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一章 四人の勇者と血の魔王
第47話 オリハルコンは砕けない
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「レナ殿から聞いた事はある……ユニオンスキル、とやらか」
「どうやらお前も『聖剣のスキル』を対策してきたクチか。ザマーミロ!無駄だぜ俺の前ではァ!」
オリハルコン────最硬にして最強の鉱石。神の加護を受けただとか魔力を内包しているだとか大袈裟な評判が独り歩きしている超超超貴重品。コイツを武器に使うのが一番良いんだが、いかんせんそんな大量に持ってるやつがこの世界に存在しないせいで一本や二本くらいしか話を聞いた事がない。
俺も親父から貰った小さなカケラしか持ってなかったが─────いやいや、そんなもん岩の聖剣に吸収させちまえば量産出来るの知らないんですか!?
「オラひれ伏せオリハルコンブレード!!」
もちろんそんなスキルは無い。横に剣を振っただけだ。
「オリハルコンスラァ~ッシュゥ!!」
「くっ……戦略も何も無いではないか!?」
「知るかそんなもん!!!」
無闇にオリハルコンの剣をぶん回す俺と、それを避け続けるマジストロイ。舞う砂埃は風の壁によって飛翔し、口の中に砂の味が入り込むほどにこの空間を満たす。
「不安か?楔の聖剣が壊れちまうっつー可能性が……!」
「っ!」
さっきの俺の攻撃は楔の聖剣で防御して反撃までしていたというのに、急に避ける戦法に移行した理由は恐らくコレだろう。聖剣は自動修復機能はあれど破壊されない訳じゃない。しかもそんなに錆びついた聖剣に……オリハルコンの一撃はマジストロイにとって不安の塊でしかない。
「【剣岩隆起】!」
「ッ……まさか……」
「もちろんこちらもオリハルコン仕様となっておりますッ!」
赤刃山脈にオリハルコン製の剣が咲き乱れる。なんと美しい光景なのでしょうか。採掘師として、男としてロマンが刺激される。
「【球赤】!」
地面から生えた剣をかわした所を狙ったが、血の爆発のようなモノに弾かれる。
……が。
「無理矢理オリハルコンソードォォォォォォ!!」
知るかそんなものはと俺は剣を突き進める。思いっきり振り下ろした先に、マジストロイの疲れ切った表情が見える。
「ぐおおおッ!【盾赤】!【盾赤】!【盾赤】ッッ!!」
血が凝固した盾を……俺の聖剣が引き裂く。流石の鋭さ、コイツぁすげえ!
「何重にしても無駄だ!時間稼ぎにしかならないぜ!」
「……確かに、神の鉄という名だけある鋭さ、堅さだ。しかし……どんな鉄であろうとこれだけ大量の血に汚され続ければ、それは『血に覆われたオリハルコン』に成り下がる……!」
「っ!」
まさかコイツ、俺のオリハルコンに纏わせた血を凝固させて……!?
「今更気付いても遅い!既に血はこべりつい、て……」
「……ないですね」
まるで常に水で覆われているかのように、スルスルとオリハルコンを血が滑っていき……真っ青の色は全く汚れていない。
「ギャハハハハハ!!喰らえオリハル高品質アタックゥ!!」
「ぐっ……先ほど受けた純魔力のせいか、間に合わない……!」
マジストロイの血の盾を生成する勢いはどんどん弱っていく。
────これって……行けるのか?勝てるのか?
採掘師だった俺が、本当に魔王を倒せる……そうなのか!?
