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7話 彼は畳みかけるように『喋ります』……ね
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「……未来人どころじゃねぇぞ」
まだどんな力を使ってくるかが1ミリも分かってない奴に限って、なんでこういう事を…………。
「とりあえず家は出るぞ!戦いに適した場所に行く!」
「……あぁ」
本来の予定通り、俺達はドアを開けて外界の空気に晒される。
「森だったよな、居場所は。だとしたらあっちの方から向かってくるって事に……」
俺が指さした先。その方向は度々自殺者の死体が発見される森林がある。だが、その前に──────
「……まじかよ」
マゼンタの包囲網が、俺達と森の間に立ちふさがっていた。小規模の包囲網だが、ここら辺の高い建物の少ない住宅地ならどうしても目立つ。
「うーわ煉魔もこんな近くで!どうなってんのさこれは……」
「─────蓮が危ない」
「え?」
考えるより先に身体が動いていた、というやつだ。
俺は無我夢中で両足を駆動させ、全力で走る。風は目と口の粘膜を圧迫するように吹き、俺を阻むように向かってくる。
「ちょっと行人クン!?どうしたのいきなり!」
「もし……そう、榊渉が蓮を狙っているとしたら。殺そうとしているとしたら」
「そんなわけなくね?だって世界終わるんでしょ?」
「だからだよ」
俺も最初はそう考えていた。でも──────不安と言うのは時間が経つにつれ巨大になる。
「もし蓮を殺そうとしてるなら、全部終わりだからだ。世界は終わるし、俺の目的もパー」
「……最悪の事態に備えるって事ね。把握……二葉ちゃん!!」
俺の後ろを走りながら、秋土は叫んだ。
「いける?……いや、行人クンのせいで弱体化してるのは分かるけどさ。頼むよ……えぇ~?」
「何ぶつぶつ言ってるんだ?」
「あーもうしょうがない!行人クン!」
若干息切れしながら秋土は言った。
「二葉ちゃんが君への乙女心と君の生命エネルギーのせいで悪霊としての力が出せなくなってる!だからさ、せめて乙女心が消えるような事を言ってくんない!?」
「はぁ!?なんだよそれもっと分かりやすく言え!」
人のせいみたいな言い方してくる上にどういう注文だよ。
「あれだよあれ!女の子が幻滅するような事!!」
「げ、幻滅?」
さっきから全力で走り続けてるから肺がきつくなってきた中、そんな事を注文されたわけだが……何も思いつかない。
…………いや、一つあったな。
「……幻滅するかは分からないけど」
「それでもとにかく速く言え!もう疲れた!」
走りながら呼吸を整え、息を大きく吸った。
……あれはそう、クズ男ムーブがしたかったというか、中二病だったというか。
「中一の時のバレンタインデー!貰ったチョコ全部捨てたァ!!」
……全速力で走ってる途中になんで叫んでるんだ俺は。しかもビターチョコより真っ黒な黒歴史を。秋土のテンションにつられたか。
「で、これでいいか……?」
そう言いながら振り返ると────────。
「ぷはははははは!!なんだそのエピソード!」
「え……」
大爆笑している秋土が、宙に浮かんでいた。そして秋土と今もなお走り続けている俺との距離は、みるみるうちに縮んでいく。
「ほら!掴まれ!」
秋土が差し出した右手を、俺は両手でグッと掴む。
……その直後、身体中のあらゆる角度から触られるような感覚が生じた。まるで、手のような……。
「うおっ!?」
「二葉ちゃんに感謝しなよ。女の子からの気持ちを無駄にするようなクズを乗せてあげてんだからさ」
「中二からはちゃんと蓮と一緒に食ったよ。っていうか…………」
秋土の言い分から、そう考える事しか出来なかった。
「俺は今、秋土の妹に乗せてもらってるって事か」
「そういうこと」
手のような感触は、俺を秋土の後ろに運んだ。というより座らせた。ただの空気にしか見えない場所にまたがっているというのは……かなり怖い。
両足にくすぐったいような感覚が。高所にいるとき特有のあの感覚だ。
「……たけぇ」
下を見下ろすと、案の定地面が遠ざかっていた。
「幽霊だからね。空飛んでなんぼでしょ」
