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一章 四人の勇者と血の魔王

第27話 そそっかしいんだよお前は

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 ルリマの話を聞いていた時にあたしは少し引っかかった事がある。
 はい!それはきっと『嫉妬』、だと思う。

 んじゃ、何に対しての嫉妬か?……大体想像はつくんだけどね。
 それはあたしの過去に起因している。


『お嬢ちゃん、この森はもう魔物達の住処だ。近づいちゃダメだよ』

『あぁ泣いちゃった……どうしよ。お前ら、小さい子あやす方法知らない?』

『クソ、陰キャ童貞ばっかでまともな情報が来ないな。……ほら、元気出して?』


 ルリマの初恋はきっとロクトさんで、今も続いているんだろうね。
 あたしは─────幼い頃に出会った、もう顔も覚えていない男の人。魔物に襲われたあたしを颯爽と助けてくれた命の恩人。

 一瞬で惚れた。きゃあ、惚れなきゃ良かった!!

『(ほら……この世界は所詮茶番で、生き物なんてちっぽけなゴミカスなんだから……気にしない気にしない!グチャグチャになった魔物の死体なんかに怯えてても仕方ないよ!)』

 顔も身長も声も忘れたはずのその人の言葉は、あたしの脳の中をずっと這いずり回っている。その寄生虫が休む事はなく、あたしは壊れないように『順応』するしかなかった。

 だから、あたしがルリマの辛い境遇を聞いても『羨ましい』と思ってしまったのは────『人生』に本気になれているから。















 ー ー ー ー ー ー ー











「え……今、何て?」

「ですから……」

 冷たい眼差しを魔王に向けられたあたしは、彼女の言葉に耳を疑った。

「あなたに【雷の聖剣】を返す事は出来ません」

「騙されたァー!?あたし騙されたのかぁ!?」

 そっぽを向いて知らんぷりを決め込む犬の耳をガシッと掴む。

「どういう事よ……話が違うじゃないですかポチさぁん!?」

「反対はした」

「え、してくれたの!?てっきりポチさんもグルなのかと」

「あはは、信用無いですね」

 口を手で隠して笑うレナさん……はい、目が笑ってません。

「……どういった理由での判断か、お聞かせ願えますか?レナ様。リェフルにはそれを聞く権利があるかと」

 こうはいってくれるルリマだけど、困惑した様子だ。
 ─────あたしはめちゃくちゃに混乱している。どゆことすか?この状況。

「もちろん良いですよ。と言っても自覚があるか分かりませんが……」

 レナさんはこの地下空間の壁に立てかけてあった、布で巻かれたモノを手に取る。人の腕より少し長い程度のその中身は─────輝きを放つ剣。

 稲妻のような形の刀身は忘れもしない、バラバラになってた愛しの雷の聖剣!
 うーん、修理し終えてないから返せないって理由じゃないみたい。

「つまるところ、聖剣の『危機回避機能』です」

「……んん??」

「危機回避、ですか」

「聖剣には、初代勇者様が『魔工知能』と呼んでいた意思に近いモノが搭載されています。解析した結果、魔工知能は二段階の危機回避を行いました」

 聖剣は喋る!動く!……という噂はいっぱい聞いた事あるけど、あながち間違ってなかったっぽい?難しい話になってきたからよく分からないけども……。

「第一段階の危機回避。それは『危険思想を持つ人間による汚染を防ぐための適合者認定』です」

「……なんて?」

 本当に同じ言葉話してる?人間界も魔界も言語は統一されてるんじゃなかったっけ。古代語でも話してるのこの魔王。

「まさか……?」

「ルリマ今ので分かったの!?」

「え、いや、でも……そんなはず────」

 バツが悪そうなルリマの表情。

 ははん。分かっちゃったぞ。
 君ぃ……知ったかぶったな?分かってる感を出したかっただけだな?優しいリェフルちゃんは触れないであげますけど!

「第二段階の危機回避。『適合後の汚染侵食予想が一定以上に達した事による自己破壊』」

「……自己破壊、は分かったけど汚染って何よ?壊れたのってそのせいなんでしょ?」

「バカのフリですか?それは」

「……え?」

 レナさんの瞳が────針のようにあたしを刺す。

「あなたが雷の聖剣に触れた瞬間……聖剣は『』し、その意をあなたの脳内に伝えようとしました」

「……でも、あたしは聖剣を使えていたよ。勇者としての恩恵も授かっていた」

「あなたの脳にアクセスしようとした瞬間、聖剣を破壊出来るほどの『異常な考え、邪悪な目論見、負の感情』が流れ込んでしまい、防御するにはあなたに無理矢理適合して調和を築く他無かったのです」

