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学園戦争の章《転》
第120話~栄枝と御影~
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戦いが始まってしまった。
栄枝は馬に乗って師範達と生徒達の戦闘をただ見ていた。
こちらの戦力が師範と影清だけなら生徒達も勝機はあっただろう。しかし、常陸が率いてきた鵜籠の別働隊の乱入により勝機はなくなった。
どう見ても後方からの襲撃に対応出来ていない。この学園の生徒達は個々の戦闘能力やクラス毎の連携などは日頃から鍛えているので一定の状況下ならほとんど負ける事はない。しかし、全クラス合同の連携はやった事がないはずだ。常陸率いる暗殺部隊をそんな付け焼き刃の部隊で迎え撃つなど不可能だ。
栄枝は部下の医療担当者達が茜リリアと戦い始めたのを見ても動かなかった。
ふと、後ろに気配を感じた。
栄枝が振り向くとそこにはたった1人でいつの間にかやってきたかつての部下の御影臨実がいた。
御影は単騎で生徒達の戦闘に巻き込まれないように弓特寮から迂回して校舎までやって来た。その目的は勿論、栄枝を説得する為だ。
栄枝は馬に乗ってはいるが、戦闘に加わるつもりはなさそうだった。腰には刀が下げられていたが、いつも通りの白衣を着ていた。その白衣姿は御影の知るいつもの栄枝だった。
「この学園から去れと、言ったはずだが」
栄枝はすぐに御影の気配に気付き口を開いた。
「ご忠告ありがとうございました。栄枝先生なら私がここから出て行かないことは分かっていたでしょう?」
御影は笑顔で答えた。
「まったく、死んでもいいのか? 生徒達と共に、反逆者と言われて」
栄枝は溜息をついた。
「あなたは私の恩人です。街で路頭に迷っているところにあなたは手を差し伸べてくれた。そして、この学園に連れて来てくれた」
「何が言いたい?」
「あなたは優しい人です。そして、医者です。人を助けても殺す事は出来ない。お願いです、栄枝先生。こちら側に来てください」
御影は言い終わると栄枝の目を見て答えを待った。
僅かの沈黙を経て、栄枝はまた口を開いた。
「私は何人もの命を奪ってきた。医者と言えど万人を救う事は出来ないからな。御影、今更お前が私を説得出来ると思うな。私はここに来た時からずっと総帥の野望を実現させようと尽力してきた。命がある限り、私はお前の敵だ。去れ。さもなければ私がお前を殺さなければならなくなる」
栄枝は静かにそう告げた。
御影は一度視線を下ろし、また栄枝を見た。
「あなたは私を殺しません。もし殺すなら、あの時の対峙で私にこっそりと逃げろなんて言わない」
「それは1度だけチャンスを与えたに過ぎない。確かに、私はお前を殺したくはない。しかし、総帥の野望の為には心を鬼にするつもりだ」
栄枝は御影を睨み付けた。その眼は覚悟を決めた眼だった。
「では、私はあなたを全力で止めるのみ」
御影は太ももに装着したホルダーからナイフを抜き顔の前で構えた。
「来い、御影」
栄枝は腰に佩いていた刀を抜いた。
御影と栄枝の視線が交差する。
同時に馬を駆けさせた。
御影のナイフと栄枝の刀がぶつかった。その瞬間、御影は馬上で飛び上がり栄枝の肩に手を付き栄枝の背後に飛び乗った。そして栄枝の首元にナイフを伸ばした。
だが、栄枝はそのナイフの間に刀を入れ防ぎ、左腕の肘を背後の御影の頬に打ち込んだ。
御影は栄枝の肘をもろに受けバランスを崩し栄枝の馬から滑り落ちかけたが、手網を握りしがみついた。その衝撃で栄枝の馬も驚き重心を横に奪われそのまま倒れた。
