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一章 四人の勇者と血の魔王

第32話 おじゃまをモヤシ

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『……もう行っちゃうの?』

 初めて会った森の外の男の子は、それはそれは魅力的で。幼いわたしはどうしようもない事を泣きそうな表情で言いながら縋り付いてしまっていた。

『うん……でもきっと!いや絶対にまた来るよ!』

『……ほんと?』

『約束する!そしたらさ、一緒に旅をするんだ!』

 外に出たい、世界を知りたい─────わたしが何気なく言った面倒臭い願望を彼は覚えていてくれた。一週間ぐらいの短い期間だったけども、わたしの運命の人はこの子に違いないって確信してた。

 ……10年の月日は─────あの約束を朽ちさせてしまってはいない……はず。


















 朝。目覚める。

「……」

 わたしは優秀な子。基本的に1人でしっかりと目覚める事が出来るようになったし、それに早寝も必要無い。ただ昨日は不安で寝つきが悪かったせいで、7時という何時もの起床時間から10分ほど遅れてしまった。
 でも10分だからなんてことはない。

 今日は─────約束の日。

「おはようママロ!」

「おはよう、サニカ」

 両親のいないわたしはいつも一人で家にいるけれど、寂しくは無い……あ、それは嘘かも。でもドアを開ければみんながいる。わたしに優しいみんなが。

 サニカは幼い頃からの友達の1人。わたしと同じようにホウキを持つ、魔女なのです。

「今日……本当に行くの?」

「それが使命でしょ」

 サニカは少し不安げな瞳を見せた。
 魔女がこの森の外に出る事はとても少ない。初代勇者から託された聖剣に相応しい魔女を育てるため、世間を知らずに魔法だけ勉強していくのがわたし達。

「前に……『学園』?に行ってた時も不安だったからさ。ママロは魔女の森の誇りなんだから、いないと寂しくて!」

「そう」

 例外があるとしたら、わたし。
 どうやら結構な天才らしくて、森のみんなはその才能を無駄にしないよう、わたしを頑張って頑張って育てた。それはそれは必死に丁重に過保護気味にね。
 でも実績を出せばそれなりにわがままは聞いてくれる訳で、ついこの間まで聖徒学園に通わせてもらっていた。卒業生が岩の聖剣に選ばれ西の勇者になっただけあり、かなり勉強になる場所だった。……友達は出来なかったけど。

 それに『彼』に会う時……世間知らずのままだと少し恥ずかしかったから。

「おはよーママロ!」

「ママロおはよぉ」

「おはよう、ピフチア、ケーリュ」

 活発そうで活発な子がピフチア。気怠げそうで気怠げな子がケーリュ。サニカと彼女ら2人は特にわたしと仲良くしてくれる。

「おはようママロ!」

「おはよう!」

「おはようございます!」

「ママロちゃんおはよう!」

「…………おはよう」

 サニカ達のわたしを呼ぶ声を聞きつけて、集まってきたみんながわたしに挨拶の集中砲火を浴びせる。
 外の世界を知り、ある程度の常識を得た今なら少し気味が悪いと感じてしまうけれど……みんなわたしの事を愛してくれている証拠だから、拒絶しにくい。

 ただ、学園へ行く日や今日のような別れの挨拶と言うわけではなく、毎日このテンションなのは少し疲れる。

「おぉ、いつも通り寝坊はしてないようじゃのう」

「おはようございます、長老」

 昔はおばばとか呼んでいたお婆さんは、この10年全く見た目が変わっていない。背筋も曲がりホウキを杖代わりにしていても、大分元気さを保っている。

「ついにこの日がやってきたわい……ほれ、軽く世界を救ってみせい」

「はい」

「なんじゃ、すっかり大人しくなったその姿をあの小童にも見せる気かの?まだ時間はある……聖剣を取りに行くついでに、ゆっくりと気の利いたセリフでも考えておくんじゃな」

「……では、失礼します」

 逃げるようにわたしはホウキにまたがる。
 ─────魔力を込めれば一瞬。魔力がわたしを浮かばせる力となり、上昇し……それは飛行と名乗れるスピードに。
 風を切る感覚は難しい事を忘れさせてくれるから好きだ。彼に会ったら何て言おうとか、クールを気取った根暗に成長していて引かれないかとか、そもそも魔王討伐は本当に上手く行くのか、とか。
 森を鳥瞰図で見る景色には慣れたものだ。複数人いる見張りの魔女に会釈し、呑気に飛んでいる鳥にぶつからないように避け、そうしてようやく澄み切った空気を吸い、味わう。

 ─────『こっちも大分強くなってるとは思うから、足手纏いにならないように頑張るよ』

 手紙にはそう書いてあったけど、正直……彼がどこまで本気なのか分からない。魔王討伐の旅は過酷。外の世界で魔法のトップに立っている賢者の1人も参加しているって話だし、生半可な実力では本当に足手纏いなだけだと思う。
 その点ではわたしは正式に聖剣に認められた【勇者】だから心配は少ないと思うのだけど……彼がその、弱かったら────わたしは一人旅になってしまう。

「やだなぁ」

 正直に言うと堪能したい。彼との2人旅を!!

