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一章 四人の勇者と血の魔王
第29話 今にも落ちてきそうな首に見つめられて
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ーーーーーーー
帝国 魔王城付近の草原
ーーーーーーー
「ハァッ!」
黒き刀による衝撃は、相変わらず少し物足りない。だがそれでも───私はディグマの成長を感じずにはいられない。
(やはりこの男……剣の才能は絶望的だが、戦い自体のセンスが圧倒的だ。身体は追いつかなくとも、それを踏まえた上での最適解を導き出そうとしている……!)
的確な場所に狙撃されるかのような繊細な斬撃。私はその全てを受け止め、攻勢に出ようとするが──────
「今だッ!」
「ッ、またか……」
弾いたはずの黒い剣先が────歪曲する。
(なぜこの男は剣をグニャグニャさせる技術を戦いに活かしてしまうのだ!そこまで戦いの才能があればおかしいと気付くだろう!?)
弾丸を当てるかのような、細かな剣の変形。そのスピードはもはや『突き』と呼んでも過言ではない。
「非力なボクでも、変形による力を利用すれば……!」
「……舐めるなッ!」
内心、頼りたくはなかったのだが……ここで攻撃を受けてしまうと、ディグマが調子に乗ってしまうのではないか。間違った剣術を信じ切ってしまうのではないか(これは多分もう手遅れ)……という想いが、私を突き動かした。
魔剣に念じる。
「っ!変形して防御を……」
ぐにゃりと曲がった【風飲剣】はディグマの刀を受け止める。そして……。
「自分だけが変形を利用するとは思わない事だッ!」
(何を言っているんだろう、私は)─────叫んだ後に真顔になった私は、ディグマの首筋に寸止めした魔剣を彼から離した。
「くぅ~!行けると思ったんだけど……まだまだか」
「ま、まぁ……かなり順調に成長しているぞ、気にするな」
時刻は昼時より数時間経った程。
私の言葉はお世辞でも何でもなく事実で、ディグマはかなりのスピードでグニャグニャ剣術を身体に染み込ませている。
「……いつ来るか分からないんです。妹は。もし今来たら……勝てますかね、ボクは」
「私が分かる訳ないだろう。実際に戦った事があるのなら自分でシュミレートしてみろ」
「距離取って魔導銃ぶっ放して勝ったので妹の剣術はあまり見てないっていうか……」
「まぁ、合理的に勝つのならそれが一番だろうから仕方無い」
……あぁ、そうだ。私はこの男と互いに剣を持ち斬り合ったからこそ分かる。
─────得意武器を、銃を持ったディグマとは絶対に戦いたくない。
魔剣の力を使わなければ、『戦い』は成立せずディグマによる『蹂躙』で終わるだろう。
「……日も暮れ始めたか」
空は橙色に染まる。帝国には珍しい、田舎だからというのもあり……やけに綺麗に見えてしまう。
「見えます?遠くの魔王城……ちょうど夕日に重なってますよ」
「おぉ……本当だ」
普段は魔王城の中にいるから、魔界にいるから知らなかった景色。見れなかった美しさ。
そんなモノに心を奪われかけるのは……複雑な気分だ
「懐かしいでしょ?」
「む?」
「ネアさん帝国出身なんですよね。……ボク達がまだ幼い頃は、純粋に『美しい』と思っても誰にも咎められなかったはずなのに」
そうだった。帝国が故郷という設定を作っていたのだった。
……純粋に美しいと思っても誰にも咎められなかったはずなのに、か。
「外国がどうなのかはよく知らないけど、帝国は本当に……友好を築いていたはずの魔族を徹底的に敵視している」
「……」
「目的は分かってる。『東の勇者』になる若者が、前の4人の勇者のように……『魔王城まで行って和解』なんて事をしないようにするため。そしてその若者に魔王を殺させ、魔界の資源を独占するためです」
