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1話 タイトルを担当させていただきます
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窓際の席になったのなら、やることは一つ。『授業中に外の景色を眺めながら日常の普通さを嘆く』だ。
俺は右ひじを支えに定まらない目線を外へ向ける。そして頭の中でこう呟く。
(あぁ、人生ってなんでこんなに普通の事しか起きないんだ)
と。
だが、このような普通を嘆くような考えこそ、普通の考えじゃないか?本当に普通じゃなくなりたいなら、まず普通の事をするなよ……と、思ってみた俺は現在進行形で普通じゃない事をしている。
「なのでこの式は……おい、霧間!霧間行人!」
……きたきた。
「……はい?」
「今、よそ見してたな?この問題解いてみろ。(2)のやつ」
若干生え際が侵食されてきている数学教師は百点満点の反応を示してくれた。
そして俺はそれに対して、満点の回答で応じる。
「-3です」
自信満々で、即答する。
俺が挑戦していたのは外の景色をかっこつけて眺めているふりをしながら、目線を限界まで黒板に向け、真面目に授業を聞く事だ。
これにより、「授業全然聞いてないのに問題全部分かる天才」みたいな気分が味わえる。
「はい。そうですね-3です。分かってるならいいんだよ」
……とは言っても、この先生が意外に優しかったりそんなに難しい問題でもなかったりめちゃくちゃに目が疲れたり……もう1年はやらなくていいかなと思った。
この樹愁高校に入学して一か月?もう少し経ったくらい。授業の雰囲気も中学の頃とさほど変わらず、周囲の人間の雰囲気も変わらず、そして放課後にアイツが出てくるのを他クラスの教室の前で待つのも、変わらない。待っている時間にスマホをいじれるのは良い変化点だけど。
「ねぇ、あれって……」
そして、入学後のこういう空気も変わらなかった。
「5組の霧間くん!?校内イケメンランキング1位の!?」
作るの速すぎないか?そのランキング。
「2組に何の用が……?」
女子達の目線と話題を独り占めにしていくのはこの男霧間行人。丁度よく白い肌、整いすぎて鏡を見るたび笑ってしまうほどの顔、そしてスタイル。俺の容姿を持ってすれば当然の事だから、これも別に驚く事ではない。小学生中学生の頃の告白された回数はゲームだったらカンストレベル。このルックスのおかげで俺は近所の駄菓子屋のお婆ちゃんにおまけを貰えたり様々な恩恵を授かっている。
スマホから目線をそらし、周囲を見渡してみる。アイツはまだ教室から出てこないし、そろそろ誰かから話しかけられそうだ。
「もしかして……彼女がいるとか?」
「嘘!?誰!?」
俺が所属する5組の担任の話が長いから昨日まではアイツが迎えに来てくれていたのだが、
今日は担任が休みだったためにホームルームがすぐ終わった。
……だからアイツを待たせる事なく帰れると思ったのだが、2組のホームルームが終わってもまだ来ない。
「あのー……うちのクラスの誰に用ですか?」
2組の生徒だろう、女子が話しかけてきた。
他クラスの奴が教室の外で待っていてもわざわざこんな事を聞きに来るわけがない。
俺がカッコよくて、お近づきになりたいから。それ以外の理由はない。あったら脳内とはいえ自信満々に断言している俺が少し恥ずかしい。
「あぁ、えーっと……」
俺がその名前を言おうとした時、教室の中から見慣れた顔が飛び出した。眼鏡をかけた、俺より少しだけ身長の低い……俺の友達。
「やっと来たか、蓮」
「ごめん行人!日誌書いてた」
