46 / 71
一章 四人の勇者と血の魔王
第45話 観測者気取りを嫌悪する者はほぼ確実に事象の当事者である
しおりを挟む
開戦の合図が光り輝いた数秒後。
リェフルは弾かれた爪をもう一度輝かせ、反動を利用して身を翻らせる。踊るように、舞うように……しかし確実にルリマの首へ掻き立てる軌道。
「零式─────【異剣・ツバメ】」
誤算があったとするなら……ルリマには一切、手加減や戦いを楽しむ意思が無かった事。
「これ、は────?」
発動したのは【呪戒剣】に保存されたスキルの中でも最高峰の完成度を誇る剣聖の奥義。リェフルの目の前に展開されたのは無数の斬撃。前にルリマが使用した【罪過七鏖閃】……それを遥かに上回る速度で行われるスキルは、もはや同時と言っても過言ではないレベルの斬撃をあらゆる方向からリェフルに突きつける。
(いやいや死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ、普通に死ぬ)
全身から吹き出る冷や汗。死を実感しかけるが……彼女には『速さ』という絶対の回避手段があった。
「【雷迅】……っ」
「あだっ」
近くにあったゴルガスの頭部を蹴り、回転し弧を描きながら着地した先は魔王の隣。
「はぁ~焦った!という訳で、あたしは魔王様の味方して反対派をぶちのめす。聖剣はそれが終わったらあげるからお互い頑張ろうね!」
「え、あ……え?」
「……勝手な事を。しかし陛下、この者の実力は確か……一考の価値はあるかと」
マジストロイもヴァイロもリェフルという少女の行動理念から全てが理解出来なかった、が……ストゥネアはもう、話が通じないタイプの者だと割り切っていたため、そこまで驚きはしなかった。
「でもルリマ……剣聖の娘の相手はあたしには荷が重いかも。魔剣持ちの魔族さんに担当してほし─────」
「三式」
が、そもそもその剣聖の娘本人は話などはどうでもいいという領域に達していた。『魔剣の代償』……それを最低限に抑えるために、一分一秒でも速く魔剣を納めるために。
「【千剣万死】」
三代目剣聖のユニークスキルは【マスタリー・ソード】を最大限悪用した剣技。無数の剣を出現させ自由自在に振るう姿は伝承の中の初代勇者を彷彿とさせる。
(──────馬鹿みたいな量の剣、囲われた……?)
水平にリェフルの周囲360度を埋め尽くす、恐ろしいほど静かに迫り来る刃を避けるには……飛ぶ。その手段を思いついた頃にはリェフルは既に空へ飛び上がっていた、が────。
「……空中であたしが身動きが取れないところに……って感じかな?」
【空華】による風の斬撃。獣人特有の高度な感覚で俊敏に身を捩らせ回避するが────
「ぐっ……!」
縦方向を交わした瞬間、ほぼ同時にやってきた横方向の空圧に腹部を直撃される。
「そっちは任せたわよ、ロクト」
「すまん、さっきのが眩しすぎて未だに事態を把握しきれてない!」
ルリマは軽く身体強化魔法を自分に施し、一目散に吹き飛んだリェフルの方へと駆ける。
(スキルを打てる回数は多く見積もってあと十回。それ以上は私の身体が持たない。速攻であの馬鹿な子を鎮める──────!)
ー ー ー ー ー ー ー
「よく言いました、西の勇者!ではさっさと─────ぶちのめしましょう」
黒い装束の袖を捲り、魔女っ子が聖剣に乗る。……聖剣に乗る!?いや、乗ってるんだよ。宙に浮いてるんだよ。普通そこはホウキとかじゃないのか……?