御影はとっさに馬から離れるように横に跳んだ。栄枝も馬が倒れると同時に跳んでいた。
「やるな、御影」
「栄枝先生こそ、さすがです」
2人は睨み合った。栄枝は息を切らしていた。さすがに武人と同様に日々鍛錬しているわけではないし、何より栄枝は60を超える歳だ。いくら男と言えどこちらの方に多少勝機があると思った。
その時だった。突然視界に入ったものはとても許容出来るものではなかった。いつの間にか栄枝の背後に凶悪な形状の禅杖を持った老人が凄まじい威圧感を放ち立っていたのだ。
その殺気に気付き栄枝は振り向いた。
「総帥……!」
割天風は具足を着けていた。それは、今回戦闘を行うという事を意味していた。
割天風は栄枝と御影を見た。
「栄枝よ。裏切り者は殺せ。そ奴を生かしておけばいずれ害になる。見ろ。御影はもう思うように身体が動かせんじゃろ」
割天風の言葉に御影は焦りを覚えた。
割天風の登場で御影の身体は強張り小刻みに震えていたのだ。その老人からは確実な”死の恐怖”しか感じられないのだ。
栄枝は割天風を見ずに頷き返事をした。
「栄枝先生……」
栄枝は無表情で刀を持ったまま御影に近付いてきた。御影は震える身体に鞭打ってなんとかナイフを構えた。
「覚悟」
栄枝は震えながらナイフを構えた御影に刀を向けた。
割天風が栄枝の背後から鋭い眼光で見守っている。
しかし、栄枝の刀は動かなかった。その刀は御影と同じく僅かに震えていた。
「栄枝、情は無用じゃぞ。お主が出来ぬのなら儂がお主ごと叩き斬るのみ。せめてお主の手で殺してやれ」
栄枝の額からは汗が流れ落ちていた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
御影は医者として天才的な腕を持っていた。
まだ若いのに元々の専門分野の美容整形でありながら、数々の外科的な手術をもこなし、医学界ではかなり話題の医者だった。
しかし、御影は目立ち過ぎた。
それは、天才過ぎるが故の悲劇と言っても過言ではない。
御影は大きな大学病院に研修生として勤務していた時、教授の助手として難しい手術に臨んだ。その時教授は長時間の格闘の末なんとか手術を成功させた。御影はその教授の手術を助手をしながらずっと見ていたので自分なりの考えを盛り込み、さらに患者の負担を減らし、かつ安全に手術をする方法を論文として発表した。
その論文は医師会で賞賛され一躍時の人となる予定だった。
だが、御影の論文を読んだ医師会の男の1人が御影の論文を自分の弟子が書いたものと偽り医師会に発表したのだ。普通ならそんな不正は通用しないはずだが、医師会には御影の才能を妬む者が多く、組織的に改竄され、むしろ御影が盗用したと言われ始めた。
御影は1人で抗議したが誰も庇ってくれる者はおらず、大学病院からは追い出されてしまった。御影の論文を盗用した男の弟子は医学界で最高の賞を受賞し、その師である男本人も世間からは賞賛された。
御影は医師免許だけは残ったがどこの病院も雇ってはくれず”嘘つき”、”泥棒”などと呼ばれ路頭に迷う事になってしまった。
世間では争いが絶えない。怪我人も毎日大勢出る。医者が足りない。開業するにも資金がない。そんな世界で自分の医療技術を使う場所がない。御影は理不尽な世の中に怒りを覚えていた。
栄枝という1人の医師が現れたのはそんな時だった。
栄枝は当時無名の外科医だったが、その実力は本物で数々の難しい手術を成功させていた。それなのに名が売れていない理由は御影と似たようなものだった。腕が良すぎるが故に、地位や名声が欲しい俗物共が謀略を用いて迫害してくるのだ。
「御影臨実だな。探したぞ」
「あなたの噂も聞き及んでおります。栄枝先生。高名な先生が、私を探していたと?」
