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第三章 迫り来る命の終わり

第10話 孤軍奮闘! 雷奈の意地

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 肉弾戦を得意とする灰色熊の妖魔フリッガーと中距離射程からの攻撃に長けた白イタチの妖魔サバド。
 この2体を向こうに回しての雷奈らいなの奮闘が続いていた。
 2対1という数的不利な状況ではあったが、悪路王あくろおうと護符や霊石を駆使して戦う雷奈らいなは彼らと互角のり合いを見せていた。
 だが、それでも時間の経過と共に雷奈らいなが不利になっていくことは明白だった。

悪路王あくろおうの出力を抑えているとはいえ、このままじゃ資金が尽きる)

 専用口座の妖貨が尽きて悪路王あくろおうが使えなくなれば、途端に形勢は雷奈らいなに不利に傾いてしまうだろう。
 そして雷奈らいなはカラスのような不気味な妖魔の姿がないことを気にしていた。

(2対1ならまだ何とかなるけど、あの幻術士に加勢されるとさすがにつらい)

 さらにはカラスの妖魔がバスハウスの中の響詩郎きょうしろうらを襲うことも十分に考えられ、雷奈らいなは徐々に焦りをつのらせていった。
 フリッガーがその太い腕で悪路王あくろおうを殴り倒そうとするが、悪路王あくろおうもこれに応戦してフリッガーの腕を逆に自分の腕ではじき返した。
 その隙に雷奈らいなは素早く懐から霊石を取り出し、それをフリッガーに向けて投げつける。
 それはすぐにバスケットボール大の燃え盛る火球となってフリッガーを襲った。
 しかし横なぎの風のようにサバドの放った光刃がこの火球を打ち落とす。

「チッ!」

 雷奈らいなと2体の妖魔は互いに舌打ちをして対峙した。
 戦いの場につかの間の静寂が訪れる。

 サバドもフリッガーも雷奈のしぶとさに内心で舌を巻いていた。
 雷奈らいなの使役する漆黒の鬼からは強烈な威圧感を感じるものの、術者である彼女自身からはそれほど強い霊力は感じない。
 しかし、現に彼ら二人がかりでも雷奈らいなを押し切ることが出来ないのは、気迫のこもった彼女の戦いぶりとその集中力の賜物たまものだった。
 先ほどまであれだけ殺気立ち怒りのままに雷奈らいなを殺そうと躍起やっきになっていたサバドも、相手のしぶとさを目の当たりにするうちに次第に気持ちが冷えていった。
 相棒が冷静さを取り戻しつつあることを好機と受け止めたフリッガーは、思い切って雷奈らいなに揺さぶりをかけてみることにした。

「おい、女。俺たちのもう一人の仲間がどうしているか気にならないか?」

 唐突なフリッガーの言葉に雷奈らいなはギクリとして眉を潜めた。

「なんですって?」

 フリッガーはニヤリとしてわざとらしく肩をすくめる。

「張り切って戦うのもいいが、もう少し周りに気を配るべきだろうな」

 そう言うとフリッガーは横倒しになっているバスハウスの方へあごをしゃくってみせた。
 雷奈らいな背筋せすじにゾクリと冷たいものが走った。

「……まさか」

 雷奈らいなはバスハウスへ視線を送らずにはいられなかった。
 フリッガーの意図をすぐに理解したサバドは雷奈らいなの一瞬のすきを見逃さなかった。
 目にも止まらぬ身のこなしでサバドが繰り出した光刃は唸りを上げて雷奈らいなの首を狙って宙を舞った。
 雷奈らいなはこれに反応が遅れ、悪路王あくろおうを操ることが出来ずに、仰向けで後ろに倒れ込むブリッジの姿勢で光刃から身をかわす。
 すんでのところで風を切る光の刃は彼女の鼻先を駆け抜けていく。
 雷奈らいなは何とか受身を取るとすぐに跳ね起きたが、彼女の目の前にはすでにフリッガーが迫っており、鋭く重い拳の一撃を雷奈らいなの顔面に向けて浴びせかけた。

「うぐっ!」

 護符を持った両手を顔の前で交差させて顔面への直撃を防いだ雷奈らいなだが、フリッガーの拳の勢いはすさまじく、雷奈らいなの体はまるで竜巻に巻き上げられる紙袋のように宙へと飛ばされた。