原因はレナ様の交渉術によるものか、実力で捻じ伏せたのかは定かではないが、先代の勇者達が和解を選んだという話は人間界と魔界の両方に歴史として刻まれている。
そして世界は一時の平和を手に入れた。
「【血の魔王】が何を考えているのか全然分からない。なんで今までの平和を壊しちゃうのか……分からないよ」
「……そうだな」
陛下が何を願っているのか。私達四天王でさえ、詳しい事は知らない。それでも─────あの瞳は、平和を願っていた。間違いなく。
遠い未来までを見通したかのような目をしていた。
「紅く染まる魔王城。背徳的だがこの美しい光景は────人魔が入り混じって生まれたモノだ。太陽の無い魔界では到底見られない……だろう」
「魔族が人間界に来なければ、魔王城は無かった……」
「そういう事だ。確かに、誰が良いか悪いかの判断を全て王に任せるのは良くない。民草も自らの事だと思って深刻に考えるべきだ。だが────」
鞘に収まった刀を握る少年は、不安に満ちた眼差しを私に向けてくれた。信頼には真剣な気持ちで応えたい。
「自分が誰と仲良くするか!これは間違いなく自分が決めるべき事だ。人魔関係無く、だ。先代の勇者達もそう……彼らは戦わないという選択をした。貴様も……自分で選ぶのを推奨する」
「自分で、選ぶ……」
「嫌だったら選ばなくていい。私はあくまで推奨しているだけだ。最も、貴様ほどの実力者なら……直接魔王城に行って魔王を見極めてから判断する、というのも出来そうだがな!」
「っ!」
ディグマの顔が……夕陽のせいだろうか。少し赤く見える。
「……ネアさんには敵わないな。やっぱり全部お見通しだったんですか。恥ずかしいな、ボク……」
「……ん?」
何か、微妙に話が噛み合ってない気がするが……。
「ネアさん」
「な、なんだ急に改まって」
立ち上がったディグマが……刀を握り、真っ直ぐな瞳で私を見つめる。
「図々しすぎるのは承知で、重ねて頼みがあります」
「お、おぉ……?」
「あなたにしか頼めない。というか頼むならあなた以外考えられない。剣の指導はネアさんの実力を見ての頼みだったのですが、この頼みは……それだけが理由じゃないです」
「そ、そうなのか」
「─────妹との戦いに勝ったら……」
深く頭を下げた少年。
私は数秒後───────気絶するほどの衝撃を受けることになる。
「─────この『東の勇者』、ディグマ・キサカの仲間として……魔王城へ共に向かって欲しいです」
「…………え」
私は。あまりの衝撃で気が緩んでいたのだろうか。彼も、ディグマも……緊張で周りが見えなくなっていたのだろうか。
だから2人とも、背後から近づいてきていた刃に気づかなかったのだろうか。
視点が、落下する──────────────。
ー ー ー ー ー ー ー
(……返事、まだか……ッ!)
心臓がうるさい。ドックンドックン跳ねまくってる。目を瞑ったままそれを無視。
そりゃ勢いでこんなカッコつけたセリフ言うなんてボクも思ってなかった。でも……ネアさんに『ボクが勇者』だって事がバレてたっぽいし。
全然剣を扱えない奴が実は勇者でしたってダサすぎるから……反動でカッコつけたくなった。
そういう理由もあるけど、ネアさんの言葉が大きい。
心に深く落ちていくような感覚がした。
(……流石に遅すぎないか─────)
そう思った瞬間──────音がした。
ドサッ……という、何か重みのあるモノが草原に落ちる音。
目を開き─────────
「……え?」
ネアさんが、ボクを見ていた。
……あれ?おかしい。
「……さん」
ボクは腰を深く曲げているはず。地面を見ているはず。なのになぜ?
「い……さん……!」
なんでネアさんの首が地面に落ちているんだ?
