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一章 四人の勇者と血の魔王

第40話 結局、見たいのはもう戻れないあの頃に戻って滅茶苦茶馬鹿な事する夢

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「……よもや」

 鮮血が大剣を伝う。

「よもやこの余に─────」

 彼の左手から溢れ出る血が────一斉に飛び出し、剣の形を成す。

「ちょっとした切り傷を付けられる、勇者以外の人間がいたとはなッ!」

「……ぐっ!」

 大剣を止められたゴルガスは武器から手を離し、勢いよく後退する。そして迫り来る血の剣に対し、【マスタリー・ウェポン】で生成したガントレットを構える。

(ナイズ。背後カラ二本、賢者ヘノ方向ニモ四本ガ放タレテイルゾ)

 夢の聖剣の防御機構は淡々と告げる。ナイズは思考を加速させ、一瞬瞼を閉じる。

(今、サヴェル殿が邪魔されるのは避けたい。この大量の血の剣をどうにかするには、作戦を成功させるのは、やはり────【神風箒】を使うしかない)

(警告。【神風箒】ノ使用ハナイズノ精神ニ重大ナ被害ヲモタラス。ヤメタホウガイイヨ)

(防御機構如きが意見するな……!)

 目を開けたナイズは深呼吸の後……脳に焼き付けた魔法式を起動する。

「【神風箒】」

「……ッ!?」

 揺れ動く輝きが戦場を駆ける。

 光を纏ったナイズは一瞬にして背後の剣を破壊、そして間隔を空けずにサヴェルの前方に移動し四本の血の剣を一太刀で切り落とす。
 その魔法。サヴェルには聞き覚えがあった。ユニークスキルや固有魔法でもない、しかし圧倒的な力を得る事が出来る魔女の魔法。

 そして、その代償も知っていた。

「身体を強制的に魔力暴走状態にさせ、ほんの少しの間だけ本人の魔力量、身体的限界を無視する事が出来る代わりに……」

 ──────使用者は

「何をしているんですかあなたはッ!この戦いで死者が出てしまえば……それでは何の意味もなくなってしまう、血で血を洗う戦いになって────」

「心配はいらない。魔法の詠唱に集中してくれ」

 右足を大きく踏み込む。直後にはマジストロイの至近距離に。

「速ッ────」

「【刺激夢】」

 マジストロイの顎に夢の聖剣の柄を激突させる。
 使用したスキルは攻撃内容を延長させたように錯覚させる幻覚能力。同時に近接攻撃をしなければ使用できないスキルだが────上手くいけばリターンは大きい。
 魔王は今、時が極限まで遅くなった世界の中で夢の聖剣に殴られている。

「サヴェル殿、ゴルガス殿!」

「詠唱はもう終わりましたッ!」

「応ッ!!」

 二人を呼ぶナイズの身体は既に魔力暴走による崩壊を始めている。
 ゴルガスは歯を噛み締め、再び【激震・鬼王拳バーストゴールド】を放つ。サヴェルは詠唱した魔法を設置し、すぐに無詠唱の最上位魔法を魔王にぶつける。

「【邯鄲一炊】!」

 それは最も印象に残った夢を反映させるスキルだが────この世界の『夢』として、存在しないはずなのに存在しているナイズが使用すれば反対に『最も印象に残った現実の出来事』を反映させるスキルとなる。
 聖剣から出るは────かつて彼と彼の愛する人を焼いた劫火。

(右腕、完全ニ崩壊シタヨ)

「黙れ……!」

 だが、それでも相手は魔王だった。

(……哀れな)

 彼は既に意識を取り戻していた。3人の攻撃を受けながら、死にゆくナイズに想いを馳せ─────彼の固有魔法媒介である全身の血管に魔力を巡らせる。

「【球赤スフェラ】」

 血は巡る。循環し渦を巻き────マジストロイを中心に、凝縮されたエネルギーとして爆発した。
 赤の爆風を賢者は障壁を張り、壊れた障壁をまたかけ直し───その動作を他の二人に行う。ゴルガスはガントレットを構え【騎士】の防御スキルを使用。

 だがナイズは─────。

(完全崩壊マデアト数秒)

「……」

 喋るための口は既に無くなっている。
 使用した魔女に箒を用いた高速飛行をさせ、魔導兵器のように使い捨てるための……禁忌魔法とも言える魔法。

「くっ……!」

 サヴェルにも成す術は無かった。残された夢の聖剣が地面に音を立てて落下する。

 ナイズ・メモリアルという男の身体は完全に消失した。

(……執念。命を賭しても余を止めようとする執念がある)

 ため息の後、マジストロイは夢の聖剣とゴルガス達を交互に見る。絶対に奪わせないという視線を受け、マジストロイは──────

「【記憶夢】」

 ─────彼は、硬直した。

「顕現成功……以降、【神風箒】発動時の警告をオフ」

「どう、いう事だ……!?」

 血の魔王は勇者を輩出し続けている一族たる魔女の奥義……【神風箒】ともう一つの魔法の事は念を押した調査により知っていた。故に目の前の光景が幻覚ではなく、ナイズの体が魔力暴走によって完全に崩壊したのだと分かっていた。

