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一章 四人の勇者と血の魔王
第56話 あっぱれ、日ノ本魂
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「が……あッ……!」
吐血。リェフルの渾身の一撃はルリマに思いっきり叩き込まれた。本来なら再起不能に至るほど深く、会心とも言える有効打だったはずだが……ルリマは致命傷を逃れていた。
(服に付与していた魔法障壁が一発で破壊された……!)
ギルドマスターであるルリマのように、『財力があり』『本人が戦うことが少なく』『多くの戦いでは攻撃を受ける前に勝てる』者は、服そのものに付与魔法を施してもらっていることが多い。彼女の場合はスプトに長く滞在していたサヴェルにかけてもらった強力な障壁だが─────雷の聖剣と偽の勇者は貫いた。
「【雷剛】」
一撃では満足しない。すぐにリェフルは腕を引き抜き、もう一度拳を握り、放つ────
「【ネオ・パリィ】……!」
が、『人質』というインパクトを失った攻撃は剣聖にとって防御するのは容易でしかない。リェフルの拳は弾かれ、衝突の後二人は互いに後退する。
「ちょっと、離して────」
「……は?コンロソンの犬如きがあたしに命令し……は?は?」
「あぐっ……」
黒髪の少女の首根っこを掴み、リェフルは垂れた血と汗を拭う事を忘れるほどに怒りのような感情を宿していた。
「きも……気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!え、ちょ……は?これだから……これだからコンロソンはさぁ。何処の誰だか知らないけど黙っててよ。汚い唾こっちに飛ばしてこないで……ねっ」
「あ“……っ!?」
パチッ、とザラの頭部で電気が走り、彼女の首がガクンと項垂れる。
「……分からない。どうしてそこまでするの?」
「んー?」
「人質をとって、魔王に味方して……そこまでしてあなたがしたい事って何?災害を倒すなら私達全員で協力した方が────」
「災害を倒すだけが目的ならそうかもね」
そのリェフルの微笑みに……ルリマは一つの違和感を抱いた。
「─────リェフル。あなたは本当に、本当に魔王の仲間になったの?」
「…………えへへ、バレちゃった。うん、違うよ。魔族と分かり合おうなんて馬鹿げた考え、あたしが持ってるわけないもんね」
彼女の言う通り、ルリマは今のリェフルが軍に属そうとしているとは到底思えなかった。
「魔王の仲間につけば、レナさんの要求にも応えたし魔王軍に『入り込める』。その後は内側から崩壊させていくだけ。四天王を殺したり軍内で権威を上げていって政治に影響を及ぼしたり……やりたい事はいっぱいあるよ」
「……それもきっと、あなたにとっては『目的』じゃなくて『手段』でしょ?」
「あれ、こっちは分かんない?あたしがここまで魔族を嫌う理由」
目を大きく開き、リェフルは心の叫びをそのまま轟かせた。
「今、魔族は世界全体の『敵』。でもロクトさん達が勝てば魔族も仲良しこよしの世界が待っている」
「……そうね」
「そうした時一番損するのは─────あたし達獣人なの」
「─────は?何がどうなってそうなるのよ」
「分からなくても仕方ないよ。ルリマは人族だから。─────ここ最近は魔族っていう明らかな敵がいるおかげで、『みんな』の敵意や憎しみや『誰かを批判したい欲望』は全部魔族に向かってる」
手をくるっと回し、親指を自分の胸に突き立てる。
「でも前は獣人がその『役割』を担当してた」
「……」
「あらゆる差別を受けていた。奴隷だって大体は獣人だし。だから魔族もみんな一緒に手を取り合う世界を作ったレナさんは……あたしの宿敵なんだよね。初めて会った時は聖剣も無しに殴りかかろうとしたくらい!……戦っても敵わないだろうから大人しく長い物には巻かれておくけど」
「……あなたはその世界に戻らないために、魔族に敵対していて欲しい。そういう事?」
「ほんのちょっと違うかな」
────吹き荒れる風は互いの傷跡を刺激する。
「魔族には落ちるとこまで落ちていって欲しい。敵対とかいうレベルじゃないよ、世界全体の『敗者』になって……そうすれば獣人の地位は確立できる。ルリマ達人族と同じになれる。もう二度と─────おもちゃになんてならなくて良くなる」
「……」
「獣人の特徴は『身体能力』。魔族の特徴は『魔力』。……戦闘力に優れているのはどちらも同じだけどね、優遇されてるのは魔族だよ。なんでかルリマなら分かるかな?……物理戦闘の頂点である『剣聖』はルリマちゃん一人。対して魔法戦闘の頂点は……大賢者と賢者で合計13人!魔力や魔法を世界は重視してるって分かるよね!」
「……」
おまけに魔剣の力は『代償』付き。明らかな格差があり、そこに獣人達の苦しみがある────そしてルリマはそれを理解する事が出来ない。故に、リェフルにかける言葉は見つからない。
「ここまで話したのはルリマが友達だから。友達には隠し事なんて出来ないから」
「……そう」
「……じゃ、決着付けよう。あたしはこの『盾』を存分に使うけど……初めから人族に産まれられて才能にも家庭にも恵まれてるルリマは卑怯だなんて言わないよね」
「勿論。あなたが盾を一枚持ったところで────勝敗に影響は一切無いもの」
「あんまり挑発しないでよ、もう友達殺すのなんてごめんだから」
2人は構える。一人は精神を統一させ────『使いたくなかったスキル』に身を委ねる。一人は乱れた心のまま────全身全霊で飛び込む。
「二十式……!」
「【雷招】ッ!!」
雷鳴が轟き、魔剣が輝いた先は──────────。
ー ー ー ー ー ー ー
雷の勇者……リェフルに連れ攫われたザラを求め、ディグマとストゥネアは走り出した。リェフルがかなりの距離を離していたため、彼女に追いつくには時間が必要だった。
そのため、追いつく前に『彼女』が舞い降りてきてしまった。
「─────ディグマ、上方向だッ!」
風の揺らぎを察知したストゥネアは停止し、二つの刃を構える。そして────上空から降り注ぐ雨のように夥しい数の矢を視認した。
「【戦技・乱弾世界】……」
ストゥネアの指示があった瞬間に、即座にディグマは魔導具を展開していた。歩兵銃と化した黒の聖剣のサイトを覗き─────引き金を引く。
「発射」
冷静に狙い定め、放たれたのは大量の泥。本当に狙う必要があったのかと疑いたくなるほどの太さ、物量の泥は────矢を直接迎え撃つのではなく、展開された魔導具に激突した。
ディグマが狙ったのは『流し』てしまう事による矢の軌道と勢いの消滅。正面から泥を放っても貫通してくるほどの洗練された攻撃であると判断し、魔導具の跳弾を利用して不規則な軌道の濁流を生成し……矢をすべて巻き取って見せた。
─────が、矢の応酬は絶え間なく2人を襲う。
「っ、3時の方向────」
「はいっ!」
超速の一本の矢。先ほどの物量とは対照的だが、殺意に満ち溢れあらゆる物を貫けてしまえそうな一矢だった。
(────精神を研ぎ澄ませ。これは普通の魔導銃じゃない、言うなれば黒の聖銃。重要なのはイメージ。でも不完全にしか再現出来ない。ボクは知っているはずだ、聖剣が理解しやすい、この状況を打破出来る圧倒的な『破壊』のイメージを……!)
帝国の『対勇者戦闘訓練』の一環として、聖剣に関する資料を読み漁った。昔の記録はすぐに風化するこの世界で、帝国が総力を尽くして集めた12本の聖剣の情報。
その内の一本をディグマは思い浮かべた。
「【絶技・天焦地融】!」
熱線は放たれる。ただの『炎』をイメージしたのならば黒の聖剣は『炭』や『煙』を再現したかもしれない。だが────ディグマが思い浮かべたのは聖剣の炎。
あらゆる物を灰にしてしまう【葬の聖剣】の異常な炎だ。
「……上手く行った」
黒い炎の線が歩兵銃から放たれ、矢は無慈悲に燃やされた。木で出来ている限りはどれだけ速かろうと熱には抗えない。
「……で、あなたは誰です?」
「─────」
次元の亀裂から現れた……エルフの女。言葉を発さない彼女の首の縫い目は目立つため、2人はすぐに気付き─────同時に只者ではない事を再確認した。
ー ー ー ー ー ー ー
ーーーーーーー
次元深界
ーーーーーーー
「……そんでね、その後が大変だったんだよ~。岩も黒も雷も殺せたと思ったらさ、最後の葬の勇者がとんでもない奴で!」
「す、すげぇー」
「あいつに魔王軍はほとんど殺されちゃってね~……そしたら私、頭真っ白になっちゃってすんごい怒っちゃってさ。冷静になってれば相打ちじゃなくて勝てたのかなぁ~」
「へ、へぇ……」
マジで、俺にどういう気持ちで聞いて欲しくてこのノードゥスとかいう魔王は生前の話をしてんだ?仲間思いとか言い伝えられてたけど絶対ウザい上司だっただろこいつ。いくら移動中が暇だったとしても勇者に勇者を殺した話すんなよ。
「今の魔王……マジストロイ君はどんな子なんだい?ハルコには捕まえるよう命令してたみたいだけど、殺さなくて大丈夫なの?」
「あいつは……あぁ、そうだな。世界全体の平和と、母親の安寧を願ってる良い奴だよ。なんせ、災害を倒したくて魔王になった奴だしな」
「災害を?無茶するねぇ」
「あと楔の勇者でもある」
「……え???今なんて言った!?勇者!?魔王なのに勇……」
コツン、とハルコが小指でノードゥスの頭を叩き、前方を指差す。
「おや、もうすぐ勇者達のいる区間に入るみたいだね」
「次元深界の中で区間とかあるのかよ」
「うん。……人族と魔族の果ての無い憎しみは争いを生む。死後の世界くらい安らかに過ごしたいだろ?だからお互いに離れてようって話になってね」
「え、それじゃあこの先を進むのってまずくないか……?」
「まぁ、そうだろうね────っ!」
突如足場……ハルコの手のひらが揺らぎ、視界が青の腕に塞がれる。前方に一瞬だけ見えた『炎』を防ぐために力の魔王が俺たちを囲ったんだ。
「……やっぱり、出迎えるなら君か」
「…………!」
目の前に佇むのは、妙な格好の男。魔物の頭蓋骨のような被り物と、焼け焦げたようなローブを何重にも纏っている……幽霊のような、人なのか魔族なのか分からない、無口の奴。あ、死んでるから幽霊ってのは間違ってはいない……のか?
手に持った赤黒い剣が、鈍い光を放ち──────いや待て。これは……!?
「……聖剣の魔力!?」
炎を纏う剣は、確かに聖剣特有の魔力を漲らせていた。
「こちら、今もなお存命中の岩の勇者のロクト君だ」
「…………?」
「そう、この子は生きている。魂だけだったオリハルコンに実体を与えたのも彼だ。ひょんな事からここに迷い込んだみたいでね」
「…………」
「そこで、過去の岩の勇者にロクト君を鍛えてもらいたい。現在の世界では少しまずい事になってるらしい……救世は君達の願いでもあるはずだ」
「…………」
「恩に着るよ」
「えーと……どうやって会話してんの?」
「長年の付き合いでもなきゃ、こんなクソ野郎の言いたい事なんて理解出来ない」
骸骨頭の男の背中を、ハルコがゆっくりと歩みながら追う。
「なぁ……あいつって、その」
「【葬の勇者】」
「……だよな」
炎を操る聖剣、歴史上で唯一【葬の聖剣】に選ばれ、律の魔王と相打ちになったという────。
「彼と私はこの次元深界に来て……軽く100年くらいは戦い続けただろう。一人で戦えない私は他の魔王を巻き込み、彼は他の勇者の静止を聞かず暴れ回る。この世界では死という概念が無く、魂が再現したこの肉体は欠ければ勝手に修復される。見かねたハルコに諌められるまでは……まさに地獄そのものだったよ」
「なんだよ、さっきの話ってお前らの事だったのか」
100年も殺し合いを続けてれば、そりゃ棲み分けもしようってなるわ。
「……あれ、教科書で見た事ある人が何人かいる……」
まだ少ないが、ポツポツと何人かのグループが現れ始め、そのすべてが俺達を注視している。
「剣聖、賢者、勇者に魔王……基本的に『革命蛹』に選ばれた者は才能を開花させ歴史に名を残す事がほとんどだ。……というより、『後に大成する者を革命蛹にしている』のだろうけど」
「ふーん……」
一瞬だけ武器を構える人もいるが……俺達の前を歩いている葬の勇者を見ると、皆それを納める。
「あいつ、人間側のリーダー的存在だったりするのか?」
「というよりは……酷く暴れ回った人族は彼くらいしかいなくてね。皆ドン引きしてたよ。だから私とハルコがいても、彼が穏やかにしていたら『まぁあいつが戦ってないなら……』ってなる感じ」
「な、なるほど……」
俺が被り物の男に視線を戻すと、彼は右腕を上げて左右に振った。目線の先は────赤い髪の女性。
「うーわ、律の魔王がなんかデカい巨人に乗ってきた!ナナシさん、何だよこの状況」
「…………」
「って喋れないんだったァ!うーん、マジで分かんね…………ん?」
筋肉質で身長も高めなその女性の視線の先は……俺と聖剣。
「……お?オイオイ、オイオイオイ!なんか青くなってるけどそれ、岩の聖剣だよなァ、小僧」
「そ、そうっす……」
「ハッハハハハ!岩の聖剣が死んでもついてくるなんて随分と気に入られたみたいじゃねーか、おぉ?」
「違うよルビーちゃん。この子はまだ死んでない」
「え?じゃあ何でここに……」
「それも含めて説明するからさ─────先代岩の勇者の胸を借りて、鍛えてもらってきなよ。ほらっ!」
「ぐえっ」
ノードゥスに蹴られると同時にハルコに指の間が開き、俺は無機質で真っ暗な床に落下する。柔らかくも硬くもない感触から顔を上げると……。
「─────ほほう?面白いガキが来たと思ったけど、好きにして良いのかい……!」
「……ひぇっ」
ただただ熱血な雰囲気。まるでグランドギルドマスターのようなこのゴリラ感。サヴェルとゴルガスと共にシゴかれた期間を思い出すこの笑顔!
「自分で言うのもなんだけど、アタシは厳しめだ……覚悟はしてるだろうな?」
「……はい…………」
してない、だなんて言えるはずが無かった今日この頃。地獄の修行が待ち受けてるであろうこの先の展開を俺は受け入れるしかなかったとさ……。
ーーーーーーー
リェフルの名前の由来は、『リェフル』は『フェンリル』から取ったもので、『サンヴァリアブル』の『サン』は北欧神話においてフェンリルの仔という説もある魔狼が太陽を喰らったという逸話から取りました。災害を倒すという大きな目標を持っている彼女は、いつかその魔狼のように大事を成せるでしょうか。『ヴァリアブル』はリェフル本人が抱える矛盾やコロコロと移り行く情緒からvariable(変化しやすい)を採用しました。
吐血。リェフルの渾身の一撃はルリマに思いっきり叩き込まれた。本来なら再起不能に至るほど深く、会心とも言える有効打だったはずだが……ルリマは致命傷を逃れていた。
(服に付与していた魔法障壁が一発で破壊された……!)
ギルドマスターであるルリマのように、『財力があり』『本人が戦うことが少なく』『多くの戦いでは攻撃を受ける前に勝てる』者は、服そのものに付与魔法を施してもらっていることが多い。彼女の場合はスプトに長く滞在していたサヴェルにかけてもらった強力な障壁だが─────雷の聖剣と偽の勇者は貫いた。
「【雷剛】」
一撃では満足しない。すぐにリェフルは腕を引き抜き、もう一度拳を握り、放つ────
「【ネオ・パリィ】……!」
が、『人質』というインパクトを失った攻撃は剣聖にとって防御するのは容易でしかない。リェフルの拳は弾かれ、衝突の後二人は互いに後退する。
「ちょっと、離して────」
「……は?コンロソンの犬如きがあたしに命令し……は?は?」
「あぐっ……」
黒髪の少女の首根っこを掴み、リェフルは垂れた血と汗を拭う事を忘れるほどに怒りのような感情を宿していた。
「きも……気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!え、ちょ……は?これだから……これだからコンロソンはさぁ。何処の誰だか知らないけど黙っててよ。汚い唾こっちに飛ばしてこないで……ねっ」
「あ“……っ!?」
パチッ、とザラの頭部で電気が走り、彼女の首がガクンと項垂れる。
「……分からない。どうしてそこまでするの?」
「んー?」
「人質をとって、魔王に味方して……そこまでしてあなたがしたい事って何?災害を倒すなら私達全員で協力した方が────」
「災害を倒すだけが目的ならそうかもね」
そのリェフルの微笑みに……ルリマは一つの違和感を抱いた。
「─────リェフル。あなたは本当に、本当に魔王の仲間になったの?」
「…………えへへ、バレちゃった。うん、違うよ。魔族と分かり合おうなんて馬鹿げた考え、あたしが持ってるわけないもんね」
彼女の言う通り、ルリマは今のリェフルが軍に属そうとしているとは到底思えなかった。
「魔王の仲間につけば、レナさんの要求にも応えたし魔王軍に『入り込める』。その後は内側から崩壊させていくだけ。四天王を殺したり軍内で権威を上げていって政治に影響を及ぼしたり……やりたい事はいっぱいあるよ」
「……それもきっと、あなたにとっては『目的』じゃなくて『手段』でしょ?」
「あれ、こっちは分かんない?あたしがここまで魔族を嫌う理由」
目を大きく開き、リェフルは心の叫びをそのまま轟かせた。
「今、魔族は世界全体の『敵』。でもロクトさん達が勝てば魔族も仲良しこよしの世界が待っている」
「……そうね」
「そうした時一番損するのは─────あたし達獣人なの」
「─────は?何がどうなってそうなるのよ」
「分からなくても仕方ないよ。ルリマは人族だから。─────ここ最近は魔族っていう明らかな敵がいるおかげで、『みんな』の敵意や憎しみや『誰かを批判したい欲望』は全部魔族に向かってる」
手をくるっと回し、親指を自分の胸に突き立てる。
「でも前は獣人がその『役割』を担当してた」
「……」
「あらゆる差別を受けていた。奴隷だって大体は獣人だし。だから魔族もみんな一緒に手を取り合う世界を作ったレナさんは……あたしの宿敵なんだよね。初めて会った時は聖剣も無しに殴りかかろうとしたくらい!……戦っても敵わないだろうから大人しく長い物には巻かれておくけど」