「……」

「しかしそれも限界が訪れた。耐えきれなくなった雷の聖剣は自身の性質が歪む前に、一旦バラバラに破壊する事を選んだのです」

「……」

「あなたは真の勇者ではない。聖剣を無意識に『屈服』させた───偽の勇者です」

 ……数秒の沈黙がこの空間を包む。

「……っ、何かの間違いでは?リェフルがそのような人物とはとても……!」

「────本当に言えますか?」

 呆れたようなレナさんが、あたしを指差した。

「笑っていますよ、この子。こんな状況で……何がおかしいのか私には見当もつきませんが」

「……え」

 ルリマのこの世のものとは思えないようなものを見るような目があたしを覗いていた。そして初めて、自分の口角が自然と上がっていたのに気づいた。

「ふふふ、ははは。あ、いや……ちょっと納得したの。流石に順調に進み過ぎてたからね」

 ルリマの顔は未だに酷く困惑した様子。
 ……確かに何の説明にもなってないか。

「順調に進む、とは何へ?」

「あたしの目標への道、かな。あたしね、『大きなモノ』になりたいの」

「……大きなモノ?」

「うん」

 それはあの日の初恋以降のあたしがずっと抱いている想い。正直に言えばルリマの恋愛事情とか聖剣がどうのこうのとか、よくそんなどうでもいい事で悩んでられるなって思う。『(この世界は所詮茶番で、生き物なんてちっぽけなゴミカス)』なんだし。

 あたしはそんなちっぽけな存在で終わりたくない。

「この世界って、所詮は『外の』誰かが見ている、観ている、読んでいる、聞いているから成り立っている……くだらない物語でしょ?あたしの人生なんてどうせ、そのうちの1ページぐらいだよ」

「どう、いう……」

「心の底から、奴隷の獣人じゃなくて良かったって思う。ただでさえ『外の』誰かに偉そうに見下されてるのに、内の……この世界の住人にも見下されてるって、負け組でしかないよね。良い家に生まれてほんと良かった!」

 母さんもいて父さんもいて、貴族じゃないけどそこそこの富裕層で、遺伝子的にも不自由が無い。
 対してロクトさんの仲間が連れていた女の子の内の奴隷は?今は幸せそうな顔をしてるけど、あの男の子が何らかの要因で死ねばまた転落人生を突き進むでしょ。

 あたしは勝ち組。それでも、それでも……それでも。

「それでもやっぱりムカつくの!上から目線で評価したりする蚊帳の外の誰かの内臓を引き摺り出して踏んづけちゃいたい!だから……勇者になって魔王を倒してもっと凄いのも倒して……『見ている誰か』も倒す。たとえ神でもね。そうすればあたし達は物語じゃなくなる」

 生きている次元が違くても。あたしが絵に描かれた人物や本の文字で表された人物で、『誰か』がそれを見たり読んだりしている大きなモノだとしても。
 あたしはページを突き破ってその目ん玉を潰してやる。

