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一章 四人の勇者と血の魔王

第65話 光指す道となれ!

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「……は?」

【零久冠巌】脱出直後、アルマが目にしたのは─────赤刃山脈にて争っていた勇者陣営、魔王軍の精鋭達。
 勇者、四天王、帝国軍、そして……聖剣。

「作戦開始─────魔王の器アルマを次元深界へ送り込む!」

 夢の聖剣に乗り、突撃してくるナイズ。思考の時間は用意されていない。

「ッ、【熾光剣レッド・レイ】!」

 瞬時に光の剣を周囲に展開し、紅き輝きを放つ。無数の刃が落ちかけていた夕陽の光を支え、赤刃山脈を照らす。

 ナイズが後退した直後……背筋を撫でるような感覚がアルマを襲う。

「七式─────」

 そして同じくらいに紅蓮の髪を滾らせる剣聖が、存分に剣を振るう。

「【次元断】」

 ナイズが対抗策として実行したのは、次元空間に光の剣を送ってしまうというモノ。

『七代目剣聖の【次元断】─────サヴェル殿が魔力切れの今、あなた達の再現の質にかかっている』

 代償が無くなったのなら、もうルリマが踏みとどまる理由は無い。降り注ぐ剣を全て纏めて────異空間へ送る。空間を横凪に次元の亀裂が走り、輝きが吸い込まれていく。

「見た目はカワイイのに剣を振りゃ父親そっくりになっちまうんだなぁ……んで、ザラちゃん。調子は大丈夫かい」

「全然良くないです。まだ頭がふらふらします」

「ン、じゃあ我慢してがんばろうや。『略式・次元断』は覚えてるよね?」

 ユニークスキルの一部は────本物には劣るものの、技術だけで再現出来るモノがある。
 シャーグが過去にクルグと剣を交え、その度に研究に研究を重ねた結果……彼は次元魔法に剣を乗せ、単に次元魔法を使うよりも効率的に亀裂を発生させる『技術』を生み出した。

「おら……よっと」

「はッ……!」

 確実に原典には勝てない。しかし元が強ければ、模倣出来るだけで大きな武器となる。2人の刀が次元の亀裂を生み、更にアルマの攻撃のルートが狭まれる。

「なら軌道を変えて─────」

 次元の亀裂を避け、光の剣達がうねるように曲がるが……それを阻む闇の弾丸が発射される。

『だが、全てを次元空間に送り切れるとは考えられない。誰か、闇魔法に長けた者はいないか?』

 光魔法を打ち消す最も有効な手段は『闇魔法を当てる』事。そこでナイズが抜擢したのは……空中の傍観者達を見ずに狙い撃つことの出来る、帝国最強の技師。

「次は左だ、ディグマ!」

「了解……!」

 今回、魔法が得意でないディグマが次元の亀裂が取りこぼした光の剣を迎撃する役割なのは────彼が【陰の聖剣】をイメージした、光と正反対の属性の弾丸を発射出来るから。

「せめて一人……誰でもいい、せめて一人でも減らして崩す事が出来れば……!」

 アルマは帝国軍の隊服を纏う2人を狙い定め、小さな光の剣を複数生成し放つ。その一つにより多く魔力を込め、心臓を貫くために──────。

『……何?なるほど、そのようなユニークスキルを持っているのか。では────』

「よ~っと!間に合ったっ!」

「ふんっ……いた、痛ッ!」

 シャーグとザラの前に立ち、その身を以って光の剣を受けたのは四天王マリナメレフとヴァイロ……の分身体。

「くっ……分身とは言えど痛覚は伴うのだぞ!?おいマリナメレフ、貴様がもっと働け!」

「いや、ウチだって痛くない訳じゃないし~……」

「……分身と再生系スキルか、なら……!」

 再びマリナメレフに伸ばした手は血塗れでボロボロで、本気で他人を殴るという感覚を刻んだ血肉だった。
 一瞬の躊躇い。唾を飲み込み、【テイム】を発動─────

『では俺とママロは目眩しを担当する。ママロもそれでいいな?……魔力爆発はもう使うな?……善処しよう』

「……ッ!またあなたですか!」

 アルマの眼前で爆発が起き────夢の聖剣の上に人影が生成される。

「ちょっとナイズ!?それしないって言ったよね!?」

「善処すると言っただけだ。文句を言うなら俺以上に聖剣を扱えるようになってから言ってくれ」

「っ……もう……!」

 ママロは自分の魔法で戦う事がほとんどだったため、聖剣の力を唯一引き出せる勇者ではあるものの、その技術ではナイズに劣っていた。
 つまり不安定な幻覚を見せるくらいなら、ナイズが肉体を四散させた方が効果的。

