序列学園

あくがりたる

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偽りの学園の章

第39話 青幻の影、再び

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 村当番に着任して3週間が経った。
 詩歩しほ茉里まつりは相変わらず言葉を交わさないがカンナと茉里は時に笑いながら話したりしていた。破壊衝動は初日以来現れていなかった。
 もちろん、カンナは詩歩にも話し掛けるが茉里程盛り上がらなかった。
 詩歩がカンナに何かの感情を抱いているようで、やはり心から信頼されていないように感じてしまうのだ。詩歩が本音を話してくれることはまだない。

 村当番4週目に差し掛かった朝。詩歩は馬に乗り村の見回りに出掛けていた。
 カンナは仮眠を取っていて、宿の部屋には茉里だけが起きていて読書をしていた。
 突然、詩歩が部屋の戸を勢い良く開けて駆け込んで来た。
 
「大変!! 村に小舟が3艘向かって来てる!!」

 茉里は読んでいた本をぱたんと閉じて詩歩を見た。
 
「お客様じゃないの?」
 
 詩歩は茉里と2人きりで話すのは初めてで一瞬言葉を詰まらせた。
 
「あ、いや、なんか酒匂さかわさんに聞いたら今日商人の取引も来客もないから警戒しろって言われたの……」
 
「ふーん」
 
 茉里は半信半疑で詩歩を見ていた。
 
「じゃあ、あなた1人で……」
 
 途中まで言いかけ茉里は口をつぐんだ。
 詩歩は言いかけられた言葉を想像して暗い顔になった。
 茉里はちらりと寝ているカンナを見た。
 するとカンナがむくっと起き上がり目を擦っていた。
 
「行きましょうか」

 カンナは詩歩が部屋に駆け込んで来た時から話を聞いて状況を把握していた。
 カンナがすぐに立ち上がろうとすると茉里が腰に付けていたポーチから櫛を取り出した。
 
「待ってください。澄川さん。髪が乱れていますわよ?」

 そういうと茉里はカンナの髪を持っている自分の櫛で梳かしてくれた。
 
「あ、ありがとうございます」
 
 詩歩がその様子を羨ましそうな目で見ていた。
 
「それじゃあ、行きますわよ! 学園に連絡の狼煙を上げる準備を致しましょう」
 
 茉里が指示を出した。
 カンナは初めての村当番で要領も分かっていないので茉里や詩歩に頼るしかなかった。
 
「わたくしが舟を確認しに行きますので、ほうりさんは澄川すみかわさんに狼煙の上げ方を教えてあげてください」
 
「あ、はい、分かりました」
 
 詩歩は戸惑いながら返事をした。
 茉里は先に馬に乗り駆けていった。
 
「カンナ、こっち。来て。狼煙台に行くよ」
 

 馬に跨った詩歩に先導されカンナは響華きょうかに乗り狼煙台へ向かった。狼煙台は村で時計塔の次に高い建物で見張り台と兼用の造りになっていた。カンナは狼煙台自体は見たことがあったが実際に狼煙を上げるのは初めてである。今は全員出払っているのか見張りが1人もいなかった。
 近くで見ると結構高い。カンナは手で陽の光を遮りながら狼煙台を見上げた。
 
「カンナ、何してるの? 登るよ」
 
 詩歩はそういうと刀を背負い、手際良く狼煙台の梯子を登っていった。続けてカンナが登る。ふと見上げると無防備な詩歩の下着が眼前にあった。スカートを穿いているので丸見えである。視線を感じたのか詩歩がこちらを見て顔を赤らめていた。
 
だ! 何見てるのよカンナ!! 見ないでよ! もぉ!」
 
「いや、別に私も女だし気にしなくても……」

 カンナが無表情で言った。
 
「そうだけどさぁ! なんか恥ずかしいでしょ!?」
 
「分かったよ。早く登って」

 カンナは興味なさげに言った。
 詩歩はぷんぷん怒りながら狼煙台の梯子を登りきった。カンナも続いて到着した。
 狼煙台の上は広めの空間があり大きな箱が中央に備え付けられていた。周りには薪や干し草等が蓄えられている。
 