「そうだ。お前の手を借りたい。孤島にある学園でな、医者が不足している。武術を学ぶ学園だから怪我人が頻繁に出るのだ。腕の良い外科医が必要だ」
栄枝が御影に声を掛けたのはきっと同じような境遇だったからに違いない。
行くところもなく、収入もなく、ただ貯金を食い潰すだけの生活を送っていた御影にとっては願ってもない誘いだった。
栄枝の誘いを快諾して、御影はその孤島の学園に行く事になった。
そこで栄枝と共に何人もの生徒達を治療してきた。身体中傷だらけの生徒には、得意の美容整形の技術で傷を綺麗に治したり、持ち前の気さくで親しみやすい性格から生徒達の話し相手になったりした。
そんな学園生活が楽しかった。ここでこのまま医務室の先生としてい続ければ、医者としての名声もそれなりの報酬も手に入らないだろう。それでも、御影はここの生活の方が良かった。この学園には、自分の医者としての技術を妬む者などいない。傷ついた者を治療して、元気にする。すると患者は笑顔をくれる。それだけでいいのだ。栄枝も患者である生徒達の笑顔を見ていつも笑っていた。医者とは、本来こうあるべきなのだ。富や名声など不要なのだ。
御影は栄枝の笑顔が好きだった。皺の刻まれた難しい顔が、笑顔になる時。それは自分と同じ喜びを共感しているという事だ。栄枝は恩人であり、師であり、仲間だ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
しかし、今目の前にいる栄枝に笑顔はない。むしろ悲しそうな顔をして御影に刀を向けていた。
「栄枝先生に殺されるなら、いいかな」
御影は息を吐いて言った。
「こうなる事は、最初から分かっていた。それなのに、私はお前をここに連れて来た。私はお前を総帥の野望の為に働かせるつもりはなかった。ただ、医者として働けないお前を、私は放ってはおけなかった。すまぬな、御影。全て、私の責任だ」
栄枝はとても静かに言った。
御影は首を振った。
「いいえ! 栄枝先生! 私はあなたに誘われてここに来て良かったと思っています。この学園での生活は私の医者としての人生の中で1番楽しいものでした。たくさんの生徒達と出会えたし、私の医療技術を活かせた。その大切な時間と場所を与えてくれた栄枝先生に、私は感謝しています」
御影の目からは涙がポロポロと零れ落ちた。
それを見た栄枝は一度目を瞑り、背後の割天風を顧みた。
「総帥。私の最期の願いです。御影だけは見逃して貰えませんか?」
栄枝の願いを聞いて、御影は目を丸くした。
割天風は細い目で栄枝を睨んだ。
「裏切り者に情は無用。早く斬れ」
割天風の無慈悲な言葉に栄枝は溜息をつき、戦場になっている方を見て何かに軽く頷くとまた御影を見た。御影には栄枝が何を見て頷いたのかが分からなかった。
「最後にお前の気持ちを聞けて私は満足だ。御影よ。悪く、思うなよ」
栄枝は御影に微笑み掛けると、御影に向けていた刀を自分の首をなぞるように振り抜き、首から血飛沫を上げ、その場で崩れ落ちた。
「栄枝先生!?」
栄枝の身体を抱き起こし、血が溢れる首を止血する為自分の白衣の裾をちぎって当てた。
医者である御影には、栄枝が即死している事が分かってしまった。しかし、御影は止血を止めなかった。栄枝の名を呼び続け、必死に止まることのない血を真っ赤に染まりゆく白衣の切れ端で抑え続けた。
「栄枝が死んだところで、この女が助かるはずもないのにのぉ。まったく、これでは無駄死にじゃな」
割天風は無情にも禅杖を振り上げた。
その禅杖が御影と栄枝の遺体に襲いかかろうとした時、一つの閃光が禅杖を弾いた。