 だが─────今、目の前にいるナイズという人間が『聖剣に保存された情報を元に反映された』なんて事は知りようがない。

「【神風箒】」

 崩壊しようともデータから復活し、再び魔力暴走に身を委ねる男の異常さに……マジストロイは本能的な恐怖を覚えた。

「────悪夢を見せてやろう、何度でも……な」




(安心してくれ。俺は聖剣であり、弊剣はナイズである。夢の聖剣が活動期間の終わりを迎えない限り……俺は死なない)

(全く、焦りましたよ本当に……!)

(まずは味方から欺くのが定石というものだろう)

 夢の聖剣は戦闘のためのスキルこそ少ないが、スキルには満たないほどの補助能力が多彩だった。ナイズはその一つである『念話』機能を用いてサヴェルとゴルガスに『合図』を送った時から連携を行なっていた。

(サヴェル殿、例の魔法は……)

(既に設置しました。念の為に大量にね。後は────)

(うむ、俺達に任せるのだ)

 拳を振りかざし、身体を崩壊させながら戦う幻影と共に魔王を睨む。

「なんだ……一体何なのだ、貴様は……!!」

 震えそうになる身体を抑え【拳赤グロフィア】という魔法で巨大な血の手を形造る。

「ただの魔女の剣だ。教養が無くて悪いが聞きたい。女のために命を賭けるのは、魔界じゃおかしい事なのか?逆にお前は────」

 魔力を全身に纏ったナイズが、さらに魔力の出力を上げ─────

「……くっ!」

 彼の身体がマジストロイの目の前で爆発する。四散する四肢は粒子となって消え─────

「どうしてそこまで災害を恨む?」

 無傷の、『新しい』ナイズが現れる。

「どうして……か」

 ゴルガスとナイズは並び立ち、マジストロイの噛み締めるような表情を目にする。

「初代魔王、統率者は人々を蹂躙した。流浪者は集落から国家までを悉く籠絡し弄ぶ。来訪者は理不尽に無差別にただ日常を終わらせる。傍観者は……あの狂いようからして、被害者の苦しみは想像もつかない。宣告者は最も簡単に世界を破壊することが出来る、悪魔そのものだ。捕食者は自然災害に最も近しいが、明らかな憎しみを感じ取れる。反逆者は……あの恐ろしい企みは全てを台無しにしてしまう危険性がある」

「……」

「誇張でもなんでもない、奴らはすぐに世界を終わらせられる。なのに心の底ではこう思ってるのだろう?『今まで破壊されてないのだからこれからも……』と。あぁ、そうだ。だが理由を知っているか?奴らが世界を滅ぼさない理由を」

 この場にいる中では自分しかその答えを知らないと分かっているマジストロイは、3人の返答を待たず続ける。

「『面白いから』……だそうだ。災害の中で最も権威を持つ流浪者が『面白くない』と判断した時に世界は終わる。そして─────その危機は迫っていた」

「災害にとっての面白くない……と言うと」

「『平穏』だ。レナ殿が魔王に就いて長い期間、この世界には平和が訪れていた。だが災害が機嫌を損ねているのを彼女は知り……魔王の座を降りた」

「─────そんな」

 サヴェルの口から漏れ出た言葉に、マジストロイは乾いた笑みを溢す。

「滑稽極まりない話だ、平穏が続けばこの世界は滅ぶなどと。戦い続けるしかないこの世界は───────奴らがいる限り変われない」

 血の拳を消した魔王は真っ直ぐと3人の瞳を見つめる。

「今、実感した。余が思っているより民は強い。聖剣を手に入れるというより、勇者と協力するという形も悪くないのかもしれない。が……」

「……」

「─────貴様らと同じように、余も勇者を信用しきれない。先々代の白の勇者のような狂気が全てを解れさせてしまう危険性が恐ろしい」

「えぇ。そうでしょうね。あなたは王だ……民を背負う者はあらゆるリスクに対して臆病でなくてはならない」

 ─────沈黙が流れる。

「では────死なないでくれ」

「ッ!」

 血の触手が少し離れた────地面に刺さったマジストロイの剣に向かって伸びる。

「それくらい予想はしていますよッ!!」

【天晴】、水の龍が血の触手を押し流す。────地面の『例のモノ』に触れないように。

「水魔法か……なら!」

「させないのだッ!」

 ゴルガスは突進し、ナイズは空中からマジストロイの動きを封じようとする。
 が……『弾かれる』。

「【球赤】……」

 小規模な爆発によってノックバックと目眩しを同時に行い────マジストロイは剣に向かって走り出した。

 そして、その一歩目を見事に踏み外す。

「え」

「フハハハハハ!!見事に引っかかってくれましたねぇぇえええ!!」

 足に感じられたのは平らな地面ではなく『丸いモノ』。それどころか倒れ込んだ地面すらゴロゴロとした感触があり、目で見た地面の景色と異なる感覚が全身を包む。

「一体何が……ん?」

 ふと腕に、『カチッ』という音が鳴る。

(景色と一致しない感触────まさか、聖剣の幻覚が……!?)

