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一章 四人の勇者と血の魔王
第51話 自由すぎても困るから何事も程良くが一番
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ストゥネア・モーウェンの母親が、彼女を死体に見せかけるべく果物ナイフを白い柔肌に押し当てる直前。
記憶の断片はおぼろげのようで、はっきりと焼き付いている。
『久しいな、風天のデュランド』
『何しに来たかって?……復讐ってやつさ、分かってるくせに。……おい、分かってて言ってるんだよな?それとも何だ、覚えてないのか?お前が殺してきた人間と、一人だけ生き残った人間の顔を……』
『あー……確かに魔族も同じ人間、みんな仲良くって掲げたさ。だがそれは……他の3人の勇者が、ルビーとズオとキャロルがそうしたいって言ってたから、俺もあいつらに合わせただけだ』
『でも俺を残して3人は死んだ。めでたく老衰でな。俺とこの聖剣を止めてくれる奴はもう居ない。……あいつらがそばに居てくれたおかげで俺は一人じゃなかった。─────お前が故郷のみんなをブッ殺したせいで、俺は一人だった』
『なのになんでお前は一人じゃないんだ?おかしいだろ、なぁ……なんでお前には家族がいるんだよ───────ッ!!』
初めから、疑問を抱きながらの復讐心だった。
仮に仇である勇者を殺して、その後に何が待ち受けるのか。ただの空虚ならまだしも……復讐の連鎖が続いてしまうのではないか、と。
その勇者が『誰』なのか、はっきりと結論を出したくないがストゥネアは検討が付いてしまっていた。それでも復讐をしないために、強くなる原動力として復讐心を利用し、実行だけは絶対に成さないように─────知らないフリをしていた。忘れたフリをしていた。
だが今、相対する男はその勇者を彷彿とさせる姿と気配を宿している。
「『応えてくれ』……黒の聖剣」
因縁の相手が持っていた聖剣とは正反対ながら、似たような感覚。
抜かれた黒刀は───────⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎
「──────え」
約1秒、ストゥネアは完全に思考が停止した。
(─────落ち着け。夕暮れが真夜中に一瞬で変わる事はない。この私達を覆う『闇』は黒の聖剣によるモノ)
彼女の視界はディグマが刀を抜いた瞬間から黒塗りにされていた。しかし、十数秒もすれば闇にも目が慣れ始める。
……それは同じく思考を停止させかけたディグマも同じ事だった。
(……これは闇……なのか?でも取り敢えずは─────)
同じならば当然、聖剣に対して理解がある勇者のディグマが先に動く。
「ッ!」
感じた風圧。正面からの聖剣を魔剣で受け止め、衝撃をいなし一歩下がる。
「変に裏に回ったら音で気付かれちゃうと思ったから真っ直ぐ行ったけど……そっか、風で分かるんだね」
「そういう事だ……【乱風】!」
黒の聖剣を魔剣で無理矢理地面に叩きつけ、同時にその口を開放。溜め込んだ風を出鱈目に放出するスキルだが─────
(闇は晴れない……となると、細かい粉のようなものを撒いたわけではない。闇魔法の類か……?)