「……あなたはその世界に戻らないために、魔族に敵対していて欲しい。そういう事?」
「ほんのちょっと違うかな」
────吹き荒れる風は互いの傷跡を刺激する。
「魔族には落ちるとこまで落ちていって欲しい。敵対とかいうレベルじゃないよ、世界全体の『敗者』になって……そうすれば獣人の地位は確立できる。ルリマ達人族と同じになれる。もう二度と─────おもちゃになんてならなくて良くなる」
「……」
「獣人の特徴は『身体能力』。魔族の特徴は『魔力』。……戦闘力に優れているのはどちらも同じだけどね、優遇されてるのは魔族だよ。なんでかルリマなら分かるかな?……物理戦闘の頂点である『剣聖』はルリマちゃん一人。対して魔法戦闘の頂点は……大賢者と賢者で合計13人!魔力や魔法を世界は重視してるって分かるよね!」
「……」
おまけに魔剣の力は『代償』付き。明らかな格差があり、そこに獣人達の苦しみがある────そしてルリマはそれを理解する事が出来ない。故に、リェフルにかける言葉は見つからない。
「ここまで話したのはルリマが友達だから。友達には隠し事なんて出来ないから」
「……そう」
「……じゃ、決着付けよう。あたしはこの『盾』を存分に使うけど……初めから人族に産まれられて才能にも家庭にも恵まれてるルリマは卑怯だなんて言わないよね」
「勿論。あなたが盾を一枚持ったところで────勝敗に影響は一切無いもの」
「あんまり挑発しないでよ、もう友達殺すのなんてごめんだから」
2人は構える。一人は精神を統一させ────『使いたくなかったスキル』に身を委ねる。一人は乱れた心のまま────全身全霊で飛び込む。
「二十式……!」
「【雷招】ッ!!」
雷鳴が轟き、魔剣が輝いた先は──────────。
ー ー ー ー ー ー ー
雷の勇者……リェフルに連れ攫われたザラを求め、ディグマとストゥネアは走り出した。リェフルがかなりの距離を離していたため、彼女に追いつくには時間が必要だった。
そのため、追いつく前に『彼女』が舞い降りてきてしまった。
「─────ディグマ、上方向だッ!」
風の揺らぎを察知したストゥネアは停止し、二つの刃を構える。そして────上空から降り注ぐ雨のように夥しい数の矢を視認した。
「【戦技・乱弾世界】……」
ストゥネアの指示があった瞬間に、即座にディグマは魔導具を展開していた。歩兵銃と化した黒の聖剣のサイトを覗き─────引き金を引く。
「発射」
冷静に狙い定め、放たれたのは大量の泥。本当に狙う必要があったのかと疑いたくなるほどの太さ、物量の泥は────矢を直接迎え撃つのではなく、展開された魔導具に激突した。
ディグマが狙ったのは『流し』てしまう事による矢の軌道と勢いの消滅。正面から泥を放っても貫通してくるほどの洗練された攻撃であると判断し、魔導具の跳弾を利用して不規則な軌道の濁流を生成し……矢をすべて巻き取って見せた。
─────が、矢の応酬は絶え間なく2人を襲う。
「っ、3時の方向────」
「はいっ!」
超速の一本の矢。先ほどの物量とは対照的だが、殺意に満ち溢れあらゆる物を貫けてしまえそうな一矢だった。
(────精神を研ぎ澄ませ。これは普通の魔導銃じゃない、言うなれば黒の聖銃。重要なのはイメージ。でも不完全にしか再現出来ない。ボクは知っているはずだ、聖剣が理解しやすい、この状況を打破出来る圧倒的な『破壊』のイメージを……!)
帝国の『対勇者戦闘訓練』の一環として、聖剣に関する資料を読み漁った。昔の記録はすぐに風化するこの世界で、帝国が総力を尽くして集めた12本の聖剣の情報。
その内の一本をディグマは思い浮かべた。
「【絶技・天焦地融】!」
熱線は放たれる。ただの『炎』をイメージしたのならば黒の聖剣は『炭』や『煙』を再現したかもしれない。だが────ディグマが思い浮かべたのは聖剣の炎。
あらゆる物を灰にしてしまう【葬の聖剣】の異常な炎だ。
「……上手く行った」
黒い炎の線が歩兵銃から放たれ、矢は無慈悲に燃やされた。木で出来ている限りはどれだけ速かろうと熱には抗えない。
「……で、あなたは誰です?」
「─────」
次元の亀裂から現れた……エルフの女。言葉を発さない彼女の首の縫い目は目立つため、2人はすぐに気付き─────同時に只者ではない事を再確認した。
ー ー ー ー ー ー ー
ーーーーーーー
次元深界
ーーーーーーー
「……そんでね、その後が大変だったんだよ~。岩も黒も雷も殺せたと思ったらさ、最後の葬の勇者がとんでもない奴で!」
「す、すげぇー」
「あいつに魔王軍はほとんど殺されちゃってね~……そしたら私、頭真っ白になっちゃってすんごい怒っちゃってさ。冷静になってれば相打ちじゃなくて勝てたのかなぁ~」
「へ、へぇ……」
マジで、俺にどういう気持ちで聞いて欲しくてこのノードゥスとかいう魔王は生前の話をしてんだ?仲間思いとか言い伝えられてたけど絶対ウザい上司だっただろこいつ。いくら移動中が暇だったとしても勇者に勇者を殺した話すんなよ。
「今の魔王……マジストロイ君はどんな子なんだい?ハルコには捕まえるよう命令してたみたいだけど、殺さなくて大丈夫なの?」
「あいつは……あぁ、そうだな。世界全体の平和と、母親の安寧を願ってる良い奴だよ。なんせ、災害を倒したくて魔王になった奴だしな」
「災害を?無茶するねぇ」
「あと楔の勇者でもある」
「……え???今なんて言った!?勇者!?魔王なのに勇……」
コツン、とハルコが小指でノードゥスの頭を叩き、前方を指差す。
「おや、もうすぐ勇者達のいる区間に入るみたいだね」
「次元深界の中で区間とかあるのかよ」
「うん。……人族と魔族の果ての無い憎しみは争いを生む。死後の世界くらい安らかに過ごしたいだろ?だからお互いに離れてようって話になってね」
「え、それじゃあこの先を進むのってまずくないか……?」
「まぁ、そうだろうね────っ!」
突如足場……ハルコの手のひらが揺らぎ、視界が青の腕に塞がれる。前方に一瞬だけ見えた『炎』を防ぐために力の魔王が俺たちを囲ったんだ。
「……やっぱり、出迎えるなら君か」
「…………!」
目の前に佇むのは、妙な格好の男。魔物の頭蓋骨のような被り物と、焼け焦げたようなローブを何重にも纏っている……幽霊のような、人なのか魔族なのか分からない、無口の奴。あ、死んでるから幽霊ってのは間違ってはいない……のか?
手に持った赤黒い剣が、鈍い光を放ち──────いや待て。これは……!?
「……聖剣の魔力!?」
炎を纏う剣は、確かに聖剣特有の魔力を漲らせていた。
「こちら、今もなお存命中の岩の勇者のロクト君だ」
「…………?」
「そう、この子は生きている。魂だけだったオリハルコンに実体を与えたのも彼だ。ひょんな事からここに迷い込んだみたいでね」
「…………」
「そこで、過去の岩の勇者にロクト君を鍛えてもらいたい。現在の世界では少しまずい事になってるらしい……救世は君達の願いでもあるはずだ」
「…………」
「恩に着るよ」
「えーと……どうやって会話してんの?」
「長年の付き合いでもなきゃ、こんなクソ野郎の言いたい事なんて理解出来ない」
骸骨頭の男の背中を、ハルコがゆっくりと歩みながら追う。
「なぁ……あいつって、その」
「【葬の勇者】」
「……だよな」
炎を操る聖剣、歴史上で唯一【葬の聖剣】に選ばれ、律の魔王と相打ちになったという────。
「彼と私はこの次元深界に来て……軽く100年くらいは戦い続けただろう。一人で戦えない私は他の魔王を巻き込み、彼は他の勇者の静止を聞かず暴れ回る。この世界では死という概念が無く、魂が再現したこの肉体は欠ければ勝手に修復される。見かねたハルコに諌められるまでは……まさに地獄そのものだったよ」
「なんだよ、さっきの話ってお前らの事だったのか」
100年も殺し合いを続けてれば、そりゃ棲み分けもしようってなるわ。
「……あれ、教科書で見た事ある人が何人かいる……」
まだ少ないが、ポツポツと何人かのグループが現れ始め、そのすべてが俺達を注視している。
「剣聖、賢者、勇者に魔王……基本的に『革命蛹』に選ばれた者は才能を開花させ歴史に名を残す事がほとんどだ。……というより、『後に大成する者を革命蛹にしている』のだろうけど」
「ふーん……」
一瞬だけ武器を構える人もいるが……俺達の前を歩いている葬の勇者を見ると、皆それを納める。
「あいつ、人間側のリーダー的存在だったりするのか?」
「というよりは……酷く暴れ回った人族は彼くらいしかいなくてね。皆ドン引きしてたよ。だから私とハルコがいても、彼が穏やかにしていたら『まぁあいつが戦ってないなら……』ってなる感じ」
「な、なるほど……」
俺が被り物の男に視線を戻すと、彼は右腕を上げて左右に振った。目線の先は────赤い髪の女性。
「うーわ、律の魔王がなんかデカい巨人に乗ってきた!ナナシさん、何だよこの状況」
「…………」
「って喋れないんだったァ!うーん、マジで分かんね…………ん?」
筋肉質で身長も高めなその女性の視線の先は……俺と聖剣。
「……お?オイオイ、オイオイオイ!なんか青くなってるけどそれ、岩の聖剣だよなァ、小僧」
「そ、そうっす……」
「ハッハハハハ!岩の聖剣が死んでもついてくるなんて随分と気に入られたみたいじゃねーか、おぉ?」
「違うよルビーちゃん。この子はまだ死んでない」
「え?じゃあ何でここに……」
「それも含めて説明するからさ─────先代岩の勇者の胸を借りて、鍛えてもらってきなよ。ほらっ!」
「ぐえっ」
ノードゥスに蹴られると同時にハルコに指の間が開き、俺は無機質で真っ暗な床に落下する。柔らかくも硬くもない感触から顔を上げると……。
「─────ほほう?面白いガキが来たと思ったけど、好きにして良いのかい……!」
「……ひぇっ」
ただただ熱血な雰囲気。まるでグランドギルドマスターのようなこのゴリラ感。サヴェルとゴルガスと共にシゴかれた期間を思い出すこの笑顔!
「自分で言うのもなんだけど、アタシは厳しめだ……覚悟はしてるだろうな?」
「……はい…………」
してない、だなんて言えるはずが無かった今日この頃。地獄の修行が待ち受けてるであろうこの先の展開を俺は受け入れるしかなかったとさ……。
ーーーーーーー
リェフルの名前の由来は、『リェフル』は『フェンリル』から取ったもので、『サンヴァリアブル』の『サン』は北欧神話においてフェンリルの仔という説もある魔狼が太陽を喰らったという逸話から取りました。災害を倒すという大きな目標を持っている彼女は、いつかその魔狼のように大事を成せるでしょうか。『ヴァリアブル』はリェフル本人が抱える矛盾やコロコロと移り行く情緒からvariable(変化しやすい)を採用しました。
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無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる
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猪突猛進型少女の勇者と、気苦労耐えない幼馴染が繰り広げる怒涛のバトルアクション!

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
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異世界に召喚されたが「間違っちゃった」と身勝手な女神に追放されてしまったので、おまけで貰ったスキルで凡人の俺は頑張って生き残ります!
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神乃勇人(こうのゆうと)はある日、女神ルミナによって異世界へと転移させられる。
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勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
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