序列学園

あくがりたる

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偽りの学園の章

第38話 カンナと茉里

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 カンナは宿に戻ると詩歩を部屋に残し、茉里まつりと共に宿の外へ出た。そして人目の少ない路地に入った。
 
「ここでいいかな」

 カンナが呟くと後ろから付いてきた茉里の方を見た。
 茉里は笑顔で目を輝かせていた。
 
「お話って、何ですの? 澄川すみかわさん」

 カンナは一呼吸置いた。そして、ゆっくりと口を開いた。
 
「率直に言いますね。ほうりさんに冷たく当たるのはやめてください」

 茉里の目の輝きが消えた。
 
「冷たく当たってなんかないですわよ? どうしてそのような事を言うんです?」
 
「祝さんのこと無視したり、侮辱したり、まだ任務始まってほんの少ししか経っていないのに酷すぎますよ」
 
 茉里は俯いた。
 
「だって、あの子いらない子なんですもん」

「え?」

 茉里の言葉にカンナは思わず聞き返した。
 
「村当番なんて、わたくしと澄川さんで十分ですわ。あんな下位序列の子、ただのお荷物。なのに澄川さんに馴れなれしいし……不愉快ですわ」
 
「祝さんは友達ですから」

 カンナははっきりと言った。
 その言葉を聞いた茉里の表情が変わった。
 
「は……? また友達? あなたは斉宮いつきさんにも友達と言われていましたよね?」
 
「つかさも友達です」
 
「友達が……そんなにいるなんておかしいですわ!!」
 
 茉里は頭を抱えて言った。
 
「どうしてですか?」
 
「友達なんて、簡単に出来るものじゃないのよ!!」

 カンナは眉間に皺しわを寄せた。
 
「わたくしは今まで21年間生きて来て友達なんて出来たことがないですわ。周りの方々は澄川さんのように『友達が出来た』とか『友達だから』などと口々に仰っていましたが、そんなことあるはずありませんわ! それは皆さんの幻想ですわ! 友達なんてもの、この世に存在するわけがないんですもの! わたくしに出来ないものがこの世に存在するはずないのよ!!」
 
後醍院ごだいいんさん……あなたに本当に友達はいなかったのでしょうか?」
 
「何ですって!? あぁ、まぁ可笑しいと思いますわよね? 世間では友達がいるのが当たり前なんでしょうからね? 友達が出来ない人の気持ちななんて分かりませんよね? そもそも、澄川さん、祝さんはあなたをあまり好きではないように見えますわよ? それでも友達なのかしら?」
 
 茉里は鋭い目付きでカンナを睨んでいた。
 カンナはゆっくりと息を吐いた。
 
「例え祝さんが私のことを嫌いでも、私は祝さんのことを一緒に苦難を乗り越えた『友達』だと思ってますから」

 茉里は少し黙ってからまた口を開いた。
 
「気に入らないわ。なんでそう思えるのよ。ねぇ? あんな子のどこがいいの? あんな子よりわたくしの方が優れているわ? そうでしょ!? さっきもわたくしの弓、褒めてくれたじゃない? ねぇ澄川さん!!あんな子じゃなくて、わたくしのことを『友達』と言ってよ!? わたくしは澄川さんのことが好きなの! わたくしはあなたと初めて会った時からあなたのことがとても好きになってしまったの! 澄川さん、わたくしはあなたの友達……?」

 カンナは茉里の突然の告白に驚いて言葉を失った。しかし、一度目を閉じて、またゆっくりと目を開けた。
 
「今のままでは友達にはなれません」

 カンナが気持ちを伝えると茉里は目を見開き、そして俯いた。
 刹那、茉里は突然カンナに飛び掛ってきた。両腕を咄嗟に掴まれた。カンナは茉里を投げ飛ばそうと思ったが手を出したらまずいと思い止まりそのまま茉里に押し倒された。
 