「兄さん!!」
「……あ」
肩を強く掴まれる。
目の前には────少し懐かしい顔。
「ザラ?」
「……はい。ザラです」
てっきりザラは怒り心頭でボクを追ってきたと思っていたけど、怒っているというよりかは……。
「はっきり言って失望しましたよ、兄さん」
「え?」
「全く……【魅了】系スキルでも使われたのですか?」
「ど、どういう……」
「魔族と話してるなんて……一時的でも勇者として聖剣を持っている身という自覚は無いのですか?」
「─────ま、ぞく」
地面には、ネアさんの顔と。
動かない、首から下の身体が───────。
「ネアさんが、魔族?」
「別にこの方の事は知りませんが、間違いありませんよ。私の【刺孔眼】で見たのですから」
『魔眼』……生まれつきの、魔力によって変質した眼球。ザラはその内の一つ、【刺孔眼】という魔力の流れや生物の魔力器官を透視出来るという力を─────
そうじゃない。そうじゃ、ない。
「……殺したのか」
「見れば分かるでしょう、殺しました」
「なんで」
「はぁ……?魔族だから当然でしょう」
「……そうか、そうだよな。当然だ」
心臓の鼓動も落ち着いてきた。多分、黒の聖剣の恩恵だ……そのような力があると聞いた。どんどん思考がクリアになっていく。精神が穏やかになっていく。
「それで。聖剣を引き渡してくれますよね?まさかこんな無様な姿を晒しておいてまだ悪あがきしようなどと……」
「ザラ」
穏やかになっていく。
「ボクは天職が【技師】だし、非力だけどなんとか頑張ってたんだ」
「……急になんですか?」
「魔導銃を使って、たくさん練習して……帝国最強とか言われたよね。聖剣も手にする事ができた。勇者になれた」
「剣を扱えなければ意味のない事です。いいから早く────」
とても穏やかだ。風の流れもボクの鼓動も。
「何のためだと思う?」
「はい?」
「ボクは今まで何のために頑張ってきたんだと思う?」
「知りませんよ、そんなの────」
「妹を死なせたくなかったからだ。ザラを勇者になんかさせたくなかった」
「えっ……」
「でも……もういいかな」
ボクはそう言って、黒い刀を突き出す。
「ザラはボクが思ったより……」
「……えぇ、いつまでも子供扱いしないでください。私だって、その、兄さんを────」
「良い子じゃなくなっちゃったみたいだから」
穏やか……だった。
聖剣の恩恵はボクの精神を安定させてくれる。『狂うほどのショック』を受けても狂わない。
だから────手放す。
黒の聖剣。それがボクの手から実の妹へ渡った瞬間……。
発砲音。
「……あ、え」
ボクは魔導銃の引き金を引いていた。
「あ、あ……なん、で─────」
ザラの手から鮮血が滴る。
「魔族だった。彼女が魔族だった─────だからなんだよ。だからなんだよッッ!!!」
目を点にしたザラに向かって────必要のない穏やかさを捨てたボクから、喉を壊すほどの声が出てくる。
「ボク達は分かり合えていた。確かに分かり合えていた……!!なのにお前が……ふざけるなよッッ!!」
『自分が誰と仲良くするか!これは間違いなく自分が決めるべき事だ。人魔関係無く、だ。先代の勇者達もそう……彼らは戦わないという選択をした。貴様も……自分で選ぶのを推奨する』
「魔族だったなら……どうしてあんな言葉をボクにくれたんだ」
『時間は無いのだろう?剣が苦手と言うが……まずは貴様の腕を見せてみろ』
「本当に人と相入れないというのなら……どんな気持ちでネアさんはボクに剣を教えてたんだ。ボクと話してたんだ……ッ!」
怒りで満ちていく。悲しみに溺れていく。
これでいい。
「……擬似聖剣型戦術兵装『朧』か。ネアさんを斬ったのは─────」
ザラの腰に帯刀されていた刀。ボクはそれを─────無視し。彼女の掌を再び撃ち抜いた。……道具に罪は無い。そして人は憎むべきではない。
罪はそこにある。
「あぐっ!?」
「やっぱり兵士になるなんて許さなければ良かったんだ。いくら才能があっても……剣に乗っ取られちゃいけない。もう握れなくすればいいかな」
ボクは今まで何をしてきたのだろうか。こんな……こんな奴のために?今まで頑張ってきたのか?
「返せよ……ボクの人生を……!!」
引き金は軽い。はずなのに重い。重いはずなのに────軽い。
「ネアさんを……返せよ……ッ!!!」
でも……腐っても妹。昔からボクに当たりが強い事への恨みや、剣の才能や魔眼への妬みがあろうとも。家族なんだ、この程度の劇場激情になど流されない愛がある。
「戦いの輪廻から解放してあげよう。良いんだ、戦うのはボクだけで……」
「い……いや、待っ……って─────」
きっと足も撃ち抜いた方が良い。逃げられて回復魔法で治療でもされたら……またザラに痛みを与えなければいけなくなってしまう。治療不可になるまで撃ち続けて撃ち続けて撃ち続けて─────
「もう戦わなくていいんだよ、ザラ」
最終的に、ボクは引き金を軽く感じた。弾丸は発射され──────
ザラとボクの間に投げ込まれた『何か』に激突した。
「……これは」
なんだ?なぜ急に?誰が?
