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一章 四人の勇者と血の魔王
第42話 プレゼントという呪いは敢えて返さない事で相手に呪いを返さず輪廻を断ち切ろう
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「……ママロ?……速すぎる、何故今起きた────?」
振り返ったナイズは上体を起こし冷ややかな目を向けるママロの視線から目を逸らす。
「……コード『泡沫の夢』、だっけ?」
「ッ、まさか……主人格か……!」
手に持った剣を睨むが、何も言葉は返ってこない。
ママロへ真相を打ち明ける計画を早める判断は補助人格であるナイズの承認を待たずに行われた。それは【神風箒】の連続発動によるナイズの限界を超えた『痛み』、やがて想定される人格の崩壊を危惧したものだった。
「言いたい事は色々あるけれど」
「……」
「とりあえずは3つに絞ってあげる」
立ち上がり、ナイズの足元のホウキを手元に引き寄せる。
「一つ。わたしはこれからもあなたの事を『ナイズ』って呼ぶ」
「……だが俺は──────」
「あなたは今まで通りナイズのフリをしてもいいし、聖剣として振る舞っても構わない。わたしはそれと関係なくあなたをナイズと呼び、あなたをナイズだと思ってる……色々難しい所はあるだろうけどね」
「……そうか」
「二つ目。今は聖剣の中に戻ってわたしのサポートに徹して」
夢の聖剣の柄を、握っているナイズの手ごと両手で包み込む。
「何度でも蘇る事が出来ても、【神風箒】の魔力暴走の激痛は変わらない。痩せ我慢なんてしないで」
「……じゃあ、もう一つは何だ?」
「簡単な事だよ」
目線が衝突する。数秒の後────微笑んだナイズの姿は聖剣に吸い込まれるようにして、消えた。
「────戦況を教えて」
ホウキを無造作に捨て投げ、魔女は豪快に夢の聖剣を担いだ。
「ぬわぁ!?ナイズ君が消えたぞ!?」
(現在、【血の魔王】兼【楔の勇者】であるマジストロイ・アスタグネーテと交戦中)
「と思ったら声が聞こえてきたのだ……」
「えちょっと待って?魔王兼勇者って言った?あー……これ起きない方が良かったかも」
(サヴェル殿とゴルガス殿と共に弊剣は全力を持って攻撃。最大限の損傷を与える事に成功したが、マジストロイを戦闘不能に追い込むには勇者が不可欠。しかし楔の聖剣を装備された事から、ここから先は苦戦を強いられると推測出来る)
聖剣の念話機能を通じて3人の脳内に補助人格は内部から声を届ける。
────勇者という担い手を取り戻した聖剣は、最大のスペックを披露できる状態へと移行した。
「貴様が真なる【夢の勇者】か」
「真偽も何も、さっきまであなたが相手していたのは聖剣。主人のいないただの剣です」
「ならばこちらも……さっきまで貴様らが相手していたのは、聖剣を持たぬ勇者だぞ?」
「魔王のくせによく言えますね」
「王に勇気は必須だ」
カラン、と夢の聖剣が地面に落とされる音。それが響いた後に、ママロが聖剣の上に足を乗せる音が追いかけた。
(ママロ?何故弊剣を踏んでいる)
「賢者さん、戦士さん。どうですか?戦えますか」
「……ほとんど魔力が残っていません」
「いける。とは言っても、一番の切り札すら耐えられた俺が役に立てる事は少ないだろうが……」
「そう、じゃあ──────」
直後……浮遊する。
夢の聖剣はママロを乗せ宙に浮く……と言うよりは、『ママロが夢の聖剣と共に浮いている』。
魔女が箒を使って浮遊するのは、原初の魔女が使っていたから。本当は何を選んでもいい、が……原初の魔女の完成された魔法に従うのが最も楽かつ確実な手段だった。誰もが箒に身を任せ、その魔法を信じていた。