「あなたのお仲間の賢者さんと戦士さんと、それからわたしの夢の聖剣が協力して魔王をあそこまでボロボロにしてくれました。後はわたしたち『勇者』の仕事」
「え、そうなのお前ら!?」
確かにゴルガスは所々傷ついてるし、サヴェルはやけにくたびれている。
「大変だったんですよ、本当に」
「だが……うむ。その苦労に見合った結果をロクトくんはくれる。だろう?」
「あったりまえだろうが!そこで見てろよ、すぐに─────」
直後、俺が拳を突き立てた2人の姿が……覆われる。
上空から降って来た『暴風』の壁のようなものに。
「……相手は弱っている。各個撃破だ、ヴァイロ」
声がした方向は頭上。歪な形をした剣を振るう女騎士が、まるで透明な床でもあるかのように自然に浮遊していた。
「マジかよゾンビ騎士、空飛べちゃうのは個性盛りすぎじゃね……?」
強くて空飛べて首もげても死なないってそんな化け物ダンジョンの最下層にもいないぞ─────じゃなくて。
この壁、見た感じではかなりやばそうな威力の風を魔力で起こして作られている。分断されたサヴェルとゴルガスの支援は受けられないし、俺もあいつらを支援する事は出来ない─────
「ま、それだけか」
そもそも、あんなイかれたスペックの奴ら相手に俺が心配とか烏滸がましい。それに……託されたからにはあいつらの助け無しで勝ってやりたいと思うしな。
唯一残念なのは、西の勇者様の活躍をあの2人は見られないって事だ。
「で、どうすんだ魔王軍!お前らは3人、こっちは勇者3人!でもゴルガス達の方も誰かが担当しねーと、あいつらすぐに戻ってくるぜ?」
「【継火】」
「……」
陽炎ってやつかな?俺には炎男が2人に分裂したように見えたんだが……。
「では陛下、我の片割れはあちらに」
「あぁ、頼む」
ゾンビ騎士の剣から大砲のように炎男が射出され……楽々と風の壁を越えていった。
「それズルじゃね?」
「黙れ勇者。剣に選ばれただけで過去の英雄の力を簡単に手にできる貴様らの方が────」
「……」
「あっ……」
……魔王兼勇者であるマジストロイ様が、悲壮すぎる苦笑いを浮かべながら俯いていた。
「そ、そういう意図は無くてですね。そもそも陛下は勇者という立場に甘えず、むしろ責任感を持って日々精進なさっていて、我は心の底から尊敬しているのです!えと、あと……」
「あぁいや別に!傷ついている訳ではない、気にするな。魔王は寛大だからな、貴様の言いたい事も分かっている」
空に浮くゾンビ騎士の呆れたような表情が地上からでも分かる。なんだコイツら、いつもこんな空気感なの?
(─────聞こえるか、岩の勇者殿。弊剣は夢の聖剣、其方との交信を希望する)
「!」
さっきのやつ……昔、サヴェルが『燃費の悪い魔法』と称していた『念話魔法』みたいな感覚。
(先に言っておくと、弊剣は自律した思考を持っている。今は主にママロ……夢の勇者の補助を行っている)
(了解。なんとなく分かった)
(……理解速いですね。頭は良くなさそうなのに)
(あ?)
(すまない、気にしないでくれ。この通信機能によって、戦術や作戦の提案と実行における状況報告を行いたい)
魔女っ子はともかく……この夢の聖剣、自我があるようでないような……不思議な感じ。とにかく冷静なのは分かるが。
(早速だが、まずは─────)
(……どうした?)
(……ロクト殿、左へ。ママロは────)
「右ね」
その言葉の直後に意味を理解する。
─────風の斬撃だ。
「ッ!っぶね~!」
地面ごと切断するかのような縦に凪ぐ一閃。それは新たな風の壁を生み出し────俺と魔女っ子とを分断してしまった。
「よくやった、ストゥネア」
「はっ、俺は魔王様と2人きりかよ。いいぜ、やってや────ん?」
魔王と……2人きり?
よく見れば、魔王の背後にはもう一つ風の壁が。─────東の勇者一行がいた場所が、俺から見えなくなっている。
そして魔女っ子と分断され。
(……あの、魔女って空飛ぶの得意だよね?助けに来てくれたりとかは……)
(無理。こっちの奴はもう戦闘態勢に入って─────ッ!)
ゴウゴウと叫ぶ風の壁を挟んで、燃え上がる炎の音がわずかに耳に入った。
(……正直魔女っ子を当てにしてた)
サヴェルが嫌そうな顔で実力を認めている奴って、大体マジで強いから。
「……岩の勇者。貴様の思い描く理想、その意志が─────余の野望より堅いものか。確かめさせてもらう」
なんか言ってるけど全然頭に入ってこねえ。
────でも、よくここまで来たもんだ。幼馴染を追った事がきっかけで今、とんでもない状況に立たされている。
……と、諦めムードになってるのか?俺よ。
「────高潔っぽい態度を取っていられるのも今のうちだぜ」
ルタインが満足げに送り出した。ルリマが任せたと言った。サヴェルとゴルガスが仕上げを頼んだ。
全員すげえ奴らだ。大賢者に剣聖に天才に筋肉。
そんなすげえ奴らに託された俺は─────あぁ、もっとすげえに決まってる!
