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一章 四人の勇者と血の魔王
第64話 おもひでぼこぼこ
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【虚の魔王】レナ・ブレイヴ・ラグナフォートは直接的な戦闘を行わない。全ての敵は固有魔法による闇で飲み込んで消し去ってしまうため、ほとんどの者が彼女の力の底を知らない。
唯一知るのは……彼女の仲間だけ。
「何のつもりだ、レナ。私はただ勇者達の戦いを見届けたいだけだったのだが」
「そうですか。ならサクラちゃんを殺してしまう必要はありませんね」
「いつまで子供のままでいるつもりだ?お前を守ってくれる者は……剣磨はもういない」
「お喋りがお好きなようで」
レナが再び固有媒介を生成しようとした時、二人の間に入ったのは白い狼だった。
「馬鹿女が……ここは街の近くであり、我らが主の眠る地。この戦いが無駄でも有益でも、どちらにせよ貴様は今すぐここから立ち去れ」
レナがいた場所……勇者の爪痕へ、ルタインとポチは闇によって運ばれていた。
「……ポチがそう言ってますよ、ルタイン」
「言われているのはお前の方だろう。大体─────あの魔王の器。貴様がアレを野放しにしたのがそもそもの原因だ」
「考え無しにした訳じゃありませんよ」
「ほう?お前が何かを考えて行動するとは。これは驚いた」
「ルタイン……貴様もいちいち煽るような言葉を使うな」
「ほう、ポチから注意を貰うとは!……いやすまない。大賢者という立場上、どんな無能を相手にしても感情を表に出さないものでな。お前達と話すとその分のストレスが放出してしまう。子供相手には少し大人気ない事を言ってしまったな」
「はぁ、何から何まで鼻につきますねあなたは……」
面倒臭さで吐いたため息に、レナは1000年続けて来たこの無駄な会話に予定調和の安心感を抱いていた。
「─────マジストロイ君への試練、みたいな」
「試練?」
「はい。あの魔王の器の子は……」
「わざわざそう呼ぶのは長い。ルタイン、魔法協会はあの小僧をなんと呼ぶ事にしたのだ?」
「正式に『統率者』になっていない上に、力を発現させて間もないため会議すら行っていないが……あぁ、【人の魔王】。私が勝手に思いついたものだがこれで良いだろう」
「ふふふ、ピッタリですね。彼は『集合意識』が産んだ傑作です」
笑みを浮かべながらも、レナの声色には怒りのようなものが含まれていた。
「【刃の魔王】は諦めずに魔族以外を滅ぼすための魔王を創り続けていたんです。その結果が聖剣に適合出来るマジストロイ君と、人族と全く同じ姿をした【人の魔王】」
「ならすぐ殺すべきだっただろう」
「良い機会だと思ったんですよ……あの子は普通の人族と身体的構造は同じでした。支配系能力に優れているだけでほぼ人です。そしてマジストロイ君は私の教育の影響で少し、人間の事を『良い存在』だと思いすぎていました。なので─────」
「その人間そっくりのアルマ・ウェルトシードをライバルとして出現させ、マジストロイに考える機会を与える、という狙いか」
「フン……気に入らん考え方だ」
「駄犬の理解なんか要りません」
「動機は分かった、つまり─────」
人差し指を立て、ルタインは眼鏡の位置を調整して言った。
「【人の魔王】に干渉した『災害』が悪い」
「まぁ、それはそうだが」
「いえ─────そうとも言えないでしょう」
レナがルタインに向けて送る冷たい視線に……狼はきょとんとさせた眼差しで二人を交互に見ることしか出来なかった。
「私は人の魔王に封印をしていません」
「……」
「私があの子を見逃した後─────あなたが彼の力を封じ込めたのではないですか?」
「……フフ、フハハハ……成長したじゃないか、レナ。自分の頭で考える事が出来るようになったのだな」
「そういうのいいですから。……何故そんな事をしたのですか」