つまり、魔女を信用出来なくなったママロが箒に乗る理由は無い。
「賢者さんは魔力振り絞って戦士さんを強化でもしてて」
「言われなくともそのつもりですよ……」
「戦士さんはその切り札とやらを魔王が倒れるまでずっと撃ち続けて」
「あぁ、俺も言われなくとも……ん?いやちょっとま」
「ナイズは状況把握しながら戦士さんに的確な指示を出しながらわたしに飛んでくる攻撃を全部迎撃しながら聖剣の出力を常に最大に維持しながらわたしに嘘吐いてた事を反省しながらわたしを応援して」
(…………善処はしよう)
魔力が魔女と聖剣を浮遊させ、砂埃が舞う音。魔王が聖剣の錆を地面に擦れさせる音。静寂と共に訪れた『敵意』の表明が互いに伝わる。
「勇者同士で争うなんて馬鹿馬鹿しいって思ってたけど。わたしがそっち側になるなんてね」
「聖剣12本分、異なる正義があってもおかしくはない。まずは余と貴様の正義……ぶつけてみるか」
「……」
「……」
ママロとマジストロイ。互いの魔力が互いの固有魔法を発動させるために体内から練り上げられていく。
始まりの合図は無しに、彼らが睨み合った時。
そう、『漆黒の泥』が魔王城の窓を突き破ったのはちょうどその時だった。
ー ー ー ー ー ー ー
「なんだこれええええッ!全然止まらなっ……言う事聞いてくれよぉぉッ!!」
黒の聖剣は爆発したかのように黒い『泥』を刀身から放ち続ける。通路を満たしたソレは窓から溢れ出し─────ディグマとリェフルを空中へ放り出した。
ゆっくりと、ゆっくりと泥は降下していく。
「ディグマッ!待っていろ、今助ける……!」
ストゥネアが魔力を身体に宿し、空中を駆ける。
しかし、ディグマはもちろん、リェフルも黒い泥に包まれているため干渉が出来ない。魔剣の攻撃で切り裂くも泥の物量で押し返され、障壁のようにディグマ達を覆い続ける。
「ストゥネア!」
泥で汚れきったカーペットを、蒸発させながら走る音が彼女の耳に入る。
「お前は……ヴァイロ!」
「空を飛べるお前を心配する必要ないだろうが、これはどういう状況だ!?」
窓から身を乗り出した異形タイプの魔族……ヴァイロと呼ばれる炎の四天王。彼は普段、身体を覆う炎を周囲を燃やさない特殊な炎に調節しているのだが……怒りだろうか焦りだろうか、カーペットの水分を蒸発させていき、やがて焦がす。
「我は爆速で赤刃山脈を走り抜ける獣人の女を追いかけてここまで来たのだが、こんなデカブツだったか!?不甲斐無いが……いや、あの速度に反応するのは無茶にも程があるだろう……」
「説明は後だ!この泥の塊の中にいる人物を助け出さなければいけない!」
ストゥネアの言葉を聞いた瞬間、ヴァイロは窓からその身を投げ出す。
「ッ……おいヴァイロ。私が反応に遅れたらどうするつもりだ」
「お前なら我一人くらい、飛んできてもすぐに飛行させられるだろう」
風飲剣を咄嗟に開口させ、ヴァイロは風という壁によって落下を阻まれる。
「我をあの泥の塊にぶつけろ。思いっきりな」
「何を……。いや、そうか。貴様なら……!」
魔剣に魔力を込め、巨大な口がゴウゴウと音を立てながら空気を吸い込む。溜め込む。蓄える。────そして口を窄め、所有者の命令と共に炎天を放つ。
「吐き出せ、風飲剣……ッ!!」
ボン、と破裂した空気がヴァイロを発射させる。黒い泥に激突した彼は────その身体の炎の熱を最大限まで高め始める。
「泥なのだろう?なら焼いて焦して……固めてやる」
ヴァイロはその拳を泥に突き立てる。黒から赤に変色し始めた泥は次第に硬化。
異変に気づいたかのように泥はさらに泥を排出するが、既に固まった部分は取り除けない。
