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一章 四人の勇者と血の魔王
第59話 再会
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「しかし、ヴァイロがまさか完封させられていたとは……」
「相性の問題ですからね……水責めにして虐めてたのは、すいません」
「気にするな。奴も温度を上げて風呂としてくつろいでいただろう」
四天王ヴァイロを救出し、事の顛末を伝えた後────ママロとマジストロイはディグマ達のもとへ向かおうとしていた。既にマジストロイの傷は治癒魔法で出来る範囲は回復し、サヴェルの純粋魔力の影響もほとんど無くなった、が……。
「いない……?」
「しかし、暗くなってきたおかげで……『雷』が分かりやすい。あそこに雷の勇者がいるのは確定だが、ストゥネア達は何処へ……?」
近くで戦っていたはずのディグマとストゥネアがいない。飛行する2人を代わりに迎えたのは─────
「……む?あそこに一人……」
寝そべっているヒゲの男が魔王と魔女に気付き、表情を明るくさせ手を振った。
「貴様は確か、黒の勇者の────」
「仲間が雷の勇者にさらわれ、うちの勇者とお宅の騎士さんがそれを追った。ォレの治療の必要は無い。以上」
「え」
「緊急時の状況報告は手短に。これだけ分かってりゃ十分でしょ」
親指を立て、背中を地面にくっつけたままくたびれた笑顔を作った。
「いってらっしゃ~い。頑張れよ~」
「……うむ。協力に感謝する」
「ま、魔王に勇者に、そんなデカい魔物もいりゃあ流石に勝てんだろって感じだけど─────」
─────シャーグの言葉に、再び飛行しようとしたママロとマジストロイの表情が凍りつく。
「……デカい、魔物?」
「…………あー、そういう系ね。なるほどね、理解したワ。んじゃまた手短に報告すると────」
舞い落ちるのは赤い羽根。鱗粉と火花が空気に混ざり、紅の光が夕闇を照らす。羽ばたきの音が不屈の獣の顕現を知らせたその時、2人はそれを目にした。
「上空にデカい鳥。幸運を祈る。以上」
「ッ……そう来たか……!!」
紅蓮の体躯を飛翔させ────不死鳥は悲痛にも聞こえる叫びを赤刃山脈に轟かせた。
ー ー ー ー ー ー ー
「えーっと……」
「うぅむ……」
賢者と戦士。片眼鏡と筋肉。かなりヘトヘトとヘトヘト。サヴェルとゴルガス、2人の男は目の前に現れた存在に頭を抱える。
────獣人の姉妹は誰が見ても一度死んで無理矢理死霊化させられたと分かるほどの雑な縫い目や血色の悪さがあった。
「どう……しましょう、これは」
「……一思いにやってしまう、というのが名誉を守る選択になるのだが」
「私もゴルガスも、それが出来るのかという話ですよ」
見た瞬間に込み上げた─────悲しみ、怒り、嫌悪感。どうして年端もない幼い少女達がこのような目に、見るも無惨な姿にならなくてはいけないのか。……そして、人体の歪んだ姿を自然に脳が拒否してしまう罪悪感。
「アルマのところにいた子ですよね。……さっき現れた魔力は少しだけ彼に似ていました。でもあれほどに……まるで魔王かのような凶悪な魔力をアルマが持っているはずが─────」
「っ、危ないッ!」
容赦無く襲いかかる光魔法を、ゴルガスはサヴェルと共に倒れ込み回避する。少女達は無表情で杖を振り、何の言葉も発さない。ただ目の前の敵を狩るという選択肢以外、脳にない無機質な状態。
「防御魔法をっ……展開します」
「だがサヴェル君の魔力はもう……!」
「ですが!決心出来ない私達にはこうする事しか!ないんです……よっ……!!」
彼女達の光魔法は固有魔法では無いものの、特異性があり────賢者の一人である『浄化のグレモリー』に似た性質を持つ強力な魔法だった。
(あの人のような厄介さはあるが、単なる光魔法なら……闇魔法の要素を利用する……!)