「学園序列2位である、この美濃口鏡子がお相手いたします! 割天風総帥」
馬に乗って駆けてくる着物姿の美しい女は、弓を構えたまま大声で叫んでいた。
栄枝は馬に乗って師範達と生徒達の戦闘をただ見ていた。
こちらの戦力が師範と影清だけなら生徒達も勝機はあっただろう。しかし、常陸が率いてきた鵜籠の別働隊の乱入により勝機はなくなった。
どう見ても後方からの襲撃に対応出来ていない。この学園の生徒達は個々の戦闘能力やクラス毎の連携などは日頃から鍛えているので一定の状況下ならほとんど負ける事はない。しかし、全クラス合同の連携はやった事がないはずだ。常陸率いる暗殺部隊をそんな付け焼き刃の部隊で迎え撃つなど不可能だ。
栄枝は部下の医療担当者達が茜リリアと戦い始めたのを見ても動かなかった。
ふと、後ろに気配を感じた。
栄枝が振り向くとそこにはたった1人でいつの間にかやってきたかつての部下の御影臨実がいた。
御影は単騎で生徒達の戦闘に巻き込まれないように弓特寮から迂回して校舎までやって来た。その目的は勿論、栄枝を説得する為だ。
栄枝は馬に乗ってはいるが、戦闘に加わるつもりはなさそうだった。腰には刀が下げられていたが、いつも通りの白衣を着ていた。その白衣姿は御影の知るいつもの栄枝だった。
「この学園から去れと、言ったはずだが」
栄枝はすぐに御影の気配に気付き口を開いた。
「ご忠告ありがとうございました。栄枝先生なら私がここから出て行かないことは分かっていたでしょう?」
御影は笑顔で答えた。
「まったく、死んでもいいのか? 生徒達と共に、反逆者と言われて」
栄枝は溜息をついた。
「あなたは私の恩人です。街で路頭に迷っているところにあなたは手を差し伸べてくれた。そして、この学園に連れて来てくれた」
「何が言いたい?」
「あなたは優しい人です。そして、医者です。人を助けても殺す事は出来ない。お願いです、栄枝先生。こちら側に来てください」
御影は言い終わると栄枝の目を見て答えを待った。
僅かの沈黙を経て、栄枝はまた口を開いた。
「私は何人もの命を奪ってきた。医者と言えど万人を救う事は出来ないからな。御影、今更お前が私を説得出来ると思うな。私はここに来た時からずっと総帥の野望を実現させようと尽力してきた。命がある限り、私はお前の敵だ。去れ。さもなければ私がお前を殺さなければならなくなる」
栄枝は静かにそう告げた。
御影は一度視線を下ろし、また栄枝を見た。
「あなたは私を殺しません。もし殺すなら、あの時の対峙で私にこっそりと逃げろなんて言わない」
「それは1度だけチャンスを与えたに過ぎない。確かに、私はお前を殺したくはない。しかし、総帥の野望の為には心を鬼にするつもりだ」
栄枝は御影を睨み付けた。その眼は覚悟を決めた眼だった。
「では、私はあなたを全力で止めるのみ」
御影は太ももに装着したホルダーからナイフを抜き顔の前で構えた。
「来い、御影」
栄枝は腰に佩いていた刀を抜いた。
御影と栄枝の視線が交差する。
同時に馬を駆けさせた。
御影のナイフと栄枝の刀がぶつかった。その瞬間、御影は馬上で飛び上がり栄枝の肩に手を付き栄枝の背後に飛び乗った。そして栄枝の首元にナイフを伸ばした。
だが、栄枝はそのナイフの間に刀を入れ防ぎ、左腕の肘を背後の御影の頬に打ち込んだ。
御影は栄枝の肘をもろに受けバランスを崩し栄枝の馬から滑り落ちかけたが、手網を握りしがみついた。その衝撃で栄枝の馬も驚き重心を横に奪われそのまま倒れた。
御影はとっさに馬から離れるように横に跳んだ。栄枝も馬が倒れると同時に跳んでいた。
「やるな、御影」
「栄枝先生こそ、さすがです」