「【点楔】!」
「───は【岩刃】で受けるッ!」
高揚する俺の身体に一直線で、生成された楔が飛んできた。しかし行き先を防いだオリハルコンの刃が……楔を通す事なく弾く。
「そもそも魔力障壁の貼られていない時点でも貫けないという事か……!」
「そりゃあオリハルコンですからねぇ!オリハルコンですからァ!!」
流石魔王と言った洞察力だが、それに伴う力がなければ意味は無い。
凝固した盾が弾け飛び、血が舞う。何重もの防御を超え、俺の刃は魔王に────。
「……あ?」
────届かない。……遮られている?いや……止められている。
「鋭さに勝てないのなら……挟んで仕舞えばいい……!!」
血が。血の手腕が────俺の聖剣を両手で挟み、停止させていた。
「えー……名付けて岩剣赤刃取り……ってか?」
「抜かせ!」
血の拳が思いっきり俺を殴りつけ……聖剣で受け止めるが、衝撃で後ろに吹っ飛ぶ。
「確かに、確かにオリハルコンは素材として強力だ。だが……使い手が平凡なら余にもやりようはある」
「……」
「先ほど戦った賢者、ベオグレンの者、聖剣を操る者……彼らのような『そもそもの強さ』が貴様には無い……!」
「んな事は分かってんだよ」
あぁそうだよ。頼りない手で岩の聖剣を構え直して……弱りきった相手に手こずる俺は馬鹿みたいに一人の敵しか見ずにここに立っている。
「降参を選べ。貴様が勇者だとしても、魔王である余とは────」
……急接近。マジストロイの右手には血の刃、左手に楔の聖剣─────。
「生物としてのレベルが違うのだッ!」
「────ッ!」
血の剣による刺突。岩の聖剣で防ぐ……いや、違う。
(……曲がっている。完全に凝固しきっていない……!)
何とか見切る事が出来た、わずかな歪み。恐らく真っ直ぐ突いてくると見せかけて直前でぐにゃっと曲がる系!
「【点楔】……二層!」
逆手に持った楔の聖剣から生成される、錆びついた二つの楔。
「【岩鎧】!」
瞬時に生成された岩が音を立てて合体し、俺の身体に吸い付いていく。オリハルコンの鎧は視界を狭めるが───防御が突破されるかよりはマシ。
そして────俺は構える。攻撃のタイミングは分かる。二つの攻撃がズレて訪れるとしても、あのスキルなら、【彼岩の構え】なら……!
「はっ!」
マジストロイが聖剣を振るい、楔の先が俺の方へと向く────今だ、この瞬間に──────
「【拳赤】」
「!?」
……俺の視界に『赤』が迫る。
楔はまだ発射されない。血の剣もまだ変形の片鱗を見せない。
だが巨大な血の手が────岩の聖剣を握っていた。
「まさか……や、めろ……っ!」
『生物としてのレベルが違う』……そうだ。俺は勇者でなければ一瞬で魔王に殺される弱っちい一般的な人間。勇者じゃなければ……聖剣が無ければ。
「離せ……離せッ!!」
「ふん……おおおぉぉぉおお!!」
血の拳が、俺の手から離れた岩の聖剣を天に掲げた。
「─────っ、流石岩の聖剣、拒絶反応が大きいな……!」
「っ、待て……!」
放り投げられた岩の聖剣が……風の障壁にぶつかり、ただのガラクタのように地面に激突し転がる。
そんな扱いをされて良い代物じゃない。俺の手元を離れるべきじゃない。そのはずなのに─────。
(まずは落ち着け、【アイテムボックス『鉱石』】の中にあるはず……!)
腰に下げた袋に手を突っ込み、まさぐる。
……が、俺の求めていたモノは見つからない。
(ここに来る前にあらかじめオリハルコンの剣を量産しておいたはず……まさか、さっき居合を構えた時に次元空間に全部落ちたのか……!?)
思考は加速する。加速して加速して────速すぎて同じ場所に止まっているかのように、何も思いつかない。
「っ、はぁっ……解除……ッ!」
【岩鎧】を解き、俺は走る。
ダメなんだ。俺の相棒は俺のそばにいなくちゃいけない。俺は……岩の聖剣と一緒にいなくちゃいけないんだ……!