『わたしもすっごい強くなってるんだよ!この前とかおばばも使えないような魔法も習得しちゃったし!』

 うっ……自分の送った手紙の内容を思い出してしまった。手紙では昔の明るい子のテンションで書き綴ってしまっているけど、いざ実際に会って、冷たい視線を送る事しか出来なかったら本当にどうしよう。……そもそもわたしの事分かるかな?彼はともかくわたしは10年経って見た目だけじゃなくて性格と態度まで変わってしまっている。

「着いちゃった」

 森の奥の祠。
【夢の聖剣】はここに祀られている。

 湿った石の壁に囲まれながら進んでいく。わたしが聖剣に適合したのは生まれてすぐ。魔女の森では女の子の赤ちゃんに聖剣を握らせるという儀式のようなしきたりがあるから。まぁ、天才をその瞬間に見分けられるんだから良いと言えば良いのだけど、なんというか……聖剣の適合って努力とかじゃどうにもならないんだ、って。

「……」

 まぁ、どうにもならない事なんて沢山ある。もうすぐ彼に会えるのはワクワクするけど怖くもあるし……。

「……」

 ……そう、どうにもならない事なんて沢山ある。
 ─────さて、見間違いかと思ったこの光景はやっぱり間違いじゃなかったみたいです。

「夢の聖剣が……無い……?」

 口に出すとさらにこの状況を理解出来てしまう。

 …………いやなんで!!??
 昨日までは普通にあった!ここに戻したし!わたし以外が触れたり魔法を使おうとすれば拒絶するはずだから誰にも盗めないと思うし、そもそも魔女の森は見張りがいつもいるから侵入出来る悪者なんていないだろうし!!!

「あ、あれ?わたしの人生終わった……?」

 聖剣、無くした。勇者失格、魔王討伐は不可能。チヤホヤされた天才はみんなの期待を裏切り、恋焦がれる少女は運命の人に失望される……?

「まずい……まずいまずいまずいまずい」

 急いで探さなければいけない。場所なんて見当もつかないけど探すしかない、探すしかない!

「っ!」

 勢いよく振り返って走ろうとすると……目の前の何かにぶつかる。壁にしては位置がおかしいし、柔らかい。
 わたしを抱き留めたその物体は腕。突っ込んだのは胸。

『結構背伸びたから、分からないかも』

 ……分かるよ。10年ぶりでも、10年想ってたから。

「────ナイズ」

「久しぶり、ママロ」

 ナイズ・メモリアルという幼い灰色の髪の男の子は10年ですっかり男!って感じになったようで、触れる箇所から何というかこう、筋肉を感じる……。でも微笑んだ顔は幼さが残ってて……。

「……久しぶり」

 ぶつかってしまった恥ずかしさと、どうしても思考の端に追いやれない無くした聖剣の事で心臓はとてつもなくうるさい。反対にわたしの態度はとてつもなく静かで大人しいモノとなってしまった。
 見上げないと目を合わせれない高さにある彼の顔を拝もうとして、やっぱり止めて下を向く。

「ど、どうしてここに?」

「魔女の皆に聞いた。ちょうど入れ違いだったようだったから。北へはこっちの方が近いし、合流してこのまま出発しようと思ったんだ」

「え“」

 このまま……出発?
 それは非常にまずい。聖剣が探せなくなる……ッ!!

「えと、あの……みんなに別れの挨拶を……」

「もう済ませたのかと思っていた。と言うより、俺の方からもう行くと伝えたから今更戻ったら少し……」

 ……それは確かに気まずい。お前なんで帰ってきてんのってなる……。

「もう聖剣は取ったのか?」

「ん!?んー……!」

「……?」

 ナイズは空洞になった祠の意味ありげなスペースを凝視している。

「……えぇ。見せびらかすものでもないし、次元魔法で隠しておいているだけ」

 終わった。言い訳をしてしまった。
 今この場なら耐え凌いだかもしれないよ。でもこの嘘はいつか絶対!わたしに帰ってくる。
 ……いつまで通用するか。旅に出てしまえば森の中は探せない……いや、もう森の中には無いと仮定しても良いかもしれない。というか、わたしが終わらないためにはそうする他ない。