そしてこの物体は………
……剣みたいな形をした、『岩』?
「生まれはナルベウス。育ちもナルベウス。そんな採掘師のガキンチョは今の今まで健やかに成長してきました」
草原を踏み締める大袈裟な足音と共に声が聞こえる。
「魔王城へ向かうも赤刃山脈からぶっ飛ばされて魔女の森付近に落下」
剣の形をした岩は……粉砕される。
「そんでもって今、大賢者様のお願いにより正反対の帝国に到着。波乱万丈にも程があるぜって思ってたんだが……どうやらこっちの方が修羅場っぽいな」
近づいてきた男の方には、また剣の形をした岩が担がれて────いや、あれは……岩を纏った剣、なのか?
「……が、事情は俺が知った事じゃねェ」
現れた金髪の男は不敵な笑みを浮かべながら、ボクに剣先を向けた。
「勇者が人殺しなんてしちまえば……この『西の勇者』、ロクト・マイニング様の評判まで下がっちまうんでなァ!阻止させてもらうぜ『東の勇者』ァ!」
ーーーーーーーーーーー
黒の聖剣は、初代勇者が『最初に作ろうとした』聖剣であり、『最後に完成した』聖剣です。当時の初代勇者は彼の故郷の伝統である刀に執着しており、工房のある街に着くと必ず足を止め、黒の聖剣の作成に熱中したそうです。しかし黒の聖剣が『完成』するには、彼自身の強い負の感情が必要だという結論に、死の淵の初代勇者は辿り着きました。
その力は憎しみによるものか。それとも……?
帝国 魔王城付近の草原
ーーーーーーー
「ハァッ!」
黒き刀による衝撃は、相変わらず少し物足りない。だがそれでも───私はディグマの成長を感じずにはいられない。
(やはりこの男……剣の才能は絶望的だが、戦い自体のセンスが圧倒的だ。身体は追いつかなくとも、それを踏まえた上での最適解を導き出そうとしている……!)
的確な場所に狙撃されるかのような繊細な斬撃。私はその全てを受け止め、攻勢に出ようとするが──────
「今だッ!」
「ッ、またか……」
弾いたはずの黒い剣先が────歪曲する。
(なぜこの男は剣をグニャグニャさせる技術を戦いに活かしてしまうのだ!そこまで戦いの才能があればおかしいと気付くだろう!?)
弾丸を当てるかのような、細かな剣の変形。そのスピードはもはや『突き』と呼んでも過言ではない。
「非力なボクでも、変形による力を利用すれば……!」
「……舐めるなッ!」
内心、頼りたくはなかったのだが……ここで攻撃を受けてしまうと、ディグマが調子に乗ってしまうのではないか。間違った剣術を信じ切ってしまうのではないか(これは多分もう手遅れ)……という想いが、私を突き動かした。
魔剣に念じる。
「っ!変形して防御を……」
ぐにゃりと曲がった【風飲剣】はディグマの刀を受け止める。そして……。
「自分だけが変形を利用するとは思わない事だッ!」
(何を言っているんだろう、私は)─────叫んだ後に真顔になった私は、ディグマの首筋に寸止めした魔剣を彼から離した。
「くぅ~!行けると思ったんだけど……まだまだか」
「ま、まぁ……かなり順調に成長しているぞ、気にするな」
時刻は昼時より数時間経った程。
私の言葉はお世辞でも何でもなく事実で、ディグマはかなりのスピードでグニャグニャ剣術を身体に染み込ませている。
「……いつ来るか分からないんです。妹は。もし今来たら……勝てますかね、ボクは」
「私が分かる訳ないだろう。実際に戦った事があるのなら自分でシュミレートしてみろ」
「距離取って魔導銃ぶっ放して勝ったので妹の剣術はあまり見てないっていうか……」
「まぁ、合理的に勝つのならそれが一番だろうから仕方無い」
……あぁ、そうだ。私はこの男と互いに剣を持ち斬り合ったからこそ分かる。
─────得意武器を、銃を持ったディグマとは絶対に戦いたくない。
魔剣の力を使わなければ、『戦い』は成立せずディグマによる『蹂躙』で終わるだろう。
「……日も暮れ始めたか」
