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第三章 迫り来る命の終わり

第11話 形勢逆転! だがしかし……

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「うがああああ!」

 腕を切り落とされた灰色熊の妖魔フリッガーは半狂乱となって地面をのた打ち回る。
 雷奈らいなはこの機を逃さなかった。
 仰向けに倒れているフリッガーの上から、悪路王あくろおうの鉄拳を容赦なく振り下ろす。
 重い一撃がフリッガーの胴体に余すことの無い衝撃を存分に与え、巨漢を誇るフリッガーの体から何本もの骨が折れる音が響いた。

「ぐはっ!」

 フリッガーは口から血とともに悲鳴を吐き出し、白目をむいて完全に沈黙した。
 すかさず雷奈らいなが捕縛用の護符をフリッガーの体に投げつけると、護符から飛び出た何本もの霊縄が灰色熊をぐるぐる巻きに絡め取った。
 護符は雷奈らいなの意に従い、フリッガーの切り取られた腕の部分に重点的に巻きついて、止血の用を果たした。

「死なれると報酬が減額になるから、おとなしくしてなさい」

 妖魔の力が発揮される夜の間であれば腕を一本失ったくらいでフリッガーが死ぬことはない。
 相棒が戦闘不能となって捕縛されるのをサバドは苦々しげな表情を浮かべて見た。

「ちくしょう! ヘマこきやがってアホが!」

 悪態をついて雷奈らいなにらみつけるサバドの視線を雷奈らいなは真っ向から受け止めた。

「次はアンタの番よ」

 その表情に慢心は無く、ただひたすらに戦いに集中する戦士の顔がそこにあった。
 響詩郎きょうしろうのことは気になったが、パートナーを助ける一番の近道はまず目の前の敵を確実に討ち果たすことであると雷奈らいなは心に決めた。

「つけ上がるな! 小娘」

 サバドは怒声を上げると両手に光刃を握り締め、雷奈らいなに襲い掛かった。
 雷奈らいなはこれを迎え撃とうとしたが、そこで異変に気が付く。

「あ、悪路王あくろおうが……」

 巨大化していた悪路王あくろおうが唐突に空気の中に溶けるように消え去ってしまったのだ。
 資金切れだった。
 悪路王あくろおう使役のための妖貨引き落とし用口座の貯蓄が尽きたのだ。
 もうこうなると響詩郎きょうしろうによる罪科換金で新たな資金を得ない限り、雷奈らいな悪路王あくろおうを呼ぶことが出来ない。

「くっ! こんな時に」

 雷奈らいなくちびるを噛んだ。
 やはり目の前にいるサバドの身柄を昨夜警察に引き渡せなかったことが悔やまれた。
 雷奈らいなは再び護符を用意して、サバドが振り下ろす光の刃を受け止めると、これを力いっぱい押し返した。
 サバドはいったん後ろに下がり、再び光刃を頭上にかざして構えをとった。

「殺してやるぞ! 小娘がっ!」

 雷奈らいなは覚悟を決めてこれを迎え撃とうと足を踏ん張る。

悪路王あくろおうなしで戦うしかない)

 だがその時、雷奈らいなにとってさらに悪いことが起こった。
 彼女とサバドの周囲に無数の黒い亡者が姿を現し始めたのだ。

(こ、これはゆうべの幻術士……)

 絶句して言葉を失う雷奈らいなとは対照的に、サバドはその目に邪悪な光を宿しながら得意げに言い放った。

「形成逆転だな」

 すでにサバドの白い姿は亡者どもの黒い姿の中に溶け込んで見えなくなっていた。
 雷奈らいなは緊張の表情で身構えた。
 昨夜のように多くの幻影の中に本物が潜んでいるはずであったが、雷奈らいなにそれを感じ取る余裕はなかった。
 雷奈らいなは腰を落として周囲の気配から本物がどれなのか見極めようと必死に精神を集中させる。
 だが、その顔には隠しようも無いほどのあせりと動揺がありありと浮かんでいた。

(やばい。やばすぎる……)

 その時だった。
 出し抜けに夜空が明るくなったのだ。

「なに?」

 思わず夜空を見上げて雷奈らいなは我が目を疑った。

千斬光せんざんこう!」

 朗々と響き渡る声とともに、空から無数の光の矢が地上に向けて降り注ぐ。
 まるで流星群のようなその一本一本が漆黒の亡者どもを次々と貫いて打ち滅ぼしていく。

「我が愛しき響詩郎きょうしろうさまへの乱暴狼藉ろうぜき。決して許しません」

 高らかでりんとした声が当たりに響き渡った。
 その人物はこの辺りで一番背の高い電柱の天辺に颯爽さっそうと立っていた。

 白く美しい髪を腰まで垂らし、真紅のドレスに身を包んで姿を現したのは紫水しすいの主にして魔界の姫君・風弓かざゆみ白雪しらゆきその人であった。
 初めて見るその姿をつかの間ボーッと見上げていた雷奈らいなだったが、すぐに周囲に注意を払った。 
 だが……。

「うぐああああっ!」

 白雪の一撃で戦いはすでに決していた。
 亡者どもは全て討ち果たされ消えていた。
 残されたのは、光の矢が左肩に突き刺さって地面に縫い付けられる格好で身動きが取れなくなっていたサバドと、捕縛されたフリッガーの横たわる姿だけであった。
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