「もっと大きなモノになるために、あたしは勇者じゃなきゃいけない」

 再び、沈黙が通り抜けた。

 ──────ま、分かってたけどね。あたしは気狂いだのなんだのと母さんとか友達に散々言われてきたから流石に自覚はある。それでも……。

「……なるほど、理解しました」

「え!?」

 ……思わず声が飛び出る。

「うむ……この小娘が普通の人間と少しズレているのは何となく感じてはいたが、今その原因が分かった」

「え?理解してないの私だけ?」

 レナさんとポチさんは苦笑しながら、お互いの顔を見て頷いていた。ルリマだけは普段の冷静さを失って動揺している。

『何変な事言ってるのあんた……そんな事ぼやいてる暇があったら良い男見つけなさいよ』

『何の話だ?本の事なら、父さんもっと勧めたいのがあるが、どうだ?』

『ごめん、リェフルちゃん……それおかしいと思うよ?私はちょっと分かんないかな……』

 ─────そもそも理解される事さえ初めてなのに、一発で一瞬で分られちゃったんだけど。

「あなたの言う通り、『見ている誰か』は存在します。詳しく説明するには、そうですね……」

 長く青い髪の毛先をいじりながら、壁にもたれかけたレナさんは微笑んだ。

「少し、昔話に付き合ってくれません?」










 ーーーーーーー
 約1000年前
 ーーーーーーー




 あれはそう────ケンマ様と私とルタイン、サクラとポチの3人と2匹で旅をしていた時。

「ではまずレナ。君から『なぜ剣磨が一人で集中して作業している間に勝手に部屋に入ろうとした』のか説明してもらおう」

「え、あ、その」

「しっかりとした理論的な理由があるのだろう?早くしてくれ」

「う、うぅ……」

 は?あの、すみませんクソ犬、私が語ろうとしたのに乗っ取って関係無い場面話し始めるのやめてもらえませんか?しかもなんで小さい私がルタインに叱られてる所なんですか。

「だってケンマさまと遊びたかったから……」

「ふむ。つまり君は遊びたいという自分勝手な欲求を一方的に叶えるために、剣磨の『魔王を倒すための剣を作る』という役目を無視する事を選んだ訳だな?」

「ふぅうぅうう……!」

 今思い返してみても子供に容赦なさすぎですよあのじじいは。いやそうじゃなくて。
 ん?そういえばこの後叱られるのって……。

「では次、ポチ。なぜ剣磨の部屋に侵入しようとした」

「バフバウ……ワン?」

「都合の悪い時だけ普通の犬になるのを止めろ。喋れるだろう君は」

 ふふふ……あぁいえ、失礼。あまりにも無様すぎて思い出し笑いが止まらなくて……ふふふふ。

 ……すみません、話の本題に入りましょうか。


 もう少し前の事です。初代勇者……ケンマ様がこの世界に来られて、初めに出会ったのがルタイン。次が私で、その次が──────

「おいケンマっ!あれだ、あの魔法陣だ!お前がクルト村の上空に召喚された時に私が見たのは……!」

 その時は確か、ツーキバルの辺りを旅していたのだと思います。ルタインが空に現れた魔法陣を指差して、慌てて走って行きました。

 ……クルト村?あぁ、それは─────気にしないでいいです。関係無い事ですので。


 巨大な空中の魔法陣は、ケンマ様がこの世界に召喚された時に使われたモノと同じだったそうです。幼い頃だったのでうろ覚えではありますが、ルタインが切迫した表情だったのはよく覚えています。

「なん、だ……あの魔物は───────」

 四肢に壊れた鎖が繋がれた、巨大な灰色がかった白い狼。巨大と言っても、ポチのレベルじゃないですよ。
 ───────ポチの十数倍の大きさだったんです。

「暴れ始めた……このサイズではすぐに被害が拡大する……!ケンマ、レナ、応戦するぞ!」

 幼いとはいえ、私も結構戦えていたので。戦力にはもちろん数えられていましたよ?

「……なんとか、倒せたか」

 とは言っても、ケンマ様の圧倒的な力が無ければ私もルタインも踏み潰されていたでしょうけど。

「この魔物が、お前の世界の……神話の存在に似ているだと?馬鹿な……だとしたら、神は時間軸すら無視しているというのか?」

 ケンマ様はその獣を『フェンリル』と呼んでいました。
 ─────異世界から来た人間はケンマ様だけですが、人間以外はいたのです。それがフェンリルと呼ばれた獣。

「待て、何か……様子がおかしい」

 フェンリルは何かを守っているような仕草を見せていました。来たばかりの異世界で守るものなどあるはずがない。
 ─────あるとしたら、それは同じく異世界の産物です。

「子供……だ」

 数匹の、小さな白い狼がいました。
 フェンリル……親の死体に別れを告げ、その中のほとんどは逃げるようにどこかへ走り去って行きましたが────1匹だけは、木の枝が刺さって怪我をしているようでした。

「子供と共に召喚され、訳もわからないまま……しかし得体の知れない場所でも子供を守ろうと、近づいた私達を攻撃した……と言った所か」

 その怪我をした子供に、ケンマ様は治療魔法をかけました。

「……これ以上、抱える必要のない罪悪感を溜め込むのはやめろ。クルト村の事は、お前は何も悪く無いだろう─────」

 ケンマ様は私にそうしたように……その子狼に名前を付けました。
『ポチ』というなんとも可愛らしい名前を。






「要するに。あなたの先祖は恐らく逃げ出したフェンリルの子……『神狼種』の内の1匹。ポチはそれに気づいたから、兄弟姉妹の子孫であるあなたと行動を共にしていたのでしょう」

「ふーん」

「聖剣を壊したと聞けば、いつも通りのポチなら即八つ裂きにしてたでしょうし……神狼種で良かったですね」

「うわ怖っ!ポチさんそんな事するの!?」

「……誇張だ」

「否定が弱いな……」

 いつもより少し静かなポチさんを見るに……同類を見つけて仲間意識を感じてたり、あたしの事を気に掛けてたのがバレて恥ずかしがってるってとこかな?
 まぁつまり本当の事なのでしょう。