光の弾が横向きの雨のように降り注ぎ────それを防ぐ傘として、サヴェルは暗黒の障壁を生成。吸収するように対消滅していく光と闇だが……片方の魔力は依然、限界に近い。
「くっ、このままでは……!」
「────何をしている!」
「「!!!」」
2人にとってはさっきまで聞いていた声。彼にとっては……『分身』の記憶で戦った相手。
「あなたは……分身の人!」
「分身じゃない方が良かった人ではないか!」
「ああああああ!それは忘れろッ!!」
投擲した炎を迎え撃つために光魔法のターゲットは移る。炎天……ヴァイロが颯爽と2人の前に現れ、その四肢の爆炎を滾らせながら大地を踏みしめた。
「酷く消耗しているようだな、賢者と戦士ともあろう者がこうも容易く窮地に陥るとは」
「それほどに其方の王様がしぶとかったんですよ」
「ふん、それにしてもこのような幼子相手にも苦戦するか……」
両の拳を打ち付け、炎をより激しく燃やし……ヴァイロはゆっくりと歩み寄る。
「じゃーあなたがやってくださいよォ!小さい子ですが苦しまないよう一発で倒してくれますよね?」
「魔王軍四天王ならやってくれるだろう!」
「え……?」
「私には無理でしたが頼みますよ!!心の弱い私では無理でしたがねぇ!!」
「まだやりたい事、将来の夢……あったのかもしれない、まだ見つけていなかったかもしれない年だというのに……」
「……」
ヴァイロは拳を振り上げたまま、もう一度2人の少女の顔を見つめる。
「「────」」
血の染み付いた、無感動の瞳に─────
「……や、やっぱり遠慮しておく……」
「何やってるんですかあなたはァ!!」
「そなたがやらぬのならどうするのだーッ!!」
「いや我に辞めるよう促したのは貴様r─────」
ヴァイロの無防備な背中に、2つの光の弾丸が容赦無く激突する。
「んごあぁああーーッ!!」
「分身の人ッ!」
「かっこいいスキルが良かった人、無事かッ!?」
吹き飛ばされたヴァイロの身体をゴルガスが受け止め、3人は一斉にこちらを向く冷たい瞳の眼差しを返す。
「くっ……戦意を消失させる能力とは、手強い……!」
「別にそういう事じゃないですけどね。あなたが攻撃してくれれば窮地に戻らなくて良かったんですけどね」
「貴様がそんなに偉そうにしている理由が我には全くもって理解出来ない」
「……しかし、本当にどう手を打てば……」
意思のない、ただ相手を攻撃するのみの少女の杖の先端が、3人を捉える。光り輝き、魔力が収束し……彼らが痛みを覚悟し、サヴェルがなけなしの障壁を生成した直後─────光は襲い来る。
白い閃光が弾け飛び、視界は覆われる。鳴り止まない光の弾丸の応酬は────
「……痛く、ない?」
続いていた。サヴェルの障壁にぶつかっている訳でもなく、そして彼女の攻撃を3人が身体で受け止めている訳でもない。……だが、『身体で受け止めている』という点は紛れもなく真実だった。一つの人影が、一身に光の弾丸を浴び、浴び……浴び続けている。
「ま~分かるよ。子供って手出しにくいもんね~。反撃しちゃうのは大人気ないし……でも、ヴァイロも意外とそういう所分かってるんだ、見直した」
「─────貴様、は……!」
ヴァイロが見たのは救世主でもなく、彼女達を死霊化から解放してやれるような『最適解』を持つ存在でもない。
ただ────あらゆる痛みに耐え、あらゆる傷を再生し、少女達の攻撃を全て受け止める事の出来る……彼の『同僚』。
「マリナメレフ……!?」
「ど~も。相変わらず熱苦しいね……いや、ちょっとマシになったかも?」
青く長い髪を悠々と靡かせ、傷一つ無い彼女は妖艶に、しかし快活に微笑んだ。
「さ~て、悪ガキ達?ちょっとやそっとじゃ痛くも痒くもないし、どんだけやっても倒れも死にもしないから─────お姉さんにぶつけてみなよ」
ー ー ー ー ー ー ー
ーーーーーーー
次元深界