「その薪と干し草をこの中に入れるの」
 
 詩歩はそう言いながら四角い箱の下のところにくり抜かれている複数の穴に薪を入れ始めた。適当に入れているわけではなさそうで、しっかりと組むように入れていった。
 カンナも真似をしながら薪を入れ、そして干し草を入れた。
 
「あとはこの粉を入れるのよ」
 
 そう言うと詩歩は黄色い粉の入った袋をカンナに見せた。
 
「これは?」
 
「狼煙の色がこの色になるのよ。色は3種類あって黄色は『警戒』を意味していて学園側から数人編成の小隊が来てくれるの。青は『連絡』学園の伝令役、つまり舞冬まふゆさんがすぐに来てくれる。そして赤は『戦闘配備』大軍に村が襲われた時とかに使うと学園が師範達を含め可能な限りの戦力を送ってくれる。未だに赤は上げたことないけどね」
 
「なるほどね。じゃあ今は黄色を上げて学園から小隊を送ってもらうのね」
 
「そう。まぁ、これは結構な責任が掛かるから慎重に使う色は判断しないと師範に怒られちゃうから気を付けてね」
 
「うん、分かった」
 
「ただ今回の場合は酒匂さんも警戒しろって言ってたから黄色で間違いないと思うよ」

 詩歩は黄色い粉を薪に掛け、近くの棚に置いてあったマッチを手に取った。
 
「ねぇ、カンナ。後醍院ごだいいんさん、1人で行かせちゃったけど信用して大丈夫かな?」
 
 詩歩は不安そうに言った。
 
「後醍院さんは突然暴れたりするからびっくりするけど、任務を投げ出すようなことはしないと思うな。それに、初日から少しずつ変わってると思うし」
 
「そうかなぁ。あんまりあの人を信用しない方がいいと思うよ。信じられるのは結局自分だけなんだから……」
 
「本当に……そう思う?」
 
 詩歩が寂しそうに言ったのでカンナは問い掛けた。
 詩歩はカンナの目を見詰めていた。
 その時、狼煙台の柱に何かが突き立った。
 1本の矢だった。
 矢に紙が巻き付いていた。
 2人はすぐにその紙を矢からほどき開いた。
 
「3艘の舟、上陸。乗組員は3人のみ。青幻せいげんの手の者」

 そう書いてあった。
 
「この手紙、後醍院さんが書いてここに弓で射たの? 確か海岸に向かったんじゃ……この狼煙台は内陸よ? 結構距離あるのに」
 
 詩歩は戸惑っていた。
 カンナは詩歩の手からマッチを取りべてある薪や干し草に火を付けた。
 
「あ……」
 
 詩歩がカンナの迷いのない行動につい声を漏らした。
 
「他人を信じる信じないはその人の勝手だけど、今は後醍院さんを信じるしかないよ」
 
 詩歩は俯いた。
 
「私達の任務は村を守ること。そうでしょ?」

 カンナは刀を抱え俯いたままの詩歩に言った。
 
「うん、そうだね」
 
 詩歩は小さく答えた。
 
「行こう! 青幻の部下なら後醍院さん1人じゃやばいかも」
 
 カンナは狼煙台の梯子を降りていった。
 詩歩も刀を背に背負い、後に続いた。
 狼煙台の煙は空高く黄色い煙を立ち上らせていた。




 3人だけだった。
 茉里は弓を狼煙台に射ると3人の様子を静かに伺っていた。
 酒匂の率いる村の自警団30人は既に海岸で待機していた。
 3艘の小舟は酒匂の警告に怯むことなく真っ直ぐに海岸に舟を着けたのだ。
 