「しかし、その話がリェフルの思想とどのような関係が……?」

「そうだよそうだよ!全然分かんない」

「……一言で言えば」

 人差し指を立ててレナさんが言った。

「あなたはポチが持っているような、自動で精神汚染などを弾くスキル、【神性】の一部を持つと同時に、『異世界人』に近い存在なのです」

「……で?」

「あなた────『流浪者シュバルツ』と『傍観者ロズ』のどちらか……またはその両方と遭遇した事はありませんか?」

「っ!!」

 あたしの強張った表情に……見透かしたように魔王が微笑んだ。

「その二つの被災者には度々見受けられるのです。『この世界や人間達を物語だと思い込んでしまう』症状が」

 ……そうなんじゃないか、ってずっと思ってた。でも確信が持てなかったし何より─────もしあたしが『嘘を信じさせられてる』のなら、どうしようもないから。

「『流浪者』の催眠は神性であろうと防御出来ませんが……『傍観者』は違います。ケンマ様は傍観者をガン見しても顔色一つ崩しませんでした」

「え!?何それバケモンじゃん!?」

「は?今化け物って言ったのですか?」

「あーごめん、今のバケモンって【『バ』カみたいに強いし『ケ』んもいっぱい作れるし『モ』はや伝説だしか『ン』どうしちゃうよ初代勇者って】の略だったんだけど分かりづらかったね」

「そうだったのですか!ごめんなさい、てっきり殺されたいのかと思ってしまいました」

「なぜ咄嗟にそれを思いついたのだ……」

 たんの一つも絡んでなさそうな咳払いの後、レナさんは話を再開する。

「ケンマ様が言うには、アレには彼の世界のあらゆる情報が表示されていると。つまり私達この世界の住民は、異世界の情報を一気に流し込まれて精神を破壊されてしまうのですが……」

「初代勇者さんはただただ知ってる情報を見せられただけだから狂わなかった……って事?」

「そうです。あなたやポチも神性に加えて、脳の構造がこの世界と異世界で違い、それが影響している可能性や、あなた達の血統に刻まれた太古の記憶によって軽減できている可能性が高いです」

「……軽減、ね」

 あたしはあの日、あの男の人に出会ってからの記憶があいまい。気づいたら自分の家の前で倒れてたらしいし、男の人の他に『目の集団』がいたのか、とか覚えてない。
 でも……魔王が言うならそうなんだろ、って感じ。

 傍観者を見たあたしは、本来なら気が狂ってしまうところを……フェンリルの血筋で軽減し、『ちょっとおかしな子』で留まった。

「それを聞いてもあたしの考えは特に変わらないけど、元魔王様?」

「えぇ。ですが……私の方は少し考えを改めましたよ?」

「!」

 布を纏った────雷の聖剣が、あたしの両手の上にその重みを感じさせる。

「返さないはずじゃ?」

「あなたの目的は……『傍観者』をこの世界から抹消する事。そう言っても良いですよね?」

「……まぁ、確かに」

 あたしは『見られたくない』、勝手に評価されたくない。この世界を覗いてる奴がムカつく。眼球の集団を消す事で────それは達成されるかも知れない。

「でも、それは勇者の役目とは少し違うでしょ?しかも平和が動機じゃないし、あたし個人の勝手な憤りだし……」

「では、勇者の役目とはどんなモノと考えています?」

「そりゃ、魔王を倒す事でしょ」

「違います」

 いじらしく人差し指を左右に振り、レナさんはあたしに顔を近づける。

「『悪いやつを倒す』、です」

「じゃあ合ってるじゃん!?」

「違いますよー。……あなたにはこの雷の聖剣を持ち、魔王城へ行き───【血の魔王】マジストロイくんに会ってほしい」

「……会う?」

「はい。会ってお話してください。彼は凄く良い子ですよ!殺したら絶対許しませんからね」

「それは貴様が魔王に再就任するのが嫌なだけだろう」

「駄犬の戯言は置いておいて」

 レナさんの手は────あたしの耳と耳と間、頭のてっぺんを優しく撫でた。

「再び人間と魔族が手を合わせる時が来るのはもうすぐです。マジストロイくんと『同じ目的』を持つあなたが──────架け橋の一つになってください」







ーーーーーーーーーーーーーーー

リェフル・サンヴァリアブルという人物は、見下される事への嫌悪感と心から安心出来る状況への渇望で構成されています。あっけらかんとした性格に見えますが、『聖剣を壊してしまったとバレたら見下される』という恐怖に駆られロクトと初対面で口喧嘩をしてしまう所など、本性の一部は見えていました。恋人が出来ないのも『どうせ男は女を下に見てる』という偏見のせいかもしれません。
ルリマとは普通に友人関係を築いているようでしたが、実際はどうなのでしょうか。
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