「がっ、ぁ……相棒……!」
無様にすっ転んで、倒れたまま柄になんとか手が届いた。握った時の安心感、いつもの感触……。
「終わりだ」
そして、突きつけられる楔の冷たさ。
「動けば……互いにとって望まない結末になる」
「……」
ざらっとした楔の感触。首がくすぐったくなると同時に、死が近づいている実感で心臓がキュッとなる。
「余の平和が貴様の望む平和とは異なる……そう言ったな」
「あぁ」
「聞かせてくれ。その平和とは何なのか。……王として、民の意を知る責任がある」
うつ伏せになって、地面を見つめたまま俺は口を開く。
「……朝起きて、昼働いて、夜寝る。その間に友達と喋ったり、美味い飯を食ったり、温かい風呂に入ったり……それが平和だ。お前の言う通り、災害を倒さなければその平和は長く続かないだろうな」
「あぁ。余と貴様ら勇者が戦った事で災害は一定の満足を得た、が……いつの日か奴らの『飽き』は必ず訪れる。その時にまた争いを──────」
「『それ』だよ」
「……何?」
「お前は偉い。ちゃんとこの世界の『未来』の事を考えて行動している……」
だが、それだけだ。
「でもなマジストロイ。いつの日か、じゃ駄目だ。俺達が欲しいのは『今』なんだ」
「……どういう事だ」
「未来に生きる顔も知らねえ奴らの安全より、今この世界を生きている俺達が安心して暮らせる方が重要……って事だよ」
「───────何、だと……?」
「ははは。怒るか?」
「……いや…………だが──────」
間が生まれる。
……驚いてんのかな。守りたい民とやらがこんな考えを持ってただなんて。
「三国はどれも聖剣を頼りにしている。勇者という存在は平和の象徴で、憧れの対象で、戦いの切り札だ。そんなモノが魔界に奪われたとなりゃ……大変な事になる」
「……しかし……」
「聖剣がお前の手に渡った事を民には隠せても……国のお偉いさんは知るだろう、調べるだろう。そんで焦る。切り札がないんだからな。三国間で牽制が始まるぞ。歴史上で勇者が使われた戦争は少なくない……立派な兵器なんだ、俺達は。ソレを失った事で……まず他の兵器を大量に持ってる帝国が仕掛けるだろうな」
「……」
「でも自慢してないだけで、ツーキバルもナルベウスも魔導兵器くらい用意してる。……それにナルベウスには『剣聖』が、俺の友達がいる。きっとあいつも戦地に駆り出されるだろうよ。強いんだぜ、あいつは……多分、何百人も何千人も殺せちゃうくらいには」
土の味を噛み締めながら、しかし言葉は止まらない。
「マジストロイ、お前は平和的な思考かもしれないが……聖剣を奪い取ったという事が魔族に広まれば瞬く間に侵攻しちまう奴くらい、そっちにもいるだろ?じゃなきゃ俺達は憎み合わない。善人とか悪人ってのは種族関係なくいる。だから戦いは終わらないんだ」
「…………あぁ」
「別に、お前が間違っているとは思わない。合ってる……あぁ、多分そのはず。でも俺が間違っているわけじゃないとも思うんだ……お前だって、否定しきれないだろ。未来の平和か、今の平和かを重視しているかの違いで……」
「……」
「覚えておいてくれ。こういう考えの奴がいるって。こういう未来も待っているかもしれないって。じゃないと俺は……お前を恨んじまうだろうから」
言葉が勝手に脳内に生まれ、口が勝手にそれを吐き出していく。
─────俺はもう諦めちまったのか?いつから俺は負けた時の方便を用意していた?
俺はこの戦いに勝ちたかったはずなんだ。ルリマを、サヴェルを、ゴルガスを人殺しにさせたくない。親父や先生、世話になった人達を戦乱に巻き込みたくない。ルタインや妹ちゃん、俺を信じてくれた奴らを失望させたくない。
「ならば背負おう。……聖剣を渡してくれ」
「……」
膝を突き、剣を握る。
良いのか?これで。実力的には……あぁ、諦めるしかないだろうが。でも……こいつに未来を任せるべきなのか。
俺が欲しかった今を捨てちまって良いのか?
いや、良くない。良くないのは分かってるけど、どうしようもない。
「……はは」
ダメだな。そういう時はどうするか……俺は分かってるはずだったのに。
─────当たって砕けるのみ。そうだろ?そうだ……そうでしかない!