それはまだ理解できなくも無いが、問題はスピードだ。目の前に座っている秋土が風よけになってるのにも関わらず、俺の完成された顔の形状が崩れそうなほどの風圧。
「呼吸がしにくい!」
「そんな事言うなら前後の位置変わってくれていいんだぜー?」
「誰が変わるか。ってか……どれだけデカいんだよお前の妹は」
「デリカシーを学ぶ必要の無い人生を歩んできたんだなってのはよく分かったよ」
しかし、そう言ってしまうのも仕方ないんじゃないか?少なくとも高校生二人が乗れて、それでいて俺達が走る二倍ほどのスピードで飛行できるなんて……どう考えても人間だったとは思えない。
「ちょっとくらい我慢しろよ?榊渉の移動を教えてくれた霊によれば、奴は高速で『飛行しながら』移動しているらしい」
「は!?」
風を切る音のせいで聞き間違えた……訳ではなさそうだった。
「お前が書いた榊渉の見た目のスケッチによると学ラン着てたんだろ?中学生がなんでそんな事……」
「できるかって?あたしにそれ言う?」
「……確かに」
「だからあたし達も空を飛ぶ。地上の朝空クンを守るためには……空中でケリを付ける」
「理屈は分かったが」
俺は秋土の肩を強く掴みながら言った。
「空飛んだら他の参加者に見つかるだろ。どう考えても。その辺の対策ってのは……」
「……」
「まさか?」
「確かにおっしゃる通りです行人クン!すっかり忘れてた!」
両手を広げて笑いながら秋土がもたれかかってくる。落ちるとシャレにならないからすぐに押し返した。
「ま、大丈夫だよ。忘れてただけで今からでも身を隠す方法はもう思いついてる」
「そうなのか?」
「うん。ただ、注意してほしいのが……」
秋土はこちらを向いて胡坐をかく。
そして……俺の焦燥を煽るような表情で手を伸ばしてくる。
「今から数分間、行人クンの視界は私が普段見てる世界になる。……驚いて落っこちるなよ?」
冷たい手が俺の頬に触れた。
「いざ、『幽体融合』ってね」
ー ー ー ー ー ー ー
「……来たわね」
「友達の家で遊んでる所だったんですけど」
仮面を被った少年と少女が、周囲一帯が無人となった住宅地に立っていた。
マゼンタの包囲網はまず、煉魔を捕縛する数メートル規模の小さな状態から始まる。そこから民間人の避難が進み次第、包囲網は拡大していき、そこから本格的に煉魔との戦闘が行われる。
だが煉魔の出現頻度が急増している今、煉魔が出現するたびに住民に避難を強いるのは如何なものかという声が上がっている。
煉魔と煉魔と戦う事の危険性をよく理解している国民など少ないのだから、仕方ないと言えばそうなのかもしれない。
「自分の立場分かってるの?生かされてるのよ、あんたは」
「……はいはい」
ため息を吐きながら、少年は─────剣を出現させた。
『煉器』、と言う名。
ごくまれに、それを生み出せる人間が存在する。それは人によってそれぞれ形が異なり、その人物の経験や思考が影響していると考えられている。
そしてその煉器を用いて煉魔を討つ組織が────マゼンタ。
例としては……そう、自分がいつも愛用している物の形。
「到着ーーッ!!」
「うおわっ!?」
少年……蓮の膝の裏に、堅い鉄のようなものが激突する。
「いって……またか、火良多。普通に登場できないの?」
「すいやせんすいやせんって。なんせウチ、これなもんで」
二人と同じ仮面を被った車椅子の少女が、ドリフトしながら加わる。車椅子とは言ったものの、それは火良多巡が普段から車椅子の上にいるからそう見えるのであって、煉器と化した彼女の椅子は兵器としか言いようのないくらいに武装していた。
「あ、逃げ遅れてた民間人はしっかり送り届けておきましたよ」
仮面、そして長い前髪の間から、彼女は目の前に立ちふさがっている煉魔を覗く。
「これが今回の相手っすか」
「……らしいわね」
「……うーん」
蓮はその煉魔をしばらく眺めた後、またもやため息交じりに言う。
「大人しくね?」
唸り声の一つも発さず、その煉魔はただそこにいた。
形状は人型。といっても、身長は4メートルほどあり、頭には鹿のような角が生えている。煉魔特有の赤い霧も薄く、ほんの少ししか放出していない。
「速く終わるんだからいいじゃない」