「ん。帰ろうぜ」
「おっけ」
階段へ向かう俺と蓮に、数多の視線が集まってくる。
「え……あいつ?」
「誰だっけ?」
……こういう反応も、変わらないものだ。
「蓮お前さ、今のところクラスの中ではどういうキャラなんだ?」
「……陰を極めすぎて、もはや陰キャとして認識すらされてない的な……」
「中学より酷いじゃんか」
「俺だって皆と仲良くなりたいよ!?ただ中学と違って知り合いが他クラスの行人しかいないし……」
「話しかけてくる奴はいないのか?」
「いねーよ!誰が俺に話しかけたいんだよ!」
「大人しくしてても普通に話しかけられるけどな」
「あーあ。良いよなイケメンは。受動的でも上手く行ってさ」
「だろ?この顔に生んでくれた親には感謝しかないよ」
本当に感謝している。父親譲りのこの顔がない人生なんて想像がつかない。
「キャー行人様ー!!」
「ステキー!!」
「うわ、あんな漫画みたいな事言う子、高校にもいるんだ……」
騒々しい校門を離れ、帰路につく。少しづつ見慣れてきた光景。これから三年間、歩き続ける道。
「最近、ここら辺でまた『煉魔』が出たらしいね」
「えぇ……物騒だなぁ日本」
追い越した生徒から聞こえてくる会話。最近の煉魔の出現頻度はかなり高い。帰り道を変え……いや、特に効果はないだろう。神出鬼没が煉魔の特徴なのだから。
「……しかしさ、ほんと行人って勝ち組だよなー」
「勝ち組……ね」
「あ、ごめん……嫌な言い方だった」
「別に。事実だしな」
「うん、謝る必要なかったわ!」
確かに──────生まれた瞬間勝ちが確定したと言っても過言ではない。
……だが。勝ち組の中にも種類はある。
例えば、この世界を題材とした物語があったとする。その物語において、容姿が良くて運動も勉強もちょっとできる奴が、主人公に相応しいだろうか?
つまらない。適任は他にいる。というか────────
隣にいる、と俺は考えている。
「羨ましくてしょうがないよ……」
とか、呟いている俺の友達。
朝空蓮こそが────────この世界の主人公に相応しい人間だ。
「きゃああああ!!」
平凡な一日の中、非凡な声量が響く。それは助けを求める声であり、目の前の恐怖によって自然に出てしまった叫びだ。
「グ……ガアア───」
赤い霧のような、靄のようなものを噴出しながら、その怪物は獲物に歩み寄る。
『煉魔』というバケモノが世界中に出現したのは数十年前の事。未確認生命体という呼称は、どこからか漏れ出た煉魔という名に置き換わり、特に発生数が多い日本を震撼させた。
だが、それも最初の数年の事。対策機関が設立されてからは煉魔による被害は一気に減少し、国民の『常識』の一つとして加わった。
『恐ろしい怪物。しかし、専門家が兵器ですぐになんとかしてくれる』
しかし、実際に襲われてみるまではその恐ろしさは分からない。
「こっ……来ないで……!」
この女性も、煉魔に対する恐怖は前々からあったが、いざという時にそれは増幅する。
逃げなければいけない状況なのに、足がすくむ。腰が抜ける。
「グオオオオ!!」
それも仕方がない。一般人なのだから。
ならば、煉魔を倒すのは必然的に……異常者となる。
「はぁッ!!」
「グオッ!?」
煉魔の胴体が斬りつけられる。
「かわされた……速い!」
仮面を付け、巨大な鎌を手にした少女は、肩にかかった髪を払い、もう一度鎌を握りしめる。
「……結構デカいわね」
少女が相対するは四足歩行型の煉魔。獣の如き鋭い牙と、周囲を埋め尽くそうとする赤い霧。上位の煉魔の特徴と当てはまっていた。
「グアオウッ!!」
「っ!」
煉魔は少女にとびかかり、その牙と爪を少女に突き立てんとする。少女は鎌を爪を弾き、後退する。
