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一章 四人の勇者と血の魔王
第23話 勇気があれば誰でも勇者
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「おはよう。朝食は作っておいたわ」
「あ、ありがとう……」
昨日の夜に死ぬほど重いエピソードを聞かされ、どんな顔をして朝を迎えればいいのかと迷っていたあたしはテーブルに並んだパンやサラダを眺めていた。
無言で席に座り……いただきます。
「……どうかした?不味いものでも食べたような顔をして。料理というか売ってある物を用意しただけだから、口に合わなかったとしても私のせいじゃないわよ」
「むぐ……いや、ちょっと昨日のお話の事引きずってて。モヤモヤするからいくつか質問していいよね?」
事情を知ったからには中途半端は嫌だ。全く知らないか、全部知ってるかじゃないと納得が行かない。
それに友達だもの。出来れば力になってあげたい。
「剣聖にならない理由もさ、もしかしてロクトさんと関係あるの?」
「えぇ。剣聖が代々受け継ぐ魔剣は他人にも危害を及ぼす。正式に契約を結ぶのは危険すぎるわ」
「それってロクトさんと一緒にいたいって事?」
「昔のロクトはよくルリマと結婚したい、だの言ってたから。それを今も望むなら私は受け入れる」
「……でもそれは」
『罪悪感によるもの』じゃん……とは言えなかった。
「えぇ、ロクトもそう思ってたみたい。私が罪を感じて、ロクトの願いなら叶えようとするって」
「あはは、考えてた事バレてたか」
「だからロクトはあちこちで女性を口説いてる。早く家庭を持って私を安心させたいから……とか考えてるんでしょうね」
「え」
まさか、彼のその行動が繋がって来るとは思わなかった。
「じゃあ、あのナンパも全部演技って事?」
「少し微妙。……昔は『あぁいうの』、私にしかしなかったもの」
「なんか顔が熱くなってきた……よく恥ずかしげもなくそういう事言えるね」
「食事中は黙って食べてください」
「へいへい……」
再びパンを口に運び─────いや、やっぱ気になる事あった。
「でもさ、ルリマの気持ちはどうなの?」
「気持ち?」
「ロクトさんと結婚したいのかどうかって事。罪悪感関係無く─────」
赤い果実のジャムの甘さが広がっている口で私が放った言葉に。ルリマは────負けないくらいに顔を真っ赤にさせていた。
「……食事中は黙ってたべて」
「あたしってこういう色恋沙汰を好んだり恋バナを嗜んだりするタイプじゃなかったのになぁ。ルリマを見てると彼氏とか欲しくなってきちゃうよ」
「だ、黙って!斬り刻みますよ魔剣で」
「聖剣はともかく私はバラバラになったら修復不可だと思うからやめてね!」
恥じらう乙女をオカズに喰らう朝食は絶品────いや、普通にムカつき始めてる。本当にパンも不味くなってきた。なんで?ロクトさんみたいな人におっぱいデカくて美人で強くて愛してくれる幼馴染がいて私に男っ気が無いのは何故??
