序列学園

あくがりたる

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学園戦争の章《結》

第130話~四点滅封~

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 老齢とは思えない割天風かつてんぷうの筋骨隆々の身体が解き放たれた時、今まで以上の凄まじい氣をカンナは感じた。
 それは最早、感覚で感じるものではなく、まさに圧力のような物理的なものだった。鏡子きょうこの乗っていた馬がその氣に耐えきれなくなったのか暴れ出し、主である鏡子を振り落として森の方へと駆けて行ってしまった。
 カンナを助けに来てくれた斑鳩やつかさもその氣に気圧され下手に動けず硬直しているようだった。
 カンナなんかとは比べ物にならない程の氣の量。それは、神髪瞬花かみがみしゅんかと同じかそれ以上のように感じた。
 今まで出会ったどの武人達よりも強く恐ろしい存在である事は間違いない。それこそ、解寧かいねい青幻せいげんよりも圧倒的に強い。まさに、化け物である。

「あなたがその力を平和と正義の為に使えば必ずこの世界を変えられます。どうしてこんな事になってしまうんですか!  まだ間に合いますよ!  あなたが心から悔い改めれば」

 カンナは割天風に言った。

「カンナよ。世の中にはお前のような者ばかりではないのだ。世の中には善人がいて悪人がいる。奇しくもその二種類の人間がバランスを保っておる。儂もお主も世界の歯車の一つに過ぎず、一度狂った歯車は元には戻せぬ。じゃがバランスの崩れた世界を元に戻す方法が一つだけある。狂った歯車を消し去り、新たな歯車を使うのだ」

「私達を消して、新たな戦力を集めるんですか?  その人達も私達と同じになりませんか?  割天風先生は戦争がしたいだけなら、学園ではなく、軍隊を作れば良かったんです!  どうして学園を作ったんですか!?」

 カンナの質問に割天風は答えなかった。

「カンナ、もう無駄よ。総帥を倒す以外に道はないよ」

 つかさは豪天棒ごうてんぼうを構えたまま割天風を睨み付けていた。

澄川すみかわ、行くぞ!」

 斑鳩いかるがが先に強大な氣を掻い潜り割天風に走った。
 カンナも斑鳩に続き走った。割天風は両手で玄武皇風げんぶこうふうを構え、初めに突っ込んだ斑鳩に刀を振った。斑鳩はすんでのところで避けたが髪の毛と頬が僅かに斬られた。斑鳩は気にせず割天風の頭へ蹴りを放った。 しかし、屈んで躱された。カンナは割天風が屈んだ瞬間に背後から肩口を手刀で襲った。だが、割天風はカンナの動きを見ずに左手で手刀を押さえると、玄武皇風をカンナ目掛けて突き出した。すぐさま斑鳩がまた割天風の背後から回し蹴りを仕掛けたのでカンナへ伸びた切っ先は斑鳩に向けられ、カンナは片手で投げ飛ばされた。
 カンナが上手く着地し、斑鳩と割天風を見ると、刀相手に斑鳩が見事な体捌きで応戦していた。
 闘玉とうぎょくを使わないところを見ると、先程のカンナを助けた時の闘玉で全て使い切ったのだろう。
 斑鳩が体術のみで闘っているところは授業以外では初めて見た。とても、勇ましく、かっこいいと思った。しかし、斑鳩はギリギリという感じがするが、対する割天風は余裕がある。

 大好きな斑鳩を失いたくない。そう思ったが、何度カンナが挑んでも擦り傷一つ与えられない。今カンナが使える大技は先程の”地龍旋舞踊ちりゅうせんぶよう”のみ。それさえも氣を解放していなかった状態の割天風にダメージを与えること無く打ち払われてしまった。もう一度、斑鳩が気を引いている今”地龍旋舞踊”をやってもいいが、カンナの氣の絶対量が増えているわけではないため、そう何度も大技を連発する事は出来ない。
 あと1回。それがきっと限界である。もし、あと1回の”地龍旋舞踊”で倒せなければカンナが死ぬことになる。だが、果たしてその技で倒せるのか?
 奥義や秘奥義なら割天風を倒せるかもしれない。しかし、奥義の”反芻涅槃掌はんすうねはんしょう”は膨大な氣が必要。秘奥義の”無常掌むじょうしょう”は”反芻涅槃掌”程氣は使わないが、信じられないくらい緻密な氣のコントロールを一瞬で行なう必要がある。
 駆動穴くどうけつが解放された今のカンナであってもどちらも出来なかった。
 割天風の氣が強大過ぎる。カンナは思考を巡らせた。割天風を倒さなければならない。その為に最も可能性の高い技……
 その時、斑鳩の腹に割天風の左の拳が炸裂し派手に吹き飛ばされた。