「じゃあわたしも、【流】で─────」

「水魔法なら、効きませんよ……!!」

 降り注ぐ雨の弾丸は……アルマの身体に接近した瞬間に蒸発する。

(ッ、やっぱりこの技は体力の消耗が大きい……!)

 が、不死鳥の灼熱の権能は傷付いたアルマの身体では長時間耐え切れるものでは無かった。

『……なるほど。ではお前には──────』

「【変紅・熱血ゼストス】」

 血の魔王は手の中で血の形を練り────激しい熱がそこに生まれる。

「【縛赤アペイロン】!」

 掌を突き出し、発射された血液がアルマに命中すると……血液は凝固し、彼の体にまとわりつく。

「身動きが……ッ、血なのに、なんで蒸発しない……!?」

「なに、少し熱くなっただけだ」

『熱血』……つまり熱を帯びるマジストロイの血液は如何なる炎相手でも蒸発することは無い。その血自体が爆炎を巻き起こすことの出来る熱源だからだ。

「これが数の暴力というものだ、魔王の器!」

「くっ……」

 夢の聖剣を突き刺すようにアルマへ突進するが、飛行の権能によってアルマは避ける。ナイズの方向の先は、ロクトが開いた次元深界への穴。

(……穴が閉じ始めている!)

 拘束済み。攻撃も対処出来る。だが触れた瞬間の圧倒的熱量ではナイズでしか触れる事が出来ず、ヴァイロでさえすぐに灰になってしまうであろう炎はナイズの腕では押し切れない。

「あそこに……入れさえすれば良いのだなッ!」

 捕縛していた血の拘束を無理やり操作し、マジストロイは穴へとアルマを引っ張るが─────

「ッ、まだ……まだです、よ……ッ!」

 飛行の権能を最大まで発揮し、アルマはもがく。抗う。

「動かん……ここまで弱っているはずなのに、どこにそんな力が……!」

「僕は……負けない、まだやれる……ッ!」

 ナイズも加勢し、アルマを穴の方向へ押し続けても────動かない。不死鳥の飛行の力は何者にも邪魔されず自由に空を飛ぶ力。縛られようとも傷ついたとしても、彼は飛び続けた。

 が、意思は堅くとも身体は既に限界を迎えていた。

「燃えなくなった……?」

「あ、ぐ……」

 アルマを纏う熱が消え、飛行の勢いも弱まり……ついに位置が穴に向かって進む。

 ──────しかし、穴は既に半分ほどの大きさになっていた。

「ッ、まずい……ここまで来て──────」

 間に合わない。ナイズがどれだけ突き進もうと、マジストロイが必死に血を操ろうとも、場所が離れすぎていた。今もなお続けるアルマのわずかな抵抗もあり……速さが足りなかった。

「……頼む」

『……では、無理にとは言わない。だがもし最後、俺達が失敗しそうだった時は……力になってくれないか』

 縋るのは、一条の光。

「頼む、リェフル殿───────ッ!」

 響くのは、一筋の雷。

「しょうがないなぁ」

 ──────刹那。アルマの視界が白に覆われる。

(なんだ、これ。白い……白?……違う、光だ!眩しすぎてなにも見えなくなるほどの……ッ!)