「お前にッ!」
「!?」
強く、強く強く強く聖剣を握る。立ち上がり、身体を反転させる。
「俺の相棒を上手く扱えんのかよッ……!!」
「……馬鹿者が……!!」
首に楔が食い込む。それでも俺は最後まで、剣を振って、勇者として─────。
「……?」
目を瞑った俺。そして……暗闇の中で鳴った、『ドゴン』という鈍い轟音。
「ぐッ!?」
そして────マジストロイの苦悶の声。
(……なんだ?何が、起きて─────)
光を直視したくなくて閉じた瞼を再び開き……俺は目撃した。
「な、なん、だ……これは……ッ!」
腹部を抑え、吐血するマジストロイの視線の先は────次元の穴。ルタインが開いたモノと同じ……いやそれ以上の大きさの穴。
そしてそこから出ている……青い岩で出来た巨大な腕。
「これは……何が……?」
俺もマジストロイも、何が起こったか全く理解出来ていない。
確かなのは、災害であるはずのマジストロイにここまでのダメージを与えられるこの『腕』は只者じゃない、って事と─────。
「まだ希望がある……って事か……!?」
魔力の漲る聖剣を……俺はもう離さないように、強く握った。
ーーーーーーー
楔の聖剣にまとわりついた『初代魔王の残滓』が集合意識の正体であるとレナは考えています。意思という観点から見れば初代魔王そのものとも言える集合意識ですが、マジストロイという逸材を生み出したはずなのに、どうしてその『願い』を『世界を救う』というものにした状態で産み落としたのでしょうか。
「どうやらお前も『聖剣のスキル』を対策してきたクチか。ザマーミロ!無駄だぜ俺の前ではァ!」
オリハルコン────最硬にして最強の鉱石。神の加護を受けただとか魔力を内包しているだとか大袈裟な評判が独り歩きしている超超超貴重品。コイツを武器に使うのが一番良いんだが、いかんせんそんな大量に持ってるやつがこの世界に存在しないせいで一本や二本くらいしか話を聞いた事がない。
俺も親父から貰った小さなカケラしか持ってなかったが─────いやいや、そんなもん岩の聖剣に吸収させちまえば量産出来るの知らないんですか!?
「オラひれ伏せオリハルコンブレード!!」
もちろんそんなスキルは無い。横に剣を振っただけだ。
「オリハルコンスラァ~ッシュゥ!!」
「くっ……戦略も何も無いではないか!?」
「知るかそんなもん!!!」
無闇にオリハルコンの剣をぶん回す俺と、それを避け続けるマジストロイ。舞う砂埃は風の壁によって飛翔し、口の中に砂の味が入り込むほどにこの空間を満たす。
「不安か?楔の聖剣が壊れちまうっつー可能性が……!」
「っ!」
さっきの俺の攻撃は楔の聖剣で防御して反撃までしていたというのに、急に避ける戦法に移行した理由は恐らくコレだろう。聖剣は自動修復機能はあれど破壊されない訳じゃない。しかもそんなに錆びついた聖剣に……オリハルコンの一撃はマジストロイにとって不安の塊でしかない。
「【剣岩隆起】!」
「ッ……まさか……」
「もちろんこちらもオリハルコン仕様となっておりますッ!」
赤刃山脈にオリハルコン製の剣が咲き乱れる。なんと美しい光景なのでしょうか。採掘師として、男としてロマンが刺激される。
「【球赤】!」
地面から生えた剣をかわした所を狙ったが、血の爆発のようなモノに弾かれる。
……が。
「無理矢理オリハルコンソードォォォォォォ!!」
知るかそんなものはと俺は剣を突き進める。思いっきり振り下ろした先に、マジストロイの疲れ切った表情が見える。
「ぐおおおッ!【盾赤】!【盾赤】!【盾赤】ッッ!!」
血が凝固した盾を……俺の聖剣が引き裂く。流石の鋭さ、コイツぁすげえ!
