序列学園

あくがりたる

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学園戦争の章《結》

第124話~マリアとアリア~

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 泣きじゃくるアリアを血塗れで横たわるマリアと共に負傷者達の所へ連れて行った。魅咲みさきの遺体は蔦浜つたはまが運んで近くに寝かせてくれた。
 魅咲が死んだ事は蒼衣あおい叶羽とわは知っていたようだ。きっと目の前で殺されたのだろう。魅咲が死んだ事で泣いているのは茉里まつりだけだった。千里せんりは涙を見せない強い子なので悲しいだろうがただ俯いているだけだ。
 アリアが泣いているのは姉のマリアが今にも死にそうなくらいの重症だからだ。腹部に刀が深く刺さったままで、その部分の服を真っ赤に染めていた。

後醍院ごだいいんさん、ごめんなさい……僕、魅咲ちゃんを助けられなかったです。敵が魅咲ちゃんに斬り掛かろうとしたから矢を射たんですが……矢が心臓に当たったはずなのに……死ななくて……」

 マリアはその時の様子を思い出しながら嗚咽を漏らした。悔しかっただろう。守れたはずの命が得体の知れない連中に簡単に奪われてしまった恐怖。茉里の目からは涙が止めどなく溢れていた。
 マリアは突然、口から血を吐いた。

「もう喋らないでください」

 茉里はマリアの手を握った。御影みかげが来ればあるいは助かるかもしれない。しかし、御影を呼びに行った奈南ななみはまだ戻らない。

「僕はもう助かりません。後醍院さん、一つだけお願いを聞いてもらえますか?」

 アリアは喚き散らしマリアにしがみついている。

「お願いなら聞きますけど、助からないなんて諦めては駄目です。マリアさん」

 茉里は言いながら涙を拭った。
 マリアは笑顔を見せた。震える腕を必死に伸ばし、泣いているアリアの頭を撫でた。

「アリアは僕の言う事しか聞きません。僕がいなくなったらどうなってしまうのか、それが心配で……。だからさっきアリアには後醍院さんを僕だと思って慕いなさいと言いました。面倒な役押し付けてしまって申し訳ないのですが、僕の最初で最期のお願いです。聞いてくれますか?」

 茉里が口を開こうとした時、泣いていたアリアが突然茉里の方を見て睨んだ。

「ヤダ!  ヤダ!  そんなのヤダって言ったじゃん!!  私のお姉ちゃんはお姉ちゃんだけ!  死んじゃヤダ!  死ぬなら私も死ぬ!  私後醍院さんは大っ嫌いなの!!  なんでこんな奴……!!」

 アリアは子供のように手足をバタバタさせて駄々をこねた。しかし、マリアは優しく言った。

「僕はアリアにまだあの世で逢いたくないよ?  僕は強くて可愛いアリアが、いつか誰かのお嫁さんになって、幸せそうに笑う顔を見たいんだよ。それはあの世では出来ない事。僕はその日が来るのを楽しみにしているんだ。ずっと見守ってるよ。アリアの事」

 アリアは俯いてマリアの話を聞きながら何度も頷いていた。

「後醍院さんは、アリアと似ていたんだ。自分の感情を抑えきれず、爆発させ、時に他人に危害を加えてしまう……あ、後醍院さん、気を悪くしないでくださいね」

 茉里は黙って頷いた。自分でも自覚のある事だった。

「でもね、最近の後醍院さんは変わった。とても優しく穏やかになりつつあると思う。まだ、完璧じゃないけど、変わろうとする努力は僕にも伝わっていたよ?  だからね、後醍院さん」

 マリアは今にも力尽きそうにゆっくりと息を吸った。
 茉里もアリアもマリアの次の言葉をを静かに待った。

「アリアをあなたみたいに変えてあげてください。アリアの悪い所は遠慮なく直してやってください。僕はこれを後醍院さんにお願いしたい」

「畏まりました。マリアさん」

 マリアは微笑みながらアリアを見た。

「いい?  アリア。約束して。後醍院さんの言う事を聞く事。幸せになる事」

「分かったよぉぉ!!  約束する!  約束するから死なないでよぉ!  嫌だよお姉ちゃん!  お姉ちゃん!」

 アリアは更に大きな声で泣きマリアの胸に顔を埋めた。

「良かった……これで安心して……」

 マリアの言葉は途中で途切れた。薄らと開いていた目からは光がなくなったのが分かった。

「マリアさん!?」

「お姉ちゃん!?」

 茉里もアリアもマリアの死を感じた。

「辛い……辛いよぉ……」

 アリアは泣きながら呟いた。
 アリアの苦しみや悲しみはすぐには断ち切れないだろう。茉里も両親を失っている。その時の悲しみは正直今も克服してはいない。
 だが、アリアの悲しみはマリアに依存していた分大きいものだろう。そこまでは茉里にも理解してやれないかもしれない。それでも、もうアリアを他人として放って置くわけにはいかない。マリアと約束したのだ。自分が変わったようにアリアも変えてあげないといけない。そう考えた時、自分を替えてくれたカンナの事が一番に思い出された。
 茉里はマリアの半開きの目を閉じてやった。仲間の瞼を閉じるのは今日はこれで2度目だ。
 そして、ようやく、奈南は御影と共に到着した。