ストゥネアが風圧で後退したディグマに追い討ちをすべく振りかぶった瞬間────闇が晴れた。
「やっぱり、納めると止まる」
最初に写ったのは納刀するディグマの姿。
「諦めた訳じゃないですよ。だから今この瞬間も攻撃してきてもらって良いです。ただ─────ボクも少し掴んだかもしれないので」
「ほう、それは……楽しみだなッ!」
風を剣に纏わせるスキル────【風刃】を発動し、右から左上方向に切り上げる。対してディグマは再び抜刀し……
「「─────ッ!?」」
二人は圧倒的な『睡魔』に襲われた。抵抗できないほど重くなった瞼によって景色が『黒』に塞がれる。ストゥネアですら魔剣を握る手が緩みそうになり、崩れそうな膝を立たせて攻撃を中断させる。
「な……にが……!」
「……ふふっ、やっぱりそうだ。完全に理解した」
チャキン、と鞘に刀身が収まる金属音が再び鳴ると睡魔は消失し、二人の視界の上半分が正常に戻る。
(この刀は、黒の聖剣は─────ボクの『イメージ』を反映している)
ディグマは『聖剣を使いこなしたい』と願い、抜いた。リェフルと対峙した時は『西の勇者のように』……と。
その結果、ディグマの願いを叶えようとした黒の聖剣は『岩』、『溶岩』などの要素を不完全に再現した『黒い泥』を放出した。
次についさっき、周囲を覆った『闇』────ディグマはわずかながら、リェフルという理解の範疇を超越した化け物ですら聖剣を使いこなしている事に複雑な感情を抱いていた。強い印象を植え付けられていた。
その結果、黒の聖剣は『雷』の要素を不完全に再現した『黒い光』を放出した。
最後は言わずもがな、自分の仮説を立証するためにママロをイメージしたディグマの願いを叶えるため、『夢』に至るための『瞼の裏の黒』を見せた。……つまりは『眠気』だ。
「……ボクに従う、ボクの聖剣。しかし手綱を握るのはボクとは限らず、気を抜けば乗っ取られる……上等、それくらいで良いよ」
柄を握り、いつでも抜刀できる構え。
「搦手はもう終わりか?」
「はい、付き合わせてしまいましたね。……行きましょう」
「……あぁ」
【風飲剣】がゴウゴウと鳴き、その口は徐々に開いた角度を上げていく。嵐が巻き起こりそうになるほど凄まじい勢いで風を吸引し─────
「……【紡二風】」
そのまま二つに裂けた。
吸引した風を魔力に、鋭利な風属性魔力の刃を常に纏う2本の剣をストゥネアは構えた。
「【疾風斬り】!」
「!」
明らかな射程外からの、突然の斬撃。延長された風の刃をディグマはバックステップで避け、ストゥネアから目を離さない。
そして【疾風斬り】の二太刀目が縦振りに空気を断裂させる。
「─────【嵐】!」
ディグマが紙一重で【疾風斬り】を避けた瞬間。横向きに無理矢理身体を動かした……つまり身体の芯がブレた瞬間に。
ストゥネアは右手の魔剣を逆手持ちに、左手はそのまま硬く握り……回転。
一瞬の隙を狙った大技の発動。この離れた距離もあり、対剣士の戦法としては何ら問題はない、が──────
「『行こう』……黒の聖剣」
巻き起こり始めた風の収束で足がもつれそうになり、このまま強くなれば絶望的なほどまで成長するとディグマにも理解出来た。
だから阻止する……一瞬にして、近づく事なく、最低限の動作で。
「ッ!?」
ストゥネアの双剣に『何か』が激突した。それによって回転が歪むと同時にその勢いも落ちる。
(それだけじゃない、剣が、重い……?)
停止した彼女が見た、剣に張り付いていたのは─────粘着質の黒い泥。
「結局のところ、ボクにはこれが合ってるみたいですね」
「─────それは……」
先端に小さな剣が取り付けられた、軍用の歩兵銃。特徴を挙げるなら『真っ黒』という一点しか無い、平凡なモノに見えるそれは……今手に持っている人間が他でも無い東の勇者なため、ストゥネアは正体を容易に当てられる。