 地面という、直視する事のないスペースに幻覚作用を施していたため、マジストロイはその瞬間まで気づく事はできなかった。

 ──────突起がついた赤と白の球体が、彼と地面の間にびっしりと設置されていた事に。

「いけっ!モンスターボーム……ッ!!!」

 その内の一つの中に─────魔王の姿が吸い込まれていった。



「……やはり凄まじいな、禁忌魔法は……」

「相手は魔王です、恐らくすぐに突破されます!2人とも準備を─────」

「分かっているのだ!」

 作戦は単純。マジストロイを【捕縛魔球】によって閉じ込め、出てきた瞬間に……ナイズとゴルガスとサヴェルによる渾身の一撃を叩き込む。

「【神風箒】」

 魔力暴走状態に再び移行したナイズは夢の聖剣に額を当て───全ての機構と接続する。

「フォルダ名『skills』から実行。コード『ideal』」

 そのデータはあまりにも規模が大きく、仕組みが複雑なため、膨大な魔力と一定の時間が必要となる。
 1000年前の在りし日の記憶。……夢の聖剣を創った初代勇者の力の一部を、現世に顕現させる。

「────奥義」

 ロクトが『サヴェルの禁忌魔法』と同じレベルに強力な『切り札』として認識している『奥義』。
 精神を統一させ、全神経を一点に集中させ、万物を貫く一撃を。

「詠唱開始────『救世の壱は堕天の刃。罪悪の弐は神聖の剣』」

 サヴェルが選んだのは禁忌魔法ではなく……彼の父親直伝の魔法。ルタインという男が人生を狂わされた象徴であり、多くの命を奪った─────曰く、最悪の魔法。

 そして……球体が開く。

「『冒涜の参が次元を開く時、あらゆる罪を洗い流し、我が悲願は過去と空の彼方へと』」

「……ッ!?出られ────」

 最初に叩き込むはナイズ・メモリアル。

「【脳髄夢・十二聖剣】……!!」

 幻影は11本の剣の姿を顕現させる。夢の聖剣がかつて主と共に過ごし、兄弟である他の聖剣と共に戦った記憶。ナイズは思いっきり魔王に突き刺し────続く11の聖剣に、自分ごと貫かせる。

「な……が、これは、まさか────っ!?」

 勇者が担い手ではないとは言え、幻影だとは言え、聖剣という魔王を殺す特効薬が12、一気に襲い掛かればいくらマジストロイであろうと甚大な被害は避けられない。
 ナイズの身体が魔力爆発を迎えた直後、上空に吹き飛んだマジストロイと同じ高度までゴルガスが飛び上がる。

「覚悟するのだ……!」

(……まさか)

 その技にマジストロイは、確かな見覚えがあった。

「【滅雷】ッッ!!!」

 赤く、硬化したゴルガスの右手は雷を帯び────魔王に懐かしさを覚えさせた。

(ベオグレン……鬼神族の──────)

 直後、振動。マジストロイは世界全体が震えたと錯覚しかけるが……それは彼の内臓が必死に元の位置にあろうと暴れ回っていた事によるモノだと気付く。

「がは……ッ!!」

 地面に叩きつけられたマジストロイは……吐血した。自分の意思ではなく、口から血を吐いたのは魔王になって初めての事だった。砂埃が舞い────賢者の詠唱が響いた。

「『穢れた欺瞞の生き写しより来れ。叡智、愛、徳を糧とし正邪等しく灰燼に帰す毒炎よ』………」

 勇者ですらない者たちが魔王に傷をつける事が出来た。歴史的に中々観測される事は非常に少ない偉業であると同時に────傷口に『塗り込む』事が出来るのだ。

「『永劫の地へ連れて行こう────』【真魔ディテリオ・ダンテ】」

 初代勇者が最初に使用した魔法……『純粋な魔力』を暴発させるその魔法を、大賢者が改良した殺意に満ち溢れた真なる魔。
 濃密な毒が────傷だらけの魔王を蝕む。



ーーーーーーーーーー

【脳髄夢・十二聖剣】は初代勇者が設定したスキルではなく、夢の聖剣が独自に開発したモノとなっています。聖剣が勝手にスキルを搭載した事例は夢の聖剣のみに起きています。あらゆる聖剣のスキルの中でもトップクラスの威力を誇りますが、ナイズのように魔力暴走させなければ発動のための魔力が足りず、しかし勇者が発動しなければ出力が落ちるというジレンマを抱えています。
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