ーーーーーーー
「────はい、こんなもんっす」
「おぉ!?次元が開いた……」
俺はどれだけやっても無理だった、次元深界に開いた裂け目をまじまじと見つめ……その後に、見事に『斬撃で』次元を斬ってみせた男にロマンとか憧れとか諸々の心を震わせた。
「スッゲェ……これが七代目剣聖の力か!」
確か、名前はスタンス・ディラッシュ。グリードア家じゃない剣聖だから学生時代は覚えるのに苦労したけど……次元を切断するユニークスキルであらゆる物を切り刻んだっていうカッコ良すぎる教科書の文章が印象に残ってるぜ。
残っていた投影魔導具の記録通り、いつもフードをかぶって顔を見せないようにしている男だ。
「ん。じゃまた会う時まで……ってか死んだらこっちに来るのか。じゃあ出来るだけ再会が遅くなるのを祈ってるっすね~」
「あ……ありがとうございますーっ!」
気さくな軽薄な雰囲気のまま、振り向かずにスタンスは去っていった。
「それにしても……色んな英雄がいるんだな」
「『英雄になれなかった者』もいるけどね……さ、もう時間だ。現実世界と時間の流れのズレはあるだろうけど、それが良い方向に働くとは限らない」
「……だな」
ルビーさんとも、ヴィヌスちゃんとも別れは済ませた。俺を見送るのは……律の魔王と力の魔王だ。
「君は私の友人だ。いつでも力になるよ。……ハルコもそうだろう?」
ガツン!と拳を叩き合わせて巨人が返事をする。
「……じゃ、行ってくるわ」
心のどこかで分かっている。この次元深界に今みたいな形で、生きている間に来るのは……これで最後かもしれない。会って間もないし、これからも存分に助けてもらおうと思っている2人だが……死ぬまで話せないっていうのは、そうだな。少し……あぁ、うん。寂しさがある。
「おや、良い顔をするじゃないか友よ」
「うるせーな」
『お前の方がずっと辛そうな顔をしてるだろ』って、言葉を飲み込む。……どうして会って間もない俺をここまで惜しめるのか。……結局、このノードゥスという魔王の事を俺は理解し切れなかった。
「ま、死ぬ以外でもなんかトラブルがあったらこっちに来るかも」
「びっくりしちゃうから出来るだけやめてくれよ?あと80年くらいはそっちで耐えていてくれ、友よ」
「……あぁ」
次元の穴の先の景色は、ここからじゃ見えない。俺は今からこの穴に飛び込み……俺の世界に戻る。
「心配事かい?座標はここであってるはずだけど」
「いや……大丈夫だ」
振り向き、薄緑の三つ編みの目を奪われる美人に向かって……拳を突き出した。
「────頼むぜ、俺のダチよ!」
「無論……任せてくれ」
体重を後方にかけていき、次元の穴に落ちてゆく……俺の腕を、ノードゥスが掴んだ。そして……ほんの少しの言葉の後に、優しくその白い指を離した。
「まだ言ってなかったね。私が『どっち』なのか─────」
ー ー ー ー ー ー ー
「はぁ、ノ、ノードゥスさん……その、はぁ、えっと、はぁ、はぁ……岩の勇者様って、もう行っちゃいましたか……?」
収縮した次元の穴に手を振り終えたノードゥスに……息を切らしながら少女が駆け寄っていく。
「あぁ、君か。すまない友よ……ちょうど今行ってしまったところだ」
「そ、そ、そうでしたかぁ……」
────彼女は獣人でありながら、この次元深界ではノードゥス達魔族のいるエリアで過ごしている。
この次元深界では基本的に、人々は『生前での全盛期の姿』をしている。どれだけ年老いた状態で息絶えようと、若き頃が最も英雄として優れていればその姿でいる事ができる。
……そして、少女のように早くに死んでしまった……英雄になれるだろうという『反逆者』の予想が外れてしまった者も、幼い頃の姿しか形取れずに過ごしているのだ。
(恐ろしい姿の魔王だって過ごしているのに、こんな臆病な性格なのに……それでも私達と一緒にいる理由が……ある。よっぽどの理由がある……悲しい過去を背負った子。だと一方的に思っていたけど────)