空は橙色に染まる。帝国には珍しい、田舎だからというのもあり……やけに綺麗に見えてしまう。
「見えます?遠くの魔王城……ちょうど夕日に重なってますよ」
「おぉ……本当だ」
普段は魔王城の中にいるから、魔界にいるから知らなかった景色。見れなかった美しさ。
そんなモノに心を奪われかけるのは……複雑な気分だ
「懐かしいでしょ?」
「む?」
「ネアさん帝国出身なんですよね。……ボク達がまだ幼い頃は、純粋に『美しい』と思っても誰にも咎められなかったはずなのに」
そうだった。帝国が故郷という設定を作っていたのだった。
……純粋に美しいと思っても誰にも咎められなかったはずなのに、か。
「外国がどうなのかはよく知らないけど、帝国は本当に……友好を築いていたはずの魔族を徹底的に敵視している」
「……」
「目的は分かってる。『東の勇者』になる若者が、前の4人の勇者のように……『魔王城まで行って和解』なんて事をしないようにするため。そしてその若者に魔王を殺させ、魔界の資源を独占するためです」
原因はレナ様の交渉術によるものか、実力で捻じ伏せたのかは定かではないが、先代の勇者達が和解を選んだという話は人間界と魔界の両方に歴史として刻まれている。
そして世界は一時の平和を手に入れた。
「【血の魔王】が何を考えているのか全然分からない。なんで今までの平和を壊しちゃうのか……分からないよ」
「……そうだな」
陛下が何を願っているのか。私達四天王でさえ、詳しい事は知らない。それでも─────あの瞳は、平和を願っていた。間違いなく。
遠い未来までを見通したかのような目をしていた。
「紅く染まる魔王城。背徳的だがこの美しい光景は────人魔が入り混じって生まれたモノだ。太陽の無い魔界では到底見られない……だろう」
「魔族が人間界に来なければ、魔王城は無かった……」
「そういう事だ。確かに、誰が良いか悪いかの判断を全て王に任せるのは良くない。民草も自らの事だと思って深刻に考えるべきだ。だが────」
鞘に収まった刀を握る少年は、不安に満ちた眼差しを私に向けてくれた。信頼には真剣な気持ちで応えたい。
「自分が誰と仲良くするか!これは間違いなく自分が決めるべき事だ。人魔関係無く、だ。先代の勇者達もそう……彼らは戦わないという選択をした。貴様も……自分で選ぶのを推奨する」
「自分で、選ぶ……」
「嫌だったら選ばなくていい。私はあくまで推奨しているだけだ。最も、貴様ほどの実力者なら……直接魔王城に行って魔王を見極めてから判断する、というのも出来そうだがな!」
「っ!」
ディグマの顔が……夕陽のせいだろうか。少し赤く見える。
「……ネアさんには敵わないな。やっぱり全部お見通しだったんですか。恥ずかしいな、ボク……」
「……ん?」
何か、微妙に話が噛み合ってない気がするが……。
「ネアさん」
「な、なんだ急に改まって」
立ち上がったディグマが……刀を握り、真っ直ぐな瞳で私を見つめる。
「図々しすぎるのは承知で、重ねて頼みがあります」
「お、おぉ……?」
「あなたにしか頼めない。というか頼むならあなた以外考えられない。剣の指導はネアさんの実力を見ての頼みだったのですが、この頼みは……それだけが理由じゃないです」
「そ、そうなのか」
「─────妹との戦いに勝ったら……」
深く頭を下げた少年。
私は数秒後───────気絶するほどの衝撃を受けることになる。
「─────この『東の勇者』、ディグマ・キサカの仲間として……魔王城へ共に向かって欲しいです」
「…………え」
私は。あまりの衝撃で気が緩んでいたのだろうか。彼も、ディグマも……緊張で周りが見えなくなっていたのだろうか。
だから2人とも、背後から近づいてきていた刃に気づかなかったのだろうか。
視点が、落下する──────────────。
ー ー ー ー ー ー ー
(……返事、まだか……ッ!)