「何重にしても無駄だ!時間稼ぎにしかならないぜ!」
「……確かに、神の鉄という名だけある鋭さ、堅さだ。しかし……どんな鉄であろうとこれだけ大量の血に汚され続ければ、それは『血に覆われたオリハルコン』に成り下がる……!」
「っ!」
まさかコイツ、俺のオリハルコンに纏わせた血を凝固させて……!?
「今更気付いても遅い!既に血はこべりつい、て……」
「……ないですね」
まるで常に水で覆われているかのように、スルスルとオリハルコンを血が滑っていき……真っ青の色は全く汚れていない。
「ギャハハハハハ!!喰らえオリハル高品質アタックゥ!!」
「ぐっ……先ほど受けた純魔力のせいか、間に合わない……!」
マジストロイの血の盾を生成する勢いはどんどん弱っていく。
────これって……行けるのか?勝てるのか?
採掘師だった俺が、本当に魔王を倒せる……そうなのか!?
「【点楔】!」
「───は【岩刃】で受けるッ!」
高揚する俺の身体に一直線で、生成された楔が飛んできた。しかし行き先を防いだオリハルコンの刃が……楔を通す事なく弾く。
「そもそも魔力障壁の貼られていない時点でも貫けないという事か……!」
「そりゃあオリハルコンですからねぇ!オリハルコンですからァ!!」
流石魔王と言った洞察力だが、それに伴う力がなければ意味は無い。
凝固した盾が弾け飛び、血が舞う。何重もの防御を超え、俺の刃は魔王に────。
「……あ?」
────届かない。……遮られている?いや……止められている。
「鋭さに勝てないのなら……挟んで仕舞えばいい……!!」
血が。血の手腕が────俺の聖剣を両手で挟み、停止させていた。
「えー……名付けて岩剣赤刃取り……ってか?」
「抜かせ!」
血の拳が思いっきり俺を殴りつけ……聖剣で受け止めるが、衝撃で後ろに吹っ飛ぶ。
「確かに、確かにオリハルコンは素材として強力だ。だが……使い手が平凡なら余にもやりようはある」
「……」
「先ほど戦った賢者、ベオグレンの者、聖剣を操る者……彼らのような『そもそもの強さ』が貴様には無い……!」
「んな事は分かってんだよ」
あぁそうだよ。頼りない手で岩の聖剣を構え直して……弱りきった相手に手こずる俺は馬鹿みたいに一人の敵しか見ずにここに立っている。
「降参を選べ。貴様が勇者だとしても、魔王である余とは────」
……急接近。マジストロイの右手には血の刃、左手に楔の聖剣─────。
「生物としてのレベルが違うのだッ!」
「────ッ!」
血の剣による刺突。岩の聖剣で防ぐ……いや、違う。
(……曲がっている。完全に凝固しきっていない……!)
何とか見切る事が出来た、わずかな歪み。恐らく真っ直ぐ突いてくると見せかけて直前でぐにゃっと曲がる系!
「【点楔】……二層!」
逆手に持った楔の聖剣から生成される、錆びついた二つの楔。
「【岩鎧】!」
瞬時に生成された岩が音を立てて合体し、俺の身体に吸い付いていく。オリハルコンの鎧は視界を狭めるが───防御が突破されるかよりはマシ。
そして────俺は構える。攻撃のタイミングは分かる。二つの攻撃がズレて訪れるとしても、あのスキルなら、【彼岩の構え】なら……!
「はっ!」
マジストロイが聖剣を振るい、楔の先が俺の方へと向く────今だ、この瞬間に──────
「【拳赤】」
「!?」
……俺の視界に『赤』が迫る。
楔はまだ発射されない。血の剣もまだ変形の片鱗を見せない。
だが巨大な血の手が────岩の聖剣を握っていた。
「まさか……や、めろ……っ!」
『生物としてのレベルが違う』……そうだ。俺は勇者でなければ一瞬で魔王に殺される弱っちい一般的な人間。勇者じゃなければ……聖剣が無ければ。
「離せ……離せッ!!」
「ふん……おおおぉぉぉおお!!」
血の拳が、俺の手から離れた岩の聖剣を天に掲げた。
「─────っ、流石岩の聖剣、拒絶反応が大きいな……!」
「っ、待て……!」
放り投げられた岩の聖剣が……風の障壁にぶつかり、ただのガラクタのように地面に激突し転がる。
そんな扱いをされて良い代物じゃない。俺の手元を離れるべきじゃない。そのはずなのに─────。
(まずは落ち着け、【アイテムボックス『鉱石』】の中にあるはず……!)