悲壮漂う目をした少女の過去を探るような事をしてしまえば、彼女の友ではいられなくなる。それは次元深界のまとめ役のような立ち位置を自負しているノードゥスからすれば避けたい状況だった。
……だが今、少女が心に入り込む隙を見せてくれたような気がした。
「どうしたんだい?岩の勇者にそんなに興味が?」
「あ、あぁ、『岩』かどうかはその、あんまり関係はな、ないんですけど……」
ロクトのファンだった訳ではない事に不自然な笑みが出そうになるも、ノードゥスは少女の次の言葉を待った。
「そ、そ、その……私の、生きてた頃……ひ、一人だけ友達がいたんです」
「うんうん」
「いつも笑顔の、明るい子で……そ、その子が……大きくなったら、ゆ、勇者になるかもって言ってたから……あ、ので……夢を叶えられたのか、確かめたくて……」
「へぇ~!そうだったんだ!……じゃあ────」
ノードゥスは少女を抱きかかえ……ようとして失敗し、2人一緒にハルコに摘まれ、彼の掌の上に座った。
「こほん……一緒に過ごしてようか。彼がまたここにやってくるまで。何年かかるかな……80年?もしかしたら数秒後かもしれない」
「い、いいんですか……?」
「いいとも。それまで私が知っている勇者達のお話でもして待っていよう。でもまずは────」
手をパン、と叩き、律の魔王は微笑んだ。
「君のその、お友達のお話をしてくれない?」
「相性の問題ですからね……水責めにして虐めてたのは、すいません」
「気にするな。奴も温度を上げて風呂としてくつろいでいただろう」
四天王ヴァイロを救出し、事の顛末を伝えた後────ママロとマジストロイはディグマ達のもとへ向かおうとしていた。既にマジストロイの傷は治癒魔法で出来る範囲は回復し、サヴェルの純粋魔力の影響もほとんど無くなった、が……。
「いない……?」
「しかし、暗くなってきたおかげで……『雷』が分かりやすい。あそこに雷の勇者がいるのは確定だが、ストゥネア達は何処へ……?」
近くで戦っていたはずのディグマとストゥネアがいない。飛行する2人を代わりに迎えたのは─────
「……む?あそこに一人……」
寝そべっているヒゲの男が魔王と魔女に気付き、表情を明るくさせ手を振った。
「貴様は確か、黒の勇者の────」
「仲間が雷の勇者にさらわれ、うちの勇者とお宅の騎士さんがそれを追った。ォレの治療の必要は無い。以上」
「え」
「緊急時の状況報告は手短に。これだけ分かってりゃ十分でしょ」
親指を立て、背中を地面にくっつけたままくたびれた笑顔を作った。
「いってらっしゃ~い。頑張れよ~」
「……うむ。協力に感謝する」
「ま、魔王に勇者に、そんなデカい魔物もいりゃあ流石に勝てんだろって感じだけど─────」
─────シャーグの言葉に、再び飛行しようとしたママロとマジストロイの表情が凍りつく。
「……デカい、魔物?」
「…………あー、そういう系ね。なるほどね、理解したワ。んじゃまた手短に報告すると────」
舞い落ちるのは赤い羽根。鱗粉と火花が空気に混ざり、紅の光が夕闇を照らす。羽ばたきの音が不屈の獣の顕現を知らせたその時、2人はそれを目にした。
「上空にデカい鳥。幸運を祈る。以上」
「ッ……そう来たか……!!」
紅蓮の体躯を飛翔させ────不死鳥は悲痛にも聞こえる叫びを赤刃山脈に轟かせた。
ー ー ー ー ー ー ー
「えーっと……」
「うぅむ……」
賢者と戦士。片眼鏡と筋肉。かなりヘトヘトとヘトヘト。サヴェルとゴルガス、2人の男は目の前に現れた存在に頭を抱える。
────獣人の姉妹は誰が見ても一度死んで無理矢理死霊化させられたと分かるほどの雑な縫い目や血色の悪さがあった。
「どう……しましょう、これは」
「……一思いにやってしまう、というのが名誉を守る選択になるのだが」