「それはそうとして……次はリェフルが話す番。聖剣が壊れた理由」
「!」
「昨日は私が話し終わった後にすぐに寝ちゃったじゃない」
「ごめんごめん!そっか、すっかり忘れてた。と言っても……あんまりためにならない話だと思うけどね」
パンを齧りながら話せるくらいには、どうでもいい。というかつまらない。不思議ではあるけどロクトさんの役に立つとは考えにくい。
「あたし、何もしてないの」
「……え?」
「経年劣化かな?分かんないけど……勝手に壊れたんだよね!」
雷の聖剣は一人でにその身を砕いたのです。そう、あたしは─────何もしていない。
ーーーーーーー
赤刃山脈 小屋
ーーーーーーー
「─────つーわけで、ルリマは俺に罪悪感ダラダラだし、そんな状態のルリマとに俺の熱ぅい思いを伝えても意味が無い!……って感じ」
「うむ、結論から言うと『岩の聖剣の呪い』なんぞは存在しない。つまらん噂だ」
「この話聞いて開口一番の感想がそれ!?っていや呪い嘘だったの!?」
欠伸をかましてきたルタインは眼鏡をいじりながら言う。
「歴代の岩の勇者が岩の聖剣と共に岩石となって死んだ。これは事実だが───それは単に死期を悟ったからだ。初代岩の勇者が私に会いに来たことがある。話によると、どうせなら自分の意思を聖剣に中に残し、後輩の選定に参加しないか?という岩の聖剣の問いかけが聞こえたそうだ。死体が岩と化したのは一種の副作用だろう」
「つまりただの……」
「寿命。年齢がバラバラなのは普通に考えて当たり前だろう。戦火の中に身を置く職業だ、若くして死ぬ者もいる……病気もそうだ、勇者だからと言って全て防げるわけではない」
「俺とルリマのギスギスは何だったんだよ……そうか。嘘かぁ……そう、か────」
長生き出来る。嬉しくはあった。でもそれ以上に……もうルリマに負い目を感じさせなくて済むのが、やっぱり心が軽くなった。
「君と幼馴染の話はどうでもいい。問題は君が勇者である自分を認めていないという事だ」
「うっ……」
「逆に問おう。何がそんなに不満なのだ?何故自分では納得が行かない?」
「そんなん決まってるだろ」
即答の後には自虐というか……長年の自己分析がスラスラ出てくる。
「俺は弱い。ただの採掘師だし、近くにいたルリマの方がどう考えても向いてる。おまけに俺はほら、馬鹿で酒カスだしよ」
「ふむ……」
岩の聖剣をチラッと見たルタインは「手にとってみろ」と言い、顎で俺に指示を振る。
「よいしょっと……」
あれほど高所から落っこちてきたというのに、立ってみても体調に問題は無い。腕を大きく広げ、身体を伸ばしてから……歩み寄り、その剣を握る。
「私は岩の勇者に限らず、歴代の勇者とは全員面識があった。その中でも岩は……豪快かつ人情にある性格の者が多かった」
「さらっととんでもない事言ってないかあんた。何百年生きてんだよ……」
ルタインは鋭く俺を指差し、声高々に笑った。
「逆に考えろ。君は力がないのにも関わらず、大切な者を守るために自分を手に取った。これは至って誇張ではない、そうだろう?」
「良い言い方をすればそうだけど……」
「そんな男を────受け入れないでどうする!あぁそうだ、まさしくそれが……1人の異世界人から始まり、意志を継ぐものが今まで残していった伝説、勇者だ」
「─────それは」
……そうなのか?
俺は勇者に相応しいのか?
「この際言ってしまうが、私は【剣の勇者】の友人だ。【刃の魔王】討伐の旅を共にした」
「!」
「口外するなよ」
その噂は知っていた。大賢者ルタインは初代勇者を支えた仲間であり、まさに生ける伝説である────と。
根拠も少なく、エルフとは言えど1000年を越えて生き長らえているのは流石に無理があると思い、誰かの考えた嘘だと誰もが言い、俺も信じていなかったが……。
「その私が言うのだ。無能魔王よりも駄犬よりもヒヨコよりも誰よりも『彼』を近くで見てきた大賢者が。他の誰が何を言おうと関係ない」
「……」
「君は【勇者】だ」
判断基準を間違えていたかもしれない。言葉にしてみるとそうだ。弱いくせに立ち向かって、がむしゃらに希望を掴み取ろうとしたあの時の俺は。俺こそ。