穴のようになったその部分に、更に腕を捩じ込む。
「誰が入っているかは知らないが、少し熱に耐えろ」
色が黒いだけで、通常の泥のように熱が通るのを確認出来たヴァイロはそのスキルを発動する。
「【継火】」
ヴァイロ姿がカゲロウのように揺らぎ─────増殖する。3人に増えたヴァイロが泥を囲むように熱を通し始める。
「えぇ……なんだその暑苦しいスキルは……」
「黙れ首無し首有り女!いいからさっさと風をよこせ!」
「全てのデュラハン族が好んで首を断つと思うな!」
火は燃え盛る。泥をどれだけ出そうとも、もはや固まった土を押すことしか出来ないくらいに。
「これで──────!」
ヴァイロの拳が固まった土を穿ち……亀裂が入る。
次の瞬間、二人を覆っていた土の塊が破壊される。宙に舞った欠片をよけながらストゥネアは加速する。────再び泥が暴走する前に、黒の聖剣を鞘に納めるために。
「あ、りがとう……ございます」
が、それは泥で汚れに汚れたディグマによって実行される。ヴァイロによる熱は黒の聖剣にも伝わり、固まった部分を取り除こうと泥が放出されるところに────無理矢理納刀する。
「ッ、と……間に合ったか」
風でヴァイロを浮かばせながら、ディグマを抱きかかえる。
「その制服……帝国の者か。何やら複雑な事情がありそうだな。陛下への報告時に庇いはしないぞ」
「分かっている。この者を生かすのは陛下も望んでいる事だ──────」
言葉の後に、ストゥネアは自身の鎧を掴むディグマに気付く。
「どうした?すまない、治療はもう少し待って……」
「あ、の子が、まだ─────」
「────ッ!」
落下していくのは、白と黄の髪の少女。聖剣を身体に纏う獣人が────赤刃山脈の尖った地表へと逆さまに進んでいく。
ストゥネアは空を蹴る、が……距離的に間に合わない。明白だった。魔剣の力が届かない場所まで、リェフルという少女は落下していた。
ストゥネアとヴァイロとディグマの3人が、その瞬間に『空気の温度が下がった』と感じたのは少女が肉片になってしまう姿を想像したからだろうか?
「『開け、時空の扉。世界への反逆の意思、蛮勇と献身の山羊は厄災に有り─────【次元穴】』」
否。温度は下がっていないものの……『悪寒』は人為的に起こされたモノだった。
では、それは人を陥れるために何者かが悪意を持って行った結果なのだろうか?
「認証開始」
『周囲の安全を確認してください』
否。それは『助ける』ための行動だった。
魔導具を介した事による特有の掠れた声。その指示に従い、彼女は伝えられた言葉を口にする。
『パスワードをどうぞ』
「『大馬鹿者リミターはスライムが恋人』」
『全機能アンロック。良い旅を、リミター・グリードア!』
次元を越えて取り出した、その『剣』を手に─────赤髪の女が佇む。
「【呪戒剣】─────六式」
振るった魔剣は空を裂く─────否、斬撃による圧で新たな空を生んだ。その風圧は人を斬ることも出来るはずだが……洗練されたその技術は強弱を自由自在に操る。
「【空華】」
6代目剣聖のユニークスキルが、落下したリェフルと地面の間に虚空の風を生み出し……クッションとなる。
ぽすっ、という優しい落下音を聞き、ルリマ・グリードアは高鳴る心臓を胸の上から手で撫でた。
「手のかかる子……」
リェフルと魔剣を交互に見ながら吐き出した溜め息は虚空に溶ける。
ーーーーーーーーー
剣聖が代々継承する魔剣、【呪戒剣】には歴代の剣聖のユニークスキルが保存されています。初代剣聖が二つ、それ以外の剣聖が一つずつユニークスキルを選び、次の剣聖に託します。ルリマの分を含めないと、計21個のユニークスキルが保存されている事になりますが、一部のスキルは再現性があまりにも低すぎるため、実質使用不可になっています。使用権自体は既にクルグからルリマに移っており、剣聖の名を正式に継いでいないというだけです。