「そっすよそっすよ!あ、そうだ。今日こそはデート行ってもらうっすからね先輩!」
「……あぁ、いいよ」
「いつもみたいにはぐらかさないで……え?いいんですか?」
「今日はな。彼女じゃないって言ってたけど流石に──────ってそうじゃなくて!なんていうか……」
もう一度、真っ直ぐとその煉魔を見つめた。
「なんもしてこないなら……殺す事は無いんじゃないですか?こいつ。食べ物として命を貰う訳でもない。ただ安全のために殺す。煉魔にも意思はあるんだ。だから、大人しいのなら殺さなくても……」
「──────朝空蓮」
「っ!」
華邑涼花は人間に向けるべきではない眼光を、仮面の奥から蓮に向けて放っていた。
「ちょ、ちょっと涼花先輩!いきなりそんなおっそろしい声出しちゃってどうしたんすか!蓮先輩も!」
「え?」
「煉魔に意思は無いって、常識っつーか基本じゃないっすか!」
「あ……」
蓮は青ざめた表情をしながら、仮面の外側から口を手で押さえた。
(そうだ、俺は何を言ってるんだ。煉魔に意思は──────)
だが、彼の脳裏には焼き付いていた。
鼓膜にこびり付いていた。
『たす……け──て───』
救けを願う煉魔の姿が、声が。
「あんたがそれでいいのなら、あたしは何も言わない。煉魔は倒すけど。でも……このままでいいの?組織に生かされているままで。昇りつめなきゃ、上は認めてくれないわよ」
「……そうですね、そうでした」
剣を握る。
「俺は俺の為に生きるって決めたんだ。だから───────」
そして、剣は光り輝く。
「お前を倒す……!」
「おや」
超高速飛行中学生が、ふと目に入った異物に、飛行を止める。
「またしても見慣れないものが。バリア。障壁。このような兵器がこの星にあるとは。意外です」
言った直後、掘り出していた記憶の引き出しから正解を見つける。
「ああ!見つけました!あれは対煉魔組織『マゼンタ』による包囲網。民間人の介入と隊員を隠すためのもの!そして煉魔とは日本を中心に最近出現した」
記憶を呟きながら、『煉魔』というキーワードに引っかかる。
「煉魔。レンマ。この見た目は。この性質は」
それは、榊渉だけではなく、生命体の記憶の中にも存在していた。
「なんということでしょう。この星にも【翻訳不可】が存在していたとは。とても嘆かわしいです」
頭を抱えて、生命体は包囲網を見下ろす。
「いえ、むしろ喜ぶべきでしょう」
生命体の記憶になく、榊渉の記憶にはあった、煉魔を殺すための組織。
「私達は【翻訳不可】を倒す手段が思いつかなかった。しかし渉。君が感じていたこの感情は恐らく安心感。詳細は民間人に知らされていないようですが、マゼンタという組織は形だけのものではなく、煉魔を倒す事が出来ていたのでしょう」
ゆっくりと、包囲網へ向かって降下していく。
「渉よ、渉の恋人よ、寄り道を許してほしいです。故郷の友よ、思わぬ収穫です。この技術さえあれば私達は!」
だが、彼は止まった。
飛行していた時と同じような、空気を裂く音が聞こえる。そしてそれがどんどん近くなってきている。
しかし──────彼の目はそれを捉えられない。
あるのは確かな気配と……背筋に伝わる冷たさ。
生命体はその身体に染み付いた本能と記憶を照合し、答えを導き出した。
「まさか」
『これが幽霊と言うものなのでしょうか!?』が、生命体の言いたかった言葉の続きだ。
だが、生命体はその独り言を中断せざるを得なかった。
(触られた)
氷よりも冷たい感触が体に触れたのだ。その一瞬の出来事はこの星の生命を自分より弱い存在だと認識し、油断していたとは言えど、生命体にとっては予想外にも程があった。
(目を触られました。外傷はないようですが)
確認しようと生命体は瞼の上から指で触れるが……そこにあるのかないのかはっきりせず、自分の身体ではないのではと思ってしまう。実際その身体は榊渉なため、生命体のものではないのだがそれとは別に触覚が上手く機能していないような感覚。
(一体何の攻撃を受けたのでしょうか)
そして、彼が顔を上げたその直後…………。
「お、お。おぉおお!!!」
この星に来て一番の歓声を上げた。
──────彼と同じように、宙に浮かびながら飛行する人間を周囲に多数目撃したからだ!