「【血の魔王】、『楔の勇者』マジストロイ・アスタグネーテ。……参る」
「『岩の勇者』ロクト・マイニングゥ!かっ飛ばします」
ー ー ー ー ー ー ー
「……やばいっすね、これは」
遠くの景色を拡大して見る事の出来る魔導具を覗きながら、ローブを纏う男はため息をこぼす。
「報告書まとめんの死ぬほど大変っすよ。なんなんすかさっきの泥!聞いてねー……」
「は?弱音吐いてんじゃねーぞラッキー君がよ。アタシの担当なんか分解されたんだぞ!?バラバラにだよ!……ルタインさんに言っても『続けてくれ』だけだし」
獣人の女もまた、ローブ姿で悪態をつく。
「サヴェル君とか、大賢者様に贔屓してもらってサボりこけてんのズルいなーとか思ってたけど……こう見ると結構苦労してるっぽいっすね。魔王と戦うくらいなら、報告書もまだマシか……」
「だな。……ん、どした?」
「いや、連絡が─────」
男は懐からまた別の魔導具を取り出す。
……表の世界には流出していない、距離の離れた個人と個人が声を届け合える魔導具。
「はい、ラキラームです。……あ、グレモリーさん!どうもお疲れ様です。……あーそうっすよね、ほんとお疲れ様です……え、いいんですか!?ありがとうございます、助かります……!はい、はい……大丈夫です。先輩っすか?まぁ……そうっすね、でもお陰様で大丈夫そうです。はい、頑張ってください!あ、はい、失礼します……」
話している相手はここにいないと言うのにペコペコと頭を下げる動作を繰り返す男を見て、女は通話先に笑い声が届かないよう口を抑えていた。
「グレモリー婆ちゃんからか。なんだって?」
「マジで神っす。あの人、担当の【楔】に他の聖剣が近づいたから現地の観測しなきゃいけなくなったじゃないっすか」
「あぁ、それでアタシ達が臨時で【楔】の分も婆ちゃんが来るまで記録してたけど」
「それっす。そのお礼に俺の【黒】と先輩の【雷】の記録やってくれるらしいっす!」
両手を天に伸ばし、男は満足げに立ち上がった。
「お前それ多分……婆ちゃん、『泥』とか『分解』の事とか知らなかったと思うぞ?いくら人が良いとは言え、知ってりゃそんな無茶な事言えないだろうよ。若作りしてるとは言えご老体に特殊事例三つは1人じゃ過労すぎる……お前はいいけどアタシはやっぱ残らなきゃ────」
「ダメですよそれじゃ」
不敵な笑みを浮かべ、男は女を無理やり立たせる。
「先輩、この距離でも魔剣の『共鳴』は体に障るでしょ」
「……」
彼女の腰に下げられた一本の剣を見ながら。
「優しさもいいですが────やっぱりこの世界、上手くやらないと」
「……分かったよ」
『愚弄のラキラーム』、『絶炎のヴローカ』……二人の賢者達は魔王と勇者の対決という歴史的瞬間を見届けず、同僚の死闘を応援せずに下山を始める。
無論、興味がない訳ではない。ただ─────彼らの目的とは別の出来事。賢者達がその力を振るうのは……世界が危機に陥った時のみ。
彼らにとっては平和と平和のぶつかりなど、全くもって危険視していない……茶番なのだ。
ーーーーーーー
賢者ラキラームは12人のうち、最も新しく加入した賢者です。そのひとつ前がサヴェル、さらに前がヴローカとなっています。
『創起のサヴェル』のような二つ名は主に魔法協会内で勝手に呼ばれ始める彼らの固有魔法に基づいたモノらしいですが……?