2人は睨み合った。栄枝は息を切らしていた。さすがに武人と同様に日々鍛錬しているわけではないし、何より栄枝は60を超える歳だ。いくら男と言えどこちらの方に多少勝機があると思った。
その時だった。突然視界に入ったものはとても許容出来るものではなかった。いつの間にか栄枝の背後に凶悪な形状の禅杖を持った老人が凄まじい威圧感を放ち立っていたのだ。
その殺気に気付き栄枝は振り向いた。
「総帥……!」
割天風は具足を着けていた。それは、今回戦闘を行うという事を意味していた。
割天風は栄枝と御影を見た。
「栄枝よ。裏切り者は殺せ。そ奴を生かしておけばいずれ害になる。見ろ。御影はもう思うように身体が動かせんじゃろ」
割天風の言葉に御影は焦りを覚えた。
割天風の登場で御影の身体は強張り小刻みに震えていたのだ。その老人からは確実な”死の恐怖”しか感じられないのだ。
栄枝は割天風を見ずに頷き返事をした。
「栄枝先生……」
栄枝は無表情で刀を持ったまま御影に近付いてきた。御影は震える身体に鞭打ってなんとかナイフを構えた。
「覚悟」
栄枝は震えながらナイフを構えた御影に刀を向けた。
割天風が栄枝の背後から鋭い眼光で見守っている。
しかし、栄枝の刀は動かなかった。その刀は御影と同じく僅かに震えていた。
「栄枝、情は無用じゃぞ。お主が出来ぬのなら儂がお主ごと叩き斬るのみ。せめてお主の手で殺してやれ」
栄枝の額からは汗が流れ落ちていた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
御影は医者として天才的な腕を持っていた。
まだ若いのに元々の専門分野の美容整形でありながら、数々の外科的な手術をもこなし、医学界ではかなり話題の医者だった。
しかし、御影は目立ち過ぎた。
それは、天才過ぎるが故の悲劇と言っても過言ではない。
御影は大きな大学病院に研修生として勤務していた時、教授の助手として難しい手術に臨んだ。その時教授は長時間の格闘の末なんとか手術を成功させた。御影はその教授の手術を助手をしながらずっと見ていたので自分なりの考えを盛り込み、さらに患者の負担を減らし、かつ安全に手術をする方法を論文として発表した。
その論文は医師会で賞賛され一躍時の人となる予定だった。
だが、御影の論文を読んだ医師会の男の1人が御影の論文を自分の弟子が書いたものと偽り医師会に発表したのだ。普通ならそんな不正は通用しないはずだが、医師会には御影の才能を妬む者が多く、組織的に改竄され、むしろ御影が盗用したと言われ始めた。
御影は1人で抗議したが誰も庇ってくれる者はおらず、大学病院からは追い出されてしまった。御影の論文を盗用した男の弟子は医学界で最高の賞を受賞し、その師である男本人も世間からは賞賛された。
御影は医師免許だけは残ったがどこの病院も雇ってはくれず”嘘つき”、”泥棒”などと呼ばれ路頭に迷う事になってしまった。
世間では争いが絶えない。怪我人も毎日大勢出る。医者が足りない。開業するにも資金がない。そんな世界で自分の医療技術を使う場所がない。御影は理不尽な世の中に怒りを覚えていた。
栄枝という1人の医師が現れたのはそんな時だった。
栄枝は当時無名の外科医だったが、その実力は本物で数々の難しい手術を成功させていた。それなのに名が売れていない理由は御影と似たようなものだった。腕が良すぎるが故に、地位や名声が欲しい俗物共が謀略を用いて迫害してくるのだ。
「御影臨実だな。探したぞ」
「あなたの噂も聞き及んでおります。栄枝先生。高名な先生が、私を探していたと?」
「そうだ。お前の手を借りたい。孤島にある学園でな、医者が不足している。武術を学ぶ学園だから怪我人が頻繁に出るのだ。腕の良い外科医が必要だ」