振り返ったナイズは上体を起こし冷ややかな目を向けるママロの視線から目を逸らす。
「……コード『泡沫の夢』、だっけ?」
「ッ、まさか……主人格か……!」
手に持った剣を睨むが、何も言葉は返ってこない。
ママロへ真相を打ち明ける計画を早める判断は補助人格であるナイズの承認を待たずに行われた。それは【神風箒】の連続発動によるナイズの限界を超えた『痛み』、やがて想定される人格の崩壊を危惧したものだった。
「言いたい事は色々あるけれど」
「……」
「とりあえずは3つに絞ってあげる」
立ち上がり、ナイズの足元のホウキを手元に引き寄せる。
「一つ。わたしはこれからもあなたの事を『ナイズ』って呼ぶ」
「……だが俺は──────」
「あなたは今まで通りナイズのフリをしてもいいし、聖剣として振る舞っても構わない。わたしはそれと関係なくあなたをナイズと呼び、あなたをナイズだと思ってる……色々難しい所はあるだろうけどね」
「……そうか」
「二つ目。今は聖剣の中に戻ってわたしのサポートに徹して」
夢の聖剣の柄を、握っているナイズの手ごと両手で包み込む。
「何度でも蘇る事が出来ても、【神風箒】の魔力暴走の激痛は変わらない。痩せ我慢なんてしないで」
「……じゃあ、もう一つは何だ?」
「簡単な事だよ」
目線が衝突する。数秒の後────微笑んだナイズの姿は聖剣に吸い込まれるようにして、消えた。
「────戦況を教えて」
ホウキを無造作に捨て投げ、魔女は豪快に夢の聖剣を担いだ。
「ぬわぁ!?ナイズ君が消えたぞ!?」
(現在、【血の魔王】兼【楔の勇者】であるマジストロイ・アスタグネーテと交戦中)
「と思ったら声が聞こえてきたのだ……」
「えちょっと待って?魔王兼勇者って言った?あー……これ起きない方が良かったかも」
(サヴェル殿とゴルガス殿と共に弊剣は全力を持って攻撃。最大限の損傷を与える事に成功したが、マジストロイを戦闘不能に追い込むには勇者が不可欠。しかし楔の聖剣を装備された事から、ここから先は苦戦を強いられると推測出来る)
聖剣の念話機能を通じて3人の脳内に補助人格は内部から声を届ける。
────勇者という担い手を取り戻した聖剣は、最大のスペックを披露できる状態へと移行した。
「貴様が真なる【夢の勇者】か」
「真偽も何も、さっきまであなたが相手していたのは聖剣。主人のいないただの剣です」
「ならばこちらも……さっきまで貴様らが相手していたのは、聖剣を持たぬ勇者だぞ?」
「魔王のくせによく言えますね」
「王に勇気は必須だ」
カラン、と夢の聖剣が地面に落とされる音。それが響いた後に、ママロが聖剣の上に足を乗せる音が追いかけた。
(ママロ?何故弊剣を踏んでいる)
「賢者さん、戦士さん。どうですか?戦えますか」
「……ほとんど魔力が残っていません」
「いける。とは言っても、一番の切り札すら耐えられた俺が役に立てる事は少ないだろうが……」
「そう、じゃあ──────」
直後……浮遊する。
夢の聖剣はママロを乗せ宙に浮く……と言うよりは、『ママロが夢の聖剣と共に浮いている』。
魔女が箒を使って浮遊するのは、原初の魔女が使っていたから。本当は何を選んでもいい、が……原初の魔女の完成された魔法に従うのが最も楽かつ確実な手段だった。誰もが箒に身を任せ、その魔法を信じていた。
つまり、魔女を信用出来なくなったママロが箒に乗る理由は無い。
「賢者さんは魔力振り絞って戦士さんを強化でもしてて」
「言われなくともそのつもりですよ……」
「戦士さんはその切り札とやらを魔王が倒れるまでずっと撃ち続けて」