ルタインは上がっていた口角を徐々に下げ……疲れ切ったような生気のない顔のまま口を開いた。
「力を持つ者が『人』の社会に溶け込むのはまず不可能だ」
「……社会?」
「だが既に社会に溶け込んでいた者が急に巨大な力を持った時……どうなる?」
「何が言いたいのですか」
「剣磨と同じだ。社交的な生命が突然強大な力を押し付けられる事による変化を私は実験した──────お前が見逃した魔王の器を使って」
レナの顔が強張り、ポチの毛が逆立とうともルタインは口を閉じなかった。
「最初は順調だった。不遇職テイマーとして生きていた彼は溶け込みつつも平均以下の扱いを受けている……まさに完璧な状態だった。─────が、上手くいかないのが現実だ。私もまだ経験不足な事を実感した……とあるイレギュラーが起きた」
「イレギュラー?」
「西の勇者ロクト・マイニングがアルマ・ウェルトシードと接触した」
額に手を当て、苦笑いしながらルタインはため息をつく。
「アルマ少年にはもっと平凡な、もしくは少し上位層のパーティに入って欲しかった。……つくづく読めない男だ、ロクトは。私の計画は崩れ、アルマ少年は勇者パーティという明確な場所を見つけ、しかもそこは通常の社会とはかけ離れた英雄の居場所だ」
「そうは言ってますけど、ならスプトにアルマ君を行かせなければ良かったじゃないですか」
「フハハ……勇者が旅の途中に寄った一つの街で数ヶ月過ごすなど誰が考える?てっきり出ていくものだと思っていてな」
「それは確かに予想出来ませんね……」
「だが、そこで私は剣磨が言っていた『ある言葉』を思い出した──────」
「「!!」」
レナとポチ、両方の身体がピクンと跳ねる。『ケンマ』という響きに反射で反応してしまうのだ。
「『やっぱさ、ルタインもオレのパーティから追放した方が強くなんのかな?』……という言葉だ」
「「……は?」」
「どうやら剣磨の世界の物語で鉄板の流れらしくてな、勇者パーティから追放された者は何故かその先の人生がトントン拍子で上手くいくらしい」
「う、それ……我は覚えているかもしれない……そんな事言ってたかもしれん……!!」
「え!?ちょっと、私覚えてないんですけど!?」
「元々の私の実験も剣磨の言う『チート能力』がどれだけ社会に影響を及ぼすかを試したかったモノだった。丁度良いと思った私は──────彼をロクトのパーティから無理矢理追放させた」
元魔王と神狼の冷たい視線を感じながら、大賢者はペンを書くジェスチャーを大袈裟に行う。
「グランドギルドマスターからの手紙を装って追放命令をロクトへ出した。従わなかった場合は無理に洗脳魔法を使うつもりだったくらい、興味を持っていたが……意外にも彼は命令に従った」
「ほんっとあなたは人の心無いですね」
「主から何を学んだのだ貴様は」
「魔王と犬が人の心を語っている光景にエルフは驚きが隠せないな。……とにかく、だ。私の実験の目的は理解してもらえただろう?結局の所、それが災害によって台無しになってしまった事も……」
ルタインが『まぁ最後は災害が悪いよね』という結論に着地させたがっているのはレナも分かっていたが、話を聞いてしまっては納得する他無かった。
「……じゃあどうするんですか、サクラちゃんは」
「……」
「せっかくまた会えたのに、せっかく幸せそうに生きていたのに……アイツらのせいで全部台無しになるなんて、そんなの……」
「『気まぐれ』……それが災害というモノであろう。主ならば『来訪者』と『捕食者』辺りは倒せたかもしれないが……我らにはどうする事も出来ん」
「──────いや、待て」
顎に手を当てながら、ルタインは右の手のひらで二人に静止を促す。行動と結論、どちらにも待っていて欲しかったからだ。
「奴の……流浪者の行動基準を考えるなら───────」
ー ー ー ー ー ー ー
『ち、ちゃんと索敵も出来ますっ!スライムに運ばせれば荷物運びだって……』
『ほ、本当です!出来るんです……』