リェフルは弾かれた爪をもう一度輝かせ、反動を利用して身を翻らせる。踊るように、舞うように……しかし確実にルリマの首へ掻き立てる軌道。
「零式─────【異剣・ツバメ】」
誤算があったとするなら……ルリマには一切、手加減や戦いを楽しむ意思が無かった事。
「これ、は────?」
発動したのは【呪戒剣】に保存されたスキルの中でも最高峰の完成度を誇る剣聖の奥義。リェフルの目の前に展開されたのは無数の斬撃。前にルリマが使用した【罪過七鏖閃】……それを遥かに上回る速度で行われるスキルは、もはや同時と言っても過言ではないレベルの斬撃をあらゆる方向からリェフルに突きつける。
(いやいや死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ、普通に死ぬ)
全身から吹き出る冷や汗。死を実感しかけるが……彼女には『速さ』という絶対の回避手段があった。
「【雷迅】……っ」
「あだっ」
近くにあったゴルガスの頭部を蹴り、回転し弧を描きながら着地した先は魔王の隣。
「はぁ~焦った!という訳で、あたしは魔王様の味方して反対派をぶちのめす。聖剣はそれが終わったらあげるからお互い頑張ろうね!」
「え、あ……え?」
「……勝手な事を。しかし陛下、この者の実力は確か……一考の価値はあるかと」
マジストロイもヴァイロもリェフルという少女の行動理念から全てが理解出来なかった、が……ストゥネアはもう、話が通じないタイプの者だと割り切っていたため、そこまで驚きはしなかった。
「でもルリマ……剣聖の娘の相手はあたしには荷が重いかも。魔剣持ちの魔族さんに担当してほし─────」
「三式」
が、そもそもその剣聖の娘本人は話などはどうでもいいという領域に達していた。『魔剣の代償』……それを最低限に抑えるために、一分一秒でも速く魔剣を納めるために。
「【千剣万死】」
三代目剣聖のユニークスキルは【マスタリー・ソード】を最大限悪用した剣技。無数の剣を出現させ自由自在に振るう姿は伝承の中の初代勇者を彷彿とさせる。
(──────馬鹿みたいな量の剣、囲われた……?)
水平にリェフルの周囲360度を埋め尽くす、恐ろしいほど静かに迫り来る刃を避けるには……飛ぶ。その手段を思いついた頃にはリェフルは既に空へ飛び上がっていた、が────。
「……空中であたしが身動きが取れないところに……って感じかな?」
【空華】による風の斬撃。獣人特有の高度な感覚で俊敏に身を捩らせ回避するが────
「ぐっ……!」
縦方向を交わした瞬間、ほぼ同時にやってきた横方向の空圧に腹部を直撃される。
「そっちは任せたわよ、ロクト」
「すまん、さっきのが眩しすぎて未だに事態を把握しきれてない!」
ルリマは軽く身体強化魔法を自分に施し、一目散に吹き飛んだリェフルの方へと駆ける。
(スキルを打てる回数は多く見積もってあと十回。それ以上は私の身体が持たない。速攻であの馬鹿な子を鎮める──────!)
ー ー ー ー ー ー ー
「よく言いました、西の勇者!ではさっさと─────ぶちのめしましょう」
黒い装束の袖を捲り、魔女っ子が聖剣に乗る。……聖剣に乗る!?いや、乗ってるんだよ。宙に浮いてるんだよ。普通そこはホウキとかじゃないのか……?
「あなたのお仲間の賢者さんと戦士さんと、それからわたしの夢の聖剣が協力して魔王をあそこまでボロボロにしてくれました。後はわたしたち『勇者』の仕事」
「え、そうなのお前ら!?」
確かにゴルガスは所々傷ついてるし、サヴェルはやけにくたびれている。
「大変だったんですよ、本当に」
「だが……うむ。その苦労に見合った結果をロクトくんはくれる。だろう?」
「あったりまえだろうが!そこで見てろよ、すぐに─────」
直後、俺が拳を突き立てた2人の姿が……覆われる。
上空から降って来た『暴風』の壁のようなものに。
「……相手は弱っている。各個撃破だ、ヴァイロ」
声がした方向は頭上。歪な形をした剣を振るう女騎士が、まるで透明な床でもあるかのように自然に浮遊していた。
「マジかよゾンビ騎士、空飛べちゃうのは個性盛りすぎじゃね……?」