心臓がうるさい。ドックンドックン跳ねまくってる。目を瞑ったままそれを無視。
そりゃ勢いでこんなカッコつけたセリフ言うなんてボクも思ってなかった。でも……ネアさんに『ボクが勇者』だって事がバレてたっぽいし。
全然剣を扱えない奴が実は勇者でしたってダサすぎるから……反動でカッコつけたくなった。
そういう理由もあるけど、ネアさんの言葉が大きい。
心に深く落ちていくような感覚がした。
(……流石に遅すぎないか─────)
そう思った瞬間──────音がした。
ドサッ……という、何か重みのあるモノが草原に落ちる音。
目を開き─────────
「……え?」
ネアさんが、ボクを見ていた。
……あれ?おかしい。
「……さん」
ボクは腰を深く曲げているはず。地面を見ているはず。なのになぜ?
「い……さん……!」
なんでネアさんの首が地面に落ちているんだ?
「兄さん!!」
「……あ」
肩を強く掴まれる。
目の前には────少し懐かしい顔。
「ザラ?」
「……はい。ザラです」
てっきりザラは怒り心頭でボクを追ってきたと思っていたけど、怒っているというよりかは……。
「はっきり言って失望しましたよ、兄さん」
「え?」
「全く……【魅了】系スキルでも使われたのですか?」
「ど、どういう……」
「魔族と話してるなんて……一時的でも勇者として聖剣を持っている身という自覚は無いのですか?」
「─────ま、ぞく」
地面には、ネアさんの顔と。
動かない、首から下の身体が───────。
「ネアさんが、魔族?」
「別にこの方の事は知りませんが、間違いありませんよ。私の【刺孔眼】で見たのですから」
『魔眼』……生まれつきの、魔力によって変質した眼球。ザラはその内の一つ、【刺孔眼】という魔力の流れや生物の魔力器官を透視出来るという力を─────
そうじゃない。そうじゃ、ない。
「……殺したのか」
「見れば分かるでしょう、殺しました」
「なんで」
「はぁ……?魔族だから当然でしょう」
「……そうか、そうだよな。当然だ」
心臓の鼓動も落ち着いてきた。多分、黒の聖剣の恩恵だ……そのような力があると聞いた。どんどん思考がクリアになっていく。精神が穏やかになっていく。
「それで。聖剣を引き渡してくれますよね?まさかこんな無様な姿を晒しておいてまだ悪あがきしようなどと……」
「ザラ」
穏やかになっていく。
「ボクは天職が【技師】だし、非力だけどなんとか頑張ってたんだ」
「……急になんですか?」
「魔導銃を使って、たくさん練習して……帝国最強とか言われたよね。聖剣も手にする事ができた。勇者になれた」
「剣を扱えなければ意味のない事です。いいから早く────」
とても穏やかだ。風の流れもボクの鼓動も。
「何のためだと思う?」
「はい?」
「ボクは今まで何のために頑張ってきたんだと思う?」
「知りませんよ、そんなの────」
「妹を死なせたくなかったからだ。ザラを勇者になんかさせたくなかった」
「えっ……」
「でも……もういいかな」
ボクはそう言って、黒い刀を突き出す。
「ザラはボクが思ったより……」
「……えぇ、いつまでも子供扱いしないでください。私だって、その、兄さんを────」
「良い子じゃなくなっちゃったみたいだから」
穏やか……だった。
聖剣の恩恵はボクの精神を安定させてくれる。『狂うほどのショック』を受けても狂わない。
だから────手放す。
黒の聖剣。それがボクの手から実の妹へ渡った瞬間……。
発砲音。
「……あ、え」
ボクは魔導銃の引き金を引いていた。
「あ、あ……なん、で─────」
ザラの手から鮮血が滴る。
「魔族だった。彼女が魔族だった─────だからなんだよ。だからなんだよッッ!!!」
目を点にしたザラに向かって────必要のない穏やかさを捨てたボクから、喉を壊すほどの声が出てくる。
「ボク達は分かり合えていた。確かに分かり合えていた……!!なのにお前が……ふざけるなよッッ!!」