「青幻の手の者が、この村に何の用だ?」
 
 酒匂が腕を組みながら3人を睨み付けて言った。
 真ん中に立っていた男が口を開いた。
 
「青幻様の命令により、少しこの島を見学に来ました。争う気はありませんよ」
 
 3人の男は皆ガタイの良い見た目で武術をやるように見えた。
 
「自己紹介がまだでしたな。私は青幻様の斥候せっこう部隊の蜂須賀はちすかと申します。こちらの2人は蒲生がもう壬生みぶです」
 
 蜂須賀と名乗る男は律儀に挨拶をしてきた。本当に争う気はないようだ。
 
「青幻といえば、かつてこの島に来て榊樹月希さかきるいを殺し多綺響音たきことねの右腕を斬った奴だぞ? そんな奴の部下がよくもまぁぬけぬけと顔を出せたものだな。お前らの要求は一切飲まん! とっとと失せろ!!」
 
 酒匂は一喝した。
 しかし酒匂の一喝にもまったく3人は動じなかった。
 茉里は弓を持ったまま様子を伺っていた。
 
「あぁ、多綺響音か。数ヶ月前から大陸に現れ、青幻様の事を嗅ぎ回り出した女ですね」
 
「彼女を見たのか!?」

  蜂須賀の言葉に酒匂が1歩前に出て訊いた。
 
「えぇ、私は斥候部隊の者ですからね。何度か街を駆け回ったり聞き込みなどしてるのを見たことがありますよ。なかなかいい女ですね」

 蜂須賀がニヤついて言うと蒲生と壬生が声を出して笑った。
 
「安心してください。我々は彼女には手を出していませんよ。まぁ彼女が青幻様に辿り着くことはないと思いますがね。なんせ我々は既に国家の体裁を確立しつつあります。青幻様が皇帝を名乗ればもう青幻様の描いていた国家が誕生するわけです。1人のただの女が国家の頂点にあるお方に会うことなど有り得ません」
 
 蜂須賀は淡々と説明をしていた。
 酒匂の表情は今にも飛び掛ってしまうのではないかと思えるほど怒りに満ちていた。
 
「この野郎、たかが賊風情が、国家などとたわけた事を!! そんな輩を村に入れるわけがねぇだろぉが!!」
 
 酒匂は怒鳴り散らしていた。遂に腰の刀を抜き放った。続けて酒匂の部下達も槍を構えた。
 
「当然、我々には身を守る権利があります。青幻様にも仕掛けられたら殺していいと言われてます。それに、我々は青幻様の部下です。武術の腕はそれなりですよ?」
 
 蜂須賀はにこやかに言った。
 
小童こわっぱが! 纏めてぶち殺す! 所詮は賊だ! おい、後醍院! お前は下がってろ! たかが3人だ! 俺達で充分だ!」
 
「いいですけど、殺さずに捕まえて学園に連れて帰った方が良くありません? 尋問して情報を吐かせた方が得策かと……」
 
「出来たらな!! お前達掛かれ!!」
 
 酒匂が言うと自警団は3人に突っ込んで行った。
 すると蜂須賀の前に1人の男が出た。
 
「蜂須賀殿、ここは私にお任せを。充分です」
 
 蜂須賀の隣に立っていた壬生が剣を抜いて言った。
 
「雑魚の村人共、俺の剣は良く斬れるぜ」
 
 壬生は自警団の槍を剣で弾いた。
 その槍は弾かれたと思ったが先端が綺麗に切られていた。
 次々に自警団は槍を壬生目掛けて突き出す。
 無数の槍を全て剣で断ち切り攻撃を無力化していく。
 
「野郎!」

 団員は槍を捨て、刀に持ち替えてまた壬生に斬りかかった。
 しかしその刀さえも壬生の剣は断ち切ってしまった。
 そして恐れおののく団員達を次から次へとその剣で斬り裂いていく。
 阿鼻叫喚。
 茉里は無表情でそれを眺めていた。
 手を貸すか貸すまいか。
 少し迷っている間に30人もいた自警団は隊長の酒匂を含めてたったの3人になってしまった。
 