それ以上に過剰に驚くこともせず、生命体は飛行する人間の中をかき分けながら向かってくる2人の人間を冷静に分析する。
未知と出会い、それに適応する事こそ、生命体の得意分野だからだ。
「今日は新しい発見が多いですね!」
そう一言呟き、喜びを嚙み締めた。
まだどんな力を使ってくるかが1ミリも分かってない奴に限って、なんでこういう事を…………。
「とりあえず家は出るぞ!戦いに適した場所に行く!」
「……あぁ」
本来の予定通り、俺達はドアを開けて外界の空気に晒される。
「森だったよな、居場所は。だとしたらあっちの方から向かってくるって事に……」
俺が指さした先。その方向は度々自殺者の死体が発見される森林がある。だが、その前に──────
「……まじかよ」
マゼンタの包囲網が、俺達と森の間に立ちふさがっていた。小規模の包囲網だが、ここら辺の高い建物の少ない住宅地ならどうしても目立つ。
「うーわ煉魔もこんな近くで!どうなってんのさこれは……」
「─────蓮が危ない」
「え?」
考えるより先に身体が動いていた、というやつだ。
俺は無我夢中で両足を駆動させ、全力で走る。風は目と口の粘膜を圧迫するように吹き、俺を阻むように向かってくる。
「ちょっと行人クン!?どうしたのいきなり!」
「もし……そう、榊渉が蓮を狙っているとしたら。殺そうとしているとしたら」
「そんなわけなくね?だって世界終わるんでしょ?」
「だからだよ」
俺も最初はそう考えていた。でも──────不安と言うのは時間が経つにつれ巨大になる。
「もし蓮を殺そうとしてるなら、全部終わりだからだ。世界は終わるし、俺の目的もパー」
「……最悪の事態に備えるって事ね。把握……二葉ちゃん!!」
俺の後ろを走りながら、秋土は叫んだ。
「いける?……いや、行人クンのせいで弱体化してるのは分かるけどさ。頼むよ……えぇ~?」
「何ぶつぶつ言ってるんだ?」
「あーもうしょうがない!行人クン!」
若干息切れしながら秋土は言った。
「二葉ちゃんが君への乙女心と君の生命エネルギーのせいで悪霊としての力が出せなくなってる!だからさ、せめて乙女心が消えるような事を言ってくんない!?」
「はぁ!?なんだよそれもっと分かりやすく言え!」
人のせいみたいな言い方してくる上にどういう注文だよ。
「あれだよあれ!女の子が幻滅するような事!!」
「げ、幻滅?」
さっきから全力で走り続けてるから肺がきつくなってきた中、そんな事を注文されたわけだが……何も思いつかない。
…………いや、一つあったな。
「……幻滅するかは分からないけど」
「それでもとにかく速く言え!もう疲れた!」
走りながら呼吸を整え、息を大きく吸った。
……あれはそう、クズ男ムーブがしたかったというか、中二病だったというか。
「中一の時のバレンタインデー!貰ったチョコ全部捨てたァ!!」
……全速力で走ってる途中になんで叫んでるんだ俺は。しかもビターチョコより真っ黒な黒歴史を。秋土のテンションにつられたか。
「で、これでいいか……?」
そう言いながら振り返ると────────。
「ぷはははははは!!なんだそのエピソード!」
「え……」
大爆笑している秋土が、宙に浮かんでいた。そして秋土と今もなお走り続けている俺との距離は、みるみるうちに縮んでいく。
「ほら!掴まれ!」
秋土が差し出した右手を、俺は両手でグッと掴む。
……その直後、身体中のあらゆる角度から触られるような感覚が生じた。まるで、手のような……。
「うおっ!?」
「二葉ちゃんに感謝しなよ。女の子からの気持ちを無駄にするようなクズを乗せてあげてんだからさ」
「中二からはちゃんと蓮と一緒に食ったよ。っていうか…………」
秋土の言い分から、そう考える事しか出来なかった。
「俺は今、秋土の妹に乗せてもらってるって事か」
「そういうこと」
手のような感触は、俺を秋土の後ろに運んだ。というより座らせた。ただの空気にしか見えない場所にまたがっているというのは……かなり怖い。
両足にくすぐったいような感覚が。高所にいるとき特有のあの感覚だ。
「……たけぇ」
下を見下ろすと、案の定地面が遠ざかっていた。
「幽霊だからね。空飛んでなんぼでしょ」
それはまだ理解できなくも無いが、問題はスピードだ。目の前に座っている秋土が風よけになってるのにも関わらず、俺の完成された顔の形状が崩れそうなほどの風圧。
「呼吸がしにくい!」
「そんな事言うなら前後の位置変わってくれていいんだぜー?」
「誰が変わるか。ってか……どれだけデカいんだよお前の妹は」