強くて空飛べて首もげても死なないってそんな化け物ダンジョンの最下層にもいないぞ─────じゃなくて。
この壁、見た感じではかなりやばそうな威力の風を魔力で起こして作られている。分断されたサヴェルとゴルガスの支援は受けられないし、俺もあいつらを支援する事は出来ない─────
「ま、それだけか」
そもそも、あんなイかれたスペックの奴ら相手に俺が心配とか烏滸がましい。それに……託されたからにはあいつらの助け無しで勝ってやりたいと思うしな。
唯一残念なのは、西の勇者様の活躍をあの2人は見られないって事だ。
「で、どうすんだ魔王軍!お前らは3人、こっちは勇者3人!でもゴルガス達の方も誰かが担当しねーと、あいつらすぐに戻ってくるぜ?」
「【継火】」
「……」
陽炎ってやつかな?俺には炎男が2人に分裂したように見えたんだが……。
「では陛下、我の片割れはあちらに」
「あぁ、頼む」
ゾンビ騎士の剣から大砲のように炎男が射出され……楽々と風の壁を越えていった。
「それズルじゃね?」
「黙れ勇者。剣に選ばれただけで過去の英雄の力を簡単に手にできる貴様らの方が────」
「……」
「あっ……」
……魔王兼勇者であるマジストロイ様が、悲壮すぎる苦笑いを浮かべながら俯いていた。
「そ、そういう意図は無くてですね。そもそも陛下は勇者という立場に甘えず、むしろ責任感を持って日々精進なさっていて、我は心の底から尊敬しているのです!えと、あと……」
「あぁいや別に!傷ついている訳ではない、気にするな。魔王は寛大だからな、貴様の言いたい事も分かっている」
空に浮くゾンビ騎士の呆れたような表情が地上からでも分かる。なんだコイツら、いつもこんな空気感なの?
(─────聞こえるか、岩の勇者殿。弊剣は夢の聖剣、其方との交信を希望する)
「!」
さっきのやつ……昔、サヴェルが『燃費の悪い魔法』と称していた『念話魔法』みたいな感覚。
(先に言っておくと、弊剣は自律した思考を持っている。今は主にママロ……夢の勇者の補助を行っている)
(了解。なんとなく分かった)
(……理解速いですね。頭は良くなさそうなのに)
(あ?)
(すまない、気にしないでくれ。この通信機能によって、戦術や作戦の提案と実行における状況報告を行いたい)
魔女っ子はともかく……この夢の聖剣、自我があるようでないような……不思議な感じ。とにかく冷静なのは分かるが。
(早速だが、まずは─────)
(……どうした?)
(……ロクト殿、左へ。ママロは────)
「右ね」
その言葉の直後に意味を理解する。
─────風の斬撃だ。
「ッ!っぶね~!」
地面ごと切断するかのような縦に凪ぐ一閃。それは新たな風の壁を生み出し────俺と魔女っ子とを分断してしまった。
「よくやった、ストゥネア」
「はっ、俺は魔王様と2人きりかよ。いいぜ、やってや────ん?」
魔王と……2人きり?
よく見れば、魔王の背後にはもう一つ風の壁が。─────東の勇者一行がいた場所が、俺から見えなくなっている。
そして魔女っ子と分断され。
(……あの、魔女って空飛ぶの得意だよね?助けに来てくれたりとかは……)
(無理。こっちの奴はもう戦闘態勢に入って─────ッ!)
ゴウゴウと叫ぶ風の壁を挟んで、燃え上がる炎の音がわずかに耳に入った。
(……正直魔女っ子を当てにしてた)
サヴェルが嫌そうな顔で実力を認めている奴って、大体マジで強いから。
「……岩の勇者。貴様の思い描く理想、その意志が─────余の野望より堅いものか。確かめさせてもらう」
なんか言ってるけど全然頭に入ってこねえ。
────でも、よくここまで来たもんだ。幼馴染を追った事がきっかけで今、とんでもない状況に立たされている。
……と、諦めムードになってるのか?俺よ。
「────高潔っぽい態度を取っていられるのも今のうちだぜ」
ルタインが満足げに送り出した。ルリマが任せたと言った。サヴェルとゴルガスが仕上げを頼んだ。
全員すげえ奴らだ。大賢者に剣聖に天才に筋肉。
そんなすげえ奴らに託された俺は─────あぁ、もっとすげえに決まってる!