「私もゴルガスも、それが出来るのかという話ですよ」
見た瞬間に込み上げた─────悲しみ、怒り、嫌悪感。どうして年端もない幼い少女達がこのような目に、見るも無惨な姿にならなくてはいけないのか。……そして、人体の歪んだ姿を自然に脳が拒否してしまう罪悪感。
「アルマのところにいた子ですよね。……さっき現れた魔力は少しだけ彼に似ていました。でもあれほどに……まるで魔王かのような凶悪な魔力をアルマが持っているはずが─────」
「っ、危ないッ!」
容赦無く襲いかかる光魔法を、ゴルガスはサヴェルと共に倒れ込み回避する。少女達は無表情で杖を振り、何の言葉も発さない。ただ目の前の敵を狩るという選択肢以外、脳にない無機質な状態。
「防御魔法をっ……展開します」
「だがサヴェル君の魔力はもう……!」
「ですが!決心出来ない私達にはこうする事しか!ないんです……よっ……!!」
彼女達の光魔法は固有魔法では無いものの、特異性があり────賢者の一人である『浄化のグレモリー』に似た性質を持つ強力な魔法だった。
(あの人のような厄介さはあるが、単なる光魔法なら……闇魔法の要素を利用する……!)
光の弾が横向きの雨のように降り注ぎ────それを防ぐ傘として、サヴェルは暗黒の障壁を生成。吸収するように対消滅していく光と闇だが……片方の魔力は依然、限界に近い。
「くっ、このままでは……!」
「────何をしている!」
「「!!!」」
2人にとってはさっきまで聞いていた声。彼にとっては……『分身』の記憶で戦った相手。
「あなたは……分身の人!」
「分身じゃない方が良かった人ではないか!」
「ああああああ!それは忘れろッ!!」
投擲した炎を迎え撃つために光魔法のターゲットは移る。炎天……ヴァイロが颯爽と2人の前に現れ、その四肢の爆炎を滾らせながら大地を踏みしめた。
「酷く消耗しているようだな、賢者と戦士ともあろう者がこうも容易く窮地に陥るとは」
「それほどに其方の王様がしぶとかったんですよ」
「ふん、それにしてもこのような幼子相手にも苦戦するか……」
両の拳を打ち付け、炎をより激しく燃やし……ヴァイロはゆっくりと歩み寄る。
「じゃーあなたがやってくださいよォ!小さい子ですが苦しまないよう一発で倒してくれますよね?」
「魔王軍四天王ならやってくれるだろう!」
「え……?」
「私には無理でしたが頼みますよ!!心の弱い私では無理でしたがねぇ!!」
「まだやりたい事、将来の夢……あったのかもしれない、まだ見つけていなかったかもしれない年だというのに……」
「……」
ヴァイロは拳を振り上げたまま、もう一度2人の少女の顔を見つめる。
「「────」」
血の染み付いた、無感動の瞳に─────
「……や、やっぱり遠慮しておく……」
「何やってるんですかあなたはァ!!」
「そなたがやらぬのならどうするのだーッ!!」
「いや我に辞めるよう促したのは貴様r─────」
ヴァイロの無防備な背中に、2つの光の弾丸が容赦無く激突する。
「んごあぁああーーッ!!」
「分身の人ッ!」
「かっこいいスキルが良かった人、無事かッ!?」
吹き飛ばされたヴァイロの身体をゴルガスが受け止め、3人は一斉にこちらを向く冷たい瞳の眼差しを返す。
「くっ……戦意を消失させる能力とは、手強い……!」
「別にそういう事じゃないですけどね。あなたが攻撃してくれれば窮地に戻らなくて良かったんですけどね」
「貴様がそんなに偉そうにしている理由が我には全くもって理解出来ない」
「……しかし、本当にどう手を打てば……」
意思のない、ただ相手を攻撃するのみの少女の杖の先端が、3人を捉える。光り輝き、魔力が収束し……彼らが痛みを覚悟し、サヴェルがなけなしの障壁を生成した直後─────光は襲い来る。
白い閃光が弾け飛び、視界は覆われる。鳴り止まない光の弾丸の応酬は────