何故なぜ駄目なの!? 何故駄目なのよ!? あの子が良くて何故わたくしが駄目なのよ!!」
 
 茉里はカンナに馬乗りになり首を締めようとしてきた。カンナはその手を必死に抑えて抵抗する。
 
「後醍院さん、やめてください! 落ち着いて!!」
 
「あなたに断られたら私の気持ちはどうなるのよ!!? あぁ!! もうあなたを壊してしまうしかないわ!!!」

 茉里は叫びながら涙を流していた。
 
「わたくしは、初めて友達になって欲しいと思える方に巡り会ったのよ!! それなのに何故……!? 何故なのよ!!?」

 この子の闇は深い。カンナは茉里の目からこぼれ落ちる涙を顔に受け遂に決意を固めた。
 
 襲い掛かる茉里の両腕を一瞬手放し直ぐに手刀で払い身体に隙を作った。そして────

篝気功掌かがりきこうしょう心鼓動穴しんこどうけつ
 
「うぁっ!!」
 
 茉里の左胸に優しく掌打を入れる。その掌打には打撃の威力など全くない。しかし茉里は突然動きを止めて大人しくなった。

 カンナはゆっくりと起き上がり片膝を付き、虚ろな目で脱力した茉里の両肩を掴んだ。
 
「大丈夫ですよ。時間を掛けて少しずつ仲良くなりましょうね。後醍院さん」

 カンナが言葉を掛けると、茉里は目を閉じ意識を失いカンナの胸に倒れた。




 カンナが茉里を抱えて戻って来た。
 抱えられた茉里は眠っているようだが、顔には涙を流した跡があった。どうしたというのだろうか。
 
「おかえり、カンナ。後醍院さん、どうしたの?」

 詩歩は極力カンナに話し掛けるようにした。と言ってもまだそこまで深い会話は出来なかった。
 カンナは茉里を畳の上に下ろし横にした。

「うーん、ちょっとね、また暴れちゃって」
 
「私の所為せい?」
 
「違うよ、誰の所為でもない。後醍院さん自身の闘いってところなのかな?」

 カンナは寂しそうな目をしていた。
 その時、詩歩は初めてカンナの顔を良く見た。とても綺麗な顔をしていた。こんな顔をしていたんだ。今まで顔を見るのも嫌だったから極力避けてきたのだ。詩歩はこの学園で一番美人なのはリリアだと思っていたが、目の前のこの人もとても美人だと思った。しかし、その瞳の奥には自分と同じ深い悲しみがあるように思えた。
 
「後醍院さん眠ってるの?」
 
「うん。『氣』を使って眠らせたのよ」

 詩歩はカンナの顔をチラチラと見た。まだ少し慣れなくて恥ずかしかった。
 
「カンナ……あのね。私……」

 カンナが驚いたような顔で詩歩を見た。
 
「や、やっぱり何でもない」
 
 詩歩はカンナの瞳に見詰められると思っていたことを口に出せなくなり言葉を飲み込んでしまった。
 
「ふふ、どうしたの? 私には気を遣わないでいいからね? 祝さん」

 カンナは笑顔を見せてくれた。詩歩は小さく頷いた。
 恥ずかしい。何故こんな気持ちになるのだろうか。
 カンナは横になっている茉里の左胸にそっと手を置いた。
 すると茉里がビクッと身体を震わせて目を開いた。
 これが『氣』というものの力なのだろうか。
 茉里はゆっくり上体を起こした。
 
「落ち着いた? 後醍院さん」

 カンナが優しく問いかける。
 
「澄川さん……わたくし……あれ?」
 
 茉里は混乱している様子だった。
 
「あ……」
 
 茉里は何か思い出したかのように声を出した。
 
「後醍院さん、さっきの事は私は忘れます。私は、あなたと仲良くなりたいと思ってます。この村当番という任務が終わる1ヶ月後にはお互いのことを『友達』だと思えるような関係になれるよう頑張りましょう!」
 
