どうせ俺はNPCだから

枕崎 純之助

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第一章 見習い天使と下級悪魔

第5話 炎の産声

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 あなサソリの毒針を受けて意識を失った見習い天使のティナを肩にかついだまま、俺は洞窟どうくつの中を地上に向けて飛び続けた。
 そんな俺を毒針で刺し貫こうと天井や壁、地面から次々とあなサソリの黒い尾が伸びてくる。
 奴らはオスとメスのつがいで行動しやがるから、この数だと2組程度のつがいが集まってきてやがるな。

 クソどもが。
 俺を獲物にした狩り場のつもりか?
 そんな簡単に狩られてやるかよ。

 俺は頭の中で地上までの最短距離……ではなく、もっとも敵の少ないエリアをしぼり込んで、最小のリスクで地上に出られるルートを描く。
 早々に地上に出て解毒剤を手に入れねえと、この肩にかついだひ弱な見習い天使が毒にやられてくたばっちまう。
 首輪を解除させないまま勝手に死なれてたまるかってんだ。
 俺は思いつく限りの早道を全力で移動する。
 それが功を奏し、20分ほどで俺はあなサソリの攻撃を回避しながら地下11層まで上がることが出来た。

 あなサソリは地下10層より上には出現しない仕様になっている。
 その上まで行けば後はザコだけだ。
 だが……事はそううまくは運んでくれなかった。
 地下11層。
 あと1つ上がればあなサソリの生息領域を抜け出せるところまで来て、俺を待ち構えていたのはフロアを埋め尽くさんばかりの石切コウモリの大群だった。

「こいつら……」

 俺はくちびるを噛んだ。
 石切コウモリはひ弱なザコどもだが、頭は意外と回る。
 下層階での騒ぎを聞きつけて、俺たちがここまで上がってくることを読んで待ち伏せしていやがったんだ。
 まったく忌々いまいましい連中だぜ。
 そして俺が足止めを食らったのを見計みはからったかのように後方の地面が大きく揺らいだ。

「くそっ!」

 俺が飛び上がって空中に逃れると背後の地面が大きく割れて、その中から2体のあなサソリが姿を現した。
 さっきのような尾だけでなく、今度は黒光りする甲殻こうかくを持つ本体がお出ましだ。
 胴体だけで5メートルほどの体長を誇るあなサソリは、巨大なハサミと長い尾を振り上げて襲いかかってきた。

「チッ!」

 俺はティナを抱えたままさらに高度を上げようとしたが、それをはばむように石切コウモリどもが天井付近を埋め尽くすほどに集まってきた。
 このクソども。
 俺をあなサソリのエサにするつもりだな。
 俺とティナが餌食えじきにされるのをショーでも見るように楽しもうって腹積はらづもりかよ。
 自ら手を下そうとしねえところがアタマにくるぜ。

 地をあなサソリどもは長い尾を振り回して俺を叩き落とそうとする。
 俺はティナを抱えたまま空中を飛び回ってこれを避けるが、そんな俺をあざ笑うように見物を決め込む石切コウモリどもがギャアギャアとはやし立てやがる。
 腹立たしい状況だが、俺は2体のあなサソリが振り回す尾を避けながら次の手を考えていた。

 ここから脱出するにはどうするか。
 10層に上がるためのこのフロアの出口付近には、石切コウモリどもがわんさかと集まってやがる。
 あの大群を抜けて強引に突破するのは今の俺には無理だろう。
 そうなると一度下の階に戻ってから別のルートで……。

「うおっ!」

 そこで俺はハッとして咄嗟とっさに空中で体をひねった。
 そんな俺のすぐ脇を3本目となる黒い尾がうなりを上げて空を切った。
 天井から別のあなサソリの尾が襲いかかってきたのだと気付き、俺は舌打ちをする。

「チッ! やっぱりきやがったか」

 上から俺を襲ったのは天井のあなから出てきたあなサソリの尾だ。
 下層階の様子を見る限り、あなサソリが2体だけじゃないことは分かっていたから、何とか対処は出来たが、これが4体5体と出てこられると正直キツイ。
 攻撃が出来ないことがここまでストレスのたまることだとは思わなかったぜ。
 クソッ!