『……ダメ、ですか』
可哀想な奴がいた。俺が勝手に可哀想とか言うのはちょっとアレだけど、それでも許されるくらいには誰が見ても可哀想な奴が。
でも何故か─────そいつを見てると心がザワつく。きっとパーティの加入を断って来た奴らも、どことなく感じてたんだと思う。……魔王の器としての『災害』の気配みたいなものを。
でも俺は求めた。勇者としての闘争本能か、それともサヴェルとゴルガスという英雄二人に囲まれた状況に俺が見下せる弱者が欲しかったのか。
その二つじゃあない気がする。だってあの時、話しかけた時─────
『え、あ、え……勇者様!?ぼ、ぼぼ僕に何か……あれ、僕なんかまずい事しちゃったり……』
そいつを仲間に誘おうなんて気は微塵もなかったから。適当に良いパーティ紹介して、颯爽とカッコよく立ち去ろうとしてただけなのに……。
『ど……どうかしましたか……?』
捻くれているはずの俺を見るアルマの眼差しが、酷く真っ直ぐだった。あいつの目に映るのを通して見る俺は幾分かマシに見えた。
そう、だから多分、理由は深くも浅くもなくて。明確に言語化する必要も無くて。
あの日に俺とアルマが出会えた偶然─────きっとそれだけが重要なんだ。
「……あ」
朦朧とする意識。ぼやける視界にアルマが映る。
「はぁ、はぁ……これさえ、抜けば─────」
「させる、かよォ!!」
すぐさま肩からアルマに突進を仕掛けるが……俺は見てしまった。
岩の聖剣が─────動いた。
「ぐっ……あッ、う……ふふ、そろそろ、じゃないですか……?」
「……みたいだな」
俺の身体からは光の剣によって生まれた切り傷が何度も繰り返された衝突で抉られ、開かれ、血を大量に放出していた。
アルマもアルマで、元から華奢な身体だったから……結構な数の骨が折れてるとは思う。
限界は近い。
「……もうやめましょうよ」
「あ?」
「分かってるでしょう……何を企んでいるかは分かりませんが、あなたの目的は僕をここに留まらせる事。そして僕はここから出たい……つまり最終的にこの空間から脱出する事になるとしたら、僕が岩の聖剣を引き抜く形でしかあり得ないんです」
「……なんでだよ」
「ロクトさんが僕を殴り殺した後にスキルを解除、なんてする訳無いじゃないですか」
バカみたいに真っ直ぐ、アルマは聖剣へと向かう。俺はバカみたいに真っ直ぐ受け止め……俺たちは互いに互いの血飛沫を浴びながら、剥き出しになった骨を殴り合う。
「あぁ、ぐ……あああ!!どうして……通して、くださいよッ!」
「そう言われ、て……通す奴がいるかよ……!」
髪を掴み、腹を蹴り、腕を踏み、顔を殴る。
「もう……嫌なんでずよッ!!これ以上……あなたを傷付けたくない」
「は、ははは……言っちまったなアルマァ。傷付けたくないなら俺を殺すなんて到底無理じゃねーかァ!?」
「…………それは」
ピタッとアルマの動きが止まり……痛みとは別のように見える苦悶に表情が歪んだ。
「……分からない、んです。あなたを殺さなければいけないっていう何かが心の中にあって……でもあなたを殺したくない意思は僕の中で絶対で───────」
血と汗でぐちゃぐちゃになっているアルマは……もう自己の矛盾で頭がイカレるような事はないようだ。
涙を垂れ流す瞳が二つ、俺を貫く。
「あなたは……恐ろしいほどに『自分優先』な人間です」
「……」
「自分が好きな物は手に入れたいし、自分が嫌いな物は遠ざけたい。それが顕著で分かりやすい」
「……あぁ」
「だからこそあなたは──────『自分が好きな人には笑っていて欲しい』と願っている!常に自分自身のために他人を思い続けている!」
「……」
「バカはロクトさんの方ですよ。どこかで折り合いを付けないと損をする生き方なのに……分かっているのに隣人の不幸に共感してしまう。こんな僕とまた笑うために血塗れになってる……そうでしょ?」
「大した自信じゃねーか、言ってて恥ずかしくないのかよ」
「恥ずかしいに決まってるじゃないですか」
「ギャハハ、なんだよアルマ。女は口説きまくってる癖に──────」
視界が
……揺ら、ぐ。
前が見え な
い──
───
──。
「……始めから勝敗は決まっていました。本気で殴りかかれる僕と、負傷済みで手加減までしてしまうロクトさん。拳で語り合おうとか言っといて……やっぱりあなたは甘い時はとことん甘い」
「あ……ぅ……あ─────」
「……けほっ、がはっ!ゔ……でも、ロクトさん。僕達は……ようやく分かり合えた……のかな。でも理解し合えてなかったって訳でもなかった」
「お……あ……う─────」
「……もう、行きますね。今もまだ矛盾で心の中はぐちゃぐちゃだけど……前に進まなきゃ」
「……あ、るま……!」
振り絞って、意識を強く持って─────これが最後だって、あと少し耐えるために……拳を握る。
「俺は──────勇者……だ……」
「……えぇ、はい」
スルスルと聖剣は地面という鞘から抜かれ、この空間を覆っていた夜の闇が晴れてゆく。
【零久冠巌】が終わる。俺の精神に喧騒が蘇り──────赤刃山脈の空っ風が傷口を引っ掻いた。
そして俺は呟く。期待に応えてくれたその男に微笑みながら。
「────【コネクション】」
ボロボロの人差し指を次元の穴に向けて伸ばし────。
「ア……ルマを、あそ、こに…………!」
「承った」
閉じる瞼。最後に見えたのは、空を駆る夢の聖剣の光だった。
落ちる意識の中、最後に聞こえたのは──────
「後は……任せてくれ」
ーーーーーーーーー
読んでくれてありがとう。もうすぐ一章が終わります。二章に行くまでに少し過去編を挟みます。
唯一知るのは……彼女の仲間だけ。
「何のつもりだ、レナ。私はただ勇者達の戦いを見届けたいだけだったのだが」
「そうですか。ならサクラちゃんを殺してしまう必要はありませんね」
「いつまで子供のままでいるつもりだ?お前を守ってくれる者は……剣磨はもういない」
「お喋りがお好きなようで」
レナが再び固有媒介を生成しようとした時、二人の間に入ったのは白い狼だった。
「馬鹿女が……ここは街の近くであり、我らが主の眠る地。この戦いが無駄でも有益でも、どちらにせよ貴様は今すぐここから立ち去れ」
レナがいた場所……勇者の爪痕へ、ルタインとポチは闇によって運ばれていた。
「……ポチがそう言ってますよ、ルタイン」
「言われているのはお前の方だろう。大体─────あの魔王の器。貴様がアレを野放しにしたのがそもそもの原因だ」
「考え無しにした訳じゃありませんよ」
「ほう?お前が何かを考えて行動するとは。これは驚いた」
「ルタイン……貴様もいちいち煽るような言葉を使うな」
「ほう、ポチから注意を貰うとは!……いやすまない。大賢者という立場上、どんな無能を相手にしても感情を表に出さないものでな。お前達と話すとその分のストレスが放出してしまう。子供相手には少し大人気ない事を言ってしまったな」
「はぁ、何から何まで鼻につきますねあなたは……」
面倒臭さで吐いたため息に、レナは1000年続けて来たこの無駄な会話に予定調和の安心感を抱いていた。
「─────マジストロイ君への試練、みたいな」
「試練?」
「はい。あの魔王の器の子は……」
「わざわざそう呼ぶのは長い。ルタイン、魔法協会はあの小僧をなんと呼ぶ事にしたのだ?」
「正式に『統率者』になっていない上に、力を発現させて間もないため会議すら行っていないが……あぁ、【人の魔王】。私が勝手に思いついたものだがこれで良いだろう」
「ふふふ、ピッタリですね。彼は『集合意識』が産んだ傑作です」
笑みを浮かべながらも、レナの声色には怒りのようなものが含まれていた。
「【刃の魔王】は諦めずに魔族以外を滅ぼすための魔王を創り続けていたんです。その結果が聖剣に適合出来るマジストロイ君と、人族と全く同じ姿をした【人の魔王】」
「ならすぐ殺すべきだっただろう」
「良い機会だと思ったんですよ……あの子は普通の人族と身体的構造は同じでした。支配系能力に優れているだけでほぼ人です。そしてマジストロイ君は私の教育の影響で少し、人間の事を『良い存在』だと思いすぎていました。なので─────」
「その人間そっくりのアルマ・ウェルトシードをライバルとして出現させ、マジストロイに考える機会を与える、という狙いか」
「フン……気に入らん考え方だ」
「駄犬の理解なんか要りません」
「動機は分かった、つまり─────」
人差し指を立て、ルタインは眼鏡の位置を調整して言った。
「【人の魔王】に干渉した『災害』が悪い」
「まぁ、それはそうだが」
「いえ─────そうとも言えないでしょう」
レナがルタインに向けて送る冷たい視線に……狼はきょとんとさせた眼差しで二人を交互に見ることしか出来なかった。
「私は人の魔王に封印をしていません」
「……」
「私があの子を見逃した後─────あなたが彼の力を封じ込めたのではないですか?」
「……フフ、フハハハ……成長したじゃないか、レナ。自分の頭で考える事が出来るようになったのだな」
「そういうのいいですから。……何故そんな事をしたのですか」
ルタインは上がっていた口角を徐々に下げ……疲れ切ったような生気のない顔のまま口を開いた。
「力を持つ者が『人』の社会に溶け込むのはまず不可能だ」
「……社会?」
「だが既に社会に溶け込んでいた者が急に巨大な力を持った時……どうなる?」
「何が言いたいのですか」
「剣磨と同じだ。社交的な生命が突然強大な力を押し付けられる事による変化を私は実験した──────お前が見逃した魔王の器を使って」
レナの顔が強張り、ポチの毛が逆立とうともルタインは口を閉じなかった。
「最初は順調だった。不遇職テイマーとして生きていた彼は溶け込みつつも平均以下の扱いを受けている……まさに完璧な状態だった。─────が、上手くいかないのが現実だ。私もまだ経験不足な事を実感した……とあるイレギュラーが起きた」
「イレギュラー?」
「西の勇者ロクト・マイニングがアルマ・ウェルトシードと接触した」
額に手を当て、苦笑いしながらルタインはため息をつく。
「アルマ少年にはもっと平凡な、もしくは少し上位層のパーティに入って欲しかった。……つくづく読めない男だ、ロクトは。私の計画は崩れ、アルマ少年は勇者パーティという明確な場所を見つけ、しかもそこは通常の社会とはかけ離れた英雄の居場所だ」
「そうは言ってますけど、ならスプトにアルマ君を行かせなければ良かったじゃないですか」
「フハハ……勇者が旅の途中に寄った一つの街で数ヶ月過ごすなど誰が考える?てっきり出ていくものだと思っていてな」
「それは確かに予想出来ませんね……」
「だが、そこで私は剣磨が言っていた『ある言葉』を思い出した──────」
「「!!」」
レナとポチ、両方の身体がピクンと跳ねる。『ケンマ』という響きに反射で反応してしまうのだ。
「『やっぱさ、ルタインもオレのパーティから追放した方が強くなんのかな?』……という言葉だ」
「「……は?」」
「どうやら剣磨の世界の物語で鉄板の流れらしくてな、勇者パーティから追放された者は何故かその先の人生がトントン拍子で上手くいくらしい」
「う、それ……我は覚えているかもしれない……そんな事言ってたかもしれん……!!」
「え!?ちょっと、私覚えてないんですけど!?」
「元々の私の実験も剣磨の言う『チート能力』がどれだけ社会に影響を及ぼすかを試したかったモノだった。丁度良いと思った私は──────彼をロクトのパーティから無理矢理追放させた」
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「ほんっとあなたは人の心無いですね」
「主から何を学んだのだ貴様は」
「魔王と犬が人の心を語っている光景にエルフは驚きが隠せないな。……とにかく、だ。私の実験の目的は理解してもらえただろう?結局の所、それが災害によって台無しになってしまった事も……」
ルタインが『まぁ最後は災害が悪いよね』という結論に着地させたがっているのはレナも分かっていたが、話を聞いてしまっては納得する他無かった。
「……じゃあどうするんですか、サクラちゃんは」
「……」
「せっかくまた会えたのに、せっかく幸せそうに生きていたのに……アイツらのせいで全部台無しになるなんて、そんなの……」
「『気まぐれ』……それが災害というモノであろう。主ならば『来訪者』と『捕食者』辺りは倒せたかもしれないが……我らにはどうする事も出来ん」
「──────いや、待て」
顎に手を当てながら、ルタインは右の手のひらで二人に静止を促す。行動と結論、どちらにも待っていて欲しかったからだ。
「奴の……流浪者の行動基準を考えるなら───────」
ー ー ー ー ー ー ー
『ち、ちゃんと索敵も出来ますっ!スライムに運ばせれば荷物運びだって……』
『ほ、本当です!出来るんです……』
『……ダメ、ですか』
可哀想な奴がいた。俺が勝手に可哀想とか言うのはちょっとアレだけど、それでも許されるくらいには誰が見ても可哀想な奴が。
でも何故か─────そいつを見てると心がザワつく。きっとパーティの加入を断って来た奴らも、どことなく感じてたんだと思う。……魔王の器としての『災害』の気配みたいなものを。
でも俺は求めた。勇者としての闘争本能か、それともサヴェルとゴルガスという英雄二人に囲まれた状況に俺が見下せる弱者が欲しかったのか。
その二つじゃあない気がする。だってあの時、話しかけた時─────
『え、あ、え……勇者様!?ぼ、ぼぼ僕に何か……あれ、僕なんかまずい事しちゃったり……』
そいつを仲間に誘おうなんて気は微塵もなかったから。適当に良いパーティ紹介して、颯爽とカッコよく立ち去ろうとしてただけなのに……。
『ど……どうかしましたか……?』
捻くれているはずの俺を見るアルマの眼差しが、酷く真っ直ぐだった。あいつの目に映るのを通して見る俺は幾分かマシに見えた。
そう、だから多分、理由は深くも浅くもなくて。明確に言語化する必要も無くて。
あの日に俺とアルマが出会えた偶然─────きっとそれだけが重要なんだ。
「……あ」
朦朧とする意識。ぼやける視界にアルマが映る。
「はぁ、はぁ……これさえ、抜けば─────」
「させる、かよォ!!」
すぐさま肩からアルマに突進を仕掛けるが……俺は見てしまった。
岩の聖剣が─────動いた。
「ぐっ……あッ、う……ふふ、そろそろ、じゃないですか……?」
「……みたいだな」
俺の身体からは光の剣によって生まれた切り傷が何度も繰り返された衝突で抉られ、開かれ、血を大量に放出していた。
アルマもアルマで、元から華奢な身体だったから……結構な数の骨が折れてるとは思う。
限界は近い。
「……もうやめましょうよ」
「あ?」
「分かってるでしょう……何を企んでいるかは分かりませんが、あなたの目的は僕をここに留まらせる事。そして僕はここから出たい……つまり最終的にこの空間から脱出する事になるとしたら、僕が岩の聖剣を引き抜く形でしかあり得ないんです」
「……なんでだよ」
「ロクトさんが僕を殴り殺した後にスキルを解除、なんてする訳無いじゃないですか」
バカみたいに真っ直ぐ、アルマは聖剣へと向かう。俺はバカみたいに真っ直ぐ受け止め……俺たちは互いに互いの血飛沫を浴びながら、剥き出しになった骨を殴り合う。
「あぁ、ぐ……あああ!!どうして……通して、くださいよッ!」
「そう言われ、て……通す奴がいるかよ……!」
髪を掴み、腹を蹴り、腕を踏み、顔を殴る。
「もう……嫌なんでずよッ!!これ以上……あなたを傷付けたくない」
「は、ははは……言っちまったなアルマァ。傷付けたくないなら俺を殺すなんて到底無理じゃねーかァ!?」
「…………それは」
ピタッとアルマの動きが止まり……痛みとは別のように見える苦悶に表情が歪んだ。
「……分からない、んです。あなたを殺さなければいけないっていう何かが心の中にあって……でもあなたを殺したくない意思は僕の中で絶対で───────」
血と汗でぐちゃぐちゃになっているアルマは……もう自己の矛盾で頭がイカレるような事はないようだ。
涙を垂れ流す瞳が二つ、俺を貫く。
「あなたは……恐ろしいほどに『自分優先』な人間です」
「……」
「自分が好きな物は手に入れたいし、自分が嫌いな物は遠ざけたい。それが顕著で分かりやすい」
「……あぁ」
「だからこそあなたは──────『自分が好きな人には笑っていて欲しい』と願っている!常に自分自身のために他人を思い続けている!」
「……」
「バカはロクトさんの方ですよ。どこかで折り合いを付けないと損をする生き方なのに……分かっているのに隣人の不幸に共感してしまう。こんな僕とまた笑うために血塗れになってる……そうでしょ?」
「大した自信じゃねーか、言ってて恥ずかしくないのかよ」
「恥ずかしいに決まってるじゃないですか」
「ギャハハ、なんだよアルマ。女は口説きまくってる癖に──────」
視界が
……揺ら、ぐ。
前が見え な
い──
───
──。
「……始めから勝敗は決まっていました。本気で殴りかかれる僕と、負傷済みで手加減までしてしまうロクトさん。拳で語り合おうとか言っといて……やっぱりあなたは甘い時はとことん甘い」
「あ……ぅ……あ─────」
「……けほっ、がはっ!ゔ……でも、ロクトさん。僕達は……ようやく分かり合えた……のかな。でも理解し合えてなかったって訳でもなかった」
「お……あ……う─────」
「……もう、行きますね。今もまだ矛盾で心の中はぐちゃぐちゃだけど……前に進まなきゃ」
「……あ、るま……!」
振り絞って、意識を強く持って─────これが最後だって、あと少し耐えるために……拳を握る。
「俺は──────勇者……だ……」
「……えぇ、はい」
スルスルと聖剣は地面という鞘から抜かれ、この空間を覆っていた夜の闇が晴れてゆく。
【零久冠巌】が終わる。俺の精神に喧騒が蘇り──────赤刃山脈の空っ風が傷口を引っ掻いた。
そして俺は呟く。期待に応えてくれたその男に微笑みながら。
「────【コネクション】」
ボロボロの人差し指を次元の穴に向けて伸ばし────。
「ア……ルマを、あそ、こに…………!」
「承った」
閉じる瞼。最後に見えたのは、空を駆る夢の聖剣の光だった。
落ちる意識の中、最後に聞こえたのは──────
「後は……任せてくれ」
ーーーーーーーーー
読んでくれてありがとう。もうすぐ一章が終わります。二章に行くまでに少し過去編を挟みます。
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「どうせならこの森で1番派手にしようか――」
そこから更に8年――。
18歳になったグリムは何故か辺境の森で最強の『双剣士』となっていた。
「やべ、また力込め過ぎた……。双剣じゃやっぱ強すぎるな。こりゃ1本は飾りで十分だ」
最強となったグリムの所へ、ある日1体の珍しいモンスターが現れた。
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特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
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第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
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どうも、命中率0%の最弱村人です 〜隠しダンジョンを周回してたらレベル∞になったので、種族進化して『半神』目指そうと思います〜
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