「……痛く、ない?」
続いていた。サヴェルの障壁にぶつかっている訳でもなく、そして彼女の攻撃を3人が身体で受け止めている訳でもない。……だが、『身体で受け止めている』という点は紛れもなく真実だった。一つの人影が、一身に光の弾丸を浴び、浴び……浴び続けている。
「ま~分かるよ。子供って手出しにくいもんね~。反撃しちゃうのは大人気ないし……でも、ヴァイロも意外とそういう所分かってるんだ、見直した」
「─────貴様、は……!」
ヴァイロが見たのは救世主でもなく、彼女達を死霊化から解放してやれるような『最適解』を持つ存在でもない。
ただ────あらゆる痛みに耐え、あらゆる傷を再生し、少女達の攻撃を全て受け止める事の出来る……彼の『同僚』。
「マリナメレフ……!?」
「ど~も。相変わらず熱苦しいね……いや、ちょっとマシになったかも?」
青く長い髪を悠々と靡かせ、傷一つ無い彼女は妖艶に、しかし快活に微笑んだ。
「さ~て、悪ガキ達?ちょっとやそっとじゃ痛くも痒くもないし、どんだけやっても倒れも死にもしないから─────お姉さんにぶつけてみなよ」
ー ー ー ー ー ー ー
ーーーーーーー
次元深界
ーーーーーーー
「────はい、こんなもんっす」
「おぉ!?次元が開いた……」
俺はどれだけやっても無理だった、次元深界に開いた裂け目をまじまじと見つめ……その後に、見事に『斬撃で』次元を斬ってみせた男にロマンとか憧れとか諸々の心を震わせた。
「スッゲェ……これが七代目剣聖の力か!」
確か、名前はスタンス・ディラッシュ。グリードア家じゃない剣聖だから学生時代は覚えるのに苦労したけど……次元を切断するユニークスキルであらゆる物を切り刻んだっていうカッコ良すぎる教科書の文章が印象に残ってるぜ。
残っていた投影魔導具の記録通り、いつもフードをかぶって顔を見せないようにしている男だ。
「ん。じゃまた会う時まで……ってか死んだらこっちに来るのか。じゃあ出来るだけ再会が遅くなるのを祈ってるっすね~」
「あ……ありがとうございますーっ!」
気さくな軽薄な雰囲気のまま、振り向かずにスタンスは去っていった。
「それにしても……色んな英雄がいるんだな」
「『英雄になれなかった者』もいるけどね……さ、もう時間だ。現実世界と時間の流れのズレはあるだろうけど、それが良い方向に働くとは限らない」
「……だな」
ルビーさんとも、ヴィヌスちゃんとも別れは済ませた。俺を見送るのは……律の魔王と力の魔王だ。
「君は私の友人だ。いつでも力になるよ。……ハルコもそうだろう?」
ガツン!と拳を叩き合わせて巨人が返事をする。
「……じゃ、行ってくるわ」
心のどこかで分かっている。この次元深界に今みたいな形で、生きている間に来るのは……これで最後かもしれない。会って間もないし、これからも存分に助けてもらおうと思っている2人だが……死ぬまで話せないっていうのは、そうだな。少し……あぁ、うん。寂しさがある。
「おや、良い顔をするじゃないか友よ」
「うるせーな」
『お前の方がずっと辛そうな顔をしてるだろ』って、言葉を飲み込む。……どうして会って間もない俺をここまで惜しめるのか。……結局、このノードゥスという魔王の事を俺は理解し切れなかった。
「ま、死ぬ以外でもなんかトラブルがあったらこっちに来るかも」
「びっくりしちゃうから出来るだけやめてくれよ?あと80年くらいはそっちで耐えていてくれ、友よ」
「……あぁ」
次元の穴の先の景色は、ここからじゃ見えない。俺は今からこの穴に飛び込み……俺の世界に戻る。
「心配事かい?座標はここであってるはずだけど」
「いや……大丈夫だ」
振り向き、薄緑の三つ編みの目を奪われる美人に向かって……拳を突き出した。
「────頼むぜ、俺のダチよ!」
「無論……任せてくれ」