 本体を現した2体と、尾だけで攻撃してくる1体の合計3体のあなサソリの攻撃を避けつつ、いつ襲いかかってくるか分からない4体目以降に備える。
 そんな面倒な状況の中で俺は一旦、下層階に戻るためにさっき入ってきたばかりの入口にとんぼ返りする。
 だが、そんな俺の動きに気付いた石切コウモリどもがその入口をふさごうと動き出した。
 チッ。
 マジで邪魔くさい連中だぜ。

「どけどけどけぇ!」

 俺は石切コウモリどもより早く入口に到達しようと全速力で飛ぶ。
 途中で石切コウモリどもが俺の邪魔をしようと天井付近から急降下してくるが、俺はそいつらを全員振り切って入口に突進した。
 よし!
 これで脱出……!

 だが、そこで俺は目前に迫る入口の中に何かが光るのを見て、咄嗟とっさに体を半回転させた。
 今まさに飛び込もうとしていた入口の中から、光る毒針を突き出した黒い尾が飛び出してきやがったんだ。
 全力で飛んでいた俺は、それをギリギリのところで避けることが出来たが、勢いを止めることが出来ずにそのまま入口脇の壁に激突した。

「くはっ……」

 咄嗟とっさに体の位置を入れ換えて頭から突っ込まないようにしたものの、背中から壁に激突した俺は息が詰まるのを感じて目の前が一瞬暗くなる。
 その衝撃で抱えていたティナを地面に落とした俺は、自分も地面に落下して着地もままならずに倒れた。

「かはっ……ゴホゴホッ」

 クソッ……逃げ道から敵かよ。
 とことんツキがねえ。
 苦しさにあえぎながら俺は立ち上がろうとするが、情けねえことに激突の衝撃で足に力が入らねえ。

 そんな俺の前にさっき避けた尾の持ち主たるあなサソリが歩み出て来て、その黒光りする尾の毒針でトドメを刺そうとねらいを定めてきやがる。
 そして後方から追いかけてきていた2体のあなサソリも俺を取り囲み、その頭上には多くの石切コウモリどもがうごめいていた。

 くそっ。
 囲まれた。
 こりゃいよいよ俺もゲームオーバーか。
 せっかく体の自由を取り戻したってのに、首輪つけられ力を奪われ、挙句あげくにこんなザコどもに殺されるってのは笑い話にしてもつまんねえよ。

 ま、どうせ俺はNPCだから、死んでもコンティニューされるだけだ。
 どうってことはねえ。
 だが問題はこの首輪だ。
 ゲームオーバー後にコンティニューで復活した後もこいつは残るのか?
 そう思って俺が首輪に手をかけたその時、すぐそばで倒れていたティナが目を覚ましたようで、体を震わせながら起き上がった。

「う……うぅ。バ、バレットさん? わ、私……」
「ようやく目を覚ましたか」
「じょ、状況は……」
「見ての通り最悪だ。ゲームオーバー寸前だが、この首輪は俺やおまえが死んだらどうなる?」
「そ、その首輪は……私が解除しない限り、コンティニューによる復活後も装着状態を継続します」

 あなサソリの毒が回りつつあるティナの奴は顔面蒼白で俺を見ると、そう言った。
 チッ……このクソガキ。
 とんでもなく厄介やっかい代物しろものを俺にくれやがったな。

「だから今すぐ……解除を」

 そう言うとティナは俺の首輪に手をかけて解除の続きを始めようとした。
 だが、そんなティナの背後では、あなサソリがその小さな背中を的に定め、今にも尾の先の毒針を振り下ろそうとしている。
 俺は反射的に叫んだ。

