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第二章 魔王の古城
第5話 炎魔の槍
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「ハグレ悪魔。1対1なら勝てるとでも思ったか? ふざけた男だ」
そう言いながら堕天使どもの頭目は殺意のたっぷりと込められた視線を俺に向ける。
俺はその殺意が心地よくて思わず口の端を吊り上げて笑った。
「やる気になったか。そうこなくちゃな。だがせっかくの槍を投げ捨てちまったんじゃ……」
そこで俺は背後に隠れたティナが息を飲む気配を感じて咄嗟に体を捻った。
次の瞬間、俺の脇腹のすぐ近くを長い物体が通過していった。
それはさっき頭目の男が投げた黒槍だった。
黒槍は頭目の手に戻っていき、奴はそれを握り締めると得意気に言う。
「こいつはな。俺の言うことをよく聞く……うおっ!」
そんな口上に付き合ってやるつもりは毛頭なかった。
俺は一瞬で頭目との距離を詰めると、その顔面に拳を突き出した。
頭目は槍を顔面近くに構えてこれを防ごうとするが、俺はフェイントをかけて拳を止める。
瞬時に俺の頭の中に連続技のイメージが浮かんだ。
右肘で相手の胸を打ってから腹に左の中段突き、前のめりになって顎が落ちたところに左肩をぶち当てて顔を跳ね上げ、最後は右の魔刃脚で喉を切り裂いてトドメ。
だが……俺はそのイメージ通りに次々と打撃を打ち込んでいくが、それらはすべて頭目の黒い槍で確実に防がれる。
チッ。
俺は左肩の当て身を防がれたところで連続技を中断して一度後方に下がった。
この野郎。
思ったよりやりやがる。
しかし、何だこの違和感は。
相手の反応に何か奇妙なものを感じて俺は内心で首を捻っていた。
堕天使の頭目は黒槍を握ったまま俺を見据えてその口元を綻ばせる。
「そんなもんか? 口ほどでもないな。串刺しになりな!」
そう言うと頭目は黒い槍を俺の首目掛けて突き出してきた。
俺は半身の体勢でそれを難なくかわす。
こいつ。
防御は見事だったが、攻撃に関しては大したことねえ……。
「ガッ!」
突然、俺の左側頭部に衝撃が走った。
予想外の鋭い痛みに俺は思わず面食らってしまう。
「ぐぅっ……」
余裕を持って避けたはずの槍が俺の左側頭部を打ちやがった。
どうやら当たったのが刃の腹だったのが不幸中の幸いだったが、それでもこめかみの辺りが鈍い痛みとともに出血しているのがよく分かる。
俺は鈍痛に耐えながら即座に攻撃に転じた。
守りに入らずに攻めるべきだ。
だが、俺が連続して繰り出す拳や蹴りを、頭目はことごとくその槍で防ぎやがる。
「ハッハッハ! どうした? 俺をぶちのめすんじゃなかったのか? こんな程度では俺に触れることすら出来んぞ」
頭目は余裕の表情で俺の攻撃を防ぎ、間髪入れずに槍を再び俺に向かって突き出す。
今度こそ俺は油断なくその攻撃をかわした。
だが……突き出された槍の穂先はあり得ない方向に曲がり、俺の眉間を串刺しにしようとする。
俺は咄嗟にそれを白羽取りの要領で両手で挟んで止めた。
「くっ!」
何だこの奇妙な槍は。
金属がまるで飴細工のように自在に曲がりやがる。
俺の様子を楽しむように頭目は言う。
「こいつはな、貴様ら悪魔から奪った戦利品だ。標的を逃がさない貪欲な奴でな。これまでも何人もの腕自慢どもを串刺しにしてきたんだよ。貴様の顔にもデッカイ穴を開けてやるぜ」
ナメやがって。
俺は槍の穂先を挟み込んだままの両手に魔力を集中させて炎を宿らせる。
このふざけた槍を俺の炎で溶かしてやるよ。
そう考えて俺はさらに魔力のギアを上げて両手の炎を強めていく。
高熱化された俺の手がそろそろ金属を溶かすはずだ。
だが……。
「……どういうこった」
十分に高熱化された金属が変形し始める頃合いだというのに、目の前の黒い槍は一向に変化を見せない。
俺が思わず眉を潜める様子を見た頭目はニヤニヤと薄笑みを浮かべた。
「残念だったな。この槍の素材は熱に反応しない。溶かそうとしても……」
「残念なのはてめえの頭だ」
そう言うと俺は目の前で燃え盛る両手の炎に鋭く息を吹き付けた。
すると炎が大きく放射されて、頭目の頭に燃え移った。
「うぎゃああああああっ!」
頭目は突然の引火に取り乱して黒槍を手放した。
馬鹿め。
甘いんだよ!