「速く逃げて!」
「はっ、はい……!!」
(ここじゃ狭い……民間人もいるし、私の『煉器』の性質上、全力を解放したら被害が及ぶ……)
煉魔の攻撃は終わらない。再びその爪を振りかざす。空を裂く音と、爪と鎌がぶつかる音が響き渡る。
「ぐっ……!」
先ほどよりも強い衝撃。少女はバランスを崩し──────その場に倒れ込む。
「グウアウッ!」
「っ、まず────────」
少女の身体に爪牙が突き刺さる寸前……一筋の光がその間を通った。
「……間に合った!」
「……ったくもう、遅いわよ!」
白く光り輝く剣を持った少年が、煉魔の爪を押し返す。その少年もまた、少女のように仮面で素顔を隠していた。
「グ……ウ!?」
ただ、弾き返しただけ。それだというのに、煉魔の爪は削れていた。
「そいつ、割と速いわよ!」
「一気に決めます!」
少女は右に、少年は左に。煉魔を囲うように駆ける。
「飛んでっ!」
「はいっ!」
その瞬間、少女の鎌が巨大化し──────煉魔の四肢を裂く。少年の脚があった場所のさらに奥、住宅地の壁すれすれの一撃は反応が速い煉魔とは言えど、想定外の物だった。
「グルル……!」
しかし、煉魔はすんでのところで軽傷にとどめた前足を大きく振りかぶり、少女と少年を薙ぎ払おうとする──────が、遅かった。
すでに準備は完了していた。
「終わりだ……っ!」
剣の輝きがさらに強くなり、少年の一突きが煉魔の胴体を貫く。最初に少女が僅かにつけた傷口も相まって、その一撃は煉魔の核まで届いた。
「グガア……アアアアッ──────」
そして、消滅。紅き怪物は赤き霧となり、靄となり──────その場から消え去った。
これもまた、日常の一つ。なんてことない現象。この世界にとっては、そうなのだ。
「周囲に人は?」
「いないわ。包囲網はもう張ってあるし」
「そう……お疲れです、涼花さん」
「……お疲れ様、朝空蓮」
二人は仮面を外し、素顔を露わにする。涼花が敷いた包囲網は彼女らの組織の人間でないと外からは入れない、特製の装置によるもの。
「しかし、こんな大掛かりな事をいちいちやるのも変だよな。そこまでして俺達が『マゼンタ』なのを隠したい理由が分からないっす」
「単純に安全面の理由もあるでしょ。それに……あんただって、バレたくない人がいるんじゃないの?いつも一緒にいる人に私達がマゼンタだって知られたら、その関係だって今まで通りかは分からない」
「……まぁ、いるにはいますが」
そんな会話をしながら、彼らはまた日常に戻る。いや、この煉魔討伐すらも、彼らにとっては日常なのかもしれない。
なぜなら彼らは常人とは違う能力を持つ……異常者なのだから。
とはいえど、彼らも人間、それにまだ若い高校生なのだから、労ってやることは重要だと……俺は思う。
「お疲れ、蓮」
廃ビルの割れた窓ガラスの間から、双眼鏡を覗いていた俺は一人呟いた。
蓮達の組織の包囲網。それは煉魔を逃がさないだけではなく一般人の安全を守るために使用される。が、あれには致命的な欠点がある。
中の状態を、一定の角度からなら覗かれてしまう事だ。
地上から見れば「立ち入り禁止」の文字の羅列と、光の壁のような物で一切見えない。空中からも簡単に覗けるわけではなく、テレビ局がヘリコプターで撮影を試みたが、離陸する前に煉魔の攻撃が入り結局見ることは出来なかった。それ以降政府からお叱りが入った事で一般人も撮影しようという輩はかなり少なくなった。
だが、光という性質の問題だろうか。ヘリコプターが飛ばなかったから対策をしていないからだろうか。長期にわたる観察の結果、俺は包囲網の外から戦っている蓮を見る事に成功した。