勇者じゃんか。
俺があの時の勇気を否定してしまえば─────認めてくれた岩の聖剣と、勇気を出せなかった人々と、適合者になれなかった皆んなに失礼だ。
「俺は……勇者か」
「そうだ」
「10代目岩の勇者。岩になった今までの先輩と、岩の聖剣が俺を選んだのか」
「あぁ」
「……なら、応えなきゃな」
いつまでもウジウジしてるのは性に合わない。俺を選んでくれたというのなら。感情を切り替える。古い悲しみは捨てる。
俺は。俺は────【勇者】だ。
「もう大丈夫か?」
「あぁ。世話になったな、何から何まで。悪いが丁寧に礼をしてる暇は無ぇ─────サヴェルとゴルガスを置いてきちまってる」
「うむ……え、いや、まだ出ていっていいとか言ってないが」
「え?」
「え?」
俺とルタインは顔を見合わせる。
「あ、え?何、俺を勇者として目覚めさせるのが目的なんじゃないの?」
「それもそうだが……君は、今のままで魔王に勝てると思っているのか?」
「……痛いところを突くな」
勇者に選ばれてた!実は偽の勇者じゃなかった!あぁ良かった良かった。
でも戦闘面は全く勇者じゃないんだ俺は!剣聖に教わった技でゴリ押して石ころ投げて相手の意表を突くゴミ戦法で学生時代は生き残ってきたし、旅を始めてからはサヴェルとゴルガスに頼りっきり。
「大賢者たる私の弟子であり史上最年少で賢者となった天才のサヴェル。そしてツーキバル内において『鬼王再来』の異名で恐れられたゴルガス。彼らに並ぶどころか足を引っ張ってしまうのではないか?」
「そこはほら、聖剣パワーで……」
「だから、その聖剣パワーを使いこなせるようになれと言っているのだ。……テラ」
「はい」
青いショートカットがくるりと舞う。
「今から私の弟子であり賢者の一人、テラ・オリミーと戦い勝利してもらう。魔王城に向かうのはその後だ」
「スッゲェ無茶振り来たーー!サヴェルゴルガスごめん2人で魔王倒しといてくれ!!」
師弟関係があったのは分かっていたけど、まさかテラちゃんも賢者とは。
一方面において魔法を極めた者に送られる称号。サヴェルと同じ事が出来るかは知らないが、アイツと同レベルの実力を持っているという事。
……勝てるわけなくね?
「無茶振りとはなんだ。聖剣の力を舐めるでない……ほら、外へ出ろ」
「え、マジで?マジで今からやんの……?」
ルタインに押されながらテラちゃんの表情を覗くが……真顔。
「いえ、師匠」
「む?」
「無茶振りで合っていると思いますよ」
小屋の前、木々と尖った岩に囲まれた開けたスペースで俺と女賢者は向かい合う。
「ワタシ、コイツの事嫌いですので。魔王城に行かせないどころか冥界に行ってらっしゃいしてしまうかもしれません」
「だからなんで俺の事そんなに嫌ってるんだよ」
「……ずるい、から」
「へ?」
こっちを睨んでくるテラちゃんの目つきは鋭く……あ、これはもう殺意だ。ダンジョンの最下層にいるクソデカ骸骨とかムキムキデーモンとかと同じ殺気纏ってるぞ、この女は。
「サヴェルくんのお姉ちゃんはワタシなのに。ぽっと出で実力もないアナタがそばに居て、サヴェルくんも気に入ってるのが……ずるい……!」
「え、あいつの姉貴?でも家名が……」
「ワタシはお姉ちゃんなの」
「なるほどね。了解、そういうタイプか!」
話が通じない人だ。何を言っても無駄で放っておくのが一番。だけど今回は避けて通れない道にいるらしい。
「すまないロクト。サヴェルとテラが幼少期に私と暮らしていた時、実際に姉代わりに面倒を見ていてくれたのは事実なのだが……」
「何ですか?姉『代わり』って。ワタシはれっきとしたお姉ちゃんですよ?そんな事も忘れちゃうなんてやっぱり師匠も歳ですね」
「普段は年齢イジリなどしない良い子なのにサヴェルが関わるとこの通りだ。上手く扱ってやってくれ」
すまん心底相手したくない。目付きだけで人を殺せそうなほど睨んでくる。魔王の方が幾分かマシなんじゃないか?これ。
「まぁでも……サヴェルが待ってるしなぁ。アイツもきっと俺がいなくて寂しがってる」
「あ"?」
予想通りの反応をくれた賢者様に、俺は自分でも分かる気持ちに悪い笑みを浮かべながら追い打ちをかける。
「サヴェルもなんだかんだガキっぽい所多いからなぁ!パーティのリーダーである俺がしっかり面倒見てやんねえと」
「あ“あ”!?」
「効いてら効いてらぁ……んじゃ、ちょっくら前哨戦と行きますか。俺と─────お前の!」
聖剣を握る。……軽い。同時にいつもより少し見た目は頼りない。だが、頭の中に数々のユニークスキルが浮かび上がる。急に全部流し込まれてるから内心パンクしそうだ。
おまけに────勇気も溢れてくる。あの時と同じくらいに心が満たされていく。これが蛮勇で終わってしまうかは分からない、でも……。
「こんな所で燻ってちゃあ、勇者と聖剣の名が廃るってもんよッ!!」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初代勇者について
初代勇者は初代魔王との戦いにて、相打ちという形で命を落としました。初代魔王を倒した後、わずかに残っていた力を振り絞った彼は自身に残った、常人には毒になり得る異質な魔力を全て放出します。死亡し、彼が行っていた魔力の制御が無くなれば、現在の瘴気の森を遥かに上回る濃密な魔力の毒が溢れてしまうからです。あくまで攻撃という形で全魔力を消費し、被害を最小限に抑えるための『死に場所』に初代勇者はスプト付近の森を選びました。彼がこの世界に転移してきた場所……勇者の爪痕が、彼の墓場となったのです。
「あ、ありがとう……」
昨日の夜に死ぬほど重いエピソードを聞かされ、どんな顔をして朝を迎えればいいのかと迷っていたあたしはテーブルに並んだパンやサラダを眺めていた。
無言で席に座り……いただきます。
「……どうかした?不味いものでも食べたような顔をして。料理というか売ってある物を用意しただけだから、口に合わなかったとしても私のせいじゃないわよ」
「むぐ……いや、ちょっと昨日のお話の事引きずってて。モヤモヤするからいくつか質問していいよね?」
事情を知ったからには中途半端は嫌だ。全く知らないか、全部知ってるかじゃないと納得が行かない。
それに友達だもの。出来れば力になってあげたい。
「剣聖にならない理由もさ、もしかしてロクトさんと関係あるの?」
「えぇ。剣聖が代々受け継ぐ魔剣は他人にも危害を及ぼす。正式に契約を結ぶのは危険すぎるわ」
「それってロクトさんと一緒にいたいって事?」
「昔のロクトはよくルリマと結婚したい、だの言ってたから。それを今も望むなら私は受け入れる」
「……でもそれは」
『罪悪感によるもの』じゃん……とは言えなかった。
「えぇ、ロクトもそう思ってたみたい。私が罪を感じて、ロクトの願いなら叶えようとするって」
「あはは、考えてた事バレてたか」
「だからロクトはあちこちで女性を口説いてる。早く家庭を持って私を安心させたいから……とか考えてるんでしょうね」
「え」
まさか、彼のその行動が繋がって来るとは思わなかった。
「じゃあ、あのナンパも全部演技って事?」
「少し微妙。……昔は『あぁいうの』、私にしかしなかったもの」
「なんか顔が熱くなってきた……よく恥ずかしげもなくそういう事言えるね」
「食事中は黙って食べてください」
「へいへい……」
再びパンを口に運び─────いや、やっぱ気になる事あった。
「でもさ、ルリマの気持ちはどうなの?」
「気持ち?」
「ロクトさんと結婚したいのかどうかって事。罪悪感関係無く─────」
赤い果実のジャムの甘さが広がっている口で私が放った言葉に。ルリマは────負けないくらいに顔を真っ赤にさせていた。
「……食事中は黙ってたべて」
「あたしってこういう色恋沙汰を好んだり恋バナを嗜んだりするタイプじゃなかったのになぁ。ルリマを見てると彼氏とか欲しくなってきちゃうよ」
「だ、黙って!斬り刻みますよ魔剣で」
「聖剣はともかく私はバラバラになったら修復不可だと思うからやめてね!」
恥じらう乙女をオカズに喰らう朝食は絶品────いや、普通にムカつき始めてる。本当にパンも不味くなってきた。なんで?ロクトさんみたいな人におっぱいデカくて美人で強くて愛してくれる幼馴染がいて私に男っ気が無いのは何故??