俺は両手に力を込めて黒槍を眼下の海へと放り投げた。
「オラァッ!」
そして間髪入れずに頭目に襲いかかり、その燃える頭を思い切り殴りつけた。
「がふっ!」
立て続けに俺は左肘で頭目の顎を横から払う。
「ぐえっ!」
苦痛の声を漏らした頭目の口から鮮血が舞い散った。
こいつ、俺の打撃の速度についてこられない。
さっきの黒槍による完璧な防御をした時とは大違いだ。
俺はあの黒槍の奇妙な動きを思い返してピンときた。
「そうか。あの黒槍がてめえを守っていたんだな。三流堕天使」
その言葉に頭目はカッと目を見開き、怒りの形相を見せた。
その殺意が俺の肌を撫でる。
これは絶えずケンカを続けてきた俺だからこそ感じ取れる感覚だった。
敵の殺意の糸がピンと張り詰めるその時、敵は俺を殺すことで胸の内が覆い尽くされ目が曇る。
その一瞬が……今だ!
そして俺は気付いていた。
もう1つの殺意が俺の息の根を止めようとその鎌首をもたげていることに。
俺は瞬時に頭目に組み付くと、グルリと反転して体勢を入れ替えた。
それは一瞬の出来事だった。
海面を突き破って下から猛然と突き上げてきた黒槍が、頭目の腹に突き刺さり、背中へと貫かれる。
それは本来ならば俺の腹に突き立っているはずだった。
「なっ……かはっ……」
頭目は乾いた声を漏らし、信じられないといった目で自分の腹部に深々と突き刺さった黒槍を見た。
こいつが殺意を瞬間沸騰させたその時に、それに呼応したのか、黒槍が海の中から飛び出してきたのを俺は気付いていたんだ。
黒槍は主人である頭目を助けるために俺を刺し殺そうとしたんだろう。
それを察知した俺は頭目に組み付いてこいつの体に槍が突き刺さるように仕向けたんだ。
上昇してきた黒槍はまんまとご主人様の腹を貫いたってわけさ。
「次に串刺しにされるのは、持ち主であるてめえ自身だったなぁ」
「ぐぅ……き、貴様ぁ。ごふっ」
赤く充血した目を俺に向けて恨み言の一つでもほざこうとした頭目だったが、その口から鮮血が溢れ出て、もう喋ることもままならない。
「楽にしてやるよ」
そう言って俺は奴の腹に突き刺さった黒槍の柄を握ると、力を込めて頭目の体ごと槍を持ち上げた。
腕力が半減していようと、このくらいの芸当はお手のものだ。
「な、何を……ごふっ」
息も絶え絶えの頭目が苦しげに喘ぐのも構わず、俺は槍と奴の体を両手で持って構えた。
「あ、兄貴を放しやがれ!」
「この悪魔野郎!」
頭目の危機に手下どもがたまらず俺の背後から襲いかかってくる。
だが、俺の背中にはティナがいる。
「高潔なる魂」
俺の背中から放射されるティナの神聖魔法によって堕天使どもが蹴散らされる中、俺は前方に見える砦に向かって思い切り槍と頭目を投げつけた。
「くたばっちまえっ!」
高速落下する槍は砦の外壁に突き立ち、頭目を磔にした。
「がはっ!」
「灼熱鴉!」
磔のまま虫の息となっている頭目に向けて、俺が放った炎の鴉は吹き荒れる海風の中を一直線に飛んだ。
そして頭目の体に着火して燃え上がる。
「ごあああああっ!」
ライフゼロ。
ゲームオーバーだ。
頭目の断末魔の悲鳴が響き渡り、その体は燃え尽きて灰となり海風に噴き散らされて消え去った。
頭目を失った周囲の手下どもに動揺が走る。
「あ、兄貴が……」
「そんな……」
その機を見逃す俺じゃねえ。
一番近くにいる奴に飛びかかった俺に、その堕天使はビクッと反応した。
「こっ、この野郎!」
必死の形相で刀を振り下ろす堕天使に対し、俺はその攻撃をかいくぐって相手の懐に潜り込む。
そして左右の拳で派手にワンツーパンチを食らわせ、相手が怯んだところを狙った。
俺はその堕天使の右腕を両手で掴み、伸びきったところに膝蹴りを叩き込んで骨をへし折ってやった。
「いぎゃあああああっ!」
すかさず俺は両の拳を合わせて振り上げると、折れた腕を押さえて悲鳴を上げている堕天使の頭上から振り下ろした。
「がっ!」
堕天使は戦闘不能に陥って海に落下していった。
俺は間髪入れずに次々と手近な堕天使に襲いかかり、同じように足や腕をへし折ってやる。
立て続けに堕天使の悲鳴が響き渡る中、背後で神聖魔法を唱えて敵を倒しているティナが俺を諫めるように言った。
「バ、バレットさん。戦い方が必要以上に暴力的過ぎるのでは? 過剰に相手を痛め付けるのは神の教えに反します」
「ハッ。悪魔の俺に慈悲深く戦えってのか? アホ抜かせ」
それに俺も考えあってのことだった。
俺が堕天使どもを派手に痛め付けていることで、奴らの間に動揺が広がっているのが感じられる。
こいつらはしょせん、ゴロツキの集まりだ。
厳しい訓練によって自制心を身に付けた正規の兵士とは大きく違う。
同じ人数でも統率の取れた軍隊を相手にするより野盗どもを相手にするほうが楽なのは、その戦闘能力の優劣によるところばかりではない。
正規の兵士たちは味方が劣勢に陥っても作戦行動を途中で放棄することはない。
作戦中止の命令が下りない以上、最後の一兵になるまで戦い続けるだろう。
たが、こいつらのようなゴロツキどもは違う。
味方が優勢な時は一致団結して戦うが、劣勢になった途端に頭の中で損得勘定の算盤を弾き始める。
自分だけは生き残ろうとする渇望が生まれ、それが集団の団結の糸を綻ばせる。
俺は自分を取り囲む堕天使の輪の中で一番外側にいる奴らが積極的に俺に向かってこなくなっていることを見抜いていた。
臆病風は伝染する。
本来ならば統率を取る役割を担う頭目がくたばったことで、今のこいつらには指揮系統が存在しない。
一度瓦解すれば立て直すのは容易じゃないだろう。
俺がそうやって敵を1人ずつ痛め付けていく間にも、ティナはせっせと神聖魔法で堕天使どもを撃ち落としていく。
「バレットさんにひどい目にあわされる前に、せめて私が安らかな眠りを」
ケッ。
どこまでも甘い奴だ。
だが、こいつが妙にそうやって張り切っているおかげで堕天使どもの数が見る見る内に減っていく。
俺は素早く敵との距離を詰めて攻撃を繰り出しつつ、ティナが攻撃しやすいよう敢えて敵に背を向けた。
俺もティナも戦ううちに少しずつ互いに呼吸を合わせられるようになっていた。
こいつの神聖魔法を食らった堕天使どもは大きなダメージを受けてショック状態に陥り、海へ落下していく。
いいぞ。
これなら勝利は目前だ。
だが、そう思ったその時、ふいに俺は自分の背中に焼けつくような痛みを感じて顔をしかめた。
な、何だ?
その痛みは増していき、俺は耐え切れずに苦痛の声を漏らした。
「うぐっ……がああっ!」
そこで俺は気が付いた。
俺の背中側から桃色の光が溢れ出してきている。
こ、これは……ティナの神聖魔法が俺の体を蝕んでいるんだ。
「おいっ! ティナ! どうなってるんだ!」
「ち、力が抑えきれなくて……くああああっ!」
ティナの発するまるで雄たけびのような悲鳴が海風の中に響き渡り、俺の視界は桃色の光に包まれていった。
そう言いながら堕天使どもの頭目は殺意のたっぷりと込められた視線を俺に向ける。
俺はその殺意が心地よくて思わず口の端を吊り上げて笑った。
「やる気になったか。そうこなくちゃな。だがせっかくの槍を投げ捨てちまったんじゃ……」
そこで俺は背後に隠れたティナが息を飲む気配を感じて咄嗟に体を捻った。
次の瞬間、俺の脇腹のすぐ近くを長い物体が通過していった。
それはさっき頭目の男が投げた黒槍だった。
黒槍は頭目の手に戻っていき、奴はそれを握り締めると得意気に言う。
「こいつはな。俺の言うことをよく聞く……うおっ!」
そんな口上に付き合ってやるつもりは毛頭なかった。
俺は一瞬で頭目との距離を詰めると、その顔面に拳を突き出した。
頭目は槍を顔面近くに構えてこれを防ごうとするが、俺はフェイントをかけて拳を止める。
瞬時に俺の頭の中に連続技のイメージが浮かんだ。
右肘で相手の胸を打ってから腹に左の中段突き、前のめりになって顎が落ちたところに左肩をぶち当てて顔を跳ね上げ、最後は右の魔刃脚で喉を切り裂いてトドメ。
だが……俺はそのイメージ通りに次々と打撃を打ち込んでいくが、それらはすべて頭目の黒い槍で確実に防がれる。
チッ。
俺は左肩の当て身を防がれたところで連続技を中断して一度後方に下がった。
この野郎。
思ったよりやりやがる。
しかし、何だこの違和感は。
相手の反応に何か奇妙なものを感じて俺は内心で首を捻っていた。
堕天使の頭目は黒槍を握ったまま俺を見据えてその口元を綻ばせる。
「そんなもんか? 口ほどでもないな。串刺しになりな!」
そう言うと頭目は黒い槍を俺の首目掛けて突き出してきた。
俺は半身の体勢でそれを難なくかわす。
こいつ。
防御は見事だったが、攻撃に関しては大したことねえ……。
「ガッ!」
突然、俺の左側頭部に衝撃が走った。
予想外の鋭い痛みに俺は思わず面食らってしまう。
「ぐぅっ……」
余裕を持って避けたはずの槍が俺の左側頭部を打ちやがった。
どうやら当たったのが刃の腹だったのが不幸中の幸いだったが、それでもこめかみの辺りが鈍い痛みとともに出血しているのがよく分かる。
俺は鈍痛に耐えながら即座に攻撃に転じた。
守りに入らずに攻めるべきだ。
だが、俺が連続して繰り出す拳や蹴りを、頭目はことごとくその槍で防ぎやがる。
「ハッハッハ! どうした? 俺をぶちのめすんじゃなかったのか? こんな程度では俺に触れることすら出来んぞ」
頭目は余裕の表情で俺の攻撃を防ぎ、間髪入れずに槍を再び俺に向かって突き出す。
今度こそ俺は油断なくその攻撃をかわした。
だが……突き出された槍の穂先はあり得ない方向に曲がり、俺の眉間を串刺しにしようとする。
俺は咄嗟にそれを白羽取りの要領で両手で挟んで止めた。
「くっ!」
何だこの奇妙な槍は。
金属がまるで飴細工のように自在に曲がりやがる。
俺の様子を楽しむように頭目は言う。
「こいつはな、貴様ら悪魔から奪った戦利品だ。標的を逃がさない貪欲な奴でな。これまでも何人もの腕自慢どもを串刺しにしてきたんだよ。貴様の顔にもデッカイ穴を開けてやるぜ」
ナメやがって。
俺は槍の穂先を挟み込んだままの両手に魔力を集中させて炎を宿らせる。
このふざけた槍を俺の炎で溶かしてやるよ。
そう考えて俺はさらに魔力のギアを上げて両手の炎を強めていく。
高熱化された俺の手がそろそろ金属を溶かすはずだ。
だが……。
「……どういうこった」
十分に高熱化された金属が変形し始める頃合いだというのに、目の前の黒い槍は一向に変化を見せない。
俺が思わず眉を潜める様子を見た頭目はニヤニヤと薄笑みを浮かべた。
「残念だったな。この槍の素材は熱に反応しない。溶かそうとしても……」
「残念なのはてめえの頭だ」
そう言うと俺は目の前で燃え盛る両手の炎に鋭く息を吹き付けた。
すると炎が大きく放射されて、頭目の頭に燃え移った。
「うぎゃああああああっ!」
頭目は突然の引火に取り乱して黒槍を手放した。
馬鹿め。
甘いんだよ!
俺は両手に力を込めて黒槍を眼下の海へと放り投げた。
「オラァッ!」
そして間髪入れずに頭目に襲いかかり、その燃える頭を思い切り殴りつけた。
「がふっ!」
立て続けに俺は左肘で頭目の顎を横から払う。
「ぐえっ!」
苦痛の声を漏らした頭目の口から鮮血が舞い散った。
こいつ、俺の打撃の速度についてこられない。
さっきの黒槍による完璧な防御をした時とは大違いだ。
俺はあの黒槍の奇妙な動きを思い返してピンときた。
「そうか。あの黒槍がてめえを守っていたんだな。三流堕天使」
その言葉に頭目はカッと目を見開き、怒りの形相を見せた。
その殺意が俺の肌を撫でる。
これは絶えずケンカを続けてきた俺だからこそ感じ取れる感覚だった。
敵の殺意の糸がピンと張り詰めるその時、敵は俺を殺すことで胸の内が覆い尽くされ目が曇る。
その一瞬が……今だ!
そして俺は気付いていた。
もう1つの殺意が俺の息の根を止めようとその鎌首をもたげていることに。
俺は瞬時に頭目に組み付くと、グルリと反転して体勢を入れ替えた。
それは一瞬の出来事だった。
海面を突き破って下から猛然と突き上げてきた黒槍が、頭目の腹に突き刺さり、背中へと貫かれる。
それは本来ならば俺の腹に突き立っているはずだった。
「なっ……かはっ……」
頭目は乾いた声を漏らし、信じられないといった目で自分の腹部に深々と突き刺さった黒槍を見た。
こいつが殺意を瞬間沸騰させたその時に、それに呼応したのか、黒槍が海の中から飛び出してきたのを俺は気付いていたんだ。
黒槍は主人である頭目を助けるために俺を刺し殺そうとしたんだろう。
それを察知した俺は頭目に組み付いてこいつの体に槍が突き刺さるように仕向けたんだ。
上昇してきた黒槍はまんまとご主人様の腹を貫いたってわけさ。
「次に串刺しにされるのは、持ち主であるてめえ自身だったなぁ」
「ぐぅ……き、貴様ぁ。ごふっ」
赤く充血した目を俺に向けて恨み言の一つでもほざこうとした頭目だったが、その口から鮮血が溢れ出て、もう喋ることもままならない。
「楽にしてやるよ」
そう言って俺は奴の腹に突き刺さった黒槍の柄を握ると、力を込めて頭目の体ごと槍を持ち上げた。
腕力が半減していようと、このくらいの芸当はお手のものだ。
「な、何を……ごふっ」
息も絶え絶えの頭目が苦しげに喘ぐのも構わず、俺は槍と奴の体を両手で持って構えた。
「あ、兄貴を放しやがれ!」
「この悪魔野郎!」
頭目の危機に手下どもがたまらず俺の背後から襲いかかってくる。
だが、俺の背中にはティナがいる。
「高潔なる魂」
俺の背中から放射されるティナの神聖魔法によって堕天使どもが蹴散らされる中、俺は前方に見える砦に向かって思い切り槍と頭目を投げつけた。
「くたばっちまえっ!」
高速落下する槍は砦の外壁に突き立ち、頭目を磔にした。
「がはっ!」
「灼熱鴉!」
磔のまま虫の息となっている頭目に向けて、俺が放った炎の鴉は吹き荒れる海風の中を一直線に飛んだ。
そして頭目の体に着火して燃え上がる。
「ごあああああっ!」
ライフゼロ。
ゲームオーバーだ。
頭目の断末魔の悲鳴が響き渡り、その体は燃え尽きて灰となり海風に噴き散らされて消え去った。
頭目を失った周囲の手下どもに動揺が走る。
「あ、兄貴が……」
「そんな……」
その機を見逃す俺じゃねえ。
一番近くにいる奴に飛びかかった俺に、その堕天使はビクッと反応した。
「こっ、この野郎!」
必死の形相で刀を振り下ろす堕天使に対し、俺はその攻撃をかいくぐって相手の懐に潜り込む。