「……相変わらず、危険そうだな」
初めて蓮が煉魔と戦っている姿を見たのは、中学三年生の時。
暴走しながら煉魔と戦い、『マゼンタ』の連中に拘束される蓮を見た。そして思い知った。
俺はこの世界の中心などでは無く、苦しんでいる友達を見ている事しか出来ない、無力な一般人だと。
そして──────中心はアイツだと。
学校での蓮からは想像できないような、激しい戦闘。アイツを取り囲む美少女たち。どれもが現実離れしている。
この世界に主人公がいるとしたら、それは朝空蓮だ。
「……だからどうした」
俺がアイツの友達で、アイツが俺の友達であることは変わらない。アイツが下校中に「用事があるのを思い出した」と言って走り出すのは近くに煉魔が出現したから。どれだけ心配でも俺はこんな遠い場所から覗く事しか出来ない。アイツがマゼンタである事を話さないのなら、俺も聞かない。
「さて、帰るか」
俺に出来るのは、変わらない友人としていつも通りを提供する事だけだ。
『──────本当に、それでいいのですか?』
「っ!?」
立ち上がった瞬間に背後から聞こえた声。背筋を凍り付かせるような不気味さ。慌てて俺は振り向くが────────誰もいない。
『こっちです、こっち』
「え?」
声のした方向へと、だんだんと視線を動かしていく。廃ビルのヒビが入った床。そこには、焦げ茶色の一冊の本があった。
『あなたも、本当はなりたいのではないですか?』
「なッ……!?」
独りでにページがめくられるその本からは、文字では無く声と言う形で俺に意思が伝えられる。
まさに、信じられない状況。廃ビルという背徳感と恐怖が常に備わっている状況だからこそ、普段信じていない幽霊の存在を疑ってしまうほど不気味な現象……そのはずだった。
だが、俺はその声に、その内容にどうしようもなく聞き入ってしまっていた。
『主人公に、なりたくはないですか?』
白紙のページはどんどんとめくられていく。
『望むのならば、導きます』
「……どこへ?」
次のページが開くのを、見守る。
『──────主人公争奪戦へ』
────────その日、十二冊の本が、十二人の主人公候補の元へ届いた。
新たな主人公を選定するために。
俺は右ひじを支えに定まらない目線を外へ向ける。そして頭の中でこう呟く。
(あぁ、人生ってなんでこんなに普通の事しか起きないんだ)
と。
だが、このような普通を嘆くような考えこそ、普通の考えじゃないか?本当に普通じゃなくなりたいなら、まず普通の事をするなよ……と、思ってみた俺は現在進行形で普通じゃない事をしている。
「なのでこの式は……おい、霧間!霧間行人!」
……きたきた。
「……はい?」
「今、よそ見してたな?この問題解いてみろ。(2)のやつ」
若干生え際が侵食されてきている数学教師は百点満点の反応を示してくれた。
そして俺はそれに対して、満点の回答で応じる。
「-3です」
自信満々で、即答する。
俺が挑戦していたのは外の景色をかっこつけて眺めているふりをしながら、目線を限界まで黒板に向け、真面目に授業を聞く事だ。
これにより、「授業全然聞いてないのに問題全部分かる天才」みたいな気分が味わえる。
「はい。そうですね-3です。分かってるならいいんだよ」
……とは言っても、この先生が意外に優しかったりそんなに難しい問題でもなかったりめちゃくちゃに目が疲れたり……もう1年はやらなくていいかなと思った。
この樹愁高校に入学して一か月?もう少し経ったくらい。授業の雰囲気も中学の頃とさほど変わらず、周囲の人間の雰囲気も変わらず、そして放課後にアイツが出てくるのを他クラスの教室の前で待つのも、変わらない。待っている時間にスマホをいじれるのは良い変化点だけど。