「ただの斥候がこの強さかよ」
 
 酒匂は息を飲んだ。
 
「酒匂隊長。わたくしも加勢しますよ」
 
 茉里はようやく口を開いた。
 
「こうなってしまっては頼まざるを得ないな……」
 
 酒匂は茉里を見て言った。
 
「何ですか? その女の子は? もしかして学園の生徒?」
 
 蜂須賀が言った。
 
「あくまでも、我々と戦うと言うのですか? まったく馬鹿な人達だ。ではこうしましょう。村に入れてくれないのならそのように青幻様に報告します。ですから我々はこのまま帰ります」
 
 蜂須賀が言うと酒匂は顔を真っ赤にしていた。
 
「俺の部下達をやられたというのにお前らを生かして帰すはずがねぇだろぉ!!」
 
「酒匂隊長!」
 
 茉里の呼び掛けに答えず、酒匂が我を忘れて剣を構える壬生に突っ込んで行った。残りの団員2人は我先にと壬生に斬りかかる。壬生は団員2人を刀ごと斬り捨てた。血を吹き出し倒れる。酒匂が刀を振り下ろす。上手く交わす壬生。回転しながら酒匂の右側面に周り剣を振る。
 突然、矢が壬生の剣に当たり軌道がズレた。
 間一髪酒匂は剣を躱し後ろに距離を取った。
 
「助かったぜ、後醍院」
 
 壬生は茉里の方を見た。
 
「そこから俺の剣に矢を当てただと? 一歩間違えたらこの男に矢が当たってたぞ」
 
「あら? 私は外しませんわよ? 次は貴方を射殺しますわ」
 
 茉里は笑顔で言った。
 
「うーむ、素晴らしい。なんという腕前。青幻様の国家に欲しい人間ですねぇ」
 
 蜂須賀は手を叩いて賞賛した。
 
「後醍院、この壬生という男は俺がやる。部下達の仇だ。他の2人は好きにしていい」
 
「分かりましたわ」
 
 壬生がにやりと笑った。
 
「いいんですかね? あの子に援護してもらった方が良くないですか? あんた見た目の割には大したことなさそうだし」
 
「うるせぇ! この村は俺が守る! 親父の村なんだ!」
 
 茉里は酒匂を見ていた。酒匂のその叫びは何故か心に響いた。
 
「よそ見をしていていいのかい? お嬢さん。おじさんと闘おうよ」
 
 蒲生と呼ばれた男がゆっくり近付いてきた。
 
「あら? あなたがわたくしと遊んでくださるの?」
 
 茉里は微笑んだ。
 
「それじゃあ、私は勝手に村を見て回ってます。壬生、蒲生。終わったら適当に合流しなさい」
 
 蜂須賀が歩きながら言うと、壬生と蒲生は同時に返事をした。
 
「くそっ! 待て貴様!」
 
 酒匂が村へ行こうとする蜂須賀に叫んだ。
 蜂須賀は無言で歩いて行く。
 
「ん?」
 
 蜂須賀は立ち止まった。
 村の方から馬が2頭駆けてくる。
 全員がその2頭の方を見た。
 
「祝さん! 離れて!」

 騎乗していた女が叫んだ。
 2頭は離れて駆けてくる。
 蜂須賀は何かを感じ咄嗟に構えた。
 真っ直ぐ、女の乗った馬は蜂須賀目掛けて駆けてくる。
 
「はぁぁぁ!!」
 
 女はすれ違いざまに馬から飛び降り蜂須賀に飛び掛った。
 交差。
 蜂須賀は女から放たれた蹴りを防いだが後方に吹き飛ばされ地面を転がった。
 
「蜂須賀殿!?」

 壬生と蒲生が驚いて叫んだ。
 もう1頭の馬に乗っていた女も近くに馬を止め下りた。
 
「やっと来ましたわね」
 
 茉里は微笑んだ。
 蜂須賀は服の汚れを叩きながら起き上がった。
 
「あなたは?」
 
「学園序列10位。澄川カンナ」
 
 茉里はカンナの凛とした姿に心を奪われた。 
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