「あぁ、俺も言われなくとも……ん?いやちょっとま」
「ナイズは状況把握しながら戦士さんに的確な指示を出しながらわたしに飛んでくる攻撃を全部迎撃しながら聖剣の出力を常に最大に維持しながらわたしに嘘吐いてた事を反省しながらわたしを応援して」
(…………善処はしよう)
魔力が魔女と聖剣を浮遊させ、砂埃が舞う音。魔王が聖剣の錆を地面に擦れさせる音。静寂と共に訪れた『敵意』の表明が互いに伝わる。
「勇者同士で争うなんて馬鹿馬鹿しいって思ってたけど。わたしがそっち側になるなんてね」
「聖剣12本分、異なる正義があってもおかしくはない。まずは余と貴様の正義……ぶつけてみるか」
「……」
「……」
ママロとマジストロイ。互いの魔力が互いの固有魔法を発動させるために体内から練り上げられていく。
始まりの合図は無しに、彼らが睨み合った時。
そう、『漆黒の泥』が魔王城の窓を突き破ったのはちょうどその時だった。
ー ー ー ー ー ー ー
「なんだこれええええッ!全然止まらなっ……言う事聞いてくれよぉぉッ!!」
黒の聖剣は爆発したかのように黒い『泥』を刀身から放ち続ける。通路を満たしたソレは窓から溢れ出し─────ディグマとリェフルを空中へ放り出した。
ゆっくりと、ゆっくりと泥は降下していく。
「ディグマッ!待っていろ、今助ける……!」
ストゥネアが魔力を身体に宿し、空中を駆ける。
しかし、ディグマはもちろん、リェフルも黒い泥に包まれているため干渉が出来ない。魔剣の攻撃で切り裂くも泥の物量で押し返され、障壁のようにディグマ達を覆い続ける。
「ストゥネア!」
泥で汚れきったカーペットを、蒸発させながら走る音が彼女の耳に入る。
「お前は……ヴァイロ!」
「空を飛べるお前を心配する必要ないだろうが、これはどういう状況だ!?」
窓から身を乗り出した異形タイプの魔族……ヴァイロと呼ばれる炎の四天王。彼は普段、身体を覆う炎を周囲を燃やさない特殊な炎に調節しているのだが……怒りだろうか焦りだろうか、カーペットの水分を蒸発させていき、やがて焦がす。
「我は爆速で赤刃山脈を走り抜ける獣人の女を追いかけてここまで来たのだが、こんなデカブツだったか!?不甲斐無いが……いや、あの速度に反応するのは無茶にも程があるだろう……」
「説明は後だ!この泥の塊の中にいる人物を助け出さなければいけない!」
ストゥネアの言葉を聞いた瞬間、ヴァイロは窓からその身を投げ出す。
「ッ……おいヴァイロ。私が反応に遅れたらどうするつもりだ」
「お前なら我一人くらい、飛んできてもすぐに飛行させられるだろう」
風飲剣を咄嗟に開口させ、ヴァイロは風という壁によって落下を阻まれる。
「我をあの泥の塊にぶつけろ。思いっきりな」
「何を……。いや、そうか。貴様なら……!」
魔剣に魔力を込め、巨大な口がゴウゴウと音を立てながら空気を吸い込む。溜め込む。蓄える。────そして口を窄め、所有者の命令と共に炎天を放つ。
「吐き出せ、風飲剣……ッ!!」
ボン、と破裂した空気がヴァイロを発射させる。黒い泥に激突した彼は────その身体の炎の熱を最大限まで高め始める。
「泥なのだろう?なら焼いて焦して……固めてやる」
ヴァイロはその拳を泥に突き立てる。黒から赤に変色し始めた泥は次第に硬化。
異変に気づいたかのように泥はさらに泥を排出するが、既に固まった部分は取り除けない。
穴のようになったその部分に、更に腕を捩じ込む。
「誰が入っているかは知らないが、少し熱に耐えろ」
色が黒いだけで、通常の泥のように熱が通るのを確認出来たヴァイロはそのスキルを発動する。
「【継火】」
ヴァイロ姿がカゲロウのように揺らぎ─────増殖する。3人に増えたヴァイロが泥を囲むように熱を通し始める。