「まさか……黒の聖剣だとでも言うのか」
「剣を変形させる技術を教えてくれたのはネアさんですよ」
「いや、と言うかお互い剣を持って戦おうみたいな雰囲気だったのにそれはなんか……」
「え!?これダメですか?アウトですか……?」
「ズルだ!ズルいだろうそれは!」
「そ、そんな事言われても……ちょ、ちょっと待っててください。外野に判定してもらうので……」
銃口を地面に向け、ディグマはザラとシャーグがいた方を向く。
「おーーーい!2人とも────────」
───────────────────────閃光。
「なッ……!?」
眩い光が超速でディグマの視界を通る。光は2人の人影へ近づき……そして一瞬にして来た方向を逆走する。
問題点は二つ。
その閃光に見覚えがあり、厄介な相手の仕業である事。
そして────人影が一人減った事。
「ディ、グマぁ……!」
「っ、シャーグッ!」
「ど、どうした!?今、何が……」
焼け焦げたような軍服と、所々の切り傷。そして切断された軍刀。
勝負を中断して駆け寄った二人は目を疑った。それほどに『北の勇者』と思われる存在がシャーグ達に接触した時間は短かったのだ。
「すまねぇ……マジの一瞬だった……」
「お、落ち着け!支給されたポーションは残ってるはずだろ!」
「ザラちゃん……ザラちゃんが連れてかれたんだ……!」
「っ……やっぱり、か……」
もちろん、ディグマはこの直後に走り出す。たった一人の妹を助けるために、もう二度と兄として間違えないように。
だが一瞬、ほんの一瞬躊躇ってしまった。恐れてしまった。
─────リェフル・サンヴァリアブルという人間は本当に触れてはいけないタイプの人間ではないか、と。幾度の対話を繰り返しても理解できない存在なのではないか、と……。
ー ー ー ー ー ー ー
「【流】っと……はい、終わり」
上空から雨の弾丸を降らせ、サヴェルとゴルガスを追いかけ回す分身体ヴァイロを消滅させる。
「おおおおお!ありがたいのだぁぁぁぁ!」という雄叫びを耳に入れながらママロは抑えきれない欠伸をこぼす。
(呑気すぎるぞ。今も戦っている者がいるんだ……)
「はいはい」
(次はロクト殿の支援だ。……俺達が最大限消耗させたとは言え、一人で魔王の相手をする負荷は計り知れない)
「そんな強くなさそうだったしね。今頃野垂れ死んでるかも……」
(そういう発言は控えた方がいい、自分で自分の品位を下げるな)
「はいはい」
(それに、君は何故か彼より強い気でいるっぽいが……聖剣を使いこなすという方面ではロクト殿はとんでもない実力を持っている)
「え」
(あれほどの同調率を持つ勇者は、少なくとも弊剣の記録では存在しない)
「……まさか。あんなおちゃらけてそうな人が─────」
大地を見下ろし、ロクトとマジストロイの位置を探そうとした……約2秒後。
大量の『青い腕』が空中に展開される。
場所はママロから見て左下。6本の巨人の手腕が赤い閃光を捕まえようとしているように見えた。
中心に位置するのは……青い鎧。ロクト・マイニングの魔力を宿した人型の存在。
「……訂正、かも。あの腕みたいなやつ、ちょっと……と言うかかなりヤバい魔力してる……!」
(その感覚は合っていると推測。聖剣の第五級警報が発令した)
「五級って……全部でいくつなの」
(五だ。主に『災害』に対して発令される)
「……えぇ…………」
(…………『次元深界』の反応あり、か。ママロ、一応離れておいた方が良い)
「行った方が良いのか行かないのかどっちよ」
(普通に考えて後から出した指示の方が正しいに決まっているだろう、揚げ足を取っている場合じゃない事を理解すべきだ)
「ごめんなさい」
(……それほど深刻な状況に陥る可能性があると言う事だ。ロクト殿の次元魔法には絶対に触れてはいけない。良いか?)