栄枝が御影に声を掛けたのはきっと同じような境遇だったからに違いない。
行くところもなく、収入もなく、ただ貯金を食い潰すだけの生活を送っていた御影にとっては願ってもない誘いだった。
栄枝の誘いを快諾して、御影はその孤島の学園に行く事になった。
そこで栄枝と共に何人もの生徒達を治療してきた。身体中傷だらけの生徒には、得意の美容整形の技術で傷を綺麗に治したり、持ち前の気さくで親しみやすい性格から生徒達の話し相手になったりした。
そんな学園生活が楽しかった。ここでこのまま医務室の先生としてい続ければ、医者としての名声もそれなりの報酬も手に入らないだろう。それでも、御影はここの生活の方が良かった。この学園には、自分の医者としての技術を妬む者などいない。傷ついた者を治療して、元気にする。すると患者は笑顔をくれる。それだけでいいのだ。栄枝も患者である生徒達の笑顔を見ていつも笑っていた。医者とは、本来こうあるべきなのだ。富や名声など不要なのだ。
御影は栄枝の笑顔が好きだった。皺の刻まれた難しい顔が、笑顔になる時。それは自分と同じ喜びを共感しているという事だ。栄枝は恩人であり、師であり、仲間だ。
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しかし、今目の前にいる栄枝に笑顔はない。むしろ悲しそうな顔をして御影に刀を向けていた。
「栄枝先生に殺されるなら、いいかな」
御影は息を吐いて言った。
「こうなる事は、最初から分かっていた。それなのに、私はお前をここに連れて来た。私はお前を総帥の野望の為に働かせるつもりはなかった。ただ、医者として働けないお前を、私は放ってはおけなかった。すまぬな、御影。全て、私の責任だ」
栄枝はとても静かに言った。
御影は首を振った。
「いいえ! 栄枝先生! 私はあなたに誘われてここに来て良かったと思っています。この学園での生活は私の医者としての人生の中で1番楽しいものでした。たくさんの生徒達と出会えたし、私の医療技術を活かせた。その大切な時間と場所を与えてくれた栄枝先生に、私は感謝しています」
御影の目からは涙がポロポロと零れ落ちた。
それを見た栄枝は一度目を瞑り、背後の割天風を顧みた。
「総帥。私の最期の願いです。御影だけは見逃して貰えませんか?」
栄枝の願いを聞いて、御影は目を丸くした。
割天風は細い目で栄枝を睨んだ。
「裏切り者に情は無用。早く斬れ」
割天風の無慈悲な言葉に栄枝は溜息をつき、戦場になっている方を見て何かに軽く頷くとまた御影を見た。御影には栄枝が何を見て頷いたのかが分からなかった。
「最後にお前の気持ちを聞けて私は満足だ。御影よ。悪く、思うなよ」
栄枝は御影に微笑み掛けると、御影に向けていた刀を自分の首をなぞるように振り抜き、首から血飛沫を上げ、その場で崩れ落ちた。
「栄枝先生!?」
栄枝の身体を抱き起こし、血が溢れる首を止血する為自分の白衣の裾をちぎって当てた。
医者である御影には、栄枝が即死している事が分かってしまった。しかし、御影は止血を止めなかった。栄枝の名を呼び続け、必死に止まることのない血を真っ赤に染まりゆく白衣の切れ端で抑え続けた。
「栄枝が死んだところで、この女が助かるはずもないのにのぉ。まったく、これでは無駄死にじゃな」
割天風は無情にも禅杖を振り上げた。
その禅杖が御影と栄枝の遺体に襲いかかろうとした時、一つの閃光が禅杖を弾いた。
「学園序列2位である、この美濃口鏡子がお相手いたします! 割天風総帥」
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