「きゃあっ!」

 悲鳴を上げて吹き飛ぶ雷奈らいなにフリッガーは歓喜の声を上げた。

「今だ! 相棒!」
「この瞬間を待ってたぜ」

 嗜虐しぎゃくの喜びに双眸そうぼうを輝かせながらサバドは両手を頭上に大きく振りかぶった。
 その両手の上に鋭い輝きを放つ光の大鎌が姿を現す。

「くたばっちまいな!」

 サバドはえるようにそう叫ぶと、糸の切れたたこのように宙へ舞い上げられた雷奈らいなを目掛けて思い切り腕を振り上げた。
 光の大鎌はブンッと恐ろしげな風切り音をあげて雷奈らいなの胴を真っ二つに割るべく空気を切り裂いて飛翔した。

った!」

 サバドは勝利を確信して拳を握り締め、フリッガーも嬉々とした表情を浮かべた。
 だが、彼らの喜びは水泡に帰す。

 悪路王あくろおうが唐突に十数メートルの大きさまで肥大ひだいし、その大きな手で雷奈らいなの体をつかんだ。
 すると悪路王あくろおうの手は天頂を向いて開かれ、空中で水平な足場となる。
 漆黒の手の平の上に、雷奈らいなは両足を踏ん張って屹然きつぜんと立った。
 それでも光の大鎌は雷奈らいなの目の前に迫っている。
 だが次の瞬間、雷奈はカッと両目を見開くと両手に護符を持った。

「はあっ!」

 そして自分の首を切り落とそうとする大鎌の刃を左右の手の平で上下から挟み込むようにしてガッチリとつかんだ。

「な、なんだと?」

 これには大鎌を放ったサバドのみならずフリッガーも驚愕きょうがくに目を見開いた。
 わずかでもつかみ損ねれば自分の身が真っ二つになろうかという状況で、雷奈らいなは白刃取りの要領でこれをつかみ取るという神業を見せたのだ。
 つかまれてなお勢いを失わない大鎌を無理に押さえつけようとせず、逆にその勢いを利用して雷奈らいなはぐるりと体を一回転、二回転させる。

「ナッ……メんなぁ!」

 気合いの声とともに雷奈らいなは三回転目でこれをそのまま飛んできた方向に投げ返した。
 大鎌は大きく弧を描いてサバドとフリッガー目掛けて飛んでいく。

「なんて女だ。クソッ!」

 サバドとフリッガーは悪態をついてその場から飛び退いていく。
 二人が避けた光の刃はクルクルと回転しながら当て所なく再び宙に舞い上がった。
 だが、雷奈らいなのやってみせた芸当に2人は完全に虚を突かれて浮き足立っていた。
 間髪入れずに雷奈らいなは巨大な悪路王あくろおうの右手で自分の体をつかませると、スナップスローで自分の体を敵に向けて投げつけさせる。

「くぅっ!」

 呼吸も出来ないほどの強烈な風圧に耐え、雷奈らいなはカタパルトから射出された戦闘機のような勢いで即座にフリッガーとの間合いを詰めた。
 フリッガーはほんの一瞬だけ呆気にとられた顔を見せたが、その一瞬が命取りとなった。
 雷奈らいなは飛んだ勢いのままにフリッガーのあごを思い切り蹴り上げた。

「うおっ!」

 雷奈らいなの強烈な前蹴りでフリッガーの巨体がいともたやすく空中十数メートルの高さまで舞い上げられる。
 空中で体の自由を失ったフリッガーは必死に体勢を立て直そうともがくが、そんな相棒の向こう側に迫るものを見てサバドは思わず絶叫した。

「フ、フリッガァァァァァァ!」

 先ほど雷奈らいなが投げ返したサバドの光の大鎌が、ブーメランのように回転しながら戻ってきてフリッガーの灰色の体を直撃したのだ。

「ぐぅっ!」

 巨大な光の鎌はフリッガーの肩口からバッサリと腕を切り取って奪い去った。
 鮮血が飛び散り、無残にちぎれた太い毛むくじゃらの腕が空中でくるくると回転する。
 利き腕を失ったフリッガーは受身もままならずに地面に落下し、体を痙攣けいれんさせながら激痛にのた打ち回った。

「うがああああ!」

 潮目が変わり、戦局が一気に傾き始める。
 雷奈らいなはアドレナリンを放出するように轟然と声を上げて攻勢に打って出た。

「はぁぁぁぁぁぁっ!」
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