「急にストレートな遠慮無しの正論で火力高くなったからびっくりしちゃった。分かったけど……どうして?」
もはやナイズと会話出来るのなら内容はどうでも良い領域に達していたママロが首を傾げる。もちろん、『腕』の不気味な魔力は彼女が身をもって体感しているため危険性を理解出来るが、ナイズの言い方は『次元魔法』自体が危険というようだった。
(それは──────)
ガゴン、という轟音によってナイズの念話は無い口を噤む。
「あれは……」
6本の掌は一点に集中していた。指を絡ませ、絶対に離さないように……中のモノを出さないようにという意思が伝わる力の脈動。
オリハルコンの檻が、空中に生まれた。
「ハァ、ハァ……」
その手の甲のてっぺんから、同じく神の鉄によって作られた鎧が雑に投げられ、落下する。
─────そこに一人佇む男によって。
「───────俺の勝ちだ」
内臓は破損しボロボロになった身体からの流血を気にも留めない態度で……彼は静かに歯を見せた。
記憶の断片はおぼろげのようで、はっきりと焼き付いている。
『久しいな、風天のデュランド』
『何しに来たかって?……復讐ってやつさ、分かってるくせに。……おい、分かってて言ってるんだよな?それとも何だ、覚えてないのか?お前が殺してきた人間と、一人だけ生き残った人間の顔を……』
『あー……確かに魔族も同じ人間、みんな仲良くって掲げたさ。だがそれは……他の3人の勇者が、ルビーとズオとキャロルがそうしたいって言ってたから、俺もあいつらに合わせただけだ』
『でも俺を残して3人は死んだ。めでたく老衰でな。俺とこの聖剣を止めてくれる奴はもう居ない。……あいつらがそばに居てくれたおかげで俺は一人じゃなかった。─────お前が故郷のみんなをブッ殺したせいで、俺は一人だった』
『なのになんでお前は一人じゃないんだ?おかしいだろ、なぁ……なんでお前には家族がいるんだよ───────ッ!!』
初めから、疑問を抱きながらの復讐心だった。
仮に仇である勇者を殺して、その後に何が待ち受けるのか。ただの空虚ならまだしも……復讐の連鎖が続いてしまうのではないか、と。
その勇者が『誰』なのか、はっきりと結論を出したくないがストゥネアは検討が付いてしまっていた。それでも復讐をしないために、強くなる原動力として復讐心を利用し、実行だけは絶対に成さないように─────知らないフリをしていた。忘れたフリをしていた。
だが今、相対する男はその勇者を彷彿とさせる姿と気配を宿している。
「『応えてくれ』……黒の聖剣」
因縁の相手が持っていた聖剣とは正反対ながら、似たような感覚。
抜かれた黒刀は───────⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎
「──────え」
約1秒、ストゥネアは完全に思考が停止した。
(─────落ち着け。夕暮れが真夜中に一瞬で変わる事はない。この私達を覆う『闇』は黒の聖剣によるモノ)
彼女の視界はディグマが刀を抜いた瞬間から黒塗りにされていた。しかし、十数秒もすれば闇にも目が慣れ始める。
……それは同じく思考を停止させかけたディグマも同じ事だった。
(……これは闇……なのか?でも取り敢えずは─────)
同じならば当然、聖剣に対して理解がある勇者のディグマが先に動く。
「ッ!」
感じた風圧。正面からの聖剣を魔剣で受け止め、衝撃をいなし一歩下がる。
「変に裏に回ったら音で気付かれちゃうと思ったから真っ直ぐ行ったけど……そっか、風で分かるんだね」
「そういう事だ……【乱風】!」
黒の聖剣を魔剣で無理矢理地面に叩きつけ、同時にその口を開放。溜め込んだ風を出鱈目に放出するスキルだが─────
(闇は晴れない……となると、細かい粉のようなものを撒いたわけではない。闇魔法の類か……?)