「【血の魔王】、『楔の勇者』マジストロイ・アスタグネーテ。……参る」
「『岩の勇者』ロクト・マイニングゥ!かっ飛ばします」
ー ー ー ー ー ー ー
「……やばいっすね、これは」
遠くの景色を拡大して見る事の出来る魔導具を覗きながら、ローブを纏う男はため息をこぼす。
「報告書まとめんの死ぬほど大変っすよ。なんなんすかさっきの泥!聞いてねー……」
「は?弱音吐いてんじゃねーぞラッキー君がよ。アタシの担当なんか分解されたんだぞ!?バラバラにだよ!……ルタインさんに言っても『続けてくれ』だけだし」
獣人の女もまた、ローブ姿で悪態をつく。
「サヴェル君とか、大賢者様に贔屓してもらってサボりこけてんのズルいなーとか思ってたけど……こう見ると結構苦労してるっぽいっすね。魔王と戦うくらいなら、報告書もまだマシか……」
「だな。……ん、どした?」
「いや、連絡が─────」
男は懐からまた別の魔導具を取り出す。
……表の世界には流出していない、距離の離れた個人と個人が声を届け合える魔導具。
「はい、ラキラームです。……あ、グレモリーさん!どうもお疲れ様です。……あーそうっすよね、ほんとお疲れ様です……え、いいんですか!?ありがとうございます、助かります……!はい、はい……大丈夫です。先輩っすか?まぁ……そうっすね、でもお陰様で大丈夫そうです。はい、頑張ってください!あ、はい、失礼します……」
話している相手はここにいないと言うのにペコペコと頭を下げる動作を繰り返す男を見て、女は通話先に笑い声が届かないよう口を抑えていた。
「グレモリー婆ちゃんからか。なんだって?」
「マジで神っす。あの人、担当の【楔】に他の聖剣が近づいたから現地の観測しなきゃいけなくなったじゃないっすか」
「あぁ、それでアタシ達が臨時で【楔】の分も婆ちゃんが来るまで記録してたけど」
「それっす。そのお礼に俺の【黒】と先輩の【雷】の記録やってくれるらしいっす!」
両手を天に伸ばし、男は満足げに立ち上がった。
「お前それ多分……婆ちゃん、『泥』とか『分解』の事とか知らなかったと思うぞ?いくら人が良いとは言え、知ってりゃそんな無茶な事言えないだろうよ。若作りしてるとは言えご老体に特殊事例三つは1人じゃ過労すぎる……お前はいいけどアタシはやっぱ残らなきゃ────」
「ダメですよそれじゃ」
不敵な笑みを浮かべ、男は女を無理やり立たせる。
「先輩、この距離でも魔剣の『共鳴』は体に障るでしょ」
「……」
彼女の腰に下げられた一本の剣を見ながら。
「優しさもいいですが────やっぱりこの世界、上手くやらないと」
「……分かったよ」
『愚弄のラキラーム』、『絶炎のヴローカ』……二人の賢者達は魔王と勇者の対決という歴史的瞬間を見届けず、同僚の死闘を応援せずに下山を始める。
無論、興味がない訳ではない。ただ─────彼らの目的とは別の出来事。賢者達がその力を振るうのは……世界が危機に陥った時のみ。
彼らにとっては平和と平和のぶつかりなど、全くもって危険視していない……茶番なのだ。
ーーーーーーー
賢者ラキラームは12人のうち、最も新しく加入した賢者です。そのひとつ前がサヴェル、さらに前がヴローカとなっています。
『創起のサヴェル』のような二つ名は主に魔法協会内で勝手に呼ばれ始める彼らの固有魔法に基づいたモノらしいですが……?
0
お気に入りに追加
76
あなたにおすすめの小説

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。
アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。
両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。
両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。
テッドには、妹が3人いる。
両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。
このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。
そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。
その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。
両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。
両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…
両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが…
母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。
今日も依頼をこなして、家に帰るんだ!
この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。
お楽しみくださいね!
HOTランキング20位になりました。
皆さん、有り難う御座います。

無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる
遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」
「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」
S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。
村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。
しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。
とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

異世界に召喚されたが「間違っちゃった」と身勝手な女神に追放されてしまったので、おまけで貰ったスキルで凡人の俺は頑張って生き残ります!
椿紅颯
ファンタジー
神乃勇人(こうのゆうと)はある日、女神ルミナによって異世界へと転移させられる。
しかしまさかのまさか、それは誤転移ということだった。
身勝手な女神により、たった一人だけ仲間外れにされた挙句の果てに粗雑に扱われ、ほぼ投げ捨てられるようなかたちで異世界の地へと下ろされてしまう。
そんな踏んだり蹴ったりな、凡人主人公がおりなす異世界ファンタジー!

凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる