上 下
12 / 71
一章 四人の勇者と血の魔王

第12話 迅速な非難が重要です

しおりを挟む
 前魔王の政策は平和を尊重し可能な限り人間達との対話を目指した。最も近い帝国との交流を重視した影響で、魔王城は帝国から侵攻を受けやすい設計となっている。今私が立っているこの巨大な門──────それを超えてしまえば帝国は簡単に魔界へ入る事が出来てしまう。だからこそ、数年かけ防御設備を厳重にしているが……帝国が軍単位で魔界に攻め入る時は、魔界自体の負けが確定している時なのだから意味が無い。
 軍事力が優れている帝国でさえ、聖剣を使いこなす勇者を送り込む方が速いと判断しているのだ。帝国軍がわざわざ来るときは陛下が黒の勇者に敗北し、魔界を完全に支配する時。

 私は門の端に立ち、空中へと右足を踏み出す。吹き荒れる風に、身体を委ねる。

「っ────」

 名前の無い風魔法だ。私が思いついて使っているのだから、私が名前を付けなければ無名のまま。翼を生み出すわけでも、魔力を噴射する訳でもない、ただ単に空を漂うだけ。
 ───────高速で。

 風を切る音のみが耳に入ってくる。

 護衛などいらない。と言うよりはいない方が良い。
 この任務において東の勇者を殺害する場合、それは暗殺という形になるだろう。魔の象徴たる頭部の角を折られた私の外見はほぼ人間と変わらない。それを利用した私にしかできない勅命。人間界で暮らした時間は少ないから、この真っ白な髪が珍しくないかが分からないことが不安要素だ。
 ……もう一つの不安は、私が東の勇者に殺された場合。この任務は最悪、東の勇者を殺せなくとも、捕らえられなくとも、私が情報を持ち帰ることが出来れば十分だと陛下は仰った。

 東の勇者の情報があまりにも少ないからだ。黒髪の男で、一人旅というわずかな情報しか偵察部隊は運んでこれなかった。
 それ以外の情報を掴んだ者は恐らく排除された。東の勇者に……。

(西の勇者が何を考えているかは知らないが、他の勇者と手を組んだりしない限りは無駄死にするだけだろう。私の役目は戦力が西の勇者に削がれている間に何の情報も無い東の勇者を相手にしなければならないという状況を防ぐ事)

 ……気付けば、帝国領に飛び込んでいた。
 私は魔力量が少なく察知されにくい代わりに、こうして飛んでいける時間が短い。

(……魔界と一番近い街。名前は何と言ったか)

 上空からでは微かに見える程度だったが、建造物の集合体があるというのは分かる。

(最後に発見報告があった場所と勇者の移動ペースからして、この街に来ている可能性はかなり低いが……念のためだ)

 私は徐々に高度を下げていく。
 魔界へ突入する前の準備などの要因から、東の勇者がここに来るのはほとんど確定しているようなものだからだ。しかし、そのタイミングで勇者と接触するようでは遅い。まずはこの街の中で風魔法を使い住民たちが勇者の話をしていないか確認して────────

「…………む?」

 ……まだ地上への距離は離れているはずなのに、街から多くの声が聞こえてくる。何か……祭りのようなものだろうか?

「──────いや、違う」

 これは──────悲鳴だ。
 魔界の軍か?……違う。帝国方面は私の管轄内でありそんな指示は出していない。関係ない街を襲うなど以ての外だ。

 ……段々と、見えてくる。家、家、噴水、教会───────。

「あれは……何だ?」

 そこにいる人々は、とても祭事を楽しむような様子には見えず、何者かに襲われているようにも見えなかった。
 ──────うずくまる大人。走り回る老人。泣き叫ぶ子供。

 そして────────そこには、『あってはならないもの』があった。

「ッッッ!!」

『それ』を視認した私は落下しながら勢いよく身体を捻り、さっきまでいた上空を見上げる。

 だが──────見られているのは私の方だった。

 上空を覆いつくすのは……いくつもの『巨大な目』。それはこの世界に七つ存在する絶望の象徴の一つであり、街に出現していたものと同じ。

「『傍観者ロズ』─────だと……ッ!?」

 マジストロイ陛下と同じ『災害』が、街と私を覆いつくしていた。





























 ー ー ー ー ー ー ー
























「てかポチさぁん!?」

「なんだ!」

 疾走する獣、そしてそれにしがみ付く少女。移り変わる景色と押し寄せる空気の波に耐えながら、白い毛を握り続ける。

「勇者の爪痕って魔力が濃すぎて体調悪くなるんでしょ!?いくらあたしがスーパー獣人だからって長い時間いるのは厳しいよー!?」

「無論、分かっている」

 獣の視界は既にクレーターの端を捉えていた。彼の脚力ならば、瘴気の中心まで到達するのに一分もかからない。

「……障壁を張る」

 ポチの瞳が翡翠色に光る。
 高速移動する獣と少女の周囲に魔力によって生成された薄い膜が展開される。それは外から見れば少しだけぼやける程度の見た目の変化であり、さほど頑丈な物には見えないが───────

「突入するぞ」

 勇者の爪痕の、瘴気と化した魔力を完全にシャットアウトしていた。

「わ……魔力どころか風も当たってこない!風圧でブサイクになっちゃってたから助かる~」

 風圧が無くなったことで、外の景色もしっかりと目を開いて見れるかとリェフルは思ったが……恐ろしい速度で移り変わる景色を見ても酔いそうになるだけだった。

 ──────が、景色の色が一定に変わった。
 一面、大地の色。
 それと同時に獣の脚も段々と速度を落としていく。

「ここが……勇者の爪痕。勇者として一度来てみたかったんだけど……」

 想像以上に殺伐としていた。その肌で瘴気を感じなくとも、悍ましい死の気配や根拠のない危うさが彼女の獣的本能を刺激する。

「…………ん?」

 クレーターの中心部。

 そこには何もない。だが、何かがある。

「ポチさん、あそこって─────」

「……うむ」

「!」

 リェフルはその両手で、ポチの全身の毛が逆立っているのを感じた。
 迂闊に触れ続ければ、肌に刺さるのではないかと思ってしまうくらいに。

「いるんだね?あそこに」

「いる。あの下に」

 海とも言えるほどの量の魔力に包まれていても、毛の一本一本が感じ取っている。
 魔力ではない。魔を統べる者の覇気を。

「…………」

 遅いわけでも速いわけでもない、しかし着実に一歩一歩を踏みしめる獣の歩み。リェフルは背中から降り、膜の中から出ないようポチにくっついて自分の脚でクレーターを歩く。

 やがて、中心部に到達する。何もないはずの地面を見下ろし、ポチは砂を器用に前足で払い、現れた石板に魔力を流し込む。

「「……」」

 リェフルは何も言わずに、降下していく足元を見つめる。

(…………多分、いる。顔を上げたら、魔王が。災害が)

 こんな場所では魔力は感じ取れない。単なる気配だ。それが彼女の恐怖心と────なにより好奇心と、闘争心を刺激する。

(聖剣はなし、仲間は置いてきたしポチさんは戦ってくれるのかよく分からないし対魔王の準備なんて何も出来てない。戦う気がないなんて信用できない……)

 肩、瞼、膝が震える。

(そんなの─────────燃えるじゃん)

 もちろん、武者震いだ。

「っ!」

 ガコン、という音と共に地面は降下を止め、地下の部屋らしき場所に到着する。その音を聞き取った瞬間、リェフルは顔を上げ─────目を見開いた。

「あんたが魔王かァ!!」

 唾を飛ばすような勢いで、むき出しの本能を声に乗せた。そして───────目に焼き付けた。

「……ふぁい」

 スプーンを口に突っ込みながら、気の抜けた返事をする魔族を。

「……ごくん。『元』ですけどね」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません

青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。 だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。 女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。 途方に暮れる主人公たち。 だが、たった一つの救いがあった。 三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。 右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。 圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。 双方の利害が一致した。 ※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております

勇者、追放される ~仲間がクズばかりだったので、魔王とお茶してのんびり過ごす。戻ってこいと言われても断固拒否。~

秋鷺 照
ファンタジー
 強すぎて勇者になってしまったレッグは、パーティーを追放され、一人で魔王城へ行く。美味しいと噂の、魔族領の茶を飲むために!(ちゃんと人類も守る)

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

異世界召喚されたと思ったら何故か神界にいて神になりました

璃音
ファンタジー
 主人公の音無 優はごく普通の高校生だった。ある日を境に優の人生が大きく変わることになる。なんと、優たちのクラスが異世界召喚されたのだ。だが、何故か優だけか違う場所にいた。その場所はなんと神界だった。優は神界で少しの間修行をすることに決めその後にクラスのみんなと合流することにした。 果たして優は地球ではない世界でどのように生きていくのか!?  これは、主人公の優が人間を辞め召喚された世界で出会う人達と問題を解決しつつ自由気ままに生活して行くお話。  

スキル間違いの『双剣士』~一族の恥だと追放されたが、追放先でスキルが覚醒。気が付いたら最強双剣士に~

きょろ
ファンタジー
この世界では5歳になる全ての者に『スキル』が与えられる――。 洗礼の儀によってスキル『片手剣』を手にしたグリム・レオハートは、王国で最も有名な名家の長男。 レオハート家は代々、女神様より剣の才能を与えられる事が多い剣聖一族であり、グリムの父は王国最強と謳われる程の剣聖であった。 しかし、そんなレオハート家の長男にも関わらずグリムは全く剣の才能が伸びなかった。 スキルを手にしてから早5年――。 「貴様は一族の恥だ。最早息子でも何でもない」 突如そう父に告げられたグリムは、家族からも王国からも追放され、人が寄り付かない辺境の森へと飛ばされてしまった。 森のモンスターに襲われ絶対絶命の危機に陥ったグリム。ふと辺りを見ると、そこには過去に辺境の森に飛ばされたであろう者達の骨が沢山散らばっていた。 それを見つけたグリムは全てを諦め、最後に潔く己の墓を建てたのだった。 「どうせならこの森で1番派手にしようか――」 そこから更に8年――。 18歳になったグリムは何故か辺境の森で最強の『双剣士』となっていた。 「やべ、また力込め過ぎた……。双剣じゃやっぱ強すぎるな。こりゃ1本は飾りで十分だ」 最強となったグリムの所へ、ある日1体の珍しいモンスターが現れた。 そして、このモンスターとの出会いがグレイの運命を大きく動かす事となる――。

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

処理中です...