ストゥネアが風圧で後退したディグマに追い討ちをすべく振りかぶった瞬間────闇が晴れた。
「やっぱり、納めると止まる」
最初に写ったのは納刀するディグマの姿。
「諦めた訳じゃないですよ。だから今この瞬間も攻撃してきてもらって良いです。ただ─────ボクも少し掴んだかもしれないので」
「ほう、それは……楽しみだなッ!」
風を剣に纏わせるスキル────【風刃】を発動し、右から左上方向に切り上げる。対してディグマは再び抜刀し……
「「─────ッ!?」」
二人は圧倒的な『睡魔』に襲われた。抵抗できないほど重くなった瞼によって景色が『黒』に塞がれる。ストゥネアですら魔剣を握る手が緩みそうになり、崩れそうな膝を立たせて攻撃を中断させる。
「な……にが……!」
「……ふふっ、やっぱりそうだ。完全に理解した」
チャキン、と鞘に刀身が収まる金属音が再び鳴ると睡魔は消失し、二人の視界の上半分が正常に戻る。
(この刀は、黒の聖剣は─────ボクの『イメージ』を反映している)
ディグマは『聖剣を使いこなしたい』と願い、抜いた。リェフルと対峙した時は『西の勇者のように』……と。
その結果、ディグマの願いを叶えようとした黒の聖剣は『岩』、『溶岩』などの要素を不完全に再現した『黒い泥』を放出した。
次についさっき、周囲を覆った『闇』────ディグマはわずかながら、リェフルという理解の範疇を超越した化け物ですら聖剣を使いこなしている事に複雑な感情を抱いていた。強い印象を植え付けられていた。
その結果、黒の聖剣は『雷』の要素を不完全に再現した『黒い光』を放出した。
最後は言わずもがな、自分の仮説を立証するためにママロをイメージしたディグマの願いを叶えるため、『夢』に至るための『瞼の裏の黒』を見せた。……つまりは『眠気』だ。
「……ボクに従う、ボクの聖剣。しかし手綱を握るのはボクとは限らず、気を抜けば乗っ取られる……上等、それくらいで良いよ」
柄を握り、いつでも抜刀できる構え。
「搦手はもう終わりか?」
「はい、付き合わせてしまいましたね。……行きましょう」
「……あぁ」
【風飲剣】がゴウゴウと鳴き、その口は徐々に開いた角度を上げていく。嵐が巻き起こりそうになるほど凄まじい勢いで風を吸引し─────
「……【紡二風】」
そのまま二つに裂けた。
吸引した風を魔力に、鋭利な風属性魔力の刃を常に纏う2本の剣をストゥネアは構えた。
「【疾風斬り】!」
「!」
明らかな射程外からの、突然の斬撃。延長された風の刃をディグマはバックステップで避け、ストゥネアから目を離さない。
そして【疾風斬り】の二太刀目が縦振りに空気を断裂させる。
「─────【嵐】!」
ディグマが紙一重で【疾風斬り】を避けた瞬間。横向きに無理矢理身体を動かした……つまり身体の芯がブレた瞬間に。
ストゥネアは右手の魔剣を逆手持ちに、左手はそのまま硬く握り……回転。
一瞬の隙を狙った大技の発動。この離れた距離もあり、対剣士の戦法としては何ら問題はない、が──────
「『行こう』……黒の聖剣」
巻き起こり始めた風の収束で足がもつれそうになり、このまま強くなれば絶望的なほどまで成長するとディグマにも理解出来た。
だから阻止する……一瞬にして、近づく事なく、最低限の動作で。
「ッ!?」
ストゥネアの双剣に『何か』が激突した。それによって回転が歪むと同時にその勢いも落ちる。
(それだけじゃない、剣が、重い……?)
停止した彼女が見た、剣に張り付いていたのは─────粘着質の黒い泥。
「結局のところ、ボクにはこれが合ってるみたいですね」
「─────それは……」
先端に小さな剣が取り付けられた、軍用の歩兵銃。特徴を挙げるなら『真っ黒』という一点しか無い、平凡なモノに見えるそれは……今手に持っている人間が他でも無い東の勇者なため、ストゥネアは正体を容易に当てられる。
「まさか……黒の聖剣だとでも言うのか」
「剣を変形させる技術を教えてくれたのはネアさんですよ」
「いや、と言うかお互い剣を持って戦おうみたいな雰囲気だったのにそれはなんか……」
「え!?これダメですか?アウトですか……?」
「ズルだ!ズルいだろうそれは!」
「そ、そんな事言われても……ちょ、ちょっと待っててください。外野に判定してもらうので……」
銃口を地面に向け、ディグマはザラとシャーグがいた方を向く。
「おーーーい!2人とも────────」