『森の外に聖剣を盗んだ』誰か─────がいるはず。いて欲しい。ナイズにバレないようにそいつを見つけてとっちめて聖剣を、夢の聖剣を取り戻す……これしかない。

「じゃあ出発しよう、魔王討伐の旅に」

「うん」

「……良いね、夢が叶っていくのは」

 大人びた態度を取っていたナイズが、その時だけは少年のように見えた。わたしも昔のように話したい、けれどもどうしたら良いか分からなくなってしまう。
 聖剣の捜索。関係の修復。魔王の討伐は……その後で良いかな……。














 ー ー ー ー ー ー ー 












『それ』が起こってしまったのはママロが起きるのがいつもより10分遅れてしまったせいではない。彼女がいつも通りに起きたとしても、彼はその分待つだけだったからだ。だが寝不足でなければ、彼の魔力を感知できたりはしたかもしれない。

「それにしてもママロったら外の男の子にぞっこんだよねぇ」

「ねー!悪影響が無いと良いけど」

「早く帰って来て欲しいもんだよ……」

 彼女達3人も、特別弱かったという訳ではない。だが完全に予測できなかった上に……相手は彼女達の実力を大幅に上回っていた。
 ママロが飛んでいく姿を眺めていた3人。いつものように適当に歩き、日差しを浴びようとした1日の計画は崩れ去る。

 1人の男がいた。

「あ、もしかして例のナイズ君?」

「本当に生きてたんだぁ」

「……いや、待てよ、あれ。なんで──────」

 遠くにいたはずだった灰色の髪の男。その距離が初めから無かったかのように、ナイズは彼女達の目の前に立っていた。

「なんでお前が夢の聖剣を持って──────」

 言の葉は最後まで紡がれる事なく事切れる。
 首が落ち、地面は太陽の匂いから血の匂いに更新された。

「……質問の意味が理解出来ない。弊機は聖剣を所持していない」

「あんたっ、サニカを……!?」

 メルヘンな雰囲気を漂わせる、夢のように曖昧な形の剣は血に濡れながらも童話の存在のような輝きを放つ。

 ……そんな夢のような存在は一転変わって、ゴン……と鈍い音を響かせた。
 鈍器のように頭頂部へ振り下ろし、剣で殴打されたケーリュという少女は顔の穴という穴から血を吹き出させながら崩れ落ち、ひしゃげた頭蓋骨を地面に衝突させる。

「サー、リュ────」

 後退りする少女を追うように、ナイズも一歩、また一歩と近づく。

「よくも……よくもッ!あんたなんかにママロは絶対にやらない……ッ!!」

 ピフチアは逃走ではなく、立ち向かう事を選択した。ホウキを右手に握り─────

 つまり、そのホウキが地面に落ちたのなら、彼女の右手に何かがあったという事だろう。
 滴る血液がまたも地面に染み込み、流れ込んできたサニカのそれと同化する。赤くなったホウキと、もう無い右手から目を逸らし────それでも彼女は前を向いた。

「なんで……なんでこんな事を……?」

 生きる事は諦めても、死ぬ事を受け入れても尚理解出来ないのは彼の動機。唯一ハッキリしているのは、ナイズという人間が自分を殺そうとしていて、その時が後少しで訪れるという事。

 ……そう、分かっていたつもりだったが。

「いだ……い……」

「……ケーリュ?」

「いっ……あぁ、あぁぁあああああ─────」

 首を斬られたサニカとは異なり、ケーリュはまだ意識を保ったままだった。
 死ねていなかったのだ。

「い……やだ……やだ、やだやだやだ……ッ!」

「同意出来ない。……【邯鄲一炊】」

 聖剣を振る。空気を軽く引き裂き─────炎が現れる。

「あづい、やだっ!熱いよぉ、あああああああああああああああついあついあついあついあつい─────」

 人体の焼ける匂い。それが彼の鼻腔を通ったのは何度目だったか。

「……10年、長かった」

 煙を払い、ママロが飛んで行った方向を見つめ、死体に目もくれずに、鳴る呻き声に耳を傾ける事なく呟いた。笑みを浮かべているわけでもなく、悲しんでいるわけでもなく、心ここに在らずと言うのが適切な表情で。

「まるで夢のようだ──────」








ーーーーーーーーー

魔女の森は世界各地に点々と存在しており、ママロが住んでいた南の森は最も大きな面積を持ちますが、魔女の人口自体はツーキバルの魔女の森に劣っています。原初の魔女は初代勇者が死んだ後北の森で暮らしましたが、託されたはずの夢の聖剣は南の森に置いていきました。そのため南の森は時が経つにつれて『教え』よりも『聖剣』を重視するようになり──────。


また投稿が遅れましたすまん。毎日投稿もしばらくするから許して
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