腰に下げた袋に手を突っ込み、まさぐる。
……が、俺の求めていたモノは見つからない。
(ここに来る前にあらかじめオリハルコンの剣を量産しておいたはず……まさか、さっき居合を構えた時に次元空間に全部落ちたのか……!?)
思考は加速する。加速して加速して────速すぎて同じ場所に止まっているかのように、何も思いつかない。
「っ、はぁっ……解除……ッ!」
【岩鎧】を解き、俺は走る。
ダメなんだ。俺の相棒は俺のそばにいなくちゃいけない。俺は……岩の聖剣と一緒にいなくちゃいけないんだ……!
「がっ、ぁ……相棒……!」
無様にすっ転んで、倒れたまま柄になんとか手が届いた。握った時の安心感、いつもの感触……。
「終わりだ」
そして、突きつけられる楔の冷たさ。
「動けば……互いにとって望まない結末になる」
「……」
ざらっとした楔の感触。首がくすぐったくなると同時に、死が近づいている実感で心臓がキュッとなる。
「余の平和が貴様の望む平和とは異なる……そう言ったな」
「あぁ」
「聞かせてくれ。その平和とは何なのか。……王として、民の意を知る責任がある」
うつ伏せになって、地面を見つめたまま俺は口を開く。
「……朝起きて、昼働いて、夜寝る。その間に友達と喋ったり、美味い飯を食ったり、温かい風呂に入ったり……それが平和だ。お前の言う通り、災害を倒さなければその平和は長く続かないだろうな」
「あぁ。余と貴様ら勇者が戦った事で災害は一定の満足を得た、が……いつの日か奴らの『飽き』は必ず訪れる。その時にまた争いを──────」
「『それ』だよ」
「……何?」
「お前は偉い。ちゃんとこの世界の『未来』の事を考えて行動している……」
だが、それだけだ。
「でもなマジストロイ。いつの日か、じゃ駄目だ。俺達が欲しいのは『今』なんだ」
「……どういう事だ」
「未来に生きる顔も知らねえ奴らの安全より、今この世界を生きている俺達が安心して暮らせる方が重要……って事だよ」
「───────何、だと……?」
「ははは。怒るか?」
「……いや…………だが──────」
間が生まれる。
……驚いてんのかな。守りたい民とやらがこんな考えを持ってただなんて。
「三国はどれも聖剣を頼りにしている。勇者という存在は平和の象徴で、憧れの対象で、戦いの切り札だ。そんなモノが魔界に奪われたとなりゃ……大変な事になる」
「……しかし……」
「聖剣がお前の手に渡った事を民には隠せても……国のお偉いさんは知るだろう、調べるだろう。そんで焦る。切り札がないんだからな。三国間で牽制が始まるぞ。歴史上で勇者が使われた戦争は少なくない……立派な兵器なんだ、俺達は。ソレを失った事で……まず他の兵器を大量に持ってる帝国が仕掛けるだろうな」
「……」
「でも自慢してないだけで、ツーキバルもナルベウスも魔導兵器くらい用意してる。……それにナルベウスには『剣聖』が、俺の友達がいる。きっとあいつも戦地に駆り出されるだろうよ。強いんだぜ、あいつは……多分、何百人も何千人も殺せちゃうくらいには」
土の味を噛み締めながら、しかし言葉は止まらない。
「マジストロイ、お前は平和的な思考かもしれないが……聖剣を奪い取ったという事が魔族に広まれば瞬く間に侵攻しちまう奴くらい、そっちにもいるだろ?じゃなきゃ俺達は憎み合わない。善人とか悪人ってのは種族関係なくいる。だから戦いは終わらないんだ」
「…………あぁ」
「別に、お前が間違っているとは思わない。合ってる……あぁ、多分そのはず。でも俺が間違っているわけじゃないとも思うんだ……お前だって、否定しきれないだろ。未来の平和か、今の平和かを重視しているかの違いで……」
「……」
「覚えておいてくれ。こういう考えの奴がいるって。こういう未来も待っているかもしれないって。じゃないと俺は……お前を恨んじまうだろうから」
言葉が勝手に脳内に生まれ、口が勝手にそれを吐き出していく。
─────俺はもう諦めちまったのか?いつから俺は負けた時の方便を用意していた?