体重を後方にかけていき、次元の穴に落ちてゆく……俺の腕を、ノードゥスが掴んだ。そして……ほんの少しの言葉の後に、優しくその白い指を離した。
「まだ言ってなかったね。私が『どっち』なのか─────」
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「はぁ、ノ、ノードゥスさん……その、はぁ、えっと、はぁ、はぁ……岩の勇者様って、もう行っちゃいましたか……?」
収縮した次元の穴に手を振り終えたノードゥスに……息を切らしながら少女が駆け寄っていく。
「あぁ、君か。すまない友よ……ちょうど今行ってしまったところだ」
「そ、そ、そうでしたかぁ……」
────彼女は獣人でありながら、この次元深界ではノードゥス達魔族のいるエリアで過ごしている。
この次元深界では基本的に、人々は『生前での全盛期の姿』をしている。どれだけ年老いた状態で息絶えようと、若き頃が最も英雄として優れていればその姿でいる事ができる。
……そして、少女のように早くに死んでしまった……英雄になれるだろうという『反逆者』の予想が外れてしまった者も、幼い頃の姿しか形取れずに過ごしているのだ。
(恐ろしい姿の魔王だって過ごしているのに、こんな臆病な性格なのに……それでも私達と一緒にいる理由が……ある。よっぽどの理由がある……悲しい過去を背負った子。だと一方的に思っていたけど────)
悲壮漂う目をした少女の過去を探るような事をしてしまえば、彼女の友ではいられなくなる。それは次元深界のまとめ役のような立ち位置を自負しているノードゥスからすれば避けたい状況だった。
……だが今、少女が心に入り込む隙を見せてくれたような気がした。
「どうしたんだい?岩の勇者にそんなに興味が?」
「あ、あぁ、『岩』かどうかはその、あんまり関係はな、ないんですけど……」
ロクトのファンだった訳ではない事に不自然な笑みが出そうになるも、ノードゥスは少女の次の言葉を待った。
「そ、そ、その……私の、生きてた頃……ひ、一人だけ友達がいたんです」
「うんうん」
「いつも笑顔の、明るい子で……そ、その子が……大きくなったら、ゆ、勇者になるかもって言ってたから……あ、ので……夢を叶えられたのか、確かめたくて……」
「へぇ~!そうだったんだ!……じゃあ────」
ノードゥスは少女を抱きかかえ……ようとして失敗し、2人一緒にハルコに摘まれ、彼の掌の上に座った。
「こほん……一緒に過ごしてようか。彼がまたここにやってくるまで。何年かかるかな……80年?もしかしたら数秒後かもしれない」
「い、いいんですか……?」
「いいとも。それまで私が知っている勇者達のお話でもして待っていよう。でもまずは────」
手をパン、と叩き、律の魔王は微笑んだ。
「君のその、お友達のお話をしてくれない?」
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しかし、そんなレオハート家の長男にも関わらずグリムは全く剣の才能が伸びなかった。
スキルを手にしてから早5年――。
「貴様は一族の恥だ。最早息子でも何でもない」
突如そう父に告げられたグリムは、家族からも王国からも追放され、人が寄り付かない辺境の森へと飛ばされてしまった。
森のモンスターに襲われ絶対絶命の危機に陥ったグリム。ふと辺りを見ると、そこには過去に辺境の森に飛ばされたであろう者達の骨が沢山散らばっていた。
それを見つけたグリムは全てを諦め、最後に潔く己の墓を建てたのだった。
「どうせならこの森で1番派手にしようか――」
そこから更に8年――。
18歳になったグリムは何故か辺境の森で最強の『双剣士』となっていた。
「やべ、また力込め過ぎた……。双剣じゃやっぱ強すぎるな。こりゃ1本は飾りで十分だ」
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