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一章 四人の勇者と血の魔王

第60話 一瞬の仮眠は未来への片道切符であり時間跳躍列車の乗り心地が最高である事も知れる

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「ぶち殺し!チャ~ンスだよね~ッ!」

 粘液を雷によって焼き焦がした雷の聖剣がリェフルの元へ吸い込まれるように飛行し、彼女の身体を守る鎧に戻る。

「わお、エッチな格好になっちゃった」

「全裸よりはマシよ」

「分かってないねルリマ。着てる方がクるってのもあるんだよ」

 服が全て焼け焦げたリェフルは、鎧が隠していない胸部、腹部や太腿の素肌が露出した状態となっている。
 準備万端、獲物を狩る態勢となった獣の眼光が2人の魔物を射抜く。

「ここは素直に【雷迅】」

 矢のように速く、鋭く獣人の少女は地面を蹴り、平行に飛んでいく。2人の魔物が『こっちへ向かってくる』と認識した瞬間、既にリェフルは拳を叩き込める距離に迫っていた。

「そして【雷剛】」

「ッ、スロウ!」

「うん……!」

 粘液と糸はリェフルの拳を絡めとるために発射される、が……リェフルの速さには追いつかない。2方向から来ようと、速ければかわすのは容易だった。

「【雷装】分離版……ってね」

 鎧となった聖剣の欠片を空中に浮遊させ、それを踏むことで────壁や天井が無い場所でも【雷迅】の連続使用が可能になる。

 多方向へ行き交い、ぶつかり────加速したリェフルの一撃がキュールカへ直撃する。

「ぐっ……!」

 攻撃は止まない。粘液の溜まりや粘着する糸のネットが張られていたとしても、それを避けるために大きく旋回して……それでも時間が余るほど、リェフルの速さに魔物はついていけなかった。

「……まずい」

 その光景に────ルリマは冷や汗を全身から流す事しかできなかった。震える膝と手が告げている……『これ以上魔剣を使用してはならない』と。

「ここで時間切れか……」

 勿論、我慢すれば剣は振れる。しかしそれは自身の身体に消えない痛みや苦しみの呪いを比喩ではなく文字通り残す事になる、魔剣の代償を受け入れる行為となる。
 さらに────長く戦っていたリェフルにも、代償が及びかねない。

(あの魔物……とリェフルは言っていたけど、魔族の可能性だってある。もし魔王軍の人だったら……死霊化しているように見えるけど、大きな問題に発展するかもしれない)

 キュールカとスロウ、元は蜘蛛の魔物とスライムだが……それがアルマによって意思疎通が可能になった姿だと、事情を知らないルリマが辿り着けるはずがなかった。

(あの二人は強い。魔力も相当な量ある……でもこのままじゃリェフルに負ける。殺される。ロクト達がどうなったかは分からないけど、間違いなく良い結果にはならない)

 自分は任せた。そして任せられた。

(────こんな事で全部台無しになるくらいなら……)

 もう一度呪戒剣のスキルを発動し─────自身とリェフル、同時に魔剣の代償に巻き込み、戦いを強制的に中断させる。

(でもそんな事したら……父さんの二の舞になる。あれだけ反発したのに、結局遺伝って抗えないものなのかな)

 初代剣聖はかつて、魔剣に蝕まれた所を初代勇者によって助けられたという。しかし彼は─────自分の子孫に『勇者には近づいてはいけない』と言い伝えた。生前の2人が友好関係にあった事は一部の資料にも残っているが……それらの因果を超えて、伝えたい何かが。運命的な何かがあったのか、とルリマは思う。

(でもロクト、私は……あんたの足は……死んでも引っ張らない……!)