「デリカシーを学ぶ必要の無い人生を歩んできたんだなってのはよく分かったよ」
しかし、そう言ってしまうのも仕方ないんじゃないか?少なくとも高校生二人が乗れて、それでいて俺達が走る二倍ほどのスピードで飛行できるなんて……どう考えても人間だったとは思えない。
「ちょっとくらい我慢しろよ?榊渉の移動を教えてくれた霊によれば、奴は高速で『飛行しながら』移動しているらしい」
「は!?」
風を切る音のせいで聞き間違えた……訳ではなさそうだった。
「お前が書いた榊渉の見た目のスケッチによると学ラン着てたんだろ?中学生がなんでそんな事……」
「できるかって?あたしにそれ言う?」
「……確かに」
「だからあたし達も空を飛ぶ。地上の朝空クンを守るためには……空中でケリを付ける」
「理屈は分かったが」
俺は秋土の肩を強く掴みながら言った。
「空飛んだら他の参加者に見つかるだろ。どう考えても。その辺の対策ってのは……」
「……」
「まさか?」
「確かにおっしゃる通りです行人クン!すっかり忘れてた!」
両手を広げて笑いながら秋土がもたれかかってくる。落ちるとシャレにならないからすぐに押し返した。
「ま、大丈夫だよ。忘れてただけで今からでも身を隠す方法はもう思いついてる」
「そうなのか?」
「うん。ただ、注意してほしいのが……」
秋土はこちらを向いて胡坐をかく。
そして……俺の焦燥を煽るような表情で手を伸ばしてくる。
「今から数分間、行人クンの視界は私が普段見てる世界になる。……驚いて落っこちるなよ?」
冷たい手が俺の頬に触れた。
「いざ、『幽体融合』ってね」
ー ー ー ー ー ー ー
「……来たわね」
「友達の家で遊んでる所だったんですけど」
仮面を被った少年と少女が、周囲一帯が無人となった住宅地に立っていた。
マゼンタの包囲網はまず、煉魔を捕縛する数メートル規模の小さな状態から始まる。そこから民間人の避難が進み次第、包囲網は拡大していき、そこから本格的に煉魔との戦闘が行われる。
だが煉魔の出現頻度が急増している今、煉魔が出現するたびに住民に避難を強いるのは如何なものかという声が上がっている。
煉魔と煉魔と戦う事の危険性をよく理解している国民など少ないのだから、仕方ないと言えばそうなのかもしれない。
「自分の立場分かってるの?生かされてるのよ、あんたは」
「……はいはい」
ため息を吐きながら、少年は─────剣を出現させた。
『煉器』、と言う名。
ごくまれに、それを生み出せる人間が存在する。それは人によってそれぞれ形が異なり、その人物の経験や思考が影響していると考えられている。
そしてその煉器を用いて煉魔を討つ組織が────マゼンタ。
例としては……そう、自分がいつも愛用している物の形。
「到着ーーッ!!」
「うおわっ!?」
少年……蓮の膝の裏に、堅い鉄のようなものが激突する。
「いって……またか、火良多。普通に登場できないの?」
「すいやせんすいやせんって。なんせウチ、これなもんで」
二人と同じ仮面を被った車椅子の少女が、ドリフトしながら加わる。車椅子とは言ったものの、それは火良多巡が普段から車椅子の上にいるからそう見えるのであって、煉器と化した彼女の椅子は兵器としか言いようのないくらいに武装していた。
「あ、逃げ遅れてた民間人はしっかり送り届けておきましたよ」
仮面、そして長い前髪の間から、彼女は目の前に立ちふさがっている煉魔を覗く。
「これが今回の相手っすか」
「……らしいわね」
「……うーん」
蓮はその煉魔をしばらく眺めた後、またもやため息交じりに言う。
「大人しくね?」
唸り声の一つも発さず、その煉魔はただそこにいた。
形状は人型。といっても、身長は4メートルほどあり、頭には鹿のような角が生えている。煉魔特有の赤い霧も薄く、ほんの少ししか放出していない。
「速く終わるんだからいいじゃない」
「そっすよそっすよ!あ、そうだ。今日こそはデート行ってもらうっすからね先輩!」
「……あぁ、いいよ」
「いつもみたいにはぐらかさないで……え?いいんですか?」
「今日はな。彼女じゃないって言ってたけど流石に──────ってそうじゃなくて!なんていうか……」
もう一度、真っ直ぐとその煉魔を見つめた。
「なんもしてこないなら……殺す事は無いんじゃないですか?こいつ。食べ物として命を貰う訳でもない。ただ安全のために殺す。煉魔にも意思はあるんだ。だから、大人しいのなら殺さなくても……」
「──────朝空蓮」
「っ!」