「えぇ……なんだその暑苦しいスキルは……」
「黙れ首無し首有り女!いいからさっさと風をよこせ!」
「全てのデュラハン族が好んで首を断つと思うな!」
火は燃え盛る。泥をどれだけ出そうとも、もはや固まった土を押すことしか出来ないくらいに。
「これで──────!」
ヴァイロの拳が固まった土を穿ち……亀裂が入る。
次の瞬間、二人を覆っていた土の塊が破壊される。宙に舞った欠片をよけながらストゥネアは加速する。────再び泥が暴走する前に、黒の聖剣を鞘に納めるために。
「あ、りがとう……ございます」
が、それは泥で汚れに汚れたディグマによって実行される。ヴァイロによる熱は黒の聖剣にも伝わり、固まった部分を取り除こうと泥が放出されるところに────無理矢理納刀する。
「ッ、と……間に合ったか」
風でヴァイロを浮かばせながら、ディグマを抱きかかえる。
「その制服……帝国の者か。何やら複雑な事情がありそうだな。陛下への報告時に庇いはしないぞ」
「分かっている。この者を生かすのは陛下も望んでいる事だ──────」
言葉の後に、ストゥネアは自身の鎧を掴むディグマに気付く。
「どうした?すまない、治療はもう少し待って……」
「あ、の子が、まだ─────」
「────ッ!」
落下していくのは、白と黄の髪の少女。聖剣を身体に纏う獣人が────赤刃山脈の尖った地表へと逆さまに進んでいく。
ストゥネアは空を蹴る、が……距離的に間に合わない。明白だった。魔剣の力が届かない場所まで、リェフルという少女は落下していた。
ストゥネアとヴァイロとディグマの3人が、その瞬間に『空気の温度が下がった』と感じたのは少女が肉片になってしまう姿を想像したからだろうか?
「『開け、時空の扉。世界への反逆の意思、蛮勇と献身の山羊は厄災に有り─────【次元穴】』」
否。温度は下がっていないものの……『悪寒』は人為的に起こされたモノだった。
では、それは人を陥れるために何者かが悪意を持って行った結果なのだろうか?
「認証開始」
『周囲の安全を確認してください』
否。それは『助ける』ための行動だった。
魔導具を介した事による特有の掠れた声。その指示に従い、彼女は伝えられた言葉を口にする。
『パスワードをどうぞ』
「『大馬鹿者リミターはスライムが恋人』」
『全機能アンロック。良い旅を、リミター・グリードア!』
次元を越えて取り出した、その『剣』を手に─────赤髪の女が佇む。
「【呪戒剣】─────六式」
振るった魔剣は空を裂く─────否、斬撃による圧で新たな空を生んだ。その風圧は人を斬ることも出来るはずだが……洗練されたその技術は強弱を自由自在に操る。
「【空華】」
6代目剣聖のユニークスキルが、落下したリェフルと地面の間に虚空の風を生み出し……クッションとなる。
ぽすっ、という優しい落下音を聞き、ルリマ・グリードアは高鳴る心臓を胸の上から手で撫でた。
「手のかかる子……」
リェフルと魔剣を交互に見ながら吐き出した溜め息は虚空に溶ける。
ーーーーーーーーー
剣聖が代々継承する魔剣、【呪戒剣】には歴代の剣聖のユニークスキルが保存されています。初代剣聖が二つ、それ以外の剣聖が一つずつユニークスキルを選び、次の剣聖に託します。ルリマの分を含めないと、計21個のユニークスキルが保存されている事になりますが、一部のスキルは再現性があまりにも低すぎるため、実質使用不可になっています。使用権自体は既にクルグからルリマに移っており、剣聖の名を正式に継いでいないというだけです。
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