 再び彼女が魔剣を握る。冷たい汗が赤刃山脈の乾いた地面に落ち──────

『────失礼、聞こえているだろうか?』

「……え」

 ルリマの上空に浮遊する飛行魔導具が音声を発した。

『聞こえている、な?』

「え、あ……誰……!?」

『話している時間は無い、が私の身分を話さなければ君は信用しないだろう。故に簡潔に済ませる』

 魔導具を介した事による荒れた音声……魔剣の力を解放する際の儀式の時に流れる声と似た雰囲気をルリマは感じた。

『私はルタイン。大賢者ルタイン・アネストフールだ』

「は……!?」

『役割的に、戦いに干渉しないつもりだったのだが事情が変わった。あと数秒でロクトが次元深界から帰還する。その時に彼のポケットに入っている小さな長方形の魔導具を無理矢理奪え』

「じげ……ロクトの……魔導具?」

『それを魔剣の柄頭に突き刺せ。さすれば……悪くない結果が待っているだろう』

 魔導具は徐々にルリマから距離を離し、再び高度を上げていく。

『剣聖よ。……遅れて済まなかった─────良い旅を、ルリマ・グリードア』

「いや、何が何だか─────」

 が、時間はルリマを待たない。

「っ!?これ、は……」

 その空間の歪みが次元魔法によるものだとは、ルタインの言葉を聞いていなくても分かる。若干の忌避感を覚えるその穴から飛び出たのは──────

「──────クッソォ、男かよォォォォオオオオオオ!!!」

 まるで美人を見つけたとウキウキで話しかけたら実は男だった時のような叫びを轟かせる、彼女の幼馴染だった。


















 ー︎︎ー︎︎ー︎︎ー︎︎ー︎︎ー︎︎ー













 聖剣の『奥義』と呼ばれる、最も習得難易度の高いユニークスキルは通常の聖剣のユニークスキルと比べ、少し異なる性質を持つ。
 奥義とは……力を持て余した初代勇者が聖剣に封印したスキル。故に『岩の聖剣』の奥義など、本来の聖剣の能力と方向性が異なる場合がある。

 夢の聖剣の奥義、『夢誅切夢むちゅうせつむ』は岩の聖剣とは異なり、幻覚や再現能力の究極系とも言えるスキルだが───

「……それは予想外だ」

 ────ナイズ一人では最大限を発揮しきれない。

「僕の相棒の、ひーちゃんって言うんですけどね。彼女はどうやら大昔の幻獣みたいな存在らしくて……権能って呼ぶんでしたっけ?空を飛んだり火を吐いたりは勿論……」

 光の剣に突き刺されたナイズの身体が消失し……再び新たに現れる。

「幻惑耐性とかもあったりするっぽいんです」

(ソウッポイヨ、ナイズ)

「そうっぽいか」

 奥義を発動するために陣を描いたナイズだったが、結果的には無意味だった。聖剣の100%の力をナイズは絶対に引き出す事が出来ない。彼は勇者でもない、ただの聖剣のひとつの機能なのだから。

「あなた……生き物じゃないですよね?」

「……」

「不思議だ。人間みたいなのに、『違う』……多分人間と構造は同じなんだろうけど違う。……生への渇望、なんですかね?あなたはどういう仕組みかは知らないけど何回でも蘇ってくる。それはつまり死なないってことだし、死なないって事は……生きてないのと同じだ」

「同意。弊剣は生命ではない。あくまで人間の人格を再現し実体を反映させただけだ」

「でも……今の言葉は生き物っぽいですよ?」

「何?」

「自分に言い聞かせてるみたいで、人間らしいじゃないですか」

 周囲に浮遊する光の剣を回転させ、アルマは冷たくも暖かい目線でナイズを見つめる。

「あなたに僕の【テイム】は通用しない……こっそり何回も試させてもらいましたけど無理でした」

(俺を見て試そうとしたという事は、やはり人族にも支配能力は有効か)

「僕の仲間の粘液や糸で拘束してもあなたには自爆という手段がある。泥沼にも程がありますよ」

(粘液と糸……先程出現した蜘蛛の魔物とスライムか。スキルではなく身体的構造による力も行使できるのか?)

「だから手段としては『精神に訴える』しかない。でも僕はあなたのような幻惑系の力は持っていない。じゃあどうすればいいか……僕が思いついた答えはひとつです」

(仲間のうちに精神干渉能力を持つ者はいない……そして────)

「────他の人達みんな殺してあなたの戦意を無くしてしまえばいい」

(予想通り逃亡……!)

 アルマの言葉や筋肉の動きを観察していたナイズは、彼が下方向に向かい空を蹴った瞬間、同時に夢の聖剣を地上へ加速させる。

 僅かに先行するアルマが向かう先は────

「サヴェル殿達の方か……!」

「小さい子に任せているのでね……ついでにサヴェルさんとゴルガスさんへの挨拶も済ませられますし」

「彼らまで殺すとは。お前はロクト殿のパーティメンバーだったんじゃないのか」

「そうですよ。でも僕はとっくのとうに覚悟を決めた。絶対に皆を救う。だから────そのためなら」

「残念ながら命の価値は平等ではない。世界の平和を守らなければいけない弊剣からすれば、サヴェル殿やゴルガス殿、そして勇者であるロクト殿の命は変え難い。お前の仲間の命など人格の底からどうでもいい。阻止させてもらう」

「あれ……随分と仲良さそうにしている女の子いたのに、そんな事言って大丈夫です?あ、そういえばさっき魔王と一緒に飛んでいきましたけど……もしかして取られちゃった感じですか?」

「彼女は勇者だがな。それにもし、ママロが『ナイズ』への執着を捨ててくれるのなら─────『俺』としては本望だ」

「そういう、相手の事を想ってっていう言い訳作っておいて自分が逃げたいだけなの、僕は嫌いですよ」

「経験者か」

「もちろん。愛は互いに伝え合い交換する物ですので」

 加速する2人は地上へと迫り、そして──────












 ーーーーーーー











「マリナメレフ貴様、なぜここに……!?」

「普通に走って来た」

「嘘だろ……」

 今もヴァイロと言葉を交わす魔族の女は、その美しい髪を風に揺らしながら光魔法を受け続けている。

「なんか……でっかい魔物が走り抜けてってさ~。その魔物が通った道、すごい真っ平らになってて~!おかげで登りやすかったんだ~」

 マリナメレフが捕縛された状態で投げられた方向は西。
 ─────ルリマを乗せた神狼ポチが往復した道を、マリナメレフは通った。もちろん、彼女はポチが通る以前も必死に登っていたが─────

「短縮した時間は多分、そんな長くはないけど~……おかげで今、間に合った。どーゆー状況かは分からないけど、色々あって協力してるんでしょ?ヴァイロ……あんたが陛下を裏切るとは思えないし」

「…………恩に着る」

「「─────」」

 2人の獣人の少女は不思議そうな目でマリナメレフを見つめる。『なぜ死なない?』そう問いかけるような眼差しに彼女は太陽のように眩しい笑顔で答える。

「ユニークスキルのおかげだよ~」

「あ、その流れで身も蓋もない回答なんですね」

「は?いやいや……普通さ~、助けてもらってる上にウチを変な球体に閉じ込めたあんたは何があってもウチに文句言わないのが筋じゃない?」

「な、投げたのはロクトです。怒りはロクトにぶつけてください」

「そうは言っても……ってあれ?キミたち2人はいるのに彼、いないね────────」

 言葉の直後、静寂。全員がもう一度間違いでない事を確認し─────4人は空中より飛来する2つの存在の魔力を感知する。
 ひとつは聖剣の魔力そのもの。もうひとつは────魔王の魔力であり、しかしマジストロイよりずっと邪悪な気配。

「ちょっと、何アレ……!?」

「片方の、剣に乗った方は味方なのだ!もう一人、は────」

「もう1人は!?」

「分からん!しかし、あの魔力……これではまるで……」

 魔王のようだ────と言いかけたヴァイロは、頭上を見つめたまま静止するサヴェルとゴルガスを見て口を噤む。
 二人はそれが元仲間の姿であると気付いた。同時にその魔力が異質なモノであることもまた、気付いていた。

 ……そして、地面への激突音が2連続で鳴る。姿を現した────かつてのパーティメンバーが、鋭利な光剣と受け入れ難い殺気を周囲に漂わせていた。

「お久しぶりです、サヴェルさんにゴルガスさん」

「ッ、やはりあなたはアルマ────」

「今すぐここから離れろッ!!こいつは全てを【テイム】するッ!」

『全てを【テイム】する』……その言葉を4人が脳内で咀嚼している間にも、土煙から抜け出した2人の男が聖剣と光の剣を激突させながら高速で大地を駆ける。焼け焦げるような、しかし金属同士がぶつかったかのような音が周囲を包み込む。

「あの二人を庇うように位置取りをしているみたいですが……」

「!」

「無駄ですよ。視界に入りさえすれば僕の【テイム】は発動出来る。それに……既に消耗している2人よりも面白そうな人を見つけた」

 アルマの視線の先は─────水の槍を手に持った、魔族の女。

(ナイズ!第一級支配魔力警報ガ発令サレタゾ!)

「サヴェル殿ッ!今すぐ全員を次元魔法で────」

「もうやってますっ……開いたっ!」

 帰還用を除いた、残りの魔力全てを使った大きな裂け目が出現する。サヴェルとゴルガス、ヴァイロとマリナメレフはそこに向かって飛び込むが─────

「【テイム】」

 アルマが目をつけたのは、ユニークスキル【痛覚再生】を持ったマリナメレフ。テイムした仲間のスキルを使用出来るアルマが【痛覚再生】を手に入れた暁には……地獄が待っているのは容易に想像出来る。彼は─────本当に魔王になってしまう。

 そして【テイム】は発動に成功した。

「あ……がっ」

「マ、マリナメレフ……!」

 頭を抑え、もがき苦しむマリナメレフにヴァイロが駆け寄る。

「無駄ですよ。人間である以上は魔物のように一瞬でテイム出来ませんが、すぐに馴染みます。あなたも僕の仲間に────」

「あああぁぁぁあ、がああああッ!!」

「え」

 仲間になる─────その寸前に起きた。

 周囲の全員が目を疑った。しかしどう見ても……彼女が水の槍を自分の脳に突き刺したようにしか見えなかった。

「ふ……ふふふ。テイムだか何だか知らないけどね~……覚えときなよ」

 水の槍を引き抜き────彼女の脳は再生する。テイムによる支配を受ける前の……正常な状態へ。

「────ウチの王はただ一人、もう決まってるんだ」

「そんな馬鹿げた方法で……も、もう一度……」

 アルマが手を伸ばし【テイム】を発動する瞬間に、サヴェルが次元の裂け目を閉じる。

「【刺激夢】」

 そしてナイズによる『体感時間の増加』攻撃は幻惑耐性によってアルマには僅かな効力でしかないが────サヴェル達が完全に姿を消すには十分だった。

 夢の聖剣を振り払い、完全に閉じて消えた次元の裂け目からナイズへと視線を移し、アルマはただただ理解出来ないモノへの眼差しを向けた。

「失敗か。……本当にあなた、何者なんですか?聖剣も使えて何度でも生き返る……苦戦するなら勇者だと思ってたんですが、そうじゃないんでしょ?」

「また俺と1対1になって喜んでいるようだな」

「人間の真似してるのか分かりませんが、冗談っていうのは面白いから成立してるんですよ」

「人間を語るとは、とても魔王の器の台詞とは思えない言葉だ」

「少なくともあなたよりは人間に近い自信がありますが」

 無論、この2人が戦っても決着は着かない。戦っても誰も得をしない。しかし目の前にいる以上は戦うしかない。もしくはまたアルマが別の場所へ移動し、誰かをテイムするかもしれない。

 だとすれば今のは、ほんの少し時間を稼いだだけだった。ほんの少し、ほんの少しだけ────だが、その時間にこそ意味はある。マリナメレフが短縮出来た時間、ナイズが【刺激夢】でアルマを遅らせた時間────そしてこのナイズがここまでアルマと戦っていたからこそ。

 我らが【岩の勇者】が次元の彼方から帰ってくるまでの時間を稼ぐ事が出来たのだから。


ーーーーーーーーー


初期案ではアルマは最初以外あまり物語に関わってくることがなく、ただただ幸せに女の子達と暮らしているキャラにする予定でした。しかし後に登場させた方がタイトル回収も出来ることに気が付いたので、こうなってしまいました。
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