「ねぇ、あれって……」
そして、入学後のこういう空気も変わらなかった。
「5組の霧間くん!?校内イケメンランキング1位の!?」
作るの速すぎないか?そのランキング。
「2組に何の用が……?」
女子達の目線と話題を独り占めにしていくのはこの男霧間行人。丁度よく白い肌、整いすぎて鏡を見るたび笑ってしまうほどの顔、そしてスタイル。俺の容姿を持ってすれば当然の事だから、これも別に驚く事ではない。小学生中学生の頃の告白された回数はゲームだったらカンストレベル。このルックスのおかげで俺は近所の駄菓子屋のお婆ちゃんにおまけを貰えたり様々な恩恵を授かっている。
スマホから目線をそらし、周囲を見渡してみる。アイツはまだ教室から出てこないし、そろそろ誰かから話しかけられそうだ。
「もしかして……彼女がいるとか?」
「嘘!?誰!?」
俺が所属する5組の担任の話が長いから昨日まではアイツが迎えに来てくれていたのだが、
今日は担任が休みだったためにホームルームがすぐ終わった。
……だからアイツを待たせる事なく帰れると思ったのだが、2組のホームルームが終わってもまだ来ない。
「あのー……うちのクラスの誰に用ですか?」
2組の生徒だろう、女子が話しかけてきた。
他クラスの奴が教室の外で待っていてもわざわざこんな事を聞きに来るわけがない。
俺がカッコよくて、お近づきになりたいから。それ以外の理由はない。あったら脳内とはいえ自信満々に断言している俺が少し恥ずかしい。
「あぁ、えーっと……」
俺がその名前を言おうとした時、教室の中から見慣れた顔が飛び出した。眼鏡をかけた、俺より少しだけ身長の低い……俺の友達。
「やっと来たか、蓮」
「ごめん行人!日誌書いてた」
「ん。帰ろうぜ」
「おっけ」
階段へ向かう俺と蓮に、数多の視線が集まってくる。
「え……あいつ?」
「誰だっけ?」
……こういう反応も、変わらないものだ。
「蓮お前さ、今のところクラスの中ではどういうキャラなんだ?」
「……陰を極めすぎて、もはや陰キャとして認識すらされてない的な……」
「中学より酷いじゃんか」
「俺だって皆と仲良くなりたいよ!?ただ中学と違って知り合いが他クラスの行人しかいないし……」
「話しかけてくる奴はいないのか?」
「いねーよ!誰が俺に話しかけたいんだよ!」
「大人しくしてても普通に話しかけられるけどな」
「あーあ。良いよなイケメンは。受動的でも上手く行ってさ」
「だろ?この顔に生んでくれた親には感謝しかないよ」
本当に感謝している。父親譲りのこの顔がない人生なんて想像がつかない。
「キャー行人様ー!!」
「ステキー!!」
「うわ、あんな漫画みたいな事言う子、高校にもいるんだ……」
騒々しい校門を離れ、帰路につく。少しづつ見慣れてきた光景。これから三年間、歩き続ける道。
「最近、ここら辺でまた『煉魔』が出たらしいね」
「えぇ……物騒だなぁ日本」
追い越した生徒から聞こえてくる会話。最近の煉魔の出現頻度はかなり高い。帰り道を変え……いや、特に効果はないだろう。神出鬼没が煉魔の特徴なのだから。
「……しかしさ、ほんと行人って勝ち組だよなー」
「勝ち組……ね」
「あ、ごめん……嫌な言い方だった」
「別に。事実だしな」
「うん、謝る必要なかったわ!」
確かに──────生まれた瞬間勝ちが確定したと言っても過言ではない。
……だが。勝ち組の中にも種類はある。
例えば、この世界を題材とした物語があったとする。その物語において、容姿が良くて運動も勉強もちょっとできる奴が、主人公に相応しいだろうか?