「斑鳩さん!?」

 カンナは叫んだが、斑鳩は地面を弾むように転がりうつ伏せで倒れた。返事はなかった。

「カンナ。1つ問おう。お主の最終目的は何じゃ?」

 突然の質問にカンナは戸惑った。

「え……、それは、この学園でみんなと楽しく暮らしながら、ゆくゆくは篝気功掌かがりきこうしょうを世界に広める事です」

「その先に何がある?」

「え……?」

「この学園はただの学園ではない。孤児を集め武術を教え、その者の自立を支援する目的があった。万が一、儂がいなくなった後も、お主らの手で学園が運営されるならば、その目的に沿って運営されるものと考えておるが……お主は単なる憩いの場としてここにぬくぬくと居座り歳を重ね世界の崩壊を見届けるのか?」

 割天風の言葉はあまりに重かった。

「わ、私は、行く場所がないから、だからこの学園に来たんです。最終目的は父の遺志を継ぎ篝気功掌を世界に広める事」

「カンナよ、お主の心の奥底に眠らせている本当の想いはもっと別のものであろう。儂の目は節穴ではないぞ?  故にお主をこの学園に連れて来たと言っても過言ではない」

 割天風の言葉が何故かカンナの心を大きく揺さぶった。この男には自分の心の中まで見えているのか。その感覚は、畦地あぜちまりかの神眼しんがんで見られた時と同じ感覚だった。

「総帥!  カンナを惑わせるような事言って!  卑怯ですよ!」

 つかさが割天風に物申していた。
 しかし、何故かつかさを裏切っている感覚に陥っていた。嘘ではない。カンナの目的、それは篝気功掌を広める事。けれど、何故か心に引っかかるものがあった。

「カンナ。篝気功掌の氣のコントロールの修行でその想いは封印したのだろうな。ならば儂が教えてやろう」

 カンナは割天風の発する言葉が予想出来た。今は言葉としては聴きたくなかった。
 しかし、無情にも割天風はゆっくりと口を開いた。

「お主の封印した本当の目的、それは我羅道邪がらどうじゃを殺し両親の仇を取ること」

 カンナは俯いた。力が抜けてしまった。割天風の言う通りである。カンナは我羅道邪を殺したい程憎んでいた。だが、父に止められていた。人を憎むなと。その最期の言葉を聞き、カンナは両親の仇を取ることではなく、父の悲願である篝気功掌を広める事をやるべき事として今まで生きてきた。篝気功掌の氣のコントロールの修行では憎しみを捨てなければならない。我羅道邪への憎しみは深い。捨てる事は出来なかった。だから修行によりその感情を封印したのだ。
 カンナは身体が震えるのを感じた。蘇る”憎しみ”という感情。
 割天風は静かにカンナを見ていた。

「負けるな!  カンナ!」

 背後からつかさの声が聴こえ、カンナは顔を上げた。
 背後から暖かい温もりに包まれた。つかさの腕がカンナを抱き締めてくれていた。

「大丈夫だよ、カンナ。私が付いてる。ううん、みんなが付いてる。今はこの学園のみんながカンナの味方なんだよ。カンナが今までどんな辛い想いを心に秘めてきたかは知らない。でもね、そんな事ちっとも感じさせず笑顔で頑張って来たこと、もうみんな知ってるよ。総帥の言葉に負けるようなカンナじゃないでしょ?」

 カンナはつかさの言葉にこれまでの学園生活の出来事が脳裏に蘇ってきた。初めての任務であるつかさとの熊退治。響音ことねとの序列仕合。リリア、あかり詩歩しほそして、舞冬まふゆと共に闘った影清かげきよとの制裁仕合。茉里まつりと詩歩と共に派遣された村当番。水音みお光希みつきとの喧嘩。青龍山脈せいりゅうさんみゃくへの光希奪還・解寧討伐任務。まりかとの闘い。そして、学園全面戦争。カンナが孤独の中ここまで来れたのは自分の力ではない。全てつかさを初めとした大切な仲間達がいたからだ。
 カンナの目からは一筋の涙が零れていた。