華邑涼花は人間に向けるべきではない眼光を、仮面の奥から蓮に向けて放っていた。
「ちょ、ちょっと涼花先輩!いきなりそんなおっそろしい声出しちゃってどうしたんすか!蓮先輩も!」
「え?」
「煉魔に意思は無いって、常識っつーか基本じゃないっすか!」
「あ……」
蓮は青ざめた表情をしながら、仮面の外側から口を手で押さえた。
(そうだ、俺は何を言ってるんだ。煉魔に意思は──────)
だが、彼の脳裏には焼き付いていた。
鼓膜にこびり付いていた。
『たす……け──て───』
救けを願う煉魔の姿が、声が。
「あんたがそれでいいのなら、あたしは何も言わない。煉魔は倒すけど。でも……このままでいいの?組織に生かされているままで。昇りつめなきゃ、上は認めてくれないわよ」
「……そうですね、そうでした」
剣を握る。
「俺は俺の為に生きるって決めたんだ。だから───────」
そして、剣は光り輝く。
「お前を倒す……!」
「おや」
超高速飛行中学生が、ふと目に入った異物に、飛行を止める。
「またしても見慣れないものが。バリア。障壁。このような兵器がこの星にあるとは。意外です」
言った直後、掘り出していた記憶の引き出しから正解を見つける。
「ああ!見つけました!あれは対煉魔組織『マゼンタ』による包囲網。民間人の介入と隊員を隠すためのもの!そして煉魔とは日本を中心に最近出現した」
記憶を呟きながら、『煉魔』というキーワードに引っかかる。
「煉魔。レンマ。この見た目は。この性質は」
それは、榊渉だけではなく、生命体の記憶の中にも存在していた。
「なんということでしょう。この星にも【翻訳不可】が存在していたとは。とても嘆かわしいです」
頭を抱えて、生命体は包囲網を見下ろす。
「いえ、むしろ喜ぶべきでしょう」
生命体の記憶になく、榊渉の記憶にはあった、煉魔を殺すための組織。
「私達は【翻訳不可】を倒す手段が思いつかなかった。しかし渉。君が感じていたこの感情は恐らく安心感。詳細は民間人に知らされていないようですが、マゼンタという組織は形だけのものではなく、煉魔を倒す事が出来ていたのでしょう」
ゆっくりと、包囲網へ向かって降下していく。
「渉よ、渉の恋人よ、寄り道を許してほしいです。故郷の友よ、思わぬ収穫です。この技術さえあれば私達は!」
だが、彼は止まった。
飛行していた時と同じような、空気を裂く音が聞こえる。そしてそれがどんどん近くなってきている。
しかし──────彼の目はそれを捉えられない。
あるのは確かな気配と……背筋に伝わる冷たさ。
生命体はその身体に染み付いた本能と記憶を照合し、答えを導き出した。
「まさか」
『これが幽霊と言うものなのでしょうか!?』が、生命体の言いたかった言葉の続きだ。
だが、生命体はその独り言を中断せざるを得なかった。
(触られた)
氷よりも冷たい感触が体に触れたのだ。その一瞬の出来事はこの星の生命を自分より弱い存在だと認識し、油断していたとは言えど、生命体にとっては予想外にも程があった。
(目を触られました。外傷はないようですが)
確認しようと生命体は瞼の上から指で触れるが……そこにあるのかないのかはっきりせず、自分の身体ではないのではと思ってしまう。実際その身体は榊渉なため、生命体のものではないのだがそれとは別に触覚が上手く機能していないような感覚。
(一体何の攻撃を受けたのでしょうか)
そして、彼が顔を上げたその直後…………。
「お、お。おぉおお!!!」
この星に来て一番の歓声を上げた。
──────彼と同じように、宙に浮かびながら飛行する人間を周囲に多数目撃したからだ!
それ以上に過剰に驚くこともせず、生命体は飛行する人間の中をかき分けながら向かってくる2人の人間を冷静に分析する。
未知と出会い、それに適応する事こそ、生命体の得意分野だからだ。
「今日は新しい発見が多いですね!」
そう一言呟き、喜びを嚙み締めた。
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クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
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【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
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