つまらない。適任は他にいる。というか────────
隣にいる、と俺は考えている。
「羨ましくてしょうがないよ……」
とか、呟いている俺の友達。
朝空蓮こそが────────この世界の主人公に相応しい人間だ。
「きゃああああ!!」
平凡な一日の中、非凡な声量が響く。それは助けを求める声であり、目の前の恐怖によって自然に出てしまった叫びだ。
「グ……ガアア───」
赤い霧のような、靄のようなものを噴出しながら、その怪物は獲物に歩み寄る。
『煉魔』というバケモノが世界中に出現したのは数十年前の事。未確認生命体という呼称は、どこからか漏れ出た煉魔という名に置き換わり、特に発生数が多い日本を震撼させた。
だが、それも最初の数年の事。対策機関が設立されてからは煉魔による被害は一気に減少し、国民の『常識』の一つとして加わった。
『恐ろしい怪物。しかし、専門家が兵器ですぐになんとかしてくれる』
しかし、実際に襲われてみるまではその恐ろしさは分からない。
「こっ……来ないで……!」
この女性も、煉魔に対する恐怖は前々からあったが、いざという時にそれは増幅する。
逃げなければいけない状況なのに、足がすくむ。腰が抜ける。
「グオオオオ!!」
それも仕方がない。一般人なのだから。
ならば、煉魔を倒すのは必然的に……異常者となる。
「はぁッ!!」
「グオッ!?」
煉魔の胴体が斬りつけられる。
「かわされた……速い!」
仮面を付け、巨大な鎌を手にした少女は、肩にかかった髪を払い、もう一度鎌を握りしめる。
「……結構デカいわね」
少女が相対するは四足歩行型の煉魔。獣の如き鋭い牙と、周囲を埋め尽くそうとする赤い霧。上位の煉魔の特徴と当てはまっていた。
「グアオウッ!!」
「っ!」
煉魔は少女にとびかかり、その牙と爪を少女に突き立てんとする。少女は鎌を爪を弾き、後退する。
「速く逃げて!」
「はっ、はい……!!」
(ここじゃ狭い……民間人もいるし、私の『煉器』の性質上、全力を解放したら被害が及ぶ……)
煉魔の攻撃は終わらない。再びその爪を振りかざす。空を裂く音と、爪と鎌がぶつかる音が響き渡る。
「ぐっ……!」
先ほどよりも強い衝撃。少女はバランスを崩し──────その場に倒れ込む。
「グウアウッ!」
「っ、まず────────」
少女の身体に爪牙が突き刺さる寸前……一筋の光がその間を通った。
「……間に合った!」
「……ったくもう、遅いわよ!」
白く光り輝く剣を持った少年が、煉魔の爪を押し返す。その少年もまた、少女のように仮面で素顔を隠していた。
「グ……ウ!?」
ただ、弾き返しただけ。それだというのに、煉魔の爪は削れていた。
「そいつ、割と速いわよ!」
「一気に決めます!」
少女は右に、少年は左に。煉魔を囲うように駆ける。
「飛んでっ!」
「はいっ!」
その瞬間、少女の鎌が巨大化し──────煉魔の四肢を裂く。少年の脚があった場所のさらに奥、住宅地の壁すれすれの一撃は反応が速い煉魔とは言えど、想定外の物だった。
「グルル……!」
しかし、煉魔はすんでのところで軽傷にとどめた前足を大きく振りかぶり、少女と少年を薙ぎ払おうとする──────が、遅かった。
すでに準備は完了していた。
「終わりだ……っ!」
剣の輝きがさらに強くなり、少年の一突きが煉魔の胴体を貫く。最初に少女が僅かにつけた傷口も相まって、その一撃は煉魔の核まで届いた。
「グガア……アアアアッ──────」
そして、消滅。紅き怪物は赤き霧となり、靄となり──────その場から消え去った。
これもまた、日常の一つ。なんてことない現象。この世界にとっては、そうなのだ。
「周囲に人は?」
「いないわ。包囲網はもう張ってあるし」
「そう……お疲れです、涼花さん」
「……お疲れ様、朝空蓮」
二人は仮面を外し、素顔を露わにする。涼花が敷いた包囲網は彼女らの組織の人間でないと外からは入れない、特製の装置によるもの。
「しかし、こんな大掛かりな事をいちいちやるのも変だよな。そこまでして俺達が『マゼンタ』なのを隠したい理由が分からないっす」
「単純に安全面の理由もあるでしょ。それに……あんただって、バレたくない人がいるんじゃないの?いつも一緒にいる人に私達がマゼンタだって知られたら、その関係だって今まで通りかは分からない」
「……まぁ、いるにはいますが」