「つかさ、ありがとう。本当にありがとう!」

 その時、突然倒れていた斑鳩が起き上がり割天風に何かを投げるのが見えた。
 闘玉。まだ持っていたようだ。
 割天風は即座に玄武皇風を振り、斑鳩が投げた1発の闘玉を真っ二つに斬った。

「まだやるか、しぶとい男よのお」

 割天風が振り向きざまに斑鳩に刀を向けた時、その懐に、いつの間にか潜り込んでいた鏡子が弓を構えつるを引き絞っていた。

「この距離なら貫けるかしら?」

 鏡子は弓の長所である遠距離攻撃の利を捨てた至近距離で矢を割天風の胸目掛けて放った。その矢はくうを切り一瞬だけ轟音を立てたかと思うとすぐに割天風の胸に突き刺さった。
 誰もが勝利を確信した。
 しかし、矢が身体に4本も突き立っている老人は倒れるどころか顔色一つ変えずにすぐ目の前に片膝を付いて弓を構えていた鏡子を弓ごと玄武皇風で叩き斬った。
 正面から斬られた鏡子は身体から血を吹き出し後ろに倒れた。

美濃口みのぐちさん!!?」

 カンナの声に鏡子は反応せず血を流したまま倒れていた。
 カンナはつかさと共に倒れた鏡子に駆け寄り、傷の具合を見た。

「大変!  すぐに止血しなきゃ」

 つかさは鏡子の着物の袖を破り胸の傷に当てた。あてがった布はどんどん赤く滲んでいた。

「カンナ……」

 鏡子は微かな声でカンナを呼んだ。

「何でしょう!?  美濃口さん!」

「”四点滅封してんめっぷう”。これは御堂筋弓術みどうすじきゅうじゅつの奥義。背中にある”起・承・転”の3つのツボと胸にある”結”の合計4つのツボを突く事で体内に留めている氣を徐々に体外へ放出させてしまう気功師殺しの技よ。あなたには分かるはず。今の総帥は空気の抜けていく風船。総帥に勝つには今、あなたの全力をぶつけるしかない」

 カンナは割天風を見た。確かに割天風の矢の刺さっている箇所から氣が少しずつ漏れ出しているのを感じる。流石に割天風も異変に気が付いたようで胸の矢と背中の矢の位置を確認し始めた。

 今しかない。

「カンナ、あなたに私の残りの氣を全部あげるわ。必ず勝つのよ。大丈夫。あなたなら出来るわ」

 そう言うと鏡子はカンナの左胸に掌を置いた。優しく温かい氣が胸の鼓動穴こどうけつを通じてカンナの中に入って来た。
 これが、学園序列2位の氣。物凄い力だ。

「ならカンナ!  大した力にはならないかもしれないけど、私の氣も受け取って」

 そう言うとつかさは鏡子の手に自分の手を重ねた。つかさの氣は鏡子の手を伝わりカンナの中に満ち溢れた。

「2人とも、ありがとう。必ず勝つよ。私、体術では絶対に負けないから!」

 鏡子はカンナの言葉に頷くと目を閉じて傷口を押さえているつかさの膝枕で眠るように動かなくなった。
 カンナはゆっくりと立ち上がり割天風の方を見た。
 割天風は身体中に刺さっていた矢を全て抜き、捨て去っていた。矢傷からはほとんど出血がない。
 割天風の後ろの方にはふらふらとしながら起き上がろうとしている斑鳩の姿があった。良かった。斑鳩はまだ生きている。

「ふん。小細工をしおって。四点滅封とは考えたのお。じゃが、儂の氣の量がお主の氣の量を下回るまで、お主はそこに立っていられるか。見たところ、鏡子とつかさの氣をもらった様じゃが、それでも到底儂の氣の量には遠く及ばん。すぐに斬り捨ててくれるわ」

 割天風がまた玄武皇風を構えた。
 カンナも深呼吸して構えた。
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