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第一章 換金士の少年と黒鬼の巫女

第6話 二人の愛の巣!? バスハウス

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 バスハウスの中に入った響詩郎きょうしろう雷奈らいなはステップを利用した玄関に靴を脱ぎ捨て、思い思いに部屋の中へと上がっていく。
 バスは外国製のそれで、内部は運転席を含め座席はすべて取り外され、変わりに家具や水道など各種住宅設備が配置されている。

 雷奈らいなはバスの中をドカドカと音を立てて進み、勢いよく冷蔵庫を開け放つと中からミネラルウォーターのペットボトルを取り出した。
 そしてそれを半分ほど一気に飲み干す。

「ぷはあっ! ……腹立つ。あの女。超ムカツク!」

 ダンッとペットボトルを机に叩きつけ、雷奈《らいな》はそこで妙なことに気がついた。
 部屋の奥から甘ったるい香りが漂ってきている。

「なに? このニオイ……」

 嗅ぎ慣れないニオイに鼻腔を不快に刺激されて雷奈らいなは顔をしかめ、響詩郎きょうしろうも異変に鼻をひくつかせた。

「モヤッとしてハッキリしない気持ちの悪いニオイだな」

 そう言う響詩郎きょうしろうを振り返り、雷奈らいな怪訝けげんな顔で疑問を口にした。

「あんた。芳香剤か何か買ったの?」
「んなもん俺が買うと思うか?」
「そうよね……」

 雷奈らいなに落ちない表情でそう言うと、リビングに置かれたテレビ台の端に見慣れないびんが置いてあるのを発見した。

「何かしらこれ?」

 そう言って雷奈らいなが手に取ったそれはびんの中に入ったジェル状のアロマだった。
 自分で買った覚えのないびんをマジマジと見つめると雷奈らいなは顔を上げた。

響詩郎きょうしろう。これ何だと……」

 そう言いかけた雷奈らいなの目の前で何の前触れもなくテレビのスイッチが入り、画面上に映像が映し出される。
 そこではムーディーなBGMにのって外国人の男女があられもない格好でまぐわっていた。
 いわゆる洋画のベッドシーンなのだが、かなりきわどいラインまで丸見えだった。

「な、何よコレ……ちょ、ちょっと」

 そう言うと雷奈らいなは真っ赤な顔で慌てふためき、リモコンを手にすると即座にテレビをオフにした。
 暗転した画面に彼女の激烈な怒りの形相ぎょうそうが映る。
 彼女はすぐさまブルーレイデッキのオープンボタンを押すと、中から一枚のディスクを取り出した。
 そのディスクのラベルを見た雷奈らいな羞恥しゅうちと怒りで顔を真っ赤にして響詩郎きょうしろうに詰め寄る。

響詩郎きょうしろうぉ~! あたしがいない時にリビングのテレビでエッチぃDVD見てたな~!」
「ひ、人聞きの悪いことを言うな。俺は知らん」
 
 身に覚えのないことを突然追求され響詩郎きょうしろうは即座にこれを否定したが、彼の言葉は怒り心頭の雷奈らいなの耳を素通りする。

「まがりなりにも女子と暮らしてるんだからマナーを守れ! 出来ないなら追い出すよ!」
ぎぬだ! それにここはもともと俺の家だぞ。何で俺が追い出されなきゃいけないんだよ」

 必死に応酬する響詩郎きょうしろう雷奈らいなはなおも食って掛かる。

「あんた以外に誰が……」

 そう言うと雷奈らいなはハッとして頭に思い浮かんだ人物の名を口にした。

紫水しすい……あの女ぁ~! 何の嫌がらせよ!」

 ギリギリと歯を食いしばってそう言うと、雷奈らいなは玄関から外に飛び出していく。
 その勇ましい背中を見送りながら響詩郎きょうしろうはぼやいた。

「まったく、俺を疑ったことを少しは悪いと思ってるのかアイツは……」

 十数秒ほどして雷奈らいなはイライラしながら中に戻ってきた。

「いなくなってる。どうせどこかでのぞき見でもしてるんでしょ。空き巣みたいなマネして本当に頭にくる女!」
「犯人は俺じゃなかったろ。だいたいおまえは早合点はやがてんなんだよ」

 そう言いつの響詩郎きょうしろうを無視して雷奈らいなはシャワールームへと足を向けた。

「フンッ! 変な汗かいちゃったわよ。シャワー浴びるから」

 そう言うと彼女はシャワールームへと消えていった。
 恨めしげにそちらを見ながら響詩郎きょうしろうはあきらめ顔でため息をついた。

「はぁ……俺への気遣きづかいをアイツに期待するだけ無駄か」

 少しするとシャワーが流れる音が聞こえてくる。
 バスハウスには上下水道が引かれていて、オール電化になっている。
 1階にはバスの前方部分から2階に上がる階段、ダイニングキッチン、シャワールームに洗面所、トイレと続き、中ほどよりやや後部に位置するバスの入り口が玄関となっている。
 その奥には申し訳程度に響詩郎きょうしろうのベッドルームおよび机とイスが窮屈きゅうくつそうに設けられていた。
 2年前にここに住み始めた響詩郎きょうしろうが苦労してここまで住環境を整えてきたのだが、1ヶ月前に仕事のパートナーを組んだ雷奈らいなが10日ほど前に転がり込んできて住みついてから環境は劇的に変化した。