そんな会話をしながら、彼らはまた日常に戻る。いや、この煉魔討伐すらも、彼らにとっては日常なのかもしれない。
なぜなら彼らは常人とは違う能力を持つ……異常者なのだから。
とはいえど、彼らも人間、それにまだ若い高校生なのだから、労ってやることは重要だと……俺は思う。
「お疲れ、蓮」
廃ビルの割れた窓ガラスの間から、双眼鏡を覗いていた俺は一人呟いた。
蓮達の組織の包囲網。それは煉魔を逃がさないだけではなく一般人の安全を守るために使用される。が、あれには致命的な欠点がある。
中の状態を、一定の角度からなら覗かれてしまう事だ。
地上から見れば「立ち入り禁止」の文字の羅列と、光の壁のような物で一切見えない。空中からも簡単に覗けるわけではなく、テレビ局がヘリコプターで撮影を試みたが、離陸する前に煉魔の攻撃が入り結局見ることは出来なかった。それ以降政府からお叱りが入った事で一般人も撮影しようという輩はかなり少なくなった。
だが、光という性質の問題だろうか。ヘリコプターが飛ばなかったから対策をしていないからだろうか。長期にわたる観察の結果、俺は包囲網の外から戦っている蓮を見る事に成功した。
「……相変わらず、危険そうだな」
初めて蓮が煉魔と戦っている姿を見たのは、中学三年生の時。
暴走しながら煉魔と戦い、『マゼンタ』の連中に拘束される蓮を見た。そして思い知った。
俺はこの世界の中心などでは無く、苦しんでいる友達を見ている事しか出来ない、無力な一般人だと。
そして──────中心はアイツだと。
学校での蓮からは想像できないような、激しい戦闘。アイツを取り囲む美少女たち。どれもが現実離れしている。
この世界に主人公がいるとしたら、それは朝空蓮だ。
「……だからどうした」
俺がアイツの友達で、アイツが俺の友達であることは変わらない。アイツが下校中に「用事があるのを思い出した」と言って走り出すのは近くに煉魔が出現したから。どれだけ心配でも俺はこんな遠い場所から覗く事しか出来ない。アイツがマゼンタである事を話さないのなら、俺も聞かない。
「さて、帰るか」
俺に出来るのは、変わらない友人としていつも通りを提供する事だけだ。
『──────本当に、それでいいのですか?』
「っ!?」
立ち上がった瞬間に背後から聞こえた声。背筋を凍り付かせるような不気味さ。慌てて俺は振り向くが────────誰もいない。
『こっちです、こっち』
「え?」
声のした方向へと、だんだんと視線を動かしていく。廃ビルのヒビが入った床。そこには、焦げ茶色の一冊の本があった。
『あなたも、本当はなりたいのではないですか?』
「なッ……!?」
独りでにページがめくられるその本からは、文字では無く声と言う形で俺に意思が伝えられる。
まさに、信じられない状況。廃ビルという背徳感と恐怖が常に備わっている状況だからこそ、普段信じていない幽霊の存在を疑ってしまうほど不気味な現象……そのはずだった。
だが、俺はその声に、その内容にどうしようもなく聞き入ってしまっていた。
『主人公に、なりたくはないですか?』
白紙のページはどんどんとめくられていく。
『望むのならば、導きます』
「……どこへ?」
次のページが開くのを、見守る。
『──────主人公争奪戦へ』
────────その日、十二冊の本が、十二人の主人公候補の元へ届いた。
新たな主人公を選定するために。
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たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
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【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
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俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる
十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。
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