『自分が誰と仲良くするか!これは間違いなく自分が決めるべき事だ。人魔関係無く、だ。先代の勇者達もそう……彼らは戦わないという選択をした。貴様も……自分で選ぶのを推奨する』
「魔族だったなら……どうしてあんな言葉をボクにくれたんだ」
『時間は無いのだろう?剣が苦手と言うが……まずは貴様の腕を見せてみろ』
「本当に人と相入れないというのなら……どんな気持ちでネアさんはボクに剣を教えてたんだ。ボクと話してたんだ……ッ!」
怒りで満ちていく。悲しみに溺れていく。
これでいい。
「……擬似聖剣型戦術兵装『朧』か。ネアさんを斬ったのは─────」
ザラの腰に帯刀されていた刀。ボクはそれを─────無視し。彼女の掌を再び撃ち抜いた。……道具に罪は無い。そして人は憎むべきではない。
罪はそこにある。
「あぐっ!?」
「やっぱり兵士になるなんて許さなければ良かったんだ。いくら才能があっても……剣に乗っ取られちゃいけない。もう握れなくすればいいかな」
ボクは今まで何をしてきたのだろうか。こんな……こんな奴のために?今まで頑張ってきたのか?
「返せよ……ボクの人生を……!!」
引き金は軽い。はずなのに重い。重いはずなのに────軽い。
「ネアさんを……返せよ……ッ!!!」
でも……腐っても妹。昔からボクに当たりが強い事への恨みや、剣の才能や魔眼への妬みがあろうとも。家族なんだ、この程度の劇場激情になど流されない愛がある。
「戦いの輪廻から解放してあげよう。良いんだ、戦うのはボクだけで……」
「い……いや、待っ……って─────」
きっと足も撃ち抜いた方が良い。逃げられて回復魔法で治療でもされたら……またザラに痛みを与えなければいけなくなってしまう。治療不可になるまで撃ち続けて撃ち続けて撃ち続けて─────
「もう戦わなくていいんだよ、ザラ」
最終的に、ボクは引き金を軽く感じた。弾丸は発射され──────
ザラとボクの間に投げ込まれた『何か』に激突した。
「……これは」
なんだ?なぜ急に?誰が?
そしてこの物体は………
……剣みたいな形をした、『岩』?
「生まれはナルベウス。育ちもナルベウス。そんな採掘師のガキンチョは今の今まで健やかに成長してきました」
草原を踏み締める大袈裟な足音と共に声が聞こえる。
「魔王城へ向かうも赤刃山脈からぶっ飛ばされて魔女の森付近に落下」
剣の形をした岩は……粉砕される。
「そんでもって今、大賢者様のお願いにより正反対の帝国に到着。波乱万丈にも程があるぜって思ってたんだが……どうやらこっちの方が修羅場っぽいな」
近づいてきた男の方には、また剣の形をした岩が担がれて────いや、あれは……岩を纏った剣、なのか?
「……が、事情は俺が知った事じゃねェ」
現れた金髪の男は不敵な笑みを浮かべながら、ボクに剣先を向けた。
「勇者が人殺しなんてしちまえば……この『西の勇者』、ロクト・マイニング様の評判まで下がっちまうんでなァ!阻止させてもらうぜ『東の勇者』ァ!」
ーーーーーーーーーーー
黒の聖剣は、初代勇者が『最初に作ろうとした』聖剣であり、『最後に完成した』聖剣です。当時の初代勇者は彼の故郷の伝統である刀に執着しており、工房のある街に着くと必ず足を止め、黒の聖剣の作成に熱中したそうです。しかし黒の聖剣が『完成』するには、彼自身の強い負の感情が必要だという結論に、死の淵の初代勇者は辿り着きました。
その力は憎しみによるものか。それとも……?
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彼の持つ【錬金工房】は、レアスキルである【異空間収納】【錬金術】【鑑定】の上位互換機能を合わせ持ってるだけでなく、スキルの【剥奪】【付与】まで行えるという、女神の想像を遥かに超えたチートスキルだった。
これは一人の少年が異世界で伝説の錬金術師として成り上がっていく物語。
※カクヨムにも投稿しています
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