そして左右の拳で派手にワンツーパンチを食らわせ、相手が怯んだところを狙った。
俺はその堕天使の右腕を両手で掴み、伸びきったところに膝蹴りを叩き込んで骨をへし折ってやった。
「いぎゃあああああっ!」
すかさず俺は両の拳を合わせて振り上げると、折れた腕を押さえて悲鳴を上げている堕天使の頭上から振り下ろした。
「がっ!」
堕天使は戦闘不能に陥って海に落下していった。
俺は間髪入れずに次々と手近な堕天使に襲いかかり、同じように足や腕をへし折ってやる。
立て続けに堕天使の悲鳴が響き渡る中、背後で神聖魔法を唱えて敵を倒しているティナが俺を諫めるように言った。
「バ、バレットさん。戦い方が必要以上に暴力的過ぎるのでは? 過剰に相手を痛め付けるのは神の教えに反します」
「ハッ。悪魔の俺に慈悲深く戦えってのか? アホ抜かせ」
それに俺も考えあってのことだった。
俺が堕天使どもを派手に痛め付けていることで、奴らの間に動揺が広がっているのが感じられる。
こいつらはしょせん、ゴロツキの集まりだ。
厳しい訓練によって自制心を身に付けた正規の兵士とは大きく違う。
同じ人数でも統率の取れた軍隊を相手にするより野盗どもを相手にするほうが楽なのは、その戦闘能力の優劣によるところばかりではない。
正規の兵士たちは味方が劣勢に陥っても作戦行動を途中で放棄することはない。
作戦中止の命令が下りない以上、最後の一兵になるまで戦い続けるだろう。
たが、こいつらのようなゴロツキどもは違う。
味方が優勢な時は一致団結して戦うが、劣勢になった途端に頭の中で損得勘定の算盤を弾き始める。
自分だけは生き残ろうとする渇望が生まれ、それが集団の団結の糸を綻ばせる。
俺は自分を取り囲む堕天使の輪の中で一番外側にいる奴らが積極的に俺に向かってこなくなっていることを見抜いていた。
臆病風は伝染する。
本来ならば統率を取る役割を担う頭目がくたばったことで、今のこいつらには指揮系統が存在しない。
一度瓦解すれば立て直すのは容易じゃないだろう。
俺がそうやって敵を1人ずつ痛め付けていく間にも、ティナはせっせと神聖魔法で堕天使どもを撃ち落としていく。
「バレットさんにひどい目にあわされる前に、せめて私が安らかな眠りを」
ケッ。
どこまでも甘い奴だ。
だが、こいつが妙にそうやって張り切っているおかげで堕天使どもの数が見る見る内に減っていく。
俺は素早く敵との距離を詰めて攻撃を繰り出しつつ、ティナが攻撃しやすいよう敢えて敵に背を向けた。
俺もティナも戦ううちに少しずつ互いに呼吸を合わせられるようになっていた。
こいつの神聖魔法を食らった堕天使どもは大きなダメージを受けてショック状態に陥り、海へ落下していく。
いいぞ。
これなら勝利は目前だ。
だが、そう思ったその時、ふいに俺は自分の背中に焼けつくような痛みを感じて顔をしかめた。
な、何だ?
その痛みは増していき、俺は耐え切れずに苦痛の声を漏らした。
「うぐっ……がああっ!」
そこで俺は気が付いた。
俺の背中側から桃色の光が溢れ出してきている。
こ、これは……ティナの神聖魔法が俺の体を蝕んでいるんだ。
「おいっ! ティナ! どうなってるんだ!」
「ち、力が抑えきれなくて……くああああっ!」
ティナの発するまるで雄たけびのような悲鳴が海風の中に響き渡り、俺の視界は桃色の光に包まれていった。
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