「それはそうとして……次はリェフルが話す番。聖剣が壊れた理由」
「!」
「昨日は私が話し終わった後にすぐに寝ちゃったじゃない」
「ごめんごめん!そっか、すっかり忘れてた。と言っても……あんまりためにならない話だと思うけどね」
パンを齧りながら話せるくらいには、どうでもいい。というかつまらない。不思議ではあるけどロクトさんの役に立つとは考えにくい。
「あたし、何もしてないの」
「……え?」
「経年劣化かな?分かんないけど……勝手に壊れたんだよね!」
雷の聖剣は一人でにその身を砕いたのです。そう、あたしは─────何もしていない。
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赤刃山脈 小屋
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「─────つーわけで、ルリマは俺に罪悪感ダラダラだし、そんな状態のルリマとに俺の熱ぅい思いを伝えても意味が無い!……って感じ」
「うむ、結論から言うと『岩の聖剣の呪い』なんぞは存在しない。つまらん噂だ」
「この話聞いて開口一番の感想がそれ!?っていや呪い嘘だったの!?」
欠伸をかましてきたルタインは眼鏡をいじりながら言う。
「歴代の岩の勇者が岩の聖剣と共に岩石となって死んだ。これは事実だが───それは単に死期を悟ったからだ。初代岩の勇者が私に会いに来たことがある。話によると、どうせなら自分の意思を聖剣に中に残し、後輩の選定に参加しないか?という岩の聖剣の問いかけが聞こえたそうだ。死体が岩と化したのは一種の副作用だろう」
「つまりただの……」
「寿命。年齢がバラバラなのは普通に考えて当たり前だろう。戦火の中に身を置く職業だ、若くして死ぬ者もいる……病気もそうだ、勇者だからと言って全て防げるわけではない」
「俺とルリマのギスギスは何だったんだよ……そうか。嘘かぁ……そう、か────」
長生き出来る。嬉しくはあった。でもそれ以上に……もうルリマに負い目を感じさせなくて済むのが、やっぱり心が軽くなった。
「君と幼馴染の話はどうでもいい。問題は君が勇者である自分を認めていないという事だ」
「うっ……」
「逆に問おう。何がそんなに不満なのだ?何故自分では納得が行かない?」
「そんなん決まってるだろ」
即答の後には自虐というか……長年の自己分析がスラスラ出てくる。
「俺は弱い。ただの採掘師だし、近くにいたルリマの方がどう考えても向いてる。おまけに俺はほら、馬鹿で酒カスだしよ」
「ふむ……」
岩の聖剣をチラッと見たルタインは「手にとってみろ」と言い、顎で俺に指示を振る。
「よいしょっと……」
あれほど高所から落っこちてきたというのに、立ってみても体調に問題は無い。腕を大きく広げ、身体を伸ばしてから……歩み寄り、その剣を握る。
「私は岩の勇者に限らず、歴代の勇者とは全員面識があった。その中でも岩は……豪快かつ人情にある性格の者が多かった」
「さらっととんでもない事言ってないかあんた。何百年生きてんだよ……」
ルタインは鋭く俺を指差し、声高々に笑った。
「逆に考えろ。君は力がないのにも関わらず、大切な者を守るために自分を手に取った。これは至って誇張ではない、そうだろう?」
「良い言い方をすればそうだけど……」
「そんな男を────受け入れないでどうする!あぁそうだ、まさしくそれが……1人の異世界人から始まり、意志を継ぐものが今まで残していった伝説、勇者だ」
「─────それは」
……そうなのか?
俺は勇者に相応しいのか?
「この際言ってしまうが、私は【剣の勇者】の友人だ。【刃の魔王】討伐の旅を共にした」
「!」
「口外するなよ」
その噂は知っていた。大賢者ルタインは初代勇者を支えた仲間であり、まさに生ける伝説である────と。
根拠も少なく、エルフとは言えど1000年を越えて生き長らえているのは流石に無理があると思い、誰かの考えた嘘だと誰もが言い、俺も信じていなかったが……。
「その私が言うのだ。無能魔王よりも駄犬よりもヒヨコよりも誰よりも『彼』を近くで見てきた大賢者が。他の誰が何を言おうと関係ない」
「……」
「君は【勇者】だ」
判断基準を間違えていたかもしれない。言葉にしてみるとそうだ。弱いくせに立ち向かって、がむしゃらに希望を掴み取ろうとしたあの時の俺は。俺こそ。
勇者じゃんか。
俺があの時の勇気を否定してしまえば─────認めてくれた岩の聖剣と、勇気を出せなかった人々と、適合者になれなかった皆んなに失礼だ。
「俺は……勇者か」
「そうだ」
「10代目岩の勇者。岩になった今までの先輩と、岩の聖剣が俺を選んだのか」
「あぁ」
「……なら、応えなきゃな」
いつまでもウジウジしてるのは性に合わない。俺を選んでくれたというのなら。感情を切り替える。古い悲しみは捨てる。
俺は。俺は────【勇者】だ。
「もう大丈夫か?」
「あぁ。世話になったな、何から何まで。悪いが丁寧に礼をしてる暇は無ぇ─────サヴェルとゴルガスを置いてきちまってる」
「うむ……え、いや、まだ出ていっていいとか言ってないが」
「え?」
「え?」
俺とルタインは顔を見合わせる。
「あ、え?何、俺を勇者として目覚めさせるのが目的なんじゃないの?」
「それもそうだが……君は、今のままで魔王に勝てると思っているのか?」
「……痛いところを突くな」
勇者に選ばれてた!実は偽の勇者じゃなかった!あぁ良かった良かった。
でも戦闘面は全く勇者じゃないんだ俺は!剣聖に教わった技でゴリ押して石ころ投げて相手の意表を突くゴミ戦法で学生時代は生き残ってきたし、旅を始めてからはサヴェルとゴルガスに頼りっきり。
「大賢者たる私の弟子であり史上最年少で賢者となった天才のサヴェル。そしてツーキバル内において『鬼王再来』の異名で恐れられたゴルガス。彼らに並ぶどころか足を引っ張ってしまうのではないか?」
「そこはほら、聖剣パワーで……」
「だから、その聖剣パワーを使いこなせるようになれと言っているのだ。……テラ」
「はい」
青いショートカットがくるりと舞う。
「今から私の弟子であり賢者の一人、テラ・オリミーと戦い勝利してもらう。魔王城に向かうのはその後だ」
「スッゲェ無茶振り来たーー!サヴェルゴルガスごめん2人で魔王倒しといてくれ!!」
師弟関係があったのは分かっていたけど、まさかテラちゃんも賢者とは。
一方面において魔法を極めた者に送られる称号。サヴェルと同じ事が出来るかは知らないが、アイツと同レベルの実力を持っているという事。
……勝てるわけなくね?
「無茶振りとはなんだ。聖剣の力を舐めるでない……ほら、外へ出ろ」
「え、マジで?マジで今からやんの……?」
ルタインに押されながらテラちゃんの表情を覗くが……真顔。
「いえ、師匠」
「む?」
「無茶振りで合っていると思いますよ」
小屋の前、木々と尖った岩に囲まれた開けたスペースで俺と女賢者は向かい合う。
「ワタシ、コイツの事嫌いですので。魔王城に行かせないどころか冥界に行ってらっしゃいしてしまうかもしれません」
「だからなんで俺の事そんなに嫌ってるんだよ」
「……ずるい、から」
「へ?」
こっちを睨んでくるテラちゃんの目つきは鋭く……あ、これはもう殺意だ。ダンジョンの最下層にいるクソデカ骸骨とかムキムキデーモンとかと同じ殺気纏ってるぞ、この女は。
「サヴェルくんのお姉ちゃんはワタシなのに。ぽっと出で実力もないアナタがそばに居て、サヴェルくんも気に入ってるのが……ずるい……!」
「え、あいつの姉貴?でも家名が……」
「ワタシはお姉ちゃんなの」
「なるほどね。了解、そういうタイプか!」
話が通じない人だ。何を言っても無駄で放っておくのが一番。だけど今回は避けて通れない道にいるらしい。
「すまないロクト。サヴェルとテラが幼少期に私と暮らしていた時、実際に姉代わりに面倒を見ていてくれたのは事実なのだが……」
「何ですか?姉『代わり』って。ワタシはれっきとしたお姉ちゃんですよ?そんな事も忘れちゃうなんてやっぱり師匠も歳ですね」
「普段は年齢イジリなどしない良い子なのにサヴェルが関わるとこの通りだ。上手く扱ってやってくれ」
すまん心底相手したくない。目付きだけで人を殺せそうなほど睨んでくる。魔王の方が幾分かマシなんじゃないか?これ。
「まぁでも……サヴェルが待ってるしなぁ。アイツもきっと俺がいなくて寂しがってる」
「あ"?」
予想通りの反応をくれた賢者様に、俺は自分でも分かる気持ちに悪い笑みを浮かべながら追い打ちをかける。
「サヴェルもなんだかんだガキっぽい所多いからなぁ!パーティのリーダーである俺がしっかり面倒見てやんねえと」
「あ“あ”!?」
「効いてら効いてらぁ……んじゃ、ちょっくら前哨戦と行きますか。俺と─────お前の!」
聖剣を握る。……軽い。同時にいつもより少し見た目は頼りない。だが、頭の中に数々のユニークスキルが浮かび上がる。急に全部流し込まれてるから内心パンクしそうだ。
おまけに────勇気も溢れてくる。あの時と同じくらいに心が満たされていく。これが蛮勇で終わってしまうかは分からない、でも……。
「こんな所で燻ってちゃあ、勇者と聖剣の名が廃るってもんよッ!!」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初代勇者について
初代勇者は初代魔王との戦いにて、相打ちという形で命を落としました。初代魔王を倒した後、わずかに残っていた力を振り絞った彼は自身に残った、常人には毒になり得る異質な魔力を全て放出します。死亡し、彼が行っていた魔力の制御が無くなれば、現在の瘴気の森を遥かに上回る濃密な魔力の毒が溢れてしまうからです。あくまで攻撃という形で全魔力を消費し、被害を最小限に抑えるための『死に場所』に初代勇者はスプト付近の森を選びました。彼がこの世界に転移してきた場所……勇者の爪痕が、彼の墓場となったのです。
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レオハート家は代々、女神様より剣の才能を与えられる事が多い剣聖一族であり、グリムの父は王国最強と謳われる程の剣聖であった。
しかし、そんなレオハート家の長男にも関わらずグリムは全く剣の才能が伸びなかった。
スキルを手にしてから早5年――。
「貴様は一族の恥だ。最早息子でも何でもない」
突如そう父に告げられたグリムは、家族からも王国からも追放され、人が寄り付かない辺境の森へと飛ばされてしまった。
森のモンスターに襲われ絶対絶命の危機に陥ったグリム。ふと辺りを見ると、そこには過去に辺境の森に飛ばされたであろう者達の骨が沢山散らばっていた。
それを見つけたグリムは全てを諦め、最後に潔く己の墓を建てたのだった。
「どうせならこの森で1番派手にしようか――」
そこから更に8年――。
18歳になったグリムは何故か辺境の森で最強の『双剣士』となっていた。
「やべ、また力込め過ぎた……。双剣じゃやっぱ強すぎるな。こりゃ1本は飾りで十分だ」
最強となったグリムの所へ、ある日1体の珍しいモンスターが現れた。
そして、このモンスターとの出会いがグレイの運命を大きく動かす事となる――。
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