついた【抜けずの矢】です。相手に負わせた手傷はそう簡単には回復しません。弥生やよいさんならばこのニオイであの幻術士の行方が追跡できるのでは?」

 そう言うと白雪は右の手の平を顔の前で上に向けた。
 すると彼女の手の平に光り輝く一本の矢が姿を現した。
 弥生やよいはその光の矢を見て、その鼻でニオイを確かめると力強くうなづいた。

「感じます。今もこのニオイを発してる人がここから遠ざかるように移動しています」

 矢の放つ光に照らされてそう言う弥生やよいの顔は確信に満ちていた。

「急ぎカ? それならルイランの出番ネ」

 そう口を挟んだルイランは背負っていたリュックサックから頑丈そうな4本の輪縄を取り出すとそれを両肩に一本ずつ通し、左右の手に一本ずつ持った。

「これは?」

 不思議そうに尋ねる弥生やよいにルイランは満面の笑みで答える。

「シートベルトネ。見た目より超安全ヨ」

 以前にも輪縄を使ってルイランの世話になったことのある雷奈らいなは迷わずそのうちの一本をグッと握り締めた。

「急ぎよ。ルイラン。頼んだわね」
「OKヨ。皆しっかりつかまるネ」

 白雪と紫水しすい、それに弥生やよいはやや不安そうな顔をしていたが、雷奈らいなの目配せによって彼女と同じようにそれぞれ輪縄をつかんだ。
 輪縄は不思議と彼女たちの手に吸い付くように密着し、それを握る手にも強い力がこもる。

「敵さんはどっちの方向にいるか?」

 そう尋ねるルイランに弥生やよいは指で方角を示した。
 途端に彼女らの周囲に柔らかな風が巻き起こったかと思うと、その一瞬後には全員が数十メートルほどの上空高くまで舞い上がっていた。

「きゃあ!」

 思わず弥生やよいが悲鳴をらすが、ルイランが陽気に声を上げる。

「怖くないネ。自分が風になったつもりでいるとすぐ慣れるヨ」

 そう言うとルイランは4人を引き連れてまさに言葉通り風のように建物から建物へと飛び移りながら移動を開始した。
 依然としてその行方は暗闇におおわれたままであったが、響詩郎きょうしろう救出のため、雷奈らいなたち5人は不屈の一歩を踏み出した。
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