───────────────────────閃光。
「なッ……!?」
眩い光が超速でディグマの視界を通る。光は2人の人影へ近づき……そして一瞬にして来た方向を逆走する。
問題点は二つ。
その閃光に見覚えがあり、厄介な相手の仕業である事。
そして────人影が一人減った事。
「ディ、グマぁ……!」
「っ、シャーグッ!」
「ど、どうした!?今、何が……」
焼け焦げたような軍服と、所々の切り傷。そして切断された軍刀。
勝負を中断して駆け寄った二人は目を疑った。それほどに『北の勇者』と思われる存在がシャーグ達に接触した時間は短かったのだ。
「すまねぇ……マジの一瞬だった……」
「お、落ち着け!支給されたポーションは残ってるはずだろ!」
「ザラちゃん……ザラちゃんが連れてかれたんだ……!」
「っ……やっぱり、か……」
もちろん、ディグマはこの直後に走り出す。たった一人の妹を助けるために、もう二度と兄として間違えないように。
だが一瞬、ほんの一瞬躊躇ってしまった。恐れてしまった。
─────リェフル・サンヴァリアブルという人間は本当に触れてはいけないタイプの人間ではないか、と。幾度の対話を繰り返しても理解できない存在なのではないか、と……。
ー ー ー ー ー ー ー
「【流】っと……はい、終わり」
上空から雨の弾丸を降らせ、サヴェルとゴルガスを追いかけ回す分身体ヴァイロを消滅させる。
「おおおおお!ありがたいのだぁぁぁぁ!」という雄叫びを耳に入れながらママロは抑えきれない欠伸をこぼす。
(呑気すぎるぞ。今も戦っている者がいるんだ……)
「はいはい」
(次はロクト殿の支援だ。……俺達が最大限消耗させたとは言え、一人で魔王の相手をする負荷は計り知れない)
「そんな強くなさそうだったしね。今頃野垂れ死んでるかも……」
(そういう発言は控えた方がいい、自分で自分の品位を下げるな)
「はいはい」
(それに、君は何故か彼より強い気でいるっぽいが……聖剣を使いこなすという方面ではロクト殿はとんでもない実力を持っている)
「え」
(あれほどの同調率を持つ勇者は、少なくとも弊剣の記録では存在しない)
「……まさか。あんなおちゃらけてそうな人が─────」
大地を見下ろし、ロクトとマジストロイの位置を探そうとした……約2秒後。
大量の『青い腕』が空中に展開される。
場所はママロから見て左下。6本の巨人の手腕が赤い閃光を捕まえようとしているように見えた。
中心に位置するのは……青い鎧。ロクト・マイニングの魔力を宿した人型の存在。
「……訂正、かも。あの腕みたいなやつ、ちょっと……と言うかかなりヤバい魔力してる……!」
(その感覚は合っていると推測。聖剣の第五級警報が発令した)
「五級って……全部でいくつなの」
(五だ。主に『災害』に対して発令される)
「……えぇ…………」
(…………『次元深界』の反応あり、か。ママロ、一応離れておいた方が良い)
「行った方が良いのか行かないのかどっちよ」
(普通に考えて後から出した指示の方が正しいに決まっているだろう、揚げ足を取っている場合じゃない事を理解すべきだ)
「ごめんなさい」
(……それほど深刻な状況に陥る可能性があると言う事だ。ロクト殿の次元魔法には絶対に触れてはいけない。良いか?)
「急にストレートな遠慮無しの正論で火力高くなったからびっくりしちゃった。分かったけど……どうして?」
もはやナイズと会話出来るのなら内容はどうでも良い領域に達していたママロが首を傾げる。もちろん、『腕』の不気味な魔力は彼女が身をもって体感しているため危険性を理解出来るが、ナイズの言い方は『次元魔法』自体が危険というようだった。
(それは──────)
ガゴン、という轟音によってナイズの念話は無い口を噤む。
「あれは……」
6本の掌は一点に集中していた。指を絡ませ、絶対に離さないように……中のモノを出さないようにという意思が伝わる力の脈動。
オリハルコンの檻が、空中に生まれた。
「ハァ、ハァ……」
その手の甲のてっぺんから、同じく神の鉄によって作られた鎧が雑に投げられ、落下する。
─────そこに一人佇む男によって。
「───────俺の勝ちだ」
内臓は破損しボロボロになった身体からの流血を気にも留めない態度で……彼は静かに歯を見せた。
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