「馬鹿野郎! あなサソリに背を向ける奴があるか!」
「本当に……馬鹿ですよね。私、何やってるんでしょうね」
 
 そう言うとティナはフッと笑いやがった。
 毒が回って苦しそうに脂汗あぶらあせをかいてやがるくせに、今まさに命を絶たれようとしているその瞬間にこいつは笑いやがったんだ。
 まったく……天使って奴は……いや、こいつは……このティナは本当にイカれてやがる。
 ワケが分かんねえんだよ。

 そう思うと俺の心にフツフツと怒りが湧き上がってきた。
 このくそったれな見習い天使の行動に、このくそったれな状況に、そして……くそったれな俺自身の弱さに。
 そんな全てが許せなかった。
 そして……怒りに握りしめた拳がワナワナと震えたその時……俺の拳が燃え上がった。
 まるで俺の怒りを表しているかのように左右の拳から唐突に炎がき出したんだ。
 
「こ、こいつは……」

 俺は目を見開いて自分の両拳を見つめた。
 だが、何かを考えているひまはなかった。
 ティナの背中越しにあなサソリの尾が振り下ろされるのが見えたからだ。
 毒針がこの見習い天使ごと俺を串刺しにしようと振り下ろされると同時に、俺はティナの肩越しに得意の飛び道具を放っていた。
 
灼熱鴉バーン・クロウ!」

 いきなりの俺の行動に息を飲んで動きを止めたティナの背後で、俺の両手から放出された紅蓮ぐれんからすあなサソリの尾を焼いた。

「ギィィァァァァァァ!」

 尾を炎に包まれたあなサソリは慌てて地面に尾をこすりつけて火を消そうとしている。
 俺はようやく動くようになった体にむちを打って立ち上がると、ティナの腕を引っ張って強引に後方に下がった。

「下がれ!」
「で、でもまだ解除の途中……」
「いいから下がれ!」

 俺は魔物どもと距離を取るため、ティナを引っ張って後方の壁際まで下がった。
 弱り切ったティナは苦悶くもんの表情で壁に背を預けて座り込む。
 他のあなサソリたちは、仲間が炎に包まれたのを見て警戒したのか、その場から動かずにこちらの様子をうかがっていた。
 天井付近から俺たちを見下ろす石切コウモリらは相変わらずギャアギャアと騒いでいたが、近付いてくる様子はない。
 そんな奴らを無視して俺は自分の両手を見つめた。
 
「どういうわけだ……?」

 こ、攻撃が出来るようになった。
 予期せぬ事態に俺は息を飲む。
 先ほどの拳に宿る炎は見慣れた俺の力だった。
 俺の魔力属性は火だ。
 この体から魔力が炎となってき出し、敵を焼き尽くす。
 だから誰が言い始めたか知らねえが、俺は炎獄鬼えんごくきなどと呼ばれるようになったんだ。

 そして俺の両手の炎に驚いていたのは俺だけじゃねえ。
 ティナの奴も同様だった。

「どうして攻撃が……まさか、さっきの中途半端な解除が有効だったのでしょうか」
「そんなもんおまえに分からなきゃ俺に分かるわけねえだろ」

 首輪ははめられたままだが、俺の両手からき出す炎はまぎれもなく力の証だ。
 俺はそんな自分の拳を見て決意した。
 俺が信じてきたのはいつも自分の拳だ。
 この拳があって自らの足で立ち上がれるなら、やることは1つだった。
 
「奴らを寄せ付けねえように俺が大暴れしてやるから、おまえはそこに寝てやがれ。俺が連中を片付けるまで勝手にくたばるんじゃねえぞ。おまえには俺の首輪の解除っつう重要な仕事が残ってるんだからな」

 そう言うと俺はティナに背を向け、ギャアギャアと騒ぎたてている魔物どもに立ち向かった。
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