 彼らの仕事の内容、そして二人の能力の相互依存性を考えれば、昼の間はともかく、妖魔の相手をすることになる夜の間は出来る限り二人一緒にいたほうがいい。
 それは響詩郎きょうしろうにも納得のできることだった。
 彼らの仕事の性質上、妖魔らに逆恨みされることも無いとは言えず、万が一にも突然の襲撃を受けたときに二人は一緒にいなければ満足に戦えない。
 雷奈らいな響詩郎きょうしろうを守るためには悪路王あくろおうの力を使う必要があり、そのために消費される妖貨を稼ぎ出すのが響詩郎きょうしろうの仕事であるためだ。
 だからこそバスハウスを広々と使っての悠々自適の暮らしが一変し、2階をすべて雷奈らいなに占領される憂き目にあっても響詩郎きょうしろうはそれ受け入れることにしたのだ。
 ちなみにこの家における占有比率は雷奈らいなが5、共用部分が4で響詩郎きょうしろうは1だった。
 無論この格差には当初、難色を示した響詩郎きょうしろうだったが、女子は何かと物入りという雷奈らいなの断固たる主張に押し切られる形で今に至っている。

「でもまあ、アイツのおかげでようやく仕事が順調に回り始めたからな。どんな境遇でも贅沢ぜいたく言ってたらバチがあたるか……」
 
 響詩郎きょうしろうがそうつぶやいてバスハウス1階後方にある狭苦しい自分の寝床スペースへと向かおうとイスから立ち上がりかけたその時、バスハウスの中に悲鳴が響き渡った。

「きぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁあああああ!」

 聞いたことがないような雷奈らいなの金切り声に響詩郎きょうしろうは思わず驚いてイスからひっくり返った。

「イテッ! な、何だ?」

 背中を打ちつけた痛みに顔をしかめながら響詩郎きょうしろうが慌てて立ち上がると、シャワールームの扉がバンッと勢いよく開け放たれ、中からバスタオルで体の前を隠しただけのほぼ全裸の雷奈らいなが飛び出してきた。

「ちょ、おまっ! 何て格好かっこうで……」

 仰天して思わず響詩郎きょうしろうは目を伏せた。
 だが雷奈らいなは目にいっぱいの涙をためて、必死に叫び声を上げる。

「虫っ! ムシムシっ! 取って! 響詩郎きょうしろう! 早く取って!」

 響詩郎きょうしろうが顔を上げて雷奈らいなの様子を見ると、彼女の髪や肩に親指ほどもあるピンク色の線虫が貼り付きウネウネとのたうっている。

妖虫ようちゅう……なんでこんな」

 響詩郎きょうしろうの言うそれはこの世の虫ではなく、妖虫ようちゅうと呼ばれる魔界の虫だった。

「早く! 何とかしてよぉ~!」

 雷奈らいなはもうほとんど泣きべそをかきながら頭をブンブンと横に大きく振る。

「ちょ、ちょっとおとなしくしてろ」

 そう言うと響詩郎きょうしろうふところから取り出した紙の札で妖虫を払い落とす。
 護符ごふと呼ばれる霊力の込められた札で祓われた幼虫は、大した力も害もない弱い存在であるため、床に落ちると音も無く消滅した。 
 雷奈らいなはバスタオルで体を包み込みながら青い顔でブルブルと震えている。
 響詩郎きょうしろうはそんな雷奈らいなを見下ろしながら腰に手を当てて面白がるように言った。

雷奈らいな。おまえ妖魔にはめっぽう強いくせに妖虫がダメなのか?」 
「たいていの女子はさっきのアレを見れば怖がるわよ!」

 キッと響詩郎きょうしろうにらみつけながら雷奈らいなは声を張り上げた。

「シャワーのノブをひねったら水じゃなくてさっきのアレが出てきたのよ! シャワーノズルの穴という穴からウネウネと……」

 雷奈らいなは顔面蒼白でその時の恐怖を訴える。
 そのことを想像すると響詩郎きょうしろうもさすがに気の毒そうな顔を見せた。

「そ、それは手の込んだ嫌がらせだな。紫水しすいのやつ。この分だと盗聴器でも仕掛けられてるんじゃないのか」

 雷奈らいなの恐怖はすぐに激しい怒りへと変わっていき、彼女は床をドンッと殴りつけて立ち上がった。

「あのバカ女ぁぁぁぁぁぁぁ! やっていいことと悪いことがあるでしょ。絶対許さない!」

 怒りのままに勢い込んで立ち上がったため、雷奈らいなの体からハラリとバスタオルが落ちた。
 はじけんばかりに健康的な雷奈らいなの裸体が響詩郎きょうしろうの目の前に惜しげもなくさらされる。

「あ……」
「あ……」

 時が止まったように二人は互いに動けなくなったまま視線を合わせた。
 響詩郎きょうしろうは視線を動かさずに弁解の言葉を必死に頭の中で探すが、雷奈らいなには彼の瞳に自分の裸身がはっきりと映っているのが見えた。

「あ、いや……妖虫を追い払った功績に免じてカンベン……」
「バカァァァァァァァァッ!」
「はひゃあ!」

 雷奈らいなのキレイな前蹴りが響詩郎きょうしろう股間こかんを直撃し、彼は声にならない悲鳴を口かららしながら床に倒れて白目をむくのだった。

「ぐふっ……」
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