俺はこの戦いに勝ちたかったはずなんだ。ルリマを、サヴェルを、ゴルガスを人殺しにさせたくない。親父や先生、世話になった人達を戦乱に巻き込みたくない。ルタインや妹ちゃん、俺を信じてくれた奴らを失望させたくない。
「ならば背負おう。……聖剣を渡してくれ」
「……」
膝を突き、剣を握る。
良いのか?これで。実力的には……あぁ、諦めるしかないだろうが。でも……こいつに未来を任せるべきなのか。
俺が欲しかった今を捨てちまって良いのか?
いや、良くない。良くないのは分かってるけど、どうしようもない。
「……はは」
ダメだな。そういう時はどうするか……俺は分かってるはずだったのに。
─────当たって砕けるのみ。そうだろ?そうだ……そうでしかない!
「お前にッ!」
「!?」
強く、強く強く強く聖剣を握る。立ち上がり、身体を反転させる。
「俺の相棒を上手く扱えんのかよッ……!!」
「……馬鹿者が……!!」
首に楔が食い込む。それでも俺は最後まで、剣を振って、勇者として─────。
「……?」
目を瞑った俺。そして……暗闇の中で鳴った、『ドゴン』という鈍い轟音。
「ぐッ!?」
そして────マジストロイの苦悶の声。
(……なんだ?何が、起きて─────)
光を直視したくなくて閉じた瞼を再び開き……俺は目撃した。
「な、なん、だ……これは……ッ!」
腹部を抑え、吐血するマジストロイの視線の先は────次元の穴。ルタインが開いたモノと同じ……いやそれ以上の大きさの穴。
そしてそこから出ている……青い岩で出来た巨大な腕。
「これは……何が……?」
俺もマジストロイも、何が起こったか全く理解出来ていない。
確かなのは、災害であるはずのマジストロイにここまでのダメージを与えられるこの『腕』は只者じゃない、って事と─────。
「まだ希望がある……って事か……!?」
魔力の漲る聖剣を……俺はもう離さないように、強く握った。
ーーーーーーー
楔の聖剣にまとわりついた『初代魔王の残滓』が集合意識の正体であるとレナは考えています。意思という観点から見れば初代魔王そのものとも言える集合意識ですが、マジストロイという逸材を生み出したはずなのに、どうしてその『願い』を『世界を救う』というものにした状態で産み落としたのでしょうか。
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スキル間違いの『双剣士』~一族の恥だと追放されたが、追放先でスキルが覚醒。気が付いたら最強双剣士に~
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しかし、そんなレオハート家の長男にも関わらずグリムは全く剣の才能が伸びなかった。
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「貴様は一族の恥だ。最早息子でも何でもない」
突如そう父に告げられたグリムは、家族からも王国からも追放され、人が寄り付かない辺境の森へと飛ばされてしまった。
森のモンスターに襲われ絶対絶命の危機に陥ったグリム。ふと辺りを見ると、そこには過去に辺境の森に飛ばされたであろう者達の骨が沢山散らばっていた。
それを見つけたグリムは全てを諦め、最後に潔く己の墓を建てたのだった。
「どうせならこの森で1番派手にしようか――」
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18歳になったグリムは何故か辺境の森で最強の『双剣士』となっていた。
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テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】
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◇ ◇ ◇
本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。
序盤は1話あたりの文字数が少なめですが
全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。
転生弁護士のクエスト同行記 ~冒険者用の契約書を作ることにしたらクエストの成功率が爆上がりしました~
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