 重黒木じゅうくろき常陸ひたちは睨み合った。
 常陸が先に仕掛けた。その動きは重黒木から見ても明らかに人間離れしていた。重黒木が知っているかつてこの学園の生徒だった時の常陸とは比べものにならない。
 しかし、重黒木はその常陸の動きを読み切った。重黒木の背後に回り回転蹴りを何度も放ってきたがそれら全てを躱し同じく回転蹴りを放った。常陸も蹴りを躱しつつまた蹴りで応戦してきた。蹴りと蹴りが交差し、そこから鋭い蹴り合いが始まった。
 先に乱れたのは常陸だった。
 常陸は片膝を付いた。すかさず重黒木が顔面に蹴りを見舞った。手応えはあったが衝撃を後ろに跳んで殺された。普通なら今ので倒していた。しかし、常陸は鼻と口から血を流しただけで何事も無かったかのように立ち上がった。

「重黒木師範、流石ですね。常人なら死んでいました」

「ほう、お前は常人ではないというのか?」

「ええ。僕は常人と同じ鍛え方はしていません……が、体術ではあなたの方が断然上。ならば戦い方を変えてあなたを殺す」

 常陸は腰に下げていた”流星槌りゅうせいつい”という鎖の両端に鉄槌が付いた武器を手に持ち鉄槌部分をぶんぶんと振り回した。
 鉄槌が真っ直ぐに重黒木へ飛んできた。重黒木は側転してそれを躱し、がら空きの常陸の懐に突進した。だが、常陸は流星槌のもう一方の鉄槌を瞬時に放った。同時に伸び切っていた鉄槌が戻ってきた。鉄槌による挟み撃ち。重黒木は放たれた鉄槌を躱し、戻って来る鉄槌を蹴り落とした。

「これで終わりです」

 常陸はすでに重黒木の背後におり刀を振り下ろしていた。

「愚か者め」

 重黒木は常陸の刀を持つ手を振り向きもせずに左手で止め、振り返る瞬間に常陸の右頬へ肘を入れた。
 常陸が後方へ吹き飛ぶ瞬間に重黒木は常陸を追い掛け思い切り振りかぶった。

大山鳴動拳たいざんめいどうけん業破ごうは

 重黒木の拳が常陸の腹に叩き込まれ常陸は防御も出来ず物凄い勢いで吹き飛んでいった。
 重黒木はゆっくりと息を吐いた。

久壽居くすいでさえ、俺には体術で勝てないのだ。貴様如きが勝てるはずなかろう」

 重黒木が生徒達の方を見た。
 すでに黒ずくめの男達は1人残らず駆逐されており、犠牲になったであろう生徒達を並べて寝かせていた。
 そのずっと奥には何騎かの槍特生達が槍特師範の東鬼を囲み争っているのが見えた。
 そして、別の少し離れた場所では青い髪のリリアが、馬術師範の南雲師範と大甕師範の2人を相手に闘っているようだ。
 さらにその奥には2人の人影が薄っすらと見えるが、この距離からでは誰かはわからない。
 重黒木が生徒達の元へ歩き出した時、背後に気配を感じた。

「まだだ!  重黒木師範!」

 常陸が口から血を流しながら走って来た。最後の足掻きか。
 重黒木は構えた。
 常陸がこちらに走って来る。重黒木も走った。
 常陸が跳んだので重黒木も跳んだ。
 二人の脚が交差した。
 お互い入れ替わって着地した。
 重黒木が膝を突いた。口から血が滴った。
 すると、後方で倒れる音がした。
 重黒木は立ち上がり、倒れた常陸を確認した。
 死んでいた。
 首の骨を蹴りで折ったのだから当然である。
 重黒木は脇腹を抑えて座り込んだ。肋骨が数本折れていた。

「俺の大山鳴動拳を食らっても生きていられるとはな。学園に残っていれば、お前は俺より強くなっていたかもしれない」

 重黒木は死んだ常陸に声を掛けると、その場に倒れ込んだ。
 空が青い。生徒達のすすり泣く声が聴こえる。
 誰かが駆け寄ってきた。しかし、重黒木にはそれが誰だか分らなかった。 
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