「本当……? 私のこと友達って言ってくれる?」
 
「ええ。お互いにその気持ちがあれば! それから1つだけ、覚えておいて欲しいことがあります。後醍院さん、友達の友達は『友達』ですからね? それだけは忘れないでください」

 カンナは茉里を諭すように言った。
 茉里は今までとはまるで別人かのように弱々しかった。
 茉里がこちらに顔を向けた。
 思わず詩歩は身構えた。
 
「……善処しますわ」
 
 茉里は詩歩を見るとすぐに俯いた。
 それきり茉里はぼーっとして両脚を抱えてうずくまってしまった。
 今朝暴れていた面影はまるでなかった。




 しばらくして、あらかじめ決めていた順番通りに1人ずつ睡眠をとった。
 24時間体制で出動出来るように最低でも誰か1人は起きていなくてはならないのだ。今回は3人いるので1人が眠り、後の2人が起きているということにした。
 最初は詩歩が眠った。
 カンナと昼間話してから人が変わったように大人しくなった茉里はほとんど何も喋らなくなった。
 
「後醍院さん。そんなに暗い顔しないでくださいよ。あ、そうだ。美濃口みのぐちさんていつもクールでかっこいいですけど、いつもあんな感じなんですか?」
 
 詩歩は2人のことが気になってなかなか寝付けなかったのでカンナの茉里への質問に聞き耳を立てた。
 
鏡子きょうこさんは規則に厳格な方ですわ。自分にはより厳しく、自制心を完全に制御出来る心の持ち主なんです。弓の腕はわたくしなど比べ物にならないくらい正確で、技術の高さ以外にも弓道を愛するという気持ちも伝わって来るんですの。わたくしはそんな鏡子さんを心の底から尊敬していますわ」

 茉里は静かに話した。
 鏡子の話をしている茉里の声は今までの鬱々とした感じではなく、少し楽しそうな感じだった。
 自分もリリアの事を話す時はそんな感じなのだろうか。詩歩は目を瞑りながらそう考えた。
 カンナは続けて聞いた。
 
「後醍院さんはいつも美濃口さんと一緒にいるんですか?」
 
「そうですわね。いつも一緒にいますわ。わたくしが学園の中で一番一緒にいる時間が長いと思いますし」
 
 茉里は鏡子と一緒にいる事が凄く嬉しく、誇らしいのだろう。自慢げに話していた。
 この会話だけ聞くと、まったく凶暴な女という感じはしなかった。
 やはりカンナと話してから何かが変わったと思う。カンナは茉里と仲良くなりたいと言っていた。本気だろうか。今は大人しいがまたいつ豹変するか分からない危険な女なのだ。詩歩は元々人を信じられない性格だが、時間を掛けても茉里とだけは分かり合える気がしなかった。万が一茉里が危険に晒されていても絶対に助けることは無い。そう確信していた。
 とにかく、茉里とは関わりたくもない。顔も見たくないと思った。

 詩歩もリリアと話をしてから少し気持ちに変化が現れているのを感じていた。
 カンナとの関係。
 カンナが詩歩にしてくれたことを思い出してみた。
 自分の地位や命を危険に晒しながら詩歩、リリア、あかりを助けるために影清かげきよと闘ってくれた。あの時は素直に嬉しかった。感謝もした。そうなのだ。カンナは凄く優しい人間なのだ。
 それなのに自分は何故カンナを憎んでしまうのか。カンナと仲良くなることは自分自身の過去との決着を付けること。
 詩歩はようやくそう考えることが出来るようになっていた。

 そういえばカンナは茉里と仲良くなりたいとは言っていたが、自分と仲良くなりたいとは言わなかった。
 私とは仲良くなりたいと思っていないという事か……。

 詩歩はそんなことを考えながらいつの間にか眠りに落ちていた。 
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