 一瞬だった。アルマを覆う熱さえなければ簡単な話だった。リェフル・サンヴァリアブルという雷からすれば……次元深界への距離など一秒の半分もかからない。

 ナイズが不安に感じたのは、彼女が頼みに応じてくれるかどうか。【テイム】という完全に生態系の上位に君臨するスキルに対して、リェフルは本能的に恐れを感じていた。その才能を開花させた今のアルマには近づく事すら嫌悪感を抱く彼女は、アルマを運んでいるこの瞬間も間違いなく吐き気に苛まれている。

(でもまぁ……)

 最後の瞬間。現れた自分に対しての全員の『勝った』という安堵の表情。

(あたしの力を信じてくれてるっていう気分は悪くないかな)

 満足感のまま─────リェフルは飛び込んだ。
 深い闇。英雄の墓場。彼女が辿り着けるはずのない場所へ。






(……なんだろ、ここ)

「─────よくやった、友よ!」

「……へ、あたしの事?」

「君は……雷の勇者かな?ご苦労さま、後は私に任せてくれ」

 最初に聞こえたのは、男とも女とも判別のできない声。礼服を纏うその魔族にアルマは吸い寄せられて行く。

(うわ、なんかデカいゴーレムもいるし……なんなのここ)

 リェフルがその魔王2人と『もう1人』を見た瞬間─────完全に思考が止まった。

(…………え)

 いるはずのない存在。もう二度と出会えるはずのない者がそこにいたのだ。

「……リ、リ、リェフルちゃん?」

「──────」

 声にならない叫びが喉を通る。

「リェフルちゃん……だよね?」

「────は?え、あ……え、は?」

 彼女のことを言えないくらいに言葉が出ない。

「す、すごいよ!ほ、本当に─────勇者になれたんだね!」

「え……な、んで─────」

 手を伸ばす。だが巨人の手は高く、『あの子』がいる場所には届かない。それでも彼女は止まらない。『何故?』という追求の感情を、『言わなければいけない』という強い感情が上書きする。

「あ、あ……あたし……あたし……!」

 震えた足は跳べない。走れない。一歩一歩踏み締め……さらに手を伸ばす。

「ずっと謝りたかった……ごめんって……許してもらえるわけないのに、でも……ずっと……!」

「だ、大丈夫だよ!わ、私がね、ただ、我慢できなくなっちゃった……だけだから」

「でも……」

「それに……わ、私がその、死んじゃえば……み、みんなもリェフルちゃんに悪い事しなくなるかも、って……あ、あぁ違くて、私が逃げたくてそう考えた事だから、気にしないで……」

「……」

「じ、じゃあ……これからも、が、頑張って生きてほしい!あ、えっと、頑張りすぎるのも良くないから……ほ、ほどほどって感じで……」

「……」

「そ、その……私の分まで……?」

「……ぁ──────」

 リェフルが口を開いた瞬間、紺碧の手腕が勢いよく彼女の横を通り抜け……狭まろうとする次元の穴を抑えた。

「さぁ、もう処置は終わった。……帰りなさい、君のいるべき世界へ」

 意識を失ったアルマと、呆然と亡霊を見つめるリェフルを力の魔王は優しく包み、抑え込んでいる穴へ近付ける。

「ま、待って……っ!」

 伸ばした手はやはり、届かない。

「─────ッ!!」

「!」

 もう来ないあの日、呼びたかった名を叫ぶ、

「……じゃあね、リェフル」

 茶色の耳が揺れ、彼女は微笑んだ。次元間の境界が不安定に騒めく。騒音とも静寂とも言える音のようなもの、混沌とも暗闇とも言える景色、脳を包む妙な感覚は────リェフルが赤刃山脈に帰ってきた瞬間に消えた。

 まるでさっきまでの出来事が夢だったかのように。

「よくやってくれた、リェフル殿!」

「しかしこれは……成功なのか?ナイズよ……」

「分からない、が……ママロ、ロクト殿の治療は?」

「応急処置は終わった。その子も治せばいいのね?」

「あぁ、頼む」

 頭の中が真っ白なままのリェフルを置いて、周囲は忙しなく動く。彼女に労いや称賛の言葉を浴びせたり、怪我人の治療をしたり、勝利を喜んだり─────あるいは、彼女と目を合わせる者もいた。

「リェフル」

「……」

「水を差すような事は言いたくないのだけど……あなたが魔界の転覆を狙っていた事は放って置けない」

「……」

「本気なら止める。止まらなかったら動けなくなるまで叩く」

「……」

「あの……聞いてる?」

「え……あぁ、ごめん」

 風が少し、さっきより潤いを帯びていたような気がした。

「なんかもう────どうでもいいや」



ーーーーーーー


多分次回が一章最終話です。
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